ポッポの鳴き声を目覚ましに起きた俺は、まだ陽が昇ったばかりの住宅街を散歩していた。
この時間帯に外へ出ている人は疎らにしかいないが、ポケモンの出現がそれに拍車をかけて誰もいやしない。そのため、のんびりと散歩できる一方で静かすぎるのも退屈だった。
だから、誰も見ていないならいっか。
「レア、ちょっと遊ぼうぜ」
「ガゥ」
モンスターボールからレアを出してやり、背中の上に乗ると、駆け足気味に河原を目指した。
ここもまた静まり返っていた。車の通る音すら少なく、人はいない。近くの高架橋には電車がいつもなら通っているがこれもまた運休している。
一ヶ月。これと似たような状況が続いていた。最初は不気味に感じていたこの光景も慣れてしまった。人目を憚らずにポケモンを出して遊べることを考慮すれば、都合がいいと考えることにした。
「イワーク、出てこい」
イワークも出してやると、ウインディであるレアと相対させる。
「これからバトルをして貰う。まぁ、本気でやってくれても構わない」
「ガゥ!」
「イワ!」
人目がないのなら、九メートルの岩の怪物と炎を繰り出す犬が戦っていたところで何も問題ない。
バトルをさせる目的は、イワークを育てる為だ。野生のポケモンを倒さずとも自分の手持ち同士で戦っても経験値が入るのは確認済み。ポケモンが戦う事で経験を積むのなら、どうして野生やトレーナーのポケモンからしか経験値が入らないのかという疑問が生まれたので、試しに戦わせてみたところ、しっかりと経験値が入っていた。
この現実にポケモンがいる世界で固定概念を持っていたら損をする事はもう十分に解った。
スピアーとの五十近い群れバトルしかり、戦わずして懐かれゲットすることしかり、効果がない技も戦術に組み込めば十分に役割を果たすことしかり。
ということでゲームでは出来ない事、アニメで触れられていないような事で疑問に思ったことは片っ端から試すことにした。
「岩石封じ」
俺がイワークに指示を出したことを開始の合図とし、レアは動き出す。今回、俺はイワークにしか指示は出さない。レアには自分で判断して動いてもらう。
それに、俺は真剣に指示を出す。これはイワークとレアだけでなく、俺自身の特訓でもあるのだから。
岩石封じを軽々と躱したレアはしんそくでイワークの背後へと回り込む。しんそくは最早人間の目で追う事すらできないので、消えた瞬間にどこへ現れるかを予想して対策を取らなければならない。
後ろへ現れた一瞬、技の反動で隙が出来る。といっても一秒くらいだが。
「振り降ろせ」
イワークが体勢を変えず、レアを見る事すらせず、尻尾を縦に振り降ろす。別に技で攻撃をする必要もない。もしこれを技に当てはめるなら、たいあたりか。
振り降ろした尻尾はレアが躱すことで宙を切り地面にめり込んだ。レアは躱してすぐにきしかいせいをイワークの背中へ叩き込んだ。
前のめりになるイワーク。レアの体力は減ってないので威力も大してないが、体勢を崩された隙は大きい。
「そのまま勢いよく倒れろ」
前のめりになっていたイワークはそこから自分の意志で勢いよく倒れていく。結果、砂煙が舞いレアの追撃を防ぐことが出来た。
「左斜め後方にがんせきふうじ」
ポケモンだけと、トレーナーのいるポケモン。有利なのはもちろんトレーナーのいるポケモン。なぜならばフィールド全体を見渡しているトレーナーがいるから。砂煙は確かに舞ったが、それはイワークから離れていたレアの全身を隠すまではいかなかった。俺からは後ろ姿が丸見えだった。
「ガゥ!?」
砂煙に覆われて何も見えない中からいきなり飛んでくる岩石。躱そうと動くが、流石のレアも視界の悪い中から突然と飛び出してくる岩石に反応しきれずに二発、その身に喰らってしまう。
「しめつけろ!」
すばやさが低下し、なおかつ吹き飛ばされて倒れているレアをしめつけるで拘束するには絶好のチャンスだ。未だ晴れない砂煙から飛び出したイワークはレアを締め付ける。徐々に体力を奪い始めるがレアも抵抗する。フレアドライブの炎を纏って、それを攻撃としている。そんな使い方もあるのかと思いつつもタイプ相性が悪いためにそこまでイワークの体力を削れていない。
「いわおとし」
イワークが頭上に岩を生成すると、しめつけるの拘束を外すと同時に落とした。見事にレアに命中し、レアは気絶してしまった。
「よくやったな、イワーク!」
俺はイワークを褒めると、レアにいいキズぐすりを使う。体力を削りきったわけではなく、まだ少しはあったようで、効きは良かった。
「グルゥ」
「そう落ち込むな。レアも一人にしちゃあ、よく頑張った」
目が覚めたレアは目に見えて落ち込んでいた。まぁ、イワークと初めて戦った時なんてメガシンカで一方的に嬲ったし、スピアーの群れの時も一方的だったからな。少し傲りがあったのかもしれない。今回の敗北は丁度いい薬になっただろう。
「そうだな。反省点としては、もえつきるを使わなかったところかな。タイプ相性が悪いんだから弱点は消さないとな」
「グァ」
「後は、距離をとる事だ。敵が見えない時は距離を取って様子を見た方がいい。レアはスピードに関しては群を抜いてる。敵の攻撃も、距離を取っていれば躱せたと思う」
「グゥ」
「しめつけるの時にフレアドライブを使ったことには感心したが、あそこで使うべきだったのはオーバーヒートだったな。さすがにオーバーヒートになると拘束は続けられなかったと思う」
「グ、グァ」
あ、流石に言い過ぎたか。項垂れてしまった。よしよし、お前は十分に頑張ってくれているからな。
「イワーク、お前はちゃんと俺の指示を聞いてくれているし、技もちゃんとできているんだけど……レアが怖いか?」
「イワ……」
イワークは俺が話を始めようとすると頭を下げて視線を俺に合わせてくれるのは優しさだと思う。たとえレアが頭を撫でられているのが羨ましくてあわよくば自分もそうしてほしいからと言う打算があったとしてもだ。俺はイワークの頭に手を伸ばして撫でながら話すが、撫でる手を止めて少し間を取るとレアが怖いかどうか問うた。
どうやら図星だったようで、少し震えたのが分かった。
「怖い気持ちもわかる。でも、卑屈になるなよ。レアを負かせてやる。圧倒的な力で捻じ伏せてやる。それくらいの気概でぶつかっていけ。俺はそれに応えてやるし、お前にはそれが出来るだけの力があるさ。信じろよ、俺を、そしてお前自身を」
微かに震えた。それは恐怖とは違った、奮起する者の武者震いだった。