東郷あいにわからないもの   作:雫。

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迷いが罪を招いた日

その日は、東郷あいの高校生活最後の日であった。

 

卒業生の中でも、彼女に向けられる後輩から送られる応援と悲しみの声援は一際目立つ。主に後輩の女子からだ。あいの両手には、既に花束に占拠されている。しかし、その花束の一体何割が本当の意味で「東郷あい」に向けられたものなのか。それは自分でも測りかねる。

 

この日が近づくにつれて、届く「手紙」の量も増えて、間隔も狭まっていた。あいは自らに送られる書状を自分の中では単に「手紙」と呼称した。ラブレターかファンレターか、その区別がつかないものが多々混じっていたこともあるし、明確に線引きをするのが怖かったから。

 

しかし、今回ばかりは他の手紙と比べて異質だと認めざるを得ないものが一通混ざっていた。それは、この卒業式の日に届いたものではない。しかし、この日に特別な意味を付加するものだった。

 

あいは、黄色い声が収まった頃合いを見て、体育館裏に足を進めた。待たせてしまって申し訳ないが、最後の最後で皆を裏切る訳にもいかないんだ。そして、真剣なメッセージに全く向き合わない訳にもいかない。

 

「……君かい? あの手紙をくれたのは」

 

待っていたのは、何度か顔を合わせて言葉も交わしたことのある後輩の女子。その時の印象からすると、確か彼女は、良くも悪くも清潔を好む、そんな人となりだったか。

 

「わ、私! ずっと前から、東郷先輩のことが好きでした! 他の人とは別に、特別な関係になりたくて……」

 

告白の内容はまあ、覚悟はしていた。知識としては、この程度のことは知っている。

 

しかし、あいにはどう答えたものか、その正解がよくわからない。あいにとって好意とは、こうして直接向けられるものではなかった。

 

あいはたまに、レズビアンっぽいと評されることもある。確かに、同性に「モテる」ことは事実かもしれない。だが実際には、自身が周りにいる慕ってくれる少女たちに、どんな想いで応えているのかを確かめる機会も無かった。そして、それが男性に対する想いとどの程度の差異を持つのかも。

 

そもそも、自分が恋愛においてどの立ち位置にいるべきか、その最適解すらわかっていない。わからないまま、こうして同性(いや、本当に「同性」なのか)に囲まれることに逃げてきた。

 

「……君の気持ちは嬉しい。だが、すまないが私は……」

 

結論は、理由も定かではない結論は決まっているはずなのに、それを紡ぐ言葉は歯切れが悪い。

 

「……そうですよね、やっぱり東郷先輩ほどの人なら、もう恋人もいますよね……」

 

「いや、そういう訳でもないのだが……」

 

否定するあい。しかし、それも自分ではわからない。今のところ男性と深く付き合ったことがないことは辛うじて確かだが、通常に言われる友人関係よりも物理的に近い距離にいた女性はいない訳でもなかった。強い好意を寄せられていることを自覚することもあった。

 

だが、それがどのラインで恋人と言えるのかがわからない。そもそも、恋人というのは告白という手続きを必須とするものなのか。少なくとも、友達ならそんな手続きは不要だろう。そして、自分の中では男女の線引きもわからなかった。女性として女性と付き合う。今がそうなら、果たして男性と接近した時、その時の自分も同じく「女性」なのかもわからない。

 

好意を受け取る側に回った段階で、既に一度に多数の同性からの好意を捌き、そして男性と付き合うことが、そうした取り巻きたちの作った不文律の中でタブー化されていく。もしかしたら、あいが不器用なだけだったのかもしれない。

 

器用な者なら、そんな状況下でも然るべき恋の基本理念を学ぶ機会を得られたのか。だがあいは不器用。自身の性への帰属意識が可視化できないほどに。

 

「……東郷先輩、まだフリーだったんですね。少し安心した……あっ、ごめんなさい」

 

「いや、気にすることじゃないさ」

 

「……でも、だったらどうして私はダメなんですか? せめて……せめて、それだけでも教えて欲しいんです」

 

……そんなこと、あい本人が一番知りたかった。あいが思わず断ってしまったのは、恋人になること、ならないこと、その意味に対する理解に自身が無さすぎたから。

 

慕ってくれる女の子と二人や三人で出かけることも、エスコートしてあげることもある。

それを時として人は「疑似恋愛」と呼ぶ。しかし、「疑似」恋愛だけを周囲に応えてこなしてきたあいには、その線引きが、そもそも「疑似」が成立するものなのか、そして恋愛というのがどう特殊性を帯びるのか、それがわからない。疑似恋愛の中であいがしてきたことは、自然なことで、人のためには当たり前だと思ってできること、そして相手が笑ってくれることに過ぎなかった。それだけで、「疑似恋愛」は成立してしまっていた。

 

「……同性同士だからですか? それとも、私個人が嫌いだからですか?」

 

「……違う、決して君のことが嫌だという訳ではないから、安心したまえ。もちろん、同性というだけの理由で拒絶するつもりもない」

 

そもそも、同性同士と言えるのはどこまでなのか。その答えすら持っていない。男と女のどちらにも帰属し得ない者同士なら、それは同性と言えるのか。そんな問いかけが、自分の中で反響し続けるのみ。

 

「……じゃあ、どうして……?」

 

その問いへの答えは、あい自身にもよくわからないもの。

 

「……私には、君の愛を受け止められるだけの自信も、応えきる保証も無い。私には、そういう土壌が無いんだ、恥ずかしいことにね。だから、君を悲しませてしまう」

 

あいに言えるのは、ここまで。自分が不得手なもので応えても、期待を裏切るだけ。でも、それ以上のことは言えない。わからない。わかるなら、この結論にはならない。

 

「……何でですか? 東郷先輩は、いつだって、私にも皆にも優しくしてくれて、頼りになって、リードしてくれるじゃないですか? なのに、何でそんなことを言うんですか?」

 

「……何で、か。何でだろうね……私にもわからないんだ、こればかりは。わかってしまうことが幸せなのか否かも、ね……」

 

既に、傷つけているのかもしれない。ここまで踏み込まなければ、いつものように、壁越しに接していれば、決して傷つけることなどない一人の少女を、私は今まさに傷つけているのかもしれない。

 

だからあいは、こんな曖昧な、ともすれば言い訳にすら聞こえそうな応えからはもう逃げたかった。

 

「……私には東郷先輩の言っていることがよくわかりませんが……でも、先輩は私のことが嫌いとか、そういう訳じゃなくて、先輩なりの理由があるってことなんですね?」

 

そうだ、とは安易には言えない。

 

「……じゃあ、私いつまでも待っています。先輩といつかまた会う日まで、私は東郷先輩のことを忘れずに生きていきます。だから、先輩も私のことを覚えていてくれませんか?」

 

再び会った時に答えが変わっていることを期待する、ということだろうか。

 

自身の恋愛についての不甲斐なさをさらけ出してでも聞き返そうかと思った時には、少女は既にあいに背を向け、走り出していた。

 

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