月軍死すべし   作:生崎

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第三夜 朝

  守矢神社の縁側でお茶を啜る音が二つ。舞い散る紅葉を眺めながら、梓は隣に目を向ける。右手に持ったペンの背を唇につけながら唸る文を見て、また縁側に置かれていた湯呑みを手に取ると梓は茶を啜った。

 

  妖怪の山の偽噴火騒ぎから一日が経ち、鬼の襲来かと妖怪の山の警戒レベルはさらに引き上がった。妖怪の山で指名手配中の梓がそこに留まるわけにもいかず、結局妖怪の山の中でも台風の目である守矢神社に身を寄せている。加奈子も諏訪子も、さすがに触れたら爆発しそうな妖怪の山では、梓との鍛錬を自粛し、加奈子などは残念そうに肩を落とした。文はというと、脱走者の捜索という仕事を盾に早々に離脱。脱兎の如く、まさに逃げるが勝ち。警備組に回されたはたては恨んでいい。

 

  そんな文がにらめっこをするのは己が手帳。昨日号外を配り終えてから死んだように眠り、目が覚めてから暇さえあれば手帳を眺めている。二日前に幻想郷にやって来た平城十傑。梓の話を聞き漠然と書き綴られた文字を眺めて文は問題の本質はなんなのか考えるが、虫食い状に必要なピースが足りなさ過ぎて判断がつかない。

 

  分かっていることは、坊門 菖が月軍を率いてやって来ること。かぐや姫を守るために四人の男が来たこと。黴 藤と唐橋 櫟という者が平城十傑である。坊門 菖は暗殺者。梓は平城十傑の調停役。

 

  どれも単体で意味はあるが、結局何が根本にあるのかが見えてこなかった。かぐや姫が全てと言えばそれだけであるのだが、風の噂でも輝夜の元に外来人が訪れたという話を文は聞かず、平城十傑の元々の目的に邁進していない。

 

  なによりも、梓もまたそうであることに文は大きな疑問を持った。わざわざ幻想郷中に月軍の襲来を報せるビラを撒かせ、すぐに永遠亭へと行けばいいのに加奈子と鍛錬をしてむざむざ時間を潰す。今もまたあまり行く気配もなく縁側で茶を啜っている。そんな梓に文は記者の目を流した。それに気が付いた梓は手に持った湯呑みを縁側の上へと、カツっと音を立てて置く。

 

「どうかしたのか文女史」

「いやあ、わざわざ大天狗に飛ばされた他の学生服? でしたか? を回収してきて着るなんて。いったい何着スペアを持って来てるんですか?」

「学生の間はこれを着ておけば間違いないでな。楽でいい。それで? 聞きたいことはそれではあるまい」

「あややや、気づいてましたか」

 

  わざとらしく頭を掻きながら、文はちらりと手帳を見る。初対面の時もそうであったが、なんだかんだ素直に質問には答えてくれる梓だ。どれから聞こうかと文は書かれている自分の走り書きを見ながら、「他の平城十傑の方はどんな方なんですか?」と軽いジャブを放った。

 

「他のか、藤と櫟は言ったな。残りは三人、『蘆屋(あしや) (うるし)』、『岩倉(いわくら) (すみれ)』、『六角(ろっかく) (さいかち)』という」

「その方たちもいずれ来るんですよね?」

「……さてな」

 

  答えを濁して梓は守矢神社の庭でぴょこりと跳ねている雨蛙を目で追った。目を細めて怪しむ文の視線が隣から流れて来ているのに気がつくと、梓は腕を組み小さく息を零す。

 

「藤は来るだろう。櫟もな。だが残りの三人は少々クセが強くてな。藤がうまくやるとは言っていたが」

「梓さんや指名手配されてる椹という人も大分クセが強いと思いますけどね。どんな技を使うんですか?」

「……いずれ分かるさ」

 

  肩を竦めて返事をする梓は言う気はないらしく、そのまま口を閉じてしまった。こうなるともう口を開かないと短い付き合いでも分かっている文は、この質問を切り上げて次に目を向ける。

 

  一気に核心に近づこうかとも考えるが、まずは手近なものにしようと目を向けるのは梓を含めた四人の男の名前。本当なら文自身が本人のところまで行き取材をしたいところであったが、どこにいるのか分からない三人を探すのは時間の無駄と諦める。

 

「残りの三人はどういった方なんでしょう。梓さんが戦闘能力の高いなんていう方たちですから、この方たちもまた普通じゃないんでしょうけど」

「楠はかつてかぐや姫に求婚した藤原不比等の一族の護衛を勤めていた一族の出だ。物体を透過するおかしな剣技を使う。桐は平城十傑一の俊足であり、平城十傑の伝令役でもある。進むことにかけては随一だろう。椹は見ての通り盗賊の家系。脱走から侵入、そういったことなら彼の右に出る者はいまい」

「それはまた……梓さんは他の方をよくご存知ですね」

「僕の一族は調停役で纏め役だからだ。他の一族は世襲ではなく適正で選ばれる一族が多いからな。世襲で当主が変わるのは僕の一族である足利、それと袴垂、蘆屋、岩倉の四家だけだ。他の三家は特殊でな、だから僕の一族が纏め役となった」

「つまり梓さんは平城十傑内での大将ということですか?」

「一応そうなっている」

 

  淡々とそう言う梓を見て、文は驚きながらも納得した。それは梓の持つ情報量が故。だが、同時にどうにも大将らしくない梓の雰囲気に目を瞬く。大将と言えばトップ。天狗のトップは見るからに偉そうであるし、紅魔館のレミリア=スカーレット。白玉楼の西行寺幽々子。命蓮寺の聖白蓮、地霊殿の古明地さとりと、性格の違いこそあれ、どれもトップたる風格を持っている。だが、梓は持ち前の神秘性こそあれど、平城十傑の頂点に立つ空気を放っていない。それは他の平城十傑が好き勝手やっているからなのか。それとも梓に従えるという気概とが欠けているからか。その両方な気がすると一人納得し、文は手帳に書かれた一番聞きたかった名前に目を落とした。

 

「なるほど。そんな梓さんにお聞きしますが、坊門 菖はなぜ月軍を率いて来るんですか?」

「……さてな」

 

  目を反らして言い淀む梓を見ても、こればかりは答えを聞きたいと文は一度指を舐めると手帳のページを一枚めくった。書かれているのは文が考えた数々の予想。それを喋りながら組み立てて梓に問う。

 

「こう言ってはなんですが、月軍を率いる意味が分かりません。坊門 菖は暗殺者の一族なんですよね? いろはも知らないならまだしも、殺すのが目的だとして、暗殺者ならわざわざ大勢を率いず、一人で人知れず幻想郷に来てかぐや姫を暗殺した方が早いじゃないですか。まあ殺せるかはさて置いてです」

「……まあそうだな」

「それに月軍を率いるとして、わざわざ月の、それもかぐや姫の迎えに失敗した一族の場所を調べて月に行き監獄から解放して共に幻想郷にやって来るというのは手間がかかり過ぎる」

 

  そこまで言って文は言葉を一度切った。梓に動揺の色は見えなかったが、湯呑みを手に取り茶を一口飲むと目を瞑り湯呑みを置く。そんな姿を見て自分の疑問に自分で答えを出しながら、文は再び口を開いた。

 

「外の世界がどうか知りませんが、月に行くとなると相当大掛かりですよね? 私の知り合いにも月に行った者がいますが、妖怪でさえ月に行くにはロケットがいる。いらずに単身で行けるのは八雲 紫さんくらいでしょう。そんな大掛かりなことを坊門 菖一人でできるとは思えません。誰か協力者がいると見たほうがいい。ではその協力者とは? 梓さん、坊門 菖と仲が良い人に心あたりはないんですか?」

「……藤と櫟だ」

「櫟さんは確か坊門 菖に襲われた方でしたよね? 一命を取り留めたと聞きましたが、先程櫟さんも幻想郷に来るだろうと梓さんは言いました。暗殺者に狙われて一命を取り留めそんなに早く幻想郷に来られるなんて少しおかしくないですか? 梓さん、本当は全て知っているんじゃないですか? なぜ坊門 菖が月軍を率いてやってくるのか。その理由を」

 

  文の鋭い目はほとんど真実を見定めていたと言っていい。梓は何も言うことなく沈黙を貫いたが、それこそが答えであった。言う必要のないことは言わない。図星を突かれて反論もなく黙る梓の姿は、そう言えばまだ子供だったと言える姿であり、文は困ったように手に持ったペンをくるりと回す。

 

「話す気はありませんか。初めて梓さんに会った時と一緒ですね。でも私には話してくれましたよね。まだ話になりそうだって」

 

  文の言葉に薄っすらと梓は目を開けると、文の方へと小さく瞳を動かす。その瞳を文は見返してゴクリと息を飲んだ。

 

「…………僕はそこまで頭の回る男ではない。だいたいの問題は藤と櫟が頭を回す。僕に寄越されるのは最終の決定権のみ。そして僕はそれを可とした。櫟か藤が居ればもっとうまくやっただろうが、あの二人は今話を詰めているところだ。ならば幻想郷には僕が行かねば誰が行くのか。僕は僕にできることをやらねばならない。あの三人にはいつも苦労をかける」

 

  文の望む答えを梓は吐き出すと、「嘘が言えなくて困る」と言って雑に頭を掻いた。だが、その答えを文が欲していたかと言えば別だ。では今幻想郷を取り巻いているこの『異変』とも言える事態を思い描いているのが誰なのか。梓の言葉を信じるなら、それは黴と唐橋である。それに加え、裏が読めたところでなぜ坊門 菖が月軍を率いてやって来るのかの答えにはなっていなかった。

 

「……梓さん。坊門 菖は結局なぜ月軍を率いてやって来るんですか?」

「……これもまた前座だ」

「前座、ですか?」

「平城十傑である限り無下にもできんが、事はもうかぐや姫どうのこうのという問題ではない。故に藤と櫟と菖は一計を案じた。幻想郷の、延いては世界の全てがかかっている」

「幻想郷の?」

「殺し合いなどというものに練習はない。もしあったとしたらばそれは本気でやらねば意味がない。これは菖の言葉だがな。弾幕ごっこではない、本当の殺し合いが始まるぞ」

 

  嘘。そう思いたくても、ブレもない梓の言葉が嘘ではないと雄弁に語った。文も殺し合いをしたことがないわけではないが、博麗霊夢が当代の博麗の巫女になっていこう、血生臭い話はとんと減った。そして、妖怪ながら文もそんな幻想郷を気に入っている。それが戦場になるのだと言われて、驚愕もしたが、長年生きてきた文の優秀な頭脳は、もう一つの疑問にぶち当たる。

 

「幻想郷を戦場になんて、幻想郷の賢者たちが許しておくとは思いませんが」

「……」

「なぜ今黙るんですか?」

 

  それが答えだ。幻想郷の管理人たる八雲 紫。平城十傑という異様な外来人たちが訪れてからというもの、全く紫の影を感じない。月軍襲来という、およそ嬉しくない出来事に顔すら出さないなど流石におかしい。そう考えれば行き着く先は一つ。

 

「……八雲 紫も噛んでいる?」

 

  梓の言う前座に紫も絡んでいるというなら、影すら全く表に出て来ないことに説明がつく。幻想郷全体に危険を報せ、月軍をわざわざ連れてきての前座。ざわざわと逆立った産毛を文は撫でながら、額を伝う冷や汗を拭いもせずに体全体で梓の方へ振り向いた。

 

「梓さん、本当の敵はなんなんですか? 何が来るんです」

「それは……」

 

  重々しく梓が口を開こうとしたところで、その言葉は途切れた。二人のすぐ横に大きな剣が突き刺さり、庭に大きな亀裂を刻む。突然の不意の一撃に、聞かれては困るような話をしていた文は、盾にするように梓の背へと素早く隠れたが、掛かって来た声は聞き慣れたものだった。

 

「文様! 敵襲です!戦いのご準備を! 防衛線の第一陣は既に壊滅! 大天狗様が鴉天狗の皆様を招集しています!」

「も、椛⁉︎ 敵襲って……まさか」

「まさかです! ご自分で新聞ばら撒いたでしょうが! 敵は月軍! 総数はおよそ二十!」

 

  殺し合いを練習でやるなら本気でやらねば意味がない。だがそれは練習とは言えず、結局のところ殺し合いでしか殺し合いは学べない。現れた月軍が何を思って妖怪の山に攻め入って来ているのか文には分からない。だが、それが血を見ることになる出来事であるという事は分かった。文は目を細めると、椛に返事も返さずに梓を掴んで空へと舞う。

 

「重⁉︎ 梓さん何キロあるんですか⁉︎」

「さて、最近測っていないから分からないな、それで? どこに行く」

「敵のところですよ! 総数二十って、それで月軍全部なんですか?」

「さあな。少なくとももっといるだろう。菖が何人連れ出せたかだ」

 

  二十しか妖怪の山に来なくて良かったと言うべきか、それともたったの二十人で天狗の第一陣を壊滅させたのを褒めるべきか。頭の中に流れる考えに舌を打ちながら文は空を駆ける。文の両手に吊るされたまま、梓が燃えるように紅い山間に目を向ければ、大きく立ち上る砂煙。それを見て小さく梓は笑みを浮かべた。

 

「どうしました?」

「いや、空を飛んだのは初めてでな。これはくせになるやもしれん」

「ああそうですか! 呑気なんですから!」

 

  幻想郷でも最速の種族である天狗の飛行速度を体感しても態度を崩さない梓に感心しながらも呆れ、文は砂煙を目指して突っ込んだ。そうして眼下に広がったのは地獄絵図。多くの白狼天狗が体に無数の穴を開け血の池を妖怪の山に作っていた。風によって舞い上がって来る血の匂いに顔をしかめながら飛ぶ文に、「ちょっと文!」と聞き慣れた声が横から飛んでくる。

 

「今までどこ行ってたのよ⁉︎ あれってアレでしょ! 最悪よ! あいつらの弾幕当たればそこを持ってかれるわ!」

「はたて! 今どうなってるの!」

「どうもこうも、妖怪の山の山頂目指してやつらピクニックよ! それも硬そうな服身に纏ってね!」

「ほう、装甲服も持ち出せたのか。流石は菖」

 

  敵の大将を褒める梓に口元を引攣らせながら文が目を落とせば、宇宙服のようなものを着込んだ者が血溜まりの中に突っ立っているのが見えた。頭からは兎の耳を生やし、手には銃を持っている。血を貼り付けてテラテラと不気味に光る鎧は、その肌に数本の光の線を流しており、時折明暗を繰り返していた。服自体が呼吸しているような気味悪さに文が眉を寄せていると、下でぶら下がっていた梓が、その手に(やいば)を掴む。

 

「行こうか文女史。この機会を逃しては月軍を体感できん」

「行くって、どうするんですか?」

「奴の上に放り投げろ。あとは僕がどうにかしよう」

「ああもう、分かりましたよ!」

 

  はたての制止の言葉も聞かずに、月兎に急降下した文は、そのまま梓を放り投げる。重力に文の速度が加わって、梓は人の形の槍となった。風の音を聞きつけて上へと顔を上げる月兎に向けて、梓は大きく振りかぶると、最短の刃を握った右手を振り下ろす。

 

  空気と大地の砕ける音に加わるのは肉の爆ぜる痛い音。だがそれも一瞬で、すぐに梓の拳に縫い付けられるようにそれは地に落ちた。頭のてっぺんに集中した衝撃は、そのまま装甲服を押しつぶしながら大地に当たると同時に粉々に砕け散る。舞い散る血と肉に月兎だったものは跡形もなく飛び散ってしまい、周りにいた月兎も驚き足が止まってしまう。それらを見回しながら梓はゆっくり立ち上がると、首に手を当て、調子を見るように骨を鳴らす。

 

「平城十傑、足利家第八十八代目当主、足利梓。地上にようこそ月軍諸君」

 

  固まっていた月兎たちは、梓の自己紹介を聞くと遂に動きだす。手に持った銃を梓に構え、その引き金を押し込んだ。

 

「ッ、ほう」

 

  額に飛んできた銃弾が梓の頭を跳ね上げる。小さな礫からの想像以上の衝撃に少し感心してしまうが、昨日の鬼の一撃と比べるとそうでもないなと首を振った。

 

「なかなかに重い。銃弾に重さを加えているのか?」

 

  絶え間なく飛んで来る銃弾に、弾かれるように梓は後方に押し込められる。銃弾一発に込められた質量は小さくなく、ちょっとした引力でも働いているのか、側まで寄った銃弾に軽く体が引っ張られる。そんな銃弾を雨のように放ってくる銃の科学力に舌を巻きながら、梓は大地に足を突き立てた。

 

「一千年待った。この程度でやられるようでは平城十傑もそこまでだな。だが僕の体はそこまで甘くはないぞ」

 

  体に梓が力を込めれば、梓の体を弾いていた銃弾が梓の体に弾かれ始める。完璧の形は崩れない。完成した形だからこそ、それを崩すのは容易ではない。一歩、また一歩と足を進めるごとに、傘が雨を弾くように銃弾は梓の元に殺到してすぐ弾かれる。生身で銃弾を弾きながら迫る人間を人間と呼べるか。引き金を引き続けながらも月兎の足は後退し、それより早く梓は足を出した。

 

「来たぞ、僕は」

 

  月兎の眼の前で腕を振り上げた梓の姿は鬼と変わらない。下から掬い上げるように放たれた梓の右拳は、月の装甲服に穴を開け、刃が骨と内臓を喰い千切る。体をくの字に折り曲げてその場に崩れた月兎に向けて、振り落とされた梓の拳は、そのまま相手の頭を轢き潰した。腕を引くと穴の空いた学生服に目を落とし、ため息を吐きながら別の月兎に梓は目を向ける。

 

「次だ」

「……最早鬼ですね。手伝いましょう梓さん」

 

  月兎の血に濡れる梓に月軍が固まった瞬間、梓の隣にふわっと黒い翼が舞い降りた。つまらないと言うように顔を顰めながら、文が指を弾けば風が逆巻く。局地的に吹き荒れる暴風は、文の手足と変わらない。梓と文の目の前にいた月兎は、風に掬われ宙に浮くと、梓に向かって突っ込んで来る。それに拳を返しまた次と、安全であるはずの竜巻の中心がまるで安全ではない状況に、月兎たちの手は宙を泳ぐだけで、ことごとく短い刃に噛み砕かれた。

 

  辺りに散らばった装甲服の欠片と血肉に目を走らせて、考え込むように梓は腕を組んだ。右手の刃から滴る血を腕を振って振り払い、難しい顔の文に目を向ける。

 

「……どう見る?」

「……この装甲服厄介ですね。風では表面を削れても決定打にはならない。何より銃弾は重く半端な風では動かないときてます。梓さんが居てくれたから良いものの、天狗だけでは苦労したでしょうね」

「それは買い被りだ、文女史ならどうにかなるのではないかな」

「それこそ買い被りですよ、私は一介の鴉天狗に過ぎません」

「まあ、そういうことにしておこう」

 

  空に落ちてくる動く影が数を増やしたのを見て、梓は小さく息を吐き出し組んだ腕を解いた。静かになったことによって天狗が集まってくる。ここに長居は無用だと言うように頭を掻き、文と二人目を合わす。

 

「まだ来るかもしれないが、悪いが僕はもう行くぞ」

「……遂に永遠亭へ行きますか」

「ああ、文女史はどうする? ついてくるか? おそらく次は八坂様も出て来るだろうからここに僕は必要ないだろう」

「そうですね……ここまで来たら行きましょうか。私は梓さんのファンですから……ってわわ⁉︎」

 

  いい顔で着いて行くと宣言した文が、急にバランスを崩し大地に転がる。目を白黒させて文は辺りを見回して立ち上がると、羽を伸ばして首を傾げた。そんな文の背後では同じようにいくつもの黒い影が地に向けて落ちて行く。

 

「……どうしましょう。飛べないみたいです」

「なに? 浮力か揚力でも操作されたか? ここまで来ると科学も魔法だな」

「能力を使えば飛べるかもしれませんけど」

「いや、誰も飛べないのに飛べば目立つ。足が付いているんだ。歩くとしようか」

「えぇぇ、ここから永遠亭まで歩きですか。遠いですねぇ」

 

  文と二人梓は歩き出す。火蓋は切って落とされた。それはもう随分も前に。度重なる前座を積み上げて、届く先は遥か先。月まで届くのにどれだけの日数が残されているか。梓は近くにはいない友人たちを想い行き着く先はきっと同じだと夢を見て足を止めずに歩き続ける。

 




北条 五辻 袴垂 足利 坊門 第三夜 夜に続く。
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