フレデリカの纏う雰囲気は、最高状態の咲のそれと非常に酷似していた。
恐ろしいまでの支配力。
凄まじい存在感。
郝もダヴァンも、その強大なパワーに押さえつけられているような感覚しかない。
ここに来て、全然、配牌とツモが噛み合わず、ただツモ切りと言う名の単純作業を繰り返すだけの状態に落ち込んでいたのだ。
「「(こいつの支配か?)」」
しかも、それを打ち破る手立てが見つからない。
鳴ける牌も何故か出てこないのだ。
そうこうしているうちに七巡目。
フレデリカは{1}を引いて聴牌すると、もともと手牌の中で四枚揃っていた{發}を、
「カン!」
暗槓した。
そして、引いてきた嶺上牌で、
「ツモ! 發ツモ嶺上開花。60符3翻は3900オールです。」
親満級の手を軽々と和了った。
しかも、高い手を和了ったにも拘らず、喜んでいる雰囲気も感じられない。
和了られた郝やダヴァンの目線からは、
『これくらいの和了りは当然!』
とでも言いたそうにも見えるだろう。
当然のことだが、二人にとっては嬉しくない和了りだ。
東三局一本場、フレデリカの連荘。
最強神が降臨した小蒔の手は、一応、順調に萬子に染まって行く。フレデリカの支配力でも最強神のツモが崩れることは無い。
一方の郝とダヴァンは、またもや配牌とツモが噛み合わず、ただツモ切りを繰り返す状態となっていた。
二人の心の中が、どんどん焦る気持ちで支配されてゆく。
七巡目。
「カン!」
前局と同様に、フレデリカが{發}を暗槓した。
そして、嶺上牌を引くと、
「ツモ!」
やはり嶺上開花で和了りを決めた。
「發ツモ嶺上開花三色ドラ1。6100オール。」
しかも親ハネツモ。
これで郝とダヴァンは、共に75000点を割った。
もし、これが25000点持ちの対局ならば、二人共、ここで箱割れして終了である。魔物二人が暴れたら、残る二人は当然こうなるのだ。
この二局で、フレデリカは、和了り方も仕草も、咲と非常に似通って見えた。この様子を見て、小蒔に降りた最強神は、
「やはり両頭愛染の片割れだな。もう一人の片割れと同じ空気を感じる。」
とフレデリカに言いながら、非常に嬉しそうな笑みを浮かべていた。
ただ、咲と同じで、フレデリカにも最強神の言葉の意味が全く理解できなかった。
そもそも、フレデリカは愛染明王のことも両頭愛染のことも知らない。
普通はそうだろう。しかも、西洋で生まれ育っているのだから尚更と言えよう。
東三局二本場。
ここでは二巡目にいきなり、
「ポン!」
ダヴァンが捨てた{東}をフレデリカが鳴いてきた。ダブ東である。
次巡、
「ポン!」
小蒔が捨てた{①}をフレデリカが鳴いた。
そして、その数巡後、
「カン!」
フレデリカが{①}を加槓した。
嶺上牌をツモると、
「もいっこ、カン!」
{東}を加槓した。嶺上牌は{東}だったのだ。
その次の嶺上牌をツモると、
「もいっこ、カン!」
フレデリカは{西}を暗槓し、続く嶺上牌で、
「ツモ!」
当然の如く嶺上開花を決めた。
開かれた手牌は、
{②②③③} 暗槓{裏西西裏} 明槓{①①横①①} 明槓{横東東東東} ツモ{②}
「ダブ東混一対々三槓子嶺上開花。8200オールです。」
ドラ無しの親倍だ。
この『ドラは不要』と言わんばかりの逆転手は、まさに咲そのものの和了り………咲そのものの麻雀であろう。
当然、この様子をテレビで視ていた華菜は、
「どうして宮永が神代と打ってるし!?」
ありがちな誤解をしていた。
まあ、見た目も打ち方も似ているのだから仕方が無い。こればかりは、華菜のことを責めても仕方が無いだろう。
これで副将前半戦の順位と点数は、
1位:フレデリカ(ドイツ) 138900
2位:小蒔(日本) 129700
3位:ダヴァン(アメリカ) 66000
4位:郝(中国) 65400
三連続の和了りでフレデリカが首位に立った。
小蒔の表情から笑みが消え、突如フレデリカに向ける視線が今までに無いキツイものへと変わった。
これはこれで当然であろう。日本で咲と対局して勝てなかった最強神が、フレデリカを相手に雪辱しようとしているのだから………。
しかし、そんなことはフレデリカには分からない。
「(すっごい怖いんですけど…。)」
そう心の中で言葉を漏らしながら、フレデリカは、何気に小蒔から視線を逸らした。
東三局三本場。ドラは{西}。
フレデリカが親になって三連続で和了っている。しかも、全て中盤に入ってすぐの和了りだ。
この時、小蒔の配牌は、
{一一三六九九②⑦49西北中}
ここから九連宝燈を聴牌するには最低でも七巡かかる。門前清一色を作るのも同じだ。
しかし、萬子の染め手でも、それが混一色七対子であれば、もっと早い巡目………四巡目で聴牌できる。
小蒔に降りた最強神は、フレデリカの親を流すため、ここでは敢えて混一色七対子に方針を切り換えた。
一巡目、小蒔のツモは{三}。打{②}。
二巡目、小蒔のツモは{六}。打{⑦}。
三巡目、小蒔のツモは{西}。打{4}。
四巡目、小蒔のツモは{北}。打{9}。
そして、五巡目、小蒔は{中}をツモり、
「ツモ! 混一七対ドラ2。4300、8300!」
倍満を和了って、長かったフレデリカの親を流した。
この和了りで順位と点数は、
1位:小蒔(日本) 146600
2位:フレデリカ(ドイツ) 130600
3位:ダヴァン(アメリカ) 61700
4位:郝(中国) 61100
小蒔がフレデリカを追い抜いて再びトップに立った。
東四局、郝の親。ドラは{④}。
フレデリカは、小蒔から放たれる強大なオーラを感じながら、
「(今のこの状態。カナコだったら、
『ドキドキドキドキ スッポンモドキ!』
とか言うんだろうな。)」
なんてことを考えていた。
まあ、既にすれ違った時に言っているが………。
フレデリカには、特段、逆転されたことによる精神的な焦りとか揺らぎは今のところ無かった。
ただ、小蒔が怖い。できれば視界から消したいとは思っていた。
この局のフレデリカの配牌は、
{二三四②②②②3336北白}
運は落ちていないらしい。二向聴の手だ。
第一ツモは{7}。
当然、フレデリカは、
「カン!」
暗槓した。
嶺上牌は{北}。
新ドラは、残念ながら{九}で乗らなかったが、こうなれば、取るべき方法は一つ。
「リーチ!」
フレデリカは聴牌即リーチをかけた。
この場合、先に槓が入っており、一巡過ぎたことになるためダブルリーチは成立しない。
次巡、フレデリカは{3}をツモり、
「もいっこ、カン!」
二つ目の槓子を晒した。
そして、嶺上牌を引くと、
「ツモ!」
そのまま当然の如く嶺上牌で和了った。
開かれた手牌は、
{二三四67北北} 暗槓{裏②②裏} 暗槓{裏33裏} ツモ{8} ドラ{九} 裏ドラ{七} 槓ドラ{2} 槓裏{⑧}
「リーツモ嶺上開花。60符3翻は2000、3900。」
しかも、自身の槓では全然槓ドラも槓裏も乗らないところも咲にそっくりだ。
とは言え、それでも満貫級の手を和了ってきた。
小蒔は、まだ首位を保っているとは言え、このフレデリカのスピードは無視できない。やはり、フレデリカの親を流した時のように、九連宝燈に拘らずに和了りに行かなければならないだろう。
南入した。
南一局、小蒔の親。ドラは{②}。
ここに来て小蒔の配牌は、
{一五九②⑤⑦⑧124589西}
萬子が三枚しかなかった。
最強神は筒子や索子の染め手には進めない制限をかけている。
つまり、最強神は萬子の染め手以外の手であればもっと早く仕上がる場合でも、ムリヤリ萬子に染め上げなくてはならない。
せっかくの親番で、この制限は痛い。萬子の混一色を目指しても、聴牌した時には最短でも十巡目になっている。
しかし、この制限は絶対である。
小蒔は第一打牌として、いきなりドラの{②}を切った。
一方のフレデリカの配牌は、
{三四五③④④[⑤]888東北白}
今回も二向聴だ。
フレデリカの第一ツモは{⑤}。ここから打{東}。
第二ツモは、タンヤオ手への移行を考えればムダツモにはならない{六}。打{白}で、一向聴維持だが絶好のツモと言える。
そして、第三ツモは{③}。これで聴牌。
当然、{北}を切って、
「リーチ!」
早々とリーチをかけた。
相手の和了り牌が分かる小蒔は、当然振り込むことはない。
ダヴァンも郝も、一先ず現物切りで対応した。
しかし、次巡、
「カン!」
フレデリカは{8}をツモって暗槓し、嶺上牌を引くと、
「ツモ!」
そのまま和了った。
開かれた手牌は、
{三四五六③③④④⑤[⑤]} 暗槓{裏88裏} ツモ{六} ドラ{②} 裏ドラ{南} 槓ドラ{1} 槓裏{西}
「リーツモタンヤオ嶺上開花一盃口赤1。3000、6000。」
ここでも、やはり自身の槓では全然槓ドラも槓裏も乗っていない。しかし、それでも、この序盤で余裕のハネ満ツモ和了りは大きい。
これで順位と点数は、
1位:フレデリカ(ドイツ) 150500
2位:小蒔(日本) 138600
3位:ダヴァン(アメリカ) 56700
4位:郝(中国) 54200
フレデリカが再逆転してトップに躍り出た。
郝もダヴァンも心中穏やかでは無い。
二人とも、互いにハネ満を直取りし合っただけで、それ以外は小蒔とフレデリカに高い手をツモ和了りされまくっているだけである。
その結果、既にフレデリカに90000点以上の差をつけられている。
次はダヴァンの親番。
「(今までのマイナス分を取り返さなければナリマセン!)」
ダヴァンは、気合いを入れ直すと、卓中央のスタートボタンを押した。
南二局、ダヴァンの親。
当然、ダヴァンにとっては、絶対に和了って小蒔やフレデリカとの点差を少しでも縮めたいところ。
しかし、世の中は、そんなに甘く無い。相手が神と超魔物なのだ。
いくら気合を入れたところで、その歴然とした力の差は埋めることが出来ない。
結局、今までどおりの配牌、今までどおりのクソツモである。
一方の小蒔は、萬子が多い配牌………、
{一一三[五]七九九②⑥79北白}
ここから、最短ルートで順調に手を伸ばして行った。
ただし、九連宝燈でも清一色でもない。飽くまでもフレデリカとのスピード勝負に勝つことが最重要との判断だろう。手役を下げて萬子の混一色狙いで進めている。
しかも、東三局三本場の時と同じで、最速の聴牌を狙った門前混一色七対子だ。
一切ムダツモが無く、たった四巡で聴牌し、続く五巡目で、
「ツモ! 3000、6000!」
小蒔は、混一色七対子赤1をツモ和了りした。
この和了りで、順位と点数は、
1位:小蒔(日本) 150600
2位:フレデリカ(ドイツ) 147500
3位:郝(中国) 51200
4位:ダヴァン(アメリカ) 50700
再び小蒔が逆転し、トップの座に付いた。
しかし、たった3100点差である。まだ、小蒔とフレデリカのどちらがトップを取るかは分からない。
一方の3位争いも500点差と激化している。
もっとも、こちらは全然和了れなくて、ただ毟られているだけなのだが、それでも両者にとっては少しでも多く点を残したいところだ。
南三局、フレデリカの親。
言うまでも無く、小蒔としてはフレデリカに連荘させてはならない。勿論、ここでもスピード勝負で、最短の混一色七対子での和了りを狙う。
今回の小蒔の配牌は、
{一一四九九④⑦18東南北中}
前局と比べて萬子が少ないが、その分、字牌が多く、最速で四巡目で聴牌できる。
当然のことながら、最強神による萬子染め手に向けた超鬼ツモで、今回も一切のムダツモ無く、たった四巡で聴牌した。
そして、
「ツモ! 3000、6000!」
当たり前のように、小蒔は、ツモ混一色七対子のハネ満を和了り、フレデリカの点差を21100点まで広げた。
フレデリカが小蒔を逆転するためには、小蒔からハネ満を直取りするか、三倍満をダヴァンか郝から和了る、あるいは三倍満のツモ和了りが必要となる。
しかし、最強神が降りた小蒔は、聴牌した者の和了り牌を完全に見抜く。よって振り込むことは無い。
と言うことは、フレデリカの逆転は、いずれにせよ三倍満を和了るしかない。
オーラス、郝の親。ドラは{發}。
フレデリカは、
「ポン!」
いきなり郝の第一打牌の{北}を鳴いた。
そして次巡、
「ポン!」
今度は小蒔が早々に捨てた{③}を鳴いた。
ここでも小蒔は萬子の混一色七対子狙いだ。今のフレデリカに勝つには、それ以外に方法が見当たらない。
しかし、その数巡後、まさに小蒔が聴牌したその直後のことだった。
「カン!」
フレデリカが{③}を加槓した。
しかも、ここに来て、フレデリカの全身から放出されるオーラが、今までに無く強大になっているのを小蒔(最強神)は感じ取っていた。
おまけ
今回は、本編とも麻雀とも全く関係ないお話です。
去年、『三国志~司馬懿 軍師連盟~』を見て、
「そう言えば、昔、司馬懿を使って書いたっけ。それを練り直してみようか。」
と思い、書いてみました。
ただ、司馬懿がどんな人格の人間か分からずに書いております。その点は、ご容赦ください。
正直、咲-Saki-を敢えてネタにする必要も無い御堅いストーリーです。
苦手な方はスルーしてください。
世界大会二日目の夜。
咲はホテルでテレビを見ていた。
咲「あっ! これって…。」
三国志を元に製作されたSFだった。
しかも、オチはヒドイとの噂だ。
一応、日本語の字幕が出るらしい。
三国帰一
1.タイムワープ失敗
「設定時代、西暦57年。」
西暦21XX年、人類は、既に時空を繋ぐトンネルである四次元ワームホールを自在に通り抜ける技術を身につけていた。
そして、そのことは、これまで化石や遺跡から当時を推察してきた古生物学や考古学に一大革命を引き起こしていた。直接当時の状況を見に行くことが可能なのだから、わざわざ発掘に頼る必要がないのだ。
もはや人類は、100年以上も昔に問題となった発掘捏造事件など起こり得ない時代に突入していた。
当然のことながら、化石も土器などの出土品も学問的価値はグンと下がっていた。
しかし、博物館での展示品としての価値や道楽品としての価値はまだまだ高く、依然、趣味で発掘作業を進める人達の手が止まることは無かった。
エイスリン・ウィッシュアートは、日本が初めて中国に朝貢した光武帝の時代を調査するために、歴史調査員の一人として西暦57年を目指してタイムマシーンに乗り込み、タイムワープに入ろうとしていた。
真っ白な肌に金髪、青い目と、何処から見てもバリバリの白人であるエイスリンだが、日本史と中国史に興味を抱き、高校時代には日本に留学したし、大学では中国語を専攻していた。
自分達とは全く異なる文化を持つ日本や中国にある種の憧れの念を抱いていたのだ。
日本語ではなく敢えて中国語を選択したのは、色々と悩んだ末であった。
世界市場の動向を考えると中国への経済進出が依然高まった状態であり、中国語も話せれば職にありつきやすいと判断したのだ。
結果的に、多少の会話なら日本語も中国語も話せるようになっていた。
そして、今回、中国史調査員の募集を見つけてすかさず応募し、千倍近い競争率の狭き門を通り抜けて光武帝の時代に向かうこととなった。
「タイムワープ、開始!」←オールカタカナですと読み難いので普通に記載します
彼女が意気揚揚とタイムマシーンの出発ボタンを押した。
しかし、その直後、時代設定装置が大きな音を立てて火を吹き始めた。完全に装置の故障である。
それなのに、既にタイムワープそのものは起動していた。
彼女が停止ボタンを押そうとしたのも束の間、タイムマシーンは、そのまま強行突破で時間の波に逆らって四次元ワームホールと言う名のタイムトンネルに突入してしまった。
「ちょ…ちょっと、どうなってんのよ、これ!」
エイスリンは、慌てて何度も停止ボタンを押してはみたものの、完全に機械が言うことを聞かない。
タイムマシーンが自動的に止まるまで、このままタイムワープを続けるしか無いのだ。
肝心の時代設定装置が故障している以上、目的とする時代にきちんとワープされる保証は無い。どの時代に出るのか全く以て見当がつかない状態だった。
勿論、このままワームホールから抜け出せない可能性すらある。
彼女は、もはや天に運を任せる以外に方法は無かった。
暫くして、窓の外から強烈な光が射し込んできた。
時代メーターの数値は、-50,986,233,001年を指していた。
種々学説が唱えられているが、宇宙の年齢は一先ず138億年程度とされる。
どうやら設定装置が故障したのと同時に時代メーターもいかれてしまったようである。
彼女が通信システムのスイッチを入れた。本部と連絡を取れば何とかしてもらえるかもしれない。
しかし、時代メーターが作動しなくては、通信波を送り届ける先の設定ができない。これでは本部との交信すら叶わなかった。
ここが何処なのか、何時の時代なのか全然判らない。
しかも、時代設定装置が起動しないから元に時代に戻る術も無い。彼女は、ただ呆然とするだけであった。
突然、タイムマシーンの扉を何かが強く打ちつけた。
「ガン、ガン、ガン、ガン………。」
しつこく何度も打ちつけてくる。これは、自然のモノと言うよりも何か人為的なモノのように感じられた。
エイスリンは、いったい何が起きたのかと、そーっと扉を開いた。
すると、槍や刀を持った何十人もの男達に、何時の間にかタイムマシーンが取り囲まれていた。
彼らは、見たところ東洋人であった。
青い目に金髪の彼女を見て、その男達は、一瞬恐ろしい物に出会ったかのような反応を示した。
西洋人に出会ったことの無い彼等にしてみれば、彼女の風貌は、まさに常識を超えた鬼か悪魔のような存在にしか思えないのだ。
一方のエイスリンも、知らない男共に囲まれて恐くないはずが無かった。
特に西洋人にとって東洋人の顔は何を考えているのか非常に読み難いのだ。
変質者にでも出くわしたかのように、無意識に胸を両手で押さえながら横に向けて隠したくなる。
彼女の顔に、何気に不安な色が浮かび上がった。
すると、この様子を見た男達は、急にエイスリンの方に押し寄せてきた。彼女が自分達を恐れていることに気付いたのだ。
もし彼女が自分達よりも遥かに強い鬼のような存在であれば、決して自分達を恐れるような素振りを見せるはずがない。
ただ、もし一対一でエイスリンに出会ったのなら、彼等はエイスリンに近付こうとはしないだろう。
むしろ、後ずさりさえするはずである。
エイスリンが彼等に感じている以上に、彼等も初めて目にする白人に恐怖心を抱いているはずなのだ。
そう簡単に警戒心を解くことは無いだろう。
しかし、集団になると、その恐怖心も消える。それどころか、相手をなめてかかろうとさえするのが人間の集団心理である。
エイスリンが、タイムマシーンの中に引っ込もうとしたこの時であった。
近くまで来て扉を激しく叩いていた東洋人が、彼女の腕を掴んでタイムマシーンの中から強引に引き摺り出した。
彼は、そのまま彼女を地面に押さえ付けると、彼女の服を剥ぎ取ろうと胸の辺りに手を伸ばした。周りの男達も、武器をその場に置いて下半身を出そうとしている。
何時の時代でも、合戦直後のゴタゴタの中で兵士達が生き残った敵地の女性を慰み者にすることは少なくなかった。
エイスリンもまた、その対象として彼等の目に映ってしまったようだ。
「どうしてこんな…。」
エイスリンは、一気に絶望の縁に追いやられた。
後漢時代の日本と中国の動きを調べるつもりで意気揚揚としていたはずだったのが、瞬く間に想像もしていなかった方向へと無理矢理引き込まれて行ったのだ。
するとこの時、何処からとも無く力強い男の声が聞えてきた。
「お前達。やめろ!」
この声を聞いて、男達は、取り繕ったように服の乱れを直し、地に置いた武器を拾い上げた。
しかも、この言葉は間違い無く彼女が専攻していた中国語であった。
彼女の上に覆い被さっていた男も、その声を聞くや否や彼女から離れ、まるで何事も無かったかのような顔で他の男達の中に紛れ込んで行った。
馬に乗った一人の男が、彼女の前に降り立った。
「大丈夫か?」
さっきの力強い男の声である。
彼女が、声のする方を見上げると、そこには髭を生やし、鋭い目付きをした四十歳代の男の姿があった。
「珍しい髪の毛をしているな。それから、その瞳も初めて見る色だ。名前は何と申す?」
「エ…エイスリン…。」
「エイスリンか。珍しい名だな。私は、司馬懿仲達。訓練中の部下達の無礼をお許し下され。それにしても、そなたは何処から来たのだ? 私が見ていたところ、急に目映いばかりの光に一帯が覆われて、その中からそなたの乗り物が出てきたように思うが。」
「…。」
エイスリンは、思わずを飲み込んだ。
時代設定装置の故障によりタイムワープの軌道がズレて三国時代に来ていたのだ。
しかも、司馬懿仲達は、後に晋を建国する司馬炎安世の祖父であり、当時の三国時代にあった中国において、司馬一族の地位を魏の中心的存在にまで引き上げた超重要人物なのだ。
エイスリンは、司馬懿に下手に答えることが出来なかった。
まさか、当時の人間に未来から来ましたとは言うわけには行かない。この時代の事象を狂わせかねないからだ。
勿論、それ以前にSF的思想などまるっきり開拓されていないに等しい時代の人間に未来から時を越えてきたなど、到底信用してもらえるとも思えなかった。
しかし、既に彼女は、大きく事象を狂わせ始めていた。当時の最重要人物の一人である司馬懿と偶然にも出くわしてしまったのだ。
一方の司馬懿は、何も答えようとはしないエイスリンに不審な何かを感じ取っていた。
「蜀の手の者か? それとも呉か?」
「い…いいえ…。」
「では、何処から来た?」
「そ…それは…。」
「答えられぬか?」
「…はい…。」
「しかし、そなたが呉蜀の者ではないという保証は無い。その乗り物と共に魏王のところまで来てもらう。」
司馬懿は、刀を抜くとエイスリンの胸元に突き付けた。
彼は、女性を慰み者にするような低俗且つ下等な一部の雑兵達とは違い、格も品もある男だが、注意深さも当代一であった。
少なくとも彼等にとって訳の分からない存在であるエイスリンを、おいそれと野放しにするつもりなどさらさら無いのだ。
更に、彼はエイスリンが乗ってきたタイムマシーンも魏王のところに運ぶよう部下達に命じた。
しかし、雑兵が何十人何百人と集まったところで、二十二世紀の科学力がぎっしり詰まった超重量の機械を持ち上げることは、残念ながら不可能であった。
やむをえず司馬懿は、数人の部下にタイムマシーンを誰にも触らせないよう見張りに付けて、エイスリンを自分の馬に乗せて城へ向かって走り出した。
続く