咲-Saki- 阿知賀編入   作:いうえおかきく

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百六十七本場:和の世界

 インターハイ団体決勝戦、大将後半戦は、東三局に突入した。

 親は和。ドラは{⑨}。

 

 {西}は鳴海の自風である。

 現在、前後半戦トータルのトップは鳴海。当然、鳴海には和了らせたくない。

 ゆえに、場に{西}が出ていなければ、湧も穏乃も{西}を積極的には切りたくない。

 とは言え、みんなの役牌と言える三元牌や場風と違い、自風………特に{西}や{北}はデジタル打ちの人間からは早々に出易い方であろう。

 しかも和は親。

 当然、連荘を狙って和了りを目指すし、そのために不要な{西}は、比較的早い段階で和の手から出てきた。

 すかさず鳴海は、

「ポン!」

 これを鳴いた。

 

 その数巡後、

「カン!」

 鳴海は{8}を暗槓した。

 新ドラ表示牌は{7}。これで鳴海の西ドラ4が確定した。

 

 さらに次巡、

「カン!」

 鳴海が{西}を加槓した。

 次の新ドラ表示牌は{南}。これで鳴海の西ドラ8の倍満が確定。

 

 そのさらに二巡後、

「ツモ。4000、8000!」

 自らの手で鳴海は和了り牌を掴み取った。

 

 

 東四局、穏乃の親。

 急に卓上に靄がかかってきた。

 しかも、前半戦とは比べ物にならない。一気に濃霧と化した。もはや、靄と呼ぶのは相応しくないだろう。

 最後のインターハイの決勝戦。

 その大将後半戦。

 つまり、穏乃が阿知賀女子学院の生徒として打つ高校生麻雀大会の最後の頂。まさしく真の頂上である。

 それ故であろう。穏乃の能力も発動してすぐに最高状態となったようだ。

 

 鳴海の配牌から刻子や対子が消えた。

 湧の配牌からもヤオチュウ牌が消え、しかも萬子、筒子、索子が均等に来ていた。ローカル役満への道が見えない。

 

 急に場が静まり返った。鳴海も湧も、まるで山の奥深くに一人残されたような寂しい雰囲気しか感じない。

 しかも濃霧がかかって視界も悪い。

 そして、一瞬、湧の正面、鳴海の左側に篝火のようなモノが見えたかと思うと、

「ツモ。2600オール。」

 穏乃に和了られていた。

 前半戦の南一局で連荘された時とまるっきり変わらない。これが阿知賀女子学院の誇る第二エース、高鴨穏乃の世界。

 団体戦では、実質、咲以外には負けたことが無い脅威の力である。

 

 東四局一本場。穏乃の連荘。

 鳴海としては、とにかく他家の親を流してトップを維持したまま終了したいところ。当然、この親もさっさと流したい。

 倍満に拘らず、タンヤオのみの手でも良い。

 しかし、中々鳴いて手を進めることも出来ない。これが穏乃の支配下。

 

 中盤に入り、漸く穏乃から鳴ける牌………{⑧}が出てきた。

 それで、

「ポン!」

 鳴海は、その{⑧}を鳴き、手を進めようとして{二}を捨てた。

 

 一瞬、鳴海は自分の左側………穏乃の背後に火焔を見た。

 そして、

「ロン。」

 穏乃の和了り宣言の声が聞こえると、その火焔は消えた。前半戦と同様に、和了る時に火焔が見えるようだ。

「タンピンドラ2。11600の一本場は11900。」

 しかも親満級の手だ。これは大きい。

 敬子から貰った人魚パワーも、蔵王権現の前では無力なのか?

 

 東四局二本場。

 穏乃の捨て牌は、順に、

 {東南西北白發中}

 まるで敬子のようだ。全く読みようが無い。

 分かるのは、字牌が和了り牌では無いと言うことのみ。

 

 今は七巡目。

 既に鳴海の手牌には字牌が無い。

 それで、自身の麻雀………ドラ8へと展開すべく切った{6}で、

「ロン。タンピン一盃口ドラ2。12600。」

 鳴海は、穏乃に親満を振り込んだ。

 しかも、この二度の振り込みだけで鳴海は24500点を失っている。まるで悪夢を見ているようだ。

 

 これで大将後半戦の点数と順位は、

 1位:鳴海 138800

 2位:穏乃 93900

 3位:和 88300

 4位:湧 79000

 

 そして、大将前後半戦トータルでは、

 1位:鳴海 226300

 2位:穏乃 226100

 3位:和 187900

 4位:湧 159700

 穏乃が、首位の鳴海との点差をたった200点まで詰め寄ってきた。

 

 続く東四局三本場。

 未だ鳴海と湧には、濃霧に覆われ、シンと静まり返った寂しい空間しか感じない。穏乃支配による独特の雰囲気である。

 視界も悪いし、背後から巨大な何かに見られているような恐怖も感じる。

 そして、とうとう穏乃の背後に火焔の全容が見えたかと思うと、まるで対局室全てを業火で焼き払うかのような幻が鳴海と湧の目に映った。

 

 一瞬、鳴海も湧も焼け死んだかと思った。それだけ激しい炎だったのだ。こんなモノは初めて見た。

 その直後、

「ツモ。6300オール。」

 穏乃が和了った。

 業火による派手な演出があった割には、穏乃の和了り宣言は落ち着いていて静かだった。

 しかし、打点は業火の如くである。タンピンツモドラ3の親ハネツモ。ここに来て今まで以上に大きな手だ。

 これで穏乃が単独トップに立った。

 

 東四局四本場。

 再び、対局室は濃霧に覆われ、薄暗く寂しい空間へと変わった。このまま穏乃支配のまま終わるのだろうか?

 しかし、配牌が終わると同時に、この穏乃の世界を完全に無視するかの如く、鳴海の正面………和の背後に巨大なモニターが突然現れた。

「「(なにこれ?)」」

 鳴海と湧の頭の上に、巨大なハテナマークが浮かび上がった。当然であろう。

 二人とも、今まで色々なタイプの能力者と対局してきたが、少なくとも、こんな展開は初めてである。

 

 その巨大モニターから煌々と明かりが射し、オンライン麻雀ゲームの映像が、その画面いっぱいに映し出された。

 気が付くと、和は『のどっち』の姿に変わっていた。どうやら、これが和独特の世界のようだ。

 

 これまで、和の能力は、他人の能力のうち、自分に降りかかる分のみ無効化する程度のものだったが、このインターハイ最後の戦いで暴走したのだろう。

 これによって、この卓は、全てが和の武器であるデジタル打ちの世界に引き摺り込まれることになった。

 デジタル打ちの完成度が全てとなる。

 

 ヤオチュウ牌から切り出し、チュンチャン牌も河を見ながら使い難いと判断される牌は処理して行く。

 確率論が全て。

 こう言った打ち方が推奨される世界のようだ。

 

 そして、牌効率に優れた和が最短で手を作り上げ、

「ツモ。2400、4400。」

 満貫手をツモ和了りして穏乃の連荘を止めた。

 

 

 南入した。

 南一局、鳴海の親。

 ここでも和のデジタル空間が場を支配していた。

 全てはノーマル世界の常識に従って物事が進んでゆく。アブノーマルな能力麻雀は厳禁となる。

 こうなると、鳴海の槓ドラ8とか湧のローカル役満と言った低確率な現象は全て選択を否定される事象と化す。

 二人にとっては、非常に動き難い世界だ。

 

 一方の穏乃は、能力自体は非凡でも作る手は凡庸である。

 しかし、牌効率では、到底和には及ばない。やはり、和のほうが穏乃よりも数段手の進みが早い。

 

 そして、中盤に入り、和は聴牌すると、

「リーチ!」

 すぐさまリーチで攻めてきた。

 

 一先ず他家は、和の現物や筋、字牌で凌いだ。

 さすがに一発ツモにはならなかったが、数巡後、

「ツモ。」

 和が自らの和了り牌をツモった。

「メンタンピンツモドラ2。3000、6000。」

 しかもハネ満ツモだ。

 

 その手牌の中には、赤牌、裏ドラが1枚ずつの計2枚のドラがあった。リーチをかけなければタンピンドラ1の手。

 まだ中盤のため、山には牌が残っているし、全てのドラが全員に割り振られているわけではない。

 ただ、配牌とツモ牌に使われた牌の数だけを考えれば、ドラが計2枚なのは、ある意味、確率的には理に適っているのかもしれない。

 

 

 南二局、湧の親。

 ここでも、

「リーチ!」

 和が積極的に攻めて行く。聴牌即リーチだ。

 完全なデジタル打ち故であろう。変な迷彩は無い。今回も素直な手のようだ。これなら筋切りで振り込む確率は低いだろう。

 他家は、前局同様に現物や筋、字牌で凌ぐ。

 

 そして、数巡後、

「ツモ。2000、4000。」

 和はリーチツモタンヤオドラ2の満貫をツモ和了りした。

 

 ここでも裏ドラが1枚乗っていた。

 リーチをかけなければタンドラ1の安手である。それがリーチをかけることで満貫へと姿を変えたのだ。

 

 

 南三局、和の親。

 和の世界による支配は、尚も続く。

 普段どおりの手が出来て行くのは和と穏乃のみ。鳴海と湧にとっては、何時もと違う打ち方になっていた。

 和が支配する世界では、飽くまでも普通の麻雀の手作りを強要される。当然、鳴海と湧にとっては違和感でしか無い。

 

 しかし、封じられるのは能力に頼ったアブノーマルな打ち方だけで、自ら鍛えた洞察力までもが消えるわけでは無い。

 この局、鳴海は八巡目で和から微かな聴牌気配を感じ取った。

 

 今まで和は聴牌即リーチだったが、今回はダマ聴のようだ。

 恐らく、既に和了り役がある状態で満貫級以上の手が出来ているのだろう。

 デジタル打ちなら、そのような手を聴牌しているのであれば、確実に和了るため、下手にリーチはかけない。

 

 湧も穏乃も和の聴牌に気付いているようだ。

 さすが、決勝進出するだけの力のある超強豪チームで、大将を任されているだけのことはある。

 

 現状、聴牌しているのは和だけのようだ。他の三人は、和への振り込みを回避しながら手を作り上げて行くしかない。

 しかし、やはり和が一歩早いようだ。

「ツモ。タンピンツモドラ2。4000オール。」

 今回も和は自らの手で和了り牌を引き当てた。

 今回もドラは2枚。表ドラと赤牌を1枚ずつ持つ手だった。

 出和了りでタンピンドラ2の11600の手。これなら、たしかに出和了りを狙ってもおかしくは無いだろう。

 

 南三局一本場。和の連荘。ドラは{1}。

 和の捨て牌は、

 {北西⑨9六}

 

 今回も和は、ヤオチュウ牌から切り出していた。特段、変な打ち方はしていないと思われる。一般的な捨て牌に見える。

 ただ、鳴海は何故か和の打ち方に違和感を覚えていた。理由は良く分からないが、いわゆる第六感と呼ばれるモノであろう。

 

 この時、鳴海の手牌は、

 {二二七八九④[⑤]⑥⑧3678}  ツモ{六}

 彼女らしからぬ普通の手で展開していたが、配牌とツモが非常に良く噛み合い、中々の手に仕上がっている感じだ。

 三色の目が見える。

 

 直感に従い、一瞬、鳴海は躊躇した。

 しかし、彼女は普通に手を作り上げようと{九}を切った。直前に和が切った{六}の筋だし、一般的には悪い捨て牌では無いだろうとの判断だ。

 しかし、これで、

「ロン。」

 和に振り込んだ。

 やはり勘に従った方が良かったのだろうか?

 

 開かれた和の手牌は、

 {三三九②②③③④④1122}  ロン{九}

 

 七対子ドラ2の手だ。

「9600の1本場は9900。」

 しかも、子の満貫よりも大きな手。大打撃である。

 

 

 この局、和の配牌は、

 {三三六九②②③④⑨129西北}

 

 ここから最初は平和手を狙って{北}を切り出した。

 ところが、{③④}と順にツモり、{西⑨}を切った後、{五七3}辺りが来れば平和手に育てたところ、次にツモった牌は{1}であった。

 

 この段階で和の手牌は

 {三三六九②②③③④④129}  ツモ{1}

 

 ここで{9}を切って一盃口ドラ2と七対子ドラ2の両天秤とした。

 次に{3}が来れば、敢えて{1}を切って平和一盃口ドラ1にするのも良いし、{1}が暗刻になれば{2}を切って一盃口ドラ3の満貫とするのも良い。

 また、次に来るのが{四五七八}辺りであれば{九}を切って行っただろう。

 

 しかし、この次に和が引いたのは{2}だった。

 それで、{六}切りで{九}待ちの七対子ドラ2としたのだ。

 

 最初から平和形に拘らず、七対子、或いは単騎待ちで和了り役を一盃口のみに絞っていたのであれば、{西}や{北}を残した可能性もある。

 昔から、

『単騎待ちなら{西}で待て』

 と言われるくらいである。

 {西}とか{北}なら、大抵の場合、中盤以降に掴まされてもツモ切りしてくるだろう。そこを狙うのだ。

 

 ただ、この配牌では、七対子や一盃口のみの単騎待ちをイメージする感じでもないだろう。それで手なりに打って、偶々最終形が七対子ドラ2になったに過ぎない。

 

 

 これで大将後半戦の点数と順位は、

 1位:和 133100

 2位:鳴海 108200

 3位:穏乃 99400

 4位:湧 59300

 

 そして、大将前後半戦トータルでは、

 1位:和 232700

 2位:穏乃 231600

 3位:鳴海 195700

 4位:湧 140000

 鳴海が3位に後退し、和が念願のトップに立った。

 しかし、穏乃とは1100点差。まさに、春季大会の団体戦決勝後半戦を髣髴させる戦況となった。


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