ある夏のことだ。
ずっと思いを寄せていた幼馴染に振られた『俺』は、バイクに乗って田舎を目指す。
ふと目に付いた駄菓子屋に立ち寄ると、そこには金髪のヤンキーっぽい女の子がいて……。

※先日投稿させていただきました「夏海、恋なんてするなよ」の別ヴァージョンです。まったく違う内容であることから、せっかくですので投稿させていただくことにしました。タイトルを変えることも考えたのですが、タイトルの台詞が重要なポイントになっているので、悩んだ結果、そのままのタイトルにいたしました。

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先日投稿させていただきました「夏海、恋なんてするなよ」の別ヴァージョンです。まったく違う内容であることから、せっかくですので投稿させていただくことにしました。
タイトルを変えることも考えたのですが、タイトルの台詞が重要なポイントになっているので、悩んだ結果、そのままのタイトルにいたしました。
話しのつながりがあるわけではありませんので、それぞれ独立したものと考えていただいて、別々に読んでいただけたらと思います。
ややこしいことをしてしまい、申し訳ありません。


オトナになる瞬間っていつだろうか

その夏、俺は盛大に失恋した。

小学生の時から好きだった幼馴染に恋人がいることが発覚したのだ。

大学の講義室で、思わず声をあげてしまった。

 

「うぇ! 楓、彼氏いたの?」

 

隣の席で講義を受けていた楓が、怖い目で俺をにらんだ。

 

「陽太、ばか。声に出すな」

「ご、ごめん」

「っていうか、言ってなかったっけ」

「聞いてないよ。そんなの」

「そっか」

「って、てか誰だよ」

「え。中村君」

「どの中村だよ」

「覚えてない? 小学生の時塾で一緒だった」

「あ、いたかも」

「去年たまたま再会してさ」

「え? んで付き合ったの?」

「うん」

 

どういう経緯だよそれ。

俺の脳裏に中村君の姿がぼんやり……浮かばない。

あまり記憶にないわ。

 

「はぁぁぁ」

 

俺はため息をついた。

楓、彼氏いたのか……。

 

「そんな羨らやましがらずに陽太も彼女作りなよ」

 

羨ましいんじゃねぇ。

悔しいんだよ。

 

講義が終わった後、茫然としてふらふらと教室を出た。

確かに、楓のやつ、このところ急に変わったと思ってたんだ。

子供のころからずっとショートカットだった髪が、なんかボブになって。

イヤリングとか付けてるし。

それがすっげー可愛くってさ。

ドキドキしてたのに。

そんで勇気出してさっき、問いかけたんだよ。

 

「髪型、変えたんだな」

 

そしたら返ってきた答えが

 

「ん。彼氏が伸ばせっていうから」

 

俺、完全に道化じゃん。

っていうか、楓って子供のころからずっとボーイッシュで、スポーツ馬鹿で。

恋愛からは遠い奴だったはずなのに。

くそっ。くそっ。

さっさと告白すりゃよかった!

いや、でも玉砕するだけだった可能性が高いのか。

彼氏ができたこと、言ってもくれないんだもんな。

楓にとって俺って、その程度の存在だったのか。

 

後の講義は受ける気にならず、繁華街に飛び出した。

ゲーセンで黙々とシューティングをやった。

財布が空っぽになるまで。

初めて7面までクリアできた。

んで、気が付いたら夜になっていた。

コンビニで缶ビールを買い込んで、アパートに戻った。

一人ぼっちの部屋で電気を消して、パソコンの電源を入れた。

ひたすらにクラナドをプレイした。

朝までかけて汐を死なせた。

むなしかった。

それから、夕方まで寝た。

腹が減って目が覚めると、17時だった。

なんか、自分を変えたくなった。

俺はバイクに乗って、旅に出た。

目標なんて何もない。

とにかく遠くに行きたかった。

 

 

何時間も走って、大きなトンネルをくぐると一軒の駄菓子屋を見つけた。

珍しい。

民家もほとんどないのに、ぽつんと立ってる。

ちょっと興味がひかれたのと、腹が減ったのもあって、バイクを止めた。

暖簾をくぐると、ヤンキー女がいた。

 

「いらっしゃい」

 

金髪のヤンキー女が意外にフレンドリーな声を出した。

店員かよ。

ってか、わりと可愛い。

一瞬思考停止してしまったが、店員ならば無茶はしてこないだろう。

俺は小さく会釈して、店内を物色する。

ラインナップは……まさに駄菓子だな。

懐かしいが、腹にたまるものはなさそうだ。

 

「お客さん、この辺で見かけないね。旅行してんの?」

 

ねるねるねるねを手に取っていると、ヤンキー女が声をかけてきた。

田舎の距離感ってすげーな。

ちょっと戸惑いつつ、答える。

 

「ま、まぁね」

 

同い年か少し年下っぽいので、ため口でいいだろう。

向こうも店員のクセにため口だし。

 

「ここ、何にも見るもんないよ?」

「あてがあるわけじゃないから」

「へぇ」

 

変わった奴を見る目で俺を見つめる。

俺は恥ずかしくなって、手に持っていた駄菓子を突き出した。

 

「これ。買うよ」

「まいどあり」

 

その瞬間、俺のお腹が盛大に鳴った。

 

「……お腹すいてんの?」

 

ヤンキー女が問いかける。

俺は顔を赤くしてうなづいた。

 

「ふぅん。でもここ、駄菓子しかないんだ」

「みたいだね」

「奥に来なよ。カップラーメン出してあげる」

「へ、え?」

「いらない?」

「い、いや、いります」

 

そんなわけで、俺はなぜかヤンキー女の家に上がり込んだ。

奥が自宅になってるのか。

 

「へぇ。結構広いな」

「一人暮らしには広すぎるぐらいだよ」

 

部屋には、しんとして音がない。

都会にはいつもどこかしら音があった。

こんなに音がない空間は久しぶりだった。

 

「そこ、座ってて」

「お、おぅ」

 

促されるままに座ると、ヤンキー女がテーブルにカップ麺を二つ置いた。

 

「どっちがいい?」

 

シーフードを選ぶと、お湯を入れてくれる。

もう一つのカップ麺にもお湯を注いだ。

一緒に食べるつもりか?

お互い無言で出来上がりを待ち、ふたを開けると、香ばしい匂いが鼻をくすぐった。

 

「さ。食べよう。遠慮すんなよ」

「ありがとう」

 

正直、カップ麺は異常に美味かった。

腹が減っていたからか、この特殊な状況ゆえかわからないけど。

 

「お前さ、ここに一人で住んでるの?」

「ああ。そうだよ」

 

カップ麺をすすりながらヤンキー女が答える。

 

「寂しくね?」

「うん。寂しいよ」

 

あっけらかんと答えた。

 

「近所の子供たちがたまに店に来てくれるけど、ほとんどは一人だから」

 

そして俺を見た。

 

「だから、今日はなんか、カップ麺が美味い」

 

俺は思わず噴き出した。

 

「それ! 俺も思ってた。なんか妙に美味い」

「だよな!」

 

お互い顔を見合わせて笑う。

 

「あんたもさ、なんか寂しいの?」

「う~ん、まぁね」

「訳アリ?」

「多少は訳アリ」

 

お互い、畳に足を投げ出して、ぽつぽつと語り合う。

 

「訊いていい?」

「ま、具体的にありていに率直に言うと、女に振られた」

「ぷふっ!」

 

ヤンキー女が噴き出した。

 

「それで自暴自棄になって一人旅してんのか?」

「わ、悪いかよ」

「いや、悪くはないけど。ぷふふっ」

「お、お前のほうこそどうなんだよ。こんなところで一人で店やって。男に逃げられたとかじゃねーのか?」

「残念でした。ここは実家だよ。ばあちゃんの後継いだだけ」

「つまんねーな」

「それに男に振られたことなんてないしね」

「それって付き合ったことないってことだろうが!」

「あはは」

 

なんか。

こいつとこうやって茶化しあって話してると、心が楽になった。

ふと見るともうカップ麺は空だった。

俺は頭を下げて、礼を言い立ち上がった。

 

「ありがとう、なんか、助けられたよ」

「ん……」

 

そんな俺をじっと見つめるヤンキー女。

唐突にこんなことを言った。

 

「もう、帰っちまうの?」

「へ?」

「帰っちまうの?」

 

……。

…………。

………………。

 

「いや。帰りたく、ないかも」

「へへへ」

 

こうして俺は、ヤンキー女の家に転がり込んだ。

大学とかもうどうでもよくなっていた。

まぁ何とかなるだろと思った。

とりあえず今は、もうしばらくは。

 

その日の夜、二人で布団にくるまって話をしていて、もう一つ爆笑することがあった。

 

「え!? お前、楓って名前なの!?」

「なんだよ。おかしいかよ」

「いや、その。俺が失恋した女。楓っていうんだよ」

「あはははは!」

「指さして笑うな!」

 

 

楓と同棲を始めて一週間ぐらいすると、子どもたちが店にやってきた。

小学生と中学生の女の子4人組。

可愛い子ばっかだった。

ってか、この人口の少なさでこの美少女率。

田舎ってすげー。

 

「なぁなぁ、おにいさんは何をしてるん? いったい何者なん?」

 

ひときわ小さい女の子……れんげちゃんが興味津々という感じで問いかけてきた。

 

「ちょ、そんなこと聞いちゃだめだよ」

 

小鞠ちゃんが顔を赤らめて制す。

俺と楓の関係が分かっているらしい。

マセガキめ。

 

「このおにいさんはな、駄菓子のおまけについてきたんだ」

 

楓がそんな冗談を言った。

 

「うぉー! おにいさんすごいん! おまけ人間なんなぁ!」

 

その言い方、なんか俺が劣った人間みたいに聞こえるよ……。

俺は苦笑した。

 

「ま、俺なんて所詮は腰巾着。おまけみたいなもんかもな……」

「私の人生の?」

 

楓がニヤニヤと笑った。

俺はそんな彼女の脇腹をこつく。

 

「あれ? そういえばなっつん、今日は静かなん」

 

れんげちゃんが隣に立っている女の子を見上げていった。

ちょっとボーイッシュな見た目の女の子……越谷夏海ちゃんだったか。

確かに、さっきから一言も話していない。

おとなしい子なのかな?

 

「あ、いや、そんなことないよ。いつも通り、いつも通り」

 

あははーと夏海ちゃんが笑った。

 

 

少女たちがそれぞれに駄菓子を買い、去っていくと急に静かになった。

初めてこの店に来た時と同じ静寂。

時の流れから逸脱しちゃったようなしんとした空気。

 

「どう? うちの常連さん。いい子たちだろ?」

 

楓が微笑みかけた。

俺はうなづいた。

 

 

それから数日後。

楓に頼まれて買い出しに町まで行った帰り道で、夏海ちゃんを見かけた。

ラフなTシャツに短パンで楽しげに鼻歌を歌いながら畦道に突っ立っている。

お店で見かけたときのかしこまった雰囲気と随分と違う。

何をしているんだろうと気になって目を凝らすと、細い木の棒に糸を括り付けて、水路に垂らしていた。

お手製の釣り竿か?

 

「おっ! かかった!」

 

目をきらーんと光らせて、楽しそうな声を上げる。

グイっと糸を引っ張ると、謎のグロテスクな魚?が釣り上げられた。

何だあれ。

細長くてぬめぬめしてるぞ。

 

「よっしゃ! 大物ゲット!!」

 

白い歯を見せて笑う夏海ちゃん。

闊達でボーイッシュ。

昨日、れんげちゃんが「今日は静かだ」と言っていたのが合点がいった。

 

「おめでとう。すごいね」

「ふひゃっ!?」

 

俺が後ろから声をかけると、夏海ちゃんがビクンっと飛び上がった。

しまった。驚かせちゃったか。

その拍子に釣り上げたグロテスクな魚が糸を引きちぎって水路に落ちてしまった。

 

「あぁぁぁ! せっかくのタウナギが」

 

夏海ちゃん、ごめんよ……。

 

「もう、急に声かけたの誰!?」

 

きっとこっちをにらんで振り返るのだが。

相手が俺だとわかって表情が変わる。

 

「あ……」

 

昨日みたいにかしこまった態度。

もしかしてこの子、結構人見知りなのかな。

俺は頭を下げた。

 

「ご、ごめん! 俺が不注意だった!」

「あ、ううん。その。い、いいですよ、もう」

 

うわっ。

敬語だ。

明らかにこの子、内弁慶というか人見知り気質だわ。

ちょっともったいないな。

さっきの元気な姿が可愛かったのに。

俺は何気なく口走った。

 

「敬語なんて使わないでいいよ。さっきの元気な姿のほうがいいと思う」

「うぇっ!?」

 

面白いぐらいに過剰な反応をして夏海ちゃんが赤くなった。

 

「へ、へへへ、変なこと言うなぁ!」

 

照れ隠しに俺をにらむ表情もなかなか可愛い。

 

「ご、ごめん。でも割とマジ。さっき釣り上げてたところ、めっちゃ楽しそうだったから」

「うぅぅぅ」

 

油断した自分を見られたのが恥ずかしかったのだろう。

夏海ちゃんが、唸り声をあげる。

 

「も、もうっ。へ、変な人」

「ははは。まぁ駄菓子のおまけマンだからな。それよりさ、さっきの魚何あれ。謎の魚」

「べ、別に謎の魚じゃないよ。タウナギって言って。田んぼには普通にいっぱいいるよ」

「え。マジで?」

「う、うん。ほら、よく見てみて」

 

夏海ちゃんがお手本を示すように、再び釣り糸を水路に垂らす。

 

「その辺の、水流が弱いところ」

「んん?」

 

目を凝らすと……うぉっ! なんか泥の底から覗いてやがる。

 

「い、いやがった!」

「ね? 普通にいるでしょ」

「お、おぅ」

「こいつら、動いてるものが好きだから……」

 

そういいながら、夏海ちゃんが釣り糸を激しく動かした。

おっ。

また目が輝いてきたぞ。

この子、こういうアクティヴな遊びが大好きなんだな。

 

「よしっ! 来た!」

「え! マジで?」

「マジマジ! すごい引きだから持ってみて!」

 

釣竿を手渡される。

うぉっ。

本当にすごい引っ張られる。

 

「ど、どうすりゃいいんだ!」

「巣穴から引っ張り出す感じで!」

「お、おぅ!!」

 

俺は思いっきり糸を引く!

が。

慣れない動作をしたもんだから、盛大にひっくり返ってしまった。

 

「う、うわわわっ!」

 

ずてんっ。

よりによって、水路に尻もちをついてしまう。

 

「あ、あはははは! 不器用すぎ!」

 

そんな俺を見て夏海ちゃんが大笑い。

 

「やっぱ都会から来た人はダメだなー! お尻が泥だらけだ!」

「くそっ! バカにしやがって! お前にも泥付けてやろうか!」

「ひゃー! 逃げろー!」

 

水路から起き上がってドロドロになった手で夏海ちゃんを追いかける。

彼女は楽しそうに逃げ回る。

逃げ足早いな。

 

「うわっ、とっとっ……」

 

ざばん!

 

畦道なんて走ったことがなかった俺は、また足を引っかけて今度は前のめりに田んぼに突っ込んだ。

 

「お、お兄さん大丈夫?」

 

さすがに心配になったのか、夏海ちゃんがのぞき込んでくる。

俺は精いっぱいの強がりでサムズアップ。

 

「お、おぅ、なんとかな!」

「泥だらけじゃん。そんなんで帰ったら駄菓子屋に怒られるよ」

「うぐっ」

「うちでお風呂入っていきなよ」

「え!? いいの?」

「? もちろん」

 

さすが田舎はオープンだな。

意外と水路から近かった越谷家のお風呂を借りる。

土地が余っているのだろう。

家もデカいし風呂も広い。

俺の都心のアパートと大違いだ。

久しぶりにゆっくりと湯船につかった。

風呂を上がると、夏海ちゃんがタオルと洋服を用意してくれていた。

意外に気が利くな。

ってか、この服って親のか?

微妙におじさんルックなワイシャツとズボンをはいて風呂を上がると、夏海ちゃんが爆笑した。

 

「に、似合ってないwww」

「うるせー!」

 

思わずチョップする。

 

「あ! ひどい! 兄ちゃんにもぶたれたことないのに!」

「あれ。お前お兄ちゃんいるの」

「うん」

「もしかしてブラコン?」

「ち、ちがわい!」

 

顔を赤くして否定された。

もうすっかり打ち解けた俺たち。

夏海ちゃんが、棒アイスを持ってきた。

 

「ん」

 

一つ咥えながら、もう一つをぶっきらぼうに手渡す。

 

「ありがと」

「姉ちゃんには内緒ね」

「あ。これもしかして、小鞠ちゃんの分?」

「兄ちゃんが両方食べてたって言っとく」

「ひでーな、おい」

「あはは」

 

なんかいいな、こういうの。

 

「ね。名前教えてよ。お兄さんだと、兄ちゃんと紛らわしいから」

「そういやそうだな。陽太だよ。陽気の陽。苗字は佐々木」

「陽気でバカっぽいお兄さんにぴったりだね」

「おい、こら!」

「そんじゃ、これから、陽くんって呼ぶね」

「大人相手にくん付けかよ」

「だってあんまり威厳ないし」

「そんなん言ってると、俺もお前のこと呼び捨てにするぞ」

「うん。いいよ」

 

いいのかよ。

しゃくしゃくと、お互いのアイスを食む音が響く。

やはりこの田舎は静かだ。

会話が途切れると静寂が唐突に支配する。

 

ぼーん。ぼーん。

 

その時、柱の大時計が鳴った。

 

「やべっ! 楓にお使い頼まれてたんだった」

「ダッシュしないと怒られちゃうよー」

 

いたずらっぽく夏海が笑う。

なんかムカつくなー。

 

「ていっ」

 

俺はもう一度夏海のおでこにチョップした。

 

「いて! 何するんだよ!」

「なんか夏海の笑顔がムカついた」

「陽くんのバーカ」

 

盛大にあかんべーされた。

 

 

それから、たまにお使いの途中に夏海と会うと適当に一緒に遊ぶようになった。

夏海からしたら、都会育ちで田舎の遊びを知らない俺をからかうのが楽しくてしょうがないらしい。

このクソガキめ。

しかし、俺としても楽しいといえば楽しかった。

いや、ちょっと訂正。

かなり楽しかった。

あと、時々なんか不思議な気持ちになる。

こう、言葉で言い表せない、ちくっとした感じ。

ある夜、晩飯を食べているとき、楓に指摘された。

 

「最近、夏海と仲いいみたいだな」

「んぅ?」

「いや、飲み込んでからでいいから」

 

おかずを咀嚼して、答える。

 

「なんかさ、気が合うんだよ。年の離れた友人っていうか」

「ふぅん」

「な、なんだよ」

「浮気すんなよ♪」

 

冗談めかしてそんなことを言って、俺にデコピンを食らわせてくる。

痛てっ。

 

「するかよ。ってか俺、ロリコンじゃねーし」

「わかってるよwww」

 

その日の夜、布団の中で夏海のことをぼんやりと考えた。

んで、ふと思い至った。

あ、そうか。

夏海って、『楓』と似てるんだ。

今俺が一緒にいる楓じゃなくて、俺が子供のころから好きだった『楓』。

俺じゃない男と付き合ってる『楓』。

ボーイッシュで、がさつで、でも時々頼りになる雰囲気とか。

髪型は全然違うけど。

でもまぁ、ちょっとボサボサで、色気がないところはそっくりかも。

…………。

あぁ、なんか、嫌なこと思い出した。

あの色気のなかった『楓』が、彼氏のためにおしゃれするようになったんだよな……。

夏海もいつかそんな風に変わっていくんだろうな。

なんかその夜は眠れなかった。

時々、寝返りを打つ楓の柔らかくて暖かい肌が、俺の肌に触れた。

 

 

それから、さらに月日が通り過ぎて。

ある日、楓が俺にこんなことを告げた。

 

「私、妊娠したかも」

「え?」

 

一瞬、楓の言っていることがわからなかった。

妊娠?

マジで?

 

「それ、本当に?」

「冗談なんて言わないよ」

「あ、ちょ、ちょっと待って。せ、整理する」

「うん」

 

思い当たる節はあった。

一度か二度、ゴムが切れていて、酒に酔った勢いもあって、そのまました記憶がある。

軽率だった。

まさか、そんな。

 

「あ、あの、陽太?」

「ご、ごめん。もうちょっと、その、整理させてくれ」

「う、うん」

 

俺はうつむいて頭を抱えた。

見上げると、楓のうつろな表情があった。

何を考えているのかはっきりとわからない表情だった。

けれども、たぶん。

不安とか、恐怖とか、責任とか。

いろんなものが入り混じっているのだろう。

それはきっと、絶対に、男の俺よりも、深い。

俺はしかし。

今やっと気が付いたのだが、子供だった。

まだ20歳の子供だ。

社会的には成人でも、都会育ちの、ただの家出大学生だ。

そのことに、思い当たった。

まるで巨大な鉄の壁に挟まれたような気持だった。

 

「陽太」

 

うつろな頭に、楓の声が響いた。

この田舎の静寂の中で、大きな声ではなかったのに、俺の心を突き刺すようだった。

 

「私、迷惑だったら、おろすから」

 

びくり、と、俺の肩がはねた。

悔しかった。

俺が何の答えも出せず、それどころか、楓に気を使わせている。

そのことが悔しくて、でも、もっと混乱した。

 

「ちょ、ちょっと、待ってくれ。もう少し」

「……うん」

 

いつの間にか、楓は部屋を出て行った。

俺は一人とり残された。

そこからは……あまり覚えていない。

冷蔵庫の缶ビールを数本空け。

足りなくなったから、バイクに乗って町のコンビニまで買いに行った。

完全な飲酒運転だ。

缶ビールを5本ほど買い込み村に戻って、真っ暗な畦道にバイクを停めた。

まだそんなに遅い時間ではなかったが、もう真夜中みたいだった。

俺は、その場に座り込み、缶ビールを飲み始めた。

情けなかった。

だが、止められなかった。

 

「あれ? 陽くん?」

 

聞き覚えのある声が聞こえた。

顔を上げると、夏海がいた。

暗くてはっきりとはわからなかったが、彼女もまた、泣き腫らしたような眼をしていた。

 

「家出か?」

 

俺が問いかけると、こくりとうなづいた。

小さな声でつぶやいた。

 

「兄ちゃんと、喧嘩した」

「姉ちゃんじゃなくてか。珍しいな」

「……うん」

 

ちょこんと、夏海が俺の真横に座った。

真っ暗な中、二人きりだった。

しんとした静寂の中に、降り注ぐような蛙や虫の声が混じる。

しかしそれは、空気と調和していて、静寂を壊しはしない。

 

「お酒、飲んでるの?」

「あぁ」

「大人だね」

「子供だよ」

「嫌なことがあったの?」

「どうしてそう思う?」

「大人は、そういう時お酒飲むって」

「さぁな」

「……ねえ」

「なんだ?」

「そばにいてもいい?」

「さっきからもういるだろ」

「……うん」

 

こつん、と、夏海が俺の体に頭を預けてきた。

 

「お酒臭いね」

「うるせぇ」

 

言葉が不意に消える。

だが、それもまた心地よい。

星空の下、二人だけで、溶けて消えていくみたいだ。

 

「なんかこのまま、消えちゃいたいかも」

 

夏海がつぶやく。

 

「奇遇だな、同じこと考えてた」

「あはは。ウチと陽くん、シンクロ率高いかも」

「そうだな」

 

俺は、手元の缶ビールを飲む。

 

「ビール、一口ちょうだい?」

「だめだ。子供には飲ませない」

「大人だよ」

「子供だ」

「初潮来たもん」

「ば、……」

「あはは、言葉に詰まった」

 

俺はもう一口、ビールに口をつける。

 

「夏海、ただ喧嘩しただけじゃないだろ?」

「ん、どうだろ」

「秘密か」

「うん」

「よーくん」

「なんだよ」

「私にできること、なんかない?」

「俺の悩みでか?」

「うん」

「なにもない」

「ひどっ」

「嘘だよ。こうしてそばにいてくれ」

 

何時間ぐらいそうしていただろう。

本当は数分かもしれないが。

あまりにも長い時間ここにいると、静寂に押しつぶされてしまいそうだった。

俺は、立ち上がった。

 

「夏海、家に帰ろう」

「ん」

 

夏海は小さくうなづいた。

夜道を2人で歩く。

戸惑いがちに、温かいものが俺の指に触れた。

夏海の小さな指だった。

頬を赤く染めて言った。

 

「手、繋いでいい?」

「いいよ」

 

俺の返事を待たずに、ぎゅっと手を握ってきた。

 

「実は、ずっと手を繋いでみたかったんだ」

「意外に照れ屋だよな」

「うん」

「うんが多いな」

「今日は素直な気分」

「そっか」

「うん」

 

夏海が、問いかけてきた。

 

「一つ訊いていい?」

「答えれることなら」

「駄菓子屋と結婚しないの?」

 

沈黙。

なぜ、このタイミングでそんなこと訊くんだ。

 

「なんで?」

「一緒に暮らしてるから」

 

俺はため息をついた。

 

「今、決めた」

「え?」

「結婚するよ」

「あーあ」

「なんだよ」

「やっぱそーだよなーって思っただけ」

 

夏海がそう言って伸びをした。

 

「羨ましいなー。ウチも彼氏欲しくなってきたかも。そんでお洒落してさ。髪飾りとかつけちゃうの」

 

冗談めかしてちろりと舌を出す。

 

「ばーか」

 

俺は夏海の頭に触れた。

 

「まだまだ恋なんかするなよ」

「えー。なんでだよー」

「なんでもだよ」

 

やっぱ俺、子供だわ。

 

 

夏海を彼女の家まで送り届けたあと、楓の家に帰ると、楓は居間で待ってくれていた。

俺を見ると、心配そうに立ち上がった。

俺はそんな彼女に、言った。

 

「苦しませてごめん。決めたよ。結婚しよう」

 

楓は、息を呑むような表情をして、それから涙ぐんだ。

ごめんとかありがとうとか、本来は俺が言うべき言葉を呟いてそっと俺の肩に頬をうずめた。

耳元で楓の吐息がはっきりと聞こえた。

その瞬間、静寂が崩れた。

それまで俺の耳に入ってこなかった微細な音たち……蛍光灯や車の音や風の音や衣摺れの音が、はっきりと聞き取れるようになった。

それは、意識の変化だった。

俺は無意識のうちにこの田舎の村を非現実的な逃避の場所にしようとしていたのだ。

煩わしいノイズのない世界にいるように振る舞おうとしていたのだ。

期間限定の異世界にしたかったのだ。

いつかは、元の生活に戻るのだと、心の片隅で考えていたのだ。

俺は首を振った。

しっかりしろ、俺。

この世界は遠い夢の世界じゃない。

俺が住んでいた都会と道路で繋がった同じ世界だ。

そして俺がこれから楓と生きていく世界だ。

 

 

大学は、退学するかどうか。

そのことについてはさまざまな葛藤があった。

まず何よりも、親を悲しませるであろうこと。

放任主義の両親とはいえ、大学受験の費用も入学費も、親の金を使わせてもらったわけだ。

女を妊娠させたからそいつと暮らすために大学をやめるだなんて、親にとったら愚弄されているようなものだろう。

だが、俺はどうしてもあの田舎で楓と暮らしたかった。

そのためには都会の大学には、いられない。

俺の学業のために親が払った金は、いつか必ず俺が働いた金ですべて返す。

それがせめてもの償いだと思う。

もうひとつの問題。

それは、俺と楓のこれからの生活基盤だ。

あの片田舎の駄菓子屋を、いつまでも経営していけるものなのか。

あんな過疎地帯で、たとえば夏海たちが大人になった頃には、駄菓子を買いに来る子供すらいなくなってしまうんじゃないのか。

もしかしたら、いつの日か駄菓子屋をやめなければならなくなるかもしれない。

そのことを考えると、大学ぐらいは出ておいたほうがいいような気もするのだが……。

 

「あんまり気にしてもしゃーないって」

 

俺がそういった悩みを打ち明けると、意外なぐらいにお気楽な言葉を楓は返してきた。

とんだ肩透かしだ。

あ。

そういうとこいつ、こういう性格だったわ。

まぁ、そもそももともと、こんなところで一人で駄菓子屋やってるぐらい根性の座ったやつだしな。

 

「なんとかなるってか?」

 

俺は缶ビール片手に、軒先に腰掛けて笑いながら言った。

 

「そういうこと。〝二人でここにいたい〟。そのことさえ間違えなければ、なるようになっていくさ、きっと」

 

楓の言葉を聴いていくと、不思議なぐらい、肩の重荷が消えていく。

これが、二人でいるってことの強さなのかな。

俺は缶ビールを飲んで気分が良くなって、〝人生は続いていく〟と連呼する有名な歌を口ずさむ。

 

「へたくそ」

 

楓が笑いながら俺の背中をはたいた。

 

「飲みすぎるなよ」

 

なんかいいな、こういう会話。

 

 

それからの日々は、ここに記すにはあまりにも長くなるので割愛しようと思う。

ただ、最後にひとつだけ強烈に印象に残った出来事を挙げておく。

大学中退の手続きや、アパートを引き払う手続きのために、単身上京したときのことだ。

俺はパーカーに身を包み、バイクに乗り、一人暮らしのアパートに戻った。

数ヶ月ほったらかしにしてしまったアパートのポストには、家賃の督促状が数枚たまっていた。

後はダイレクトメールの山。

苦笑しながら、扉を開けた。

人がいなかった部屋の空気は、なんだか独特だった。

ほんの数ヶ月前まで、俺にとっての宿床だったのに、まるで別人の部屋のように見えた。

けれども。

たとえば、キッチンに置かれたままのコップ。

粗雑にたたんである布団。

7月で止まったままのカレンダー。

そういった、俺自身の過去の生活の残滓が、徐々に沁みてくる。

浦島太郎になったような気分がした。

唐突に、この部屋に申し訳ないことをしたような気がして、俺は深々と頭を下げた。

 

 

その日の夜、久しぶりに一人で寝た。

楓が隣にいない夜。

ほんの数ヶ月前まで当たり前だった夜。

楓の家よりもずっと狭いこのアパートが、怖いぐらい広く感じられる。

疲れていたのだろう。

目を閉じると、すぐに深い眠りに落ちた。

夢の中に、いろんな人が出てきたような気がする。

かつて好きだった『楓』とか、今、俺が愛している楓とか。

たぶん、ちょこっと夏海も。

 

だけど目覚めたら、ほとんど内容は忘れてしまっていた。

 

 

 

(おわり)

 




さて、いかがだったでしょうか。
内容としては、大人になりきれない青年・大人にならなければならない青年がテーマです。

人間、何歳から大人になるという明確な区切りがあるというわけではないと思います。
何らかの、『大変な局面』と対峙し、それを自分で乗り越えていく瞬間に、大人になるのではないでしょうか。
私自身は、親が亡くなったとき、莫大な借金が隠されていて、その処理に奔走した20代後半が、大人になった瞬間だったような気がします。

今回の作品では、駄菓子屋が妊娠したり、夏海がメインヒロインではなかったり、いろいろと「!?」となる部分もあるかなと心配しています。
お叱りの言葉があれば、遠慮なく仰ってくださればとお思います。
ただ、タイトルの台詞を、主人公があの場面で吐くということに、彼の大人になりきれなさをこめたつもりなので、やはりこれは、ヒロインはある意味夏海でもあるのかなと作者は思っております。

少しでも読んでくださった方の心に残るものがあれば幸いです。



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