月軍死すべし   作:生崎

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第二夜 昼

「藤原? 妹紅? 知るかよ誰だよ」

「えぇ……」

 

  八百屋でばったり出会った霊夢と楠を連れて、妖夢と桐は甘味処に来ていた。盗っ人を退治しに博麗の巫女が来たと盛大に勘違いしている人里で、やる気もないくせに退治料と言わんばかりに甘味を要求する霊夢に楠はギザギザした歯を擦り合わせたが、その想いが分かるのは妖夢くらいのもので、桐はふにゃりと笑いながら茶を(すす)り、妖夢と霊夢が団子を頬張るのを眺めていた。

 

  早速出会った北条に、せっかくということで妖夢は好奇心の赴くまま藤原の護衛であった北条の楠に妹紅のことを聞いたのだが、吐き捨てるように言葉を返され、何も言うことはできない。ただ呆れるばかりである。そんな楠の様子に桐もまた呆れたように眉を歪め、長い前髪を指で弄った。

 

「よく言いますね楠、どうせ先代から聞いてるんでしょう?」

「だとしてだ。なんでこんな箱庭みたいな狭えとこに一人も二人も面倒なのが居るんだよ。悪いが俺はかぐや姫だけで手いっぱいなんだ。ただでさえ守銭奴もくっついてるし知ったこっちゃねえんだよ」

「悪かったわね」

「ぐ、う、美人さんの情報を独り占めしてるくせにその言い草はどうなんでしょうか……。うらやまけしかりません」

「な、泣くなよ気持ち(わり)いよ」

 

  真顔でツーっと目から雫を垂らす桐に霊夢と楠はドン引きする。妖夢はもう驚くこともせず、ただ淡々と甘味を消費するだけの機械と化し、無駄な労力を消費することを抑えた。団子を口に運びながら桐を無視して妖夢が目を向けるのは霊夢と楠。お世辞でなくても美人と言える霊夢と、初対面の印象だけで牢に連行されそうな男の組み合わせは全く似合っていない。控えめに言って誘拐犯と被害者にしか見えない。だと言うのに違和感なさそうに隣り合っている二人の姿がどうにもおかしかった。と、言っても霊夢と楠の仲が良いわけではなく、お互い言いたいことを言う粗雑な性格であるが故。要は相性が無駄に噛み合っただけなのだが、妖夢がそれを知る由もない。

 

「だいたいかぐや姫様を殴るっていうのがもう常軌を(いっ)してます。ご先祖様が見たらきっと私のように泣きますよ」

「アンタに言われたくねえわ! こんなとこに来てまでナンパばかりの奴が言うことかよ! 幻想郷に来る時もアンタのその気性のせいで遅くなったみたいなもんだろうが! ご先祖様が泣いてるぜ!」

「むむ、それは心外です! だいたい袴垂のせいです!」

「一緒だ! 一緒!」

「あれ? 桐さんの一族ってみんな桐さんみたいな感じじゃないんですか?」

「んなわけあるか! どんな一族だそりゃ!」

「ですよねえええ!」

 

  いやに納得したと、これまでの恨みも込めて妖夢は桐の頭を叩く。赤べこのように桐は頭を揺らし、妖夢に叩かれたところに照れたように手を置いた。素の姿にこめかみをひくつかせながら、妖夢は桐を睨みつける。

 

「なんですかその顔は」

「いやあ、『愛』がこもっていたなって」

「霊夢さんコレ引き取ってください。もしくは退治してください」

「絶対嫌、ただでさえこっちも借金持ちを抱えてるんだからね」

 

  負債扱いされる楠は、相変わらず不機嫌そうにギザギザした歯を擦り合わせて霊夢を睨みつけるが、全く相手にされない。そんな霊夢から目を外し、女にうつつを抜かすアホウに目を向けた。男の視線は必要ないと、照れた顔を能面のような笑みに桐は変える。

 

「なあおい、もうこのまま二人でちゃっちゃと永遠亭とやらに行ってやることやって帰ろうぜ」

「その前にあんたには手水舎の弁償が待ってるでしょうが」

「分かった! じゃあもう殴った後に直すからそれでいいだろ!」

「ダメよ、逃げられたらたまったもんじゃないし却下」

「私としても紅魔館に地霊殿に命蓮寺と行ってみたい場所がたくさん」

「あなたは仕事をしてください!」

 

  妖夢と霊夢、楠と桐を交換すれば全てうまく行きそうであるが、そうはならないのが人生の妙である。楠と妖夢は揃ってため息をこぼし、桐と霊夢は揃って茶を啜った。

 

「チッ、いい気なもんだぜなあ桐、俺も最初博麗神社じゃなくてそっちに行けば良かったぜ」

「日頃の行いでしょうね」

「それは桐さんの日頃の行いが良いと言いたいんですか? それとも私の日頃の行いが悪いと言いたいんでしょうか? はぁ、それにしても霊夢さんが人里に来るなんて珍しいですね。どうしたんですか? 人里の人たちは盗っ人退治なんて言ってますけど」

「デートよ」

 

  半ば風前の灯と化している『建前』を惜しげもなく霊夢は口にした。白黒魔法使いをあしらうために一度突き付けて引くに引けなくなったからか、その言葉によって引き起こされる面倒ごとは、間違いなく楠の方にこそ降りかかるのであるが、気にした様子はない。むしろその様子を楽しむように甘味の肴に楠の顔を見ている。死んだ目で歯を擦り合わせる楠の目が霊夢へと向き、驚いた妖夢の顔が霊夢と楠の間を行き来し、桐の目から涙が溢れた。

 

「おい、泣くな、マジで、泣きたいのはこっちだ」

「いやあんたは喜びなさいよ。したかったんでしょ?」

「違うんだよなああああ‼︎」

「なんと言うか、え、霊夢さんのタイプってそういう方なんですか?」

「まあ面白くはあるわね。それだけだけど」

「アンタは俺を芸人かなにかと勘違いしてないか?」

 

  そういう意味での面白さでは勿論ないのだが、言うのは霊夢も癪なので喉に引っかかった言葉はお茶で奥へと流し込んだ。呆れる楠と妖夢に霊夢は無表情を返し、その目の前を一陣の風が流れる。

 

瞬きよりも早く霊夢の視界を割るのは鋭い白線。それが桐の大太刀であると理解するのに、妖夢も数秒を要する。それが理解できたのも、突き出されたそれの向かった先、楠が白い鞘を片手で掴み抑えたからだ。妖夢がなにかを言うよりも早く、桐は身を捻りながら大太刀の柄を掴み抜刀、刃を横薙ぎに振るった。その刃を腕で防ぎ霊夢を手で押す楠だったが、刃の勢いに負けて店の外まで盛大に吹っ飛ぶ。巻き込み崩れた入り口の戸を蹴り上げながら、全く斬れてはいない制服の上着の埃を払い楠の鋭くなった目が桐を射抜いた。

 

「この野郎! なにしやがんだよおう!」

「で、デートって、デートって、ずるいです! 私もしたことないのに!」

「言うに事欠いて言うことがそれか! 馬鹿じゃねえの!」

「ふっふっふ、私を怒らせましたね楠! 天誅である!」

「アンタがな!」

 

  背負っていた竹刀袋からふた振りの刀を両手に持つと、スルリと鞘が地面に落ちた。大太刀を担ぐように肩に掛ける桐に向かい、透けるように楠が迫る。地面に散らばった木片を縫うように音もなく迫る楠から目を離さずに両手を強く握り込み、振るわれた楠の長刀を弾いた。妖夢ももう見慣れた光景。桐の上背にも負けぬ長さの大太刀に弾かれる姿。その勢いのまま自分の体を巻き込むように楠は回転すると、もう片方に握る短刀を桐に向けて遠慮なく振るった。勢いに負けて下がる、なんていうことはなく、前に足を進めた桐は、刃を通り過ぎて楠の腕を身に受ける。だが、その楠の腕は溶けるようにすり抜けた。

 

  ゆらりゆらゆらと、陽炎のような楠の技は、そのまま桐の学ランの裾を僅かに斬り払いながら振り抜かれた。そのまま回転を続けて振られるもう一本の刃が振られるよりも早く桐は滑るように肉薄すると、スルリと桐と楠の間に滑り込ませた大太刀を振るう。弾かれた楠と桐の間に距離が生まれた。

 

  ダラリと両腕を垂れ下げた楠と、背に一刀の大太刀を背負う桐。二人の体が前へと傾いていく中、七色の閃光が二人の視界に割り込むと、いくつもの大きな光弾が楠に向かって降り注ぐ。大きな炸裂音をいくつもあげて残ったのは、人里の道の上で煙を上げて横たわる楠。ふた振りの刀を手放さずに転がる姿は落武者的だ。

 

「全くなにするのよ、お団子がもったいないじゃない!」

「俺、一応助けたのに……」

「服が汚れたわ、弁償よ弁償! あんた分かってるわよね?」

「んな馬鹿な! なんでそう次々と借金を積み上げてくんだアンタは。慈悲の心ってやつはないのか?」

「慈悲でお腹が膨れるならそうしてるわ。返済が終わるまで帰さないから」

「コレって犯罪じゃねえの?」

 

  残念ながら霊夢の罪状を読み上げる者はここにはいない。ギリギリ絞られた楠の目を、霊夢は服に付いた塵と一緒に払い落とすと、机の上に残っていた最後の団子の串を手に取り口に運んだ。

 

「それにしたって簡易な結界は切り裂くし、腕は透けるし、あんたいったいなんなのよその妙な術は」

「術じゃなくて技だ」

「桐さんのも変ですよね。斬っても斬れない剣なんて」

「一応タネはあるんですよちゃんと。私のは摩擦のエネルギーを別に使っているだけです」

 

  刀とは少なからず引くことによって初めてものを斬ることができる。鋭ければ鋭いほどにより小さな力で斬ることができるが、それは摩擦力があるからだ。摩擦力が働かなければ、どれだけ強く素早く刀を振りぶち当てても斬れることはない。身体と空気によって生まれる摩擦。刀を振って生まれる摩擦。それによって生まれるエネルギー全てをただ前に前進することだけに消費するため、五辻は扱うには邪魔とさえ言える長い得物を想像を絶する速度で振り回せ、また、地を滑るような動きを可能とする。そんな詳しい話を桐はする気はなく、漠然と語られた五辻の技の説明を妖夢も霊夢も理解できない。のだが、コレは良い機会と霊夢は話半ばに理解した雰囲気を出しながら、「あんたのは?」と楠に尋ねる。

 

「……トンネル効果」

「なによそれ」

「ボールを壁に投げるだろ? 透けるだろ? それだ」

「いや意味分かんないわよ」

 

  首を捻る霊夢に詳しい説明をすることなく、楠は刀を収めながら不機嫌な顔でそっぽを向く。

 

  数億、数兆回とボールを壁に向かって投げれば、一度くらいはボールが壁に跳ねることなく完全に通過することがある。だがこれは実際見た者はいないだろう果てしない回数を繰り返した場合だ。無限回やって一度も通過しない可能性すらある極小の確率。北条の技は、その無限分の一ともいえる偶然を、必然的に起こすことができるまでに練り上げられた技である。速度、タイミング、力の入れ具合で、自分を不確かなものにまで昇華すれば、不確かなものだって斬れるだろうという誇大妄想を、千年近くかけて徐々に形にしたものがそれ。それを知るために毎日刀を振り、目指すものに近づいたそれを次代へ、次代へと引き継がせて行った。

 

  北条も五辻も、他の平城十傑も例に漏れず、各々鍛え継承し続けたきた馬鹿げた技術を基本とし、まだ見ぬ月軍と戦うために日夜修練している。一族の話をあまりしたくはないと、楠は歯を擦り合わせ、桐はふにゃりと笑いその場を誤魔化す。

 

「はいはい、言う気はないのは分かったわ。はぁ、あんたらが暴れたせいで他の客の目が鬱陶しいわね。妖夢、あんたんところで弁償は頼むわよ」

「なんでそうなるんですか⁉︎」

「だってあんたんとこの客が最初に暴れたんじゃない。まあコイツが幽々子のとこで世話になるって言うなら皿洗いにでも」

「よっしゃ帰ろうぜ! 鬼の嬢ちゃんとお椀の嬢ちゃんも待ってるだろうしな!」

「え? 鬼にお椀のお嬢さんですか? ちょっと楠詳しく」

「話さなくて良いです!」

 

  意気揚々と霊夢を引っ張りながら甘味所を出て行く楠に桐は擦り寄ろうとしたが、頭に落ちてきた楼観剣のおかげで足止めされ、その間にあっという間に巫女と楠の背は小さくなった。頭をさすりながら桐は悲しげな顔になり、妖夢は大きなため息を吐く。

 

「なんという無駄な出費……。帰ったら桐さんにも働いて貰いますからね!」

「それはいいのですけれど、良かったんですか妖夢さん楠を行かせてしまって。手合わせしたかったんじゃないですか?」

「いや……まあ……」

 

  間違いなく楠こそ桐の話していた二刀の友人。それも桐自身が自分よりも強いと言う相手だ。本音を言えば妖夢も殺り合ってみたくはあったが、楠の技は剣技というには異様過ぎて感心が先に来てしまう。だが、それは桐の技も同様だ。腕が人の身を透けるという手品じみた動きを思い出しながら、妖夢は小さく唸った。

 

「よくあんな技を使えるものですね。私のお祖父様も時を斬ったと聞きましたが」

「いや、そっちの方が凄いのではないですか?」

「私からすればお祖父様も桐さんもあの男もどっちもどっちです。短い時間しか持たない人がよくそこまで練り上げられる。生半可ではありませんか」

「そこはまあ私が七十八代目の当主というあたりで察してください。それに同じ平城十傑の(かび)家の当主なんて百六十四代目ですよ?」

「それはまた、どうすればそんなに死ぬんですか?」

 

  パンドラの箱のような平城十傑の話は聞けば聞くほど半人半霊の妖夢をして顔が苦いものに変わってしまう。そういう話は主人としてくれと予想以上の出費を妖夢は支払い、甘味所を後にする。

 

 

 ***

 

 

  日の傾き始めた頃、ようやっと買い出しを終え妖夢と桐は帰路についていた。登るのも嫌になるような白玉楼の階段の下で、多くの買い物袋を手に桐は変わらぬ笑顔を浮かべながらも、額には冷や汗が一筋垂れている。

 

「困りました。この階段を上らねばならないとは……行きはヨイヨイ帰りはなんとやらですか」

「飛べばいいでしょう……、って桐さんは飛べないんでしたっけ? 変に不便ですね。それほど鍛えているのなら飛べてもいいでしょうに」

「人が空を飛ぶ、ということに違和感はないんですか? 翼もないのに飛べるはずもないでしょうに。もしできれば人を超えています。だから妖夢さん、私の手を取って是非運んでください!」

「そこはかとなく嫌な予感がするんですけど」

 

  ただ手を握るだけで終わるわけない。桐のにやついた顔を見れば、妖夢はより強くそう思う。さあさあと手を伸ばしてくる桐から逃げるように妖夢が後ずさっていると、白玉楼の階段の始まりを報せる門の上から、ゴロゴロと笑い声が降って来た。妖夢がその声の方を見上げれば、影のように揺らめく二本の長い尻尾。ちょこんと被った緑の帽子の端からは、猫の耳が生えている。

 

「庭師がついに男を知ったの?」

「まだです! って、橙さんなに言わせるんですか⁉︎」

「ほほう、それはそれは良いことを聞きました」

 

桐に刀のように鋭い少女の目が送られ、慌てて桐は話を逸らす。

 

「それより猫のお嬢さんは私たちになにか用なのでしょうか?」

「別に、暇だったから声掛けただけ。それよりお前はなに者? 見たところただの人間に見えるけど」

「私は五辻 桐と言いますお嬢さん。橙さんと言うのでしょうか? 私は見たまま人間ですよ」

 

  妖怪を前にしても取り乱した様子もなければ、霊力や魔力を滲ませることすらしない変わり者に、橙は好奇の目を向け、口端をゆっくり持ち上げた。

 

「変な人間、冥界に好き好んで来るなんて。藍様が言ってた変な奴らってお前のこと?」

「藍様という方がどちら様なのか知りませんが、多分そうでしょう」

「変という自覚があったんですか? それより、橙さんがいるということはひょっとして」

「紫様なら居ないわよ。数日前に外の世界に行くって出て行かれてからまだ戻って来ないから」

 

  紫。その名を聞いて桐は笑みを深める。幻想郷の中のことに詳しくなかろうと、その名が指す大妖怪にして賢者、八雲紫のことを幻想郷に来るというのに知らないのはモグリに過ぎる。スキマ妖怪。幻想郷の管理人。恐ろしい噂が多々あるものの、その中に見え隠れする『美人である』という情報を思い出しながら桐は頬を緩め、妖夢に肘で小突かれた。

 

「ならなぜ橙さんはここに? いつもは妖怪の山にいますよね?」

「その妖怪の山が少し騒がしくてうるさいからここに居るのよ。なんか天狗たちが侵入者に脱走者どうのこうの騒いでて」

「それって……」

「なんで私を見るんですか? 惚れました? いつでも大丈夫ですよ」

「なにがですか……」

 

  その内容は聞きたくないと、妖夢は桐から視線を切る。人里に続いて妖怪の山まで。深く考えなくても、桐たちが関係しているのだろうと妙に納得できた。桐、楠、椹。妖夢がまだ顔の知らない者が一人いる。ただこれまでの三人を思い浮かべれば、絶対にろくな奴ではないと当たりをつける。

 

「また桐さんのご友人じゃないんですか?」

「うーん、心当たりがありすぎて、足利さんだけはないと思うんですけど」

「それが最後の一人ですか」

「ええ、平城十傑の調停役の一族です。彼が私たちを連れてきたようなものですから」

「それは……大丈夫なんですか?」

「私が言うのもなんですが一番マトモだと思いますよ。ただちょっと……」

 

  桐は言いづらそうに口を噤んだが、もうなにが出てこようとおかしくないと、妖夢は呆れながらも続きを催促する。桐は眉をへにょりと曲げると、少し遠くを見つめるように顔を上げた。

 

「運が悪いんです」

「なんですかそれは。運が悪い? これまでで一番意味不明ですね。それがその人の技なんですか?」

「いや、技というかサガというか……。楠が同情するレベルですし、全く一族と関係ありません」

 

  ただでさえ一千年以上なにかに執着している一族の中にいて、一族と全く関係なく運が悪いとはそれこそ不運と言うのではないか。そんなことを考えながら、多分一番の不運は主人に桐を押し付けられている自分であると妖夢は一人納得し、門の上で横になっている橙に目を向けた。

 

「橙さん。今幻想郷は私の隣を見ての通り面倒臭そうな外来人が何人も来ている状況なのですが、藍さんと紫様に言ってどうにかできませんか?」

「えー、紫様はなんでか音信不通だし、藍様はそんな紫様の穴を埋めるために忙しそうだから無理だと思うけど。それより幽々子様にどうにかしてもらった方がいいんじゃない?」

「それができたらやってます……。はぁ。なんでこんな時に限って……」

 

  普段神出鬼没の紫が、橙の言葉を信じるなら明らかに不在。怪しげな空気に身を包み胡散臭いことこの上ない紫であるが、いざという時頼りになるのは間違いない。それも妖夢にとっては、敬愛する主人の親友でもある。どうにも状況が不審であり、薄ら寒いものが妖夢の背をぞわりと撫でた。

 

「桐さん、まさかとは思いますが『異変』とか起こそうなんて考えてませんよね?」

「『異変』ですか? よく分かりませんが、私としてはこの状況がもう異変ですね。なんと言ってもかぐや姫さまが見つかったのですから」

「全く会いに行こうとしませんがね」

「いやぁ」

「褒めてません」

 

  桐の箱ふやけた様子を見ていると、どうも幻想郷で度々起こる『異変』とは無縁にしか見えない。『異変』を起こした側である妖夢だからこそ、より強くそう感じた。妖夢の目にはどうにも『使命感』と言うものが桐には欠落しているように見える。その一見無気力な感じとは裏腹に時折垣間見える影のような怪しさが信用ならないのだが、それがどうでもよくなるほどに桐が困った男であるため、結局深く考えないことにした。

 

「まあいいです。幽々子様に聞けば何か分かるかもしれませんし」

「そうですね。私も夜は姫様と琴を弾く約束をしていますから早く帰りましょう」

「いつの間に、桐さん腕に覚えはあるんですか?」

「失敬な。琴と蹴鞠(けまり)は数少ない私の特技ですよ。きっと妖夢さんを聞き惚れさせてみせましょう」

「はいはい、それで橙さんはどうします? よろしければご夕食でも」

 

  善意ではなく、桐の犠牲者を増やそうと悪意の手招きを妖夢はする。門の上で寝転びながら二本の尻尾を指で弄り、晩御飯と暇な時間を天秤にかけ、暇を潰すなら美味しい方がいいと橙は小さく鳴いた。

 

「ならお邪魔するわ! 魚だとより嬉しいんだけど」

「秋刀魚が手に入りましたし早速それを使いましょう」

「なにを勝手に献立を考えているんですか、そう言うなら手伝って貰いますからね!」

「分かっておりますとも」

 

  時間が勿体無いので、結局妖夢は桐と手を繋ぎ空を飛んで白玉楼に帰ることとなった。が、道中当然と言うように妖夢の手の感触を楽しむように桐の手が艶めかしく動いたため、五度ほど手を離し不届き者を落とすことになったのだが、不届き者はすこぶる元気だった。




楠は北条 第ニ夜 夕 に続く
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