月軍死すべし   作:生崎

18 / 60
第三夜 朝

  旧地獄から地上へと続く道はいくつかあるが、大きいものとなると二つ。一つは間欠泉が噴き出した博麗神社へと続く道。もう一つは同じく間欠泉センターがある妖怪の山の麓へと続く道。椹、フランドール、こいしの三人は、一夜明け地上へ向けて移動を始めた。

 

  と言っても歩いてではない。ガタガタと揺れる箱の中に三人。幻想郷という旧時代の宝庫の中にあって、エレベーターの中にいるという現実に、椹は浪漫の欠片もないと頭に手を伸ばす。ゆっくり伸ばした手を頭に置けば、軽い痛みが頭に走り椹は目尻をだらりと下げる。昨日降ってきた桶に頭を強打したというのに、一夜明けてまた椹は頭を強打する羽目になった。

 

「くそが。マジでふざけてるやな」

「椹大丈夫なの?」

「大丈夫なもんか。こいし嬢の姉さんマジでどうにかなんねえの?」

「面白かったね!」

 

  そう言って椹の背に引っ付くこいしに笑顔を取り繕いながら、椹はこいしの頭にチョップを落とす。久し振りにベッドで寝れるとあってぐっすり寝ていた椹を起こしたのはさとりの弾幕。こいしが気に入っていることもあり、嫌々椹とフランドールを地霊殿に泊めたさとりだったが、朝になり部屋に居ないこいしを探して行き着いた先は椹の部屋。椹のベッドに潜り込み爆睡していたこいしを見て、姉の堪忍袋が引き千切れた。

 

  全くの冤罪であるのだが、さとりは聞く耳持たず、ファーストコンタクトが最悪だったこともあり、これ幸いと地底に弾幕の雨を降らせた。早朝から地霊殿の霊獣たちに追われ、地底の太陽が落とされたところで命からがら逃げ出すことに成功する。

 

「あの鳥女マジで何者だよ。生物兵器かよ、藤の旦那や漆みてえなやつだ」

「お空って言うの、お姉ちゃんのペットだよお頭」

「こいし嬢の姉さんはペット大臣かや? 幻獣を飼うな」

「それで椹、次はどうするの?」

「取り敢えずこの箱の行き先次第さ。あの鳥女が馬鹿で助かったぜ。わざわざ脱出路を教えてくれたんだからよ」

 

  ようやっと辿り着いたエレベーターの中は地上直通のようであり、それもまた椹たちにとって都合が良かった。地上ではお尋ね者。地底でもお尋ね者。だが安全度では地上が上だ。着々と悪名を積み重ねていく椹に苦い顔をするのはこいしとフランドール以外の者で、三人は全く気にしない。

 

  唯一気にするのはエレベーターの乗り心地の悪さ。木で組まれた箱は剥き出しの歯車が天井を突き破っており、なかなかにうるさい音を轟かせている。ガタリと揺れる度に背の小さなフランドールは小さく宙に浮き、その度にフランドールの不機嫌度は一段上がっていくようだった。ここでエレベーターを握りつぶされては堪らないため、椹は「それで」と会話でフランドールの気を紛らわせてやろうと口を開く。

 

「フランドール嬢はどっか行きたいとことかないのかや?」

「私? うーん、そう言われてもすぐには出てこないけど」

「前回はこいし嬢の案に乗ったからな。次はフランドール嬢の案に乗るぜ。どこに行きたいよ」

「う、うん、そうだね、うん」

 

  どこに行きたい。そう聞かれたのはいつぶりか。フランドールは深く記憶の海に潜るが、どこまで潜ってみ思い出せない。遥か昔、姉にそんなことを聞かれたようなというほどに昔。記憶の大部分は暗い地下迷宮に彩られ、青い空や夕焼けなどほとんどない。今が新鮮すぎて、どこに行きたいなどとフランドールは考えもしなかった。考えなくても椹とこいしがフランドールの手を引いて勝手にどんどん進んでしまう。それを今度はお前が歩いていいと急に言われても、行きたい場所など浮かんでこない。

 

  だが、そんなフランドールを急かすこともなく、どこへ行きたいとフランドールが零せば行こう! と二人が言うだろうことが分かるからこそ、フランドールはなんとか知恵を絞る。狂気以外に頭を支配させるなどいつぶりか。博麗神社、妖怪の山、白玉楼、命蓮寺、太陽の畑。話だけなら何度も聞いた。フランドールにとってはどれも夢幻と変わらない。そんな中から一つ、椹の不敵な笑みを見上げて思い浮かべる。

 

「……どこでもいいの?」

「まあどこでも面白くはあるだろうからな。ぼろっちい場所はちと嫌だがよ」

「ふふ、どこでもじゃないじゃない。なら、そう、永遠亭に行きたいわ」

「おいおい、フランドール嬢そりゃあよ」

「……ダメ?」

 

  可愛らしく、しかし、少々の影を孕んだフランドールの顔を椹は見下ろす。ここに来ての永遠亭、全く椹はかぐや姫に会う気はない。梓の思惑に乗るような形が嫌なのと、袴垂の姓に誇りはあっても、平城十傑としての使命にはほとんど興味がない。誰のものでもないものは奪えない。月の使者に攫われていなかったのなら、椹は何からかぐや姫を奪えばいいのか。絶世の美女に興味はあっても、奪えぬのなら関係ない。

 

  だが折角のフランドールのお願いを一方的に無下にするのは椹をして憚られた。最初こそ無理矢理連れ出したが、それでも椹から離れずにここまでついてきた子分その二だ。椹はがしがし頭を掻いて、フランドールの紅い瞳を見返した。

 

「一応聞くけどよ、理由は?」

「椹がかぐや姫を奪うところを見てみたいから」

「はぁ? そんなのが見たいのかよ」

「だって椹の祖先は失敗したんでしょ? 椹は成功するよね? 私はちょっとだけそれが見てみたいな。椹は世紀の大盗賊なんでしょ? だったら奪えるよね」

 

  私を奪ったように。そうフランドールの瞳は言っていた。無理難題をふっかけて誰の嫁にもならなかったかぐや姫。もしそれを手に入れたならどれほどか。帝さえ逃した宝物を手に入れられるのは誰だろう。

 

「お頭行こうよ! 私も見たいな! だって面白そうだもん!」

 

  こいしにまで後押しされて、椹はもう一度頭を掻いた。欲しくもないものを手に取ったことはない。だが、フランドールの言う通り、自分を監獄島に放り込んでくれたやつらの顔を明かしたい想いはある。もし椹がかぐや姫を奪い要らないから捨てたとでも宣えば、過去の袴垂はどんな顔をするのか。それを考えて椹の口角が上がっていく。

 

「かぐや姫はさて置いてよ、きっと高価そうなお宝はあるだろうな」

「うんうん! 私たちで全部奪っちゃおう!」

「行くかぁ! フランドール嬢!」

「うん……うん! 行こう!」

 

  フランドールの顔がパッと華やいだのを見て、椹は満足気に笑みを返す。行き先が決まったのに合わせてタイミングよくエレベーターが止まり、扉が開くのを今か今かと三人は待つ。ギリギリ回る歯車に合わせてゆっくりと扉は開いていき、三人の顔は笑顔のまま固まった。

 

  エレベーターの先の景色は、ひとりの人影に塞がれていた。人工的な光を照り返す銀色の髪。顔の横で三つ編みを揺らしながら、メイド服を秋風に靡かせている。椹を見る目はナイフのように鋭く、それがフランドールに落とされると柔らかな笑みへと百八十度変化した。

 

「妹様、お迎えに参りました」

「……なんでいやがる銀髪メイド」

「なぜ?」

 

  キラリと咲夜の顔の横が一瞬煌めき、その輝きを右手の指二本で受け止めた。指の隙間から見えるナイフの先端に舌を打ちながらそれを咲夜に向けて投げ返せば、同じように左手で飛んで来たナイフを掴み取る。

 

  椹を見る咲夜の目はどこまでも鋭くなり、投げ返されたナイフを太ももに巻かれたホルダーに戻すと小さく舌を打つ。メイドにあるまじき態度の悪さに椹も舌を打ち、二人の間に気まずい雰囲気が流れ、それを隠しもせずに咲夜は言葉のナイフを飛ばす。

 

「残念ね泥棒、例え私から逃げられてもお嬢様からは逃げられない。貴方に掴めぬものもお嬢様には掴めるからよ」

「それはオレに喧嘩売ってるのかや?」

「そう聞こえなかったのだとしたらちょっと頭が足りないんじゃない? それにこの距離なら私だって逃さない」

 

  咲夜の目が絞られていき、目の前で細く長い少女の指が弾かれた。その音になにか意味があるのかと椹が眉を顰めると、咲夜は目を見開いて周りの景色に目を散らす。なにかを言おうとして口を開き、結局なにも言わずに口を引き結ぶと、椹に向けてまた銀閃を見舞う。それを軽く受け止める椹を殺さんばかりに睨みつけて。

 

「貴方……なにをしたの?」

「はあ? おいなんだマジでよ。フランドール嬢、お前んとこのメイド頭でもやられてんじゃねえのか? それか過労だろうから休みでもやったら?」

「ええと、なんかよく分からないけど大丈夫咲夜?」

「ッ、はい妹様。大丈夫ですよ」

 

  フランドールに心配されたと軽い自己嫌悪に陥りながらも、咲夜は誰に気づかれることなく再び時を止めようと動く。わざわざ時を止めると教えずにそれを試みるが、「気持ち悪いやつよな」と言う椹の言葉がすぐに咲夜の耳に届きひとり眉間に皺を寄せた。なにがなんだか咲夜にも分からないが、自分が不利になることを椹の前でわざわざ言う咲夜ではない。椹が何か勘づく前に仕事を終わらせようと、フランドールの前に咲夜は膝をついた。

 

「妹様。そろそろお戻りください。お嬢様も心配しております」

 

  困ったような咲夜の顔に、フランドールは目を椹の方へと外らすことで答える。ついさっきまで永遠亭に行こうと言っていたところ。フランドールもあまり戻りたくはない。椹ならなにか言うだろうと期待してのことだったが、椹は何も言わず、ただフランドールを見返した。

 

「妹様?」

「あの、私」

「はい」

「私、まだ戻りたくないなって言うか」

「それは……」

「椹とこいしと一緒なら大丈夫って言うか、私」

 

  つっかえながら視線を至る所に移しながら言葉を紡ぐフランドールの背にこいしが飛びつく。その熱に後押しされるようにブレていたフランドールの瞳が咲夜の顔に定まった。小さく笑顔を浮かべるフランドールに、咲夜の顔が驚愕に染まる。

 

「私二人ともっと外を歩きたいわ」

 

  その言葉を受け取った二人にくっつかれて鬱陶しそうにしながらもフランドールはそれを受け入れる。そんな姿に咲夜は歯を食いしばりながら立ち上がり、椹の肩に手を置いた。メキメキ軋む骨の音に合わせて近づいて来る咲夜の顔が椹の顔の横に並んだ瞬間、

 

この泥棒が

 

  低く冷たい氷のような咲夜の言葉が椹の耳を撫ぜ、冷たい汗がツーっと椹の背を伝う。笑顔のフランドールがいるからこそ流石に荒事に咲夜もしないが、その身の内に潜む冷たいものに椹も笑みを引攣らせる。そんな椹に少し溜飲が下がったのか、咲夜は小さく咳払いをすると、三人から少し離れて佇まいを正した。

 

「そういうことでしたら、袴垂様、古明地様、お嬢様から屋敷に招待したいとの伝言をお預かりしております」

「おいこいつ急に様付けだしたぞ」

「妹様を連れ出してくれたお礼とのことです。いかがでしょうか?」

 

  椹のツッコミを全スルーして淡々と用件だけを咲夜は伝える。レミリア=スカーレットからの招待。お礼とは胡散臭いことこの上ない。怪しげな誘いに椹は眉をうねらせるが、こいしは「招待だって!」と両手を上げて喜びの声をあげ、フランドールは疲れたように肩を落とした。

 

  時を操るメイドを前に、四方を箱に囲まれたエレベーターの中では流石に逃げ切れないかと椹はこれ見よがしに舌を打ち、フランドールへ顔を寄せる。

 

「こいし嬢は行く気みたいだがどうするよ。超胡散くせえし、フランドール嬢は戻りたくないんだろ?」

「いや、まあ、そうだけど……咲夜潰しちゃう?」

「馬鹿お前んとこのメイドだろ。困ったらとりあえず潰すのやめろ。なんでもないようなのがお宝だったりするときもあんだぜ」

「うーん……椹に任せる」

「…………なら行くかぁ、吸血鬼の主人ってやつをちと見てみたいし、永遠亭への寄り道には丁度いいだろうよ」

 

  そうフランドールにウィンクをしながら椹が言えば、フランドールは両手で口を押さえてクスクス笑った。全くフランドールを返す気が椹にはない。そんな二人の背に手を回すこいし。三人を見つめながら咲夜はギリギリと目尻を釣り上げながら、「では参りましょう」と言葉を吐き出すことで椹にナイフを投げるのをなんとか抑え、空へと浮き上がる。

 

「おいおいどうやって行く気だよ」

「? 飛んでに決まってますわ。袴垂様」

「機械音声みたいに名前を呼ぶなよ。だいたいオレは飛べねえぞ」

「はあ? 貴方飛べないって、……冗談?」

「あのなあ、人間が空を飛べるわけねえだろうよ。そりゃな、化け物って言うんだぜ」

「お頭、でもあのメイドさん飛んでるよ?」

「ああこいし嬢、だからアレは化け物だ」

 

  変な技能に秀でてるくせになぜ飛べないんだと咲夜は頭を痛めながら、イラつきを表現するように間欠泉センターの床に強く足を落とす。紅魔館への遠い道のりを考えて、咲夜は深いため息を吐き出した。

 

 

 ***

 

 

  太陽が真上に登ろうかという頃、ようやく一行は紅魔館の門へと辿り着く。椹にとっては二回目の紅い館。その紅さに陰りは見えず、紅魔館の周りだけは夕焼けのように真っ赤な空気に塗れていた。四人が近づけば大きな鉄の門扉はひとりでに開いていき、客人を歓迎するように大きく口を開けた。その傍に立つ緑色の華人服を着た赤い髪の門番は、今回ばかりは夢の世界へ旅立ってはいないらしく、フランドールを見ると安心した表情を浮かべ、拳手の礼と共に椹とこいしを迎え入れる。

 

「今度も簡単に入れたねお頭」

「相変わらずザルな警備よな」

「あの聞こえてるんであまりそういうことは……」

 

  門番の泣き言を聞き流し咲夜の背について三人が紅魔館の中へと入れば、紅い絨毯の端にズラリと並んだ妖精メイド。シャンデリアの下に透明な羽を並べる妖精たちを見て、椹は堪らず口笛を吹いた。「初めからこうならもっとよくお宝を探していた」と軽口を叩きながら、足の止まらぬ咲夜の後を追う。

 

  途中こいしと通った隠し扉を通り過ぎその先へ。紅い絨毯は途切れずに先へと伸び、地霊殿同様、大きな扉へと続いていた。

 

「なんかこうよ、幻想郷に来たはずなのに洋館に縁があり過ぎるって言うか、似たようなとこばっかで驚きが足りねえやな」

「なら泥棒じゃなくて怪盗にでも改名したらいいじゃない」

「いやオレマントとか着けたくねえしよ」

「マント?」

「怪盗って言ったらマントだろ?」

 

  必要のない問答を椹はフランドールと終え扉が開く。扉の先で待っていたのは暗闇だった。そう感じるほどの明暗の落差に、僅かに椹は目を細める。暗闇の中へ変わらず歩いていく咲夜は浮き上がっているように目に映り、その様は夜空に浮かぶ星のように見えた。しばらく歩みを続けた咲夜だったが、足を止めて反転すると軽く頭を下げた。暗闇の中にいる誰かに向かって。咲夜の視線の先にいる何者かは薄く笑い、椹たちに入ってきた扉が背後で閉じた。

 

  椹の身を包むのは極大の妖気。鬼の威圧に似ていたが、身を叩く妖力だけなら上ではないかと椹は感じた。暗闇は音を吸っているようであり、耳の痛くなるような静寂がしばらく続く。そんな中、ゆっくりと紅い星が暗闇の中に二つせり上がった。

 

  そう見えたのはその者が持つ瞼のせい。爛々と輝く紅い瞳は、その内にくっきりと脅威と畏怖を内包する。縦に裂けたような瞳は人のものではない。夜の王。紅を啜る吸血鬼。その白い牙が紅い双星の下に三日月を浮かべる。

 

「待っていたわよ盗賊」

「来てやったぞ吸血鬼」

 

  ただの人なら鯉にように口を開閉するだけだというのに、不敵に笑いない言い返してくる人間に小さくレミリアは笑った。博麗の巫女と普通の魔法使いがやってきた時のことを思い出しながら、合わせた両手の甲に顎を乗せる。

 

「妹が世話になったようね」

「そりゃオレの子分だからな」

「貴方は命知らずなの? それとも無謀なだけかしら?」

「勇敢とは言わないんだな」

「それは勇者に使う言葉よ。貴方は勇者じゃないでしょう」

 

  違いないと椹は大きく笑った。暗闇に男の笑い声が木霊するのを、可笑しそうにレミリアは見る。どこまでも不敵で、フランドール=スカーレットを奪った人間。霊夢も魔理沙も遊び相手にはなりこそすれ、わざわざ狂気の塊を隣に置こうとはしなかった。そんな変わり者を観察するように眺めるレミリアから少し離れたところで火が灯る。

 

  白い蝋燭の先端に指を向けて火を灯したのは、ラベンダーで髪を染めたような少女。眠たげな目を椹に向けて、小さく細い息を吐いた。火に照らされる紫と薄紫のストライプが入ったゆるい服を靡かせて、紅い瞳の少女に目を向けた。

 

「レミィ、言葉遊びは今度にしなさい」

「あらパチェ少しくらいいいじゃない。まあいいか、ねえ盗賊、昨日の新聞は見たかしら?」

 

  そう言って暗闇からゆっくりと流れてくる一枚の紙。『月軍襲来!』の文字を見て椹は顔を顰める。流れてきた紙を手に取ると、くしゃりと丸めて背後へ放った。

 

「どいつもこいつも月軍、月軍。暇なやつらよな、マジでよ」

「あら? そんなんでいいの、平城十傑」

「オレには今が大事なんだ、過去なんて知るかよ。オレがやりたいかやりたくないかさ」

 

  椹の答えにレミリアは薄く笑う。その身勝手な人間らしさを笑ったのか、刹那主義を笑ったのか、椹には判断できなかったが、もう一人の紫色の少女がため息を吐いたのを見てどうせろくなことではないと肩を竦めた。

 

「そんな貴方だからフランも気に入ったのかしら? ねえフラン?」

「別に……言う必要ないし」

「妬けるわね、私より好かれるなんて」

 

  椹の服の裾を掴んで背に隠れるフランドールを見て、レミリアは視線を外し口を閉じる。火が灯っても所詮は蝋燭。目も閉じればそこにあるのは暗闇で、レミリアの姿は消えたように分からなくなる。再び紅い瞳が瞬き、その目が椹に戻された。

 

「で? オレを呼んだわけは? マジで歓迎してくれるのか?」

「まずは妹の相手をしてくれたお礼を、感謝するわ」

「それはマジだったのか……」

「……まあね。でもそれだけじゃないわ。私も月とは因縁があってね。なんで今このタイミングで月から敵が来るのか聞きたくてね」

「知るかよ」

「あらそうなの? 残念ね」

 

  全く残念そうな声で言わないレミリアに椹は鼻を鳴らす。どうにも掴み所のない相手というのが椹は苦手だ。何を考えているのか分からない吸血鬼に眉を寄せながら、椹は紫色の少女と紅い吸血鬼へ交互に視線を投げた。

 

「で? 呼びつけておいて自己紹介もなしかや?」

「泥棒だと言うなら忍び込んだ屋敷の主人の名前ぐらい知ってるんじゃない?」

「そりゃ嬢ちゃんのはな。そっちのは知らねえや」

「……パチュリー=ノーレッジ。覚えなくていいわ。これ以上泥棒の知り合いは必要ないもの」

「ほう、オレ以外にもそんなのが幻想郷にいるのか。そいつは是非ともお会いしたいもんよ」

 

  普通の魔法使いと自称大盗賊が並び立って本を漁る姿を幻視しパチュリーは目頭を抑えた。そんな未来来ないでくれと祈りつつ、笑うレミリアに変わってパチュリーは眠たげな目を椹に方へと持ち上げる。

 

「貴方たちが来てからどうにも時間の流れが変なのよ。それが決定的になったのは丁度今朝から。咲夜、貴女今時を止められないんじゃない?」

「え、ええ。そうです」

「マジかよ。逃げとくんだった」

 

  驚く咲夜を苦い顔で見つめながら椹は頭を掻く。パチュリーの聞きたいだろうことへの答えを椹は持っていない。椹の仕草でパチュリーにもそれが伝わったのか、三度ため息を吐くとどこからか取り出した新聞へと目を落とした。いったい何枚新聞があるんだと椹は肩を落とす。

 

「平城十傑、東洋の島国には本当に変なのばかりがいるわ。こんなのがいるなんてね。遥か昔に唯一月の民と戦おうとした人間。何を考えてるのか分からないわ」

「あらパチェ、そこが人間の面白いところよ。勝てる勝てない関係なしに剣を手に取る。貴方もでしょう? 人間」

 

  パチリと目を閉じ暗闇と混じったレミリアの空気が変わる。暗闇の中蠢く空気に眉を跳ねさせ、フランドールを背に隠しながら椹は反転し真下へ目を向ける。

 

  椹を下から見上げるように立つ少女の青い髪が大きく揺れ、歯から伸びる牙が大きく開かれる。吸血鬼の吐息が首筋を撫ぜるのに目を引き絞り、喉に伸びた吸血鬼の手を横から掴み押しとどめようと試みるが、小さな手に潜む怪力には敵わず小さな爪が椹の首にかかった。

 

「さあ盗賊、よくも私の宝を奪ったわね。自分の手で掴みに来たわよ、それでお前はどうするの?」

「くはは! 面白い! 面白いなぁレミリア=スカーレット!」

 

  顔を背けるどころかよりレミリアの顔に椹は顔を近づける。盗賊の笑みに視界を覆われ、レミリアと椹の額がぶつかる。次はどうする? と気を反らしたレミリアの思考の隙を縫ってふわりと椹はレミリアの手から逃れると、その小さなレミリアの牙に指を掛けた。

 

「吸血鬼の牙、奪ってみるかや?」

「私が貴方()を奪うのよ」

 

  一足早い夜が来る。

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。