風が唸る。壁が弾ける。ギラつく赤い瞳が暗闇の中に線を引き、椹が逃げてしまわぬように取り囲む。黒に包まれた世界の中で、血の染み込んだ白い牙を光らせる吸血鬼を、見逃すことなく椹はそれを目で追った。咲夜は動かず、パチュリーも動かず、フランドールも動かず、こいしも動かない。いや、動けない。本気に近い吸血鬼の動きに上手く目がついていかない。唯一同じ吸血鬼であるフランドールだけが暗闇の中を縦横無尽に跳ねる姉の姿を追った。
椹に迫る伸びた白い爪は日本刀のような鋭さをもって振るわれる。黒に引かれた五つの白線が椹の身を薄く削った。必殺のはずの一撃が人間に避けられた事実に笑みを浮かべてレミリアは爪先を仄かに染めた赤色を舐めとる。服に出来た三本の切り傷の部分を椹は指で摘み困ったように小さな息を吐いて、黒い世界に浮かぶ吸血鬼へ首を傾げてみせた。
「ったく、これ一着しかねえってのによ。ぴょんぴょん、ぴょんぴょん忙しねえな吸血鬼」
「ふふ、よく避けるじゃない。一瞬なら私の速度について来れるみたいだけど、一瞬でなにができるのかしら」
「なにができるかって? なんでもよ」
暗闇の中で吸血鬼を前に不敵に笑う男に呼応してレミリアの口端も持ち上がる。その笑みがいったいどう歪むのか、レミリアはそれこそ見てみたい。するりと闇に混じるように消えたレミリアを目だけで追うのは叶わない。椹は闇に動く風と向けられる殺気へと触覚を伸ばし、それが自分に触れる瞬間、闇を切り裂く紫電が舞った。
体の内に走っている電気信号を増幅させて一瞬纏う人体スタンガン。相手のシナプスに無理矢理信号を送り一瞬硬直させる荒技に、レミリアの姿が一瞬止まる。一瞬、だがそれで十分。紫電にまとわりつかれて姿の浮かび上がった吸血鬼へと椹は手を伸ばす。宣言通り小さな牙へ。素早く差し出された椹の指はレミリアの牙を確かに掴んだが、強引に体を動かしたレミリアに振り回される椹は壁へと叩きつけられた。人間に触れられた牙に指先で触れ、カチリと音を立ててレミリアは歯を噛み合わせる。不機嫌に染まった目と共に。
「二度も人間如きに牙を掴まれたのは初めてだわ、忌々しい」
歪んだレミリアの口を眺めて椹は小さく笑い立ち上がる。冷たい壁に手をついて、夜の王がなんだと言うように。静かに目を引き絞りながら、闇に隠れる吸血鬼を捉えて足を一歩踏み出した。
身体能力で言えば絶対にレミリアには勝てない。どれだけ自分の体を操れても、それは所詮人間の体。リミッターを外そうと、普段使っていない力に手を伸ばそうと、どうしても限界というものはある。
レミリアの速度に追いつけるのは一瞬。常に同じ速度でレミリアについていくことはできない。自分に突っ込んで来る赤い光に壁を背につけ待ち受けて、椹は前面に全ての意識を集中する。いくら吸血鬼であろうとも、敵を屠るのにわざわざ一度壁に潜ることはないと背後を捨てて前面に。なによりも、人間如きと言うレミリアがただの暴力に訴えることに賭ける。
その賭けは今回ばかりは功をなす。幻想郷の中にあって、霊夢も、魔理沙も、昨夜も、早苗も、肉体的な力はそうでもなく、他の者達も肉体的に迫る者はいなかった。勝負となるのは霊力や魔力。それが椹からはほとんど感じられない。故にただ早く、力強く手を伸ばせば命に届く。
そうして伸ばされたレミリアの爪は、椹の首を引き千切るはずであった。槍のような一撃は、椹の首に突き刺さる。レミリアとフランドールにはそう見えた。だが、椹の姿は陽炎にように揺らめき消え、下から伸びた椹の腕がレミリアの腕を巻き取った。
ぐるりと回った視界の後に背に強い衝撃を受け小さくレミリアは息を漏らす。数瞬の遅れはそのまま隙となり、三度吸血鬼の牙に椹の手が伸びる。かっちりと指で掴まれた牙を閉じようとレミリアは口を動かすが、それより早く椹は捻りながら手を引き抜く。クチリッ、という音を残しずるりと引き抜けた赤い雫の滴る白く鋭い牙を見つめて椹は目を細めたが、次の瞬間椹の手から牙がすり抜けた。
レミリアに取られたからではない。だが奪い返された。小さな手が伸びてくることなく、幻のように消え去った牙は朱色の軌跡を闇に引き、小さく血を垂らしているレミリアの口へと飛んでいく。赤い靄のようなものがレミリアの口へ到達すれば、また白い牙となって現界した。噛み合わせがおかしくないか、一度口を動かして、愉快そうに、しかし鋭く尖ったレミリアの視線が椹に突き刺さる。
「あぁ、なるほどね。平城十傑、咲夜から聞いてはいたけれど、体感しないとやっぱりダメだわ。変な人間、霊夢や咲夜とはまた違って面白い」
「珍獣みたいな評価は欲しくねえやな、……それに、吸血鬼ってのは変なやつだな。奪うのも一苦労だ」
「くくっ、お前は吸血鬼をどんな妖怪だと思ってるの? 私たちは化け物よ」
吸血鬼。血を啜り、流水を嫌い、太陽を嫌い、鏡には姿が映らず、招かれなければ人の家に入れない。なんとも苦手なものが多くあるが、それを含めても、鬼のような力、天狗のように空を飛び、魔女のように魔法を燻らす。それでいて鬼でもなく、天狗のでもなく、魔女でもない存在。夜を支配する夜の王。その名に嘘はありはしない。
そんな吸血鬼をなんの妖怪であるかと問われれば、よく言われる蝙蝠の妖怪というのは違うだろう。似ている部分は確かにあるが、本質ではない。吸血鬼は血の妖怪。命の雫を啜り、それを力へと変える。本質が血であるならば、形はおよそ不形であり、自分の体ならどんな形にも変えられる。奪ってもするりとすり抜ける紅風に椹は舌を打ちレミリアを睨んだ。
「そんな化け物が、妹を地下に押し込めるのか?」
「……仕方ないでしょ、生物としての本質と己としての本質は別。フランの根本は狂気なの。それは誰にも変えることはできない。貴方だって短い時間の中で分かってるでしょ」
レミリアの目が妹に流され、フランドールは縮こまった。相手が好きだから壊してしまおう。とても楽しかったから壊してしまおう。大事で無くなって欲しくないから壊してしまおう。およそ結び付かない二つが結びつく。自分の理性とは裏腹に、莫大な衝動が理性を捻じ曲げる。椹に手を伸ばされること二日で数十を超えている。無意識であるこいしにこそ回数は少ないが、それでもフランドールの手は伸びた。
フランドールの本質は変わらない。優しくされても、怒られても、悲しくても、楽しくても、それらが行き着く先は一つだけ。『破壊』というただ一つに帰結する。全てを包む慈愛でも持っていなければ到底許容できない心。それを馬鹿らしいと笑うのは、ただ一人、慈愛も蹴飛ばす盗賊だけだ。
「関係ないね。フランドール嬢はオレが奪ったお宝だぜ。地下に押し込めてるやつよりオレが持ってた方がいいだろうが」
「その狂気に殺されても同じことが言えるのかしら?」
「その時はオレが間抜けだったってだけかや。それによお、オレは狂気をただのいらないものだとは思わねえ」
それは一種の純粋だ。ものは言いようと言われてしまえばそれまでだが、全てがそれ一色に染まるなら、それより純粋な想いはない。それがなにかを傷つけるものだとしても、その輝きが美しいなら、椹は手を伸ばさずにはいられない。
「それに」、と小さく呟いて、椹はその先は言わなかった。言いたくはない。こいしの姉が居ればまた不機嫌な顔でベラベラと椹の内を口にしただろう。椹は狂気を否定しない。否定できない。それによって生まれたのが椹だ。孤独と闇に放り込まれた九年間。何度発狂しかけてことか分からない。そんな中で全てを奪われ、椹は椹になったのだ。今が全てだ。今が楽しければそれでいい。
だが、今に至るにはどうしても切り離せない過去がある。そしてそれは切り離してはならないのだ。切り離してしまえば、それは今には繋がらない。だから椹は狂気を否定しない。千三百年分の狂気の詰まった監獄で、濾過され生まれた人間だから。
「んん、まあ、でだ。吸血鬼、フランドール嬢をオレから奪い返すんだろう? 早くやって見せてくれよ。絶対返さねえけどよ、ここに来るまでそこそこお宝奪われててイラついてんだ。フランドール嬢だけは渡さねえよ。なぁ?」
「え⁉︎ ぁ、ぅ……ぅ、うん」
椹に声を投げ掛けられ、目を泳がせて小さく頷いたフランドールを見て椹は満足気に大きく笑う。それを見たレミリアの目は逆に激しく吊り上がった。
──なるほどね、これはダメだ。
狂気さえ奪う大盗賊。ふやけた妹の顔を見て、レミリアはそう決断を下す。レミリアも口には出さないが、フランドールの狂気は気に入っている。誰もが少なからず持ってはいるが、シンプルにただ『破壊』に収束している純粋な心は、フランドールだけが有しているもの。それにたかが人間が手を掛けている。破壊の心を壊さぬように、吸血鬼の心を掴む人間など、存在して欲しくない。運命さえ握るレミリアでも不可能なものに手を伸ばそうという人間が、それはとても面白いと矛盾した心をどちらも隠さず、レミリアは厳しい目の下に弧を浮かべる。
レミリアの右手に紅い魔力が形を成す。
この不思議生物のような人間がどこまで行けるのか。盗賊と名乗る癖に変に正々堂々とした人間。弱い人間のくせに、椹はなんとしてでも上に立とうとする。レミリアの相手をするのなら、聖水を使うでも、壁を壊して陽光でも入れればいいのだ。それをせずに馬鹿正直に真正面からなんとかしようという態度が気に入らない。そんな人間を試すため。紅い魔槍をどう受ける。椹はどれだけ奪えるのか。フランドールを任せられるか。また姉妹で一緒に……。
「『運命を操る程度の能力』。椹、我が能力の一端を見せてやろう! コレは絶対にお前に向かう! さあどうする? お前はいったいなにを奪う!」
運命。それがいったいなんであるのか、完全に理解できる者はいない。運なのか、必然なのか、偶然なのか。それら全てを手に掴める者などいないだろう。だからこそレミリアがするのは大きな枠組みでの取捨選択。可能性の塗り潰し。手に握った紅槍を、当たらない可能性を避けて当たる可能性目掛けて投げる。故にその槍は必中であり、どんなことが起ころうと椹に向かって飛翔する。
紅い魔力の奔流は、闇を割いて暗い部屋を朱色へと塗り潰した。その眩さに目を奪われると同時に爆ぜる音と逆巻く空気。紅い屋敷を揺さぶる振動に意識が揺れ起こされた先に広がっていたのは、崩れた壁から差し込む陽光と、それを歪める土煙。
「椹⁉︎」「お頭‼︎」
人の影の見えない破壊痕に、フランドールとこいしの叫びが崩れた壁に吸い込まれた。こんなことなら自分が先に壊しておけば良かったと、心の奥からふつふつ湧き上がってくる本能に歯を食いしばり、それが決して外に出てしまわぬようにフランドールは強く己の肩を抱いた。
子供のように膝を折り、羽を丸めて自分の殻に閉じこもる。こんなことなら外には出なければ良かった。誰かと親しくなっても行き着く先は破壊でしかない。自分の衝動が嫌になりながらも、それが決して剥がれないことをフランドールも知っている。だから気に入らなくても地下にいることを甘んじた。それを姉のせいにする事で心の均衡をなんとか保って。
「……大丈夫だよ」
目を瞑ったフランドールにそんな声が掛けられたのはどれだけの時間が過ぎてのことか。永遠だとすら感じた時間は、その実一瞬でしかなく、肩に置かれた手を伝い顔を上げた先には薄く笑ったこいしの顔が待っている。
「椹はね、お姉ちゃんから私を奪うんだって。フランちゃんを奪うんだって。鬼やお空やお姉ちゃんと会ってもなんだかんだで生きてた椹だもん。それに、大盗賊なんて言いながらまだ椹は全然なにも奪ってないわ、なのにこんなところで死ぬはずない! ね、椹!」
「……うるせえや、オレがなんだって? 盗賊らしくない? テメエらの目は節穴かや」
「あ」
「あらまあ」
フランドールの呟きにパチュリーが続く。レミリアの戦闘など興味がないと目を落としていた本から顔を上げて、不可思議な魔力の流れに目を這わせた。薄くなっていく砂煙が晴れていく中で漏れ出て来る紅い光。壁の瓦礫を押し分けて立つ人影の手には、怪しく輝く魔槍を握って。
「……運命ね、いつかオレも掴んでみせるぜ」
「くっくっく、私の槍を掴んだか人間!」
「ああ! 手がクソ痛ってえから返すぜオラァ!」
投げ返される紅槍は、砂煙に穴を開けレミリアの元に飛来する。その威力は自分が一番知っている。突っ込んで来る槍を人間が掴んだというのに、吸血鬼であるレミリアが避けるわけにはいかない。大きく口を開き牙を光らせて、己が槍に手を伸ばした。紅い光を手に掴み笑みを深めたレミリアの顔に、共に走っていた椹の拳がめり込んだ。壁に頭を半分埋め込み起き上がろうとするレミリアに更に一撃。
壁に大きくヒビを走らせ、脆くなった壁を強引に削りながらレミリアは抜け出し、口端に張り付いた自分と椹の血の混じった血液を舌を伸ばして舐めとった。
「あっはっは! 良いわよ、もう少し本気で相手をしてあげる!」
「そう言いながら負けた奴って多いよな、また一人増えるかや!」
レミリアと椹の目が細められていく中、「お嬢様!」と部屋の扉が開かれた。勢いよく開かれた扉は、人間と吸血鬼との戦闘で脆くなっていたのかそのまま崩れ、入ってきた妖精メイドの肩を跳ねさせた。多くの妖魔の瞳が妖精メイド一人に集中し、脂汗をダラダラ垂らしながらそれでもなんとか妖精メイドは口を開く。
「お、お嬢様、げ、月軍と名乗る者が攻めて来てます! 美鈴様が対処していますけど、もう何人か中に!」
月軍。その名を聞いてレミリアは口角を上げ、椹はウンザリと口角を下げた。どこにいようと結局向こうからやって来る。面白い話を聞いたと和らいだレミリアの目が椹に流され、椹は肩を竦めてそっぽを向いた。
「どうするの平城十傑、お客様みたいだけど」
「オレにじゃねえだろうよ、知ったことか」
「あら、そんなことでいいのかしら? なんだかんだ言って気にしてるように見えるけど」
「話は嫌という程聞いたからな、だからなんだって感じだが」
かぐや姫を奪え。そのために必要な盗みの技術を身に付けさせられる。欲しくもないものを手に取れと強制される毎日を吸血鬼に分かって貰おうとは椹だって思わない。吸血鬼が血を啜るのは生きるため。さとり妖怪が心を見るのもきっとそう。だが、椹は生きるのに必要でもないのにそうあれかしと必要ないものを押し付けられて、結局それを手放せなくなってしまった。なら奪うものぐらいは自分で決めたい。不貞腐れた顔で勝手にやってろと手を振る椹にため息を吐きながら、レミリアは腕を組み羽を広げる。
「……運命からは逃れられない」
「なんだそりゃ、月軍とやらと騒ぎ合うのがオレの運命だって言いたいのかよ、ふざけろ」
「さあね。でも、貴方は行くんでしょ?」
「行かねえっつうの! なんなんだテメエ!」
分かったようなことを言うレミリアに腹が立つ。平城十傑だから。袴垂だから。だから行かねばならないとはなんなのか。そんなことのために全てを奪われたなど堪らない。人は自分を産んでくれる母親を選ぶことなど叶わない。袴垂に生まれたのがお前の運命だなどと言われたくはなかった。人の生き方など結局人が決めるのだ。それを運命などという綺麗そうな言葉で飾って欲しくはない。歯を剝きだす椹に目を細め、困ったちゃんな盗賊に、レミリアは盛大に深い息を吐いた。なんでも奪えるくせに一番近くにあるものが見えていないと言うように。
「私に妹どうのこうの言いながら貴方だって見えていないじゃない」
「何がかや」
「はぁ、貴方は唯一奪われなかったものを手放すつもり? 奪われるやつは馬鹿と言いながら手放しはするのね」
「だから何が」
椹の顔に一枚の紙が飛んできた口を塞いだ。顔に張り付いたそれを引き剥がし見てみれば昨日の新聞。それを見て椹の目が波打つように歪む。
「貴方が何者だろうと既に近くにいる者はいるでしょうに。義務、使命、夢、欲、これほどまでに複雑に絡み合った運命はそうそう見れるものではないわ。蓬莱山輝夜のことはどうだっていいけど、それは既に貴方のものでしょうに」
仲間が欲しい。友が欲しい。家族が欲しい。椹が一人で歩いているつもりでも、その近くにはどれだけ離れていようと九人の者がいる。例え何を奪われようとも、この九人だけは奪えない。千三百年前から同じ道を歩いて来た者。孤独と闇に塗れた九年間の中でさえ、姿は見えずとも共にいた九人の仲間。
「お頭行ってきたら? 留守番ならしたげるよ?」
「おいこいし嬢まで」
「……そうね、私も今度こそ侵入者握り潰したいし、久々に際限なく暴れたいわ」
「フランドール嬢」
「一応ここは私の家だし、私もここにいなきゃダメでしょ? それに、椹は私を奪いに来てくれるんでしょ?」
「次の目的地は永遠亭だったし! お頭一足先に行ってきてよ! それで、他の人たちの活躍奪って来て!」
椹は数度目を瞬いた。これまで奪うなと言われた数はそれこそ両手の指の数では足りないが、奪えと言われた数は何度あったか。小さな手が二つ背を押すのを感じて、「盗賊の心得そのさんか……」と誰にも聞こえないくらいの大きさで呟く。そんな顔を子分には見られないように俯かせ、椹は一度手で口を覆うと笑みを浮かべる。
「はぁ、仕方ねえな! 子分に奪えと言われちゃ奪うしかねえやな! あいつらもオレがいなきゃあダメだろうしよ! 行って来るかぁ!」
「お頭行ってらっしゃい!」
「私以外に壊されちゃダメよ」
「へいへい! また後でな!」
崩れている壁からふわりと風に流されるように椹は出て行ってしまう。元々そこにはいなかったように、影も残さず音もなく。そしてまた同じようにいつの間にかやって来るのだろうと信じて、フランドールは一度目を瞑ると体の内で燻っていた破壊衝動を滲ませた。それを遠慮しなくていい相手が紅魔館にやって来ている。
揺らぐ魔力の余波で部屋の壁に刻まれているヒビを深くするフランドールの横に青い髪が静かに揺れた。向かい合うことはなく、ただ同じ先を見つめてレミリアの口が深く深く横に割ける。
「全く、最近見知らぬ来客が多くて困るわ、ねぇフラン?」
「そう? 私はそうでもないわよお姉様。でも今度のは招かれざる客みたい」
「はぁ、前のもそうよ、不作法な客には何をやればいいのかしら」
「あら困ったわお姉様、今は拳しか持っていないみたい」
「そう、なら存分に差し上げましょう。たっぷりと死をね」
二匹の悪魔が笑う。空が赤らむ少し前、夜が来るのを歓迎するように。そんな二人に結局何をしていても似た姉妹だと呆れながらパチュリー=ノーレッジは本を閉じ、十六夜咲夜は小さく微笑み、こいしはフランに引っ付いた。
多分今回の紅魔館でのMVPは美鈴。
北条 第三夜 夕 に続く