旧朝酌女子高校
先鋒:瑞原はやり(プロ雀士)
次鋒:石飛閑無(朝酌女子高校麻雀部監督)
中堅:本藤悠彗(粕渕高校麻雀部監督)
副将:稲村杏果(温泉宿女将兼朝酌女子高校麻雀部非常勤コーチ)
大将:白築慕(プロ雀士:ワールドレコードホルダー?)
阿知賀女子学院
先鋒:松実玄(インターハイ個人8位)
次鋒:新子憧(インターハイ個人16位)
中堅:宮永咲(インターハイ個人1位)
副将:鷺森灼(インターハイ個人18位)
大将:高鴨穏乃(インターハイ個人9位)
粕渕高校
先鋒:春日井真澄(春日井真深姪:非能力者)
次鋒:石原麻奈(石原依奈姪:非能力者)
中堅:坂根理沙(坂根千沙娘:非能力者だが勘が鋭い)
副将:緒方薫(亦野誠子従妹:誠子と同様の能力を有する)
大将:石見神楽(インターハイ個人7位:他家手牌の透視と口寄せができる)
朝酌女子高校
先鋒:石飛杏奈(石飛閑無の姪:非能力者)
次鋒:稲村桃香(稲村杏果従姉妹:杏果と同様の能力を有する)
中堅:森脇華奈(森脇曖奈従姉妹:非能力者)
副将:野津楓(野津雫姪:非能力者)
大将:愛宕雅恵(千里山女子高校監督:ピンチヒッター)
中堅卓、東一局一本場、華奈の連荘。
何となくだが、理沙は、
「(この局で来そう!)」
いよいよ咲が動く予感がしていた。
華奈の捨て牌も悠彗の捨て牌もポンできない。咲の捨て牌も、何気に理沙にチーできない牌が選ばれているような気がする。
それでいて………、他家に鳴かれないようにケアしつつ、自らの手は、面白いように進んでゆく。これが真面目モードの咲………。
この局は、咲以外の手の進みが遅かった。何故か、全員が不要なヤオチュウ牌ばかりをツモで掴まされていた。
六巡目、
「カン!」
咲が暗槓した。副露されるのは咲と理沙の間。
理沙は、副露牌に乗って咲の強烈なオーラが襲い掛かってくるのを肌で感じた。たしかに恐ろしい。
まるで、巨大肉食獣が巨大な口を開けて理沙に襲い掛かってくるような雰囲気だ。思わず震え上がる。
「(これ、連発されたら、薫先輩でなくても漏らすわ。)」
インターハイでの薫の失禁が、止むを得ない不可抗力であることを、理沙が心底理解した瞬間だった。
一方の咲は、当然のように、
「ツモ! 嶺上開花! タンヤオドラ3。3100、6100!」
得意の嶺上開花で和了った。
東二局、悠彗の親。
咲の嶺上開花の触発されたのか、悠彗は得意の『自風場風のないオタ風混一色手』をムダツモ無く作り上げていった。
自称オタクだからオタ風混一色が得意なのだろうか?
一応、自風や場風が入っても和了れないわけではないが、何故か和了率が下がる。
やや吊り上がった感じの大きな目に、細身のツインテール。それでいてオタク趣味。
言うなれば、オタクの心が分かる痩身美女。
悠彗は、まさにオタクの理想像ではないだろうか?
これで胸が瑞原プロレベルの奇乳………ではなく、その半分程度大きさの美乳ならパーフェクト!
理沙は、自分のチームの監督のことを、そんな風に思いながら、
「(この局は監督の手が早い。なんとか安手で流さないと………。)」
鳴いて手を進めるチャンスを狙っていた。
しかし、やはり咲が鳴ける牌を出してこない。
「(でも、悠彗監督って池袋とか秋葉原に憧れてたって話だよね。なのに、なんで粕渕の監督になったんだろ?)」
これは、理沙だけではなく、薫や麻奈、真澄も思っていたことだった。
そもそも、悠彗は島根歴代最強チームのナンバースリー。
同学年には千里山女子高校に越境進学した行長柚葉と椋千尋が、一学年上には森脇曖奈がいた、まさに島根最盛の時代。
そこで常に上位にいた悠彗。当然、プロになっていておかしくない実力者だ。
当然、憧れていたはずの東京でプロ生活を送ることは出来たであろう。
ところが、大学-大学院修了後、何故か母校でもない粕渕高校の監督として赴任した。あれだけ都会に憧れていたはずなのに………。
まあ、一説では島根が大好きとのことであるが…。
魚がおいしいし…。
とは言え、同じ島根でも、まだ母校に赴任する方が理解できる。それが、よりによってライバル校の監督になるとは…。
神楽だけは、その理由を神通力で知っているようだ………。ただ、話してはくれない。聞いてもはぐらかすだけだ。
次巡、咲が捨てた牌を理沙は鳴けず、つい舌打ちが出てしまった。
「(もう、次のツモで監督が和了っちゃう気がする!)」
思うように行かなければ、どうしても何らかの形で態度に出てしまうだろう。ただ、この舌打ちを、咲は見逃さなかった。
もともと咲は、理沙が勘の良い選手であると踏んでいた。
ただ、これは普通に勘の良し悪しを議論するレベルを超えている。少なくとも、未来に起こる悠彗の和了りを阻止できないことへの苛立ちが理沙の態度からは見えている。
咲は、理沙が直感だけで、全て先の出来事を読んでいると結論付けた。それも、怜の未来視に近い精度だ。
この次巡、
「ツモ! メンホン三暗刻。6000オール!」
理沙が感じていたとおり、悠彗が親ハネをツモ和了りした。
ただ、この和了りを事前に察知していたのは理沙だけではなかった。全ての牌が透けて見える咲も、当然、分かり切っていたことだったのは言うまでもない。
「(監督とコーチから言われていたとおり上家はオタ風混一。下家は、やっぱ勘が鋭い。思ったとおりだ。)」
咲は、この局を捨てて悠彗と理沙の本質を完全に捉えることに成功した。
東二局一本場、悠彗の連荘。
悠彗は、この局は萬子から切り出し、次に索子を切っていった。見え見えの筒子混一色だが、嫌う字牌が配牌に無いのか、字牌の切り出しは無かった。
一方の咲は、配牌から萬子と索子の対子が一つずつ。
なら、これらの対子を暗刻にして、悠彗からこれらと同じ牌が出てくるのを待つのが咲の戦法だ。そこから大明槓を狙う。
中盤に入った。
理沙が欲しい牌を、咲が捨ててきた。これを鳴けば手が進む。
しかし、理沙は鳴くのを躊躇した。ここで鳴くと、同巡で悠彗に高い手を聴牌される気がしたのだ。
仕方が無い、ここは鳴かずにスルー。
そして、次巡。
一応、咲から鳴ける牌が出てきたが………、既に理沙としては出来面子の牌だ。
つまり鳴く必要が無いのだが………、ただ、ここで鳴かないと、今度は咲がとんでもなく高い手を次巡でツモ和了りする予感がした。
しかし、鳴いたら鳴いたで同巡に悠彗が高い手を聴牌する気がする。
非常に悩ましいところだが、咲に和了られるよりは悠彗の聴牌の方がマシか。
なら、これはムリにでも鳴かなければ………。
「チー!」
同巡、理沙の予感したとおり悠彗が聴牌した。
そして、捨てた牌を、
「カン!」
咲は、悠彗が集めていない牌………、索子牌の大明槓。そして、
「ツモ。嶺上開花対々三暗刻。8000!」
嶺上開花で和了りを決めた。これは、悠彗の責任払いとなる。
ただ、この手…。
大明槓しなければ四暗刻だったのでは?
「失礼します。」
理沙は、次の自分のツモ牌をめくった。すると、そこにあったのは咲の和了り牌………ではなかったが、咲が暗刻で持っていた萬子と同じ牌。
つまり、本来であれば、これを暗槓して嶺上開花………。やはり鳴かなければ咲に四暗刻を和了られていた。
多分、これで………鳴いて正解だ。
この様子を見て、咲が理沙に、
「坂根さん(理沙のこと)、本当に勘が鋭い。こっちも苦肉の策ってところだよ。」
と言ってきたのだが………。
四暗刻ツモ和了を悠彗からの満貫責任払いに変えて和了ることが苦肉の策ってこと?
理沙には、ちょっと意味が分からない。
この意味を、理沙は、もう少し後に知ることになる。
東三局、咲の親。
ここでは、理沙の手の進みが早かった。ただ、何故か理沙は嬉しくなかった。良く分からないが、何だか気に入らない。
「ツモ! 3000、6000!」
その勢いで理沙はハネ満をツモ和了りできた。それも、トップの咲に親かぶりさせての和了りだ。
加えてヤキトリ回避。
普段なら最高の和了りなはず。
自分でも何が気に入らないのかが分からない。自分の持つ最大の武器である『直感』が彼女自身に、そう告げていたのだ。
東四局、理沙の親。
ここでは、序盤から理沙は、咲の聴牌気配を感じていた。それも、大きそうな手だ。
同時に理沙は、悠彗からも強大な気配を感じた。
悠彗は、門前混一色三暗刻チャンタとか門前混一色一気通関とかを普通に和了る人間だ。当然、理沙も悠彗のことをマークしている。
一方、華奈の手は安そうだ。
「(ここは、朝酌に和了らせるか。)」
自分の親番だが、正直手が重い。
これで、咲や悠彗にツモ和了りされて親かぶりの被害に遭うよりも、華奈に和了らせる方がマシだろう。
「リーチ!」
ここで、咲がリーチをかけてきた。これはマズイ。
理沙は、
「(ここかな?)」
華奈が欲しがっているところを切った。当然、直感だ。
「チー!」
これで華奈は聴牌。
その次巡、
「ツモ! 1000、2000!」
華奈が30符3翻の手をツモ和了りした。まさに理沙の思惑通りだ。
しかし、咲からは、
『高い手が和了れなくて悔しい!』
などと言う雰囲気は一切感じられなかった。
むしろ、計算どおりみたいな表情だ。
この段階での順位と各自の点数は、
1位:咲 102300
2位:華奈 101900
3位:悠彗 98900
4位:理沙 96900
随分接戦だ。
咲の卓にしては珍しく、25000点持ちでも問題ない試合展開だった。
南入した。
南一局、華奈の親。
ここに来て、理沙は、
「(なにこれ!?)」
咲のオーラが一層膨れ上がった感触を受けた。とてつもなく恐ろしいし、吐き気を催すレベルだ。それこそ、身体の中のモノを全部吐き出しそうだ。
東一局一本場とは全然違う。
漏らして当然ではなく、漏らして必然では無いだろうか?
六巡目、
「カン!」
咲が暗槓し、
「ツモ! 嶺上開花ドラドラ。2000、4000。」
当然のように嶺上牌で和了った。
南二局も、
「カン! ツモ! 嶺上開花ダブ南ドラ1。2000、4000。」
さくっと咲に嶺上開花で和了られた。
ここまで、咲は和了りが4回。しかも、全て嶺上開花。
確率的にゼロではないとは言え………、嶺上牌が見えていなければできない離れ業だ。
もっとも、嶺上牌だけではなく、全ての牌が見えている………と言ったら、多分、理沙は怒るだろう…。
南三局、咲の親。
咲は、いきなりチュンチャン牌からの切り出しだった。国士狙いか?
二巡目の咲の捨て牌は{南}。
そして、同巡、華奈が捨てた牌で、
「ロン!」
咲が和了った。
「国士無双。48000!」
まさか、この巡目で聴牌していたとは………。
ついさっきまで、25000点持ちでも誰も箱割れしていない範囲で点数が動いていた。それも奇蹟の闘牌、チャンピオン咲を相手に…。
それで、華奈も、
「(結構、チャンピオン相手に戦えてるジャン、私!)」
とか思っていた。
ここに咲への振込み。
それも親の役満。
華奈は、ガックリと肩を落とした。天国から、一気に奈落の底に突き落とされた感覚でしかないだろう。
南三局一本場。
前局の振込みで、完全に華奈は冷静さを欠いていた。
そこを突くように、
「ロン。2900の一本場は3200。」
咲が速攻で華奈から直取りした。
南三局二本場、
未だ、華奈は冷静さを取り戻せていない。
当然だが、こうなると相手の捨て牌がキチンと見えていない。
そんな状態で迎えた中盤。華奈が不用意に切った初牌を、
「カン!」
狙っていたかのように咲が大明槓した。
嶺上牌をツモると、
「もいっこ、カン!」
連槓した。
この発声は、咲が完全に全てを見切ったことを意味している。
次の嶺上牌を掴むと、
「もいっこ、カン!」
咲は、さらに連槓し、三枚目の嶺上牌を引いて、
「もいっこ、カン!」
四つ目の槓を揃えた。
そして、最後の嶺上牌を引くと、
「ツモ! 48600です。」
その勢いのまま、咲は四槓子を和了った。これは、華奈の責任払いになる。
言うまでも無く、これで華奈のトビで終了となった。
ただ、この時、トバされた華奈よりも理沙の方が蒼い顔をしていた。
それもそうだ。咲の全開オーラを乗せた槓子が、自分の方に4回も向かってきたのである。それも連続で…。
「チョロ………。」
理沙の股間から、ちょっとだけ聖なる水が流れ出した。
「(ちょ…ちょっと待って!)」
さすがに県内最強のライバル校での失禁はシャレにならない。
「(止まってぇぇぇぇぇぇぇ──―!)」
慌てて理沙は、股間に強く両手を押し当てた。
…
…
…
一先ず堪えられた。大水害を起こさずには済んだようだ。
理沙は、ホッと溜め息をついた。
その直後だった。
「大丈夫!?」
背後から大きな声が聞こえてきた。
何事かと理沙が後ろを振り返ると、理沙の牌譜を取っていた朝酌女子高校の生徒が、俯きながら顔を真っ赤に染め、その場に座り込んで涙を流していた。
足元には、聖水からなる巨大湖がドンドン広がっていった。
咲のオーラに晒されたのは理沙だけではなかった。その背後で牌譜を取っていた娘にも直撃していたのだ。
今日最初の被害者は、この娘だった。
「(でも、まあ…、一応チャンピオンを相手に漏らさずに済んだし、92900点も残ってるよ、私。)」
理沙は、自分なりに結構戦えたと思っていた。
ただ、相変わらず自分の直感は、
『なんか気に入らない!』
と、未だ理沙に告げ続けている。
順位と各自の点数は、
1位:咲 218100
2位:悠彗 92900
3位:理沙 92900(席順により3位)
4位:華奈 -3900
同着3位だったが、理沙は25000点持ちでも箱割れしていない。しかも、実力者である悠彗と同点。
負けはしたが、かなりの善戦だ。
これの何処が気に入らないのだろうか?
自分でもよく分からない。
この時だった、
「これが、東二局一本場が終わった時に言っていた『苦肉の策』ってこと?」
悠彗の声だ。
「えへへ…。分かりました?」
こう答えたのは咲。
これのどこが苦肉の策?
理沙には、全然意味が分からなかったのだが…、
「点数調整のことは慕ちゃんから聞いていたけど、鮮やかだね。私と理沙を共に92900点で『苦肉』、曖奈ちゃんの従姉妹(華奈のこと)を箱下3900で『策』か。」
この悠彗の言葉………この点数が指す意味を知らされて、
「(なにそのダジャレ! 親父ギャグ!?)」
余りの馬鹿らしさに全身から力が抜けた。
しかし、同時に恐怖を覚えた。
正直、馬鹿馬鹿しいダジャレなのだが、それを狙って、きっちりやるところが凄い。しかも、それを東二局一本場の段階で予告していたのだ。
だからこそ『奇蹟の闘牌』なのか?
理沙は、口寄せまで披露した神楽でさえ、咲には歯が立たなかった理由が嫌と言うほど理解できた。
ちまたで言われる咲の別名、
『点棒の支配者』
は本当だったのだ。
「でも、本藤監督と坂根さん相手に全員トバしは無理だと思いました。森脇さんも中々隙を見せませんし。」
「それで、華奈ちゃんが和了って安心して、一瞬できた心の隙を攻めたってこと?」
「全部分かっちゃいました?」
悠彗と咲の会話が続いている。
これを聞いて、理沙は、
「(じゃあ、私が森脇さんに和了らせたのも、全ては、チャンピオンの書いた筋書き通りに進んでいたってことか…。)」
自分の直感が告げていた、
『気に入らない何か』
の全容に、理沙は、ようやく気が付いた。
おまけ
前話(七十本場)おまけからの続きです。
本編とも麻雀とも全く関係ないお話です。
咲-Saki-を敢えてネタにする必要も無いストーリーです。
苦手な方はスルーしてください。
華菜の大チョンボ!
4.
ボストンでは、既に夜中の二時を回っていた。
この深夜の時間帯。当然、京太郎は、ベッドでグッスリ眠っていた。
急に彼の意識がはっきりしてきた。そう言えば、以前にも同じようなことがあった。
あの時と全く同じで、眠っているはずなのに、頭の中だけは起きている時のような感覚がしていた。
しかし、身体は動かない。
目も開かない。
また金縛りだ。
彼の頭の中に呼びかける声が聞こえてきた。
あの時と同じ声だ。
「私はアワイ…。」
彼の脳裏に美しい女性の姿が浮かんできた。やはり、あの時と同じ姿をした女性だ。
以前と同じで、その女性は顔色が真っ青で、今にも死んでしまいそうに見えた。
ただ、以前よりもオモチが大きくなっていた。これは、オモチ星人の京太郎にとっては嬉しい限りだ。
「私の身体を案じてくれる数少ない人よ。私は今、108箇所もガンに侵されています。それは、人の煩悩の数に匹敵します。治療は、既に開始しました。時空を超え、強烈な抗生物質が、私の身体を蝕むガン細胞の抹殺を開始したのです。あなたには、ガンが再発しない世界を築き上げてもらいます。」
京太郎が目を開いた。
同時に体も動くようになった。まったく以前と同じパターンだ。
上体を起こして辺りを見回したが、以前と同じで何の変化も無い。いつもの部屋だった。
いったい、これは何だったのだろうか?
何かの予言とか予知夢の類いなのだろうか?
まるで夢の中でデジャブーを見ているようだった。
それから一週間が過ぎた。
その間、アマゾン川下流ではブラキオザウルスが、フロリダでは地下水脈で海と繋がっている池で新種の首長竜が発見されていた。
更にボルネオ島ではステゴサウルスが、マダガスカル島ではトリケラトプスが、南アフリカでは水揚げした魚の中から、巨大化したアンモナイトとしか考えられない生物が見つかった。
最初のプテラノドンからアンモナイトまで、全ての先祖返りが海に繋がる場所で起きていたことから、華菜が発表した反応が実際に海中で引き起こされているものと誰もが考えるようになっていたし、信憑性も殆ど疑われなかった。
ただ、結晶スポンジ法による構造決定は、何故か未だに出来ていなかった。
原因不明だが、巧く行かなかったのだ。
こんなケースは、和としても始めてであった。
華菜は、今日もテレビに出演しては、初瀬から聞かされた仮説を、あたかも自分が発案し、証明し切ったかのような口振りで大風呂敷を広げていた。
彼女がスター気取りで研究所に戻ってくると、管理部の女性………松実宥が彼女に声をかけてきた。
「池田さん。戻られましたら第一会議室に顔を出されるようにと、所長から伝言されております。」
「分かったし!」
今、飛ぶ鳥を落とす勢いにある華菜に恐い物はない。何処に行っても賞賛を浴びること以外は考えられないのだ。
『何か良いことが待っているはずだし!』
と期待しながら、華菜が会議室のドアを開けた。
すると、その中では外部との接触を絶つかのように暗幕カーテンを閉め切り、美穂子と和をはじめ、初瀬や莉子といった例の催奇形性化合物の研究スタッフが、険しい顔をしながらプロジェクターから映し出されるデータを見詰めていた。
いつも自分に都合の良いことしか考えられない華菜も、さすがに様子がおかしいことに気が付いた。
「どうかしたし?」
すると、美穂子が大きく溜め息をついた。
「華菜。ちょっと世間でやり過ぎたみたいね。」
「やり過ぎ…ってどういうことだし?」
「実はね、華菜。例の仮説…三種の化合物が紫外線照射で反応するんじゃないかって仮説だけどね、残念だけど反応しなかったらしいのよ。」
「ちょっと待つし! あれが行くって話だったはずだし!」
すると、これを聞いて和が苛立った顔で机を強く叩き、華菜を睨み付けた。
「誰も行くなんて言ってません!」
「でも、行くって話が一人歩きしちゃってるし!」
「一人歩きしたんじゃなくて、池田さんが勝手に一人歩きさせたんじゃありませんか?」
「別に一人歩きさせたわけじゃないし! 岡橋が、このメカニズムで絶対できるって言っていたから…。」
「初瀬さんは、そんなこと言ってません。可能性があるってだけで、あの段階では絶対なんて言えません。こうなることが恐かったから、発表は検証してからにすべきだと言ったんです。それと、今回、池田さんが発表した例の化合物は、催奇形性を示す原因物質じゃないみたいですね。」
「ちょっと待つし! そんなこと、ありえないし!」
「いいえ。あの化合物を見つけた後にアッセイした動物は、コントロール群(投与していない動物群)を含め全て胎児が奇形を起こしています。あの化合物を投与していないにもかかわらずです。」
「…それって、いったい…」
「まだ分からないのですか?」
「いや…。」
「つまり、最初から催奇形性物質なんか捕まえてなかったってことでしょうね。原因は別にあるってことです。本当に、余計なことをしてくれたと思います。」
和は、もともと華菜のことを良く思っていなかった。
華菜は、日頃から先輩風を吹かせ、年功序列な発言が多く、年下に嫌われている傾向はあったが、和が華菜を嫌う理由は、それだけではなかった。
とにかく手柄の横取りは日常茶飯事だし、無理矢理手柄を立てようとして暴走するケースも多い。科学者としての能力はゼロに近いくせに名誉欲だけは一倍強いからなのだろう。
そんな人間が博士号をよく取得できたと誰もが思うだろう。
しかし、身の周りを見て欲しい。世間で一流高校とか一流大学と言われるところの卒業生の中にも、『何でこの人が?』と思える人がたまにいる。
それと同じで、粗悪ドクターを世に送り出すことも有り得ることなのだ。
詳細を書くと該当者に怒られそうなので、書くのは控えるが…。
当然、華菜もその一人だった。
しかも、自分の存在をアピールしたいが為に他人の正当意見を根拠も無しに無理矢理反対してみたり、年下から自分の意見に反対する意見が出れば、すぐに喧嘩腰になって頭ごなしに押さえ付けてみたりする。
それだけ強く出ておきながら状況が悪くなれば他人に責任を擦り付けて逃げてしまう。
上に立つ人間としても最低である。近くで見ていて腹立たしいのだ。
和の中で今まで鬱積していた何かが一気に放出された感じだった。
対する華菜は、愕然として一気に身体中から血の気が引いていた。
マスコミ相手に凄い手柄を立てたとスター気取りになって豪語した手前、今更あれは間違いでしたとは口が裂けても言えないし、あれは他の人の実験結果で私の責任ではないと逃げるわけにも行かない。
今の華菜には、
『なんとかして自分が発表した結果を正当化できる要素を探せないか』
くらいのことしか考え付かなかった。
「で…でも、あの化合物以降のアッセイに使ったフラクション全部に、極微量の何かが含まれていて、それが原因で奇形が起きたとも考えられるし!」
「そんなオカルトありえません!」
「いや、そうじゃないし!」
「あのですね。何も投与していないはずの動物にまで奇形が出ているんですよ!」
「だから、その動物にも食餌に何かが混ざっていて、それと同じ物が全部のフラクションに入っていてとか…。」
「念のため、催奇形性が出たフラクションを全部液クロ(高速液体クロマトグラフィーの略。ここでは純度分析に用いる)で確認しました。しかし、同じところに何かピークが出るなんてことはありませんでした。食餌は、昔からずっと与えていたものと同じです。日本メーカーのモノで、南米から輸入したモノとかが入っていないことを既にメーカーに確認しています。つまり、原因物質が混ざってるとは思えません!」
「し…しかし…。」
「しかしもカカシもありません。原因物質を取ったこと自体、虚言です。当然、構造式も大嘘です!」
「構造式は嘘じゃないし!」
「では、あれで絶対に正しいと断言できますか? 机上の空論。推定ではないのですか?」
「…。」
「それから生成メカニズムも嘘です。最初から、催奇形性物質なんか無かったってことです!」
「で…でも、何らかの原因があるはずだし! 奇形を引き起こす原因が、そういった物質が抽出できるだろうって…そう言ってチームの方向性を決めたはずだし!」
「だけど、その方向性が間違っていたのかもしれませんね。」
「だったら、悪いのは岡橋だし! この奇形が工場からの廃液とか環境ホルモンが原因だって決め付けて。それが研究所の中で一人歩きしちゃったし!」
こう言われて、今まで沈黙を保ってきた初瀬が、目上が相手とはいえ堪え切れずに怒りの声を上げた。
「別に決め付けていたわけじゃない! それと、一人歩きさせたのはあんたでしょ! 研究の方向性は、あんたが出せって言うから、海洋天然物研究所としてのアプローチの一つを提案したまででしょう。何のアイデアも無かったあんたに言われる筋合いはありません!」
この険悪な雰囲気の中、突然、口論を途中で分断するかのように会議室の電話が高々と鳴り響いた。
近くにいた一般職の女性………成香が受話器を取った。
「はい、もしもし…はい…。」
そして、成香が受話器を押さえて美穂子の方を振り返った。
「あのう、所長。管理部からなんですが…」
「…はい…。」
美穂子は、この突然の電話に何やら不吉なものを感じていた。
何故か電話に出たくない。
全てが崩壊してしまいかねない程に、とんでもない何かが報告されるような、そんな嫌な雰囲気が何処となく受話器の向こうから漂ってくるのだ。
居留守を使いたい。
しかし、自分がここにいることを管理部の人達は知っている。華菜が戻ってきたら、この部屋に来るように伝言しておいたのだから、知らないはずが無いのだ。
美穂子が、恐る恐る受話器を耳に当てた。
「はい、福路です……えっ?」
彼女の顔面から見る見るうちに血の気が引いて行った。今まで口論していた問題点が、既に研究所レベルを超えていることを知らされたのだ。
彼女が静かに受話器を置いた。
「たった今、四川省でアロサウルス(ジュラ紀に生息していた恐竜で、ジュラ紀において最も獰猛だったと考えられる肉食恐竜)が発見されたらしいわ。体高は8メートルにもなるそうよ。今までは海岸や海中を中心に発見されてきた恐竜が、アジア大陸のど真ん中に出現した以上、少なくとも私達が発表した内容が現実とは大きく食い違っていることに世界中の誰もが気付くのは時間の問題よ。そもそも四川省では三社の製品は使われていないし…。」
これを聞いて、
『もうやってられない!』
と言わんばかりに、ふてくされた顔で和が投げやりな声を出した。
「ですから、もう私達の中では、あれが大嘘だったって分かっているじゃないですか!」
「あのね、和さん。それを私達が改めて発表するのと、発表する前に間違いだったことが証明されてしまうのでは周りからの見方が違うと思うのよ。それに、こんな事態になった以上、この研究所の存在意義だって問われかねないでしょう?」
「…。」
会議室に、暫く沈黙の時が流れた。
しかし、この沈黙を破るかのように、何処からともなく巨大な何かが激しく地に打ち付けられたような『ズシン』と響く音が聞えてきた。
そして、同じ音が、数秒の間を置いて再び聞えてきた。さっきよりも、若干音が大きい感じがする。
更に数秒後、そしてまた更に数秒後と、その音は次第に大きくなっていった。
明らかに何か巨大なものが近づいている感じだ。
初瀬が、何が起きたのかと窓を開けて外の様子を伺った。すると、今だかつて聴いたことのない荒々しい猛獣の雄叫びが、窓の外右手の方から聞えてきた。
「な…何?」
彼女は、恐る恐る雄叫びの聞えてきた方へとゆっくり視線を動かした。しかし、そこには何も無く、ただ研究棟が連なる何時もの光景しか目に映らなかった。
しかし、ふと地面を見ると、自分のいる研究棟の影と隣の研究棟の影との間に、巨大な二脚歩行の生物の影が描き出されていた。
突然、巨大な生物の頭が二つの研究棟の間から姿を現し、その鋭い眼光を初瀬の方に向けてきた。
「まさか…、ティラノサウルス?」
彼女は、急いで窓を閉め、全身硬直しながら窓側に背を向けた。
しかし、彼女の姿を、その巨大な生物は確りと目に焼き付けていた。そこに餌があることをはっきりと認識していたのだ。
その獰猛で巨大な暴君竜の雄叫びが研究棟全体に響き渡った。
初瀬は、恐怖の余り全身から力が抜けてその場に座り込んだ。
この時であった。
会議室の中央に、突然真っ黒な点が現れた。
それは、何も無い空間に予告も無く現れた虫食い穴のようで、次第に大きな球体に成長して行きながら、不気味で恐ろしい雰囲気を漂わせていた。
しかも、その球体からは、ティラノサウルスが放った雄叫びとは違う、新たな猛獣の叫び声のようなものが微かに聞えてくる。
この超常現象を目の前に、会議室では誰もが全身を硬直させていた。
突然、その球体から鋭い牙を剥き出しにした二脚歩行の生物が一匹飛び出してきた。その生物は、P市でコシガヤ院長達を襲ったディノニクスに似た姿をしていた。
ただ、若干小型である。
かつて日本には、ディノニクスの仲間が存在していた。その名をフクイラプトル言い、獰猛で頭の良い恐竜だったと推察される。
そのフクイラプトルが、今、ここに姿を現したのだ。
フクイラプトルは、最初は何が起きたのか訳が分からないような不安な目をしていたが、周りで身動きできずに震えている獲物達の存在に気付くと、彼女達を物色するかのように狡猾な目で観察し始めた。
弱い物から順に餌にして行く。これが大自然の掟である。効率良く餌にありつくには、餌とする相手の抵抗する力が弱ければ弱いほど良い。その恐竜も、その掟に従って最初に誰を餌にするか、品定めをしていたのだ。
何故、フクイラプトルが現代に現れたのか?
時空を繋ぐトンネルを偶然通り抜けて現代に迷い込んでしまったとしか言いようが無い。
これが噂のワームホールなのか?
あるいは別の何かなのか?
その正体は誰にも分からない。
しかし、出た先に無力な餌が沢山転がっているのだから、フクイラプトルにとっては、ラッキーである。
その恐竜の目が、成香の方へと向けられた。そして、恐怖のあまり全身が金縛りにあっている彼女に襲いかかり、鋭い爪で彼女の腹部を切り裂くと、鋭い牙で腹を噛み開き、ハラワタを引き摺り出した。
この光景に、誰もが脅え震えるだけであった。
突然、今度は美穂子の背後に真っ黒な点が現れた。それは、さっきの点と同じように次第に大きな球体へと成長して行くと、まるで巨大な掃除機のように辺り一面の物を吸い込み始めた。まさに小型のブラックホールが出来たとしか言いようが無かった。
至近距離にいた美穂子は、悲鳴をあげる間も与えられぬまま、その暗黒の球体の中に引き摺り込まれて行った。この球体こそが、謎のトンネルの『入口』なのだ。
美穂子は、その穴の『出口』に強制的に飛ばされることになる。勿論、その行く先は謎のトンネルを押し広げるだけのエネルギーを確保した時代、即ち、そのトンネルを抜け出てくる恐竜達の生きていた中生代と推察される。
そして、和や初瀬と言った真っ当な科学者達も、莉子のような技術者も、そのトンネルに吸い込まれていった。まるで、彼女達を選んでいるかのように…。
アメリカでも、理化学研究所のスミレ達の身に、同じような現象が起きていた。
他の国でも、真っ当な科学者・技術者達の前に突如として謎の『入口』が現れて、彼女達を選別するかのように時空の狭間に引き摺り込んで行った。
まるで人類から一切の科学力を奪うかのように見える。
そして、日本では自衛隊員達にも、アメリカでは軍人達にも、同じことが起きていた。突如近くに謎の『入口』が現れ、次々とその『入口』に吸い込まれていった。それは、まさに狙って地球上から軍事力を奪って行くようだった。
華菜は、大慌てで会議室から飛び出した。
彼女だけは、『入口』のターゲットから外されていたようだ。
『入口』と『出口』を、どのような基準で、何者が定義したのかは分からない。単なるトンネルならば、どちらも『入口』にも『出口』にもなるはずだ。
しかし、何故か一方通行のようだ。
この棟の中にいたら、いずれは恐竜の餌にされる。
華菜は、助かりたい一心で研究棟から飛び出して行った。
しかし、突如彼女の目の前に、またしても常識では説明が出来ないブラックホールのような暗黒の球体が現れた。
それは『入口』ではない。『出口』だ。
その球体は、いきなり3メートルくらいまで一気に巨大化すると、その中からフルフェイスのヘルメットにも似た丸い頭をした二脚歩行の恐竜が姿を現わし、華菜の目の前に降り立った。
鼻には刺が、後頭部には尖った瘤があり、体長は4メートルくらいと、我々人間からすれば嫌でも威圧感を覚えさせられる。
その恐竜は、やたらと興奮していた。謎のトンネルに吸い込まれたかと思うと、今度は見慣れない場所に追いやられて我を失っていたのだろう。
そして、その恐竜は、華菜を捕まえると自分の顔に近づけ、まるでイライラのはけ口にするかのように、彼女の頭に思い切り頭突きした。
華菜の頭蓋骨が、まるで踏み潰した虫けらのように拉げて、まるで破裂した泥団子のように脳みそが四方八方に飛び散った。
かつて地球上には、頭蓋骨の厚さが25センチメートルにも及ぶパキケファロサウルスと呼ばれる堅頭恐竜が白亜紀後期に存在していた。華菜の頭を潰した恐竜も、その種のものであった。
本来ならば、草食恐竜であるパキケファロサウルスは、弱者を襲うために頭突きを使うことは無かっただろう。
しかし、突然訳も分からず時空を飛び越えてしまったら、恐竜だろうと人間だろうと気が動転して当たり前である。
その場に居合わせてしまった華菜が、たまたま運が悪かったとしか言い様が無い。
パキケファロサウルスの背後から二脚歩行の巨大な肉食恐竜の吠える声が聞えてきた。
殺気を感じて、パキケファロサウルスが後ろを振りかえった。すると、潰された華菜の頭部から流れている血の臭いを嗅ぎつけてきたのか、ティラノサウルスが鋭い牙が何本も並ぶ大きな口を広げて、今にも襲い掛かろうとしていた。
パキケファロサウルスは、まるでトカゲが外敵から攻撃を受けた時に尻尾を切って逃げるように、華菜の死体を肉食恐竜に投げ付けて走り去った。
肉食恐竜は、その死体を口で捕えると、丸ごと噛み砕いて飲み込んだ。
その頃、ボストンでは真夜中だった。
京太郎は、この時、研究室で毎週行われる輪講の用意をしていた。
今週の輪講は、彼の担当だったのだ。
一区切り付いたところで、彼はベッドに倒れ込んで目を閉じた。
「疲れた…。」
ふと、彼は強い光を感じて目を開けた。すると、部屋の中央に、全身から眩い光を放出する女性の姿があった。
彼女は、二度に渡り夢の中に出てきた女性と同じ姿をしていた。ただ、オモチは一段と大きく成長していた。
バインバインに揺れている。
『私の名は、アワイ。地球生命体…。』
京太郎の頭の中に、アワイが直接語りかけてきた。
まるでテレパシーのようだ。
『真実を見抜こうとした者達の中から唯一選ばれた者に、お話しします。先祖返り胎児は、子宮内での逆バーミューダ現象によって恐竜の胎児が母体に入り込むのと同時に、人間の胎児がバーミューダ現象によって姿を消す、時空を超えたコンバート現象です。これは、現在の地球人の科学力では解明できないでしょう。全ては科学を超越した次元で、地球の意思によって行われたものです。』
バーミューダ現象とは、あるはずの物が突然消えることであり、バーミューダトライアングルに由来する。
対する逆バーミューダ現象とは、その反対に無いはずの物が突然現れることである。
例えば、航海中に消えたソンナオカルト号は、バーミューダ現象によって消え、十年もの時を経て逆バーミューダ現象によって姿を現したのだ。
アワイは、最初に京太郎の夢に出てきた時、抗生物質を手に入れる方法は、既に数十年前から考えていると言っている。
このことから察するに、恐らくソンナオカルト号に起きた現象は、今回の時空を超えたコンバートに向けて、地球が行ったモデル実験の一つだったのだろう。
また、以前アワイが言っていた108箇所のガンとは、人間の煩悩こそが諸悪の根源であることの比喩表現だったのではないだろうか?
ふと、京太郎は、そう思っていた。
さらに、彼の頭の中にアワイの声が響き渡る。
『これは、地球の怒り…人類への逆襲です。あなたも、ようやく理解できたようで安心しました。地球上に蔓延する人間と言う名のガン細胞の強制撤去を開始したのです。毒をもって毒を制す。ガン細胞を殺す一つの方法です。準備満タンです!』
「(万端だろ?)」
『そして、その抗生物質に選ばれた凶悪な者達を過去から現代に、またガン細胞の中枢として活躍し得る知恵者達と実行部隊達を抗生物質達の生きる時代に餌として送り込むことにしたのです。これは、あなた達人類が、かつて提唱した地球生命体『ガイア理論』を拡大した現象です。』
「…。」
『ヤッちゃってもイイよね!』
アワイの身体から放たれる光が、より一層強くなった。
京太郎は思わず目を瞑った。
そして、再び目を開いた時、そこは宇宙空間を漂う乗り物の中だった。
アワイが京太郎の左胸に手を当てると、彼の身体から肋骨が一本抜け落ちた。それは、心臓の真ん前にある骨の一つだった。
そして、それは見る見るうちに大きくなり、同年代の女性の姿に変わった。まるで、アダムの身体からイブを作り出した時のようだ。
ただ、オモチは一段と小さい………と言うか無に等しかった。
京太郎にとっては、少々残念だったようだ…。
『大掃除が終わったら、この乗り物は人類再生プログラムに従って地球に着陸します。その時から、二人で新たなる一歩を踏み出しなさい。必ず、彼女………咲は、あなたの心の隙間を埋める大事なパートナーになるはずです。これが新たなる人類史のスタートです。京太郎。あなたが新人類の起点となるのです…。』
そう言うと、アワイの身体は透けて行き、そのまま消えてしまった。
しばらくして、地球に向けて巨大小惑星が突っ込んでいった。墜落先は東京都新宿区。
その衝突と同時に、地球には六千五百万年振りの激しい天変地異が発生した。生物一掃のための壮大なシナリオの一つだ。
これで、恐竜達は全滅するだろう。六千五百万年前と同じで、彼らには、この天変地異を乗り越える術は無い。
人類だったら、小惑星激突後の壊滅的な世界でも、その科学力を駆使して何とか生き延びるかもしれない。
しかし、この天変地異を経験する人間は一人もいなかった。
科学者や技術者達は、既にバーミューダ現象によって全員が過去に飛ばされていた。人類から科学力を奪う地球の強攻策だったのだ。
軍事力も同じようにして奪われていた。人類は、小惑星激突以前に、恐竜達に対抗する術も失っていた。
そして、他の人々も、もはや地球には存在しなかった。既に全員、時空を越えてきた恐竜達の餌と化していた。
…
…
…
咲「これって、私に似た人は最後にちょっと出てきただけだけど、私に似た人と京ちゃんに似た人だけが生き残ってアダムとイブになるってことだよね?」
咲「池田さんに似た人はザマミロって感じかな。ウザかったし。」
咲「これ、DVDあったら買っとこうかな?」
結局、咲にとっては、京咲を連想させる話なら何でも良かったようだ。
たとえそれが、ろくでもない駄作だったとしても………。
カン!