咲-Saki- 阿知賀編入   作:おこそとのほもよろを

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九十四本場:世界大会18 ダメダメダメダメ ダルメシアン

 フレデリカのオーラが際限なく上って行く。

 彼女は、嶺上牌………{北}を掴むと、

「もいっこ、カン!」

 そのまま{北}を加槓した。

 そして、次の嶺上牌を引くと、

「もいっこ、カン!」

 今度は{3}を暗槓し、そのさらに次の嶺上牌で、

「ツモ!」

 当然の如く和了った。

 しかも、その牌が何であるかを目視確認どころか盲牌さえもせず、それが何であるかを事前に知っていたと言わんばかりに手牌を開いた。

 

 開かれた手牌は、

 {三三發發}  暗槓{裏33裏}  明槓{③③横③③}  明槓{北北北横北}  ツモ{三}  ドラ{發}

 

「北対々三槓子三色同刻峰上開花ドラ2。4000、8000。」

 十翻の倍満だった。あと1翻つけば三倍満だったが、力及ばずと言ったところか。フレデリカの逆転劇には至らなかった。

 最初に鳴けたのが{北}ではなく{發}だったなら…。いや、それこそ{發}以外の何かが槓ドラで乗れば数え役満になっていた手だ。

 しかし、それは結果論に過ぎないだろう。副将前半戦は、フレデリカの倍満ツモ和了りで終了となったのだ。

 

 これで前半戦の順位と点数は、

 1位:小蒔(日本) 158600

 2位:フレデリカ(ドイツ) 157500

 3位:ダヴァン(アメリカ) 43700

 4位:郝(中国) 40200

 何とか小蒔が首位を守る結果となった。

 

 

 ここで一旦休憩に入った。

 フレデリカは、急いで控室に戻った。仲間達の顔を見て、少し安心したいとの気持ちがあったのだ。

 彼女は、鬼神のような強さを誇っているが、それ故に、今までは格下しか相手にしてきていない。

 つまり、小蒔のような強大な相手は初めてだったのだ。

 いくら超魔物でも、やはり中味は女子高生である。何事にも微動だにしない強い精神力を、まだ持ち合わせていなかった。やはり、小蒔の最強神バージョンが発するオーラには、フレデリカとしても脅威を感じていたようだ。

 

 控室に入ると、フレデリカは、

「なんか、あの日本の巫女の人、すっごく怖いんだけど!」

 と第一声を上げた。

 そして、

「もう、カナコだったら絶対、ドキドキドキドキ スッポンモドキって言ってると思う!」

 と言いながら近くのソファーに勢い良く座った………と言うか飛び乗った。

「あの巫女でしょ?」

「そう。」

「実はさ、私。対局室を出る時にすれ違ってさぁ。ドキドキドキドキ スッポンモドキって思ってた。」

「やっぱりそうなんだ!」

「でも、フレデリカも対局中は、あれ以上のオーラを普通に出してるけどね。」

「えっ?」

「もう、ウソウソウソウソ コツメカワウソってくらい。」

「マジで?」

「うん。マジマジマジマジ アルマジロだよ。」

「そんな…。私って、あんな感じの可愛くない系だったの?」

 たしかに、自分のオーラは自分では感じない。なので、自分がどの程度、相手にプレッシャーをかけているかなんて知らない。

 しかも、

「まあ、全然可愛くないよね。」

 これは次鋒だった千里の言葉。カナコに同意している。

「言えてる。背後に死神が立ってま~す! ってくらいの怖さだね。」

 そして、これは大将で出場する栄子の言葉。やはりカナコへの同意組だ。

 さらに、

「今は馴れたケド、本当に漏らすくらいに怖いネ。」

 ローザも『可愛くない』に同意している。

 完全に満場一致だ。

「ガーン。嘘でしょ…。」

 フレデリカは、自分が毎回、相手に恐ろしいまでのオーラをぶつけていることを初めて知らされて、ちょっとショックを受けたようだ。

 

「でさあ。あの巫女さんが私に、両頭愛染の片割れって言ってたんだけど、意味不明なのよね?」

 すると、これを聞いて栄子が、

「それって、不動明王と愛染明王が合体した姿でしょ。」

 とフレデリカに言った。どうやら、栄子は神仏に比較的詳しいようだ。

「なにそれ?」

「曼荼羅って知ってる?」

「あの観音様とかがいっぱい描いてあるヤツ?」

「そう。でね、お釈迦様クラスを如来って言って、菩薩より位が上になるんだけど、如来の中のトップが大日如来って言うの。その大日如来の教令輪身が…。」

「なに、その教令輪身って?」

「んーとね。観音様とかは、優しさを持って相手に接するけど、中には優しくすると、イイ気になるヤツっているジャン?」

「まあ、結構いるね。」

「そう言う人達を怖い姿で導くのが教令輪身。つまり明王なわけ。」

「ふーん。」

「で、曼荼羅には金剛界と胎臓界の二つがあるんだけど、金剛界曼荼羅で大日如来の下に描かれているのが不動明王、胎臓界曼荼羅で大日如来の下に描かれているのが愛染明王なのよ。」

「じゃあ、不動明王と愛染明王が、それぞれの曼荼羅の中で一番の教令輪身ってこと?」

「そう言うことだろうね。」

「なるほどね…。それから、あの巫女さんには、『日本の王者と同じ起源を持つ者よ』とも言われた。」

「じゃあ、フレデリカは宮永さんと親戚か何かってこと?」

「多分…。」

 まあ、親戚ではなくコピーなのだが、さすがにそこまでは常識的に考えないだろう。遠い親戚くらいに思うのが普通だ。

「だとすると、日本とドイツのそれぞれの世界で、宮永さんとフレデリカがトップで、しかも二人は血が繋がっているって意味じゃない?」

「私もそんな気がするんだけどね…。」

「本気で顔も似てるし。」

「それには、私も驚いてるよ。」

 フレデリカの表情が、随分と和らいできた。やはり、チームメートと話をしてガス抜きできたのは大きいと言えよう。

 

「それにしても日本チームって妙に怖くない? 私が相手した、あの大三元オモチ、変に迫力あったし。」

 こう言ったのは千里。玄に勝てたとは言え、ずっと大三元へのプレッシャーがかけられていた厳しい戦いだった。

「ほんと、ゲロこわーだよね。私の相手、宮永はフレデリカと打ち方もオーラも似たようなものだったし。それに後半戦じゃ全然相手にならなかったし、『つらたん』って思った。」

 カナコは、まさか咲にあんな形で敗北を喫するとは思っていなかった。

 前半戦では、何とか互角に渡り合えたと思っていたところ、後半戦ではステルスを掻い潜っての、まさかの二人トバし。

 その圧倒的な力を目の当たりにした衝撃は大きかった。

「先鋒のミナモ・ニーマンも、元ドイツチームのエースだけあってフレデリカに近い恐ろしさがあったヨ。あれだけリードしたのに………。」

 ローザ自身も、序盤の圧倒的リードをひっくり返されるとは思っていなかった。

 あのまま勝てると思っていただけに、光の底力には、今になって恐ろしいモノを感じてならない。

 

 ドイツチームが優勝するためには、フレデリカの勝ち星が必須である。

 チームメートの期待が、嫌でもフレデリカの双肩に重く圧し掛かってきた。

「(せっかくみんなの顔を見てリラックスできたと思ったのに…。逆効果だったかな?)」

 負けられない対局を目の前にしても、いつもなら、もっと精神的に余裕があるのだが、今回の相手は最強神。

 再び、巨大なプレッシャーがフレデリカに襲い掛かった。

 

 

 この頃、ダヴァンは対局室外の通路に置かれたソファーに腰を降ろし、神妙な顔をしていた。

「(このままではマズイデース。)」

 現在、日本チームの勝ち星が二つ、ドイツチームの勝ち星が一つ。

 しかも、副将前半戦では、日本チームがダヴァンに大差をつけてトップを取った。

 このまま後半戦でも小蒔に走られ、勝ち星を取られたら、その時点で日本チームの優勝が決まる。

 仮に副将前半戦2位のフレデリカが、後半戦でトータルの点数を逆転したとしても、日本チームとドイツチームのどちらかが優勝するのが確定するだけで、自分達の優勝は無い。良くて3位にしかなれない。

 

 副将前半戦までの各チームの総合点は、

 1位:日本 1238500

 2位:ドイツ 966500

 3位:中国 328700

 4位:アメリカ 266300

 既にアメリカチームは日本チームに1000000点近い差をつけられている。

 

 アメリカチームの優勝条件は、副将戦と大将戦で勝ち星をあげ、しかも日本チームとの途方も無い点差を逆転することだ。

 もはや絶望的………いや、論外と言うべきか?

 しかし、諦めたらそれで終わりだ。

 

 ダヴァンは、両手で両腿を強く叩くと、

「ヨシャー!」

 大声を上げて気合を入れ直した。

 

 

 郝は、この時、ダヴァンから少し離れたところ………通路の日の当るところにいた。

 中国チームはアメリカチームより、総合点で60000点程度上回っているが、優勝条件となるとアメリカチームと大同小異である。

 ここからの大逆転劇は、誰の目から見ても無謀とも思えるだろう。

 しかし、郝としても諦めたら終わりだ。

 ダヴァンのように大声を上げることは無かったが、郝もまた、密かに勝利に向けて気合を入れ直していた。

 

 

 相手チームの三人が対局室から退出していたが、この時、小蒔は卓に付いたまま静かに精神統一していた。

 このまま後半戦でもフレデリカを凌ぐ戦いが出来れば、最強神は初めて咲のDNAに勝利することが出来る。

 同時に日本チームの優勝も決まるが、最強神にとってはチームの優勝はどうでも良いことだった。

 飽くまでも目指すのはフレデリカに勝つこと。それだけだった。優勝は、オマケで付いてくるモノ程度の認識であろう。

 

 

 対局室に、フレデリカ、ダヴァン、郝の三人が戻ってきた。そして、三人とも前半戦で座ったところに付くと、順に場決めの牌を引いていった。

 後半戦は、フレデリカが起家、南家がダヴァン、西家が郝、北家が小蒔に決まった。フレデリカ以外は、席が全員入れ替わる。

 

 

 東一局、フレデリカの親。

 相変わらず、小蒔のオーラがキツイ。

 カナコには自分もあれと同等以上のモノを発していると言われたが、フレデリカ自身、受けるのは今日が初めてだ。

「(みんな…。)」

 当然のことだが、負けるわけには行かない。

 妙に緊張してきた。こんなことは初めてだ。

 対外試合で、同年代を相手に僅差とは言え前半戦でトップを取れずに折り返すことは、今まで一度も無い。

 フレデリカは、精神面で自分が押されている………気合負けしているのに気が付いた。

「(こんなんじゃダメ。これじゃ、カナコに『ダメダメダメダメ ダルメシアン!』って言われちゃう。しっかりしないと!)」

 欧州の試合では、いつも余裕で打っているフレデリカが、珍しく自らの両頬を叩き、気合を入れ直した。

 そして、いつもの最上級オーラを放ち始めると、小蒔のパワーを跳ね返した。

 

 ここでの小蒔の配牌は萬子が三枚に字牌が二枚。

 フレデリカのオーラが影響したのだろうか?

 ただ、少なくとも萬子の混一色に手を進めるにしても結構な時間がかかる。萬子の染め手しか和了れないとは、最強神が自ら課した制限とは言え、ここでは結構な痛手だ。

 

 対するフレデリカの配牌は、

 {二七①①②③⑦⑨119南西白}

 ここから打{西}。

 

 二巡目、フレデリカはツモ{③}、打{南}。

 

 三巡目、ツモ{1}、打{二}。

 

 四巡目、ツモ{⑧}、打{七}。

 

 五巡目、ツモ{②}、一切のムダツモ無く打{白}。

 

 そして、六巡目、フレデリカは{1}をツモると、

「カン!」

 {1}を暗槓し、引いてきた嶺上牌で、

「ツモ!」

 そのまま和了った。

 

 開かれた手牌は、

 {①①②②③③⑦⑧⑨9}  暗槓{裏11裏}  ツモ{9}

 

「ツモジュンチャン一盃口嶺上開花! 6000オール!」

 出親でのハネ満ツモ。

 この和了りで、フレデリカのプレッシャーも、どうやら吹き飛んだようだ。

 

 東一局一本場、フレデリカの連荘。ドラ{2}。

 ここでも小蒔の配牌は、萬子が三枚、字牌無しと、最強神にとっては手が重かった。

 厳密には、筒子や索子も併用する手に仕上げる分には決して重くはないはずの配牌なのだが、萬子染めに制限をかけている以上、最低でも聴牌までに十巡はかかる。

 

 一方のフレデリカの配牌は、

 {四七九③[⑤]⑦2357東南北中}

 ここから打{北}。

 

 二巡目、ツモ{③}、打{南}。

 

 三巡目、ツモ{⑥}、打{中}。

 

 四巡目、ツモ{6}、打{東}。

 

 五巡目、ツモ{4}、打{四}。

 

 六巡目、ツモ{③}、打{横九}で、

「リーチ!」

 捨て牌を横に曲げた。

 

 この時、フレデリカの手牌は、

 {七③③③[⑤]⑥⑦234567}

 

 {七}単騎のリーチタンヤオドラ2の手。

 恐らく、普通なら多面聴になってからリーチをかけるだろう。

 例えば{④}を引いて{七}を捨てれば{②④⑤⑦⑧}待ちになるし、{8}が来て{七}を捨てれば{258}待ちになる。

 しかし、フレデリカは手変わりをする必要が無いことを知っていた。

 次巡、{③}を引くと、

「カン!」

 そのまま{③}を暗槓し、引いてきた嶺上牌………{七}で、

「ツモ!」

 嶺上開花を決めた。

「リーツモタンヤオ嶺上開花ドラ2。6100オール!」

 しかも、連続親ハネツモ。

 これでフレデリカは、小蒔に50000点近い差をつけた。

 

 東一局二本場。ドラは{⑧}。

 ここでも小蒔は、手が遅かった。

 一方、

「ポン。」

 ダヴァンが小蒔の捨て牌を鳴いてから、フレデリカも急に配牌とツモ牌が噛み合わなくなった。全ての牌を見通すことが出来ても、欲しい牌を自分のところに持ってくるツモ順に切り替えるためには都合の良いところで鳴けなければならない。

 しかし、そのチャンスが何故か無かった。まあ、こんなこともタマにはある。

 

 この局、最初に聴牌できたのは郝だった。

 郝の配牌は、

 {一三六①②⑧6東東西白白發}

 

 ここからドラの{⑧}切りを含め、殆どムダツモ無く、たった六巡で聴牌した。

 そして、七巡目、

「ツモ!」

 和了り牌の{3}を引き、郝が和了った。

 

 開かれた手牌は、

 {一二三①②③12東東東白白}  ツモ{3}

 

 ツモ東チャンタ三色同順のハネ満の手。中国麻将ルールであれば、ここにさらに五門斉が付く。

「3200、6200!」

 これで郝が、フレデリカに前二局で持って行かれた分を取り返した。

 

 

 東二局、ダヴァンの親。ドラは{②}。

 後半戦だけの点数では、現在ダヴァンは小蒔と同じ84700点。

 トップのフレデリカとの差は45400点。

 前半戦の分も合わせると、113800+45400の159200点。

 これを逆転するのは至難の業だ。

 しかし、この親で、なんとかして稼ぎたいところ………と配牌前の段階では誰でも同じ境遇ならば思うことだろう。

 しかし、これが得てして配牌後に希望が打ち砕かれるものだ。

 

 ダヴァンの配牌は、

 {二八②③⑨179東南西西白中}

 八種九牌。

 ドラがあっても嬉しくない手だ。

 むしろ、ドラの{②}よりもドラ表示牌の{①}の方が欲しかっただろう。それなら、九種九牌で流すことが出来たからだ。

 ルールによっては、配牌八種九牌で流すことが可能だが、この大会では九種九牌でなければ流すことが出来ない。

 一瞬にして気合いが抜けて行くのがダヴァン自身、嫌でも分かる。

 

 これに対し、発散されるオーラが格段に上昇して行くのは小蒔だった。

 どうやら、前三局とは異なり、配牌が急激に良くなったようだ。




おまけ


九十三おまけの続きです。
エイスリン&司馬懿仲達と言うとんでもない組み合わせです。
御堅いストーリーです。苦手な方はブラウザバックをお願いします。



2.身バレ

それから何時間が過ぎたことだろうか。
いつしか日が沈み、辺りは一面真っ暗になった。
街灯も無く、付近の民家から漏れてくる光も無い。

そもそも発電技術などという便利なものがまだまだ地球上には存在せず、灯りは専ら蝋燭に頼っていたのだから、家から漏れるほどの灯りを燈せるような時代ではないのだ。
しかも、満月ならばともかく、今夜はまだ月が出ていない。
唯一、松明の明かりだけが頼りであった。

「開門!」
司馬懿がエイスリンを連れて城の奥へと入って行った。
エイスリンは、馬の背中で長時間揺られて気持ちが悪くなり、もはや吐きそうであった。
こんな状態では、周りを見る余裕も無ければ、まるっきり頭が回らない。今、自分がどの辺りにいるのかさえも全然判らなかった。

しかし、城の奥の部屋に通され、そこに一人の六十代と思われる男性が病床に伏せている姿を見つけた時、エイスリンは全てを理解した。
「仲達か?」
「はい。」
「こんな遅くにどうした?」
「夜分遅くに申し訳ございません。実は、この世の物とは思えない乗り物に乗り、突如強烈な光と共に地に姿を現した異人を捕らえまして。至急、魏王にお目にかけるべきと思いまして。」
「異人だと?」
病床に伏せていた男が、ゆっくりと体を起こした。
そして、まるで獲物を狙う鷹………いや、もっと冷たく攻撃的な蛇にも似た恐ろしい視線をエイスリンの方に向けてきた。
「仲達。異人とは、その者か?」
「はい。」
「青い目に金色の髪の毛か…。これは珍しい…。ううっ…。」
魏王が、急に両手で頭を押さえて苦しみ出した。
時は、建安24年の末(220年初頭)。
時の権力者である魏王、曹操孟徳が洛陽城で病み衰えていた、まさに三国鼎立直前の時であった。

司馬懿が、慌てて曹操の側に駆け寄った。
この時には、既に曹植と曹丕による曹操の跡目争いが終結しており、曹丕が太子として任命されていた。
「魏王。気を確かに…。」
「あ…慌てるでない…。」
この時、曹操の頭痛は並大抵のものではなかった。もはや頭が真っ二つに割れて中味が飛び出してしまうほどに痛烈な痛みであった。

三国志に目を通したことがある未来人のエイスリンには、この後、どのような展開になって行くか、全てが判っていた。
歴史を守るためには、このまま曹操がじわじわ死んでゆくのをほったらかしにしておかなくてはならない。
しかし、病人を前にして、何の言葉もかけずにいられるほど彼女は冷徹になりきれなかった。基本的に人が良いのだ。いや、良過ぎると言った方が正しいだろう。
「だ…大丈夫ですか? あの…、医者には診せたのですか?」
これに司馬懿が答えた。
「診せてはみたが、誰からもさじを投げられた。」
「でも、華陀というお医者様がいらっしゃるはずでは…。」
華陀は、後に中国の医学の神様として祭られた人物であった。
二世紀後半から三世紀前半の現代医学の片鱗すら無い時代に、脳腫瘍をはじめとする重病を正確に診断し、治療する手だてを持っていた。
まさに当時の常識の枠を遥かに越えた神とも言える人物だった。

睨み付けるような目で曹操が答えた。
「華陀だと?」
「はい。」
「あの男なら昨日処刑した。こともあろうに、余の頭を切り開くなどと、とんでもないことを口走ったのだぞ。」
「しかし、彼の言葉に間違いはありません。」
「何? もしや、お前。余の命を狙っているのか?」
「いいえ。そんな滅相も無い…。」
「ならば何故、頭を切り開くことが正しいなどと言うのだ!」
「それは…、魏王の死因が悪性脳腫瘍と、後の…私の生まれた時代では結論付けられているからです。」
「お前が生まれた…後の時代だと?」
「はい。」
この時代に生きる人間には、エイスリンの言葉は理解し難いものがあった。
後の時代と言うからには、エイスリンは未来から来たことになるのだ。当然、この時代に時間を超えるなどという発想は無い。

曹操も三世紀の常識の中で生きていた。なので、エイスリンの言った『後の時代』という台詞を到底信じようとはしなかった。
「何か、妄想にでも取り憑かれているようだな。聞いちゃいられん…。」
彼は、再び横たわると、そのまま死んだように一気に深い眠りへと入って行った。

しかし、司馬懿は、その時代の常識に押さえつけられてしまうようなタイプではなかった。蜀の名軍師『諸葛亮孔明』ですら恐れていたほどの才能の持ち主なのだ。
「もしかして、エイスリンとやら。そなたは、まさかとか思うが未来から来たのか?」
これには、エイスリンも迂闊に返答できずに困ってしまった。
恐らく司馬懿ならば、この時代の考え方にとらわれずに正当に彼女が未来から飛んできたことを受け止めてくれるだろう。
だったら下手に嘘をつかずに『はいそうです』と言ってしまえば、蜀や呉の回し者ではないことが理解されるし、もっと待遇が良くなるかもしれない。
しかし、未来から来たことが判れば、司馬懿ならば十中八九、曹操が今後どうなるかとか、魏・呉・蜀の三国の行方を教えるよう、刀をちらつかせながら彼女に聞いてくるに違いないだろう。

タイムトラベラーにとっては、その時代に起きることを事前に当時の人間に教えるのは御法度である。教えた時点で、その時代の人間が、その事象への対応を事前に考えることとなり、歴史の歯車が狂ってしまうのだ。

普通なら、その時代に干渉せずに元の時代に帰れば良い。
しかし、エイスリンの場合、タイムマシーンの時代設定装置が壊れてしまった以上、元の世界にタイムワープ出来ないし、連絡を取ることすら出来ない。
もはや彼女には、この場で自害して歴史への干渉を最小限に留めるか、それともこの時代を生きる全ての人々から離れ、山奥でひっそりと暮らして行くか、どちらかの道を進む覚悟をしなくてはならなかった。

そうは言っても、二十二世紀の科学世代に育った彼女が山奥で原始人生活を営めるはずは無い。それに、彼女には自害する勇気も無い。
いっそのこと、この時代の人間になりきってしまってはどうだろうか?
そんな考えが一瞬彼女の頭の中を横切った。

勿論、彼女がこの時代の人間になりきってしまったとしても、彼女と出会う人間全員の人生に何らかの影響は出る。それが、結果的に少しずつ歴史を侵食して行くことになるだろう。
つまり、タイムトラベラーが、行き着いた時代の人間として生きて行くことは許されない行為なのだ。
しかし、この時代で生きることを一瞬とは言え考えた時、彼女は静かに小さく首を縦に振っていた。
「…はい…。」
「では、エイスリンとやら。魏王は治るのか?」
「い…いいえ…。悪性脳腫瘍が原因で、年が明けたらまもなく…。」
「ちょっと待ってくれ。年明けって、もうすぐじゃないか。それに何なんだ、その悪性脳腫瘍とか言う奴は? 関羽の祟りではないのか?」

健安24年12月(220年1月)に劉備玄徳の義弟、関羽雲長が麦城で呉の孫権によって打ち首にされた。
その首は、あたかも曹操の命令によって呉が関羽を殺したかのように見せるために曹操の元に送り届けられた。
その首を見た直後、劉備最大の敵曹操は急に激しい頭痛に襲われるようになり、一気に病み衰えて行った。つまり、今がこの時だ。
現代医学の存在しないこの時代、曹操の奇病を誰もが関羽の祟りと信じて疑わなかった。

勿論、司馬懿とて同じであった。
切れ者ではあったが、当時の科学力を遥かに超えた二千年後の考えを持つことなど、どんな天才にも不可能なのだ。むしろ悪性脳腫瘍を診断できた華陀の方が異常である。
エイスリンは、静かに首を横に振った。
「祟りではありません。れっきとした病気です。しかも…、恐らく華陀というお医者様からも言われていたかと思いますが、大脳にデキモノが出来ているのです。」
「大脳?」
「はい。」
「何だ、その大脳とか言う物は?」
「大脳は、頭の中にある器官で、人間の意思、行動…、生命活動全てを司ります。大脳は、言わばその人間そのものでもあるのです。今、魏王は、その大脳に悪性の腫瘍ができております。その腫瘍を取り除かなければ確実に死にます。」
「そなたの言うことは、私には理解しかねるが、先人の知識を積み重ねた後の時代の人間が言うことだ。間違いは無いだろう。しかし、エイスリンとやら。そこまで分かっているのなら、お前の力で何とか魏王を治すことはできないのか?」
「…。」
司馬懿が刀に手を伸ばした。
「できないのか?」
「で…できなくはありません…。しかし、私が手を出せば、未来が全て変わってしまいます。」
「そんなことは、我々の知ったことではない。とにかく今は、魏王の命こそが大事なのだ。頼む、エイスリン。魏王をお救い下され。」
司馬懿は、刀から手を離すとその場に正座して、まるで神を崇めるかのようにエイスリンの前で両手を付いた。

恐れ多くも彼は、当時の魏の中核と言える人物の一人である。
その男が、少なくとも現代よりも男尊女卑的思想の強い時代の中で、しがない一人の女性に懇願しているのだ。
彼女は、どうしてもドライになりきれなかった。
頼まれたら、なかなか嫌とは言えない性格のようだ。
「では、魏王をタイムマシーンまでお連れ下さい。」
「タイムマシーン?」
「はい。私が時空を超えて乗ってきた乗り物のことです。」
「あの部下に見張らせている巨大なカラクリのことだな。」
「はい。」
「しかし、魏王の御身体は、かなり弱られておる。あそこまでお連れすることができるのだろうか?」
「では、タイムマシーンをここまで移動しましょう。」
「移動? しかし、あのカラクリは、あれだけの部下を使っても動かすことができなかったのだぞ!」
「それは、中からロックをかけていたからです。私が操縦して運びますから。」
「し…しかしだな…。」
「大丈夫です。信じられないかもしれませんが、タイムマシーンは私の乗り物なのですから…。」
「分かった。では、早速だが、宜しく頼む。」
司馬懿は、エイスリンを馬車に乗せると大急ぎで洛陽城を飛び出し、タイムマシーンが置かれた場所へと馬を走らせた。




続く
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