月軍死すべし   作:生崎

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日向ぼっこぼこ

  白黒の彗星が今日も空を飛ぶ。懐に天狗の新聞を忍ばせながら、眼下に広がる紅い大地を見下ろした。風が吹けば心地いい音を奏でて揺れる小さな紅葉した手の間に、一本の茶色い線が伸びている。その中を歩く二つの人影を目に留めて、魔理沙は悪い笑みを浮かべるとそれ目掛けて箒を下へと倒した。

 

  風に揺れる黒髪と波打つ銀髪に金色の川が混じる。笑顔を浮かべる魔法使いに、黒い頭はギリギリと歯を擦り合わせ、銀色の頭は呆れたように肩を竦めた。そんなここ数日で見慣れた二人の様子に笑いながら、魔理沙は楠の肩を軽く叩く。その衝撃を楠はゆらりと揺れて受け流した。

 

「なんだよお二人さんこんな朝っぱらからデートか?」

「ふざけんなよマジ違えわアンタなあ!……いや、もういいや。アンタと張り合うのは疲れるだけだ魔法使いさんよ」

「そうつれないこと言うなよ楠、それより昨日の号外見たか?」

 

  魔理沙の取り出した新聞に大きく書かれた『天狗参戦』。平城十傑の名と共に、勝利に間違いないと書き綴られている。もう勝った気でいる新聞の内容に、妹紅も楠も呆れてしまった。が、尻込むよりはマシである。梓と天魔の映った写真は、久々に天魔の姿が拝めるとあって、人里の少ない妖怪マニアの間で大層ウケた。

 

  梓ならそれぐらいはやるだろうと特には驚かず、差し向けられる新聞を手を振って払い除け、楠はただ先を急ぐ。唇を尖らせる魔理沙と呆れる妹紅はそんな楠の背に置いていかれないよう歩みを早め、その両脇に並んだ。妹紅は新聞に目すらくれないので、魔理沙はいそいそと新聞を懐に戻すと、再び二人の顔を見比べ首を傾げる。

 

「で? なんで二人はこんな早朝から霊夢のところに向かってるんだよ。楠一人ならまだ分かるけどさ、妹紅も一緒は珍しいよな。まあ私は朝の散歩相手が増えて退屈しないけど」

 

  博麗神社に続く道は一本道。早朝に剣を振った後、博麗神社に行くか焼き鳥を焼くかの二択しかない楠の動きを追うのは容易い。今面白い平城十傑の動きを追う意味で、朝に博麗神社へ向けて歩く楠との散歩はすっかり魔理沙の日課だ。魔理沙が来ればチルノ同様苦手な相手であるためか不満そうな顔を楠は浮かべるが、なんだかんだ会話はし、愚痴を言おうとも無理に追い払うこともない。今日もまたからかおうと悪い笑みを携えた魔理沙を横目に見ながら、楠は疲れたように手を振った。

 

「いい加減手水舎を放っておくと巫女さんにいいように使われるんでな。妹紅に頼んで木を乾燥して貰うんだよ。そうすりゃ後は切って組むだけだしな。鬼の嬢ちゃんが居れば『密と疎を操る程度の能力』とやらで水分散らしてくれるんだがよ。俺は大工じゃねんだわ。学生なの。なんで焼き鳥焼いて家と手水舎建てるのに従事しなきゃなんねえのか」

「楠のせいで壊れたからでしょうが。だいたい屋台はいいの? 今日の売り上げなしよ? 十両貯めなきゃいけないんでしょ?」

「言うな妹紅、気が滅入る。それに言うならもう手水舎は俺のせいじゃねえし、屋台の給金はどこぞの誰かさんたちのせいで低賃金なんだよ! なあ!」

「それは大変だな、誰のせいだろうな」

「それはうちの屋台の張り紙を見ろ」

 

  巫女禁止、魔法使い禁止、輝夜禁止、椹禁止、吸血鬼禁止、さとり妖怪禁止、一寸法師禁止などなど。多くの者を出禁とする張り紙を貼り付けているというのに、誰もが変わらず勝手に楠にツケて焼き鳥と焼き筍を取っていく。その度に妹紅に肩を叩かれ給金の袋も叩かれる。「うちは給水所じゃねえんだよ!」という楠の叫び虚しく、すっかり楠と妹紅の屋台は幻想郷の人妖の小腹を満たす場所と化していた。商売が好きなのか、妹紅の機嫌が良いことくらいしか楠に良いことはない。とぼける魔法使いに楠は歯を擦り合わせ妹紅に助けを求めて顔を向けるが、優しく肩に手を置かれて微笑まれるだけで言葉すらくれない。

 

「それよりさ、遂に十人揃ったんだってな」

 

  そう言って魔理沙は肩を落とす楠に笑顔を向けた。十人。平城十傑の当主たち。北条、五辻、袴垂、足利、坊門に続き更に五人。最初の五人がとんでもなかっただけに、魔理沙も妹紅も後の五人もとんでもないだろうと予想はつく。特に微笑むこともなく、ムッとした表情を振って楠は足を早めた。勿論嬉しくはある。自分と同じ当主たちだ。あんまり楠がよく知らない者もいるが、同じ立場の九人。だが、全員揃うというところに楠が容易く笑えない理由がある。

 

「……十人な。最後に全員揃ったのなんて大正の頃に一回あったくらいじゃなかったっけか」

 

  目標は同じでも、いささか時間が経ち過ぎた。元は同じ平城京に居を構えていたが、十の一族は日本全国に散り、当主以外はそれぞれ別の仕事も持っている。当主たちだけで集まればいいだけの話ではあるが、奈良時代より千年、進まぬ展開に加え世界的な大戦が続き、集まることがなくなった。楠が知る相手など、それこそ伝令役として全国を渡り歩く桐。調停役である梓。情報役である櫟と、櫟とよく一緒にいる藤に菖、たまに家に泊まりに来る梍くらいのもので、ここから更によく知るなどと言えば桐と梍ぐらいまで減る。他の者達の交友関係だって似たようなものだ。

 

  そんな十人が集まった。遂にかぐや姫が見つかったのだからよっぽどのことではあるが、事態はより悪い。途方も無い敵の姿を思い描いていた一族たちの終着点が、月の神など誰が予想できようか。少なくとも楠が山奥の寺に居た時は全く考えもしなかったことだ。だが、先人たちを思えば、世界を救うなんて大層な土産を引き下げ会いに行った時、どんな顔をするか楠は見てみたくもある。

 

  足を踏み出すほどに口元の緩んでいく楠の横顔を妹紅は見ると、静かに薄く微笑んだ。その楠の姿に古い記憶を重ねて。

 

「楠は歯を擦り合わせてるよりそうやってる方がいいわよ、そっちの方が似合ってるんじゃない? 辛気臭くなくて、二代目に似てるわ」

「そいつはどうも。へっ、妹紅はあれだ、長年怒ってたから笑ってるよりムッとしてる方が似合ってるんじゃないか?」

「あ、そういうこと言うわけね。減給ね、減給」

「おい嘘だろ、それ最終的に俺が払うようになったりしねえよな」

 

  働いてるのに更に金まで払うなど堪ったものではない。意地悪く笑う妹紅に肩を落としながら、楠はずり落ちそうになった刀を背負い直す。かちゃりとカチ鳴った鍔の音に目を覚まされるように、前を向いた魔理沙は帽子のツバを抑えながら軽く顔を上げた。道の先に立ち上がった灰色の斜面の上に開いた赤い口。博麗神社の鳥居が小さく見えてきた。それに伴いちかちかと光る神社の空を楠と魔理沙は呆れたように眺め、飛んでいく霊力の塊を目で追った。

 

「なあ楠、霊夢のやつまたやってるぜ」

「行く気失せてきたな。このまま帰ろうか」

「なによ楠、霊夢のやつそんなに荒れてるの?」

 

  虫歯になったライオンと言うか、尻に火の付いた牛と言うか、今の霊夢に手を出したくはないと言葉にせずに楠は肩を竦めて返す。ここ数日霊夢の機嫌はすこぶる悪い。食い気に倒れ屋台の焼き鳥を大量に奪って行く姿からもよく分かる。

 

  階段を上がり博麗神社の参道を踏めば、参道の上で座禅を組み、眉を地割れのように歪めた霊夢が待っている。苛立たしそうに口端を引き延ばしながら、目を開けると参道の石畳の上に落ちている小石を乱暴に蹴り上げた。飛来した礫は登って来たばかりの楠の方へ飛んでいき、楠は疲れた顔でそれを雑に上へと弾く。宙に舞った小石は魔理沙の帽子を叩き、ぽすりと気の抜けた音をあげた。

 

「おーい霊夢、今日もまた荒れてるな」

 

  頭をガシガシと掻く霊夢に魔理沙が声をかければ、鋭い巫女の目が向けられる。ギラついた目の八つ当たりに魔理沙と楠はウンザリと目を背け、代わりに妹紅が仕方ないとため息を吐いて前に出た。そんな妹紅を見る霊夢の目の険しさは変わらず、妹紅も帰りたくなってきたがなんとか踏み止まる。

 

「どうしたのよ霊夢、なにか気に入らないことでもあった?」

「気に入らないですって? ええ気に入らないわね、あの天照の頭でっかち! 日本の主神だったらもっと協力しなさいっての! そんなに天照って偉いわけ?」

 

  そりゃ日本の主神だからな。と三人とも思ったが、敢えて口にはしない。霊夢が天照と対話し続けおよそ三日。最初こそ櫟の目論見通り上手いこと話は進んだのだが、それ以降がさっぱりであった。霊夢がなにを聞こうともぷいっと天照はそっぽを向き、話にならない。霊夢が太陽に向かって弾幕を放つも届くはずがない。「天照のアホ」と繰り返す罰当たりな霊夢にわけが分からず妹紅は困った顔で楠へ向く。楠もまた困った顔で頷いた。

 

「巫女さんはここ数日天照大神と対話してんのさ。櫟の策でな。月夜見にも俺たちにも協力しないって約束は取り付けられたそうなんだが、そしたら他の情報もくれなくなっちまったんだと」

「月夜見の能力すら教えてくれないってどうなのよ! 言うことといえば幻想郷はどうだとか、月ちゃんは日焼けが嫌いだとか、月ちゃんは引き篭もり症で困るとか知ったこっちゃないっつうの!」

「巫女さん天照大神によくそんなこと言えんな。まああれだ、月夜見の能力は輝夜あたりに聞けるんじゃね? 櫟が永遠亭にいるしもう聞いてるだろ。あとはほら、久々に人と話せて嬉しいんじゃないか?」

「なんで私が天照の御機嫌取りみたいな役引き受けなきゃいけないのよ! ならもうあんたがやりなさい!」

「無茶言うな‼︎」

 

  天照との相談室なんて大役ごめんだと楠は大きく首を横に振る。天照相手に罰当たり甚だしいが、好き好んで強大な神と話をしたいなんて物好きはいない。苦い顔をする楠たち三人を見て霊夢は柔らかく笑うとぶつぶつと何かを唱え始めた。それが長くなればなるほどに霊夢の身体以上の大きな雰囲気が滲み出す。その空気を醸し出すものがなんであるのか、言わずとも理解した楠はすぐさま逃げようと鳥居に振り返るが、服の襟を妹紅に掴まれ足が滑る。少女の姿に似合わぬ膂力に、楠は大きく目尻を下げた。

 

「放せ妹紅! いや放してください! 天照となんて会いたくねえ!」

「なんてとか言っちゃダメでしょ。こんな機会もそうそうないんだし、私も会ったことないしちょっと面白そうじゃない」

「じゃあ俺抜きでもよくね? 魔法使いの嬢ちゃんと二人でよろしくやってくれ!」

「いやあそう言われると逃したくなくなるよな。神妙にしろ楠」

「この天邪鬼どもめ! 魔法使いも巫女も蓬莱人も嫌いだくそったれ!」

「天邪鬼って、お前には言われたくないわよ」

 

  かぐや姫を守るし殴るなんてわけのわからないことをやっている男に言われたくないと、妹紅は強く楠の襟を引っ張った。すっ転ぶ楠に魔理沙は笑い、霊夢の内になにかが落ちてくる。悪どい笑みを浮かべていた霊夢の表情が滑り落ちた。目をパチクリと瞬いた霊夢の顔に浮かぶ柔らかな微笑は陽だまりのようで、馬鹿騒ぎしていたことが恥ずかしく思えてくる。身を包む薄らいだ神々しさに人の肌はピリつき、楠は服の汚れを払いながら呆けた顔で立ち上がり、妹紅も魔理沙も息を飲む。

 

「あ、これは初めまして。皆様のご活躍は拝見しております。人界で流行している漫画と言うのですか? 伎楽や猿楽を眺めているようで面白くて」

「あ、そうですかー、あっはっは!」

おい楠、あれ霊夢か? なんか気色悪いぜ

イタコの口寄せみたいね、神降ろしってこんなこともできるわけ?

知るか俺に聞くんじゃねえ!

 

  両側から魔理沙と妹紅に肘で小突かれ、小声で訴えかけられたところで、楠に分かるわけもない。慈愛の滲み出ている柔らかな笑みを浮かべる霊夢は、魔理沙の言う通りはっきり言って気味が悪い。頬に手を当て物珍しそうに博麗神社を見回す天照霊夢に、今のうちと楠は逃げようと後ずさるが、両脇から少女二人に腕を組まれ逃げの一手を封じられる。全く味方らしくない少女二人に楠は歯を擦り合わせていると、天照に目を向けられコロコロと笑われた。その音色にどうしても耳が惹きつけられる。

 

「あぁ申し訳ありません。貴方は本当にそうギリギリと歯軋りするんだなと」

「はあ、そうですか」

「平城十傑でしたでしょうか? 存じてはいますよ。やはり眺めるのは変わり者の方が面白いですからね。貴方たち十の一族の営みは最初から見させて貰っていますよ」

「最初から……ですか?」

「ええ最初から」

 

  最初から。その言葉に楠は目を瞬いた。初代から百三十七代目まで。北条含めた十の一族。最初からとは最初から。天照の微笑に影が差すことはなく、ただ暖かく向けられる。

 

「……最初から」

 

  ポツリと呟き楠は唇を噛み締める。楠も知らない北条の歴史。手記で漠然と楠も知ってはいるが、知っているのは書かれていることだけ。自分以外に当主達のことを知っている者がいる。楠は足を下げることもなく少し俯けていた顔を上げた。

 

「天照大神様から見て、馬鹿なことをしているとお思いでしょう?」

「だから面白いのではないですか、私は所詮観客ですから。ただ、見ているだけです。今の世は貴方方の世なのですから」

「俺たちの世……」

「ええ、だから妹の件は申し訳ありません。普段受動的なのにたまに能動的になって。ただそれも仕方ないのかもしれませんね。私が不甲斐ないせいでしょう」

 

  そう言い軽く顔をうつ向けた天照大神にかける言葉など、楠も誰も持っていない。少なくともしっかりしろなどとは言えない。なぜなら天照の言った通り、今は人の世なのだから。神の手から離れ人が時代を築き始めてから、その繁栄も衰退も全ては人に責任がある。神を崇めなくなったからといって、それは神のせいではなく人のせい。だから言う言葉は天照を責めるものではない。楠はそっぽを向きながら、小さく歯を擦り合わせる。必要な言葉を削り出すため。

 

「別になんだっていいですよ、勝ちますから」

 

  誰が相手であろうとも、勝つために技を研いできた。たとえ神であろうとも、かぐや姫を守るどころか、奪うために鍛えた技術。今更相手を知ったところでやることは変わらない。勝利を謳う人間に、天照は顔を上げると深く微笑む。人であろうと神であろうと、太陽のように覇を吐く方が面白い。

 

「では安心ですね。せいぜい妹と遊んであげてくださいな。妹も人の強さを見れば諦めもつくでしょうからね。面白い活劇を期待しています」

「ってことは天照様はやっぱり力を貸してくれないんですか?」

「私は誰もの味方ですからね。肩入れはしないのです魔法使いさん。それに私の力なんて必要だとも思っていないでしょう? 努力家さん」

「その顔で魔法使いさんはやめてくださいよ神様。私ダメだ、楠パスだぜ」

「俺に投げんじゃねえよ! 仕方ない、行け妹紅!」

 

  天照に向かい指を突き付ける楠の頭に拳が落ちる。護衛をする気のない護衛役に呆れながら落とした拳骨を振るう妹紅に天照は顔を向けるとくすくすと笑った。そんな神の姿に妹紅は微妙な顔を浮かべて、少しだけ楠の近くに足を寄せる。自分の身を北条の背に隠すように。

 

「やはり貴女はまだ神が苦手ですか。木花之佐久夜毘売(このはなさくやびめ)*1も困った子ですね。でも今は、敵を屠る刃が側にいるのですから安心ですね」

「別に私は」

「蓬莱の薬を飲んだこと、私は咎める気はありません。それもまた人生というものなのでしょう。貴女の物語は長く、私のお気に入りの一つです。それも今はより素敵です。友がおり、刃がいる。でしょう?」

「いや、まあ、うん、私もダメだ。楠任せた」

「なんでだ⁉︎ アンタらなあ、俺に任せてもどうにもなんねえよ!」

 

  年の功より神の功とでも言うべきか。社交性抜群の魔理沙も、長く生きる妹紅も天照にはお手上げであるらしい。そんな相手を楠ができるはずもなく、ギリギリと音を立てる楠に天照はただ笑った。その笑い声を聞くたびに、その音に飲まれ楠の歯軋りは小さくなる。生きる限り陽の光に勝てるものはいないと本能で理解してしまう。結局投げられたところで楠も白旗を振るしかない。

 

「ふふ、それで貴方方は今日はどうしたんですか? いつもはこの巫女さんが話しかけてくれるだけなんですが今日は珍しい」

「え? いやあ、なんでしょうね本当に全然分からないですマジで」

 

  巫女の腹いせとは口が裂けても言えることではない。天照が分かっているのかいないのか。とぼけてみる楠に天照は笑うだけ。やられっぱなしは面白くないと、霊夢の鼻を明かす意味も込めて、頭を回し楠は天照に向き直った。

 

「あれですよ。月夜見のことを聞けってことじゃないんですかね。巫女さん大分参ってましたから」

「むぅ、これは貴方方の喧嘩。口出しは無用でしょう? それに面白くないですし。ですが私も久々に多くの人と語らえましたからね、少し面白いものを見せましょうか」

 

  そう言って天照が辺りを見回すと、丁度切り出された木がいくつか転がっているのが目に付いた。小さく頷きその丸太に天照は近寄ると、その上に軽く手を置く。

 

  そして陽が昇った。

 

  眩い太陽の光は強さを増して、全てを包み込むように手から零れた光は光を何重も重ねたように白く輝色に染まり、丸太を優しく飲み込んだ。煙を上げず、火も立てず、影すら残さずただ陽の光に燃え尽きる。まるで初めから存在しなかったように消えた丸太に微笑を与え、天照は楠たちの方へ振り向き輝く右手を差し向けた。その光輝こそ天照の威光。

 

「『万象を染め上げる程度の能力』と、幻想郷風に言ってみましょうか。なかなか面白い手品だったでしょう?」

 

  得意げな天照に楠は何も言えず、強く歯を擦り合わせた。魔理沙と妹紅の顔は神と人の顔を行ったり来たり往復し、なんとか無理矢理楠は事態を飲み込んで、消え去った丸太に力なく指を向ける。

 

「……あの、……それ、俺が手水舎造る用の丸太なんだけどよう」

「…………これは大分長居してしまったようですね、では失礼します」

「え? あれ? ちょっと天照様」

「私はいつでも皆様を見守っていますからね、頑張ってくださいね」

「いや見守るとかどうでもいいんだわぁ‼︎ ちょっと丸太は! おい主神! タイーム! ちょい待て!」

 

  さよならー、と手を振る天照の両肩に楠は急いで駆け寄り両手を置く。太陽の微笑みは蜃気楼のように綺麗に消え、残ったのは霊夢のジトッと重い視線。目の前に突如現れた人相の悪い男の顔に、遠慮することなく拳を見舞う。間一髪それを避けた楠だったが、走り寄った勢いは殺せず石畳の上を転がった。

 

「あ゛ぁぁ、肩が凝ったわ。ここまで深く降ろすとこうなるから嫌ね。楠肩揉んで。で? 天照はどうだった?」

「おー霊夢が返って来たな。やっぱこっちの方がいいぜ」

「どうもこうも、主神て言うだけあってかなりクセが強いみたいね。あれと三日も話し合うなんて私はごめんよ。面白くはあったけど」

 

  慈愛もクソもない人間らしさが霊夢の元に返ってくる。私の苦労が分かったかと妹紅と魔理沙の答えを受け霊夢は満足そうに頷くが、唯一なにも言わずに未だ参道に転がっている楠を霊夢は目に留めると、不満そうに近寄り取り出したお祓い棒で楠を突っつく。だが、楠からは芋虫ほどの反応も返って来ない。

 

「ちょっとなにしてるのよ」

「……俺もう知らない、今度のはもう知らないから。弁償は天照に頼めばいいと思うよ」

「はあ? なに言ってるの? 弁償?」

 

  力なく何もないところを指差す楠の指を追い、あったはずの丸太がなくなっているのを見ると霊夢は大きく頷いた。項垂れる楠に、呆れたように吐くのはため息。いくら霊夢でも天照に弁償は頼めない。

 

「なんか粗相でもしたんじゃないの? さっさと直す」

「粗相したのはあっちだから! ドヤ顔で丸太消したから!」

「ならまた斬ってくればいいじゃない。あれよ、神の試練ってやつよ。ほらシャキッとしなさい楠。今日の夕餉は私が作ったげるから」

「ってことは今日もまた俺とお椀の嬢ちゃんに任せる気だったな。はあぁあ、はいはい、働きますよ働きますともくそったれ」

 

  結局外の世界へ帰してくれる霊夢の機嫌を損ねるわけにもいかず、渋々楠は立ち上がる。神の威光の残照はすっかりと博麗神社から消え去り、あっという間にいつもの空気に包まれる。だがそれが戻り切らぬうちに、疲れた顔で霊夢は腕を組むと、転んだ時に下敷きにした刀の鍔がめり込んだ跡を摩っている楠へ細めた目を向けた。

 

「楠、そういえば昨夜紫が来てね。今日の夕方会議をするらしいんだけど、あんたも出るの?」

「会議? 俺はなにも聞いてないな。ただ会議ってことはお偉いやつらが集まるわけか」

「見知った偉そうなやつらがね、しかも今回は天魔まで含めてよ。私が博麗の巫女になってから前代未聞だわ面倒くさい」

「おいおいそれでいいのか博麗の巫女」

「いいのよ、勝てばいいんだもの。ねえ楠」

 

  不敵に笑う霊夢に返すのは同じような不敵な笑み。いい加減に見えようと、霊夢も楠も目指す先は同じ。平城十傑だけではない。見つめる目標に向く目は、一つまた一つと増えている。増える並ぶ者の影を振り払うこともなく、楠は静かに笑い背負った刀に手を掛けた。

 

「まあ任せておけ巫女さんよ、立ちはだかる壁も関係なく、すり抜けるのは得意でな。それは巫女さんもだろう?」

「まあそうね。それよりほら、壁をすり抜ける前に木を斬って、敵を斬るのはそれからね」

「へいへい、分かったよ」

「ちょっと、私はどうすればいいわけ? 丸太もないならお役御免でいいの?」

「ここまで来たら手伝ってくれよ。頼むよ妹紅」

 

  仕方がないと薄く笑い、森へ消えて行く楠の背を妹紅は追った。たまにはこういうのもいいかと魔理沙もその後を追い、残った霊夢はお祓い棒を肩に掛けホッと一息つく。そんな霊夢の元へ家屋の方からふらふらと飛んでくるお椀の蓋を目に留めて、霊夢はゆっくり振り返る。

 

「あれ? 霊夢だけ? 楠の声が聞こえたんだけど」

「あいつなら今木を斬りに行ってるわ。はぁ、居候同士仲良いみたいで良かったわね」

「よく言うわ。霊夢も今日は機嫌良さそうだよ?」

「気のせいよ、気のせい。はいはい、仕事仕事」

「あーん! 自分はなにもしないくせにい!」

 

  飛んでいく居候の一人をまた見つめ、霊夢は一人笑い縁側へと腰掛ける。困った居候たちであるが、退屈とはおかげで無縁だ。上った太陽を薄い目で見つめ、明日も朝陽を拝むため、霊夢はまた太陽の神に語りかけた。

 

*1
天照大神の孫である瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)と結婚した神。妹紅が蓬莱の薬を飲むことになった元凶とも言える神

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