東一局三本場。
さすがに、今回は天和もダブルリーチもなかった。いくら優希でも、あの強大なパワーを延々出し続けることは不可能であろう。
しかし、四巡目で、
「リーチ!」
優希は、聴牌すると、即リーチをかけてきた。
「(今は出来るだけ攻めるじぇい。東場で稼げるだけ稼ぐじょ!)」
まだまだ、東場でのパワーは顕在のようだ。今までが爆発的過ぎただけで、まだ優希の東風の神としての力が消えたわけではなかった。
一方、憩は、不穏な空気を小蒔から感じ取っていた。
憩には、先行聴牌者から独特の波動が伝わってくる。
当然、その波動は優希から伝わってきていたし、優希の聴牌を受けて能力が発動するはずだった。
ただ、優希の聴牌を感じた直後、それと同じモノを、今度は小蒔からも感じ始めた。今まで何故か感じなかったが、小蒔も聴牌していたのだ。
神ゆえに聴牌気配を完全に消せると言うことなのだろうか?
ただ、聴牌の波動とは別の強大な何かも重なっている気がした。
先行聴牌者がいるなら、同巡で憩は聴牌できるはず…と高をくくっていたのだが…、何故か、今回の憩のツモは手牌と全然噛み合わなかった。
「(どう言うことやろか? もしかして、これが神代さんの能力?)」
どうやら、神のエネルギーで憩の能力が塞がれてしまっているようだ。
神の能力発動による聴牌を踏み台にした形では、バチ当たりな行為とみなされて後追い聴牌をさせてもらえないと言ったところだろうか?
それとも、咲との勝負のために神が自らに追加した能力だろうか?
少なくとも、小蒔(神)の先行聴牌に対し、憩の後追い聴牌能力の発動は許してもらえないようである。憩にとっては苦しい試合になりそうだ。
そして、五巡目、優希がツモ切りした{二}で、
「ロン! 32900。」
「じぇじぇー!」
小蒔が純正九連宝燈を和了った。
まさか、この巡目で九連宝燈を聴牌しているとは………。
想像を絶する和了りだった。振り込んだ優希自身も目を疑うほどであった。
これで、長かった優希の親が終わった。
東二局、小蒔の親。ドラは{北}。
小蒔(神)は、何気に咲のほうを見ていた。まるで、
『先ずは、自分が優希から役満を直取りした。お前もやってみろ!』
とでも言っているようだ。
当然、咲も負けてはいない。自分と戦うためだけに小蒔の身体に降りてきてくれている相手だ。ベストを尽くすのが礼儀だ。
咲の全身から、激しいオーラが流出した。そして、六巡目、
「カン!」
まだ早い巡目だ。
ここで咲は、優希が手を進めるために捨てた牌………{⑨}を大明槓した。
嶺上牌を取ると、
「もいっこ、カン!」
連槓で{九}を暗槓し、さらに嶺上牌を引いて、
「もいっこ、カン!」
今度は{9}を暗槓した。完全に咲のペースだ。
そして、次の嶺上牌で、
「ツモ!」
毎度の如く嶺上開花を決めた。
開かれた手牌は、
{①③北北} 暗槓{裏99裏} 暗槓{裏九九裏} 明槓{⑨横⑨⑨⑨} ツモ{②}
「チャンタ三槓子三色同刻嶺上開花ドラドラ。16000!」
「じぇじぇ―――!」
倍満だ。
これは優希の責任払いとなった。六巡目で、こんな和了りを仕掛けられることが驚きではあるが…。
しかし、それでも優希は2位の小蒔と70000点以上、3位の咲とは90000点以上の差をつけていた。やはり、東一局での親役満二連発は大きい。
東三局、咲の親。
四巡目、
「リーチだじぇい!」
優希が先制リーチをかけた。
「(東場のうちに、巫女さんと咲ちゃんと勝負だじぇい!)」
まだ東場。優希の攻撃力は失われていない。
小蒔と咲を相手にしてのリーチにリスクはある。しかし、優希が稼げるのは東場のみ。ならば、リスクを覚悟で勝負に出る。
「ポン!」
咲が、優希のリーチ宣言牌である{8}を鳴いた。
一発消しか?
そして、打{9}。
この時、憩は能力が発動していた。
今回は小蒔から特殊な波動を受けていない。恐らく、能力発動を邪魔されていないと言うことだろう。
それで、優希が聴牌したことで能力が発動した。
憩は、すぐさま平和形の手を聴牌したが、その次に優希が捨てた牌………{白}は憩の和了り牌ではなかった。平和形なのだから当然だろう。
どうやら、ここで{白}が来ることを分かった上で咲は優希から鳴いていたようだ。
しかも、
「カン!」
この{白}を咲が大明槓してきた。
嶺上牌を引くと、
「もいっこ、カン!」
今度は、{8}を加槓した。これで咲は、一応聴牌。
次の嶺上牌………{⑧}を引くと、
「もいっこ、カン!」
咲は、そのまま{⑧}を暗槓し、さらに次の嶺上牌を引くと、
「もいっこ、カン!」
{八}を暗槓した。そして、最後の嶺上牌………{[⑤]}で、
「ツモ!」
嶺上開花を決めた。
開かれた手牌は、
{⑤} 暗槓{裏八八裏} 暗槓{裏⑧⑧裏} 明槓{白横白白白} 明槓{8横888} ツモ{[⑤]}
四槓子。しかも、三色同刻と五筒開花のオマケ付きだ。
「48000。」
この和了りで、優希は咲にリーチ棒と併せて49000点を奪われ、とうとう咲に逆転されて2位に転落した。
東三局一本場。
現在の各チームの点数は、
1位:奈良 124700
2位:東京1 122000
3位:鹿児島 93600
4位:大阪1 59700
今までは、小蒔も咲もトップを取るためには、絶対的リードを作った優希からの直取りが理想であった。
しかし、もうツモ和了り中心に切り替えて問題無い。
突然、場の空気が変わった。
小蒔のオーラが急激に大きくなったのだ。咲への対抗心か、それとも、優希を落すチャンスと踏んだのか…。
相変わらず、筒子、索子、字牌の順に小蒔の捨て牌は切り出されている。そして、たった七巡で、
「ツモ。8100、16100。」
小蒔は、本日二度目の九連宝燈をツモ和了りした。
これで、小蒔がトップに浮上した。
東四局、憩の親。
憩は、ここまでヤキトリ状態である。さすがに、この親では和了りたい。
それに、他家三人にダブルスコア以上の差をつけられている。そろそろ和了れないと本気でマズイ。
焦る憩を横目に、咲が、
「カン! もいっこ、カン!」
{⑤}と{⑧}を連続で暗槓してきた。
しかも、ここで引いてきた二枚の嶺上牌で、共に嵌張を埋めて手が進み、咲が聴牌したようだ。先行聴牌者から飛んで来る波動で、それが憩には分かる。
そして、咲は打{④}。
次のツモで憩は聴牌した。能力が発動しているのを実感できる。
しかし、同巡に優希が{⑦}を切ってきた。
特段、優希は聴牌している感じでは無い。
いや、厳密には、ここで{⑤⑧}待ちで聴牌したのだが、この待ちは既に咲によって潰されている。それで、{⑦}を落としてきたのだ。
すると、
「ロン! タンヤオ赤2。70符3翻は8000!」
これで咲が和了った。
開かれた手牌は、
{二三四⑦678} 暗槓{裏[⑤][⑤]裏} 暗槓{裏⑧⑧裏} ロン{⑦}
まさかの{⑦}単騎だった。
南入した。
南一局、優希の親番。
急激に優希のオーラが、ドンドンしぼんで行くのが分かる。
ここからは、優希は攻撃に出ることは無い。守りの麻雀に徹する。
今まで優希は、咲や最強神を降ろした小蒔と同等………いや、東一局に限定すれば、その二人をも遥かに凌駕する魔物だった。
しかし、南入と共に魔物としてのパワーが消え、憩が対峙する魔物は二人に減った。
憩としても、ここからが勝負だ。
この局、憩は誰の聴牌気配も感じないまま、自ら聴牌した。ここは、自分の能力に賭けて勝負に出る。
「リーチ!」
先行聴牌者に憩の和了り牌を掴ませるのが彼女の能力。そして、その先行聴牌者には自分も含まれる。
当然、一発で憩は自分の和了り牌を掴んできた。
「一発ツモやでぇ! ドラ三つで3000、6000!」
このハネ満ツモ和了りで憩は、ようやくヤキトリを解消した。
南二局、小蒔の親。ドラは{①}。
序盤から、
「ポン!」
咲が{南}を鳴いてきた。
ここでも咲は、手牌に{南}を残していた。暗刻で持っていたのを敢えて鳴き、{南}単騎の形で聴牌まで持って行こうと言うのだ。
これなら、聴牌形になっても{南}単騎では聴牌として認められない。よって、憩の能力発動条件には引っかからないはず。
一方の小蒔も、筒子、索子、字牌と順に切って行く。
こっちも萬子一直線で、配牌から最短距離で染め手が出来上がって行くのが見ていて分かる。またもや萬子の九連宝燈か?
ただ、手が出来るのは、咲が一歩早かった。
「カン!」
咲が{南}を加槓した。これと同時に、憩には咲から先行聴牌者特有の波動を感じ取った。
しかし、王牌は咲の完全なる支配下にある。憩には咲の嶺上開花を止める力は無い。
結局、
「ツモ!」
咲に嶺上開花で和了られるのを許すことになった。
和了り形は、ドラの{①}をアタマにした嵌{⑤}待ち。しかも、嶺上牌から引いてきたのは、よりによって{[⑤]}だった。
「ダブ南混一嶺上開花ドラ3。4000、8000!」
これで、再び咲がトップに返り咲いた。
南三局、咲の親番。
ここでは、
「ポン!」
咲は、小蒔から切り出された{⑥}を早々に鳴いた。
そして、次巡も、
「ポン!」
またもや、咲は小蒔から{④}を鳴いた。
そして、数巡後、
「カン!」
咲は、
{①①②②③④⑥} ポン{横④④④} ポン{横⑥⑥⑥} ツモ{③}
ここから{⑥}を加槓した。聴牌と同時の槓だ。
咲が聴牌したことで憩の能力発動条件が満たされたが、憩が聴牌するのは同巡でのツモ番になる。よって、まだ憩は和了れない。
嶺上牌は{①}。これで咲は、嶺上開花で和了りである。
しかし、
「もいっこ、カン!」
和了り放棄で{④}を加槓した。
そして、次に咲が引いてきた嶺上牌は{②}。これで、
「ツモ! 清一対々嶺上開花! 8000オール!」
嶺上開花を決めた。和了り役を2翻上げての和了りであった。
これで咲は、2位の小蒔との差を広げた。
しかし、南三局一本場。
ここでは小蒔の配牌13枚中、萬子が9枚を占めていた。これは、小蒔にとって非常に有利な状況であった。
咲も、
「ポン!」
序盤から小蒔が捨ててくる筒子を鳴くが、ここでも小蒔の支配力は凄まじかった。
そして、四回目のツモ牌で小蒔は聴牌した。
先行聴牌者の強烈な波動が憩に飛んできた。しかし、それと同時に憩には小蒔特有の妨害波が放たれている感じがした。
憩は、能力を発動したつもりでいたが、聴牌できず。
結局、その次のツモ牌で、
「ツモ! 8100、16100!」
小蒔に三度目の九連宝燈をツモ和了りされた。
これで、各チームの点数は、
1位:鹿児島 139200
2位:奈良 137500
3位:東京1 79800
4位:大阪1 43500
小蒔が再びトップに立った。
しかし、2位の咲とは1700点差でしかない。逆転は十分可能な位置にある。
王者咲と小蒔の対決は、いよいよオーラスに突入した。
親は憩。
当然、憩としても、ここで連荘して少しでも点数を取り返したいところだ。
この局面で、小蒔の配牌は、萬子がたった3枚と、萬子の九連宝燈を狙うには厳しい状態だった。
しかも、字牌が一枚も無かった。これでは、萬子の混一色形に進めるのも清一色形に進めるのも同じだ。
小蒔に降りた神は、タンヤオのみとか平和のみでの和了りができない。どうしても染め手を和了り手として限定しているようだ。
霞に降りた邪神もそうだった。他家に絶一門を課し、自身は最低でも混一色、基本的には清一色しか作らない。
その自由度の無さが、この局面では逆に不利になる。
開始早々、
「ポン!」
咲は、一巡目に、いきなりオタ風の{西}を鳴いた。現段階では、咲の手牌にもう一枚の{西}は無かったが、咲には槓材の位置が分かる。
そもそも、牌が透けて見えているのだから分からないはずが無い。
次巡、咲は待望の{西}を引き、そのさらに二巡後に、
「カン!」
{西}を加槓した。
そして、引いてきた嶺上牌で、
「ツモ! 嶺上開花! 400、700!」
咲は、この半荘で五度目の嶺上開花を決めた。
{西}の明槓に{⑨}の暗刻を持つ40符1翻の手だった。
これで、先鋒戦の順位と点数は、以下の通りとなった。
1位:奈良 139000
2位:鹿児島 138800
3位:東京1 79400
4位:大阪1 42800
最後に、たった200点差で小蒔(神)は咲に逆転を許したが、この接戦を戦い抜き、小蒔に降りた神も十分満足していたようだ。
「さすが人の王者。ドイツのエースが愛染明王ならば、そなたは不動明王と言ったところか。」
「えっ?」
「では、両頭愛染の片割れよ。また会える日を楽しみにしているぞ。」
こう言うと、神は小蒔の身体から抜け出て行った。ただ、咲には最強神の言葉が全くの意味不明であったことは言うまでもない。
そして、これを入れ替わるかのように………、
「あっ………。すみません。寝てました。」
小蒔が目を覚ました。
多分、小蒔自身は、三度も九連宝燈を和了った奇跡とも言える戦いを全然覚えていないだろう。
「「「「ありがとうございました。」」」」
最後の一礼の後、
「また、どこかで打とうな、咲ちゃん。」
憩は、そう言いながら咲に右手を差し出した。もう、高校生でいる間は、公式の大会で敵として咲と戦うことは無いだろう。
「は…はい。ありがとうございます。」
咲は、オドオドしながら憩と握手を交わした。
「咲ちゃん。私とも握手だじぇい!」
今度は、優希が咲に右手を差し出した。
「あ、ありがとう、優希ちゃん。」
「今度は春でリベンジするじょ!」
「こっちも負けないからね!」
「その意気だじぇい!」
咲は、優希と硬く握手を交わした。さすがに旧清澄高校麻雀部員の優希を相手にオドオドすることはない。
「あのう、私も良いでしょうか?」
今度は、小蒔が咲に右手を差し出してきた。
「は…はい。」
「最強の神様も、とても喜んでおられました。また、次の機会を楽しみにしていらっしゃるようです。」
「こ…こちらこそ…、はい。」
最後に、咲は小蒔と握手を交わした。
ただ、
「(羨ましいな…。)」
咲の視線は自然と小蒔の豊満な胸のほうに行く。
まあ、それは仕方が無いだろう。
小蒔と握手を交わした直後、咲は、急にその場に座り込んだ。まるで、全身の力が抜けてしまったかのようだ。
東場最強状態の優希に、最強神を降ろした小蒔、さらに先行聴牌者に和了り牌を掴ませる憩の三人同時相手は、咲としても結構精神的に疲労していたのだ。
丁度ここに、憧と玄が入室してきた。
玄は次鋒選手として、憧は咲のお迎え………迷子対策である。
「サキ、大丈夫?」
「うん。」
「肩貸そうか?」
「お願い、憧ちゃん。」
一先ず咲は、憧に肩を貸してもらって控室に連れられて行くのだが…。
このベタベタくっついた(ように見える)咲と憧の様子を東京チーム1の控室モニターで見ていた和は、
「憧、またですか? 須賀君と言い、憧と言い、イイカゲンにしてください!」
心中穏やかではなかったようだ。
おまけ
前回(66本場おまけ)からの続きです。
本編とも麻雀とも全く関係ないお話です。
咲-Saki-を敢えてネタにする必要も無いストーリーです。
苦手な方はスルーしてください。
Carnivorousな生き物
2. 日本上陸
あの夜以来、憧達との通信は途絶えたままだった。
しかし、捜索隊を出そうにも出せなかった。
これまでも同じような状況下で捜索隊を出したことはあるが、ミイラ取りがミイラに………捜索隊までもが誰も帰ってこなかった故である。
もっとも、今となっては捜索隊として現地に出向きたい人間自体が皆無だった。
半年の時が流れた。
その日、見慣れない一隻の船が日本近海を走行していた。
その船は、まるで潮の流れに従って惰性で動いているように見えた。そして、そのまま、とある海岸に漂着した。
潮が引き、その船は砂浜の上に置き去りにされた。
普通なら沖に流されてもおかしくない。
たまたま、浅瀬に引っかかったのだろう。
まさに偶然が偶然を呼んだ感じだった。
明け方、セーラは憩と二人で海岸沿いをジョギングしていた。
二人の日課だ。
その途中で砂浜に見慣れない船を見つけた。
セーラは、公道から砂浜に駆け下りて船の中を覗き込んだ。
「誰か乗っているんかぁ?」
しかし、このセーラの呼びかけに返事は無い。
半分探検のつもりで、セーラは船の中に入っていった。
セーラは、この近くにある大学に通う学生だった。大学では、麻雀部とボクシング部を兼部していた。
その後を追いかけるように、憩が船の中に入って行った。
憩は、セーラと同じ大学で、やはり麻雀部に所属していた。そして、ボクシング部ではなく新体操部を兼部していた。
憩は、均整の取れた身体をしており、しかも顔も十人並み以上で、とても明るい雰囲気に包まれている。
当然、学内に憩のファン(当然男性)は多かった。
セーラと憩は、まるでデキているのではないかと噂されるくらい仲が良かった。当然、憩のファン達は、それが気になって仕方が無い。
セーラは船の中で、ベッドの上とベッドの脇に一体ずつ白骨死体を発見した。
「げっ! 何や、これ?」
ベッドの上の白骨は、頭から足まで全て揃っている。ベッドの上で寝ていて、そのまま白骨化したようだ。服も着ている。
その白骨の上には、枯れた巨大な植物が、まるで布団のように覆い被さっていた。
一方、ベッドの脇の白骨は、頭部から胸の中央辺りまでの骨が無くなっていた。
腕も胴も足もある。
例えるなら、大きなワニに頭から胸の真ん中辺りまでを一口で食いちぎられた死体が白骨化したみたいな感じだった。
明らかに不自然な白骨だ。
しかも、その頭の無い白骨死体は何故か服を着ていなかった。
その白骨が生前着ていたと思われる服が、近くに脱ぎ捨ててあった。
ベッドの上の白骨は灼の変わり果てた姿だった。
もう一体の白骨は言うまでも無い。憧だった。
結局のところ、憧も催眠&催淫ガスで完全に頭がコントロールされ、服を脱ぎ捨てて例の植物に抱きつき、頭から喰い殺されてしまったのだ。
ただ、無くなった骨が全身ではなく頭部から胸の辺りなのは、憧を捕食した時、まだ葉の捕食する部分が六十センチ程度までしか成長していなかったためであった。
その光景を知らない者から見れば、憧の白骨は奇妙としか言いようが無い。
勿論、この白骨が憧達のものであることなどセーラ達には分からない。
それ以前に、憧達のことなど知らない。
セーラ達にとっては、ただ白骨死体を乗せた船を見つけた。それだけに過ぎなかった。
床にはゴマみたいな粒がたくさん落ちていた。例の植物の種だ。
灼の身体を養分として、ここで花を咲かせたのだろう。
しかも、その植物は自家受粉が可能らしい。ここに種が落ちているのがその証拠だ。
結構、その種がシューズの底の溝に入り込んでいるが、普通の感性では、それが危ないものだとは到底思えないだろう。
見た目は、ただのゴマ粒に過ぎない。
これが悪魔に変貌するなど、とても想像できない。
一先ずセーラ達は、種をシューズの底に付けたまま、船から砂浜に降り立った。そして、セーラは携帯から警察に連絡を入れ、白骨死体を見つけたことを報告した。
二人は一旦、公道に戻った。
種の殆どは歩いているうちに砂浜の上に剥がれ落ちた。
しかし、一粒だけセーラのシューズについたままだった。そして、セーラが公道の上に立った時に、その最後の一粒がアスファルトの上に剥がれ落ちた。
ただ、そこは道のド真中だ。
ここで、アスファルトを突き破って根を張ることは出来ないだろう。
その夜、雨が降った。
砂浜に剥がれ落ちた種は、潮が満ちてきた時に海に流された。
海に流れた種は、魚の餌になった。
しかし、アスファルトの上に置き去りにされた一粒の種だけは違う運命を辿った。そこから公道脇の空地の上に流されたのだ。
そして、とうとう、そこで発芽した。
その地に根を張り、大量に養分を吸い上げて急成長し、一晩で一メートル近くの高さになった。灼の身体から体液を吸い取った時と同じだ。
翌朝には、長さ七~八十センチくらいの葉を左右に大きく広げていた。
不幸中の幸いは、この日が雨で、この辺りをうろつく人が居なかったことだ。
次の日の夜。
セーラと憩は大学の帰宅途中だった。
二人にとっては、いつものように、駅から家に向かって歩いていただけだった。ただ、いつもと違う何かが帰宅途中の道程の中にあった。
丁度、憧達の船を見つけた辺りに来た時、セーラと憩は、公道脇の空地から誰かに話しかけられたように感じた。
ただ、セーラには、その声が色っぽい女性の声に、憩には男性の声に聞こえていた。
「な…なんや? こんなところに、あんな綺麗な女が裸で立っとるんや? もしかして、俺と一発やりたいんか? 手招きしてるで。」
「何を言ってんの? 男子やろ! それも、私好みの…。」
「男? 憩、目が悪くなったんか? どう見ても女やろ。あの胸を見い! 竜華クラスやないか? どう考えたって男のわけ無いやろ!」
「胸なんか無いじゃん。股間には、見慣れないモノが付いてんで!」
和と優希の時と同じだった。幻覚を見せられていたのだ。
二人は、無意識のうちに服を全て脱ぎ捨て、靴も脱いで裸足になった。そして、幻覚の元となる植物に向かってフラフラと歩き出した。
途中で憩が石を踏ん付けた。
「痛っ!」
憩は、その痛みで一瞬正気に戻った。
「あれ? 男の人は?」
憩の目に映ったもの。それは、まるでバナナかバショウのような植物の姿だった。
その丈は、約一メートル。葉の長さは偽茎を除くと七~八十センチくらい。
普通に目立つ大きさだ。
こんなところに、このような植物が今まで生えていただろうか?
今朝は、急いでいて気付かなかったが、この道は毎日通っている。憩からすれば、いつの間にか生えた感じだ。
セーラが性欲全開で、その植物に頭から突っ込んでいった。
すると、その植物は、まるでワニの口のように二枚の葉で、セーラの頭から胸の中央辺りまでを銜えるように挟み込んだ。
その葉の脇から、ポタポタと液体が流れ出ている。消化が始まったのだ。
「キャー!」
憩が大きな悲鳴を上げた。
しかし、その声はセーラには届いていなかった。
既に頭部が消化されて、文字通り聞く耳を持っていなかったのだ。
消化が終わり、葉に挟まれていた部分だけを無くしたセーラの身体が地面に倒れこんだ。
その死体は、まるでワニの口に頭から胸の辺りまでを挟まれ、そのまま食い千切られたような感じだった。
昨日見つけた船内にあった、ベッドの下の白骨と同じだ。
「セーラ!」
憩がセーラの死体に駆け寄った。
そして、その首無しの亡骸に縋り付こうとしたその時だった。
彼女の視界がぼやけた。
急に頭の中がフワフワして気持ち良くなってきた。ほろ酔い気分に近い感じだ。
身体が熱い。
至近距離まで近づいてしまったのだから当然だろう。
そして、さっきまでバナナかバショウに見えていたセーラの仇が、高校生くらいの美少年の姿………ではなく、小太りのちょっとブサメン男子に見えるようになった。
既に憩の頭の中からは、ついさっきセーラが殺された記憶は消し飛んでいた。それだけ催眠作用が強力なのだ。
「やっぱり…そこにいたんや。うちが溜まってるモノ。抜・い・て・あ・げ・る!」
どうやら、憩の趣味は美少年ではなくポッチャリ型のブサメンのようだ。理由は分からないが…。
憩も、セーラと同様に、その植物にフラフラと吸い寄せられて頭から突っ込んだ。
彼女の脳内では、好みの男性の身体を抱きしめている。
しかし、現実には、二枚の葉が彼女の頭から胸の辺りまでをしっかりと挟み込んでいた。
そして数分後には、憩の身体もセーラと同じで、ワニに頭から胸の辺りまで食い千切られたような奇妙な死体へと変わった。
翌朝、セーラと憩は変死体として発見された。
二人とも、服は全て脱ぎ捨てられていて、しかも共に頭部から胸まで切り取られたような常識では考えられない死に方である。
殺人事件の可能性も考え、二人の死体は検死にまわされた。
検死の結果が出れば、二人の身体が消化されたことまでは分かる。恐らく、消化液が検出されるはずだ。
しかし、それが例のバナナのような植物によるものだと分かるまでには、結構時間がかかるだろう。
さすがに、こんな非常識なところまで一気に発想を飛躍させることは難しい。
その夜、憩ファンの男達数人が、彼女に追悼の意を捧げようと、憩の死体発見現場の近くに駆け付けていた。
例の植物は、昨夜よりも更に大きく成長し、既に丈が三メートルを超えていた。
葉は、偽茎を除いて二メートル五十センチちょっと。
その大きな葉が、既に八枚もある。
一ヶ月前に、アチガ島で和と優希を喰った植物に近い大きさにまで達していた。
セーラと憩の身体の一部を液体肥料に変え、それを全て吸い上げた結果だろう。
ファン達は、暫く黙祷していた。すると、
「こっちやでぇ。」
そのファン達の耳に、他界したはずの憩の声が聞こえてきた。
「憩…さん?」
彼らが顔を上げて、声のする方に目を向けた。
ファン達の目に映ったもの。
それは、全裸で自分達を誘っている憩の姿だった。
彼らは無意識に服を脱いでいった。
そして、全裸になると植物に近づき、かつて無いほどまでにギンギンにいきりt…。
まこ「ここはワシの出番じゃ! 細かい描写は、すっ飛ばさんとイカンからのぉ!」
そのファン達の脳内では、まさに夢にまで見た光景が繰り広げられている。憧れの憩と順番にH。
しかし、現実は違う。
その植物は容赦ない。
先ず一人目を二枚の葉で完全に包み込み、消化し始めた。
そして、再び葉が離れた時、その男の身体は全て液体肥料と化していた。
二人目、三人目と、他のファン達も同じように次々と、その植物の餌になっていった。
ただ、喰われる側に苦痛は無い。
むしろ、叶ったら死んでも良いとまで思っていた夢を幻覚として見せられ、幸せな気分のまま全身を溶かされていったのだ。
全員を消化し終えると、その植物の偽茎の両脇から花茎が伸び始めた。いよいよ花を咲かせる準備に入ったのだ。もの凄い成長速度である。
更に、その植物から十数メートル離れた同心円上に、その植物の芽がいくつも地上に顔を出していた。付近に地下茎を張り巡らせ、自分のコピーを作り出したのだ。
そのコピーは、見る見るうちに大きくなり、一晩のうちに一メートル半くらいの大きさまで成長した。
根がしっかりしている分、種から発芽した時よりも成長が早い。
そして、偽茎の先に一メートルを超えるバナナに似た大きな葉を広げ始めた。
数日が過ぎた。
その後、この植物の餌食になった者は少なくなかった。
この空地に面した道を夜中に歩くだけで引き寄せられてしまうのだから当然だろう。
ただ、セーラと憩の場合は変死体として発見されたが、憩ファン達以降の被害者は、全身が消化されていたため、脱ぎ捨てられた服と靴だけが発見される形となった。
その服の持ち主達は、既にこの世には居ない。
しかし、世の人々にとっては真実が不明な状態だった。被害者達は既に殺されているのか、それとも拉致事件なのか、区別が付かなかった。
植物の周りに流された液体肥料からは、特に異臭が放たれることは無かった。
もし、これが異臭を放てば、その原因究明のための動きがあるだろう。そうなれば、真実に向けて一歩踏み出せたかもしれない。
しかし、無臭に近い。
勿論、バナナみたいな植物が人を喰らうなど、通常は考え難い。
そういった先入観も働いて、真実から人々を遠ざけていた。
その日は、風が強かった。
そのバナナみたいな植物は、更に地下茎を遠くまで延ばしていた。
既に、最初に根付いた空地から百メートル近く離れた民家の庭にまで地下で陣地を拡大し、新たな芽を出していた。
海から陸にかけて、春一番のような風が吹いていた。
憩達を喰らった植物の元株は、花茎の下の方に紫の実をたくさん連なって付けていた。この植物は自家受粉が可能なのだから当然だろう。
まるで、この日を狙っていたかのように、その植物の実が次々とホウセンカのように弾けていった。
ゴマ粒みたいな種が、風に吹かれて飛んで行く。
まるで、砂埃が舞い上がっているようだ。
風下の道を、駅に向かって歩く一人の女性の姿があった。
彼女の名前は郝慧宇。中国からの留学生だった。
郝は、ノートパソコンの入ったカバンを片手にスーツケースを引いていた。これから中国に一時帰国するところだ。
飛んできたゴマ粒のような種の一つが、彼女の服についた。
しかし、そんなことに、いちいち気付かない。
彼女は、そのまま空港に向かう特急に乗った。
もし人類の運が良ければ、その種は発芽できない場所に落とされる。例えば、空港内で落ちて、そのまま清掃員が掃除機で吸ってしまえば発芽は出来ないだろう。
しかし、郝が降り立つであろう国………大陸の土の上に落ちたら………。
もしかすると、その種は、密かにそれを狙っているのかもしれない。
カン