咲-Saki- 阿知賀編入   作:いうえおかきく

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二百十三本場:六大学対抗戦-3  海の化物、再び

 弥呼(節子)が和了った直後、再び浩子と聖子の視界が、荒れ果てた大地のド真中にいるような光景に変わった。

 地面が激しく揺れ、地のあちこちの避け目から溶岩が噴出している。完全に生物が住めない世界だ。

 

 一応、浩子は、静香から節子のことを聞いていたし、昨年のインターハイや世界大会では、節子の霊を神楽が降ろしていたことも聞いていた。

 しかし、こんな恐怖映像を、いきなり目の当たりにするなんて予想もしていなかった。

「(これは、ちょっとキツイわ。)」

 生きた心地がしない。

 こんなモノを見せられて平然と麻雀を打てと言う方が酷である。

 

 ただ、浩子は、

「(出雲弥呼って島根出身やったな。もしかして石見神楽の親類かなんかか?)」

 何となくだが弥呼の正体に気が付いていた。

 もっとも、気付いたところで対応策が見つかるわけでは無いのだが………。

 

 一方、聖子の方は完全にパニックになっていた。

 高い精度のデジタル打ちが出来ても、和のように自分に降りかかる相手の能力をキャンセルする力を持っていなかったのだ。

 加えて浩子ほどは能力麻雀への耐性も知識も無かった。

 それで、精神力が持たなかったのだ。

 

 続く東一局一本場も、

「メンタンピンツモ。2700オール!」

 

 東一局二本場も、

「ツモ! 4200オール!」

 

 東一局三本場も、

「ツモ! 2000オールの三本場は2300オール!」

 

 立て続けに節子が和了った。

 しかも、東一局と同様に、節子は配牌終了時と和了った時に、浩子と聖子に天変地異の幻を見せた。

 この超常現象に、浩子も聖子も完全に精神的に参ってしまった。

 

 そして迎えた東一局四本場。

 卓中央のスタートボタンを押す前に、節子は、

「敬子。そろそろ。」

 と言った。

 すると、敬子は今まで配牌完了前に、必ず行っていた塾歌のハミングを止めた。

 

 ドラ表示牌がめくられた。

 ドラは{8}。

 

 この時、浩子は、敬子から異様な雰囲気を感じ取っていた。

「(何かする気やな。)」

 何らかの動きを見せるだろうと予想は出来る。

 しかし、それは何なのかは分からない。

 

 敬子の切り出しは、

 {東南西北}

 基本的に今までどおりだ。

 その後、{③⑤}と数牌を切って行く。

 

 まだ敬子が何をしようとしているのかは分からない。

 しかし、浩子も聖子も、コンディションがどんなに最悪だろうと、和了りに向けて動かなければ今のままでは負ける。

 当然、今一つ頭が回り切らない状態だが、何とか手を進めようとした。

 

 そして、聖子が{②}切った、まさにその時だった。

 彼女の視界に飛び込んできたのは大海原の風景だった。正直、訳が分からないが、何故か対局室から海のド真中に飛ばされていたのだ。

 聖子自身からすれば、まったくもって意味不明であろう。

 

 世界大会でローザやミラが経験したのと同じで、ここでも聖子は船の上に乗っていた。

 目の前には敬子の姿がある。

 ただ、この時の敬子は、海面から上半身を出す美しき人魚の姿に見えた。そして、敬子の背後から巨大な触手が伸びてきて、聖子の身体に巻き付いた。

「(なによ、これ?)」

 状況がよく飲み込めないが、少なくとも命の危険が迫っているのだけは間違いないと感じていた。

 勿論、幻の世界なので現実に死ぬことは無いが、この光景が現実であれば明らかに死と隣り合わせの状態だ。

 

 触手が敬子の身体と一体化すると、敬子は海深くに潜って行った。

 敬子のクラーケンパワーが発動したのだ。当然、聖子の身体も敬子と共に海深くに引き摺り込まれて行く。

 

 この時、聖子の目に巨大な何かの影が映った。

「(海の化物!)」

 それは、何本もの巨大な触手を持つ巨大な生物の姿だった。

 

 このままでは窒息死する。

 いや、その前に、この化物に食い殺されるのか?

 余りの恐怖に現実世界の聖子は、

「シャ──────!」

 堪えきれずに聖水を大放水してしまった。

 

 そして、その直後、

「ロン。」

 聖子の上家………敬子からの和了り宣言が聞こえてくると、聖子の意識は幻の世界から開放され、現実世界へと戻ってきた。

 

 開かれた敬子の手牌は、

 {五[五]八八八②②⑧⑧⑧888}  ロン{②}  ドラ{8}

 

「タンヤオ対々三暗刻三色同刻ドラ4。24000の四本場は25200。」

 三倍満が炸裂した。しかもツモれば四暗刻。とんでもない手だ。

 

 死と直面した幻からは開放されたが、聖子の身体は激しく震えていた。完全に、彼女の心は恐怖に支配されていたのだ。

 

 

「ここで対局を中断します。」

 スタッフの声だ。

 さすがに聖子が放出したのを放置できない。

 選手達は、スタッフの指示に従って、一旦、各控室に戻された。

 

 一方、放送側は、咲や光の対局ではなかったため、まさか大放出シーンがあるとは思っていなかった。

「(やっチーター………。)」

 それで、放出直前に映像を切り替えることが出来ず、この光景が全国にライブ中継されてしまったのだ。

 たしかに敬子には、世界大会でミラを大放出させた実績はあったが………。

 急いで解説側に映像を切り替えたが、時既に遅しであった。

 

 当然、これを見た某ネット掲示板の住民達は、

『スバラ!』

『さすが綺亜羅の元エースですわ!』

『咲様、光ちゃん、美和様じゃなかったんで録画してなかったッス!』

『うちは麻雀部で録画してるじぇい!』

『友達が出来たよモー!』

『久し振りに先輩が喜んでるデー!』

『チョー嬉しいよー』

『先鋒の咲様が空振りだったので、これはまさにサプライズだと思』

 大喜びだった。

 

 

 

 K大学とT大学の対戦と同時に、六大学戦前年度2位のW大学と前年度5位のM大学の試合と、前年度3位のR大学と前年度4位のH大学の試合が、別会場にて同時並行で行われていた。

 最も視聴率が高かったのは咲達の試合だったが、ここで対局が一時中断とのことで、多くの人達が他の二試合にチャンネルを切り替えた。

 なお、各大学のメンバーは以下のとおりであった。

 

 W大学

 先鋒:竹井久(3年)・福路美穂子(3年)

 次鋒:西野カナコ(1年)・原村和(1年)

 中堅:百目鬼千里(1年)・西野カナコ

 副将:竜崎鳴海(1年)・鬼島美誇人(1年)

 大将:雀明華(2年)・百目鬼千里

 

 M大学

 先鋒:佐々野いちご(3年)・美入人美(1年)

 次鋒:反町愛射(そりまちあい:2年)・転法輪弥生(てんぽうりんやよい:2年)

 中堅:染谷まこ(2年)・佐々野いちご

 副将:成長結実(なるながゆみ:2年)・天地聖美(あまちきよみ:2年)

 大将:水村史織(1年)・染谷まこ

 

 R大学

 先鋒:多治比真佑子(2年)・椿野美幸(3年)

 次鋒:引世菫(3年)・南浦数絵(1年)

 中堅:加治木ゆみ(3年)・多治比真佑子

 副将:東横桃子(1年)・加治木ゆみ

 大将:森垣友香(1年)・霜崎絃(千葉MVP:3年)

 

 H大学

 先鋒:佐々野みかん(1年)・多治比麻里香(1年)

 次鋒:大星淡(1年)・亦野誠子(2年)

 中堅:辻垣内智葉(3年)・大星淡

 副将:池田華菜(2年)・中田慧(2年)

 大将:片岡優希(1年)・辻垣内智葉

 

 

 

 さて、対局室の清掃作業が終わり、K大学とT大学の次鋒戦が再開された。

 東二局からである。親は浩子。ドラは{發}。

 

 浩子は、清掃中に聖子から何が起こったのかを聞いていた。

 まさかクラーケンに海に引き摺り込まれる幻を見せられていたとは………。

 これで浩子は、何故、世界大会でローザが途中交代したのか、また、ローザに代わって後半戦で出場したミラが大放出したのかも含めて全てを理解した。

 

 今回も、配牌時に敬子はハミングしていなかった。ここでもクラーケンの力が発動しているのだろう。

 

 この局、珍しく、

「ポン!」

 敬子が鳴いた。全然鳴かないわけではないが、敬子は門前で手を進める方が多い。

 副露したのは{南}。敬子の自風だ。

 

 その後も、敬子は、

「ポン!」

 {東}を一鳴きした。場風だ。

 

 

 この局、敬子の捨て牌は、

 {3⑥⑦6西北九}

 

 いつもと順番が違う。

 普通に考えれば萬子に染めている可能性ありと思われる切り方。

 

 ただ、浩子は、

「(これって、世界大会でローザから三倍満を和了った時に似てる! むしろ索子の方が危ないのか?)」

 と感じていた。

 

 

 次巡、弥呼(節子)が切った牌は{8}。これに敬子は反応なし。

 浩子は、念のため敬子の現物で様子を見た。

 敬子はツモ切り。

 そして、ここで聖子がツモってきたのは{8}。まあ大丈夫だろうと思ってツモ切りしたその時だった。

 前局で{②}を切った時と同様、辺り一面の風景が大海原に変わった。今回も聖子は船の上に乗っていた。

 

 今回も敬子は人魚の姿をして海面から上半身を出していた。

 そして、敬子の背後から巨大な触手が伸びてきて聖子の身体を捉えると、その触手は敬子と一体化した。

 

 敬子が海深くに潜って行く。

 当然、聖子の身体は、敬子に連れられて前局同様に海の底へと引き摺り込まれて行った。

 前方にはクラーケン………敬子本来の姿が見える。

 

 息が出来ない。

 窒息死するのが先か、この海の化物に食い殺されるのが先か………。

 そして、聖子が死を覚悟した、まさにその時、

「ロン!」

 敬子の声が聞こえてきた。現実世界では、敬子に振込んでいたのだ。

 

 聖子が正気に戻った。

 彼女の目に飛び込んできたのは、敬子が開いた手牌。

 それは、

 {5[5]88發發發}  ポン{東横東東}  ポン{南横南南}  ロン{8}  ドラ{發}

 まさかの索子の混一色手。

 しかも三倍満。

「東南發混一対々ドラ4。24000!」

 弥呼の{8}切りは、敬子が聖子から和了るためのサポートだったと言うことか?

 完全に裏をかかれた感じだ。

 

 さすがに大放出した後だ。今回は、まともに放出するモノが無かった。

 なので、聖子も前局と同じ過ちを犯さずに済んだのだが………、ただ、僅かに溜まっていた数滴分だけは、

「チョロ………。」

 漏れてしまった。

 

 身体は激しく震えている。

 天変地異の幻を何回も見せられた後に、巨大な海の化物の幻を見させられ、しかも完全に死んだとさえ思った。

 これで平然としている方が精神構造を疑う。

 しばらくの間、聖子は正常に物事を考えられないだろう。これで、聖子のデジタル打ちは完全に崩壊したと言って良い。

 

 

 東三局、敬子の親。

 ドラは東。東場では、俗に、

『みんなの東!』

 と呼ばれるヤツだ。自分のところに来てくれれば嬉しいが、他家の手に渡ると恐怖でしかないドラだ。

 

 この局、敬子の捨て牌は、

 {5③七九南西七}

 

 この時、浩子は、

「(今回も配牌時にハミング無し。それに、この捨て牌。多分、これまでの傾向から考えると………)」

 ここでも海の化物が出ることを予測していた。

 

「ポン!」

 敬子の第7打牌の{七}を弥呼が鳴いた。これで{七}は四枚見えている。{八}と{九}は非常に使い難い牌となった。

 そして、弥呼は{東}を強打した。場風のドラだ。

 一瞬、場の空気が凍りついた。しかし、誰も鳴かず。

 

「(ここで東。聴牌したか?)」

 浩子は、そう考えながら改めて弥呼の河に視線を向けた。

 

 弥呼の捨て牌は、

 {九八南西北1東}

 

 ここで浩子のツモ牌は{南}。これは弥呼と敬子の共通安牌なのでツモ切り。

 敬子は{9}をツモ切りした。

 

 そして、聖子のツモ番。

 引いてきたのは{八}だった。

 弥呼を警戒して、これをツモ切り。

 

 この直後、聖子は、またもや大海原にいる幻を見せられた。

 まさか、これは………。

「イヤ──────!」

 完全に海の化物とのご対面のパターンだ。さすがに聖子は両手で顔を覆った。

 

 身体中に触手が絡み付き、聖子は海の奥深くへと引き摺り込まれた。これで、三度目である。

 呼吸が出来ない。

 窒息死するか、それとも化物に食い殺されるか?

 そんな恐怖が彼女の脳裏を走り抜ける。

 

 そして、

「ロン。」

 敬子の声が聞こえると、聖子は正気に戻った。

 

 開かれた敬子の手牌は、

 {八八⑧⑧⑧22888東東東}  ロン{八}  ドラ{東}

 

「ダブ東対々三暗刻三色同刻ドラ3。36000!」

 まさかの親の三倍満。

 前局の{8}切りに続き、今回の弥呼の{八}切りは、敬子が聖子から和了るためのサポートだったのだろう。

 まさか、二連続で同じことを仕掛けてくるとは………。

 聖子からすれば、完全に、してやられた感じだった。


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