月軍死すべし   作:生崎

40 / 60
歌物語の歌忘れ

「あ゛あ゛あ゛あ゛」

 

  扇風機に向けて叫んでいるような嗄れた声を上げて河童が机の上に崩れ落ちる。それを見送るのは菫の乾いた笑み。優しさを感じない人の笑い声に机の上に広がるようににとりは崩れふやける。にとりから目を外し、机の上に転がっているドライバーを菫は拾い上げるってくるりと回し、壁に引っ掛けられている大きな工具箱へと投げ込んだ。

 

  カチャンという音が反響するのは、部屋に散らばっているガラクタたち。所狭して木箱に詰め込まれているロボットアームに、ネジやボルト、水鉄砲のようなもの。どれもこれも作りはいいのであるが、今一歩完成を見ない未完成品がほとんどだ。それらを見回し、菫が目を向けるのは、にとりの溶けている机の上に置かれたいくつかの品々。

 

  作りの精巧さで言えば、申し訳ないが河童が作ったものよりも数段上。部品同士の繋ぎ目も分からぬ芸術品と言っても差し支えない。自動小銃に狙撃銃。装甲服と四つの杭。月軍の置き土産の周りに散らばった工具たちはにとりの努力の跡である。

 

  へにょりと垂れたツインテールに菫は困った顔を向け、にとりの対面に座ると狙撃銃に手を伸ばす。作業用機械のように手慣れた様子で分解し机の上に広げると、取り外した銃身でにとりの帽子を軽く突っついた。

 

「お疲れやね、にとりちゃん」

「もっと労ってくれぇ……。あぁぁぁ、ねぇ菫、気晴らしに行かない?」

「僕はええけど、ほんとにええん?」

「良くないよ! よくないんだよぉ〜♪、あっはっは⁉︎ もうやだぁ!」

 

  悲痛な叫び声に菫はそっぽを向きながらため息を吐く。玄武の沢のにとりの家。外は河童で溢れているが、大瀑布のように垂れ流されるにとりの叫びに怒鳴り込んでくる者は一人もいない。もし扉を開ければ限界の近い河童に引き摺り込まれると分かっているからだ。机から上体を跳ね起こし頭を掻くにとりの目には大きな隈ができており、瞳には光なく、河童の木乃伊に一歩近づいている。

 

「なんで急に天魔様が来るのさ! それもスキマ妖怪と一緒にってなに⁉︎ 私悪いことなんてちょっぴりしかしてないのに!」

「はっは、ちょっぴりはしてるんや」

「笑い事じゃないから! はぁぁん、タイムリミットォォ!」

 

  理性の溶けかけているにとりに優しく見える微笑みを与えながら、菫はヘタリと机に倒れ込んだ手が指差す時計を見る。長針と短針が上を向いたお昼前。この時間が問題である。刻一刻と時を刻んでいく秒針を止めるために、にとりはポケットからドライバーを抜き放ち雑に投げた。小さな置き時計の時間は見事に音を立てて止まったが、それで時間が止まるわけではない。

 

「今日の夕方に会議するからそれまでに月軍の兵器の詳細纏めとけって酷くない⁉︎ なんで昨夜になって急にそれを言うの⁉︎ しかも私一人に押し付けやがってぇ‼︎」

「まあまあ、ほらぼくも手伝ってるんやから」

「それは助かってるけどさ、ぐぅぅ、この戦いが終わったらめっちゃふっかけてやる!」

 

  そう言いながら、にとりはこれまでに纏めた武器の図面を広げて菫の分解した部品を手に取る。苛立たし気に、しかし感心しながら手の中で部品を弄ぶと机の上に乱暴に置いた。「まぁ、よくはできてるよ……」と眉間に皺を寄せながら零すにとりの言葉に嘘はなく、技術屋として悔しいが月の技術の高さを認めるしかない。

 

「この銃、加重銃って言ったっけ? 火薬も使わないでよくあんな威力出せるよね。弾丸に重さを込めるのは銃身。それを吐き出すのは」

「撃針やけど、雷管が着火するわけやなく、言わば重力、落ちる方向を変えてるだけや。射出するにも重力使うてるから、重力加えても反発せん。ようできとるな」

「それにまだまだ銃のバリエーションありそうだしね」

「今回使われてないヤツか。そんなのまだまだありそうやけど」

 

  菫とにとり。二人顔を見合わせてため息を吐く。標準的な装備でこれだ。しかも使っていたのは、監獄から脱走し戦いから離れていた玉兎。これが雑兵ではなく、アメリカの海兵隊やグリーンベレーのような月軍の精鋭が使えばどうなることか。何よりこれ以上の武器が出てくるとなれば、今から頭痛の種である。

 

「技術力なら向こうさんの圧勝だねこれ。どうすんの?」

「一番は使わせないことやね。武器って言っても使う前に倒せれば気にせんでええし」

「そう上手くいく? 広範囲の殲滅兵器とか使われたら終わりでしょ」

「そこはまあ、頭いい人らがなんか考えるやろ」

 

  なんとも投げやりな菫の返事ににとりは肩を竦めるしかない。だが、それもそうかと納得する。幻想郷の賢者、延いては天魔といった幻想郷の重鎮たちが挙って動いている。己には理解できないあれこれを考えるのはその者たちの役目と割り切り、にとりは手元の部品を指で弄り、機関銃へと目を向けた。

 

「この銃、無力化するなら重力をこっちで操るか、強力なエレキテルでショートさせるかしかないね。まあそれが分かっただけでもいいけど、問題はこっちの服だよ」

 

  月の軍の装甲服。誰かが着ていなくても、その肌の表面に光を走らせる服は生物的で不気味である。装甲服の表面をにとりが指でなぞれば、その後を追うように光が走った。指で触れた感触はほんのりと暖かく、鉄やプラスチックを撫ぜる感触ではない。何か得体の知れない生物の柔肌に触れているような感覚に、にとりは深く眉間に皺を刻んだ。

 

「防刃、防弾、耐火、耐水、耐電、耐魔力、耐妖力、耐霊力、耐衝撃、あげればキリがないよ。どれもこれも半端だと貫けもしない。これ着た奴らを斬ったり潰したりした平常十傑は頭がおかしいって。まあそんなのは幻想郷にも多いけどさ」

「これに関してはそう気にせんでもええなぁ。こんなの着んでもこれより頑丈なやつ知っとるし、ちょっと耐久力上がったぐらいじゃぼくも他の子らも関係ないわ」

「そりゃこっちにも鬼とかいるし気にしてないけど、それにしても自己修復機能まであるしどういう仕組み?」

「ナノマシンやね」

 

  装甲服に流れる光を目で追って、菫はその上に指を置く。指先に群がる光たちは、その一つ一つが小さな機械。それらが月の軍の装甲服に多くの効果を与えている。顕微レンズで覗いたにとりは感心したように装甲服を突っつき鼻を鳴らした。

 

「うげぇ、どう作ってるのこれ。ちょっと失敬しちゃお」

「別にええとは思うけど使えるんか?」

「さあ? でも貰えるものは貰っとかないとね。じゃあ菫お願い!」

 

  ため息を吐きながら菫が指を鳴らせば、前腕から刃が飛び出した。腕を振り器用に装甲服の一部を四角く切り取るとにとりに渡す。にとりは嬉しそうにそれを受け取ると、前腕に刃を収納している菫を興味深そうに見つめた。前腕から飛び出していたギロチンのような刃が菫の腕に納まれば、その腕から無骨な刃が伸びてくるとは思えない。体の至る所から刃が伸びる。武器人間の呼称に偽りはないと、菫の体を突っつきたくなるがぐっと堪えた。

 

「よく斬れるねそれ。そんな斬れ味よさそうに見えないのに」

「見た目はな。身体の中の歯車たちが動く振動で斬れ味上げとるんよ。と、まあぼくの説明はええとして問題はコレやな」

「コレだね」

 

  にとりと菫の視線が突き刺さるのは四つの杭。時間固定結界装置と呼ばれる代物。名称とは裏腹に機械っぽさは薄く、見た目は黒く長い六角推の鉄柱だ。軽くにとりが玄能で叩いてみると、甲高い音を響かせるものの欠けすらしない。昨夜からにとりがいろいろと試してみたがどれも結果は変わらず、菫が表面を削ろうとしてみたところ、それでも削れなかった。

 

「打ち込んだ内側に結界が張られるのは分かったけど、肝心のこの楔みたいのが壊せんのやから結界を解くことができへん。コレやと一度張られたらどうしようもないな」

「なんでこう頑丈なのかなぁ、あと他の部材って言ったらコレだけど」

 

  にとりが杭の頭を持ち引き抜けば、小さな六角の箱のようにものが取れる。黒い六角箱の中央には白銀の光が灯っており、弱く明暗を繰り返していた。蛍の光のように目に生える光は美しくはあるが、どこか不安を覚える儚さと妖しさに満ちている。振れば宙にぼんやりと軌跡を残す柔光をにとりは指でなぞりながら苦い顔をした。

 

「なんなのコレ? レーダーじゃないし、かといってコントローラーでもないし、菫分かる?」

「さっぱりやな、なんの効果があるのか。どれにもついてるけど」

 

  一つにつき一つ。杭の上部に必ずついている。同じように周りを突っついても欠けず、継ぎ目もないためバラせない。ただ過ぎ去っていく時間に、にとりは貧乏ゆすりしながら机の上に崩れる。

 

「あぁぁぁ、無理無理、これだけ分かりませんでしたでよくない?」

「そうもいかんやろ、むしろこれだけはどういう仕組みか理解せんとあかんわ」

「えぇぇ……、なんで?」

「なんでってそりゃかぐや姫がおるからや」

 

  月の姫の能力は、発動されればどうしようもない。永遠の時間を操る姫の能力は月の民をして脅威なり得る。八雲紫、西行寺幽々子、といった他の者と比べても遜色ない。そのうちの一つを潰せる手を相手が打たないわけがない。

 

「櫟の考えはある程度読める。この戦い、天狗の新聞読んだけど、同じ神である八坂神奈子、月の頭脳と呼ばれた八意永琳、諏訪大戦で敗れた洩矢諏訪子は出んはずや。他の神も出んやろな」

「でェェ、なんで自分から選択肢潰すの? それで勝とうって、自分たちで勝率下げてるじゃん」

「これは神との戦いやからやろ。神には極力頼らんてな。だいたい月夜見が相手となると八意永琳と八坂刀売神は厳しいやろし、手をこ招くような奴は側に置けん。迷う強者より迷わん弱者や」

 

  命の取り合いで二の足を踏む者を横に置けば足を引っ張られる。足並み揃え、三十人三十一脚のように突き進む戦いだ。目標はただ一つ。元上司だなんだと言っている場合ではない。例え強い力を失っても、使うのか使わないのか迷いを得るよりも、それなら最初からない方がいい。

 

  シビアな菫ににとりは「ふーん」と、適当に相槌を打ちながらそっぽを向いた。観光だなんだとやる気のないようなことを言いながら、口から零すかぐや姫。菫の目の奥で光る戦いの色は濃くなるばかりで薄らがない。手の中で六角箱を回しながら、その白銀の光をにとりは見つめる。

 

「やる気だね菫。私は怖いよ」

「え? あ……、うん、いや、そんなことあらへんよ」

「そうは見えないけど……、月の兵器見る度に目つき鋭くなってるじゃん」

「いややなー、そんなことないやろ」

 

  目頭を揉みながら菫は笑ってみせるが、にとりは納得することなく唇を尖らす。そんなにとりに柔らかな顔を向けつつ、菫は机に乗っている機関銃を突っついた。

 

「……迷う強者より迷わん弱者や。ぼくにやる気はない」

「そんなこと言いながらかぐや姫がいるからーってさ、実はちゃんとやる気あるんでしょ?」

「ないったらないって……、にとりちゃん知っとるか? 戦争ってやつを」

 

  飛び交う弾丸、吹き飛ぶ肉片。鉄の塊が空を裂く音と火の弾ける音が場を支配し、それにあらゆる方向からの絶叫が混じる。鮮烈な光景と共に耳がやられる。一瞬で終わって欲しい光景が永遠だと勘違いするほどに何日も何日も。

 

「人の死なんて腐るほど見たし、戦場の景色も嫌という程見た。ぼくはいつも最前線にいたよ。関ヶ原も、西南戦争も、世界大戦も。おかしなもんでな、時代を重ねるごとに戦場の景色は酷うなる。その中をぼくだけは変わらず走るんや」

 

  時代が進歩し武器は変わる。より強く、より眩く、敵を屠るために進化する。

 

  だが菫は?

 

  六百年も前に完成してしまったが故に、そこから先に進めない。菫の体は、人のようにスムーズに動かすために全ての部品に菫の血肉が混じっている。もう菫の体に生物的な部品は残っていない。故に新たなものは作れない。馬や牛が相手なら問題なかった。だがそれが戦車や戦艦に変わる。数百年のうちにもの凄い速度で進化した人の武器より更に先を行く月の武器。それに対抗するために他の九の一族は技を研ぐ。菫にはもう研ぐものがない。

 

「それになあ、それに……武器は使われるもんや」

 

  引き金を引き弾丸を放つ。柄を握り刃を振るう。菫にそれは必要ない。菫が考えれば刃が滑り、鉄礫が飛ぶ。菫が武器だから。だが、武器とは一人でには動かない。武器は武器。ものであって生物では決してないのだ。

 

「道具もな。誰かに使われてこそやろ? にとりちゃんが使うてる道具はよく手入れされとるわ」

「そりゃ大事なもんだからね」

「そやろな、それに道具たちも使い手が分かって幸せやろ」

「なにそれ、菫は誰かに使って欲しいの?」

「そう見えるか?」

「全然。菫はなんて言うか、自分を使いたいって感じ」

「そう……」

 

  拭えない。腕を振り、足を振り、敵を斬り裂き命を穿つ。その最中に何かに使われているような違和感。見えない糸に操られているような感覚。自分で敵を屠っているはずなのに、誰かがやっているのをただ見ているかのよう。見えない誰かのマリオネット。それがどうしようもなく嫌なのだ。

 

  景色を見ても、水を手で掬っても、音楽を聴いても、何を食べても消えない剥離感。人の体を失ったのと同時に心まで失ってしまったようで。

 

「にとりちゃん技術屋だからかよく見とるね。ぼくはな、ぼくに絡まるイトを断ち切りたいんや。ぼくはぼくやと言いたい。それがどうすればいいのか分からんのよ。幻想郷に来れば変わるかとも思うとったけどそうやなかった。なにも変わらん。これまでと同じ」

 

  いつもいつも、なにかに糸を繰られている。ずっとずっと変わらずに。そんな菫を残し誰もが去る。北条も、五辻も、袴垂も、足利も、坊門も唐橋も黴も蘆屋も六角も。当主の顔がいくつも変わる。岩倉だけが変わらない。

 

  薄く笑う菫の顔を眺めながら、にとりは凝り固まった肩を伸ばし腕を伸ばした。懐から取り出したドライバーをくるくると手で回し、それを宙に軽く放り、今度は腰に付けていた小さなバッグから伸ばしたロボットアームで取り回す。器用に数度ドライバーをお手玉すると、菫に向かって軽く放る。照明の灯りが銀色のドライバーの芯に反射して輝くのを目で追って、菫は片手で簡単に受け止めた。

 

「ほんと滑らかに動くね、絡繰とは思えないよ」

「そりゃどうも」

「私たち技術屋っていうのはさ、新しくできることを増やすためにものを作るんだ。ねえ盟友、菫も技術屋でしょ? ないなら作るしかないじゃん。そのイトを断ち切るもの作ってみようよ、一緒にさ。菫が協力してくれたから私も協力したげるからさ」

「……にとりちゃんが?」

「一人で無理なら二人でってね。ただし安くないよ? お値段以上! それ商品化したら売れるかな?」

 

  頭の後ろで腕を組み楽観的に笑うにとりに、菫の顔から表情が滑り落ちた。

 

  新しく舞台に上がってきた役者。河童の技術屋。菫の内心で燻っている燃え滓を冷やすように、ふらりと河に流れて来るように、それが変わらず今まで通りまた流れてしまうのか。人生とは劇である。主演は菫だ。もし引き止められるなら、それは菫にしかできない。

 

「でもどう作ろう。見えないイトなんて切ったことないし」

 

  考え込むにとりを見て、菫は小さく顔を伏せると軽く口元を持ち上げる。伸ばす手がきっと自分が伸ばしていると信じるように。

 

「まあまあにとりちゃん、まずはコレや、この結界装置どうにかせんとあかんやろ。この勝負勝てんとにとりちゃんの家なくなるんやない?」

「ああそうだった⁉︎ あぁぁぁ時間がああ⁉︎」

 

  戦うには理由が必要だ。理由のない戦いなど存在しない。一族の掲げる呪いでもなく、世界を守るなんてものでもない。ただ新たな演者が舞台を降りないように。この劇が終幕を迎えるために。

 

にとりちゃんのためなら戦ってもええかな?

「なにか言った⁉︎ それより早くこれを解明しないとさ! もうなんなのこれ⁉︎」

「これって『目』でしょ? 破壊の目。それを無理矢理集めるなんてパクりっぽいわよね」

「「は?」」

 

  机の上にちょこんと乗った金色の頭。紅い瞳が四つの杭を睨みつけ指で突っついている。菫とにとりの前で七色の宝石を煌めかせる枝葉を振って宙に座ると、おもむろに金色の悪魔は手を指し伸ばした。広げられた右手に『目』が集まる。銀色の輝きを吸い取るように。握り込まれた右手に合わせて、にとりの手元にあった六角箱が弾け飛んだ。

 

「うふふっ、盗んじゃった?」

「う、うぇぇぇ⁉︎ きゅ、吸血鬼⁉︎ なんでいるの⁉︎ どうやって⁉︎」

「……どうやって? あんなやる気のない警備でオレたちを抑えようなんて百年早いかや?」

「そうともー! 私たちこそ幻想郷を股にかける大盗賊ー!」

「あれまー」

 

  白い綿毛と第三の青い瞳が宙を舞う。揺れる金髪を巻き込んで、三人が地を踏めば見せつけるようにポーズをとった。真ん中に立ち指を突きつけてくる大盗賊。その肩に乗り、幻想郷随一の奇麗な羽をはためかせる破壊の使徒と、反対の肩に乗るのは閉ざされた第三の瞳を抱え込んだ無意識の主人。見慣れた顔に菫は呆れ、にとりは「誰なの⁉︎」と叫びあわあわと冷や汗を垂れ流す。

 

「はっはー! よくぞ聞いた‼︎ オレこそ幻想郷の大盗賊! 袴垂椹!」

「無意識の申し子! 子分そのいち、古明地こいし!」

「破壊の使者! 子分その二、フランドール=スカーレット!」

「覚妖怪の妹と吸血鬼の妹⁉︎ なんでこんなとこに⁉︎ わ、私悪い妖怪じゃないよ!」

「椹無視されとるでー」

「なんでだ⁉︎ またこれかや⁉︎ なーんでどこ行ってもフランとこいしばっかり⁉︎」

 

  頭が最も影が薄いという現状に、椹は大きく頭を掻き毟る。元々の知名度がないためしょうがなくはあるのだが、頭を掻く姿がより椹の影を薄くし、両肩で妖艶に微笑む少女たちをより引き立てていた。椹の髪が白いこともあり、「大根のつまみたいやー」という菫の暴言に、椹はがっくりと肩を落とす。

 

「なんだよ、菫の旦那もいるとかよ。河童のお宝狙って来てみれば紅魔館以上に警備が雑だしつまんねえやな。で? フランはなに盗んだんだ?」

「なんかよくわかんないやつ。私のパクリっぽかったからムカついちゃった。他のも壊していい?」

「うわああ⁉︎ ダメダメ! これ夕方までに調査しなきゃダメなんだよう! それに全然壊れないしやっても無駄だって!」

「無駄? ふつうに壊れてるよ?」

 

  こいしの突っつく黒い杭に、明らかにヒビが入っている。目をパチクリとさせてにとりも菫もそのヒビを眺め、指でなぞり、幻ではないことを確かめる。それもヒビが入っているのは杭一本ではなく四本とも。つまらなそうにフランドールは杭に瞳を落とし、翼の宝石を指で弄った。

 

「壊れないってそれは『目』を無理矢理その箱に移してるからでしょ。だから杭になにしても『目』がないから壊れないの」

「なるほどなー、じゃあなんで四つ同時にヒビ入ったん?」

「それ四つで一つなんじゃない? 一つの箱に四つの目が分割して入ってるみたい。器用ね。ムカついてきた」

「おわあっと⁉︎ なしなし壊すのなし! 夕方に献上しなきゃならないんだから! 菫ぇ⁉︎」

「ああはいはい、これ以上壊すんならぼくが相手や」

「うげえ、菫の旦那が相手とかダリイやな。フランやめとけ、戦車擬人化したようなのの相手はゴメンかや」

 

  キリキリという歯車の音に椹は口角を落としそっぽを向く。虚空に手をこ招くフランドールににとりは慌て、こいしは変わらず杭を突っついた。

 

「いやあでもそのちっこい吸血鬼ちゃんお手柄や、ぼくらの問題見事に奪ったわ。椹より腕ええんやない?」

「ほんと? だって椹、私頭越えしちゃったって」

「はあ⁉︎ おいちょっと待った! 今からオレがもっと凄いの奪うやな! ……って、あれ?」

「お頭どうしたの?」

「お宝がねえ⁉︎」

 

  自分の体を弄りながら、椹の顔から血の気が引いていく。四つの首が傾げられたのを合図にしたように、疑問を打ち壊す笑い声がにとりの家の中に木霊した。五人のものでもない新たな声は少女の声。カラカラと響くその音色に、誰より早くにとりは泡を吹く。窓辺に寄りかかった少女の頭から生えた三日月が少女の正体を教えていた。「急に来客凄いなー」という菫の言葉などにとりの耳には入らず、ただ地面に倒れて死体を演じる。ただ一人、椹だけが新しい珍客を睨みつけ、わなわなと指を震わせた。

 

「テ、テメエは⁉︎ オレのお宝返せ!」

「やーだよ。それよりあたしの瓢箪はどうしたんだい? まさか売ったとかないよね? これと交換なら返すけどさ」

 

  毘沙門天の宝塔を手で弄りながら、萃香の悪どい笑みが盗賊に突き刺さった。盗賊の矜持にかけて鬼に奪われたなど口が裂けても言いたくない。小さく頭を振って拳を握る椹を萃香は目を細めて眺めると、煙のようにふわりと消えた。

 

「うげ⁉︎ 萃香嬢のやつ逃げやがった⁉︎ フラン! こいし! 追うぞ! ここで逃したら盗賊の名折れよ!」

「……椹って盗賊の割に奪われてばかりね」

「お頭かっこわるーい!」

「うるせえや! 口より手を動かす! これ盗賊の心得そのよんにしよう」

「……心得ってそんな適当でええん?」

 

  菫のツッコミが叩き込まれる前に、三つの影はさっさと窓から飛び去ってしまう。揺れる窓のキィキィと鳴る音の耳障りさにため息を吐きながら菫が窓を閉めると、同時に開く玄関の音。家の主人は動く気もなく、代わりに多過ぎる来客に向けて疲れた顔の菫が振り返る。

 

  玄関から差し込む陽の光が、来客の長い影を家の中へと落とし込んだ。ただでさえ大きく見える人影はゆらりと揺れると、スルリと滑るようににとりの家へと容易に踏み込む。菫に向けて溶けたような笑みを貼り付けて。

 

「これは菫さん、来てたんですね」

「今度は桐かいな。どうしたん? 今日は来客多くて家主もお疲れや」

「すいません、泥棒野郎を探してるんですけど。姫様の扇子を盗みやがりましてね。いよいよアレを叩っ斬る時が来たようです。居場所をご存知ですか?」

「な、なんか怖いな。桐なんか変わったか? 椹なら今さっき出て行ったとこや」

「ふっふっふ、そうですか。いよいよ追い詰めましたね。この距離で私から逃げられるわけないでしょうに。ではまた、近いうちにお会いしましょう」

「お、おう、せやね」

「行きましょう妖夢さん、盗っ人退治です」

「ええええ⁉︎ 私今来たばっかりなのに⁉︎」

 

  玄関へと走って来ていた妖夢を掬い上げるように抱えた桐の姿が音もなく消えた。現れては消える来訪者たちに笑いながら菫は肩を落とし、玄関を閉めると死体ごっこ中のにとりに近寄った。突っついても、声を掛けても起きないにとりに顔を寄せれば、聞こえてくるのは浅く一定間隔で繰り返される安らかな吐息。傾く日を一度見上げて、菫はにとりに毛布を掛けた。

 

「世の中の 人はなんとも 言わば言え 我が為すことは 我のみぞ知る、やね。ぼくもぼくのできることをするとしよか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。