月軍死すべし   作:生崎

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一隻眼

  地蔵。丸っこい石の頭がいくつも並んでいる景色をサングラスが反射する。暗闇に浮かぶ石の小人たちから目を外し、四脚門を梍は見上げた。門の面構えでなんとなく中の空気は察することができる。カラッとした清々しい空気であるが、どこか芯に刺さる鋭さがある。荘厳な空気を掬い取るように(さいかち)の目は門をしばらく見つめて、「楠先輩の寺とは雲泥の差だだに……」と、ポツリと呟いた。

 

  だが、見た目の立派さと、流れる空気とは裏腹に内に渦巻いているものはすこぶる怪しい。暗い暗色を示す光は妖気の証。それが寺の至る所に点在している。それに比べて人の気配はかなり薄い。人里という人営みの側に控えていながら、別世界さながらの空間に梍はサングラスの位置を直し視線を隠す。

 

  命蓮寺。幻想郷最大の妖怪寺。陽の空気で洗われた潔癖さではなく、陰の空気に洗われた潔癖さを滲ませる独特の場。目指す先は一緒でも、アプローチの違いでここまで違うのかと、梍をして初めての景色に静かに喉を鳴らした。そんな鈍い音までも木霊しているんじゃないかと思う空間の入口へ、一歩を踏む前に一度梍は振り返る。

 

  ここまで梍を案内してくれた狸の御大将。どういうわけか、いつの間にかその姿は夢のように消えてしまった。狸に化かされる。その年季の違いに舌を巻く。なんでも見えると言っても、それは目の向いている範囲だけ。音もなく姿を消した妖怪は見事だ。そんなマミゾウの最後に零した言葉は、「きっと面白いものが見れるぞ」という確信を持って放たれた言葉。

 

  そんなことを思い出しながら、命蓮寺の方へと梍は振り返り二歩目を踏み出す。土の地面から門を越えれば続くのは白い石造りの長い参道。その純白に足を落とすことは躊躇われ、参道の脇を歩いていく。一定感覚で置かれた灯篭の横を過ぎる度に一歩異世界に近づいている気分だ。ジャリジャリとした玉砂利の音に耳を澄ませながら、天に続くような真っ白な階段を登れば、緑灰色(りょくかいしょく)瓦の大きな本堂が待ち構えていた。

 

  左右対称の無駄のない本堂は、地に根を張った縄文杉のような自然な煌びやかさがあるが、梍が目を奪われてのはそれではない。本堂の前に立つ二つの人影。

 

  色で言えば白。寺を包み込んでいる白石と同じ、シミひとつない白光を漂わせている。どんな人間にも陰と陽の二面を持つが、圧倒的に陽の面が強い。純白のキャンバスに、さらに白を塗り込んだよう。ただ微かに白の奥に滲む別の色が、欲のある生物であることを証明していた。

 

  その人影の横にもう一つ。こちらは色で言えば虹。極彩色の鮮明な色をかき混ぜつつ、全く混ざらず結晶となって彩光を放っている。濁流のように渦巻く欲望の色。その色が多過ぎて梍も全てを把握できない。人の身に余りある大望を支えているのは、天のように広い器だ。

 

  そんな二つの色が隣り合っている姿は異質であり、また壮大であり寺の本堂の威光がすっかり隠れてしまっていた。

 

「……禍々しい、それはこの世にあっていいものではないでしょう」

「途方も無い欲ね。ただ一つ、相手を破滅させることのみに特化した欲」

 

  聖白蓮と豊聡耳神子。普段敵対している二人が見つめる先は朱殷に輝く地獄の火の色。サングラスの奥に揺らめく二つの瞳の危うさに、二人は僅かに冷ややかな汗を滲ませる。ゆっくりゆっくり近づいて来た脅威がなんであるのか。階段を上った先で突っ立ている若い男を油断なく二人は見据え、白蓮が一歩前に足を出す。

 

「命蓮寺に来た。ということは貴方もその瞳に苦しんでいるのでしょう。私は聖白蓮、この寺の住職をしております。その瞳を手放すのなら力になりましょう」

「そうやってまた勢力を拡大する気なのかしら? 私は豊聡耳神子。その瞳、君も欲しくて手に入れたわけではないようですけど、よければ私が話を聞きますよ」

「結構です。ここは命蓮寺、話なら私が聞きましょう。仏の教えこそが必要です」

「そんなものは必要ありません。必要なのは教えではなく導き手。私が君を導きましょう」

「結構です」

「貴方には聞いてません」

 

  薄い微笑を浮かべながら、静かにバチバチと火花を散らす二人の前で、なにも言うことなく梍は静かにサングラスを外した。それを見て神子も白蓮も僅かに足を下げ、法力と道力を滲ませる。破滅の視線。その薄暗い縮退星(ブラックホール)のような瞳に警戒するが、いつまで経ってもなにも変わらない。眉を顰める二人の聖人を前にして、梍は全く別のものに目を奪われていた。

 

「……綺麗だ」

 

  梍の零した言葉に嘘はなく、そしてその言葉は白にも虹にもかけられたものではない。梍の破滅の瞳が見つめる先、命蓮寺の緑灰色瓦の屋根の上。そこに腰掛けている無色の少女。空の器には色がない。白や黒とも違う真に透明。その純粋な器の周りを、梍が見たこともないほど鮮明な感情の色が回っている。怒りの赤。悲しみの青。喜びの黄。和の緑。絶望の黒。優しさの橙。繊細でいて大胆に、より近いのは赤ん坊であるが、赤ん坊よりもなお純粋。それが信じられないほど綺麗だから。

 

「動かないでください」

 

  白蓮から制止の言葉がかかるが、梍は気にせずに足を出す。できることならより近く。輝く感情の色が見たい。だから一歩。さらに一歩。足を止めずに寧ろ早め、近づいてくる破滅へと、仕方ないと目を伏せた白蓮の魔力と、神子の道力が弾ける。

 

  独鈷杵(どっこしょ)から伸びた魔力の刃と七星剣の斬撃が十字を結び空気を割く。空間さえ歪める十字架に、梍はただ目を強く顰めた。

 

「邪魔だ」

 

  見つめるだけで相手を破滅させる破滅の瞳。ただ強く、瞳に映る脅威を殺すように。

 

  そして破滅が訪れる。

 

  敵を斬り裂くはずの斬撃が、十字の中心から捻れ弾け飛んだ。その内に秘められた力も関係なく破滅を齎す邪悪な力。夢も現実も関係なく、梍の目は敵を許さない。歩みを止めずに進む梍を警戒する二人の聖人に、梍は気にすることもなく、足に力を込めて屋根へと飛んだ。目の前に回る怒りの赤に梍は手をおずおずと伸ばしたが、それを避けるように赤い感情は宙を滑る。

 

「我々に何か用か? 変な人間」

「ああ悪いだに、つい綺麗だったもんで。これはおんしの?」

「それもどれも我々だ。私は面霊気、秦こころ。貴方、見る目あるわね!」

「それはどうも。おれは六角 梍だ。梍でいい。そこまでいい色の感情を見るのは久しぶりでな」

 

  面霊気であればこそ、面を褒められて悪い気はしない。急に現れた変な格好の男。神子と白蓮を跳び越えて来たあたり随分とおかしくはあるが、それよりなお面を褒められたことの方が大きい。薄く笑う梍の暗黒の瞳を無色の目が見返し、小さくこころの首が傾いた。梍の言葉を咀嚼して、その味の疑問を口にする。

 

「梍は感情の色が見えるのか?」

「まあな。一つならよく見るが、こうたくさんは初めてだに。素敵だな」

 

  人は生きながらに多くの感情を生む。それが一色に染まることは稀である。だが、梍の周りにはそれが九つ。刃を振るう時。輝きを掴む時。前へ駆ける時。煙を吹かす時。彼らの心は一色に染まる。それと同じような多くの色が回る姿は感情のメリーゴーランド。普段見たくもないものを多く見るからこそ、梍はつい強い輝きに弱い。目の前を行き来する彩色にまた梍は手を伸ばそうとし、こころにペシリと手を叩かれる。

 

「む、お触りは禁止だ。大事なものだからな」

「ん、残念だに。それにしても、秦さんみたいな子もいるんだにな。さっきの二人は物騒だったが」

「あの二人が揃って出たから見に来たの、面白そうだと思ったからな。梍は何者なんだ?」

 

  普段いがみ合っている二人が出るとあって、気にしない方がおかしい。事実こころでなくとも多くの者が気にはしたが、白蓮と神子に止められて見に来ることは叶わなかった。それもこれも梍の邪眼を警戒してのこと。幻想郷に梍が出現してから、それが邪眼と分からずとも、その禍々しさに肌がピリつく。無視されたからといって放っておくわけもなく、こころと梍を挟んで聖人が二人屋根に降りる。

 

「それは私も聞きたいわね。なぜ命蓮寺に来たのかも」

「ここまで無視されたのは初めてですよ。私よりこころを気にするとは」

「あー、なんでと言われても。おれはマミゾウさんにここなら泊まれると聞いたから来ただけなんだにが」

 

  白と虹に挟まれ梍は面倒だと思いながら視線を隠すために再びサングラスを掛けた。手をサングラスから離し敵対する気はないと両手を下げる。そんな梍の姿に白蓮と神子も力を抑え、マミゾウの名に肩を竦めた。封獣ぬえが呼び寄せた大妖怪。大将の器を持った掴み所のない油断できぬ相手。だが、その人の良さは二人も知っている。神子はため息を吐きながら、取り出した釈で口元を軽く抑えた。

 

「なるほど、二ッ岩マミゾウに言われて、ね。君が何者か。その目が邪魔で上手く見えないけれど、君は平城十傑でしょう?」

「そうだに」

「毎日落ちてくる新聞で知っていますよ。神と戦うとは正気ですか?」

「勿論」

 

  言い切った梍の言葉に、神子は戦場に立つ梍の姿を見る。例え誰が来ようと梍は戦さ場に立ち、そして相手も来ると神子は察し、諦めたように小さく肩を落とす。そんな神子を見て白蓮は目を細めると、梍を今一度眺める。救いを求めて来た相手を無下にもできないが、命蓮寺は駆け込み寺というわけでもない。脅威の邪眼を寺に置くか、悩みながら白蓮が気になることがもう一つ。

 

「ここに留まりここを戦場にする気ですか? それに、貴方は勝てるとお思いで?」

「どこに居たって戦場にはなるだろうよ。それに、勝つために来た」

 

  不敵。でありながら、その裏に潜む不安を神子には隠すことはできない。サングラスで目は見えずとも、顰めているだろう梍の顔を思い浮かべながら手の釈を弄ぶ。

 

「勝てるとそこまで思っていないのにそう言い切りますか」

「おれ一人なら無理だ。だが」

 

  梓と藤と櫟と菖がいる。個人の技量もさることながら、不可能な道のりを可能にするのが藤と櫟。その道を不動で、また静かに歩くのが梓と菖。その後ろに続く先人たちを想えば、梍が続かない理由がない。

 

  たったの一、二年の違いでしかないが、先を行くその輝きを追うために。

 

「他の九人に並ぶため?」

 

  神子の問いに頷くことなく、梍はサングラスを指で押し上げ答える。

 

「おれにあるのはこの眼だけだに。ただこの眼と適合しただけで、先輩たちと同じように修羅の道を歩いているわけじゃない」

 

  梍が歩くのは孤独の道。ふとした時、荒れた時、気分の良くない時、ただそれだけで周りに危害が及ぶ。サングラスは所詮気休めだ。墨を垂らしたような黒一色の目を隠すため。

 

  そんな梍の周りにいてくれる九人。楠も桐も梓も椹も気にすることなく、どうしても嫌になった時、短気な漆や不干渉な菫でも家に泊めてくれる。人の世では孤独でも、少なくともそれを埋めてくれる者が九人。梍はまだなんの恩返しもできていない。

 

「導き手も、教えも必要ない。それはもう持っているだに。この眼が力になるのなら、その相手も、使い時も知っている。勝つ負けるじゃない。例え待っている結果が破滅でも、おれは戦うために来た」

 

  サングラスを挟んでいようと分かる梍の目の輝きに、白蓮と神子は目を伏せた。宗教とは、救われたいものに手をさし述べるもの。とうに救われている者はそれを必要とはしない。梍の纏う空気から、白蓮も神子も言葉での勧誘は無理であると納得した。

 

「それで、あー、聖さんと豊聡耳さん? どうするだにか? やるんなら相手にはなるがよ」

「やめておきましょう。その眼は脅威ですが、わざわざ振るう気のない相手に振るわせるものでもない」

「此方も同じく。君の立つ戦場はここではないようですし。まあここが壊れる分には私は全く構わないんですけど」

 

  「やります?」と続けた神子を白蓮が睨む。緊張の糸が少しの間張られたが、神子がそっぽを向いたことですぐに緩められた。宗教戦争なんて不毛なものに首を突っ込む気のない梍は、眩しい二色から視線を遠ざけ、目を向けるのは無色の少女。

 

  その器の表面に青い感情が張り付き、中に薄い水色が湧き出るのを見て梍は薄く口端を持ち上げた。

 

「退屈そうだにな、秦さん」

「やらないんなら面白くない。これじゃあ見に来た私はただの間抜けじゃないか」

「うーん、でもおれの戦いは見てても退屈だと思うだにが。あぁでもこんなのなら見せれるだに」

 

  サングラスを外し虚空を睨む。思い浮かべるのは命蓮寺に来る道中見かけた野良猫の姿。空間が揺らめき、その渦の中心から黒い手が伸びる。体毛は剣山。爪は鎌。尻尾は鞭。ギラつく大きな二つの黄金の瞳が黒い剣山を引き裂いて覗いている。突如生まれた化け物は低いうなり声を鳴らし、思わずこころの内に黒っぽい色が湧き出てしまう。

 

「な、なんだあれは⁉︎」

「思い浮かべたものを見せられると言えば聞こえはいいんだにが、なぜか思い浮かべたものがやたら禍々しくなるだによ。一応猫なんだにが」

「あれが猫⁉︎ どんな猫だ⁉︎ 危なくないのか?」

「幻覚のはずなんだにが、なぜか人体に当たるとダメージがあるだに」

「危ないじゃないか⁉︎」

 

  思い込みによるダメージ。それがただの幻覚に質量を持たせる。とんでもなく相手の我が強いと意味はないが、それでも脅威であることには変わりない。そんな脅威は、大きな欠伸を一つすると、玉砂利の上で丸くなる。

 

「な? 猫だに」

「それは梍の思い通りに動くのか?」

「動くだに」

「ふーむ、使えるかもしれないな」

 

  感心するこころがポンと手を打つ。器を満たすのは楽しそうに踊る黄色。その動きを目で追いながら、梍は手を振って幻影を消した。神子も白蓮もパチクリと瞼を動かして消えた猫を見る。蹲っていた猫の姿はすっかり消え、影さえ残っていない。

 

「面白くはありますね。危険なことには変わらないですけど」

「どうも豊聡耳さん、それで秦さん、使えるって何だにか?」

「能楽だ。私の特技で仕事でもある。その力を使えば私の能楽はより進化するぞ! スーパー能楽だ!」

 

  「能楽?」と呟き梍は首を傾げた。能楽とは能と狂言とを包含したものの総称である。能楽という言葉自体の歴史は古くはなく明治時代の言葉だ。こころの言う能楽は、狂言よりも能の側面が強い。狂言は能ほど面を使用しないからだ。能自体は歴史は古く平安時代まで遡り、奈良時代を生きた平城十傑の末裔である梍も知ってはいるものの、実際に能演者にあったことはない。それも妖怪のとなれば、気にもなるというものだ。

 

  幻想郷で人気の能演者であるこころが、新たな能楽の構想を膨らませる横で、そんな少女の姿に梍の口から笑いが溢れた。梍に向くこころの丸い目に、サングラスを外しながら目尻を擦り悪いと手を上げた。

 

「いやすまんだに。秦さんほど感情を分かりやすく表現する子は珍しくて。器が透明だからか良く見え過ぎる」

「ほ、本当か! 私は感情豊かか!」

「ああとっても」

「どうだ宗教家! 私は遂に克服したぞ!」

 

  胸を張るこころだが、その顔は表情の抜け落ちた能面と変わらず、顔からは何も読み取れない。神子と白蓮はそんなこころに微妙な笑みを浮かべて返すが、梍は弾けて渦巻く黄色に大きく笑った。

 

「くっはっは! 面白いな! 秦さんは感情の宝石箱みたいだにな! 秦さんみたいなのがいるならこの寺も気に入った。それで聖さんが住職だっただにな。泊まっても?」

「全然いいぞ! さあ相棒! 早速スーパー能楽と演目を詰めよう!」

「なぜこころさんが決めてるんですか? ハァ、しかし」

 

  無表情でも喜びを表現して両手を上げるこころと、破滅の瞳を光らせて楽しそうに笑う梍。そんな二人が能楽について話し合い盛り上がっている姿はどこか可笑しい。が、平和なワンシーンではある。白蓮は腰の前で緩く手を組むと、青空に浮かんだ白い月を見上げる。

 

「梍さん月の神は本当に攻めて来るんですか? 神の世を取り戻しに、幻想郷を手に入れに」

「ん、おれも詳しいことは分からん。藤先輩や櫟先輩に聞けばより詳しく分かるだろうがどこにいるか。幻想郷で何か動きはないだにか?」

「特には。変わったことなど貴方方が来たことでしょうか。後は毎日新聞が届くくらいですね。おそらくそろそろ」

 

  白蓮がそう言い空を見上げれば、命蓮寺の空に黒い線が走った。暗い風のようなそれを完全に捉えられる梍は、ツインテールを靡かせる黒翼を持った少女を見た。その少女は腰のバックから新聞を二つ取り出すと、神子と白蓮に向かって軽く投げた。そんな少女の目がゆっくりと動き梍と目が合うと、驚いたような顔をして通り過ぎる。あっという間に空を飛び抜けた少女に梍が目を瞬いている内に、新聞を持った白蓮がそれを広げて渡してくれる。

 

「内容はいつも決まっています。月の脅威についてと貴方方のこと。そして戦力の募集。幻想郷の危機に力を貸せと。吸血鬼、月の姫、冥界の主人、博麗の巫女、幻想郷の賢者が既に参加していると。この戦いに正義はありますか?」

 

  白い輝きが強くなる。白蓮の顔を笑顔の消えた梍は見返し、少しの間目を閉じるとサングラスをかけ直す。

 

「難しい質問だにな。藤先輩なら正義なんて麻薬の一種と言って煙に巻くだろうし、菖先輩なら戦いにそもそも正義はないと言うだに。梓先輩ならただやるだけと答え、楠先輩ならそんなの知らんときっと言うだに」

「では貴方は?」

「……おれには見え過ぎる、正義なんてまっさらなものの裏にあるものもきっと。おれが戦うのはおれのため、先輩達もきっと同じだに。それを問うだけ無駄だによ。この戦いは結局自分で決めてどうするかだに。正義や法に従ってやることではないよ」

 

  月夜見がやるのも自己満足なら、向かい打つ方も自己満足。そんなことに世界の命運がかかっている。馬鹿らしくて笑えてくると梍は微笑を浮かべ、白蓮も呆れたように薄く笑った。

 

「貴方方は「見つけたわ!!!!」……はたてさん?」

 

  黒い風が再び吹き、灰緑色の瓦が少し吹き飛ぶ。白蓮と梍の間に落ちてきたはたては大きく肩で息をして、梍の顔を覗き込む。

 

「貴方が最後の一人ね! 確か、六角 梍だったかしら? 私は姫海棠はたて、梓に言われてこうして新聞をばら撒いてるわけね。貴方が来てるか微妙って話だったけど、これで十人揃ったわね!」

「十人? 漆先輩と菫先輩も来た? そりゃ藤先輩達も本気だにな。それでおれに用だにか?」

「今梓が戦力を集めて回ってるの。藤ってやつもそうだって。近い内に一度会議をするそうだからそれまでにって。戦いの時は近いそうよ。だから梓も最後の動きに出た。天魔のとこに行ってるわ、天魔とさえ話がつけば天狗が全部味方になるからよ。だから……ッ⁉︎」

 

  空に轟音が流れる。音の元に目を向けた者たちの目には、渦巻く風が大きな山の山頂にいくつも蠢いていた。それを見たはたてはがっくりと肩を落とし、強く頭を掻く。

 

「やっぱり⁉︎ 梓のやつなにが穏便に話をするよ⁉︎ 全然穏便じゃない! 鬼が一緒の時点で怪しいと思ってたっての‼︎ あぁぁぁどうなるの? 匿ってたのがバレたら私も処刑なんじゃ……」

「なんか良く分からんだにが、苦労してるんだにな」

「そうよ! 全く……、いい、これは伝言よ! 時が来るまで貴方は命蓮寺にいろって、まあここがそうなんだけど……。平安時代に猛威を振るった鵺を味方にしろってね。悪いニュースがあるとすれば、ちゃっちゃとやらないと藤ってやつが来るそうよ」

「あぁ……、それは、まだおれが頑張った方が良さそうだに。藤先輩怒るとおっかないから」

 

  苦笑する梍にはたては苦笑を返し、「それじゃあね」と言うとまたあっという間に飛び去っていく。空を見上げればはたての消えた先に新しく閃光が走り空を裂いた。その閃光に込められた妖力と、それが溶けているような流れを見て、ムニムニと梍は口角を落とした。

 

「梓先輩も藤先輩もなにやってるだに……。はあ、なんにせよ、始まりは近そうだに。それで、聖さんと豊聡耳さんはどうするだに?」

「……そうですね、貴方がここに居座るなら、貴方方を見定めるとしましょうか」

「私も興味が湧きました。君を見させて貰うとしましょう。こころが気に入ったみたいですし」

「ああ気に入った! 新しい能楽の構成もそうだが、梍と居れば新しい演目もできそうだ! なあ相棒!」

 

  相棒。呼ばれ慣れてないが、その響きの美しさに梍は笑い、空を見上げる。白くて綺麗な月にいくつか光る強い光。その輝きは恒星のようであり、圧縮された力の結晶を瞳に写す度に梍の肌が粟立つ。勝つために来たとは言った。誰もが勝とうとしている。だが、神子に見透かされたように、見れば見る程勝てる気がしない。力の有無も関係なく、この世に生きるもの全てには、内包している質量とでも言うべき違いがある。それは力であったり、知恵であったり、カリスマだったり、種族だったり。白蓮も神子も大きな質量を持って梍にも見えるが、その何倍も大きい。その中でも一際大きなものが一つ。光を極限まで圧縮した穴のようにさえ見える輝き。色は光色としか言いようがない。それを見れば見る程に。

 

(……勝てる気がしないだにな。アレとやるのか。演目なんて優しいものになればいいが……)

 

  月に浮かぶ光が一箇所に集まろうと動く様を見ながら、梍は幻想郷に煌めく強い光に目を落とし、表情がバレないようサングラスを強く指で押し上げた。

 

 

 




どうでもいい設定集 ②

みんなの大好物

楠はオムライス。桐は豆大福。椹は鮎の塩焼き。梓はステーキ。菖はパフェ。藤はうどん。櫟は蕎麦。漆はパンケーキ。菫は水饅頭。梍はおにぎり。

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