「おーい、響ー。柿もらったぞー食うかー?」
「食べるー。でも、とりあえずこっちの作業終わらせるねー」
あくる日、というには、まだ俺と響との出会いからそう時間は経っていない秋の話。響を送り届けた日以降、言葉通りあいつは、俺の家に遊びに来ることがあった。というか、俺の仕事の都合で送り迎えができないとき以外は、高確率で俺を呼びつけていた。
響曰く、俺の家は癒しなのだと。別に俺の家からマイナスイオンが流出しているとかそうことではなく、単に俗世から隔離されたように存在する俺の家は、響の心身にいい影響を及ぼしているとかなんとか。まあ、本人が言っていたのだから間違いではないだろう。
実際、響の周囲の環境を思えば、一度家を離れるという選択肢もあった。というか、響の母親にもそういう提案をされたことはある。だが、そこは俺はともかく、響が譲らなかった。曰く、高校に進学するまでは家で暮らすとのことだ。どちらにせよ、響が進学したい高校は、寮制を採用している場所を希望するようで、いずれ離れるなら今は一緒にいるといっていた。
「ねぇ、それ手伝おっか?」
そんなセリフを聞いたのはいつだったか? 確か、俺が自分の畑で、成長しきっていたオクラを採取していたときだったような気がする。夏がシーズンのオクラ、その最後の収穫をしようとしていたとき、響が手伝いを申し出たのだ。
まあ、俺としても手伝いを申し出てくれたのはありがたかった。恋人の実家の畑を腐らせるわけにいくまいと始めた畑だったが、いかんせん一人で道楽的に作業をするには、いささか大きい。響が手伝ってくれるならこれ幸いと始めたのがきっかけだ。
まあ正直、力仕事だし泥臭いし汗臭い。音を上げる可能性の方が大きいのでは? なんて思っていたものだが、意外とこれがハマってしまったらしい。というのも、現在の響には趣味にさくだけの精神的な余裕がなかったようで、何かに没頭して作業するのが楽しいとのことだ。今では俺の家の畑だけにとどまらず、俺が手伝いを買って出たじーさんばーさんの畑を手伝ったりしている。
もちろん、そのときだって素直にはいかないものがあった。いくら山の上の集落に住んでいるじーさんばーさんだからって、自分が敬遠されているんじゃないかという不安が、響にはあったからだ。だが、そこはうまい具合に機能したというべきだろう。響は孫のように可愛がってもらい、優しくしてもらっていた。多分、これが俺と響の出会いにおいて一番プラスに働いたことだと俺は思っている。
世界中の誰からも嫌われ、疎まれていると刷り込まれていた響の心に、自分を受け入れてくれる場所もあるのだと知らせることができた。そういった意味では世俗に疎いじーさんばーさんの環境は、ある意味打って付けだったのだ。
で、現在も響に俺の畑で秋の味覚。さつまいも収穫を手伝ってもらっているというわけだ。
「おおー、これは大きいよ!」
「ん、我ながら見事なもんだ」
「いやでも、全体的にサイズはばらけてるよ?」
「うるせー。しゃーないだろ、農家ってわけでもないし。自分たちで食うには十分だろうよ」
「うん! ところで、このさつまいもは何の料理に使うの?」
そういえば、秋といえばさつまいも! みたいな感じで作ってたから、具体的に何を作るかまでは決めてなかったな。まあ、真っ先に思い浮かぶのは焼き芋だけど、この量全部を焼き芋で食うのは正気の沙汰じゃねぇし。
「響、お前焼き芋以外で何か食べたいのあるか?」
「紅イモタルトッ!」
「……いきなりスイーツかよ。いや別にいいけど、それどう作るんだよ? 言っとくが、俺は菓子を作った経験はあまりないぞ?」
「あまりってことは少しはあるの?」
「スポンジケーキ焼いたり、クッキー焼いたりした程度だよ。器用な男はな、意外と料理するんだよ」
「その割には、普段の料理は男の山料理って感じだよね?」
「そうだなぁ、いい加減海の幸も食いたい気分だ。秋の旬っていやぁ――――」
「さんま! 私、さんまの塩焼きとかいいと思うよ、日影さん!」
「ああ、そいつはいいな」
いつものことだが、働いているときに飯の話をすると異様に腹が減る。特に響の場合、本当にうまそうに話すし、本当に食べたそうな表情をするので聞いてるこっちの腹は鳴りっぱなしだ。まあ、響の場合食べる時もうまそうに食うから、作る身としては大変喜ばしいんだがな。
「ていうか、お前も料理学んだらどうだ? いい女ってのは、料理もそれなりにできないとモテないぞ?」
「えー、料理ぃ? なんだかなー、料理ってグラムだったり、塩加減だったりに気を使う印象で大変そうなんだけど?」
「お前、俺が味見以外で料理の味の匙加減確認しているとこ見たか?」
「あー、そういえばないかも。てことは、やっぱりセンスかー」
うーん、と頭を悩ませている様子の響。まあ、正確にはセンスというよりも食べてもらう相手のことを考えることの方が、結構大事な気がする。だが、それを言うと今日一日はからかわれそうなので、そこは放っておくことにした。響の場合、そういうことは得意なイメージがあるんだが、どうしても食べているところの方が、印象深く残る。
成長期というやつなのだろうなー、あれだけ食っても太る様子は見せない。畑仕事を手伝ってもらっているが、そのおかげでいい具合に筋肉がついていきそうだし。なんというか、将来こいつ美人になるんだろうなーという予感がバリバリである。
「ん? 何見てるの?」
「いや、なんやかんやお前っていい嫁さんになるんだろうなーって」
「もー、いきなり何言ってるの! 何? ようやく私の魅力に気が付いたみたいな? このこのー!」
「アホ、ちょーしにのるなっての」
別に響の魅力に気が付いたとかそういう話ではない。ただ、俺が思っていたよりも立花響という少女は、優しかったことに尽きるだろう。こいつの今の学校での生活を想像するのは、俺には難しい。いじめだのなんだの陰湿な思いをしているのか、はたまた一人孤独な生活を送っているのか。だが、ここにいる響はそういうことを感じさせない、笑顔の似合うやつだ。
それがどれほどすごいことなのか、こいつ本人はあまり自覚していないのだろう。元気でいる。笑顔でいる。それができるだけですごい環境にいたのだ、響は。
「あー、お腹すいた! 今日のお弁当は何かなー?」
「つーか、素直にお前んとこのお母さんにでも料理習えよ。わざわざ弁当作ってきてくれてんだし。あの人自身の息抜き、ガス抜きにもなるわ」
「うん、そうだね。それはいいアイデアだよ! あっ、じゃあ初めての料理は日影さんに作ってあげる! 日影さんの好きな料理って何?」
「ふむ、俺の好きな料理かー。特に苦手なものもないし、あえて挙げるなら――ハンバーグか?」
「おおー、男の人っぽい好物だ! あっでも、私もハンバーグ好きだし、ちょうどいいかも!」
「お前の場合、男っぽいっつーよりも子供っぽいの方が似合いそうだな」
「なにをー! 訂正しなさい! 私は花も恥じらう中学生なんだよ!」
「いや、大人から見たら中坊はまだ子供だぞ」
しかし、そうすると俺の味覚も子供っぽいのだろうか? まあ、響のいないところなら酒も飲みはするし、ツマミだって作って食う。だから、特別俺の舌が子供舌というわけではないのだろう。だとすると、俺が好物をハンバーグだって言った理由は――――。
「ああそれと、ハンバーグは生前、俺の恋人が唯一胸張ってた料理だ。ちったー気合入れてくれよ?」
そういうことなのだろう。このことを俺から響に告げるのは、どうなのだろうか? お互いが悲劇の登場人物。違いは生き残った側と助けられた側。だが、俺は響との関係の上で恋人がいたことを忘れる気はないし、隠す気もない。それが伝わったのかどうかは知らんが、響は笑顔でこう言った。
「わかった! じゃあ、とびっきりおいしいハンバーグ作ってあげるね!」
「おう、楽しみにしておいてやるよ」
「とりあえず、今日はこのさつまいもを焼き芋にしよう!」
「あー、確かに寒いし、昼のデザートってことにするか。家にいくつか持ち帰るか?」
「おっ、いいねー! へっくしっ」
「体冷やすなよー。秋口は季節の変わり目で体調崩しやすくなってんだし」
「はーい」
案の定、次の日に響は風邪を引いた。