陰日向にて笑う。   作:アウトサイド

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ビッキーが反抗期を迎える前のお話。
日影にて出会う。


 空が重い。体が重い。空気が重い。

 

 思い。想い。重い。ああ、何もかもがしがらみに思える。息を吸うのも、一歩を踏み出すことも、まして生きることさえも今の私には重くて仕方がない。だけど、歩かなくちゃ。そう一心に歩みを進める。

 

 どこに? どうして?

 

 問いはある。答えは知っている。でもって、だからといって、ああ。やるせなさが心を打つ。

 

 何をしているんだろう。何がしたいんだろう。どうすればよかったんだろう。

 

 問いにこたえる。どうしようもなかったんだと。

 

 そうだ、仕方がなかった。みんなの怒りは正しくて、私の命は間違いで、私だけが許されない命だった。そんな理不尽を押し付けられて、それでも笑って生きようと頑張ってみたけど、それだって限界はあった。私が生きることは罪なのだろうか?

 

 自問自答、それに苦笑する元気もなく、涙する一滴すら零れやしない。

 

 “八百万 異の血啜り鳴く ホトトギス”

 

 命なんて無数にある。数知れず、私の知らない人たちが、私の知らない幸せと不幸を味わっている。そうだ、だから私は許されなかった。多くの人が死んだ中、私は生き残ってしまった。生き残ろうと必死だったあの骸の中に埋もれることなく、悲劇のスポットライトを当てられた。

 

 どうして生き延びてしまったんだろう。そんな自問自答には、もう疲れてしまった。日常での誹謗中傷は当たり前の毎日、怯えて卑屈にならないように守ってくれる母と祖母。頑張ることはできた。頑張ったけど、それが報われなかっただけの話。

 

「ここ、どこだろう……」

 

 気が付いたら、知らない場所に来ていた。いつも通りの周囲の言葉に下を向いて、人のいない方、人のいない道を選んだ結果、山道に向かっていったのは覚えている。あとは自分でも知らない間に、足に肉刺ができるくらいには歩き続けていた。

 

「雨……」

 

 こんな天気だ。雨だって降るだろう。問題は、自分が雨ざらしのままでいることか。だが、それを気にする余裕だって私にはなかった。いや、正確には気にするという気にすらなれなかった。濡れたところで何が変わる? 水をかけられたことだって一度や二度じゃない。薄汚いなどと、濡れネズミ扱いされたことだってもう十分だ。

 

 だから、人のいない今は濡れていたい。一人でいたい。

 

「でも、お母さんには迷惑をかけちゃうな……」

 

 迷惑? そんなもの、私が一緒にいるせいで散々にかけているだろう。生き残ってしまった私のせいで、お母さんにだって誹謗中傷の波は少なからずあった。生きていることを嘆くつもりはない。生きろと願われたこの命を、そう簡単に無駄にするつもりはない。

 

 そう、思っていたのに……。

 

「どう……すれば、よかったのかな……?」

 

 途切れ途切れの言葉に、自分が泣いていることに初めて気が付いた。雨とは別のぬくもりが頬を伝う。けどそれは、冷たい雨に誘われてすぐに熱を奪われていく。鼻をすすりだすと、いよいよ涙を止めることはかなわなかった。喉から声が出る。悲痛な叫び。聞いていて自分の胸が苦しくなるような、そんな慟哭。

 

 多分、以前の自分なら駆けつけていたのだろう。親友に言わせれば、自分は正義感が強いらしい。でも、そんな助けを呼ぶ声は自分から洩れていた。雨が降っているから、いくら泣いても許される。誰もいないから、いくら叫んでも届かない。

 

 助けてほしいのに、その声が聞こえないことにまた涙する。

 

「ひぐっ、助けてよぉ……もう、嫌だよぉ……っ!」

 

 徐々に歩く速度は速くなり、今ではもう雨の中を全力で駆け出していた。前なんて見ちゃいない。雨で、涙で、絶望に項垂れて前なんて見えちゃいなかった。靴はずぶぬれ、いや、全身が雨に濡れて肌寒さを覚える。それでもこの体は熱を持っている。走り続けて、雨に奪われて、ようやく自分が生きていることを実感している。だけど、そこになんら喜びはなかった。

 

 ノイズの大災害に襲われて、病院で一命をとりとめたとき、家族と一緒に泣いた。泣いて喜んだ。でも今は違う。泣いて、泣いて泣いて――苦しんでいる。命に、苦しんでいる。体の中で動く熱に、口から洩れる吐息に、涙するこの瞳さえも私を苦しめ続けている。

 

「ああ、いっそ……」

 

 いっそのこと、このまま逃げてしまえたら。でも、そううまくはいかないのは知っている。ノイズは簡単に人を亡き者に変えてしまう。だけど、本当ならそうじゃないんだ。生き残ってしまった自分がよく知っている。生きたいと強く願い、願われた私が一番理解している。

 

「生きたいのにっ! 生きたいんだっ!」

 

 生きたい。生きていたい。生きたい生きたい生きたい――だけど、なんでこんなに辛いんだろう。なんで、こんなに泣いているんだろう。

 

「苦しいよっ! 助けてよっ!」

 

 さんざんため込んだものを吐き出すかのように、私は叫び続ける。誰も聞いていないからこそ、叫べる自分が嫌になる。でも、それが仕方ないことで、私にできる数少ない頑張りだったのかもしれない。そうだ、私は頑張った。耐えて耐えて、耐えきれなくなっただけだ。

 

 だったら、これくらい許してほしい。

 

 脳裏には、これ以上走ることの危険性が浮かんでいる。そもそも道は一本道だったように思えたけど、前を見て走っていたわけじゃない私は、とっくの昔にここがどこなのかわからなくなってしまっていた。

 

「あ……」

 

 唐突に、心が締め付けつけられるような恐怖心に襲われる。ここがどこかわからなくて、ここには誰もいなくて、誰からも見捨てられてしまったのだという妄想が、心と体にひび割れのように走る。先ほどまでとは違う涙が滴り落ちる。そこには熱はなく、恐怖を覚えていた。

 気が付いたら、あとは簡単だった。体から体温が奪われているという事実。全力疾走による体力の消耗。ふらつく足は、脳を揺らして千鳥足のように行き先知らず。

 

 そして、

 

「うぁっ」

 

 情けない悲鳴とともに、体が崩れ落ちるのがわかった。地面に横たわった際に胸を強く打ったのか、激しく咳き込み、だけど起き上がる気力はなかった。泥にまみれ、雨に濡れ、私の体から命というものが流れ、奪われていくのを感じる。

 

「私、死んじゃうのかな……?」

 

 ノイズの大災害、あのライブでの悲劇を思い出した。血は流れていない。誰も死んでいない。だから、死ぬなんて実感はなかったけど、自分でつぶやいたその一言にどこかホッとしている私がいることに気が付いた。それが情けなくて、ひどく悲しく思えて笑えて来る。

 

「疲れたなぁ……」

 

 思えば、今日は全力で走っていたんだった。疲れて当然だ。

 

「眠いなぁ……」

 

 体から熱が奪われ、雨の降り方が激しく、粒の一滴すら大きいだろうに、私はそれを感じることができなくなっていった。失われていく感覚に、心は休息を求める。

 

「死ぬ……のかなぁ……」

 

 だけど、

 

「もう、いいかぁ……」

 

 そう納得している自分がいるのも事実で、私は目を閉じて意識を失った。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

 夢を見ていた。

 

 まだ家族が、父親がいたころの夢を。そして、父親が去っていった。逃げていったころの悲しい夢を見た。私が周囲から浴びせられる誹謗中傷に、お父さんは無力だった。それを責める気にはなれなかった。だって、悪いのは私だったから。私が悪者で、お父さんはそれに巻き込まれたかわいそうな人だったから。

 

 そう理解して、納得した。

 

 だから、私は――――。

 

「……あったかい、な」

 

 自分が布団に包まれていることに気が付いた。だけど、そこから香る匂いは、自分や母のものではなくてどこか懐かしい……守ってくれているような匂いがした。

 

「ここどこだろう……」

 

 起き上がろうと体に力を入れる。よほど弱っているのか、大仰にかぶせられた重い布団を持ち上げるのにも一苦労だった。周囲を見回すと、すぐそこに焚火があった。

 

「これ、囲炉裏っていうんだっけ?」

 

 現代社会で生でお目にかかることのない、原始的な光。だけど、それはとても暖かく心が休まる光景だった。思わず、引き込まれるように傍へとよっていく。囲炉裏で暖められたこの部屋は、テレビで見るお屋敷のような広い印象を覚えた。

 

「あ、服が違う」

 

 何気なしに自分の恰好を確認すると、私には大きさが全然あっていないぶかぶかの洋服が着せられていた。しかも簡単には脱げないように、裾を縛ったりしてサイズを修正してある。初見で、この服が男の人のものだと気が付いた。

 

 あれ、じゃあここって――?

 

「おう、気が付いたか?」

 

 声がした。低く響いて、ぶっきらぼうな印象を覚える男の人の声。振り返れば、そこにわずかに無精ひげを生やして髪をざっくばらんに生やした男の人が立っていた。年齢の印象は、たぶん三十代前後。背が大きくて、ガタイもしっかりしてる。でも、若干くたびれた服を着ているせいで、世捨て人とはいかなくとも浮世から外れた印象を覚えた。

 

「おい、大丈夫か? お前さんが山道でぶっ倒れているのを運んできたんだが……。これ、指が何本に見えるかわかるか?」

「あ、三本です。ごめんなさい、体調はもう大丈夫です。あと、迷惑をかけて、ごめんなさい」

 

 どうやら、倒れていた私を助けてくれた人らしい。なんとなく、いい人っぽいというのは私にもわかった。

 

「ああ、いいって。今はあったまれ。今、風呂沸かしてきたところだ。少しでも気分が落ち着いたら、あったまってこい。お前さん、低体温でかなり危ない状況だったんだ。さすがに死にやしないとは思ってはいたが、体、ずいぶんキツいだろ?」

「えっと、はい。でも、お風呂まで迷惑をかけちゃ……」

「いやいや、ここで遠慮される方が迷惑なんだが? なんのために風呂沸かしたと思ってんだ。善意の押し売りくらい、受け取るのが筋ってもんだろ」

 

 無茶苦茶な言い分ではあったけど、なんとなく、私のことを心配してくれているのはわかった。どこか不器用な人だなという印象がある。だから、私を助けてくれたのかもしれない。だから、こんな私に普通に接してくれるのかもしれない。そう、思った。

 

「あ、そういえば服……」

「ん? ああ、その服な。悪いが、あのままじゃ風邪をひくどころじゃなかったからな。勝手に着替えさせたぞ? お前さんの服はこの雨だ。しばらく乾くのに時間はかかるだろうが、まあ早めに返すさ」

「そ、そうじゃなくて、その……見ました?」

「いや、見なきゃ着替えさせられんだろ……。目隠しでもしろってか? 下手すりゃ、お陀仏するかもしれない子供前にして戸惑うようじゃ、大人はやってけねぇんだよ。あと、お前さん十代前半だろ? どう考えてもお巡り案件だろうが、普通」

 

 よかった。確かに羞恥心が体を火照らせるけど、決してそういう人ではないみたいだ。何気に男の人と二人きりという状況ではあるけど、その心配がないというだけども少し安心できる。そして、その安心感が私にようやく生きながらえたという実感を浴びせた。

 

「ああそうだ。お前さん、名前と家の番号言いな。もう夕方過ぎて夜が近いだ。親御さんに連絡せにゃ、まずいだろう」

「あっ、はい。えっと、立花響です。えっと家の番号は――」

「そうかい、俺は天野日影っつーんだわ。まあ、んじゃ風呂に案内してやるからこっちこい。その間、俺は電話しといてやるよ」

 

 案内された脱衣所で、ぶかぶかの服を脱ぐ。大きな服は重いから脱ぎにくいかと思ったけど、むしろ結びをほどいてしまえば、あとはすんなりといけた。この脱衣所に来るまでに、この家が大きいのだということを認識した。少なくとも、ここまでに四部屋以上の襖を見かけたし。

 

「あ、お風呂も大きい」

 

 さすがに旅館なんてサイズではないが、四人家族で暮らすなら十分な広さと大きなお風呂があった。その割には、丁寧な掃除が行き届いている。ここまでくるとおもてなしの域だろう。だけど、この家には天野さん以外の人間の気配はないように思えた。

 

「あったかい」

 

 体を洗い流して、改めてお湯につかる。じんわりと広がるぬくもりは、心を癒してくれる効果でもあるのか、心地よさがこの上なかった。暖かさに包まれていると、この時間が少し夢見心地に思えてきてしまった。それこそ、私はあのときすでに死んで、ここは天国……なんて冗談を真に受けてしまいそうだ。

 一応、体を見回してみる。洗っていたときにも思ったが、特に打ち付けた場所も痛みを発してはいない。同時に、乱暴をされた様子もなかった。信用とは別に確かめておいたが、間違いなく救護以上のことはされていないようだ。

 

「あ、星。そうか、もう結構な時間なんだ」

 

 天野さんがうちに連絡をつけてくれているらしいけど、きっと心配をかけているはずだ。下手したら、電話越しで話がこじれているかもしれない。そう思いつつ、天野さんにそのまま丸投げしてしまったのは、自分でも不思議だった。なんとかなる、というか、決して悪い人ではないのだから勘違いを放っておくようなことはしない。なんとなく、そう思ってしまった。

 

 焚火に揺られて、なんとなく、信頼してしまった。

 

「お母さんは、どうするかな?」

 

 もしくはなんというのだろうか? 電話越しで人柄なんてわかるわけないし、まして私も周囲の状況からして誘拐にあったなんて勘違いが始まりそうだ。そう思うと、本当に申し訳ないことをしたと思う。だけど、一番謝らなきゃいけないのは――――。

 

「死ねなかったって……思っちゃった」

 

 あるいは、また生き延びてしまったと。無責任な話だ。勝手が過ぎると自分でも思う。だけど、多分そこまで思いつめられなきゃ人は自分で命を捨てるような真似はしないんだろう、と勝手に理解したような自分がいる。

 

 つまり、

 

「ああそうか、私、いっぱいいっぱいだったんだ」

 

 残された家族が苦しむことも、自分が生きることも、頑張ることも、何もかも投げ捨ててしまいそうになるくらい、苦しんでいたんだ。我ながら鈍感だとは思うけど、きっとそういうことなのだろう。

 

「じゃあ、お礼を言わなきゃだね」

 

 まだ言えてなかった。助けてくれてありがとうなんて、簡単に口にできる言葉じゃなかったから。その言葉は、私にとってすごく重い言葉だったから。

 

「ん、あがろう」

 

 用意されていた着替えは、案の定ぶかぶかの男物だった。加えて、さすがに下着までは用意されていなかった。されたらされたで、気まずいけど。

 

 

 

 

 ――――――…………

 

 

 

 

「だぁかぁらぁ、今はあんたんとこの娘さん、風呂入ってるから出られねぇっつってんだろ! もうちっと待ってろ! 誘拐じゃねぇってっば! だから……ああもう! めんどくせぇなぁっ!」

「やっぱり……」

「あ、出てきた! ほら、お前からも話してくれ! このままじゃ、勘違いされて終わる!」

 

 案の定、天野さんは電話越しでまだお母さんに説明をしているようだった。見たところ、話が一向に進んでいないようで、私がお風呂から上がったのをこれ幸いと、助けを求めていた。なんとなく不器用そうな背中が、少しだけおかしかった。

 

「あ、お母さん」

『響、大丈夫なの!? 変なことされてない!?』

「うん、大丈夫だよ。本当に助けてもらっただけ。心配かけてごめんね。すぐ帰るから」

「いやおい、すぐ帰るっつってもここ山ン中だぞ? しかもこの雨で夜だし。せめて一晩泊まってけ。そもそも服も乾いてねぇだろうが」

「って言われたけど……」

『響は……どうしたい? 正直、知らない男の人の家なんて泊めたくはないのだけど……』

「泊ってくよ。心配しないで、天野さん、いい人だろうし」

 

 心配そうなお母さんの声が電話越しに聞こえてくる。だけど、不思議とその答えに違和感や抵抗はなかった。その後、いくつかお母さんに説明をして再び謝罪。そんなこんなで、私は天野さんの家で一泊することになった。知らない家、知らない布団と天井。なのに、少しだけ気が楽だった。

 

 そんな私の様子を訝しんだんだろう、天野さんはこう尋ねてきた。

 

「お前、どういう家庭環境なんだ? お前の母親の心配の仕方、半ば発狂寸前だったぞ?」

 

 お母さん、ひどい言われようだった。だけど、何も知らない様子の天野さんがそういうんだから、本当にそれほど取り乱して心配してくれていたんだろう。

 

「うん、この前、お父さんが出て行っちゃったんだ。だから、その分余計に……ね」

「それだけじゃないように思えるけどな。そもそも普通、あんな場所にお前みたいな子供がぶっ倒れてる時点で、驚いたわ」

「えっと……わ、私、は……」

 

 話すべきなのだろうか? だけど、話して嫌われるのも、追い出されるのも嫌だ。こんな優しい人が、私の周りにいた人たちみたいに豹変するのが、耐えられない。

 

「ああいいよ、無理に話そうとしなくて。なんにせよ、お前はここで一泊してくんだろ? 腹は?」

「あ、お腹減って――」

 

 ぐぎゅるぅ、我ながら気合の入った空腹音が響き渡り、さすがに赤面した。だけど、天野さんは感心したように笑った。

 

「クハハハッ、結構結構。ほれ、寒い日には鍋がうまいぞぉ」

「わぁ、すごい! おいしそう!」

 

 囲炉裏にかけた鍋の中には、具沢山の野菜とお肉が入っていた。見たことのない山菜も入っていて、正直お腹を空かせていた私には、ごちそうのようにしか思えなかった。

 

「こ、これ、食べていいんですかっ!」

「もちろん! 食え食え! 使ってあるのは、イノシシの肉だが、お前さん初めてか?」

「イノシシ……天野さんは猟師さんなんですか?」

「いいや、お前さんが倒れていた山の反対の方に集落がある。そこのおっさんの畑手伝ったときにもらったもんだ。処理がちゃんとしてあるから、さほどクセはないぞ」

「へぇー、ご飯も炊きたてでおいしそう! いただきます!」

 

 天野さんがお鍋からよそってくれた具材に、無遠慮にかみついて、飲み込む。

 

「うっまぁ~~いっ! すごい、お母さんのご飯も好きだけど、これもおいしい!」

「ははっ、そいつはよかったぜ! ほれほれ、もっと食えや!」

 

 言われるがまま、というより言われる前に食らいつく。野菜もスープも、ご飯も、イノシシのお肉だって全部おいしかった。本当に本当に、全部がおいしくてたまらなかった。無理に明るくふるまう必要のない食卓、暖かい火を目の前にして食べるご飯は本当、泣きそうなくらいおいしくて――――。

 

「アホ、泣きながら食うな」

「え?」

「何があったのか知らんが、飯は泣いて食うな」

 

 気が付けば、私は泣いていたようだ。それを見て天野さんは、どこか呆れたようにそう繰り返しいった。

 

「飯っつーのはなぁ、泣いて食うもんじゃないだろう。いや、そりゃうますぎて泣くなんて作った側からすりゃうれしいよ? だけど、俺らは同じ釜の飯を食ってんだぜ? 白米に薄い塩味つけてどうするよ? いいか!? 飯はな! 笑って食え! それが一番、うまくてたまらん食い方だ!」

 

 ぶっきらぼうな顔をやめて、子供のようにはじけた笑顔を見せてくれた。ああ、ダメだ。そんなことを言われると涙が止まらなくなる。おいしくておいしくて、たまらなくなる。自分が食べたものが血と肉になるのが、たまらなくうれしい。

 

 生きているのが、ここでご飯を食べるのが、たまらなくうれしくて仕方がない。

 

「おいおい、笑いながら食えっつったのに、泣きながら笑いながら食うって忙しいなぁ、お前さん」

「響です」

「あん?」

「立花響って、言いましたよね? だから、響って呼んでください。そしたら、笑いながら食べます」

「ははっ、生意気にも条件付きかよ! いいぜ響、もともと俺は大食らいだから飯はたんとある! 好きなだけ食ってきな!」

「はい!」

 

 そういった私は、また少し泣きながら大いに笑った。

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