咲-Saki- 阿知賀編入   作:おこそとのほもよろを

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九十六本場:世界大会20 衝撃波

 副将後半戦オーラス。

 この土壇場でフレデリカのダブルリーチ。

 現物は、フレデリカのリーチ宣言牌の{西}だけ。

 一先ず、ダヴァンは持っていた{西}を捨てて一発を回避した。

 郝は、{西}を持っていなかったため、和了られるのを覚悟で不要牌を捨てたが、これでフレデリカに放縦することはなかった。一先ずセーフ。

 小蒔に降りた最強神は、聴牌者の和了り牌を正確に把握する。なので、当然、振込むことは無い。

 

 次巡、フレデリカは{南}を引くと、

「カン!」

 まるで狙っていたかのように{南}を暗槓した。

 そして、嶺上牌を引くと、

「ツモ!」

 そのまま嶺上開花を決めた。

 問題は、この和了りでフレデリカが小蒔を逆転したかどうかだ。

 

 開かれた手牌は、

 {四五六①①④⑥456}  暗槓{裏南南裏}  ツモ{[⑤]}  ドラ{①}  裏ドラ{9}  槓ドラ{2}  槓裏{北}

 

「ダブルリーチツモダブ南嶺上開花三色ドラ3。6000、12000です!」

 和了ったのは三倍満ツモ。

 

 これにより、後半戦の順位と点数は、

 1位:フレデリカ(ドイツ) 154600

 2位:小蒔(日本) 153400

 3位:郝(中国) 46400

 4位:ダヴァン(アメリカ) 45600

 フレデリカが1200点差で逆転した。

 

 そして、前後半戦トータルでは、

 1位:フレデリカ(ドイツ) 312100

 2位:小蒔(日本) 312000

 3位:ダヴァン(アメリカ) 89300

 4位:郝(中国) 86600

 たった100点差だが、フレデリカが逆転して勝ち星を取った。

 これで日本チームとドイツチームが共に勝ち星二となった。

 

 この大逆転劇を喰らったが、小蒔………いや、最強神は、フレデリカに対して非常に優しい眼差しを送っていた。今までの怖い雰囲気が嘘のようである。

「さすが、両頭愛染の片割れと言ったところ。やはり、咲と同じ遺伝情報を有するそなたには勝てなかったようだ。ただ、非常に楽しかったぞ。」

「は…はい…。」

「また機会があったら楽しませてくれ。では………。」

 そして、最強神は小蒔の体内から抜け出すと、そのまま天へと戻られた。

 

 次の瞬間、

「済みません、寝てました。」

 小蒔が目を覚ました。まあ、いつものパターンだ。

 この変化に、フレデリカは、

「(なんなの? この巫女さん?)」

 一瞬目が点になったのは言うまでも無い。

 

 

「「「「ありがとうございました。」」」」

 対局後の挨拶を終え、副将選手達は対局室を後にした。

 

 

 この頃、病院では、何故か死んだように眠る衣を、その傍で透華が見守っていた。

 ベッドの脇にはテレビが設置され、麻雀大会の映像が流れている。その音だけでも衣に聞かせたいとの透華の配慮だ。

 

 テレビ画面には、対局室に大将選手達が入場してきたのが映し出されていた。

 日本チームからは石見神楽。死者の霊も生霊も口寄せできる能力者。ただ、本大会では女子高生雀士の生霊のみを口寄せしている。

 これは、大会ルールに、

『参加者は高校生のみ。』

『留年や浪人経験者の場合、それらの合計年数が1年の場合は高校2年生まで、合計年数が2年の場合は高校1年生まで参加可能であり、それらの合計年数が3年以上の場合は参加資格は無い。』

 との記載がなされていたためだ。

 万が一、口寄せが見抜かれた場合、参加資格が無い年齢の霊を降ろしていると相手チームから反則行為として訴えられる可能性がある。(んなアホな?)

 

 それを言い出すと、

『小蒔の神様を降ろす行為はどうなるんだ?』

 との議論に発展するが、特に今回の場合、小蒔に降りる最強神がフレデリカとの対局を自ら要望されたことなので、その辺は反則にされないよう、神が上手に取り計らってくれるはずであろう。

 まあ、相手が神なので逆らえない部分はあるが………。

 

 ドイツチームからは園田栄子。

 高校1年時の一学期には清澄高校に在籍し、咲の麻雀に憧れていた女の子。

 父親の仕事の関係で二学期からはドイツに渡り、そこでフレデリカと出会い、能力麻雀に目覚めた。守備型の麻雀を得意とする。

 

 アメリカチームからはシャルロット・ブラウン。そして、中国チームからは趙桂英が参戦する。

 二人共、『通常の』世界大会決勝大将戦に出場するのに相応しいだけの麻雀技量を有する。

 

 四人が卓につき、場決めがされた。

 前半戦は、起家が桂英、南家がシャルロット、西家が神楽、北家が栄子に決まった。

 

 

 東一局、桂英の親。

 先ずは全員、様子見の局だが、起家の桂英は、せっかくの親番である。いきなりパワー全開で対局に臨む。

 桂英は、七巡目で平和手を聴牌すると、

「リーチ!」

 即刻リーチをかけてきた。この局は、攻撃バリバリのスタイルで行くようだ。

 シャルロットは現物切りで一発回避。

 しかし、相手の和了り牌が分かる神楽は、いきなりキワドイ牌を切ってきた。勿論、これで和了られることは無いが、一般には暴牌と思われてもおかしくは無い。

 そして、まるで神楽を真似るかのように栄子も暴牌を切ってきた。ただ、これは桂英の和了り牌ではなかった。

 

 次巡、

「ツモ!」

 桂英が一発でツモ和了りした。

「メンタンピン一発ツモドラ3。8000オール!」

 しかも、いきなりの親倍ツモだ。

 

 この和了りを見て神楽は、

「なかなか力強い麻雀を打つ。ならば、こちらも御戸開きと行こうか!」

 と横柄な口調で、どこかで聞いた感じの言葉を発した。

 今、神楽が降ろしている生霊は、病院で眠っているはずの衣であった。

 つまり、衣は、生霊として神楽の中に入っているため、本体の身体は死んだように眠りこけているのだ。

 

 東一局一本場。

 神楽(衣)は、この局、第一打牌は{白}。

「(前局では最初に切ったのは{中}だったな。まあ、神楽から頼まれていることだからやってはみるが…。)」

 どうやら、何か策を考えているようだ。

 

 その後、神楽は、

「ポン!」

 下家の栄子が切った{中}を鳴き、その数巡後、

「ロン!」

 桂英から和了った。

 

 開かれた手牌は、

 {①①①[⑤][⑤]⑤⑨⑨東東}  ポン{中中横中}  ロン{東}

 

「東中混一色対々ドラ2。16300!」

 これで神楽は、前局で失った分以上に取り返し、しかもトップに立った。

 

 

 東二局、シャルロットの親。

 ここでの神楽の第一打牌は{中}。

 今回も、

「ポン!」

 神楽は栄子から三元牌の一つ、{白}を鳴き、

「ロン!」

 早々に桂英から直取りした。

 

 開かれた手牌は、

 {四四①①①111南南}  {白白横白}  ロン{南}

 中国麻将なら五門斉が付く手だ。これで中国チームの桂英を撃ち取るところは、ある意味、衣らしいと言えよう。

「南白対々。8000!」

 これで、桂英は東一局で稼いだ分を全て放出してしまった。

 

 

 東三局、神楽の親。

 神楽の第一打牌は{發}。

 これをテレビで見ていた誠子は、

「もしかしてハーベストタイム?」

 これから神楽がやろうとしていることに気が付いた。

 

 神楽の手牌には、{發}以外に浮いた19牌や{西}や{北}があった。それでいて、役が付くかもしれない{發}を先に切っていた。

 しかも、神楽の第一打牌は、東一局が{中}、東一局一本場が{白}、東二局が{中}であった。それも毎回、{西}や{北}があるのに敢えて三元牌から切っていた。

 渋谷尭深の第一打牌を思い起こさせる。

 

 この局、神楽以外の三人は、最短距離で順調に一向聴牌まで手が進んだにも拘らず、どうしても一向聴の壁が越えられない。完全なる一向聴地獄に陥ってしまった。

 これは衣の能力によるものである。

 そして、手が進まない苛立ちから桂英が周りをよく見ずに切った{②}で、

「ロン。タンヤオ一盃口ドラ1。7700!」

 またもや神楽に振り込んだ。これで三連続である。

 

 この和了りで大将前半戦の順位と点数は、

 1位:神楽(日本) 124000

 2位:桂英(中国) 92000(席順による)

 3位:シャルロット(アメリカ) 92000(席順による)

 4位:栄子(ドイツ) 92000(席順による)

 まるで咲の点数調整のように、神楽以外の三人が同じ点数で並んだ。今回は、それを神楽の中にいる衣が意識してやっているようだ。

 

 東三局一本場。ドラ{⑤}。

 神楽の第一打牌は{南}。

 今回は、三元牌が配牌に来ていなかったようだ。

 

 五巡目。

 前巡でシャルロットが{[⑤]}を引いて、{⑤}の対子が出来た直後のことだ。神楽は、鳴けと言わんばかりに{[⑤]}を強打した。しかも赤牌だ。

 すると、

「ポン!」

 待ってましたとばかりにシャルロットが鳴いた。

 

 この副露牌だけでドラ5である。

 和了ればハネ満が確定。

 しかも、全然和了れずにいる状況で、赤牌の強打。このシチュエーションであれば鳴きに走る人間も決して少なくは無いだろう。

 それが、神楽(衣)の仕掛けた罠とも知らずに………。

 

 その後、桂英もシャルロットも栄子も、一向聴までは到達できるのだが、前局と同じで聴牌が出来ない。

 しかも何故か、鳴いて手を進めることも出来ない。これは、完全に衣の能力による一向聴地獄だ。

 そして、そのまま残すツモ牌は五枚となった。

 

 誰も鳴かなければ、海底牌は南家の栄子が引くはずである。

 しかし、ここでは神楽の捨て牌をシャルロットが鳴いた。これにより、海底牌をツモるのは神楽に変わっていた。

 見た目は神楽でも中味は衣。

 当然、ラス5の牌をツモ切りして、

「リーチ!」

 一見無謀なリーチをかけた。

 

 リーチ者が海底牌をツモる。これは他家からすれば、余り嬉しいことではない。ツモ順をズラしたい。

 それ以前に、一発も消したい。

 しかし、誰も何の手立ても出来ないまま、海底牌を迎えることになった。一向聴地獄プラス誰も鳴くことを許さない衣の能力によるものだろう。

 当然、神楽は海底牌をツモると、

「ツモ!」

 和了りを宣言して手牌を開いた。

 

 開かれた手牌は、

 {一二三②③⑦⑧⑨12399}  ツモ{①}  ドラ{⑤}  裏ドラ{7}

 海底牌で{①}をツモっての和了り。古役で言えば役満だ。これも、まさに衣らしい演出である。

 

「リーチ一発ツモ海底撈月平和ジュンチャン。8100オール!」

 親倍ツモだ。

 ただ、この直後、

「「ドン!」」

 桂英とシャルロットは、強力な衝撃波を受けた。発生源は、どうやら栄子だ。

 意味不明の衝撃波を受けた二人は、いったい何が起きたのか分からずに驚いた顔をしていた。

 ところが、それ以上に、衝撃波を放った側の栄子は驚愕の表情を顕わにしていた。

「こっちの二人は、15000点が限界点みたいだけど、日本チームの貴女は、まだ底が見えない。貴女、いったい何者なの?」

「何者も何も、衣は衣だ!」

「衣?」

「そうだ!」

「それで合点がいったわ。今、貴女の中味は天江衣ってことね。」

「(ヤバイ。勢いで、ついうっかりしゃべってしまった!)」

「別に、能力麻雀が認められているんだから、中味が天江さんでも問題ないと思いますけどね、私自身は。」

「(うぅぅ…。)」

「実は、私は一定以上削られない能力を持っているんです。削られる点数は、相手の力量によって変わりますけどね。」

「…。」

「こっちの二人は、私が原点から15000点失った段階で、これ以上、私を削ることが出来なくなるみたいですね。当然、ツモ和了りもできなくなる。」

 さっきの衝撃波は、これ以上、栄子から点棒を奪えないことの警告だった。

 ちなみにフレデリカ以外のドイツチームメンバーは、18000点程度が限界点である。

 とは言え、15000点でも別に低レベルではない。欧州大会であれば、決勝進出チームのエースレベルのようだ。

「でも、天江さん。貴女は私から25000点くらい削れそうな力を持っている。こんな相手は、高校生ではフレデリカ以外では初めてです。」

「あの咲にそっくりなヤツか?」

「はい。でもフレデリカは25000点以上、私から削れますけどね。」

「なら、衣も25000点以上削ってみせようではないか!」

「期待してます。」

 四人は、何事も無かったかのように山を崩した。そして、神楽が卓中央のボタンを押し、次局に突入した。

 

 東三局二本場。ドラは{①}。

 神楽の第一打牌は{東}。

 今回は、配牌に{白}を持っていたが、対子だったため捨てずに和了り役の一つとして使うつもりだ。

 

 桂英とシャルロットは、栄子から点棒を奪えなくなっても、栄子以外からは奪うことは可能なはずだ。

 ならば、栄子以外からの出和了りを狙う。

 とは言え、今回も衣の一向聴牌地獄が発動している。そう簡単に和了らせてもらえるものではない。

 

「ポン!」

 桂英が捨てた{白}を神楽が鳴いた。

 そして、その数巡後、

「チー!」

 今度はシャルロットが捨てた{③}を鳴いて、神楽は{横③①②}を副露した。

 しかし、それ以降は、誰も鳴かない場が続いた。

 手が進んでいるのは神楽のみ。

 他は、序盤で聴牌まで進んだものの、それ以降は、単なるツモ切り作業を繰り返すのみであった。

 

 本来であれば栄子が海底牌をツモる局だが、神楽が桂英とシャルロットから、それぞれ一回ずつ鳴いたことで、海底牌をツモるのは神楽になった。

 そして、そのまま海底牌までもつれ込み、

「ツモ!」

 咲やフレデリカの嶺上開花と同じように、当然の如く、神楽は海底牌での和了りを宣言した。

 

 開かれた手牌は、

 {①②③[⑤][⑤]⑦⑧}  チー{横③①②}  ポン{白横白白}  ツモ{⑨}

 

「白混一色海底撈月ドラ4。8200オール!」

 またもや親倍が飛び出した。

 

 これで、点数と順位は

 1位:神楽(日本) 172900

 2位:桂英(中国) 75700(席順による)

 3位:シャルロット(アメリカ) 75700(席順による)

 4位:栄子(ドイツ) 75700(席順による)

 25000点持ちであれば、神楽以外、全員が700点しか無い状態になった。

 

 しかし、その直後、

「ドドン!」

 神楽に衝撃波が襲ってきた。これ以上、栄子から点数を削れないとの警告である。

 しかも、前局が終了した段階で桂英とシャルロットが受けたものよりも、さらに強烈であった。これには、さすがに神楽(衣)も驚いた。

「何だ、これは?」

「天江さんへの警告です。それと、もう一つ。私には25000点持ちで誰もトバさせない能力もありますので、それも同時に発動させました。ですので次局は、芝棒がある以上、ゴミツモか天江さんからの直取り以外では和了れません。」

 誰もトバさせない………。まるで花田煌のようだ。

 

 次局は三本場のため、神楽が500オールを和了ったとすると、結果的に800オールの支払いとなり、神楽以外は74900点になる。

 つまり25000点持ちであれば三人箱割れとなる。

 ところが、25000点持ちで誰もトバさせないのであれば、それができないと言うことになる。

 神楽(衣)は、栄子から今までに無い強大なオーラが放たれているのを肌で感じ始めていた。




96
おまけ


九十五おまけからの続きです。
エイスリン&司馬懿仲達と言うとんでもない組み合わせです。
御堅いストーリーです。苦手な方はブラウザバックをお願いします。



4.魏王復活!

司馬懿が屋敷を出てから数時間が過ぎた。
エイスリンは、タイムマシーンの前で深い溜め息をついていた。
「私のせいで、もう歴史は大きく狂ってしまったわ。ここで曹操を助ければ、死ぬはずの人間が死なないんだから歴史の展開がズレちゃうし、助けなかったら、それはそれで曹操を迎えに行った司馬一族の待遇が変わっちゃう。大嘘つきのレッテルを貼られて、歴史の表舞台から姿を消されてしまうかも…。もしそうなったら、下手したら晋の建国ができなくなってしまう…。」
もう、彼女は後戻りできなかった。

彼女の唯一の望みは、晋が無事建国されることであった。
魏・呉・蜀の三国時代の歴史が崩れても、司馬一族が健在ならば、次の時代で、それなりに歴史は修正されるはずだろう。

こうなったら、是が非でも司馬一族を全面バックアップするしかない。
どんなことがあっても今は司馬懿を失脚させずに、彼の力を強大なままにしておくことが必要なのだ。
そのためにも魏王曹操を救い、司馬懿の面目を果たさせなくてはならなかった。


遠くの方から馬車の走る音が聞えてきた。司馬懿が病み衰えた魏王曹操を馬車に乗せて連れてきたのだ。
司馬懿が馬から飛び降りた。
「エイスリン殿。魏王をお連れしたぞ!」
「分かりました。では、こちらへ…。」
司馬懿は、曹操を背負って馬車から降ろすと、エイスリンに言われるがまま、曹操をタイムマシーンの中に連れ込んだ。

激しい頭痛の中、馬車に揺られた曹操は、本来の荒い気性を微塵にも感じさせない程にすっかり弱り果てて既にぐったりと力尽きていた。
いつ死んでもおかしくないように思える。

タイムマシーンの操縦室後方の扉が開いた。
その奥は、まるで手術室のようになっており、中央には二十二世紀の最新式医療ベッドが備え付けられていた。
万が一、歴史調査員が怪我をしたり病に倒れたりした場合に、何時でも確実な治療が施せるようにしてあるのだ。
「司馬懿殿。魏王をこのベッドの上に寝かせて下さい。」
「ベッド?…。ああ、この上だな。」
司馬懿は、死にかけた顔の曹操を医療ベッドの上に降ろした。
自力で起き上がることすら困難となった曹操は、もはや言葉も出せず、ベッドの上で苦しそうな表情を見せるのが精一杯であった。
その曹操の頭部に、エイスリンが天井から釣り下がっているライトのような機器を近付けてスイッチを入れた。
すると、その機器から強烈な光が放たれて、悪性脳腫瘍に侵された曹操の頭を優しく包み込んだ。

司馬懿にとっては、ただひたすら曹操の回復を祈るだけであった。
エイスリンの持つ未来の科学力が曹操を完治させられると信じながらも、やはり不安は隠し切れない。


十分、十五分と時が過ぎて行く。
御付きの者達も、それ相当について来ている。
たったこれだけの時間で、既に、その者達から、このようなことで曹操が治せるものかと批判する声さえ上がってきそうな雰囲気になりつつある。
曹操の身を案ずる彼等にとって、この十分がまるで一時間にも二時間にも感じるのだ。
そろそろ効果が見えてこないと、科学を知らない彼等にとっては、単なるまやかしを見せられているようにしか思えなくなってしまうだろう。

司馬懿が周りの反応に気付き、エイスリンに話しかけた。
「エイスリン殿。本当に大丈夫なのか?」
「はい、もう200数えるくらいお待ち下さい。」
「分かった…。」
エイスリンの表情は、真剣そのものだったが、司馬懿にしてみればエイスリンに大丈夫と言われたところで、すぐに不安が拭い去られるわけではなかった。
エイスリンを信じてはいるものの、このようなことで曹操を本当に治せるのかどうか、当時の常識の枠から考えると余りにも突飛過ぎるのだ。

彼は、ゆっくりと数を数えながらただひたすら祈るだけであった。
そして、彼が数える数字が180を越えた頃、エイスリンが手もとのスイッチを切り、曹操の頭に近付けていた機器から放たれていた光が消えた。

彼女が曹操に顔を近づけた。
「魏王様。気分はいかがですか?」
すると、つい今しがたまで激しい頭痛に侵されて死にかけていた曹操が、ゆっくりと目を開いて起き上がった。
彼の顔には、既に健常人そのものの血色が戻り、まさに天下をその手に治めんとしていた数ヶ月前と相も変らぬ激しい気性に満ちた目をしていた。
「頭痛がすっかり治った。こんなに晴れ晴れとした気分は久し振りだ。エイスリンとやら。お主、いったい何を余に施したのだ?」
「悪性脳腫瘍の治療です。私が生きる二十二世紀…、今から二千年後の世界では、今よりもずっと医療が発達し、魏王様の頭の中に出来た腫瘍を光線で治したのです。」
「そうか…。しかし、お主は本当に未来から来たのか?」
「はい…。しかし、私は歴史を変えてしまいました。後の世の歴史が大きく変わってしまうことでしょう。私は取り返しのつかない重罪を犯してしまったのです…。」
「歴史を変えただと?」
曹操の目付きが、よりきつく攻撃的になった。
「はい…。」
「余が生き長らえたことが、歴史を変えたことになるだと?」
「そうです。」
「何だと?」
曹操は、エイスリンに言われた事に余程腹が立ったのか、今にも切りかかろうとするような目付きで彼女のことをじっと睨んだ。
しかし、エイスリンは曹操に切られるのを覚悟しているのか、口を閉ざそうとはせずに話を続けた。
「魏王様は、元々の歴史では年が明けたら脳腫瘍………つまり、頭の中のデキモノが原因でお亡くなりになられることになっていました。」
「余に死んでしまえということか!」
「そうは言っておりません。事実、私は魏王様を見殺しには出来ませんでした。私は、本当は光武帝の時代を調査するために、西暦57年を目指してタイムマシーンに乗り込みました。しかし、時間の旅を始めてすぐに目的年代を設定する機械が故障して、この時代に飛ばされました…。本当は、未来の人間は、過去の人間に会ってはいけないのです。歴史調査も、本当は人々に見付からないように影に隠れて行なわなくてはなりません。」
「しかし、お主はこうして余の前に姿を見せているではないか。」
「はい。機械の故障で、司馬懿殿の部下の前にタイムマシーンごと姿を現してしまいましたので…。私は、後の世に死んでも償えない重罪を犯しました。歴史を変えることは、未来の出来事全てが変わることを意味します。」
すると、曹操は、突然高々と笑い出した。
「何を言っているのだ。お主は重罪など犯してはおらん。今までの歴史こそが間違いだったのだ。余が天下統一を果たさずに死ぬことこそ、完全なる間違いなのだ。だからこそ、天は、我が前にお主を連れてきたのだ。天が世の天下統一を望んでいるのだ!」
曹操は、さっきまでとは打って変わって、すっかり上機嫌になっていた。
彼が、ベッドから飛び降りた。
「しかし、エイスリンとやら。もしここで余が死んでいたら、時代は、どう動いて行ったのだ? 天下は魏のものになったのか? それとも、呉か蜀によって奪われたのか?」
「そ…それは…。」
「言えぬのか?」
気性の荒い曹操の目が、再び攻撃な光を放ち始めた。
エイスリンが口を濁すのは、魏が天下統一を果たせなかったからとしか曹操には思えないのだ。
この展開に、慌てて司馬懿がエイスリンと曹操の間に入り込んできた。
「エイスリン殿。もう歴史は魏王の病が治って修正されたのです。ただ、偽りの歴史がどのようなものだったのか、参考までにお教え頂けぬか?」
「…分かりました。怒らないで聞いて下さい。天下は、魏も呉も蜀も取ることは出来ませんでした。今から60年の後に新たな勢力が天下を治めることとなったのです。」
これには、曹操も苛立ちを隠せなかった。
曹操の死後、曹操の子孫が天下を取れずに別の誰かに降ることになっていたとズバリ言われているのだ。
彼の腕が、わなわなと激しく震え出した。

司馬懿は、暴走しかねない曹操を宥めようと、色々と言葉を考えながら口を開いた。
「し…しかし、それは既に偽りであろう。魏王が生きている以上、天下は魏が握る。天がその筋書きを我等に与えた。エイスリン殿もそう思わぬか?」
「…そうかも知れません。もう、歴史は変わりました。この先、どうなるか私も知らない展開になるでしょう。」
「それで…それでだな、エイスリン殿。そなたの持つ未来の知識、科学力とやらで魏を勝利に導いてくれることはできないのか?」
エイスリンは、この司馬懿の問いに暫く考えた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「多分…可能です…。でも、その代償は、かなり大きなものになるかもしれません。」
「代償など魏が天かを治められぬことに比べれば小事にすぎぬ。是非、力を貸してくれぬか?」
「…分かりました…。」
未来の科学力をこの時代に伝えることは、非常に問題であった。後世の発明発見の歴史まで大きく狂わせてしまうのだ。
しかし、ここでノーと言えば、エイスリンは曹操に殺されるだろう。それくらい曹操は気性が荒い人物だったと考えられるのだ。
エイスリンは、既に殺されることを覚悟していた。
歴史を変えてしまった罪に苛まされ、何時の間にか殺されることさえも恐れなくなっていたのだ。

ただ、殺されるのは彼女だけではない。
事の展開次第では、司馬懿と彼の二人の息子達まで巻き添えを食らう可能性も無いとは言えないのだ。
万が一にも、ここで司馬懿達が殺されれば、完全に歴史は修復不能となってしまう。
それでエイスリンは、やむを得ず力を貸すと言ったのだ。


これで魏が天下を握れる。
その確約が得られた時、曹操は自然と笑みが浮かび上がっていた。
「そうか。では、エイスリンとやら。まずは正月開けに呉を落とす。宜しく頼んだぞ。」
彼は、高笑いしながらタイムマシーンを降りると馬車に乗り込み、司馬懿の屋敷を後にした。




続く
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