東郷あいにわからないもの   作:雫。

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出会いも崩壊も唐突に

出会いがあったのは、復学してある程度の単位を確保し、同級生となった後輩たちとの関係もある程度落ち着いてきた頃。バーでサックスを演奏していた時に、一人の男に話しかけられた。

 

そのバーは、例のカフェのマスターに紹介してもらった「居場所」の一つだ。自分を偽る日常とは切り離され、そしてまた別に自分を偽る場所。あいは酒が飲めない。だからこそ、酒場という場に完全に同化することなく、自身がそこに在る実感を得られる。そんなところで自分に特別に関心を持つ者の目的は何か。

 

最初は、からかわれているなと思った。アイドルにならないか、だって? アイドルというのは、男性の求める偶像を演ずるものだろう。どうして、初歩的な恋愛の概念すら理解せず、自身の同一性の浮動すら克服できず、同性の要望に流されるがままにいることに逃げてきただけの自分にできようか、と。

 

なればこそ、この男が私をスカウトするというのも、一般的に言う女性的な魅力が無いことを踏まえた上でリアクションを試しているか、或いは一面的な外見だけで判断しているかのどちらかだろう。あいはそう思って、やんわりと断った。

 

しかし男は良く言えば熱心に、悪く言えばしつこくバーに足を運んでくる。そして繰り返す、あなたにはあなたにしかない魅力がある、万人を魅了できる可能性を秘めている、と。

 

万人、つまり老若男女。あいは人の感性を男女で分けて考えるのは好かないが、実際問題、今まで、特定の女性に常に囲まれてきた。それが答えだとは思うが、逆に言えば、反証をする機会も無かったことも事実だ。

 

「……君がそこまで言うなら、やってみようじゃないか」

 

……返答の仕方は虚勢を張った気もするが、要するに、今まで自然に出来上がった籠の中でしか培えなかった、自分の魅力とか対人能力がそこまで世に通ずるものだというなら、それを見せて欲しいというのが本音だった。

 

私が、ただ一部の女性の要望に応えて「王子様」を演じてきたことが無駄ではない、そうならそう言って欲しかった。そこに「私」がいるなら、性別にも「王子様」という幻想にも帰属することなく、ただありのままで魅力を振り撒ける「私」がいるなら、それを見せて欲しかった。

 

それ以外に、あいが自分を見つける術はないと思った。だって自分は、自身の浮動性すら周囲に求められる楽なキャラクターに身を投じるうちに見失いかけていたのだから。

 

私は誰なんだ、それに近づく、最後のチャンスかもしれない。

 

……名刺を受け取ったあいはオーディションに参加する。能力面では問題無くパスした。サックスをやっているお陰で音感は磨かれており、体力もある方だから歌やダンスの実技には基準を満たし、ヴィジュアルなども問題無し。

 

……問題があるとすれば、晴れてアイドルになった後の在り方だ。それは、あいをここに引き込んだ張本人も気づいていたようで。

 

そう、ここで出会いがあった。プロデューサーが、あいに引き合わせた一人の女性。

 

その名は、木場真奈美。

 

「私は木場真奈美だ。プロデューサーに言われて来たんだが……君と組むようだな」

 

そう言う彼女は、あいと同様に中性的な印象を与える。しかし彼女のそれには浮動性は無かった。

 

むしろ、浮動性どころか、自身を起点に全てを固定し、支配するかのような強さ。あいには決して手の届かない強さ。

 

もし、真奈美が自分と同じようなイメージを持たれながらも、恋愛も性別も超えて確固たる自分の在り方を確立しているのであれば、それはあいにとって参考になるのだろうか。それとも、それが決して手の届かないものであったと知った時、自分をさらなる自我の混沌へと引きずり落としてしまう存在になるのだろうか。

 

何にせよ、あいはここに来た。そして彼女と出会った。それは、自分が存在して良い領域を確認するために。

 

 

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