咲-Saki- 阿知賀編入   作:いうえおかきく

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二百六本場:高校最後の世界大会決勝戦14  光と闇

 世界大会決勝は、いよいよ大将戦を残すのみとなった。この大将戦を征した方が優勝となる一戦。

 

 場決めがされ、起家が穏乃、南家がクララ、西家がエリーザ、そして、北家が神楽に決まった。

 

 穏乃は、神楽に、

「頼んだよ、光さん!」

 と声をかけた。

 強大なオーラの主は北欧の小さな巨人。神楽に降臨していた生霊は、ミナモ・A・ニーマンこと宮永光だ。

 今、光の身体は控室のソファーの上で眠りこけていた。

 

 日本チームは、前半戦の生霊として光、後半戦の生霊として咲を選んだ。

 

 そもそも、蒔乃(厳密には最強神)が中堅戦への参戦を希望したのは、大将戦に備えて光を休ませるためであった。

 つまり、体力の無い光が中堅戦………超エース対決で激しい疲労を被るのを回避したのだ。

 大将前半戦は、立ち上がりで光が攻めて稼ぐ。その後、南場を穏乃が抑え、前半戦をプラスで折り返そうとの判断だ。

 

 淡と和がフレデリカを疲労させるために次鋒戦に立候補したのも、大将後半戦で神楽に降りる咲への負担を軽くするためであった。

 とは言え、和の場合は生霊降臨などと言うオカルトを殆ど信じていないのだが………。

 

 前半戦でプラスになっていたら、若干マイナスになっても良いから後半戦は咲と穏乃で守る。

 万が一、前半戦がマイナスなら、東場は咲が守って南場を待つ。そして、咲と穏乃のダブルパンチでの逆転を目指す。

 

 

 やはり日本チームの主軸は咲と光である。

 この二つの太陽を中心に、日本チームは前人未到の三連覇を目指す。

 

 

 いよいよサイが振られ、東一局が開始された。

 親は穏乃。ドラは{⑧}。

 穏乃はスロースターター。東場では自分自身、ろくな活躍ができないと自覚している。

 故に穏乃は、この場で神楽(光)に第一弾の和了りを決めてもらい、東場を支配してもらいたいと思っていた。

 

 ただ、この時、穏乃は対面のエリーザから不穏な空気を感じ取っていた。

 加えて、よく分からないが卓上が歪んで見える。

 こんなことは生まれて初めてだ。

 

 この時、ドイツチームの控室では、ニーマンがテレビモニターを見詰めながらエリーザの活躍に大いに期待を寄せていた。

「再来年は、第一エースがクララ、第二エースがエリーザだからな。エリーザは闇を司る。ついたあだ名、点棒ブラックホールとは、よく言ったものだ。」

 エリーザは、現在のドイツチームで3位の実力。

 あの殺し屋カナコの上を行く。

 大将戦では、クララのスイッチが入るまでの前半部分を支配するのが、エリーザの仕事となる。

 

 日本チームは、前半戦を事実上、光と穏乃で戦う。

 光は、名前のとおり明るさの象徴。日本チームの太陽の一人。

 そして、穏乃は火焔を背にする。

 ともに明るい側の存在だ。

 一方のエリーザは、その対局に位置する存在のようだ。

 

 場が進む毎に空間の歪みが酷くなる感覚を受ける。

 なんだか気持ちが悪い。平衡感覚がおかしくなるし、吐き気がする。

 これがエリーザの場の支配。

 

 そして、光の調子が上がらないうちに、エリーザは、

「ツモ。タンヤオツモ一盃口ドラ3。3000、6000。」

 ハネ満をツモ和了りした。

 和了り手は、咲の嶺上開花のような派手さは無い。今回はドラを多く抱えているが、比較的一般的な和了り手に見える。

 

 開かれた手牌は、

 {②②④④④⑧⑧⑧22334}  ツモ{4}  ドラ{⑧}

 

 しかし、良く見ると、松実宥が好む暖かい牌が一枚も無い。

 暖色系の牌を一枚も引かないわけでは無いだろうし、使わないわけでもないだろうが、暗く冷たい手を主体とするのが彼女の特徴のようだ。

 

 

 東二局、クララの親。ドラは{二}。

 ここでエリーザは、

「ポン。」

 早々にクララから{南}を鳴いた。{南}はエリーザの自風である。

 さらに数巡後に、

「ポン!」

 またもやクララから{④}を鳴いた。恐らく、クララは自らのスイッチが入るまではエリーザの支援に徹するつもりなのだろう。

 

 エリーザの河は、最初に萬子、索子が捨てられ、その後に字牌が続いている。誰の目から見ても筒子の染め手であろう。

 そして、今回も光よりも早く、

「ツモ!」

 和了りを決めた。

 

 開かれた手牌は、

 {②②②⑧⑧西西}  ポン{横④④④}  ポン{横南南南}  ツモ{西}

 

「南混一対々。2000、4000。」

 満貫であった。

 ここでも暖色系の牌が一枚も使われない手となった。

 しかも、この手は赤色部分を持たない筒子、すなわち{②④⑧}と風牌のみからなる対々和で、黒一色とも呼ばれるローカル役満であった。

 本大会では、黒一色は採用されていないため満貫止まりとなったが、使える牌が七種類のみで、しかも順子が使えないため、結構、作るのは難しい。

 ローカル役満大好きっ子の十曽湧は、敵の和了りではあったが、これをテレビで見ながら大興奮していた。

 

 

 東三局、エリーザの親。ドラは{7}。

 ここでも、エリーザは最初に萬子から切り出し、その後に索子を捨てていった。

 その後に三元牌が続く。

 今回も筒子の染め手と言うことだろう。しかも、今回は門前で手を進めている。

 

 七巡目。

「チー!」

 第一弾の和了りを目指して、エリーザが捨てた{5}を神楽(光)が鳴いた。これで、ようやく光は聴牌した。

 しかし、その次巡で、

「ツモ。」

 先にエリーザに和了られた。

 

 しかも、開かれた手牌は、

 {②②④④⑧⑧東東南南西西北}  ツモ{北}

 

 これは、七対子型の黒一色である。限定された七種の牌のみで作る七対子なので、七対子型字一色───大七星と殆ど同じレベルの難易度になるのではなかろうか?

 ただ、ここでは門前清自摸混一色七対子としてカウントされる。

「6000オール!」

 とは言え、親ハネツモだ。結構大きい。

 

 このスタートダッシュで、現在の大将前半戦の順位と点数は、

 1位:エリーザ 138000

 2位:神楽(光) 89000

 3位:クララ 87000

 4位:穏乃 86000

 エリーザがダントツとなった。

 暗い色の牌が多く、しかも黒一色での和了りが目立ち、かつ大きく稼ぐ。点棒ブラックホールと呼ばれるのも何となく理解できる気がする。

 

 東三局一本場。エリーザの連荘。

 ドラは{中}。自分のところに対子か暗刻で来てくれると嬉しいが、全然こないと逆に怖くて嫌なドラだ。

 ここに来て、ようやく穏乃は、

「(鳴いて!)」

 光の支援方法が分かってきた。

 エリーザのデータは少ないため、今まで様子見していたが、どうやらエリーザは宥と真逆である。

 特に青色(黒色)系の牌が多い。緑色は、最初の和了りに含まれていたが、赤色は今までの和了りに含まれていない。

 

 クララは自分と同じでスイッチが入るのが遅いイメージ。これは、中堅戦を見ていて分かった。

 なので、これはエリーザにもクララにも鳴かれないだろう。

 そう思って穏乃はドラの{中}を早々に捨てた。

 これを、

「ポン!」

 穏乃の期待通り光が鳴いた。

 

 次巡、光は、牌をツモる指に力をこめた。

 基本的に光は、咲と同じで自分に都合の良い山を作る力があるだろう。

 ただ、それだけではない。能力を大量放出することで、欲しい牌をツモってくる力もあるようだ。

 勿論、エネルギーにも限界はあるので常時発動はムリだ。しかし、穏乃の能力発動までのショートスパンであれば、何とかなる。

 ここから光は、聴牌に向けて最短距離を突き進んだ。

 そして、

「ツモ。中ドラ4(中3枚に赤牌1枚)。2000、4000!」

 ようやく、光は第一弾の和了りを決めた。

 これで次からは、和了りへの速度は上がるはずだ。

 

 

 東四局、神楽(光)の親。ドラは{八}。

 前回の和了り役は1翻。今回の縛りは2翻である。

 光の配牌は二向聴。

 そこからムダツモ無しで、あっと言う間に聴牌した。これが能力全開の光である。これが常時発動できたら最強であろう。

 そして、

「リーチ!」

 聴牌即でリーチをかけた。

 

「ポン!」

 一発消しでエリーザが鳴いた。エリーザは、フレデリカほど明確では無いが山にある牌が何となく分かる。

 それで、この鳴きで光(神楽)には和了り牌が渡らなくなるはずと確信していた。

 しかし、

「ツモ!」

「えっ?」

 エリーザの期待に反して光がツモ和了りした。さすがに、エリーザも驚いたようだ。目を見開いて神楽の方を見ていた。

 

 今の光は、短期集中とは言え欲しい牌が引けるのだから、咲や照と同等以上の支配力を持つ者でなければ光のツモ牌に干渉することは出来ないだろう。

 

 開かれた手牌は、

 {一二三三四[五]八八34[5]67}  ツモ{2}  ドラ{八}  裏ドラ{9}

 

「メンピンツモドラ4。6000オール!」

 一発が消されたのは痛いが、これでエリーザに持って行かれた分の大半を取り返した。

 

 この直後、卓上に靄がかかった。穏乃のスイッチが入ったのだ。

 時が来た。ここからは穏乃の山支配が発動する。これなら、ドイツチームに追いつくどころか逆転できる。光は、そう期待した。

 しかし、この靄を消し去るかのように場に風が吹いた。クララのスイッチも同時に入っていたのだ。

 一転して光は不安を感じ始めた。

 

 東四局一本場。神楽(光)の連荘。ドラは{七}。

 光は配牌二向聴。

 前局と同じで、光は指先に力をこめて牌を引く。

 しかし、不要な風牌ばかりを掴まされる。これが、クララの持つ慕と同じ能力だ。

 

 ただ、このクララの能力発動と共にエリーザのオーラが弱まっていった。

 クララの能力は、{1}で和了るだけではない。この風が吹いた時、不要な風牌は他家の序盤でのツモに均等分配される。

 ただし、黒一色に向かう能力を発動しているエリーザの場合は、逆に風牌が行かなくなる。エリーザの和了りを阻止する方にクララの能力が働いてしまうためだ。

 東一局での和了りのような、筒子と索子で手を作るのが限界になる。

 

 この場で唯一、序盤から欲しい牌を引けるのはクララだけ。

 

 クララの配牌は、

 {一三五123599白發中中}

 ここから、クララは、立て続けに{4[5]}と引き、{五三}と切り出した。

 そして、

「ポン!」

 エリーザが捨てた{中}を鳴いた。これは完全にクララの支援だ。ここからクララは打{一}。

 

 次にエリーザは打{9}。

「ポン!」

 これをクララは鳴いて打{白}。

 

 さらにその次にエリーザが捨てた牌は{5}。

 これを狙ったかのように、

「ポン!」

 またもやクララが鳴いた。打{發}。

 

 これでクララの手牌は、

 {1234}  ポン{5[5]横5}  ポン{99横9}  ポン{中中横中}

 

 光に、ようやくツモ番が回ってきた。

 しかし、引いてきたのは不要な風牌。これをツモ切り。

 まだ光の河には捨て牌が三枚しか出ていない。クララの鳴きで飛ばされたためだ。

 

 穏乃も風牌をツモ切り。光と同様に、穏乃の河にも捨て牌は三枚しかない。

 光も穏乃も、こんな状態だ。まだ手が全然できていない。

 

 そして、次巡。

 クララは、

「ツモ! 中混一赤1。2100、4100。」

 大方の予想通り{1}を引いて和了りを決めた。

 容姿と言い、その打ち筋と言い、まるで慕のコピーのようである。実際にはコピーではなく妹なのだが………。

 

 ただ、このクララの闘牌を見て、閑無とはやりは、

「あれって、何もかも慕とそっくりだよな?」

「そう思う。そう言えば、たしか慕ちゃんのお母さんって、今のドイツチームの監督にさらわれてたって話だよね。」

「意外と種違いの妹だったりして。」

「もしそうだったらシャレにならないけどね。」

 なんだかんだで、慕とクララに関係に、内心疑問を抱いていた。

 

 

 南入した。

 南一局、穏乃の親。ドラは{九}。

 ここでも卓上に風が吹いた。クララの能力が、この場も支配しようとしている。

 しかし、

「(ここで和了る!)」

 穏乃も負けていなかった。

 この親番で絶対に逆転すべく強い意気込みを見せていた。

 

 元々、穏乃は責任感の強い性格だ。しかも、彼女の精神力は、個人戦よりも団体戦で、正確には団体戦の大将戦で、より一層強まる。

 それ故であろう。クララが起こす風では掻き消せないほどの濃霧が、一瞬のうちに立ち込めた。これは、穏乃の能力がクララの能力を上回ったことを意味する。

 

 この場では、クララによる風牌分散ツモはキャンセルされた。

 今、場全体を支配しているのは穏乃である。配牌は五向聴だったが、ここから彼女は着実に一歩一歩手を進めていった。

 

 一方のエリーザは、能力が中途半端に発動していた。穏乃の力によって、一部キャンセルされた状態なのだろう。

 エリーザは、今一つ能力の切れが悪い感じを受けていたが、失われたわけでは無い。一応、自身の手は進んで行く。

 それで、この穏乃の親を流すべく、黒一色に向けて手を進めていた。

 そして切った{一}で、

「ロン。」

 穏乃に和了られた。

 この時、振込んだエリーザには、穏乃の背後に火焔が見えていた。エリーザの持つ闇を完全に打ち消すほどの強大な炎だ。

 

 開かれた手牌は、

 {二三四五六八八345567}

 

 平和ドラ3の親満級の手。

「11600!」

 

 これで、大将前半戦の点数と順位は、

 1位:エリーザ 114200

 2位:神楽(光) 111200

 3位:穏乃 87400

 4位:クララ 87200

 

 これでチームトータルは、日本チームが198600点、ドイツチームが201400点と、その差を2800点まで詰め寄せてきた。

 

 

「一本場!」

 穏乃が元気な声で連荘を宣言した。

 

『この調子で逆転する!』

 この時、穏乃の目は、そう語っていた。


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