恋愛というものが対等な関係を前提とするものだとしたら、やはり私にはそれがわからない。恋愛というものが互いに立つべき性別を明らかにしてするとのだとしたら、やはり私にはそれがわからない。
自慢ではないが、魅力的だと言われたことはそれなりにある。私を慕ってくれる者も、手紙をくれる者もいた。
でも、後にアイドルになってみてわかったのだ。それは、アイドルで言う「ファン」と変わらない関係性であったと。ほとんどが、私と直に触れてその本当の姿を受け入れることを前提に考えていないと。
いつだって、私と皆の間には壁があった。私と皆の関係を作る上で欠かせない壁。いや、檻とも言えるか。私は、触れられることも、触れ返すことも許されない結界の中に佇む様に、ただただ羨望の眼差しを受けてきた。
むしろ、壁があるからこそ私はああも眼差しを受けていたのかもしれない……その壁を通せば、私は彼女ら、彼らの理想とする「東郷あい」に変換されてしまうのだから。
そう。だから私が自ら壁を破ることは求められなかった。許されなかった。そうすれば、皆の幻想を壊してしまうから。私は、誰かを欺いたことになってしまうから。誰かの手を取ることは、他の誰かに手を差し伸ばせなくなることだから。
だから私は手を伸ばせない。手を伸ばせても、相手は反発する磁石のようにその分遠のいてしまう。壁ごと。
だから私は、普遍に対して愛を与えるしかなかった。誰もが望むように、誰もが笑うように。無差別に優しさを与え、無区別に笑顔を見せ、無条件に守り助ける。そこには何の贔屓も無かった。
私には恋愛がわからない。何も間に挟まずに互いの魅力を触れ合って確かめ合うことなどまるでわからない。許されない。
そして私は、自分が直に触れたくなる感覚もわからない。その感覚を持つ者に応えてることがなかったから。優しさを与える、守り助ける。そうする時に贔屓してやりたくなる線引きがどこかもわからない。
何故、こうなったのか。
それはきっと私が、恋愛の主体として立ち位置すらあやふやだったからだ。……恋愛が男と女、或いは女同士。そういう立場が明確な上に成り立つものなら、なおさら。
別に自分の身体にまで、大きな違和感があったわけでもない。でも、自分が属する対象として定められた「女」、それには違和感があった。
昔から、女性であることそのものよりも、女性であることへの帰属意識。それを語るのが苦手だった。女性であることを否定するとか、男になりたいとかそういうのよりも。既にある「女」に属することが違和だった。
きっと、男に生まれていてもこれは一緒だろう。男というものへの帰属意識が理解できない、そうなったはず。
何故、それを「私」が超えて、塗り潰してはならないのか。何故、「私」が男と女の両方に足を置くか、或いは真ん中にいるか。それが許されないのか。
そしてそれすら浮動的だ。時として、「女性」からより離れたくなることもあれば、時として思い出したように「女性」として認めてもらいたくなることもあった。でも、帰属すべきものがよくわかっていないから、どちらも何を叫べばいいのかわからなくて。
だから私は逃げたんだろう。同性から与えられる「王子様」という帰属対象に。そこならば、女であることへの帰属意識から逃げられる。そして、その帰属意識を前提にした恋愛からも、目をそらせた。
それが、私を私でなくすることだとは、私が私でない「王子様」という属性そのものに溶かされていくとは、最初は思わなかったんだ。
故に私は、恋がわからない。
故に私は、自分がわからない。