「マッハ1・5で飛ぶ龍がF-15を威嚇、その後、F-15を推定マッハ10近くで振り切って急上昇し成層圏まで離脱……」
私は頭を抱えるしかなかった。仮に戦闘機を易々と撃墜しうる生物がいたのなら安全保障に大きく関わってくる。
「そもそも成層圏までマッハ10程度で行けるのかね? 少なくともマッハ25くらいは必要だったと思うが」
「成層圏まではマッハ10でもいけますよ。マッハ10で飛行する生物というのも異常ですが。マッハ26は大気圏外に行くための必要な速度です」
「そ、そうか。その生物が成層圏まで行けたとするならば、衛星軌道上に到達できるのか?」
「成層圏というのは希薄ですが空気は存在しています。その上に中間圏、熱圏と続き、ここまでが大気圏となります。衛星軌道は最低でも熱圏からですから、まず不可能かと」
「常識的に考えればな」
幽霊ですら存在するのだから、不可能とは断言できない。今は例の龍、恐らくポケモンだろうから例の少年に画像を見せて詳細を聴取中だ。
それが今の話の様な、まだ常識の範囲内のものであればいいのだが。
仮に衛星軌道上に行く事が出来たのならば、厄介なことになる。今は各国の調査を退けているが、どの国家の領域でもない宇宙を犯しうる生物がいるという事が公になれば、こちらも断りきれなくなる。
何も分かっていない現段階では、ポケットモンスターと大きく分類されているこの生物たちと同じである以上は、他のポケモンを調査することで、宇宙空間で生息可能な生物の手がかりを掴むという、もっともらしい事を言われたらそれまでだ。
衛星軌道上には各国の民間企業や、軍事の衛星が飛び交っているのだから、それらがその生物に破壊された場合、調査を断ったままだと、賠償を請求されかねない。まぁ、そんな馬鹿な話はないと願いたいが、少なくとも非難は免れないだろう。
「少年に話を聞いたところ、このポケモンはレックウザと言うそうです。なんでも伝説のポケモンなのだとか」
「伝説と言うと、天候を操ったり、空間、時間すら操るという、あれか……」
私はきりりと痛む胃を抑えながら辛うじて反応を示した。
「はい、レックウザと呼ばれるポケモンは天候を操るタイプなようで、宇宙空間も生息可能域……との事です。他に宇宙空間で活動可能な生物を聞いてみたところ、アルセウス、ディアルガ、パルキア、ギラティナの神話級と、ジラーチ、ミュウの幻級、デオキシス、レシラム、ゼクロム、ビクティニ、ルナアーラ、ソルガレオという伝説級ポケモンは可能だろうとの事です。他にも可能なポケモンはいたかもしれないが、今のところは思い出せないと」
「そうか。そうだろうな」
私は乾いた笑いを堪える事もせずに、頷く。どうやら、最悪な事態になったらしい。この情報は最重要機密に指定しないといけないな。未だ混乱の収まっていない国内に調査団なんか派遣されても新たな混乱を生むだけだ。
第一、情報提供者である少年がいるからこその調査の進みようだというのに、他国がでしゃばったところで進み具合が変わるとは到底思えない。あまつさえ、米国ならばこちらに情報開示を求めてくるだろうな。それも機密まで。
「この情報は最重要機密だ。分かっているな」
「はい。それと、他にも国家の安全に関わる情報は一旦すべてを機密扱いにした方がよろしいかと。大陸が沈むというような内容も含まれていますし、それが公表されても信じられはしないでしょうが問題にはなります」
「そうだな。今すぐ起こる事でもないだろうし、そうした方がいいかもな。無用な混乱は避けるべきだ」
私が頷くと補佐官は執務室を出て行く。テーブルの上の冷めたコーヒーを口に含んで一呼吸すると、手元の書類に目を通していく。
これだけの混乱があるとはいえ、逞しい人たちは仕事を再開している者もいる。特に食糧に関わる仕事をしている人には頑張ってもらわなければならない。物流の滞りによって餓死者が出るなんて事は御免だ。大型のスーパーなんかでは品切れが起きていて、わざわざ直売所にまで買いに行く人も出てきているくらいだから、物流関係は最優先だな。
物事には優先順位というものがあるから暫くは娯楽施設や、商業施設の大半は営業出来ないだろうな。
そんな思考を遮るように少々強めのノックがされる。許可を出せば慌てた様子の補佐官が……また何か面倒なことが起きたらしい。
「報告します。尖閣諸島沖にて中国軍の戦闘機三機が防空識別圏内に侵入してきたため、スクランブルで那覇基地からF-15が六機出撃したのですが、到着する五分前に中国軍機がレーダーから消失。到着した時には三機ともが墜落していました」
「それは、中国軍機の整備不良かなんかでの墜落ではないのかね」
韓国程酷くはないが、中国の戦闘機も稼働率は低いと聞く。整備不良による墜落であってもおかしくはない。
「それが、電子機器へのジャミングによって操作不能に陥り墜落したと、救助できた一人が語っています」
「では、日本がジャミングを行ったと捉えられるわけか?」
「はい。しかし日本が中国軍機にジャミングを行ったという事実は御座いません。また、一つ不可思議な現象が観測されているのです。なんでも、赤いオーロラが観測されたとか」
「それはどういことだね?」
「その赤いオーロラは以前にも中国へポケモンを密輸しようとした船が見かけており、その直後に電子機器が不具合を起こしたとの事です。関連は今のところ不明ですが、今回の墜落もその赤いオーロラが関係しているかと」
オーロラが沖縄で観測されるというのはおかしな話だが、一つだけ可能性が思い浮かぶ。
「赤いオーロラの正体は?」
「分かりかねます」
「ポケモンである可能性は?」
「否定できません」
「はぁ」
厄介なことになったぞ。戦闘機を撃墜できるポケモンがいると知られる可能性が高まりそうだ。