意外と運動神経のいい紅斗君はひょいひょいと岩の上を飛び移り、川の対岸へと辿り着いてしまった。俺もそれを追いかけるように岩の上を飛び移るが、雨のせいで滑りそうになったり、川の流れが急になったりと、かなりひやひやした。
なんとか対岸に辿り着いた時には茂みの中でぐったりとしているポケモンを抱き抱えている紅斗君がいた。腕の中のポケモンを覗き込むと、それはヒトカゲだった。
「ヒトカゲ……尻尾の炎が弱くなってきているな。紅斗君、雨が当たらないようにしてあげて」
「海飛さん、分かった」
「出てこい、イワーク」
「イワ」
「イワーク、川に跨って道を作ってくれ」
川幅は、かなり上流の為に五メートル程と短い。しかし、その分流れも急で足場の岩は尖った物が多いのでイワークに足場となってもらう。
イワークが岩を支えにして川の上に跨ると、その上を紅斗君と渡っていく。雨が強く打ちつけて滑りやすいが、なんとか持ちこたえる。
慎重にわたりきるとイワークをボールに戻して、いそいでバスへと向かった。
バスの中では先に戻っていた人たちがざわざわとしているが、気にせずにヒトカゲを座席へと寝かせる。
「大分弱ってるな。何かとバトルした後みたいだ。そんで雨が降って来て余計に弱ったと」
「海飛さん、助けてあげて!」
「大丈夫、必ず助けるよ」
俺はアプリからキズぐすりを取り出して使う。しかし、体力は余り回復していないようだった。俺はどうしたものかと思案する。回復出来てないわけじゃないけど、本来の効能を発揮していない様な……
「そうか、瀕死か。なら……」
俺はアプリを開いてあるものをショップで購入する。ごっそりとマイルをもって行かれたが、背に腹は代えられない。
「頼む、回復してくれよ……」
俺はそれを、げんきのかけらをヒトカゲへと与えた。
少しすると、弱弱しかった呼吸がだんだんとしっかりとしたものへと戻ってくる。尻尾の炎も勢いが戻って来ていた。
「ふぅ、窮地はこれで脱したみたいだな」
「ありがとう、ありがとう! 海飛さん!」
「落ち着けよ、しかし、よく分かったな」
抱きついてくる紅斗君を宥めつつ、疑問をぶつける。急に走り出したかと思えば、倒れているヒトカゲを見つけるなんて。
「うん、声が聞こえた気がしたの」
「声?」
「そう、多分この子の、助けてって声」
「そうか……」
俺には全く聞こえなかったが、不思議な事もあるものだ。これ以上聞いても何もなさそうなので、この辺りでやめとくか。
「皆さん、ご迷惑をおかけしました。弱っているポケモンを見つけたので、本日は街に着いたら解散という事で。運転手さん、お願いします」
帰りはずっと雨が降っていたが、膝の上でヒトカゲを大事そうに抱えている紅斗君を見ていると温かい気持ちになれた。
ヒトカゲはもうすっかり落ち着いたようで、気持ちよさそうに眠っている。
さて、紅斗君の手持ちになるのかな。
あの後、ヒトカゲを看病する場所が必要だな、と呟いたら既に迎えに来ていた紅斗君家の高級車に乗せられて、家まで来ていた。高層マンションの一室が紅斗君の家の様で、部屋に案内されるまでのマンションの内装だけで既に気後れしていた。
エレベーターの中で迎えに来た人が押したボタンは25だった。結構上だよね。うん。眩暈がしてきた。
あ、でも俺ってこのマンションの一室買えるくらい、金貰えるんだった。やっぱり眩暈してきた。
「着いたよ。ここが僕の家」
紅斗君はそう言って、エレベーターを出てすぐの所にある扉の鍵を開ける。迎えに来た人はどうやらここまでが仕事の様で、一声かけると去って行った。
どうやら両親はいないようで、紅斗君に続いて家にお邪魔すれば、俺の家よりも広そうな玄関に、リビングダイニング、キッチンはカウンターを挟んで繋がっている。L型のシステムキッチンは調理スペースが広くて使いやすそうだ。
部屋は五部屋あるそうで、ヒトカゲを寝かすために案内された紅斗君の部屋は、シンプルな家具やカーテンで纏められた、小学生と言うよりは大学生くらいの部屋の印象を受けた。それに、明らかに俺の部屋より広いだろ。
「カゲッ!?」
「大丈夫だよ。落ち着いて」
紅斗君がヒトカゲをベッドに寝かそうとしたときに、目が覚めてしまった。全く知らない場所に居る事に気付いたのか俺たちを警戒していた。紅斗君が宥めようとするがヒトカゲは部屋の隅でこちらを睨んでいる。
「大丈夫だよ」
大丈夫と、紅斗君は何回も繰り返しながら、ヒトカゲに目線を合わせて近づいていく。
「いつっ!」
手を伸ばせば、ヒトカゲは紅斗君の指に噛みついて出血していた。
「大丈夫!?」
「うん。ちょっと痛いけど」
紅斗君は噛まれている右手とは反対の左手を、ヒトカゲの頭へともって行くと優しく撫でた。それが効いたのか、徐々にヒトカゲは噛む力を弱めて紅斗君を離した。完全に離れると、今度は申し訳なさそうに紅斗君を見ていた。
「大丈夫だよ。これくらいすぐ直るから」
苦笑いするともう一度ヒトカゲを優しく撫でていた。どうやら今のやり取りで懐かれたらしく、ヒトカゲは紅斗君に近づくと血がポタポタとたれている指をなめていた。
「くすぐったいよ」
「バンドエイドってどこにある?」
「バンドエイドって?」
「絆創膏だよ」
「ああ、それならリビングにあったかな。茶色い棚の上にある救急箱の中」
「とってくるよ」
「ありがとう」
俺はリビングに戻って、バンドエイドを取り出すと、紅斗君の部屋へと戻る。チラッと見えた廊下の先には絵画が飾ってあったけどあれも高いのかな。
「指出して」
「はい」
「……これでよし、と」
指の形に合うように、バンドエイドに切り込みを入れて貼ってあげる。直ぐに血が滲んでいたが、大したことはなさそうだ。
「おいで、ヒトカゲ」
「カゲ!」
すっかりと懐いてしまったようで、紅斗君の膝の上で撫でられて幸せそうにしているヒトカゲ。
まぁ、紅斗君らしいやりかただよね。ピカチュウの時も怪我しているところを助けたっていうし。