世界大会決勝副将前半戦は、東四局に入った。
親はローザ。
ただ、人魚の歌声に惑わされて、せっかくの親番なのに未だに戦意が湧いてこない。
ニーナもエネルギー充填中の模様。
そう言った中、マイペースで{東南西北}と自分の型で順に字牌を捨て、
「リーチ!」
敬子が先制リーチをかけた。
日本チーム最高の美少女である。当然、今ではファンも非常に多い。
今、彼女を敵視しているのは、テレビ番組『輝け! 部活少女!!』で立場を失った某水泳部の女子高生くらいとされている。
ニーナは、ここで敬子が攻めてくることを予想していたのか、手出しの{西}切り。敢えて完全安牌を抱えていたようだ。
ローザは{南}をツモ切り。
美和も敬子の現物を落とした。
敬子が一発目の牌をツモろうとした時、美和とニーナは、敬子の背後に強大な何かを感じ取った。
陰になっていてよく分からないが、ニーナには美和ワールドで見た巨大な触手群に似たような形に見えた。ただ、もっと禍々しいエネルギーを感じる。敬子の美貌からは程遠い雰囲気だ。
ローザだけは、麻雀に集中できていないためか、この敬子の雰囲気の変化に気付いていなかった。
「ツモ!」
敬子は、一発で自らの和了り牌を掴んだ。
「3000、6000!」
しかもハネ満。
これで、副将前半戦の現時点での点数と順位は、
1位:ローザ 108300
2位:美和 100900
3位:ニーナ 98900
4位:敬子 91900
東二局終了時点と比べて、日本チームが大きく詰め寄ってきた。
日本チームとドイツチームの合計点は14400点差。これはドイツチームが日本チームに満貫を一つ振り込めば逆転する範囲でしかない。
ニーナは、
「(もう一回、ここでやる必要がありそうね。)」
次が勝負と、密かに気合を入れていた。
南入した。
南一局、美和の親。ドラは{9}。
ここで再びニーナが、
「リーチ!」
ダブルリーチをかけてきた。
淡のものと詳細は違うが、意図的にかけられるところは同じだ。
前局、前々局と日本チームが連続で和了っていることと、前局での敬子の様子を見て、ニーナは日本チームが勢い付かないように叩きに来たのだ。
日本チームとしては、この局で絶対にニーナに和了らせてはならない。
しかし、そうは思っても現実が中々付いて行かない。
美和も敬子も、基本的に配牌は凡庸だった。当然、数巡かけて不要牌の処理を行わなければならない。
そして、ヤオチュウ牌処理をしているうちに、
「ツモ!」
早々とニーナに和了られてしまった。
「ダブリーツモ南チャンタドラ2。4000、8000!」
しかも、前回同様に倍満をツモ和了りしてきた。ある意味、淡よりも恐ろしい打ち手かも知れない。
これまで同様、点棒の受け渡しと配牌の間、敬子は、ずっとハミングしていた。これを聞きながらローザは、ボーっとしていた。
これに、ようやくニーナは気が付いた。
そして、
「しっかりしましょう、セ・ン・パ・イ!」
と言いながらローザの腿を抓った。
「イタッ!」
「気が付きました?」
「あ…あぁ…。」
「もう、ボーっと生きてんじゃねえよ!」
誰かが良く言う台詞のようだが………。
それにしても、ニーナがローザの上家に座れていたのは、ある意味ラッキーだった。
これが対面だったら手を出せない。
ローザは、
「はっ!?」
ヒドイ言われ方をしたが、ようやく正気に戻った感じだった。
気が付けば、起家マークが南になっている。そう言えば、東一局一本場で和了った後から、殆ど記憶が無いのだが、いつの間に?
ただ、少なくとも気合が完全に抜けていたのだけは事実だ。
ローザは両手で自らの両頬を強く叩くと、
「ヨシャー!」
声を出しながら気合を入れ直した。
南二局、敬子の親。
完全にローザはパワーヒッターとして復活した感じだ。全身から激しいオーラが噴出している。まるで邪神を降ろした霞のようだ。
ただ、ローザが霞と違うのは、染めていないこと。
それと、
「リーチ!」
リーチをかけてくることだ。
まさか、三巡目で聴牌してくるとは………。
しかも、
「ツモ!」
これを一発でツモ和了りするし、
「6000、12000!」
打点も高い。三倍満だ。
手なりに打ってこれだ。何と言う簡単麻雀だろう。
ただ、これを和了った直後、ローザは、ようやく敬子の背後にいる強大な何かの存在を感じ取った。
非常に嫌な空気を纏っている。
絶対に見てはいけないヤツだ!
そう本能が語っている。
これまで敬子は、点棒の受け渡しから配牌までの間、ハミングしていたが、ここでは、それが消えていた。
今までの敬子とは、完全に様子が違っていた。
南三局、ニーナの親。ドラは{發}。
ここで珍しく、
「ポン!」
敬子が鳴いた。全然鳴かない選手ではないが、どちらかと言うと門前で手を進める方が多い印象がある。
副露したのは{北}。敬子の自風だ。
その後も、敬子は、
「ポン!」
{南}を一鳴きした。
敬子の捨て牌は、
{③74⑥東西一}
いつもと順番が違う。
一般的に考えれば、萬子に染めている可能性ありと思われる。
次巡、美和が打{8}。これには敬子も反応なし。当然だろうとローザは思った。
敬子はツモ切り。
そして、次のツモ番で、ニーナは一旦現物の{7}切りで様子を見た。
ここでローザがツモってきたのは{8}。
まあ大丈夫だろうと思ってツモ切り。
しかし、この時だった。
突然、辺り一面の風景が、何故か大海原に変わった。ローザは、何故かよく分からないが船の上に乗っている。
意味不明の幻の世界だ。
敬子は海面から上半身を出している。美しき人魚の姿だ。
しかし、敬子の背後から巨大な触手が伸びてきて、ローザの身体を捉えた。そして、それは敬子と一体化すると、そのまま海深くに潜って行った。
ローザの身体が、海中に引き摺り込まれた。
この時、ローザの目に映ったモノ。
それは、
「(やはりヤバイもの………海の怪物………。)」
伝説上の巨大生物、クラーケンだった。
インターハイ個人戦決勝トーナメントの日の昼。綺亜羅高校メンバーは、咲達と食事を取っていた。その時に、
『咲に人魚パワーを与えたらどうなるか?』
なんて話になり、敬子は喜んで咲とキスをした。(百七十八本場参照)
これにより、咲は人魚パワーを得たが、同時に敬子も咲の力による能力開花が急速に進み始めていたのだ。
そして、敬子の奥底に眠る強大なパワーが、今、完全に目覚めた。
ローザは、幻の世界の中で窒息しかけていた。海中では息が出来ないからだ。
気が遠くなる。
このままでは死ぬ。そんな感覚だった。
そして、死を覚悟したその時、
「ロン!」
敬子の声が聞こえてきた。現実世界では、敬子に振込んでいたのだ。
ローザが正気に戻った。
そして目に飛び込んできたのは、敬子の手牌。
それは、
{5[5]88發發發} ポン{横南南南} ポン{横北北北} ロン{8} ドラ{發}
まさかの索子の混一色手。
完全に裏をかかれた気分だった。
「南北發混一対々ドラ4。24000!」
しかも三倍満。
前局で稼いだ24000点を、そのままそっくり敬子に持って行かれた。
この時、ローザの顔からは血の気が引いていた。
全身も震えて出した。
幻の世界とは言え、クラーケンに海中へと引き摺り込まれて本当に怖かったのだ。もう死んだと思っていた。
しかし、自分は生きている。
彼女は再び自分の両頬を両手で叩くと、
「ヨシ!」
大声を出して、何とか気合いを入れ直した。声を出すことで自分の心に活を入れたのだ。
現時点での副将前半戦の点数と順位は、
1位:ニーナ 108900
2位:ローザ 104300
3位:敬子 95900
4位:美和 90900
チームトータルは、日本チームが186800点、ドイツチームが213200点と、大きくドイツチームがリードしている。
しかし、相手は三倍満を直撃してくる海の怪物。
この点差では、まだ足りない。ハネ満直撃で、ほぼ追いつかれる。倍満直撃でひっくり返される。
ローザは、次の親番に全力投入するよう、自分自身に言い聞かせた。
オーラス、ローザの親。
パワーヒッターとしての全能力を、ここに注ぎ込む。
とにかく恐怖を振り払え!
後のことは考えるな!
今を全力で戦う!
そして、四巡目で聴牌すると、
「リーチ!」
ローザは即リーチをかけた。
心の中の恐怖心は拭い切れていない。活を入れたところで、そう簡単に忘れられるモノでは無い。
しかし、この場での勝利を掴むため、その恐怖を抑え込もうとローザは必至だった。そのために心の中で彼女は大声で叫ぶ。
「(絶対に勝つ! 和了る!)」
そして、
「ツモ!」
蒼褪めた顔をしながらも、パワーヒッターのプライドを守るかのように、一発で大きな一撃となる手をツモ和了りした。
「リーチ一発ツモタンヤオ三色ドラ5(表1赤2裏2)。12000オール!」
親の三倍満。
ただ、ローザは、これで、
「和了りやめにします。」
半荘終了を宣言した。
この点差にこのパワー。
普通なら、より有利に後半戦を戦うために、敢えて連荘して高打点の和了りを狙うケースも考えられる。
しかし、今回は和了れたが、まだ全身が恐怖に怯えている。この精神状態での連荘は不可能とローザは判断したのだ。
ここで一旦休憩に入った。
ローザは、急いで対局室を出ると、逃げるように控室へと戻っていった。
副将前半戦の点数と順位は、
1位:ローザ 140300
2位:ニーナ 96900
3位:敬子 83900
4位:美和 78900
チームトータルは、日本チームが162800点、ドイツチームが237200点と、ドイツチームの大勝利だった。
しかし、ローザの雰囲気は全然勝者とは思えない。
控室に入ると、彼女はガタガタと音を立てて大きく震えていた。
身体が冷え切っている。
少なくとも、対局に向けての熱い心が完全に消え去っている。
監督のニーマンは、
「(予感が当たったか………。)」
何とか前半戦を最後まで戦い抜いたものの、もうローザは、後半戦に出場できる状態では無いことを悟っていた。
この怯え方は尋常ではない。
ムリに出場させるわけには行かないだろう。
「交代だな。」
「いえ、私はまだ…。」
「そんな精神状態では無理だろう。」
「…。」
「ミラ。」
「はい。」
ニーマンが、補員として急遽メンバー入りしたミラ・エーレンベルクを呼んだ。ルーマニアチームのナヴィアと同レベルの美少女だ。
ミラの能力はマホと同様に能力コピー。まるで鏡に映したかのように特定の人物の能力を完全に自分の中にコピーする。
ただ、全ての能力をコピーできるわけでは無い。
例えば、ドイツチームで言えば、フレデリカやクララのような超魔物や、カナコのステルスのように余りにも特殊過ぎる力はコピーできないらしい。
この副将戦は、飽くまでもローザとニーナの戦いだ。
それで、ニーマンは、
「ローザバージョンで行く。」
ミラにローザの能力コピーを命じた。
「分かりました。」
一応、ローザの力ならコピー可能な範囲のようだ。
ミラは、ローザの両手を握ると静かに目を閉じた。
ただ、同時に複数の人間のコピーを使うことは出来ない。現在、ミラの中にある別の選手のコピーにローザのコピーを上書きする形になる。
この辺は、同じコピー能力でもマホとは使い勝手が違っていた。
…
…
…
その頃、美和と敬子も控室に戻っていた。
と言っても、美和ワールドが効かない上に、あの圧倒的な攻撃力。さすがに副将戦での勝ち星は難しいし、慕も恭子もアドバイスする内容を思いつけずにいた。
この状況で、せめて美和は、
『咲ちゃん。お願い。充電させて!』
と言いたかったのだが、和の目が怖くて言い出せずにいた。絶対に殺される。
美和は、この時ほど、敬子くらいKYな感性を持てたらと思ったことは無い。あの神経なら和の視線なんか怖くないだろう。
一先ず美和は、慕が用意した『つぶつぶドリアンジュース』を避けて、さっき自販機で買った飲むフォンダンショコラを飲み始めた。
これで随分と脳が生き返る。
一方の敬子は、
「いただきます。」
つぶつぶドリアンジュースに抵抗が無い変人なので、喜んで慕から異臭のするジュースの缶を受け取って飲み始めた。