月軍死すべし   作:生崎

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第一夜 夕

「困ったぜ」

 

  団子屋の奥の席で熱い緑茶に舌鼓を打ちながら椹は唸る。目の前で他の客から団子を奪って食べているこいしに、盗賊の素質○と椹は脳内で太鼓判を押し、隣にちょこんと座り団子を頬張っているフランドールに目を落とす。相変わらず椹の学ランを羽織り、団子をもぐもぐと嗜んでいる。それを見て椹はため息を吐きながら、肩に刺さっているナイフを引き抜いた。

 

  紅魔館を出てからすぐに追撃のメイド長に襲われ、逃げても逃げてもいつの間にか咲夜は椹達の近くにいる。十六夜咲夜の能力は『時間を操る程度の能力』。時を止められ心臓にでもナイフを突き立てられればそれで終わる。だが、咲夜の時間停止の種は咲夜自身が超高速で動いているが故に相対的に時間が止まっただけに感じるだけであり、そのおかげで椹も何とか手が出せた。手が出せたと言っても致命傷にならないように身を捩っているだけで傷を受けている事には変わりない。おかげで団子屋に入るまでに十数本のナイフが突き刺さり、全身の筋肉に力を込めて傷を閉じて止血、今でさえこいしの能力と椹の盗賊技術で逃げ出せたが、それもいつまで保つかと肩を回し椹も団子を口に突っ込む。

 

「あー痛え、くっそありゃ銭形平次の子孫か何かか? しつけえ、おかげで人里の屋敷にも忍び込めねえ」

「私を置いてけばいいと思うけど」

「やだね! 折角手に入った宝物を手放す盗賊がどこにいるよ! 絶対手放さねえ!」

「……変な奴」

 

  そう言いながらも少し嬉しそうにしながらフランドールは団子を口に運ぶ。これまで怖がられこそすれ、フランドールを自分から紅魔館の外に連れ出し側に置いて団子まで食わせた人間は初めての事。あまりに面白いのでフランドールがつい壊したくなってもあっという間に『目』を奪われてしまう。単純に暴力で暴れようとしても、当たれば終わるだろう打撃が椹には分かっているように避けられ戦闘の意思を奪われる。おかげでフランドールの狂気は空振りし、常識人のようなポジションにいる今が不思議だと一人頷きながら団子をお茶で喉の奥へと流し込むと、フランドールは椹へと目を向けた。

 

「じゃあどうするの?」

「どうするかや、このナイフも良いものみたいだからこれまでのは質に売れて軍資金は得た。これも売るかあ? でもまた質屋に行くのもなあ、フランドール嬢はどっか良いとこ知らねえの?」

「知らないよ、私人里来るの初めてだもん。それよりもっとお団子欲しいわ」

「あぁあぁオレのもやんよ」

 

  箱入り娘に聞いた自分が悪かったと椹は肩を落とし、頭の後ろで手を組む。そんな事をしていると、「団子がねえ⁉︎」と団子屋の店の中が騒がしくなってきた。見ればこいしが両手で何本も団子を持って口へと運んでいる。「お頭〜」と団子の串を持った手を振るこいしの姿に椹は噴き出し、隣にいるフランドールをひっ掴むと、「ごっそさーん!」と金を置いてこいしを掴み外に出た。団子如きを奪った罪でなんて捕まりたくはない。

 

「お金払うんだねお頭」

「食い物にぐらい払うっつうの、食い逃げ犯みたいなせこい奴にはなりたくねえのよ」

「……人攫いはいいのかしら」

「人攫いじゃなくて宝物盗み! だいたいフランドール嬢は人じゃなくて吸血鬼だろ!」

 

  言ってる事が違うだけでやっている事は同じだとフランドールは椹の腕の中でため息を吐く。それに合わせて急ブレーキを踏み、人里の狭い路地に滑り込む椹。顔を苦いものにしながら、しかし、嬉しそうに口の端は上へと持ち上がっている。そんな椹の矛盾した表情をこいしは見上げ、ズレた帽子の位置を直す。

 

「どうしたのお頭」

「気配だ気配がしやがるよ、あの銀髪メイドが近くにいやがる」

「……椹って妖怪よりも人間離れしてるわね」

 

  うるせえや! と椹はフランドールの頬を摘み、路地の奥へと足を進め影の中に溶け込むように動く。人というよりは獣じみた椹の直感に、頰を摘まれながらフランドールは少なからず呆れた。時に屋根の間に身を滑らせ、路地裏を歩く人々の頭上を飛び越して椹達は先を急ぐが、咲夜の気配はアスファルトにへばりついたガムのように剥がれない。まるで追われる盗賊のような状況に椹は嬉しそうに笑うが、いい加減ナイフで刺されたくないので頭を回す。

 

「嬢ちゃん達よ、なーんであの銀髪メイドはオレ達の居場所が分かってるかのように追ってきてるんだと思う?」

「えー、多分フランちゃんの妖気を追ってきてるんじゃない? 私は無意識を操れるから妖気を探られても見つからないし」

「妖気ってのはあれかや、あの何かざわざわした奴か。よしよし」

 

  椹は一人納得したように大きく頷き、こいしを掴んでいた手を離す。歩いていたのではこいしは椹に追いつけないため、自分で飛ばなければいけなくなった面倒さに頬を掻く。翼もなく空を飛ぶこいしを可笑しそうに椹は少しの間眺めたが、小さく首を振って空いた手をフランドールへと伸ばした。

 

  「フランドール嬢動くなや」と念を押し、伸ばされた椹の手はフランドールの手前で止まり、触れるか触れないかというところで、普通に目で見ては分からない歪んだ空気を椹はゆっくり指で摘む。妖気を掴む。それぐらい椹には造作もない。ゆっくりゆっくり椹曰くざわざわした空気を引き剥がすように手を引いて、後ろの方へ投げ捨てた。

 

「よしこれで囮ができたぜ、フランドール嬢の妖気を少し引っぺがした」

「え? お頭そんな事もできたの? いつから?」

「そりゃ生まれつきに決まってんだろうよ!」

 

  そう言って椹は笑うが、本当かどうか怪しいものだとフランドールは眉を顰める。箱入り娘であろうとも、フランドールも知っている人間、霊夢も魔理沙もそんな事をやっているのを見た事はない。少なからず自分と遊べる人間を、普通だとはさしものフランドールも思わない。故の疑問。

 

「椹、それ本当なの?」

「お、おうなんだやフランドール嬢、疑うのけ?」

「だって椹の髪って白髪でしょ? 白髪ってストレスでなるんじゃないの? それだけ苦労したんじゃない? 三つ編みなんかしてると余計に髪が痛むと思うけど」

「そんなわけねえだろ! オレが苦労なんかするかよ! こりゃ染めてんの!」

 

  そう言いながら椹は笑う。フランドールの疑問など馬鹿らしいやって言うように。ただし少しばかり口の端を引き攣らせて。四九五年生きた年の功か、箱入り娘だからこそ目敏いと言うか、フランドールの指摘に少々椹は焦る。格好が悪いから絶対に椹は口にしないが、椹だってフランドールの予想通り初めからこうであったわけではない。

 

  袴垂家の修行は至極簡単、次期当主として選ばれた子供は、袴垂家が代々当主が変わる毎に改良に改良を重ねた監獄島、そこを脱走できるまで放り込まれる。外の世界では見なくなった妖魔の類さえ詰め込まれ、最新の科学技術までふんだんに使われた脱出不可能な監獄島。脱走に失敗すれば耐性をつけるためと拷問の日々。おかげで椹の頭髪は真っ白くなったまま何故かもう戻らない。五歳の頃に放り込まれてから椹が脱走を完遂するまでに掛かった年月は九年。その時の事など絶対に口にはしたくはない椹だ。

 

  真の盗賊とは生まれながらにスマートで、苦労なんてするはずない。椹の持論はこれであるため、フランドールの質問には素直に答えずただ足を動かす事に集中する。

 

「ええでも」

「でももヘチマもねえの! っておわっと⁉︎」

 

  フランドールの訝しんだ目を置き去りにするように走っていた椹だったが、目の前の路地の出口に急に壁が現れ足を止める。見ればガチャガチャと家具が雑多に紐で纏められて転がっていた。その手前で二の足を踏み椹達がそれを見つめていると隣の引き戸が弱々しくガラガラと開き、頬に手を当てて着物の女性が外へと出て来た。

 

「あら?」

「あ、どうも」

 

女性は椹達に気がつくと、壁のような家具達に目を向けて、納得したように困った顔を椹達へと向け直す。

 

「こんにちは、ああ、悪いわね、引っ越しで引っ張って来た荷車が転がっちまって動かせないのよ。紐が固くて鋏じゃ切れなくてね。外に出るなら回り道をしてくれる?」

「ま、回り道?」

 

  咲夜の気配は遠くはなったが、それでもまだ近くにはいる。椹が引っぺがした妖気の辺りを調べられても、そこに居ないと分かればまた時でも止めて椹のすぐ側に現れる。女性の言葉に焦ってその場でワタワタと椹が足踏みしていると、カチャリと先ほど肩から抜いた咲夜のナイフが地面に落ちた。

 

「あら、よく切れそうなナイフね。良ければそうだわ、その家具の内の一つと交換してくれないかしら? それで多分紐は切れるし、多過ぎる家具も一つ減って助かるから」

「何かよく分からんが先に進めるなら何でもいい! 紐切っていいんだな!」

 

  女性の言葉を鵜呑みにし、落ちたナイフを拾い家具達を纏めている紐を切る。これまで壁のように道を塞いでいた家具は崩れ、道に出るだけの隙間ができた。出てきた人里の女性にナイフを手渡し、貰えるものなら貰うべきだと質の良さそうな片手で持てる書見台を引ったくり先を急ぐ。

 

「お頭そんなのどうするの?」

「分からん! だが貰えるって言うなら貰わないと」

「ケチな盗賊ね」

「うるせえや!」

 

  叫びながらも椹は先を急ぐ。いつどこからか銀髪メイドが襲い掛かってくるのか分からない。飛ぶのが面倒になったのか椹の首元に巻き付くこいしを振り解く暇もなく椹が苦しそうに走っていると、空を裂き、銀色のナイフが足元に向かって突き刺さった。横目で椹が背後の空を見れば、追って来ている銀髪メイド。

 

「見つけましたよ妹様! お戻りください、お嬢様が心配します!」

「うわわ来ちゃったよお頭、 捕まるー」

「捕まらん! 子分その二! 煙幕!」

「えー、まあいいけど」

 

  椹の叫びに渋々、しかし小さく笑みを浮かべてフランドールは開いた手をギュッと握る。それに合わせて吹き飛ぶ大地。巻き上がった土煙が椹達の姿をすっぽりと覆い、飛散した石礫がパラパラと小さな音を立てて咲夜の頭上に降り注ぐ。それに紛れるようにして土煙の中に分かれるフランドールの幾つかの妖気。フランドールの持つスペルカード、禁忌「フォーオブアカインド」ではない。先程と同じ現象。何故か妖気が置物のように置いていかれる。土煙が晴れた先にはもう三人の姿はなく、また逃げられたと咲夜は舌を打つ。空を飛んで遠くなっていく咲夜のを見つめ、背中につけていた壁から椹は力なくずり落ちた。

 

「おっかねえメイドだや。よくあんなのと暮らせるな」

「うーん、咲夜は面白いけど怖くはないよ?」

「お姉ちゃんのペットもあんな感じかも」

「こいし嬢も姉さんいるの? って言うかペットって」

「お姉ちゃんのペットはお空とお燐よ!」

「いや聞いてないけども」

「お姉様のペットはチュパカプラね」

「チュパカプラ⁉︎ まだそんな宝があったか…•」

 

  二人の少女に挟まれながら適当な会話に相槌を打ち、椹は二人を引っ付けながら立ち上がると辺りを見回す。咄嗟に入ったにしては大きな庭、その先に見える大きな屋敷、棚からぼたもちのように宝物がありそうな屋敷に入り込めた状況に盗賊の顔が緩む。が、ゆっくりしている時間はないと薄く息を吐いた。

 

「さて銀髪メイドが追ってくる前に遠くへ逃げんと、どっか良いところないかや?」

「思いつくのはお姉様がよく行く博麗神社とか?」

「博麗神社ね、博麗の巫女とか言うのがいる神社か、でけえのか?」

「ううん、ぼろっちい」

「なら興味ねえ、こいし嬢は?」

「うーん、そうだ! お姉ちゃんのところに行く?」

 

  そう笑顔でこいしは言うが、こいしの姉がどこにいるのかなんて椹には分からない。しかし、幻想郷をよく知らない椹に行く宛がないのも確か。博麗神社の名は椹も知ってはいるが、ボロい神社になど椹は行きたくない。少々思案して、椹は小さな頷いた。

 

「こいしの姉さんがいるとこはでけえのか?」

「うん! 地底の屋敷だもん!」

「地底の屋敷⁉︎」

 

  早く言えと椹は首から背中にぶら下がっているこいしにデコピンを放つ。そうと決まれば話が早いと、庭を通り屋敷の縁側に沿って外へと向かう。傾いた陽に当てられて、そんな椹達の伸びた長い影を途切らせるように、通りすがりの障子がスパンと小気味の良い音を上げて開いた。ブリキの人形のようにたどたどしく開いた障子の方へと顔を向ける椹の目に映る少女の姿。

 

  花飾りを頭に付けた、紫色の髪の少女。質に良さそうな着物の上に黄色い羽織を纏い、椹を見ると一度目をパチクリと動かし大きく口を開けるが、男が手に持つ学ランに包まれた金髪の少女を見て、声にならない息を吐き出し固まった。幻想郷のあらゆる事が書き留められている幻想郷縁起。それを書いた筆者自身である稗田阿求が危険度極高と書き記した吸血鬼の妹が稗田の屋敷の中にいる。一体なぜといった言葉が阿求の脳内に渦巻いて、そして強くポンと手を打った。

 

「夢ですね」

「おい勝手に夢にするなよ」

「夢じゃない⁉︎」

 

  手に持った書見台でこつりと阿求の額を椹が打てば、後ろに倒れる勢いで阿求は仰け反った。なんとか踏ん張り阿求は倒れる事だけは阻止すると、急に現れたフランドールと、何故かそれを抱えている見慣れぬ男に目を見開く。

 

「な、なんでフランドールさんがここに⁉︎ いやそれよりフランドールさんを抱えている貴方は誰ですか⁉︎」

 

  阿求の驚きの声に椹は一瞬固まったが、含み笑いをして大きく肩を動かすと、より楽しそうに笑みを深めて大きく笑う。一度バッと腕を広げて手に持った書見台をくるりと回して握り直し、勢いよく阿求の鼻先へとそれを突き付ける。

 

「よくぞ聞いた‼︎ オレこそ世紀の大盗賊! 袴垂椹よ!」

「その子分そのイチ、古明地こいし!」

「え、え⁉︎ もう一人いた⁉︎」

 

  こいしが声を出してようやく気がついたのか、阿求は椹の首に纏わり付いて元気よく手を上げるこいしを見て目を丸くする。そんな阿求を見て、笑顔のまま何も言わないフランドールに向けて目を送る椹とこいし。私も? と言うように学ランの奥でごそごそと動くフランドールを持つ手に椹が少し力を入れると、観念したように吸血鬼の箱入り娘は恥ずかしそうな声を出す。

 

「こ、子分その二、フランドール=スカーレット……」

「と、言うことだ‼︎」

「どう言う事ですか⁉︎」

 

  椹達の宣言に訳が分からないと阿求は頭を抱えた。阿求自身が人間友好度極低と皆無と書いたはずの妖怪が見慣れぬ服を着た外来人と思われる人間とつるんでいる。それも自分の事を世紀の大盗賊と名乗るような異常者とだ。阿求は現実逃避をする意味で目を泳がせ、三人の姿を脳内で消し、代わりに目の前に差し出された書見台を目に入れる。

 

「こ、これは⁉︎」

「ん? なんだよ嬢ちゃん。こりゃさっきオレが貰ったもんだぜ」

「これは稗田阿夢の書見台です! 間違いありません! ここに阿夢の文字が! 前に一度身の回りの整理をした時に質に出したと書いてあったのにまさかこんなところで出会えるなんて!」

「ほっほーう、よく分からんが掘り出し物と、ラッキーだぜ」

「譲ってください!」

「やだ」

 

  即答で椹は阿求の要求を斬り捨てる。阿求が書見台の事を知っているとして、値打ちもので頂いたものをそうやすやすと渡す椹ではない。奪う事ならばっちし、奪われる事は絶対にノーな椹だ。阿求がどれだけ目を潤ませてお願いしようと椹は強く首を左右に振る。

 

「そこをなんとか!」

「絶対にやだ! オレのもんだもんコレ、無料(タダ)でものを差し出すなんてありえないよ」

「椹ってばそんな子供みたいな事を」

「お頭って本当にケチだね」

 

  子供みたいな容姿の少女二人に大人げないと首を振られる。それでも頑なに差し出そうとしない椹にため息を零しながら、椹の背中からこいしは離れると阿求の手が届かないように書見台を上に持ち上げている椹のワイシャツの腰あたりを軽く引き。「ねえお頭、早くしないとメイドさんが来ちゃうよ」と魔法の言葉を口にした。

 

「こんな広い場所で咲夜に襲われて椹は逃げられるの? それも邪魔だし」

 

  更に足されたフランドールの正論に椹は眉を顰めると、考えるようにその場を円を描くように少しうろうろ歩いた後歩みを止める。差し出すか差し出さないか、襲いかかって来る銀髪メイドと盗賊としての矜持を天秤に掛けて、落とし所を探し出す。

 

「ッチ! 仕方ない、それじゃあ交換だ交換! 無料(タダ)はナシ! コレと釣り合うものじゃあねえとやれないやな」

「流石お頭がめつい‼︎」

「いいかこいし嬢、盗賊の心得その二だぜ、盗賊たるものただで転ぶなよ」

「なるほど‼︎」

「ただケチなだけでしょ」

 

  納得の声をあげるこいしに、ため息を零すようにフランドールは呟いた。椹の提案にそれならばと急いで阿求は屋敷の奥へと消えていく。何が可笑しいのか怪しく笑う椹とこいしに呆れたようにフランドールは目を外す。そのうち屋敷の奥から騒がしい足音が聞こえ、酒瓶を持った阿求が現れた。

 

「どうですか! これぞ先代の稗田阿弥が手に入れたと言われる伝説のお酒『偽電気ブラン』です!」

「なに! 偽電気ブランだと⁉︎」

「お頭知ってるの?」

 

  偽電気ブランとは、大正時代に浅草の老舗酒場で生まれた歴史あるカクテル、電気ブランの偽物だ。ある時、京都中央電話局の職員が何とかその電気ブランなる酒の味を作り出そうと企てて四郷錯誤のフクロウ孤児のドン図まりで奇跡のように発明され生み出されたものこそ幻の名酒『偽電気ブラン』。これが実に神秘的な風味で美味いと実しやかに囁かれていたりする。今も京都のどこかで作られているという本当なのか嘘なのかも分からぬ幻想の酒。曲がりなりにも大盗賊を名乗る椹が知らない訳がない。

 

  一升瓶に並々と詰まっている黄金の液体に椹は目を向けて唸ると、それならば良しと頷いて『偽電気ブラン』と阿夢の書見台を交換した。

 

「わあ、まさか稗田阿夢の書見台が戻ってくるなんて!」

「まさか幻の名酒『偽電気ブラン』が手に入るとは! なあ今飲む?」

「飲もう飲もう!」

「咲夜が来るんでしょ! 飲んでる暇ないでしょもう!」

 

  楽観的な誘拐犯達に学ランの奥からフランドールが弾幕を見舞えば、尻に火が付いたように椹とこいしは走り出す。おかしな来訪者達に手を振って見送る阿求が、書見台を早速部屋に飾ろうと身を翻そうとした瞬間、遠く稗田の屋敷の壁に描かれた文字を見てすっ転ぶ。

 

『世紀の大盗賊、袴垂椹、子分そのイチ古明地こいし、子分その二フランドール=スカーレット 参上!』

 

  いったいいつの間に描いたのか。幻想郷では見慣れぬ塗料で描かれたそれは落とす事に阿求は大変苦労し、後日壁を塗り直す羽目になる。この出来事はしっかり幻想郷縁起に描かれた。極悪妖怪を率いる極悪人として。椹の名はしっかり刻まれてしまう。

 

  そんな事になるとはつゆ知らず、椹達は道を急ぐ。左手でフランドールを抱え右手に酒瓶を持ち背中には古明地こいしを引っ付けて、赤く染まり始めた空の下、四方八方から飛んで来る銀の輝きを避けながら人の少なくなり始めた人里を椹は駆け抜ける。

 

「なんで屋敷出た瞬間にいるんだよ⁉︎ ターミネーターかあの嬢ちゃんは⁉︎」

「お頭前から来てる‼︎」

「どこから出してんだあの量をよ!」

 

  壁のように近づいて来るナイフにこいしが弾幕を放ち、穴の空いたナイフの壁に椹は躊躇なく滑り込む。その瞬間目に映るメイド服の靡く影。ナイフを手に持った咲夜が、映像のコマを切り貼りしたように姿を消して椹の胸にナイフを突き立てた。

 

「痛え⁉︎ この人殺し‼︎」

「ぐっ、何で時を止めた中でズレるのかしら! 妹様を離しなさい誘拐犯‼︎」

「やだよ! もうコレはオレのだ!」

「妹様をコレ呼ばわりなんて!」

「うっせえや!」

 

  足で咲夜を思い切り蹴飛ばし、ついでに椹は咲夜が隠し持っているナイフを奪う。相変わらずの量に奪ったナイフを落としながら椹は走る。咲夜は舌を打ってそれを追った。空も飛べないくせして椹の足は異様に早い。それこそ話に聞いた忍びのように。空を飛んでも咲夜には追いつくのに苦労するほどの速さ。お陰で近付くのに能力を使う必要があり、椹に決定打を与えられる程時間を止めていられない。口を歪めながら咲夜は椹が手に持つ学ランへと目を落とす。

 

「妹様お戻り下さい! お嬢様も心配していますよ!」

 

  再三掛けられる咲夜の言葉に、フランドールも学ランの中で身動ぎする。たったの半日にも満たない時間で、これまでよりも楽しいとは言えそうな時をフランドールも過ごせた。ただ何かを壊すこともなく、変な二人組と幻想郷中を駆け回る。これまで見たかった人里も見ることができ、少なからず満足はした。小さくフランドールは口を開き椹を見上げるが、その口を塞ぐように椹は足を早める。

 

「うるせえな! 大事な宝物なら自分で取りに来いとレミリア=スカーレットに言っとけ! 本当に大事な宝物なら奪われる方が間抜けなのよ! オレは絶対に宝物は手放さねえ! だからフランドール嬢もやらねえ! オレは世紀の大盗賊よ! オレから奪えるもんなら奪ってみろ!」

「貴様! お嬢様の気も知らず!」

「知るかそんなの! 人の気なんて気にして盗賊が成り立つかい! フランドール嬢! 目の前の壁ぶち壊せ! 行こうぜ!」

「……うん、うん分かった!」

 

  もういいよ、と言うフランドールの言葉は奪われ、もう少しだけたまには我儘になってもいいかとフランドールは手を握る。四九五年も待ったのだ。その時よりも長く物を奪う事に生涯を費やした一族が、今日もまた何かを奪っていく。砕けた漆喰の壁を跳び越えながら後ろ足で壁の破片を椹は咲夜に向けて蹴り飛ばす。ナイフを投げて咲夜は壁の破片を斬り裂くが、走りながら次々と壁の破片を蹴り飛ばす椹の勢いに押し負けて、破片の一つが咲夜の腹へと飛来した。身を捻った咲夜の目の前に迫る真っ赤な弾幕。時を止めるのも間に合わず、掠るように弾幕を受けて近くの壁に勢い良く銀髪が突っ込んだ。

 

「妹様の」

 

  服を掠った霊力の跡に咲夜は目を細めると、どうしようかと考える。まともに闘うのではなく、ただ逃げる奇天烈な盗賊を追い詰めるのは咲夜一人では手に余る。椹の逃避術は無駄に技術が高い。

 

  咲夜の気配が遠ざかったのを確認して、僅かに椹は足を緩めた。致命傷にはなってはいないとはいえ、胸への一撃は流石に椹も少々効いた。徐々に椹は脚を緩めながら、背中に張り付いているこいしを背負い直す。

 

「おういこいし嬢、地底とかいう所にはどうやって行けばいいのよ。流石にオレも休みてえや」

「うんお頭、ここからだと妖怪の山だよ」

「妖怪の山?」

 

  言いながら椹は背後から指差すその先へと視線を飛ばし、こりゃダメだと地面にひっくり返る。人里の外周部を囲う漆喰壁をぶち壊した事で、新たに顔を出した雑草の生えた地面に大の字に倒れた。間一髪もうごめんだと、椹と地面に挟まれぬように椹から飛び退いたこいしは、そのまま倒れた椹の上に乗っかって、楽しそうに手足を動かす。大地に腰を下ろしたくないのか、同じようにフランドールも椹をクッションにするかのように上に乗った。

 

  少女二人の重さに「ぐふぅ」と苦々しい息を吐きもう一度椹は妖怪の山へと目を向けた。明らかに尋常ならざる空気を纏った霊峰。妖気のせいか神気のせいか、揺らめいた空気に包まれて天に届くほどに巨大に見える。そして何より道のりが遠い。いくら椹の足が速かろうと、妖怪の山に着くまでにどれだけかかるか。咲夜に追いつかれるのが目に見えていた。

 

「遠いぃぃ、あそこまで行こうとしたら夜が明けちまうやな」

「えー、お頭頑張ってよ」

「頑張ってどうかなるなら頑張るがね」

「ならどうするの椹、諦める?」

「それだけは絶対嫌だ! あんな殺人メイドに捕まったら人生終わりだ!」

 

  椹の返答に小さく笑うフランドールの声を聞き流し、腹の上に二人の少女を乗せて椹は頭の後ろで手を組んだ。これまでこうもしつこく椹を追って来た者はいなかった。外の世界でもだ。それが嬉しくもあるが面倒でもあるが故に椹はこいしが三つ編みに編んだ髪をくるくると弄り考える。相手の命を奪うのなどは最終手段。奪ったところで面白くもない。かと言って打てる手がないからとフランドールを手放すのだけはありえない。折角手に入れた初めての宝物だ。

 

「さてさてどうするかね」

「どうすんだい?」

 

  唸る椹の目の前ににゅっと三日月が伸びた。何の気配もなく現れた三日月に椹は勢い良く身を起こして跳び退きながらこいしとフランドールを抱え直す。只者ではない。盗賊である椹と似たような気配。

 

「誰だよ何もんだ?」

「そう言うあんたは誰だい人間」

 

  可笑しそうに笑いながら、夕焼けの下で頭を下にひっくり返りながら宙に浮いた少女の姿。頭の両脇から枝のようなものを生やし、手には瓢箪を握っている。椹が両脇に抱えたさとり妖怪と吸血鬼を面白そうに見つめた後、それを肴として楽しむように少女は瓢箪を口へと傾けるが、ひっくり返っていたせいか上手く飲み込めなかったようで小さく吹き出す。

 

「マジで何だこいつ」

「鬼よ椹」

「鬼ぃ? 吸血鬼に鬼とはね。あの銀髪メイドといいここは退屈しねえぜ」

 

  少女の頭から伸びる三日月を見つめて、奪ったら面白いだろうかと椹は思案する。椹の好奇の目を受け止めて、萃香はジャラジャラと手首についた鎖を打ち鳴らして腕で口を拭き、くるりと体をひっくり返し椹の灰色の瞳を覗き込んだ。掘り出し物の玩具を見つけたように。

 

「吸血鬼の妹とさとり妖怪の妹を両脇に抱えた外来人とは面白い。名前は何だい?」

「ふっふっふ、よくぞ聞いた! 世紀の大盗賊、袴垂椹とはオレのことよ!」

「椹のお頭の子分そのイチ!」

「はいはいもういいから、これいつもやらなきゃいけないの?」

 

  ため息混じりにフランドールに名乗りを邪魔されて頬を膨らませるこいし。毎度毎度子分その二などフランドールは名乗りたくはないので、椹の腕の反対側から手を伸ばして来るこいしの手をペシリと叩き落とす。

 

「ぶー! 椹のお頭、子分その二が反抗期!」

「おいおいフランドール嬢、盗賊の心得その三、盗賊たるもの名を聞かれたら高らかに宣言すべしだぜ」

「それは盗賊としていいの?」

「アッハッハ! 変なトリオだね! 面白い! それに袴垂ねー、ふーん、久し振りに聞いたよ」

 

  椹達三人の声を掻き消して笑う萃香の椹を見る目が細められる。少しだけ懐かしいものを眺めるような萃香の気味悪さに椹は舌を打ちながら、未だに椹を挟んでわちゃわちゃやっている二人の少女を離すように抱え直し、萃香の目を睨み返した。

 

「何だよ嬢ちゃん、どっかで会ったかよ」

「いやいやあんたとは初めてだよ。あたしは伊吹萃香、見ての通り鬼さ」

「そうかい萃香嬢、で? 何の用だよ、鬼って言うからには人攫いにでも来たかや?」

「うーん? いや面白そうな事してるからちょっと見に来ただけなんだけど……、ん? あんたそれ何持ってるの?」

 

  鼻を小さくひくつかせながら萃香が眺めるのは椹が持っている酒瓶。こいしから腕を離し右に左に椹が手に持つ酒瓶を動かすと、萃香の顔もそれに釣られたように左右に動く。

 

「ほうお目が高い、これぞ幻の名酒『偽電気ブラン』よ!」

 

  物珍しそうに眺める萃香に見せつけるように椹は酒瓶を掲げた。手に入れた宝物は見せびらかさなければ意味がない。『偽電気ブラン』を見せつけられて、鬼が僅かに後退る。

 

「に、偽電気ブラン⁉︎」

「へー鬼も知ってるなんて有名なのかしら」

「いや全く知らん」

 

  きっぱりそう言う萃香に、ズルリと椹の腕からフランドールがずり落ちる。それを落とさないように椹はまた抱え直し、そんな椹にこれまでよりも柔らかな笑みを浮かべた萃香が擦り寄って来た。固い角がチクチクと椹の体を突き、逃げるように椹は身を捩る。

 

「いやいや、そんな名も知れぬ酒を持ってるとは流石は袴垂、酒は分かち合うものだと思わないか?」

「ちっとも思わねえや」

「鬼にまでケチとは椹はブレないわね」

「流石お頭! 世紀のドケチ!」

 

  こいしの言葉を否定するどころか胸を張って椹は萃香の角を押し返す。より深く椹の腹部に萃香の角が突き刺さり、大きく椹は咳き込み、馬鹿らしいと言うようにフランドールは学ランの奥に隠れるように身を移した。

 

「少しぐらいいいじゃん袴垂の、酒は飲まれるためにあるんだ」

「却下! オレんだもんコレ」

「椹、早くしないと咲夜が来ちゃうわ」

「お頭早く地底に行こう行こう!」

 

  少女二人に急かされて、咲夜の存在をすっかり忘れていた椹の動きが止まる。そう言えばそうだったと萃香に一度目を落とす。鬼というだけあって萃香の力は凄まじく、無視して先に行こうかと足を出そうとしてもビクとも動かない。椹に引っ付きながら、『地底』と聞いた萃香は怪しい笑みを浮かべて一人納得したように頷いた。

 

「なんだ地底に行きたいのか。なら抜け道教えるからさ、その代わりそれと交換な」

 

  酒瓶を指差して舌を舐める萃香に、絶対嫌だと椹は背中に隠そうとするが、「咲夜」と零すフランドールの言葉に肩が跳ねる。椹がこいしに目を向けても小首を傾げるだけで、萃香のように地底への抜け道とやらを知っているようには全く見えない。酒瓶と萃香のニヤケ面を椹は少しの間に比べて、渋々酒瓶を差し出した。

 

「おお! 話が分かるね!」

 

  差し出された酒瓶を勢い良く手繰り寄せて萃香は蓋を開けると一口で三分の一も黄金の液体を飲み込み、満足げに白煙を口から吐き出した。ここまで咲夜のナイフからも割れないように大事に運んで来た酒が一瞬にして空になりそうな状況に、椹はがっくしと大地に両手をつく。物とはなくなる時は呆気ない。

 

「お、オレのお宝……」

「もう、別にそれだって書見台と交換したものだしそんなに落ち込まなくてもいいじゃない。書見台も咲夜のナイフと交換したんだし」

「メイドさんのナイフならまだあるよ!」

「いらん!」

 

  こいしから椹に差し出されたナイフは、先がほんのりと赤く染まっており、椹に一度突き刺さったであろう事は明らかだ。それを掴むと椹は遥かに遠くの妖怪の山へ向けて思い切りぶん投げる。鬼すら感心する綺麗なフォームで投げ出されたそれは、夕焼け空の中に輝く一番星と重なって、キラリと光り消えていった。

 

「アッハッハ! ナイフを酒にまで変えるなんてわらしべ長者みたいな奴だね! さて袴垂の、約束通り教えよう! 地底への抜け道はズバリアレだ!」

 

  そう言って萃香は近くの草むらを指差すが、草以外に何も見えない。背の高いススキが秋の冷たい乾いた風に吹かれて穂を揺らしているだけだ。椹が萃香に文句を言うよりも早く、揺れる穂の動きに合わせて体を揺らしていたこいしが、じゃらしに飛び掛かる猫のようにススキ達へと飛び掛かり、そして消えた。

 

「は? お、おいこいし嬢⁉︎」

「ちょっと」

「こいし嬢が草むらに食われた⁉︎」

 

  椹が幻想郷に入る前に誰かしらが「幻想郷は恐ろしい」と言っていたが、流石の椹も草むらが誰かを食べるとは思わなかった。ヒェっと息を飲み込む椹を余所に、「お頭〜」と言うこいしの篭った声が辺りに響く。危機感も感じさせない能天気な響きを椹は聞いて、感心したように顔を歪めた。

 

「もう化けて出やがった! 流石オレの子分を名乗るだけはある。ただじゃあ転ばねえ」

「いや普通に生きてるんでしょ、だいたいこんな死に方はつまらないわ。もっと派手じゃないと」

「それもそうだ」

 

  天に花開く火の花のように劇的な人生の方が面白い。そう急に冷めたように椹がススキの草むらを掻き分けると、ススキの背にすっぽりと隠れるように、長方形の黒ずんだ古岩に囲まれた井戸が姿を現わす。岩肌は半分以上が苔に覆われ、覗き込めば夜闇よりも遥かに暗い黒が広がっていた。こいしの声は確かに全てを塗り潰す黒の中から響いており、目を細めて中を見ようとする椹と、せり上がってくる少女の声に包まれながら飛び出して来たこいしの頭同士が衝突し、寺の鐘を打ったような鈍い音が響いた。

 

「い、痛え……、無事みたいだなこいし嬢」

「うん、でも星が瞬いてるよ」

 

  頭を揺らしながらパチクリと目を回すこいしを見て、こいしの衣服から雫の一滴も垂れずに全く濡れていないのを椹は見ると、ふむふむ唸り顎へと手を伸ばす。それを見ながら酒瓶を傾けて、萃香は椹の想像通りと言うように頷いた。

 

「あんたの考える通りそれはもう枯れ井戸さ。ずっと潜って行けば地底に出る」

「やっぱりか。秘密の抜け道みたいでテンション上がるな」

「変わらないねえ袴垂のは」

 

  しみじみと目を伏せる萃香を見て、口角を下げ椹は目を外す。どこか夜の気配に似ている哀愁と言う名の雰囲気が椹は苦手だ。何よりも人のお宝を奪っておいて口に運びながら萃香がそんな顔をする事が椹はそこはかとなく気に入らない。文句の一つでも言ってやろうかと椹は萃香に近寄り、手が触れる距離まで歩き足を止めた。目は人里の方へと向けられ、ナイフの剣尖の冷たさが椹の背に流れる。

 

「あ、やべえや」

「どうかしたの椹?」

「こいし嬢! フランドール嬢! 行くぞ! 銀髪メイドの気配だぜ!」

「ちょ、ちょっと⁉︎」

「行こうお頭! お姉ちゃんのところへレッツゴー‼︎」

 

  こいしとフランドールを抱えて椹は枯れ井戸へと飛び込む。狭い石通路に数多の声が反響し、少しすると何かを握り潰す音が響き枯れ井戸は土とススキと掻き混ぜられて、その姿をすっかり消してしまう。枯れ井戸の最後を肴に萃香がまた酒瓶を傾けていると、星が大地に降ってきたように、滑らかな銀の髪が萃香の視界の中を泳いだ。

 

「あら萃香じゃない。ここに妹様が来なかったかしら?」

「吸血鬼の妹なら確かにさっきまで居たけどね、もう行っちまったよ」

「どこにかしら?」

「さあどこだっけ?」

 

  嘘が嫌いな鬼であるはずがとぼけたように笑う萃香に、咲夜はゆっくりナイフを握るが、陽の落ちる空を見上げて困ったように息を吐く。夜は妖怪の、何よりも吸血鬼の時間。紅魔館の主人が起きる。

 

「まあいいわ、それよりも」

 

  咲夜はふと萃香を見つめ、椹が握っていたはずの酒瓶を萃香が握っているのを確認すると、それ以外にいつも萃香が持っているはずのものがないのに気付き眉を曲げた。

 

「萃香、貴女いつも持ってる瓢箪はどうしたのよ」

 

  そう咲夜に指摘され、腰に手をやり瓢箪がない事に萃香は気づくと、崩れ去った枯れ井戸に一度目を向けて大層愉快に笑い出す。昔の景色が今の景色と重なり合い、ふわりとした白髪に鼻を擽られるように。

 

「アッハッハ‼︎ やられたぁ! 盗賊になる以外の未来を奪ってるだけあるね! くっそぉ、今代の袴垂は油断ならない奴だ、あんなヘンテコな格好でこの伊吹萃香からものを奪うとは! ふっふっふ、霊夢の奴でもけしかけてみるかね!」

「ちょっと!」

「吸血鬼のお嬢様に言っときな、また楽しそうな祭りが始まるってね!」

 

  咲夜の制止の声など聞かず、大きく笑いながらふらふらと空に浮かぶ月を目指して鬼は飛んで行く。地面には黄金の液体が詰まっていた空の酒瓶を転がして。咲夜は大きくため息を吐き、面倒な事になりそうだと主人の待つ紅い屋敷に足を向ける。


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