咲-Saki- 阿知賀編入   作:おこそとのほもよろを

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九十七本場:世界大会21 鉄槌

 神楽(衣)は、自分の足元から幹の直径が15センチメートル近い植物が何本も急激に伸びてくる幻を見た。

 そして、数秒後には、その植物でできた檻の中に衣は閉じ込められた。

 その植物には、無数の太い棘が生えていた。しかも、衣が動こうとすると、その棘が身体に当たって皮膚を裂く。これでは身動きが取れない。

「これが、俗に『棘の城壁』と呼ばれる私の力です。もう、天江さんの動きは封じましたよ!」

 栄子が勝気な声でそう言った。

 

 ただ、栄子自身は城壁と言うよりも檻だと思っていた。

 この能力に直接遭っていない人間が命名したため、城壁と比喩されているのが実情のようだ。

 

 現実世界には、こんなとんでもない棘があるわけではないのだが、こういった幻を見せるのも能力麻雀である。

 ちなみに、衣も、

「(城壁ではなく檻なのだが…。)」

 と思っていたようだ。

 

 

 東三局三本場、神楽(衣)の連荘。

 神楽の第一打牌は{發}。

 一応、ハーベストタイムに向けての準備は継続している。ただ、この作業を行うだけでも、神楽(衣)の身体には棘が刺さる感覚がある。

 

 この局も、衣の一向聴地獄の能力は健在である。よって、桂英もシャルロットも栄子も聴牌できないでいた。

 その一方で、神楽も栄子の『煌に似た能力』を受けているため、聴牌できずにいた。

 もし、神楽が聴牌して流局になると、他家はノーテン罰符を払わなければならないが、栄子の能力で誰も25000点以上は奪われない。そのため、神楽の聴牌も阻止されることになる。

 結局、この局は全員ノーテンの流局となった。

 

 

 東四局流れ四本場、栄子の親。

 もうゴミツモ和了りもできない。

 栄子が親である以上、ゴミツモは芝棒を含めて栄子に900点の支払いを課すことになるが、それでは25000点以上失わせることになる。

 現状、栄子の能力が完全発動している以上、それは許されない。

 

 神楽の第一打牌は{白}。

 一応、まだハーベストタイムに向けての準備は継続できている。

 

 ここまでの神楽(衣)の第一打牌は、順に{中}、{白}、{中}、{發}、{南}、{東}、{發}、{白}。

 分かりやすく入れ替えると、{白白發發中中東南}。

 このまま南三局まで流局しても、ここに三枚加えられる。日本チーム優勝のためにも、衣としてはハーベストタイムを、より確実な形にしたい。

 

 この局も、衣の一向聴地獄と栄子の能力に支配され、誰も聴牌どころか鳴くことさえもできないまま海底牌を迎えた。

 海底牌をツモるのは桂英。

 しかし、桂英には衣の一向聴地獄を跳ね返すだけの力は無い。

 結局、この局も全員ノーテンで流局となった。

 

 

 南入した。

 南一局流れ五本場、桂英の親。

 衣の一向聴地獄と栄子の能力は当然健在。となると、誰も聴牌できずの状態が続く。

 一応、神楽は第一打牌で白を捨てることができ、ハーベストタイムに向けての準備は、さらに一歩進められた。

 しかし、栄子の能力による阻害を受ける中、本当に最後の最後でハーベストタイムは発動できるのだろうか?

 衣(生霊)としても少々疑問が残るが、今は発動できると信じるしかない。

 それにもし発動できなかったとしても、最悪、今の点数のままオーラスまで流局してくれれば前半戦を100000点近くリードした状態で後半戦に向けて折り返すことができる。

 …

 …

 …

 

 この局も前局と同様、全員ノーテンで流局となった。

 まさか、大将戦で、こんなおとなしい場が三回連続で続くとは、誰も予想していなかった展開だ。

 

 

 南二局流れ六本場、シャルロットの親。

 神楽の第一打牌は{中}。

 

 場が進む中、幻の中で、衣の全身に棘が刺さる。衣は、もう痛くて動けない。

 しかし、神楽との約束は、まだ果し切れていない。ハーベストタイム完全形が神楽から依頼されている内容だ。

「(透華。助けて、透華…。)」

 衣は、そう心の中で叫んだ。

 

 この時、病院のベッドの上で眠る衣の本体は、

「透華。助けて、透華…。」

 うわ言のように透華に助けを求めていた。

「衣、どうかなさいましたの?」

 ベッドの脇で衣を看病していた透華が、衣の手を握った。

 そして、

「しっかりなさいまし、衣!」

 そう叫んだ直後、透華は目を開いたまま動かなくなった。気を失ったのだが、その雰囲気は、まるで蝋人形のようだ。

 まさに、それと入れ替わるかのように、衣が目を覚ました。

「透華!」

「…。」

 衣の声に透華は反応しない。

 しかし、衣には全て分かっていた。

「透華…。衣を助けてくれたんだな。ありがとう…。」

 この時、テレビに映し出される映像では、丁度南二局が流局したところだった。これより神楽の親番が始まる。

 衣は、透華の手をしっかりと握り締めた。

 

 

 南三局流れ七本場、神楽の親。

 栄子は、急に神楽の雰囲気が変わったのを察知した。

 今までの衣の出す雰囲気には恐ろしいものがあったが、今の雰囲気は、それを遥かに凌駕する。

 フレデリカでさえ、ここまでのオーラは持ち合わせていない。

 

 今、神楽の中には衣と入れ替わりで透華の生霊が入り込んでいた。しかも、いきなり治水状態に入っていた。

 栄子は、体感温度が下がっている気がした。

 

 神楽の冷たい視線が栄子を捕らえた。

 すると、栄子の目に、能力者が見せる幻が映った。

 そこは全てが凍結した絶対零度の世界。

 棘の檻には、衣の代わりに別の女性………透華が入っていたが、透華の身体に棘が触れた瞬間、棘の檻が粉々に砕け散った。

 そして、それと同時に、

「ドドン!」

 栄子に向けて衝撃波が飛んできた。

 いや、正しくは、栄子が東三局二本場が終わった段階で、神楽(衣)に向けて放った衝撃波が今になって跳ね返ってきたのだ。

 これは、今の神楽が栄子から25000点以上削る力があることの証明でもある。フレデリカ以外では、こんな相手は初めてだ。

 

 神楽(透華)は、無表情のまま、

「では、はじめます。」

 とだけ言うと第一打牌、{東}を切った。

 

 栄子は嫌な予感がしてならなかった。

 まさか、棘の檻………棘の城壁が崩れ去るとは思ってもみなかったし、それ以上に、神楽から放たれる凍てつく感じのオーラが恐ろしくてならなかった。

 

 場は、非常に平静を保っていた。

 誰も鳴けない。

 リーチもかからない。

 ただ、牌を捨てる音だけが対局室に響き渡る。

 そして、中盤に入ったその時、

「ツモ。2600オールの七本場は3300オール。」

 神楽(透華)が静かに和了った。

 ただ、タンピンツモドラ1の凡庸な手で留まっていることが、他家にとっては、まだ救いなのかもしれない。

 

 南三局八本場。神楽の連荘。

 神楽の第一打牌は{發}。まだハーベストタイムに向けての準備は継続中だ。

 

 ここでも凍てつく寒さと静寂さが全てを支配する。

 そして、その空気を作り出す者の強力な支配力によって、桂英もシャルロットも栄子も聴牌どころか一向聴にすら到達できない。

 

 気が付くと、

「ツモ。」

 またもや神楽にツモ和了りされていた。

「2600オールの八本場は3400オール。」

 またもやタンピンツモドラ1。

 派手な和了りではない。しかし、確実に点を毟られている。栄子にとっては、やはり驚異的な存在と言える。

 

 南三局九本場。

 神楽の第一打牌は{南}。

 この時、神楽の顔からは完全に血の気が引いて真っ白になっていた。生きている人間の感じがしない。

 そして、この局も、

「ツモ。2600オールの九本場は3500オール。」

 前二局と同様の手を神楽に和了られた。

 

 南三局十本場。

 神楽の第打牌は{東}。

 これを病院のベッドの上でテレビを見ていた衣は、

「とうとう透華がやってくれた。あとは、タカミの力を信じるだけだ!」

 そう言いながら透華の手を握る手に力が入った。

 

 神楽の顔色は、さらに酷くなった。白を通り越して、本当に蒼い。

 もはや死人同然だ。

 

 七巡目、栄子は神楽の手から聴牌気配を感じ取った。

 今の神楽は治水状態の透華が全身を支配しているので完全無表情であり、一切聴牌気配を出さない。

 ただ、栄子の能力は、煌に似た能力だけでは無い。愛宕洋榎のような和了り牌を察知する能力も備えている。

 つまり、洋榎+煌のスーパーディフェンスだ。

 この優れたディフェンス能力によって神楽の聴牌を察知したのだ。

 

 次巡、栄子は神楽がツモ和了りした雰囲気を感じ取った。しかし、神楽は和了りを宣言せずにツモ切りした。よく分からないが、和了り放棄だ。

 その後も、神楽は和了りを放棄し続け、気が付けば流局していた。

 そして、

「「「ノーテン。」」」

 桂英、シャルロット、栄子の三人がノーテンを申告して手牌を伏せたのを見届けると、

「ノーテン。」

 神楽は、一瞬ニヤッと笑って見せたかと思うと聴牌しているはずの手牌を伏せた。ノーテン罰符放棄だ。

 これにより、神楽の親は流れる。

 が、その直後、神楽は気を失って卓に突っ伏した。

 

「大丈夫かね!?」

 審判の一人が神楽のほうに駆け寄ってきた。

 しかし、その数秒後、神楽は何事も無かったかのように起き上がった。

「大丈夫です。すみません。」

 この時、栄子は、また神楽の雰囲気がガラッと変わったことに気が付いた。

 少なくとも、今まで見せていた凍てつく雰囲気とは全くかけ離れている。

 

 丁度この時、衣の傍らでは、

「あれっ?」

 透華が目を覚ました。ただ、妙にダルい。

 ノーマル状態の透華は、治水状態の透華の記憶が無い。なので、今まで何がどうなっていたのか、全然分からないでいた。

 ただ、自分の手をしっかり握り締めながら衣が、

「ありがとう透華。衣のために…。」

 と言いながら嬉し涙を流しているのを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 

 

 オーラス流れ十一本場、栄子の親番。

 既に、神楽の中には尭深の生霊が入っていた。

 

 この半荘開始時から今までの神楽の捨て牌は、{中}、{白}、{中}、{發}、{南}、{東}、{發}、{白}、{白}、{中}、{東}、{發}、{南}、{東}の十四枚。

 これは、神楽の配牌が、

 {白白白發發發中中中東東南南}

 となり、第一ツモが{東}となることを意味する。

 すなわち、地和大三元字一色四暗刻、32000、64000の四倍役満。

 これを和了れば大将戦での勝利は絶対確実だ。

 後半戦には、まだ登場していない生霊………憩や穏乃がいる。東場を憩が守り、南場を穏乃が守れば日本チームの優勝だ。

 それに、神楽の能力が発動していれば相手の手牌が完全に透けて見える。少なくとも振込むことは無い。

 衣は、そう信じ切っていた。

 

 神楽の配牌は、予定通り{白白白發發發中中中東東南南}。

 しかし、配牌が終わった直後、

「ドドドン!」

 今までに無い強烈な衝撃波が神楽を襲った。透華が入ったことで一旦栄子に押し返したはずの衝撃波が、利子をつけて神楽のほうに舞い戻ってきたのだ。

 それと同時に、

「流します。」

 そう言いながら栄子が手牌を開いた。

 

 開かれた手牌は、

 {一三七九①④⑨1589東西北}

 九種九牌だ。

 

 残念ながら、これで超特大ハーベストタイムは潰された。

 尭深の能力を受け切った上で、栄子の能力は、尭深の能力による強大な力を巧くかわしたのだ。巧く逃げ切ったと言うべきか。

 そして、

「十二本場。」

 栄子が連荘を宣言した。

 本大会のルールでは、九種九牌によって流された場合は芝棒が増え、そのまま親が連荘することになっていたのだ。

 

 オーラス十二本場。

 この時、神楽の身体に異変が生じていた。

 咲をも上回る治水状態の透華を降ろしたことで、相当な負荷が身体にかかったからであろう。相手の手牌を透視する力が発動しなくなっていた。

 つまり、神楽の『絶対に振込まないはずの能力』が使えなくなっていたのだ。

 体力が回復すれば、また使えるようになるのだろうが、少なくとも尭深の生霊は、神楽の能力無しで戦わなくてはならない。

 とんでもない誤算だ。

 

 今は、どんな手でも良いから和了れば良い。尭深は、そう思っていた。

 しかし、その想いとは裏腹に神楽の中に入ったのが尭深になったことで、

「(今度入った人の能力だと、私から奪える上限は10000点程度かな?)」

 和了ることができなくなっていた。

 

 栄子は、

「(誰もトバさせない能力は解除だよね。今の日本の人、何も出来そうにないし………。)」

 能力を自分から他家が奪える点数のみに設定し直した。能力の無駄遣いは避けるべきとの判断だ。

 

 そもそも、今、栄子は34500点失っている。

 つまり、栄子の能力は、栄子がどんな暴牌を打っても振り込まず、栄子にノーテン罰符も発生させない方向に作用する。

 少なくとも、その強制力で85000点を超えるまでは、栄子から一切点棒は奪われないはず。

 当然、無茶な手を作りに行く。

 こう言った形で、栄子はオーラスに大きな手を和了って逆転することが多い。このことは、ドイツでは『リラの鉄槌』と呼ばれている。

 

 そして、とうとう神楽(尭深)が捨てた牌で栄子は、

「ロン。12000の十二本場は15600!」

 親満を直取りした。

 これで栄子の点数は81100点になったが、まだ栄子が和了る強制力は続く。

 

 オーラス十三本場。ドラは{⑧}。

 この局では、栄子の配牌に19牌が多かった、

「(これは、勝負だよね?)」

 当然、ここでも栄子は無茶な麻雀を展開することにした。

 絶対にノーテン罰符も発生しない。なので、どんな無謀な手でも絶対に聴牌できる自信が栄子にはあるのだ。

 そして、その栄子のムチャ振りに応えるかのように、栄子のツモは動きを見せる。

 

 中盤に入った。

 この時、神楽(尭深)は、

 {三四[五]③④[⑤]⑧⑨34[5]67}  ツモ{⑧}

 

 {⑨}を切って聴牌。

 しかも最高でタンピン三色ドラ5の倍満だ。

 当然、{⑨}を切った。普通、誰でもそうなるだろう。

 しかし、

「ロン。」

 栄子は、この{⑨}を見逃さなかった。いや、正しくはリラの鉄槌が発動し、神楽に{⑨}を切らせたのだ。

 

 しかも開かれた手牌は、

 {一一一九九九①①①⑨111}  ロン{⑨}

 清老頭四暗刻だ。

 

「96000の十三本場は、99900です!」

 この和了りで栄子は、一気に超特大トップに躍り出た。

 そして、

「これで和了り止めにします。」

 連荘を拒否して半荘終了を宣言した。

 

 これで大将前半戦の点数と順位は

 1位:栄子(ドイツ) 181000

 2位:神楽(日本) 88000

 3位:桂英(中国) 65500(席順による)

 4位:シャルロット(アメリカ) 65500(席順による)

 栄子が神楽に100000点近い点差をつけて折り返すことになった。




おまけ


九十六おまけの続きです。
エイスリン&司馬懿仲達と言うとんでもない組み合わせです。
途中までは御堅いストーリーです。

今回は、エイスリンの親友、塞が登場しますが、塞は地球史上、最もとんでもないことをやってしまいます。
急に話がムチャクチャになります。
汚い話が苦手な方はブラウザバックをお願いします。



5.生物誕生って、それかよ!

それから数日が過ぎた。
時は正月。
元の歴史で言えば、曹操が脳腫瘍で命を引き取るまでの秒読み段階に入る頃だ。

今や曹操は、二十二世紀の医療ですっかり全快し、正月開けの呉討伐に向けて意気揚揚としていた。

この日、洛陽城では宴席が儲けられていた。
華陀亡き今、西暦220年の科学力では、曹操が侵された悪性脳腫瘍を完治させることは到底不可能であった。それこそ、現代医学でも完治は極めて難しい。
この宴席は、その難病を全快させてくれたエイスリンに対する曹操の感謝の気持ちが込められていた。
なお、今回の功績で司馬懿が大きく株を上げたのは言うまでも無い。


後に乱世の奸雄とまで言われた曹操であったが、他人に一切の恩義を感じないような人間ではなかった。
彼は、彼のために大事を成し遂げてくれる人間を大切にしていたし、能力のある者は年齢を問わず重臣に採用していた。

この時代、女性が政治や戦に口を出すことは、基本的に有り得ないことであった。それゆえに曹操としてもエイスリンを重臣に置くことに躊躇いがあった。
しかし、エイスリンに発言権を持たせる方法がまるっきり無いわけではなかった。曹操が、彼女を側室に迎えれば、ある程度の権力を彼女に与えることが可能なのだ。
勿論、そうすれば当時の中国では見られない青い目の金髪女性を相手に曹操も楽しむことが出来る。
彼にしてみれば、まさに一石二鳥であった。
「エイスリンとやら。ちょっと良いかな。」
「何でしょうか、魏王様?」
「ちょっと、中庭の方にだな…。」
曹操は、既に66歳であった。
さすがに、この年で異人であるエイスリンに自分の妾になれと言うのも周りに対してテレがあった。
それに、少なくとも人前で口に出す言葉でもない。

人払いをしても、それはそれで周りに対して見え見えである。
それで彼は、あたかも客人を相手にしているかのようにエイスリンを中庭に連れ出したのだ。

底冷えするこの季節、好んで外に出ようとは思わない。
ならば、何故曹操ほどの権力者に外に連れ出されたのか、勘の良い女性なら曹操の意図が判るだろう。
しかし、エイスリンは、その辺に疎かった。
それどころか、曹操には目もくれずに呉との闘いに、どのような手を使おうか考えていたのだ。
「(第二時世界大戦で使われた核は、後が大変だし、第一時世界大戦でナチスドイツが使った塩素ガスは、呉よりはむしろ蜀に使う方が効果的かしら…。どうしよう…ニトロでも使おうかしら。タイムマシーンの発電機を使えば電気分解で水素が取り出せるし、白金があれば空気中の窒素と反応させてアンモニアが出来るはず。これをオストワルト法で酸化して硝酸にして…。)」
もしかすると、エイスリンは少し危険な人かも知れない………。


突然、塀の上から鋭い二本の弓矢が放たれ、そのうちの一本が曹操の脳天に深く突き刺さった。
そして、次の瞬間、もう一本が、エイスリンの左胸を貫いた。
いくらなんでも脳天に矢が突き刺さっては曹操とて生きてはいられなかった。その場に倒れ込み、そのまま息絶えてしまった。

エイスリンも心臓を貫かれては、もはや死を待つしかなかった。
今からタイムマシーンに乗り込んで医療ベッドに横たわり、治療を始めるだけの余裕は無い。そうこうしている間に脳死状態に陥るのは目に見えていた。

エイスリンが、最後の力を振り絞り、矢の飛んできた方を振り返った。
すると、塀の屋根の上に、一人の女性が涙を流しながら立っている姿が目に飛び込んで来た。
「も…もしかして…塞?」
その女性は、エイスリンの高校時代からの親友、臼沢塞であった。
彼女も、エイスリンと同じように調査員に選ばれ、歴史調査に当たっていたのだ。

塞は、タイムマシーンの故障から歴史に干渉せざるを得なくなったエイスリンと、曹操の暗殺を本部から指示されていた。
歴史を守るため、嫌な仕事だがやらなければならない。
「ごめん、エイスリン…。」

時代に干渉してしまった以上、エイスリンは、いずれこうなることは分かっていた。

いや、本当は、その前に自害していなければならないだろう。
しかし、自害する勇気が無い彼女は、いっそのこと誰かに殺されるか、それとも歴史を修復する機会を狙いながら司馬懿を失脚させないためにある程度の手柄を曹操の元で立てるか、この二つしか選択することが出来なかったのだ。

そして、今、親友の塞が自分を殺してくれた。
しかも、曹操も元の歴史と同じく正月に死を迎えることになったのだ。

もう、これ以上歴史を狂わせずに済む。
そう思うと、彼女の目に嬉し涙が溢れてきた。
「塞…、ありが…。」
この言葉を最後に、エイスリンの脳波が停止した。


曹操とエイスリンの死を確認すると、塞は塀から外に飛び降りてタイムマシーンに乗り込んだ。
「本部ですか? こちら塞。」
「塞か。エイスリンの方はどうなった?」
「指示通り、曹操とエイスリンを暗殺しました。」
「御苦労。これで歴史は守られるだろう。しかし、済まなかったな。こんな仕事まで遂行する羽目になって…。」
「いいえ。歴史調査員になった時から、最悪の場合、こういったこともあると覚悟していましたから…。」
「そうか…。では、塞。次の指令だ。無事に晋が建国されることの確認を頼む。それからその後、一旦、38億年前まで遡って海洋調査をしてくれ。」
「分かりました。」
「その後、5億3千万年前、カンブリア期に飛んで、アノマロカリスやオパビニアなどの古代生物の姿形を映像に収めてきてくれ。それからCTも。」
「了解です。」
塞は、一先ず未来に向けてタイムワープを小刻みに行ない、220年以降に歴史的事件のあった年を掻い摘んで280年まで様子を探って行った。

曹操とエイスリンの死後、曹操の長子である曹丕が魏王位を継いだ。
そして、時の皇帝であった献帝に帝位を禅譲させて大魏皇帝の位につき、洛陽に遷都を行なった。

司馬懿を含む曹丕の側近達は、曹操が何者かに殺されたことを隠蔽した。
曹操が暗殺されたのでは、周りの志気に影響すると踏んだのだ。彼等は、曹操が洛陽城で昨年末から続いていた頭痛により病死したと記録した。

234年には、司馬懿が蜀の諸葛亮孔明と五丈原で対峙した。
司馬懿は、その後、曹爽に大将軍の座を奪われることとなったが、249年にクーデターを起こし、再び実権を握り丞相となった。
その2年後に司馬懿は没するが、その長子である司馬師が実権を握った。

司馬師の死後、弟の司馬昭が魏の実権を握り、263年には蜀の劉禅が魏に降伏、264年には、ついに司馬昭が晋王を名乗ることとなった。
265年、司馬昭が没した後、息子の司馬炎が魏帝に帝位を禅譲させて晋帝となった。
そして、280年には呉の皇帝孫皓が晋に降伏し、晋が中国を統一した。



塞は、歴史が軌道を修正したことを知り、安心して38億年前までワープした。
受けた指令は、この時代の海洋調査。海面と水深10メートルのところの海水サンプルを両方とも採ってくるようにと言われていた。
ただ、この時代は、まだ生物がいないはず。細菌が誕生しているかどうかと言ったところではないだろうか?
細菌の発生でも確認したいのだろうか?

しかし、万が一、この時代から細菌を持ち帰ったりしては、歴史が狂ってしまうのではないだろうか?
その細菌から生物は進化して行くと思われるからだ。


本部の指示に従い、塞は、まず薬を飲んだ。海水が冷たい可能性があるので代謝を良くして体温を維持してくれる薬と聞かされている。
そして、全裸になって特殊なクリームで全身の皮膚を覆った。
まだオゾン層が出来上がっているわけではなく、紫外線バリバリの状態である。
それで、全身を保護するために開発されたクリームとのことだ。
塞は、
「でも、なんで裸になる意味があるんだろ?」
とは思ったが、まあ、これが上からの指示だから仕方が無い。

クリームを塗り終えると、塞は、腕と胸に救命具を付けた。水に浮くヤツだ。それから早く泳げるようにするためにフィン(足ひれ)を付けた。
そして、酸素ボンベを背負ってタイムマシーンから出ると、海に飛び込んだ。
ただ、自分が生きている時代に比べて波が荒い。月が今よりももっと地球に近い位置にあるので、その引力の影響だろう。

急に塞はトイレに行きたくなった。しかも、小ではなく大だ。
さっき飲んだ薬は、どうやら下剤だったようだ。代謝を良くして…なんて嘘だ!
ただ、さすがに漏らすわけには行かない。この原始の海に自分の体内に生息する腸内細菌をブチまけるわけには行かない。

彼女は、急いでタイムマシーンに戻ろうとしたが、何故かタイムマシーンが彼女から遠ざかって行く。
誰かに操作されているのだろうか?←本部によって操作されています
「ちょっと、待って、ちょっと………。」
だめだ、もう耐えられない。
「ああ………、もう……ラメ………。」


まこ「効果音はカットじゃ!」

塞「飽くまでも、そう言う役を演じているだけだからね! 本当は、お漏らしなんか、していないんだから! ご…誤解しないでよね!」


やってしまった。
塞は、まだ誰もいない地球の海に、汚物を撒き散らしてしまった。しかも、波が激しくて回収すらできない。
いや、それ以前に、今回のは硬い固形物の状態ではない。なので、そもそも波が緩やかであっても回収不能だ。
自己嫌悪に陥りながら、何とか塞はタイムマシーンに戻ってきた。
すると、何故かモニターが本部と既に繋がっていた。
「一つ目の任務は完了できたようだな。」
「へっ?」
「つまりだな…。君が過去の地球に細菌を置いてくることが、与えられた任務の一つだったのだよ!」
「はぁ?」
「そもそも、生物の自然発生なんて10の40000乗分の一の確率とか言う人がいるくらいだ。起こるわけないだろう? 後の世界から人為的に持ち込まれたと考えた方が理にかなってないかね?」
「(なにそれ?)」
なんのことはない。
この後、塞の汚物から生物は進化して行くのだ。
塞が選ばれたのは、単なる上司の趣味である。
腰のラインで選んだと言う噂もある。

しかも、この上司、外部モニターで塞が海でナニをしていたのか覗いていやがった。
最低なヤツだ。
「重要な仕事を成し遂げたんだ。名誉なことだぞ!」
「でも、この時代には存在しないはずの菌も含まれているんじゃ………。」
一応、塞は、ハラワタが煮えくり返りなからも、感情を抑えながら上司と冷静に話をしていた。偉い娘だ。
それに対し、
「その点は大丈夫だろう。その時代の環境で菌が取捨選択されるだろうし。それに、きっとその時代の気候に順応するように菌も進化するだろうからね!」
と軽い口調で言う上司。
うーん。本当に良いのだろうか?


その後、塞は、
「私の汚物が地球最初の生物だなんて…。完全に黒歴史だよ。消えて無くなりたい。」
ブツブツ言いながら5億3千万年前に時代設定を行ない、タイムワープに入った。


長いタイムトンネルを抜けて、赤茶けた大地と青い海の世界にタイムマシーンが姿を現した。目的とするカンブリア紀に到着したのだ。

この時代、まだ生物は植物さえも上陸を果たしておらず、大地は、その赤茶けた色を剥き出しにしていた。

塞のタイムマシーンが海上に舞い降りた。
そして、今度は宇宙服のようなゴツイ装備を身に着けてタイムマシーンの扉を開けた。
この頃の大気も、まだ人類が地球上に姿を現した時代とは構成比が異なっていたと考えられている。当然、装備が必要であることは言うまでもない。

今は、バージェス動物群で溢れている時代。
その動物達は、恐らく、全て塞の汚物から進化したものだ。
さすがに、それを思うと気が滅入る。

彼女は、指令遂行のため、アノマロカリスをはじめとする古代生物の観察を行なおうと海を覗き込んだ。
しかし、宇宙服が災いの元でもあった。結構な重さなのだ。
彼女は、バランスを崩して海の中に落っこちた。

そこは、余り深くなく、せいぜい2メートル程度の深さであった。ところが、宇宙服が錘となり、彼女は、そのまま底にしりもちをついた。
「プチッ…。」
何かを潰した音がした。
その直後である。
突然、彼女の身体が宇宙服ごと足の先から順に消えて行ったのだ。そして、数秒後には頭まで消え、完全に彼女の存在そのものがなくなってしまった。
ある意味、消えて無くなりたいとの願いが叶った瞬間でもあった。

海に浮かんでいたはずのタイムマシーンも、まるで鉛筆書きの絵を消しゴムで消して行くようにその姿がなくなっていった。

この時代よりも、さらに2000万年前に、ハイコウイクチスやミクロンミンギアと呼ばれる、広義で言うところの最古の魚類が誕生していた。
そして、この時代にも、その子孫となる生物が生息している。
この生物こそが、今の魚類、両生類、爬虫類、哺乳類へと進化していった(ことにしてください)。
塞は、偶然にもこの生物の一匹を尻で潰してしまった。素早く泳ぐ生物と考えられてはいるが、現在の魚ほど俊敏ではないのだ。

そしてまた不幸なことに、彼女が潰した個体こそ、数あるその生物の中から人類にまで進化していった先祖の一つだったのだ。
この生物を殺してしまっても、別に人類誕生そのものには影響無い。
しかし、その生物の血統が失われる以上、子孫の歴史は尻上がりに大きく変わって行くのだ。恐らく、人類誕生の頃には、まるっきり違う歴史が展開されているだろう。

となれば、当然、塞は誕生しなかったし、彼女がここにタイムマシーンで来ることも無かった。
勿論、エイスリンも曹操も司馬懿も誕生しなかった。


それ以前に、38億年前の海に菌を散布することもなかった。
全地球の歴史が、原点から違う道を積み重ねることになってしまったのだから…。






咲がテレビを見終わった。


咲「結構、最後はブラックだったね、これ。それに、最後は三国帰一とは全然関係ないじゃん?」

咲「ブラック創世記って感じだね!」

咲「でも、私達が塞さんの汚物から誕生したなんて………。」

咲「この手のネタ、京ちゃんとかは興奮するかもしれないけど………。」

咲「でも、そうか。塞さんが消えちゃったから、生物の祖は塞さんの汚物じゃなくなるのか。すごいタイムパラドックスだね!」

咲「でも、誰の汚物になるんだろう?」


いや、それは汚物から離れて良いと思う。

いずれにせよ、最低な結末だった。




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