月軍死すべし   作:生崎

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馬鹿と煙は高いところへ上る

「さてさて、運がいいのか悪いのか、どっちものような気がするし、どっちも違うような気がするねぇ。梓のがうつったかな?」

 

  ぶわりと口から白煙を吐き出しつつ、眼下に広がる景色を藤は眺める。会議やらなんやらで、若くとも世界中飛び回ってきた藤でも見たことのない景色が足元の遙か下方に広がっていた。途轍もなく巨大な岩をそのまま置いたような変な形状の山。遠くてよくは見えないが、湖畔にぽつんと建っている紅い屋敷。一時代前のような集落。それらを中心に地平線の彼方まで広大な森が続いている。どこまでも広く見えるが、そこだけしか世界がないようにぽつんと見える生活感が、なんとも奇妙だ。

 

  そんな景色が現実として存在しているのだが、一枚の絵画であるように存在感が薄い。このまま飛び降りようと、ただ落ちたのでは絶対そこに辿りつけないと直感で理解できる。何よりも今自分が立っている場所がもうおかしいんだよなぁ、と藤はくらくらしそうな眼下の景色から目を外し、煙を吐き出しながら足で地面を叩いた。

 

  足に返ってくる硬い感触は、綺麗に菱形に切り出された石のもの。材質はよく分からないが、下手な大理石よりもよっぽど高級に見える。だが問題は何よりもその下で。一歩を踏み出せば落ちてしまうだろう下方の絵画と石畳の間。頑丈な石畳は土の上にはなく、綿毛のような雲の上に敷き詰められていた。藤は石畳の下地に触れてみようと恐る恐る手を伸ばしてみたところ、触ることなく指は普通に雲の中を突き抜ける。冷たい汗が背を伝うのを感じながら、気分を誤魔化すためにうんと伸びをして藤は背後へと振り返った。

 

  上質な木と石で作られた宮殿。西洋、東洋あらゆる文化の色が見え隠れする宮殿は、擬洋風的宮殿と言えた。秋でも肌寒くなく心地いい風が吹き抜け、至る所に桃の木が生えている。空は青一色に染まっており、雲は全て足元にしか浮いていない。ところどころ離れた場所に浮いている雲の上にも似たような建物がちらほら見える。その割に生活感を感じず、だがなにかしらの気配は確かにあった。

 

  幻想郷とは空の上にあったのかと藤は一瞬考え、紫から聞いた話と違うなと頭を掻きつつ足を動かす。石畳の下地には不安しかないが、その上に建てられた石道と建物はしっかりしたもので、人間の藤でも問題なく触れる。木の円柱の感触を楽しみつつ大きな石門をくぐり抜ければ、ようやく人影を見ることができた。

 

  羽衣とでも言えばいいのか。そんな服を着た幾人かの少女が、ひとりでに奏でられているハープの音に合わせて待っている。舞い散る桃の花の中でくるくると回る姿は、名画のワンシーンを切り取ったかのように素晴らしい。少しの間藤は見惚れたが、咳払いを一つして頭を切り替えると少女たちに足を向けた。

 

「すいませんお嬢さん方、少し聞きたいことがあるのですが」

「え……っ⁉︎」

 

  藤の声に振り返った少女たちは、一瞬固まった後に鼻を抑えながら後ろに飛び顔を歪めた。これには藤もショックを受け、「えぇぇ……?」と肩を落としながら自分の匂いを嗅ぐと、昨日使ったシャンプーの匂いしかしない。

 

「な、なんだお前⁉︎ なんだ本当に!」

「いやついさっき幻想郷に来たんですが気付いたら」

「穢れよ! それも特大の! 誰か!」

「話にもならないとはこれいかに」

 

  喚く少女たちは絶対の藤に近づかないように距離を取り、大声で衛兵を呼ぶ。それも数多くの弾幕を放ちながら。迫る無数の光球を見ながら、藤は面倒臭そうに頭を乱暴に掻くと、仕方がないと諦めた。こうなれば戦わないことを諦めるほかない。

 

  口に咥えていた電子タバコの上部を咥えたまま引き抜けば、スルリと上部のカートリッジだけを残して引き抜ける。口に咥えていたカートリッジを吹き出しつつ、腰に付いている別のカートリッジを差し込み咥え、弾幕に向かってぶわりと大きく白煙を吐く。

 

  石畳を容易に砕くだろう光球は、ふわりと緩やかに広がった煙に押し広げられるように反れていく。まるで磁石の反発のように勝手に藤を避けていく弾幕を見て少女たちは固まり、流れてくる白煙を見ると地面に転がるようにして大きく逃げた。あれはよくないと少女たちの本能が警鐘を鳴らす。アクションスターのような俊敏さで逃げ惑う少女たちに、どうしたもんかと咥えていた電子タバコを手で回しながら考えていた藤だったが、空から閃光が降ってきてそうもいかない。空に浮かぶ屈強な男たちは鎧を着込み、手に持った槍を弾丸のように投げてくる。空を裂く槍先は藤目掛けて雨のように降り注いだが、上に吹かれた藤の白煙に弾かれてどれも命中せずに終わった。

 

「いかんよね。これはマズイ。だがどうにも……仕方ないかぁ」

 

  また一つ藤は自分の中で諦めると、電子タバコのカートリッジを換えて大きく息を吸い込んだ。

 

 

 ***

 

 

(マズイマズイマズイ⁉︎)

 

  永江衣玖は大きく迂回するように空高く飛び、白煙が轟々と立ち上っている場を目指す。

 

  三分。人間が天界に侵入したという報告が衣玖の元に回って来てからたったの三分足らずで報告のあった一帯の天人、召使い全てと音信が途絶えた。以前、比那名居天子が異変を起こした報復か。とも衣玖は考えたが、それにはどうにも受け取った報告の断片から考えられない。

 

  『人間の男』、『煙の悪魔』。

 

  報告を寄越した者たちが口々にした言葉。わざわざ天界に攻め入ってくるような人間の男に思い当たる人物など衣玖にはなく、煙の悪魔などと言われてもそれもピンとこない。だが、大きく膨れ上がった白煙を見ると、煙の悪魔という呼び名にも納得はいく。

 

  白煙を上げる宮殿。それに踏み入る一歩手前で衣玖は止まる。

 

「うそ」

 

  白煙の隙間に見える倒れた人影。それも十や二十では足りそうにない。血すら流さずに倒れ伏している天人たちがどうなっているのか。慌てて近づこうとした衣玖だったが、薄い煙の壁が揺らめき衣玖の行く手を阻んだ。煙の根元に目を落とした衣玖が見たのは、ごく小さな機械。服のボタンほどのサイズしかない黒い台形の機械から白煙は噴き出している。疎らに落ちている機械から噴き出している白煙が束ねられ、山火事のような煙を上げていた。

 

「これは……⁉︎」

 

  ──カツリッ。

 

  ゆっくり白煙の根元に手を伸ばそうとした衣玖の肩が跳ねる。生命の躍動を感じない宮殿から、石畳を蹴る音がした。一つ。二つ。増えていく足音は静かに、だが確実に衣玖の方へと向かって来ていた。腕を引き、警戒する衣玖の目前の白い壁が大きく揺れた。白いベールを纏うように白煙を掻き分けて歩いて来る人影。煙の奥で薄っすらと光る翡翠色の瞳が瞬き、黒い頭が薄い壁を突き破る。

 

  長い硬質な舌を垂らしながら、覚束ない足取りで出て来た男は、衣玖を見るとぶわりと白煙を吐き出した。特に喋る事もなく男は長い舌を唇の上で回しながらその舌型の電子タバコをカートリッジを残して引き抜くと、唾を吐くようにカートリッジを吐き出す。カツンッ、と石畳に跳ねたカートリッジに衣玖は目を一度落とし、男に目を戻した。

 

  見慣れない服に見慣れぬ機械を咥えた若い男。ただ一人動くもののない宮殿で自由に歩いている男を見て、言葉よりも先に衣玖は雷鳴を轟かす。両手の間に走った稲妻は、小さな球体を形作り男の方へと弾け飛んだ。音を置き去りにして飛んだ雷球は、男の手前まで飛ぶとバチリッ、と音を立てて四散した。

 

  男に当たったわけではない。周りの白煙に吸われるように稲妻は白煙の中を走り抜けどこかへと消え去ってしまう。遅れて響いた稲妻の音に男は耳を澄ましながら、電子タバコを咥え直すとまた白煙を吐く。

 

「……電気も水も」

「なに?」

「流れやすい方に流れるものだよ。この場でバチバチと稲妻を吐いても意味はないからやめとくんだねお嬢さん」

 

  世間話をするように男は頭を掻きながら、手近にあるベンチに腰を下ろす。顔の青白い男は具合が悪いのか、煙の吸い過ぎなのか。この事態を引き起こしたと見える男は、全く好戦的な空気を纏わずに気怠げだ。少し毒気の抜けた衣玖だったが、男の背後で揺れている白煙を見て気を引き締め直す。ただの煙ではないことは先程の一撃で理解した。

 

「貴方がやったのですか?」

「ん? ああ、やる気はなかったんだが襲われちゃあ仕方ないさ。おかげで眠り煙が尽きちまった。こうなるとヤバめなのしか残ってないから、これ以上戦いたくないんだよね」

「眠り?」

「ああ寝てるだけだよスヤスヤと」

 

  そう言いながら男に電子タバコで指された天人に衣玖が目を向ければ、苦しそうな顔はしておらず、緩やかに胸が上下している。他の者に目を移しても同じような有様で、今度こそ衣玖は肩を落とした。

 

「そんなわけで、お嬢さんは俺と話をしてくれるのかい?」

「話? 天人様方が無事だからといってここまでした相手と?」

「させたのはそいつらさ。俺は見ての通り平和主義者なんだ。戦いは嫌いさ」

「どの通りなのかしら? テロリストにしか見えませんね」

 

  パチパチと衣玖の周りに弾ける紫電と逆巻く風を見て、男は困り顔で諦めたように細く煙を吐いた。なぜこうも好戦的な連中と当たるのかと小さく愚痴を零しながら、ゆらりと揺れる煙のように男は立ち上がり、電子タバコを掴むと手早く頭のカートリッジを入れ換える。

 

「一応名前を聞いておきましょうか人間」

「ん? 俺の?」

「他に誰がいるのです。墓標には刻むものがいるでしょう」

「やだなぁ、まあいいや。俺は──」

 

  口元で煙を燻らせた男の後方で煙が弾ける。大きな音に藤の言葉は潰されて、飛び散った石畳の破片が男の肩を軽く叩き振り向かせた。抉れた石畳はなにかが落ちて来た証。クレーターの中央で好戦的な笑みを浮かべるのは一人の少女。青空をそのまま流したような青い髪を風に揺らし、手に持った夕焼け色の剣を地に突き立てている。少女は大きな一歩を男の方へと踏み出して、風に揺らめいた白煙を顔に受けてそのまま倒れ寝息を立てた。

 

「…………んん‼︎ さて、お嬢さん続きといこうかね」

「え、ええ。そうですわね、いきますわ!」

「……ッ⁉︎ いくな馬鹿! って言うか無視するな!」

 

  千鳥足で剣を振りながら、白煙の中から這い出て来た少女はそのまま再び倒れる。眠たげな目をなんとかしようと自分で自分の頬を叩き、剣を杖代わりに立ち上がった少女の顔が男に向いた。夢遊病患者のように少女の有様に男は驚くよりも感心し、口元が小さな弧を描く。

 

「お嬢さんは誰かな?」

「ぐぅ、そういう時はまず自分から名乗るもんじゃない?」

「平城十傑、黴家第百六十四代目当主 黴 藤。で? お嬢さんは?」

「平城十傑〜? 聞いたことないわね。私は非想非非想天の娘、比那名居天子! これをやったの貴方でしょ? 面白いじゃない! 勝負!」

 

  剣を構え藤に突っ込む天子に向けて藤は変わらず白煙を吐く。ハラリと舞う白煙を剣で払おうと天子が剣を横薙ぎに振るった瞬間、轟音と閃光が天子の体を包み込む。焼け焦げた天子がその場に転がるのを藤は眺め、衣玖の方へと目を戻した。

 

「さてお嬢さん続きといこうかね」

「貴方は……眠らせるだけではないんですか」

「それは尽きたと言っただろう。これでも安全な方だ一応な。それともやめるんならその方が」

「ッ、ぐ、やめるかー!!!!」

 

  衣玖と藤の間で両腕を振りながら天子が勢いよく起き上がる。肩で呼吸をしながら焦げてひび割れた口元を手で拭い剣を突き付けてくる天子を見て、今度こそ誰にでも分かるように藤は大きく笑みを浮かべた。手の中で電子タバコをくるくる回しながら、観察するように天子を眺める。

 

「お嬢さん凄いね。それ一応内部にもダメージあるはずなんだが」

「うっさい! なんなのよそれ!」

 

  斬り掛かってくる天子に再び煙を吐けば、今度は剣ではなく手で天子は煙を払おうとし、爆発に巻き込まれて後方に転がっていく。しばらく浜辺に打ち上げられた鯨のようにぐったりしていた天子だったが、しばらくするとまたふらふらと立ち上がる。

 

「こいつぅう」

「……お嬢さん不死身か? 蓬莱人ってやつか? いや非想非非想天だから天人か。なんで無事なのかねぇ」

「無事じゃないわよ! クソ痛いわ! こんなの気合いでどうとでもなるのよ!」

「は? き、気合い? ……くく、くっはっはっは‼︎」

「なに笑ってんのよ! 人間のくせに!」

 

  白煙を吐き、爆発し、床に転がる。三度目の正直にはならず、またまた立つ天子を見て藤は腹を抱えて大きく笑った。

 

  黴の技は気合いなどという精神論で立ち上がれるような代物ではない。それでは床に転がっている他の天人の説明にならない。それでも立つ天子が異常なのであり、藤の予想を超えてくる少女に笑いしか今は送ることができなかった。

 

  黴の当主は人間化学兵器だ。吐き出す煙は当然ただの煙ではない。妖怪の牙の粉末や、毒キノコ、特殊な薬草などを混ぜた特別なもの。だが発動条件はどれもが同じ。黴の燻らす白煙は、そのどれもが気や魔力、妖力といった力に反応して効果を及ぼす。だから魔力などを抑えて動けばある程度効果を緩和することは可能だが、一度人体にでも触れ反応すれば、体の中の魔力にまで反応して着火する。強い力を持つ者にはより強く。天子も見た目だけでなく体の内側までぼろぼろのはずで、それでも立つ天子はやっぱりおかしい。

 

  これならもっと強いのを試してもいいかと悪い考えを巡らせていた藤だったが、あまりに笑い過ぎて口から吐き出る白煙に朱色が混じった。咳き込む藤の呼吸に合わせてせり上がってくる血液を抑えられずに滝のように血を吐きだし始めた藤を見て、天子と衣玖の動きが止まった。

 

「ちょ、ちょっと」

「ぐ、ッぶふ、はぁ、なんだ心配してくれるのかい? 優しいね」

「い、いや、そんな死にそうなくらい血を吐かれたらそりゃあ……それよくないんじゃない?」

 

  藤の口元に咥えられた電子タバコを指差す天子を見て、藤は当然と言うように頷いた。天人にさえ危ない効果を及ぼす白煙がいいものであるはずがない。そして、それを直に吸い吐き出す藤が、無事であるはずもまたなかった。

 

  黴の一族は非常に短命だ。歴代当主の平均没年齢は二十代中頃から後半。小さな頃より、まず耐性のあるなしが判断され、最も耐性のあるものが当主となる。当主になれば本格的に黴の技の修行が始まる。歴代当主が開発した薬煙の全てに耐性をつけるために始まる修行。いざという時自爆しないよう、毎日毎日電子タバコ*1から煙を吸い、自分の体を自分で壊していく。新薬煙の開発が最も厳しく、拒絶反応で命を落とした当主が全体のおよそ半数。藤は今年で十八だが、早ければもう命を落としてもおかしくない歳だ。

 

  真っ赤に染まった口元を拭いながら、黴は興味深そうに天子を見る。黴の技の特異さを誰より知る藤だからこそ、天子の異常さはよく分かる。触れれば即死級の煙もないわけではないが、それを幻想郷の住人には使おうと思っていない藤からすると厄介な相手であり、また興味深い。

 

「んんッ、続けるかい天子。気に入ったよ惚れそうだ。どうする?」

「えぇ……、そんな死人一歩手前みたいなのに好かれてもね。病人の相手はしたくないわ。弱いものいじめみたいだもの」

「ならこれでお開きかね? そいつは良かった」

「なんか拍子抜けね、つまんないわ」

 

  天子は焦げた服を揺らしながら唇を尖らせる。身体中がズキズキ痛むが、それより面白いものが目の前にあるためそこまで気にならない。これまでに人がたった一人で天界をここまで揺るがしたことがあったか。見慣れぬ服の見慣れぬ男。一度異変を起こした天子だからこそ同族は直感で分かる。藤が内に抱えているものがなんであるのかは分からないが、吐き出す白煙と同じく目的もかなり厄介なものであることは予想がつく。毎日踊って歌うそんな生活と藤を天秤にかければどちらに傾くかは見なくても天子の中では決まっていた。

 

「ねえ、藤って言った? 貴方なんで天界に来たの? なにが目的?」

「俺は本来幻想郷に行くはずだったのさ。ここもそうなのかは知らないが、とにかく俺は幻想郷に行かねばならない」

「なんで?」

 

  大きな期待を込められた笑顔の天子からの疑問は、欲しかった答えに埋め尽くされる。「戦うために」、そんな短い藤の答えに頬を緩ませ腕を組み、天子は満足そうに笑った。なぜ笑うのか分からない藤はくるくると電子タバコを回し、その動きの方へ目を移すことで天子を視界から追いやる。

 

「相手はなんなの? 教えなさいよ」

「知りたがるね天子。まあここも幻想郷なら無関係ではないか。ただ、聞けば逃げられないぞ。逃げても無意味だからな」

「なによそれ」

「敵は月夜見。月に住む神様さ。神の時代を再び始めるためにやつらがやってくる。まずは幻想郷に」

 

  衣玖が息を詰まらせ、天子が目を見開いた。神が来る。神代の御伽噺のような話に、衣玖は嘘だと眉を顰め、天子は見開いた瞳をギラギラと輝かせた。誰が見ても嬉しそうと分かる天子の顔は場違いであり、さすがに藤も苦笑いのまま表情が固まる。「嬉しそうだね」という藤の問いに、「あたりまえでしょ!」と天子はすこぶる元気に胸を張った。

 

「神が来る? それも月から?」

「軍隊連れてね」

「面白いじゃない! え? なんでそうなるのよ! 全然知らなかったわ!」

「あらら、天狗が新聞ばら撒いてるはずなんだが」

「なら天界まで来なさいよ! 全くサボって。つまりなに? 貴方は神と戦うために来たわけね」

 

  笑う藤に天子も笑顔を返す。壊れていく体を引きづってわざわざ幻想郷に行くという人間。ヘンテコで、おかしくて、それはとても天子にとって素敵だった。嘘はない。深く聞かなくても理解した。月から敵がやってくる。それならば!

 

「ねえ私も混ぜなさいよ」

「ちょ、頭領娘様⁉︎」

「なによ衣玖、どうせなにもしなくても勝手に向こうから来ちゃうんでしょ? ならやらなくちゃつまんないじゃない」

「そうそう一応名目は格好いいぞ、世界を救うんだからね」

「あら貴方は世界を救うつもりなの?」

「いや全く」

 

  天子の問いに間も無く藤は答えた。それは所詮副産物に過ぎない。自分のため。己のため。それは誇れるものではなく、エゴによって行われる行為。そもそも神が人を作ったというのなら、神の決定に従わないのは愚かだ。それに全力で抗い得られる結果は、所詮竹取物語の蛇足の終わりだ。そのためだけに藤や櫟、菖に梓、他の六人も動いている。賞状やトロフィーは必要ない。必要なのは勝利と解放。

 

  藤の答えに満足そうに天子は微笑を返す。つまらない、つまらない。代わり映えのない永遠が。おまけで与えられた永遠になんの意味があるというのか。欲しいものは自分で勝ち取ってこそ。つまらない永遠よりも面白い一瞬の方がいい。その場が今目の前にある。

 

「気に入ったわ藤。それでまずはどうするの?」

「仲間を集める。もう一人できたが、来てから対処じゃただでさえ勝率の薄い戦いがより負け戦に近づくだけだ。勝つためには事前に意思を統一しなければならない。梓、我ら平城十傑の大将が新聞で戦力を募っているが、見向きもしない強者もいるだろう。俺はこれからそいつらをスカウトしなきゃならないのさ。八雲紫殿、紅魔館、白玉楼、博麗の巫女、永遠亭の者達は既に参戦の意思を示した。残りに会いにいく」

「なにそれおもしろいじゃない、もうどこに行くかは決まってるの?」

「紫殿に聞いたよ、まずは一番面倒そうなところに行く。太陽の畑とやらにね」

 

  藤の言葉に天子の笑みは引き攣った。太陽の畑。その場所には確かに大妖怪が一人いる。それも特大の大妖怪が。拳で天人さえ天界に殴り返すような妖怪の笑みを思い出し、もうどうにでもなれと天子は諦めただ大きく笑い声をあげた。

 

「あっはっは! 行ってやろうじゃないの! 太陽の畑! ばっちこいよ!」

「ついてくる気か天子。まあ俺も案内人は欲しいけどね」

「ここで待ってても暇でしょうが、退屈させないわよね藤」

「多分しないさ。月軍の前の前菜だよ所詮。そう思わなきゃやってられんよ。他の当主にも時折力を借りないとなあ」

 

  ため息を吐きながら伸びをして、藤は石畳の端に立つ。傍に立つ天子と共に眼下に広がった幻想郷に目を落とし、電子タバコを咥え直した。

 

「さて行くかね。じゃあ連れってってくれ天子」

「え? 貴方飛べないの?」

「いや、あのそれよりこの煙止めて貰えませんか?」

「……さて行くかね。じゃあ連れってってくれ天子!」

「よっしゃ行くわよ! 手離さないでよ藤!」

「ちょ、ちょっと⁉︎」

 

  衣玖を残して天子と二人、藤は石畳の端から飛び出した。宮殿から空に立ち上る白煙を視界の端に捉えながら、きっとその白煙がいつか月にまで届くと信じて藤は白煙を再び吐く。

 

「……あの人間出禁ですね」

 

  藤は天界を出禁になった。

 

 

 

*1
電子タバコになったのは百六十三代目から


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