停電
年が明ける。
2020年はオリンピックもあるし忙しくなるなと、テレビのカウントダウンがゼロになったのを見てワインを一口飲もうとする。
「ん?」
しかし口に運ぼうとしたワインは手になかった。
そして目の前に広がるのは長閑な風景に見た事もないような生き物たち。
私は混乱する頭でどうなっているんだと考えるが、なるほど、これは夢だなと早々に結論付けた。
長閑な風景は都会へと一変し、そこでも見た事のない生き物たちが人々の暮らしに溶け込んでいた。
そして、この世の終わりとはこうなのかと、私は次の光景にただただ恐怖した。星が散るその様はとても残酷な美しさだった。
「やはり、夢か」
いつの間にか眠っていたようで先ほどのやけに鮮明な夢を思い出して記憶に留めておこうとする。忘れてはいけない様な気がしたからだ。
ソファから体を起こして目の前のガラステーブルに置かれた赤ワインを口に運ぼうとして、取り落としてしまった。
目の前のテレビに映るのはカウントダウンではなく、新年を祝うテロップでも、歌番組でも、バラエティでもない。臨時のニュースに全く見た事のない、けれど見覚えのある生き物たちが映っていた。
「まだ、夢の中なのか」
割れたグラスの破片は私を何人も映し出し、毀れた赤ワインの冷たさが足裏を蝕んでいた。
「紅斗君、乗って」
「え、う、うん」
俺たちはスイーツを堪能していたが突然停電したので会計をすぐに済ませて慌ててレアに乗った。
「はい、はい、分かりました。今すぐ行きます」
霧島さんに電話したところ、近畿電力の
取り敢えず変電所に向かう事にして、スマホで場所を調べるとレアに急いでもらった。紅斗君には悪いけど。
「いやぁぁあ!」
「ごめんね! 直ぐに着くから!」
必死にしがみつく紅斗君を離さないように気を配りつつ時速90キロくらいで走っている。ここまで来ると息をするのも前を見るのも苦しくなってくるからフルフェイスのヘルメットでも買おうかな。
車をジャンプで越えて交差点を赤信号なのに突っ切る訳にはいかないからこれまたジャンプで。すげぇことしてる。俺、後で怒られそう。
「あぁ……」
「大丈夫……じゃないよね……あはは」
放心している紅斗君の頬をペチペチと叩いて気をしっかりさせると、変電所の職員に事情を説明、そして、なぜ停電したのか聞いた。
どうやら予想は正しかったようでポケモンが原因なのだという。
「こちらです」
様々な機械が太い電線で結ばれている中を歩いて進むと、少し先にバチバチと火花が散っているのが見えた。そして今回の事件の犯人も。
「レアコイルか」
レアコイル。でんきはがねタイプでその見た目からも解るように体が磁石になっている。これだけの機械がある中をレアコイルが移動すればそれだけで磁力により不調を来すだろう。
「レレレレ、レレッ?」
「なぁ、レアコイル、そこにいると困る人がいるんだ。そこから離れてくれないか?」
「レレレ、レレ、レレッ」
「あー、なんて言ってると思う?」
「僕に聞かれても分からないよ」
紅斗君完全に拗ねてるなぁ。
レアコイルは退こうとしてくれないし、何言ってるか分からないからどうしたものか。
「レレッ!」
「ああ! ちょっとタンマ!」
いきなり機械にたいあたりしだして、でんきショックまでし始めた。一体何がしたいのやら。
「あの、レアコイルはここで何をしていたんですか?」
「さっきまでも同じように機械にぶつかったりしてました。危ないので電力の供給は止めたんですが」
職員の人に聞いても何かは分からない。どうしたものか。最悪ポケモンバトルでゲットする事になるが、何か伝えたいことがあるようだし無理やりゲットしたくもない。
「出てきて、ピカチュウ、何かわかる?」
「ピカ、ピカピカ? ピカッチュ」
ナイス紅斗君。でんきタイプ同士だし何か話が分かるかも。
ピカチュウはレアコイルに一生懸命話をしてくれた結果、機械と機械の間を指さした。
「ピーカ、ピカピ、ピカ!」
どうやら機械の間に何か挟まっているらしい。
「この先に入れます?」
「危険なのでやめた方が……私が見てきます」
職員の方がピカチュウの案内に従って先に進んで行った。暫くすると腕にコイルを抱えて戻って来た。
「どうやらこの子が挟まっていたようです」
「リリッ」
「レレレ、レレッ」
「ピカッチュウ」
「よかったな」
レアコイルとコイルはピカチュウの周りをぐるぐると嬉しそうに回っていた。
レアコイルとコイルを返してやり、俺たちも変電所を後にする。
「解決できてよかったです。でも、機械があのままじゃ、まだ、難しそうですね」
「いえ、あそこだけなら、まだ何とかなります。本日はありがとうございました」
職員の方に見送られ、レアに乗って瀬都市まで帰って来た。
帰りは比較的ゆっくりで、紅斗君も周りを見るくらいには余裕があった。
「えっと、今日はごめんね。楽しんでもらおうと思ったんだけど怖い思いさせたし、事件に巻き込んじゃったし」
「別に。いいよ。でも、またどこか連れて行って欲しいな」
「よろこんで、次の希望でも考えておいて」
「うん。今日は楽しかったよ。またね!」
「また!」
紅斗君は自転車に乗ると帰って行った。俺もレアに乗ろうとしたが。
「イタッ!?」
「グルゥ」
え? なんで? もしかして乗り物代わりにした事怒ってる?
「えっと、ごめんなさい。お菓子買って帰りますので、許してくださいませ」
「グル」
「すみませんでした」
「ガゥ」
「ありがとうございます」
なんか、最近レアが偉そうになってる気がする。俺もレアを乗り物みたいに使ったから、強く言えないんだけど。