月軍死すべし   作:生崎

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第二夜 朝

「朝からこれだよクソ」

「口より手を動かす!」

 

  紅白色の現場監督に催促され、手に持った短刀を振るう。丸い木が四角く一瞬で加工される様に、霊夢は表情には出さないように関心し、萃香は楽し気に手を叩いた。賛辞なんて欲しくはない楠は、一通り手水舎を組み立てるのに必要な木材を切り出し終えると短刀を鞘へと戻し、博麗神社の縁側に腰を下ろす。

 

「いやあ見事なもんだね。その格好、袴垂、椹って言ったかな? アレの知り合いでしょ? こりゃ今回幻想郷に入って来たのは全員曲者みたいだねえ」

「アイツと一緒にすんな。どうせ幻想郷に来ても盗みにしか頭を使わないような奴だ」

「何よそれ、そんなのも来てるわけ?」

「そーなんだよ霊夢ぅ! あたし瓢箪取られたんだ! 取り返しておくれよ」

 

「面倒だから嫌」と取り付く島もなく霊夢に萃香のお願いは払われてしまう。代わりにというように萃香は楠の方へと目を向けるが、顔を背けて楠は逃げた。袴垂は平城十傑の中でも三指に入る問題一族。一々そんな面倒な相手を追っている時間は楠にはない。ただでさえ朝起きて、霊夢から握り飯を一つ放られたかと思えば、それからずっと大工仕事だ。剣を振って石を切れ。剣を振って木を加工しろ。ここまで横暴な使い方をさせられた事は流石に楠もない。ギリギリと楠が歯を擦り合わせても、何が変わるという事もなく、霊夢はそんな楠を見てため息を吐くと楠の隣にと腰を下ろした。

 

「組み立ては萃香がやるからあんたは少し休んで良いわ」

「休みはいいからさっさと行かせてくれよ。かぐや姫を一発殴ったらさっさと帰る」

「それは借金をちゃんと返してからにして。別に輝夜の奴はどこにも行かないわよ」

 

  霊夢の言葉に鼻を鳴らして楠は霊夢から顔を背けた。昨日から楠はずっとこの調子だ。会話にはなるのだが、霊夢が楠に少しでも踏み込んだ質問をしようものなら途端に機嫌が悪くなる。禁句はかぐや姫。この魔法の言葉を霊夢が口にすれば続くのは楠が歯を擦り合わせる耳障りな音。今も霊夢が見つめる楠の後頭部からギリギリ音が聞こえてくる。そんな妙な癖を持っているから歯がギザギザしているんだという言葉を霊夢は縁側に置いてある湯呑みを手に取り、お茶によって喉の奥へと押し流す。

 

「ふぅ、あんたはなんでそんなに輝夜を殴りたいわけ? 別に止める気はないけど」

 

  再三聞いた少女の再びの質問に、楠はお盆に置かれた湯呑みを手に取ると勢い良く喉に流し込む。ヒリヒリと口の中を焼く熱い液体を無理矢理に飲み干して、離れたところで巨大化している鬼を眺める。プラモデルを組み立てるかのように楠が切り出した木材を並べていく珍妙な光景に肩を落とし、紅白巫女へと向き直った。「アンタに話して意味あるのか?」という反骨精神に塗れた台詞を口にするのも疲れてしまった。所詮霊夢が聞いているのは心配からではなく、お盆に置かれた湯呑みの隣に、普段は置いているのかもしれない煎餅の代わりのお茶菓子と同じようなものでしかないのだ。要は暇だから面白い話を聞かせろという事。どうせ話してもこの怠惰を纏った巫女らしくない少女は、言った通り止める事はないだろうという事は一日で楠も十分理解した。煎餅を口に咥えて割るように、話の口火を楠は切る。

 

「いいか、もし今の自分の境遇を気に入ってないとしてだ、アンタだったら博麗の巫女だな。その境遇にいる理由が全部一人の女のせいだったらどうする?」

「そいつを殺すわ」

 

  想像以上に物騒な返し方をされて楠は口を閉じた。湯呑みの中の波紋を見つめている巫女が何を考えているのか楠には分からない。何も考えていないのかもしれないし、ものすごく深い事を考えているような気もする。無表情とも違う表情の浮いたような霊夢の横顔を楠は見つめて次の言葉を探すのだが、

 

(茶柱浮いてる)

 

  なんて事を考える程に霊夢にとってはどうだっていい話だった。茶柱が消えてしまう前に霊夢は一口で茶を飲み干し、間抜けな顔で固まっている楠へと目を向ける。物騒な空気を纏っている割には生真面目というか、顔に似合わず悪人ではない男に呆れたようにため息を吐きかけ、楠の静止した意識をカチ割るように湯呑みをお盆の上に音を立てて置いた。

 

「冗談よ冗談、あんた真面目ね。流石にそこまでしないわよ」

「お、おお、そうか。アンタならやりかねないと思ってな」

「あんたが私をどう見てるのか一度聞く必要がありそうね。だいたい殺すんだったらそれより酷い目に合わせるから」

「おし、俺の想像以上にアンタはヤバい奴だという事は分かった。じゃあそういう事で」

 

  流れるように巫女という名の鬼から離れようと縁側を立った楠だったが、お祓い棒で頭を一発叩かれ、元の位置へと押し込まれた。「まだ修理は終わっていない」という理不尽な言葉に返すだけのカードを楠は持ってはいるが、結局理不尽にそれが破り捨てられる事は明白であり、楠は不機嫌に歯を擦り合わせる。

 

「まあつまりアレね、アンタは輝夜を理由にうじうじしてる超女々しい奴って事ね」

「女々しいは余計だクソ。アレがいなきゃ俺は今頃普通に学生生活を謳歌してんだよ。朝に剣を振って、学校終わればまた家に戻って剣を振るう事もない」

 

  吐き捨てるように言う楠に、霊夢は心底呆れて口を開くのも怠くなった。なんだかんだ言いながら一族の技を磨いている楠がいったい何をしたいのか霊夢には理解できない。やりたくなければやらなければいい。それが霊夢の答えであり、霊夢はやりたくないからこそ博麗の修行をやる気がない。

 

「なら剣を振らなきゃいいだけじゃない。聞いた話だとあんたんとこの先代ももういないんでしょ? ならもう放っとけばいいじゃない。うちなんて先代がピンピンしてるからたまに見に来たりするのよ?」

「そりゃ災難だな。同情するよマジで」

「そんなのいらないから賽銭でも払って。で? どうなのよ」

 

  どうなのよなどと言われても、楠の答えは決まっている。やらなければいい、そんな事は分かっている。かぐや姫など放っておけばいい、それも分かっている。だが齢七つから先代が死ぬまで八年間、山の中で木刀で打たれ真剣で打たれ、野山を駆け回され続けた八年間で、楠の生活は固くなり食えなくなった餅のように固まってしまった。それを温めれば固い殻を破り中の柔らかなものがぷっくりと顔を出すかと言えば、それにはもう遅過ぎた。刀を握って振るっていないと、どうも痒いところに手が届かないようにムズムズしてくる。かぐや姫の呪い。そういうことにして楠は凝り固まった頭の奥底に燻るものをカチ割るためにかぐや姫を殴らなければ気が済まない。それで何も変わらなくても、やらなくて後悔するよりやってみようの精神だ。

 

「なんと言おうと俺はかぐや姫を殴ってみせるぜ。今の生活から脱却しかぐや姫の呪いを打ち破らなければ普通がやってこないのだ! 刀を握っていないと落ち着かないなんてもう嫌だ!」

「はあ、普通って何よそれ」

「そりゃアレだ。放課後は友達と遊んだり恋人とデートしたりとかアレだ」

「あんたも分かってないんじゃない」

「うるせえな! なら巫女さんが思う普通ってなんだよ。言っちゃなんだが俺達の境遇って似てるだろ? なんかこうやりたい事ってないのか?」

 

「どこが同じよ」と返しながら霊夢は湯呑みにお代わりを注ぐ。気が付けば博麗の修行をさせられていた霊夢からすれば、それしか知らないのだから普通と言われてもピンとこない。今から村娘として暮らしてくれと農具を渡されたところで、泥に塗れた生活を送りたいとも思わない。縁側で茶を啜り、異変解決というストレス発散する場もある。各シーズン毎に置かれている神社の祭事さえこなせば文句を言われる事もない。深く考えたところで見た目小さな頭の中をぐるりと考えはすぐ一周し、今が結局一番気に入っているのだという結論に落ち着く。

 

「どうだっていいわね。遊ぶだのデートだの考えた事もないわ。やるんだったら今の季節キノコ狩りとか、焼き芋でも焼いてた方がいいわ」

「隠居した婆さんかよ。若さが足りねえ」

「誰が婆さんよ、あんたよりも若いから」

「なら若さを出せ! 外じゃあ巫女さんぐらいの女の子はな、カラオケ行こう! だの甘味食い行こう! とかこの服かわいー! なんて俺も良く分かんねえ会話に花を咲かしてるもんだぜ!」

 

  それなりに感情のこもった楠の叫びに、やまびこ程の返しも霊夢からは返って来なかった。博麗大結界よりも強固な意識の違いが二人の間には横たわり、霊夢の心には響かない。だいたい幻想郷にカラオケはなく、この服かわいーなんて言われても霊夢は巫女服しか持っておらず、そして着られればいいやーという喪女じみたカビ臭い考えのおかげで、それもピンと来なかった。ただ一つ気になったのは甘味という言葉。つい先日最後の饅頭を食べてから砂糖を一週間も摂取していない。よって『普通』という名の青春生活を望む楠に霊夢が返すのは、

 

「饅頭怖い」

「な、なんだよ急に」

「こう言えば饅頭が貰えるって聞いたんだけど」

「俺が饅頭を持っているように見えるのか?」

「全く見えないわね」

 

  急に会話にオチをつけだし甘味を要求してくる少女。今時という言葉とは一光年以上の距離を感じる。『普通』を幻想漂う郷に住む少女に押し付けた楠が悪いのか、少女らしからぬ霊夢が悪いのか。おそらく両方であると外と幻想郷を知る菫子や早苗、マミゾウが見たら即座に答えていただろう。助け舟が流れて来ない博麗神社には、不気味な沈黙だけが流れ、饅頭の口になった霊夢と饅頭を出せとせがまれる楠だけが残される。そんな膠着状態を崩したのは、鬼が組み立てていたプラモデルが崩れる音。やっちゃったと頭を掻く萃香には、言葉の代わりに霊力の塊が送られる。吹っ飛ぶのは鬼だけでなく手水舎になるはずだったもの。ものはいずれ壊れるものだが、形になる前に壊れるのを見るのは楠も初めてだ。

 

「はあ、仕方ないわ、饅頭を買いに行くわよ」

「あっそう、行ってら」

「行ってらじゃなくてあんたも来るのよ」

「はあ?」

 

  霊夢が居なくなったのを見計らい逃げようと考えた脳内を覗かれたのかと楠は思った。わざわざ饅頭を買うためだけに逃げないようお供をさせられるなど耐えられない。もう逃げるなら今だと足に力を入れようとする楠の肩に巫女の晴れやかな手が置かれる。

 

「デートって奴がしたいんでしょ?」

 

  その暖かな手に凝り固まった楠の心の膜が破られ中身が膨らみ頭を出すかと思われたが、信仰よりも賽銭を気にする煩悩巫女の歪な笑みを見た瞬間、基本山にこもっていた楠の恥ずかしがりな心は、周りを覆う殻に釘を打ち付け光すら差し込まないように隙間なく入り口を塞いでしまう。そしてそれは正しかった。

 

「デートって確か男が全部奢ってくれるのよね?」

「そりゃデートじゃなくてタカリって言うんだよ‼︎ だいたい俺は金がもうねえ!」

「それぐらい皿洗いでもなんでもしてどうにかなさい。デートって男が死ぬ気で頑張るんでしょ?」

 

  それはデートではなく奴隷の扱いかなにかなのではないか。女性とのお付き合いのおの字にすらつま先をつけた事もない楠には文句を言いたくても上手い言葉が頭の中から出て来ない。容姿だけは良いと見える霊夢は男性経験でも豊富なのか、思わぬ失言をして潰れたカエルでも見るような目で歳下の少女に見下されたくはない悲しき男のプライドが、楠の中で転げ回る。

 

「なら死ぬ気にさせるくらい女が煽てるもんじゃないんですか⁉︎」

「嫌よ面倒くさい」

 

  何とか絞り出した結果つい敬語になってしまった楠の言葉も浮雲を動かす力はなかった。石の上に百年は座れそうな怠惰な意思。幻想郷を守る博麗の巫女としてもどうなのかという鋭い楠の目も同じように受け流し、霊夢は入れ直した茶を退屈そうに啜る。

 

「さあ行くわよ饅頭を買いに!」

「マジで俺も行かなきゃいけねえの?」

「荷物持ちよ荷物持ち。ついでに野菜とかも買うとしましょ、あんたの奢りで」

「銭ババァだ。アンタは妖怪銭ババァに違いねえ」

 

  銭ババァ。かつて江戸にいた金貸しの婆さんが妖怪化したもの。夜な夜な月の影に隠れて獲物を探し、獲物を見つけると物乞いのフリをしてしつこく獲物に縋り付く。一度でも金を払えば最期、コイツはいけると寄生され一文無しになるまで張り付かれる。

 

「そんな妖怪いるわけないでしょ」

 

  楠の頭にふと浮かんだ創作妖怪の姿は頭に落ちて来たお祓い棒に掻き消された。引き摺られていく楠に萃香は大きな手を振って、「酒も買って来てくれー!」と叫びを発する。楠はなんとか萃香に向けて片手を掲げ、見せつけるように中指を立てた。

 

 

 ***

 

 

  人里。妖怪の影よりも人影の見えない博麗神社とは打って変わって、わらわらと数えるのも面倒な程に人の影が見える。そんな中、紅白の目出度い目立つ少女の小さな背の後を顔を背けながら楠は追う。無理矢理霊夢に引き摺られて拗ねているのではない。全ては人里の至る所から細々と聞こえてくる話し声のせい。

 

『稗田家の屋敷に賊が入った』

 

  稗田がどんな家かそんな事は楠の知ったことではないのだが、袴垂だの椹だの聞きたくない単語が多々混じっている。頭すっからかんなコソ泥の仲間と思われては堪らないと、壁に貼られた人相書きを睨みつけながら、楠は歯を擦り合わせる。

 

「あんたの仲間とんでもないわね。懸賞金まで懸けられてるわよ」

「仲間じゃねえ! だいたいルーマニア=レウってルーマニアの通貨? これ幻想郷じゃ使えねえだろ。懸賞金の意味がねえぞ」

「ゴミ捨ても兼ねてるんじゃないの? 知らないけど、幻想郷で使えないなら興味ないわ」

 

  レミリア=スカーレットとやたら綺麗な字で書かれた依頼人らしい名前を見て、楠の想像よりもグローバルな幻想郷の実情に頭痛がしてくるようだった。一緒にやって来た盗人にも困ったものだが、それ以外にも困ったものがある。楠と霊夢に突き刺さる視線。変わった格好の楠にも刺さっているが、霊夢に刺さっている比率の方が高い。盗人の登場に博麗の巫女が退治しに来たとでも思っているのか、どこか霊夢を見る人々の目には安堵の空気がある。

 

「おいなんか期待されてるぞ」

「勝手な期待なんてどうでもいいわ。今必要なのは饅頭よ」

 

  巫女さんの頭の中では饅頭が神の位にでも上がっているのか、人々の願いは砂糖の結晶の輝きほどの価値もないらしい。胡椒が宝石ほどの価値のあった時もあったそうだが、それにしたって無情に過ぎる。だが霊夢にとってはどこ吹く風で、罪悪感も空を流れていく雲と一緒に勝手気ままに流れて行ってしまったらしい。

 

  迷いなく霊夢が足を進めるのは甘味と書かれた暖簾の奥。博麗の巫女の登場に驚いた様子の店員だったが、何を思ったのかポンと手を打つと霊夢の両手を強く店員は握り出した。

 

「分かっています博麗の巫女様! 盗人の情報ですね! 向かいの団子屋で勝手に団子が消えたという報告が」

 

  店員は全く分かっていなかった。霊夢は顔をげんなりとすると、キラキラ輝く店員の顔から目を背けて楠を見る。唯我独尊を貫く博麗の巫女も一般人には弱いのか、助けを求めるような目に楠は頭を掻く。すると次第に霊夢の目は鋭さを増していき、それが助けを求めるものではなく、お前のツレなんだからどうにかしろという半ば脅迫じみた目であった事に楠が気付いたのは、霊夢の目に霊力の輝きが灯り出した頃。楠は八つ当たりされたくないのでなんとか頭を回す。

 

「えぇえぇ、巫女さんが必ず捕まえるとも。だから饅頭を報酬がわりにくれ」

「盗人を捕まえてくれるならいくらでも持ってって下さい!」

 

  これが思いのほか上手くいってしまった。一箱二箱と積まれていく饅頭の箱に霊夢は笑顔を見せ、金を払わずに済んだ楠は安堵の息を吐く。

 

「こんな感じで他の食材もいけるんじゃないか?」

「良いわね、貰えるものは貰える時に貰っちゃいましょ」

「ちなみに盗人を捕まえる気は?」

「ないわね」

 

  最早詐欺であるとは楠は言わない。金を払わずに強制労働に送られるくらいならば、名前も知らない他人に霊夢の理不尽を押し付けてしまおうと悪い心が顔を出す。ただし貰ったものは楠に押し付けられ、早速片手が饅頭の箱で埋まってしまう。

 

「酷い巫女さんだな。あの神社に祀ってるのは邪神とかじゃねえのか?」

「なにを祀ってるかなんて知らないわよ」

「それで良いのか博麗の巫女……」

「じゃああんたの寺はなにを祀ってるのよ」

「知らね」

 

  宗教という人の心の拠り所の住まう場所に住んでいながら、その内に秘めた神秘に目も向けない二人をどこぞの尼さんや神様が見ればこめかみを押さえて念仏を唱える事だろう。馬の耳に念仏だろうから効果はない。仲間を見つけたというように霊夢は気さくに楠の肩を叩いていると、「霊夢」と気軽に少女の名を呼ぶ元気の良い少女の声。

 

  誰が呼んだのかはすぐに分かった。人々の間に伸びる黒いとんがり帽子。日本古来からの民家の中に洋風の屋敷をブッ建てたような異物感に、楠は目を白黒させた。そしてそれを写し取ったかのように少女の着る服も白黒だ。光と影せめぎ合い、その摩擦によって生まれた火花のように明るい金色の境界線が風に吹かれて揺れている。人差し指でとんがり帽子を押し上げ、その影から覗く黄色い目は星の光のようであった。手に持つ箒と衣装のせいで絵に描いたような魔女にしか見えない。

 

「よー霊夢。珍しいな人里にいるなんて、どうしたんだ?」

 

  奇抜な格好であるが、人に見える少女は親しそうに霊夢に近付くと、箒を肩に担いでいる手とは反対の手で霊夢の肩を強く叩いた。一度二度と叩かれる毎に霊夢の眉毛は大きく畝り、魔女を撃退する呪文を思い浮かべる。下手な事を言えばくっつき虫のように離れないのは目に見えていた。霊夢は隣に立つ楠に目を向け、「デートよ」と特大の爆弾を落とす。白黒少女、霧雨魔理沙の顔が笑顔のまま凍り付き、時が止まったように動きが止まった。魔理沙が再起動するのも待つ事なく、歩いて行く霊夢の背に置いていかれないように楠も歩く。

 

「おいおいおい、良いのかアレは」

「良いのよ別に、嘘は言ってないし」

「言ってんだろうが! タカリの旅から変わって詐欺の旅の途中だってのにそれをデートと言うかよ」

「ああもううるさい! アレでしょ、デートってのは男と女でこう練り歩いてればいいんでしょ? ならデートでいいじゃない。したかったんでしょ?」

「いやしたかったけど何だよ練り歩いてればって、ヤクザの地上げみてえだ……。だいたいあんなこと言って変な噂になっても知らねえぞ俺は」

「なるわけないでしょ」

 

  確信を持ってそう言い切る霊夢であったが、二人の背中から「霊夢に男ができたぁ⁉︎」と聞きたくない絶叫が響いて来た。空を見れば白と黒に武装した彗星が飛んで行っており、この狭い幻想郷で話が回るのにどれだけの時間を要するのか考えるまでもない。何か薄ら寒いものが背中に流れる楠を気にすることもなく、霊夢はため息を吐くだけで足を止める事もない。

 

「ああ……嫌な予感がする。もう早くかぐや姫を殴って帰ろう。このまま永遠亭ってとこに行こう」

「それは手水舎を直してからよ。逃げるのは許さないわ」

「二回目壊したのはアンタだろ!」

「建ってなかったんだからノーカウントね」

 

  霊夢から滲む霊力の波の質の高さに、逃げられはしないだろうと楠は手に持った饅頭の箱の重さに引っ張られるように肩を落とす。最初に博麗神社に足を向けた自分を楠は恨むがもう遅い。足取り重く八百屋の前で足を止めた霊夢に続いて楠も足を止めると、楠は霊夢の異変に気がついた。霊夢の顔がこれまで以上に苦いものになっている。霊夢の視線の先に目をやれば、楠の目に映るのは月明かりで髪を染めたような白い髪。それを透かしたような半透明の球体が白い髪を持つ少女の周りを回っている。だが霊夢が見ていたのはその少女ではなく隣に立つ男の方。

 

「やあこれはこれは、美しいお嬢さん。そんなに見つめられては惚れてしまいます」

 

  ふにゃりとしたふやけた笑みを浮かべて、いつ動いたのか流れる風に乗るように霊夢に近付きその手を優しく取る男。背には長い大太刀を背負い、鬱陶しい前髪を揺らしていた。

 

  魂魄妖夢のため息と、北条楠の歯を擦り合わせる音が同時に響き、その直後拳が二つ頭蓋骨を叩く轟音が鳴った。

 




五辻 第二夜 昼に続く

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