月軍死すべし   作:生崎

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たくさんの感想とアンケートの回答ありがとうございます!
外伝は一話完結の短編集です。
平城十傑のなんでもない幻想郷での日々の寄せ集め集。
第二幕までの本編を読了してから読むのをオススメします。
それではどうぞ。













外伝
北条楠、強制お見合い編


「なぜここにいるか分かりますわね」

「……いや全く」

 

 困った子供を見るように口元を扇子で隠す幻想郷の賢者の姿に、楠は歯を強く擦り合わせる。当然楠が理解していると言わんばかりに紫は断言しているが、楠はさっぱり分かっていない。それもそのはず、屋台の休憩で人里を歩いていたら突如足元にスキマが開き落とされた。覚妖怪でもない楠に、それで全貌を知れという方が無理な話だ。

 

 だが、ある程度の予想は楠にもできる。

 

 八雲紫は幻想郷の賢者。それは幻想郷に住んでいようがいまいが、全ての者が知っている。幾人か幻想郷の賢者がいようとその顔役は八雲紫。幻想郷を生物として例えるなら、その頭脳こそ彼女である。そんな紫に楠は呼び出された。ということは幻想郷に関することのはず。ただ、楠が周りを見たところ楠と紫の二人だけ。完全には理解不能と首を傾げる楠に、紫は鋭く目を細める。

 

「実は楠、今日は折り入って貴方に頼みがあるのよ」

 

 そう言って紫は、月夜見に千切られ未だ傷の癒えていない腕に巻かれた包帯を優しくこれ見よがしに撫ぜた。そんな賢者の姿に楠は困ったように小さく息を零す。

 

 平城十傑にも頭脳労働担当がいる。櫟と藤。だいたい頭脳などと比喩されるような者の頼み事が、面倒でないわけがないことを楠だって知っている。ある日楠の寺にふらりと訪れた藤の頼みをよく話も聞かずに安易に引き受けた結果、「エリア51に侵入する」と、藤と菖と楠の三人で即日アメリカに発った日のことを楠は昨日のことのように思い出せる。それを思えば楠の気も重くなるが、困ったことに幻想郷には妹紅と、ついでに輝夜がいるので一方的に断るのも忍びない。

 

「なんで俺なんですか?」と、取り敢えず間を繋ごうと放った楠の言葉に、紫はパシリッと扇子を強く閉じ、「貴方しか頼める相手がいないのよ」とか細く返す。

 

 引き絞られた紫の瞳と目を合わせ、楠は内心で舌を打った。如何にも面倒そうな案件。だが、参謀や頭脳、智慧者と呼ばれる者たちは、絶対に不可能なことは頼まない。その者ならば可能だと信じるが故に口を開く。

 

 幻想郷から外の世界に帰る方法の数あるもののうちの一つ、紫にスキマで帰して貰えるかもしれない事を考えれば、紫に恩を売っておいて損はない。そう考えて楠は細く息を吐き出した。「兎に角話は聞きましょう」と口を開いた楠に、紫は柔らかく微笑んでみせる。

 

「楠、貴方にやって貰いたいのは至って簡単よ。それは……」

「それは?」

「────お見合い、ですわ!」

「なんっ……だ……と……ッ⁉︎」

 

 お見合い。

 

 お見合いとは、結婚を希望する男性と女性が、第三者の仲介によって対面するアレである。世話人と呼ばれる第三者が、見合いをしたいと言う者のプロフィールを受け取り、釣り合いの取れそうな者を引き合わせたり、由緒正しい家の者同士が示し合わせて子供たちを引き合わせたりするアレである。なんであれ、最終的に行き着く先は『結婚』と呼ばれる人生の墓場。

 

 なぜかしてやったりと得意げに静かに笑みを浮かべる紫と、表情筋が死滅し顔から色の滑り落ちた楠の間に静寂が流れる。その無音が止まないうちに音もなく楠はスッと立ち上がると頭を掻き、「帰る」と一言。迷いなく縁側に続く障子に手を掛ける楠にあらあらと紫は笑いながら、スキマで一気に距離を詰めて楠の肩にペシリと閉じた扇子を落とした。

 

「まったく……、貴方はやると言ったでしょう?」

「言ってねえんだわあ‼︎ 話は聞くって言ったんだよ! お見合い? するわけねえだろ! 俺は帰る!」

「でももう何人か来て貰っているのよ? 貴方は折角女性がお見合いに来てくれたというのに一方的に帰るというのは甲斐性に掛けるのではなくて?」

「なんで俺の了承も取らずにもう見合い相手来てんの⁉︎ それも何人かってなんだ⁉︎ 意味が分からん!」

 

「だからそれをこれから説明しますわ」と言って、紫はキリリと険しい目を浮かべ楠に座るように扇子で促した。ギリギリと歯を擦り合わせるものの、真面目な顔の紫に引っ張られるように、話は聞くと言った手前渋々楠は初め座っていた座布団の上へと腰を下ろす。そんな平城十傑の鬼武者に紫は内心でほくそ笑んだ。

 

 座り会話の形にさえなれば紫のもの。毎日毎日口癖のように「早く帰りてえな」と口遊んでいる楠を、外の世界に帰す気など残念ながら紫の頭には毛頭ない。一人では無理であろうとも、依姫を斬り、なにより霊夢と共に月夜見を斬った男。それほどの戦力がわざわざ幻想郷に居るというのに紫が手放すはずがなかった。しかも小難しい蓬莱人である輝夜と妹紅の二人に顔が効き、対等に言い合える。これだけとっても居て貰った方が得だ。

 

 紫に呼ばれた藍が向かい合う主と怪物人間の前に茶の入った湯呑みを置くとそそくさと出て行く。揺らめく九本の狐の尻尾を目で追う楠の意識を無駄に引き締めるため、紫は一度大きく咳払いをする。自分に楠の意識が向いたのを紫は確認し、茶を一口含み唇を湿らせた。

 

「お見合いと言ってもお試しのようなものよ、月との戦いで多くの者が命を落とした。勝てはしたけれど、だからこそ、将来というものに目を向ける者もちらほらと幻想郷の中で出て来たというわけよ。とは言え何事も初めては緊張するから練習は必要、楠にはその練習相手になって欲しいのですわ」

「あぁ……、いや、分かったけどそれなら梓さんとか藤さんの方がいいだろ。梓さんや藤さんなら貴族とかが出る欧米の社交界にまで出てるし慣れてるぞ」

「死神や怪我人に頼むわけにはいかないでしょう? それにあまり手慣れてる者に頼むのもねぇ……。それに貴方も、お見合いというものに興味はありませんの?」

 

 紫の問いに楠は言葉に詰まる。したくないと言えば嘘になる。当主だからと言って、北条は残念ながらお見合いをするような一族ではなかった。当主以外の者は違くとも、当主に限って言えばしない。足利、蘆屋などは見合いで結婚相手を選ぶ。楠も少しは羨ましいと思う。

 

「貴方たちの千三百年に及ぶ仕事は終わった。ならこれまでやらなかったことをしても良いでしょうに」

「……まあ、そりゃあそうだけど」

 

 堕ちた! と紫は心の中で拳を握る。ここまで来れば逃れられない。後は見合いの席までトントンと楠の背を押すばかり。

 

「なら貴方の好みを聞いておきましょうか。何人か来ていると言ったでしょう? 練習を頼むのだから好みくらいは貴方に合わせるわ」

「え? いいの? なら女の子らしい子がいいなぁ、パン屋で働いてるとかさ。趣味は刺繍とか! 刀を振ったり、拳で岩を砕くような奴は嫌だ!」

 

「そう」と、適当な相槌を打ちながら紫は頷く。はっきり言って聞いたは聞いたが楠の好みなどどうだっていいのが本音。既に相手は決まっている。ニコニコと「平城十傑の女たちみたいなのは勘弁」と話し続けている楠の話を手に扇子を落とし打ち切って、紫は湯飲みの茶を飲み干した。

 

「期待していいですわ、なら最初は最も女の子らしい女の子を。貴方さえ良ければこれから会う子たちの中から本当に妻を選んでもいいのだけれど」

「いや、そりゃあ俺が良くても向こう次第だろ」

「まあそうね、じゃあ早速どうぞ!」

 

 そう言って紫は隣の部屋へ扇子を差し向ける。

 

「って隣の部屋に居るのかよ⁉︎ 好みとか言わせんじゃねえ! だいたい服とか学ランでいいの⁉︎」

「あら、結界で覆っているから声は届いていませんわ。服も別に気にしなくていいわよ。ささっ」

 

 紫に促され、ため息を吐きながらも楠は立ち上がり襖の前まで歩を進めた。気分が高揚していないと言えば嘘になる。これまで外の世界では平城十傑の櫟や菖ぐらいしかまともに女性と話していない。結婚という、男女の契りとして深い仲になるかもしれない前提で女性と話すなど楠にとって初めてのことだ。サンタに貰ったプレゼントを開ける子供のように、未知のドキドキ感に突き動かされつつ、楠は手を掛けた襖を静かに開けた。

 

 開けた襖が額縁のように先に待っていた女性を彩っている。長い黒髪は絹のように滑らかで、陽の光を受けてキラキラと光っていた。桜色の唇は柔らかそうで、紅い瞳の鮮烈さが、その柔らかさに鋭さを加えていた。いつもとは違う夜色の着物を身に纏った女性こそ、平城京で帝さえ愛したかぐ────。

 

 

 

 

 

「すいません」と、楠はゆっくり襖を閉める。

 

 

 

 

 

「…………おい」

「なにかしら?」

「おい、アンタさっき将来を考え出してとか言ってたよな? 将来? 将来が無限の野郎が居るんだが。しかも俺ついさっき岩を砕くような女は嫌だって言ったはずなんだが。女の子らしい女の子? はあ⁉︎ 俺怒っていい?」

「あら、彼女は平城京一の才女よ? 彼女ほど女性らしい女性なんて早々いないと思うけれど」

 

「そりゃそうだ!」と楠は半ばヤケになって笑いながら膝を叩く。かぐや姫より美人なやつを連れて来いなんて言ったところで、それは不可能に近い絶世の美女。輝夜は美人だ、それは楠も認める。が、輝夜に関して言えば、楠からすれば容姿以外の問題が多過ぎる。ただでさえ毎日屋台から焼き鳥を奪ってゆくケチな大富豪。しかも他の者と違って須臾の間に奪うせいで防ぐこともできない。たまにバイトに来ては売り子を楠一人に任せる体たらくぶりを考えれば、女の子らしい女の子に当てはまるわけもない。

 

 だいたい普段顔を合わせているのに、なぜこんな風に改まって真面目に顔を突き合わせなければならないのか。ただただ楠は見合い相手から頭痛しか貰えない。

 

「最初は楠も見合いに慣れてそうな相手の方がいいと思ったのだけれど」

「慣れてるって? そりゃあ慣れてるだろうよ! 帝に求婚されるような奴だからな‼︎」

「なにが不満なのかしら?」

「全部だよ全部‼︎ くそったれ!!!!」

 

 理解できないと首を傾げる紫に楠が強く歯を擦り合わせていると、襖が力強くスパン! と音を立てて開いた。不満そうに眉間に皺を寄せて立っている輝夜に、力なく楠は顔を向け、肩を落とす楠を見つけ輝夜は大きく息を吐く。

 

「ちょっと、楠がどぉぉぉぉしても! 私とお見合いしたいって言うから来てあげたのになんで第一声がすいませんで襖閉めてるのよ!」

「俺はアンタとお見合いしたいなんて言った覚えねえよ! おい、スキマ妖怪! アンタ計ったな‼︎」

「あら、やってもいいって言っていたじゃない、私は確かに聞いたわよ」

 

 これだから頭脳担当だの賢者だのは嫌なんだと楠は頭を抱える。お見合い相手が知り合いなどと言われていないし、それもかぐや姫だなんて聞いていない。どうせ文句を言っても聞かれなかったで一蹴される事が楠にも手に取るように分かってしまう。どうにもならない状況に唸る楠に輝夜は唇を尖らせて、今日のために新しく仕立てた着物を楠に見せつけるように翻した。

 

「全く、私とお見合いできるなんて光栄なことなのよ! 折角新しい難題も楠のために考えてあげたんだから!」

「なんで見合いと難題がセットなんだよ⁉︎ そりゃもう見合いじゃなくてなぞなぞ大会かなんかだろ! だいたい難題だってアンタが結婚したくないから考えたやつで、そもそもアンタと結婚する気もねえ俺がなぁんでやらなきゃいけねえんだ‼︎ 難題の押し売りはやめろ! 俺はクイズ王でもなんでもねえんだわ‼︎」

「な、なによ折角来てあげたのに」

 

 しおらしくシュンとなる輝夜に、流石に楠も言葉が出ない。どれほど気に入らなかろうと輝夜の容姿は一級品。儚げな姿はどうしても目を惹き、楠は別に悪くないはずなのに悪いことをしている気になってくる。気不味く頬を掻く楠に、輝夜はちらりと上目使いに顔を伏せた。

 

「わ、私だって見合いの相手ぐらい選ぶわよ。どこの馬の骨かも分からない相手だったらそもそも来ないし……、楠だから来たんだもん……」

「……お、おう」

 

 かぐや姫に貴方のために来たと言われて嬉しくない男などいない。それは楠だって然り。憂を帯びた輝夜の表情に、ついつい顔が赤くなる。バツ悪そうにそっぽを向き、素っ気ない楠の返事を聞いて輝夜は悪い笑みを浮かべると楠に擦り寄りその頬っぺたを突っついた。

 

「なに楠、ドキッとした? 私にドキッとした? 惚れちゃった? はぁぁ、私も罪な女ね!」

「アンタなぁぁぁぁ⁉︎」

「ふーんだ! 男が私を手玉に取ろうなんて千年早いわ! 本気にならなきゃ私には追いつけないわよ、く、す、の、き?」

「ふんっ!」

「痛ったっ⁉︎」

 

 ペシリと輝夜にデコピンを見舞い、輝夜が額を抑えている間に隣の部屋へと押し込むと楠は襖を乱暴に閉めた。輝夜に少しでも見惚れてしまった自己嫌悪に歯を擦り合わせながら紫を睨む。ドタドタ軋む襖にため息を吐き、紫が手を振れば暴れていた襖がスッと静まった。それを確認し全筋肉をフル回転させて抑えていた襖からようやっと楠は手を離す。そしてスッと紫の前を通り過ぎ藍が持って来てくれた茶を飲み干すと縁側に続く障子に手を掛ける。

 

「こらこら、なにを帰ろうとしているのかしら?」

「そりゃあ帰るだろ! 今の感じで寧ろ帰らねえ方が変だろうが!」

「仕方ないわね、分かったわ、私が悪かったわよ。でももう一人くらいは相手をしてあげて頂戴。今度は先に写真を見て貴方が相手を決めていいから」

 

 いかにも悪かったという表情を顔に貼り付けた紫に、楠は少しの間考え込み大きく首を回すと、深いため息を吐いて障子から手を放す。

 

「……おい、次は本当に大丈夫なんだろうな? 襖を開けたら月の剣豪がとかだったらマジでもう帰るぞ」

「依姫なんて流石の私でも呼べませんわ。大丈夫、そうならないために写真があるのだから」

 

 初めてやったお見合いが輝夜とあんなのなんて楠も御免だ。そもそも写真があるのなら最初から出せと顔を顰める楠の目の前に、紫が指を弾いた瞬間に中々の量の見合い写真が落ちてきた。無駄に豪華な包装をされた写真たちにがっくりと楠の肩が落ちる。

 

「え、あとこんなにいるの?」

「その中から一人を選んでくれればいいわ。流石にそれだけの人数の相手をしてくれとは言わないわよ」

 

 紫はそう言い切ったが、それはそれで来てくれている者に悪いんじゃないかと思いつつ、楠は取り敢えず積まれている見合い写真の一番上を手に取り広げる。

 

 その中に貼られた写真を見て楠は僅かに目を見開いた。縁側に座った少女の写真。お祓い棒を傍らにほっぽり湯飲みを持った紅と白の巫女装束を纏った少女。またしても知り合いという事にも驚いたが、それよりも少女がお見合いをしたいということが信じられない。

 

「巫女さんが? マジで? 意外だ……。こういうの全く興味なさそうなのに」

「霊夢もお年頃というやつよ。霊夢にする?」

「いや、他のも見るよ」

 

 珍しいこともあるもんだと一人唸りながら、楠は次の写真を手に取る。博麗の巫女もお見合いをするとは新発見。次はどんな相手が出てくるのか写真を開いた楠の眉が僅かに跳ねる。

 

 竹箒を手に参道に立つ少女の写真。特になにも考えていないのか、無表情で落ち葉を掃く紅白巫女の姿を二度見し、しばしの間楠は固まり写真を閉じた。まさか二度も同じ姿を見るとは予想外だ。辺鄙な場所に住んでいる少女はああ見えて伴侶に飢えているのかと勘繰りながら楠は次の写真を無言で手に取り開く。

 

「……おい」

「なにかしら?」

 

 返される紫の素晴らしい笑顔に歯を擦り合わせながら楠は写真に目を戻す。割烹着を着てなにかを煮込んでいるらしい博麗の巫女の料理姿。小さな皿を手に持ち味見をしているように見える。が、そんなことはどうでもよろしい。二度あることは三度あるとでも言いたいのか、ブレない紫の笑顔に舌を打ちつつ楠はまた次の写真を手に取った。そして開きすぐに閉じる。そして次へ。

 

 開く。

 閉じる。

 次へ。

 開く。

 閉じる。

 次へ。

 開く。

 閉じる。

 次へ────。

 

「……こいつはアルバムか何かか?」

 

 博麗の巫女の寝起き姿。

 博麗の巫女の祭事風景。

 博麗の巫女の座禅。

 博麗の巫女の雑巾掛け。

 かぐや姫が餅を跟いてる。

 博麗の巫女の食事風景。

 博麗の巫女が焼き芋焼いてる。

 博麗の巫女の湯浴み風景。

 博麗の巫女の寝間着姿。

 

 さり気なく混じっていた輝夜は置いておき、開いても開いても待っているのは博麗の巫女。一応最後まで全てを開いて見て、九割九分九厘博麗の巫女だったのを確認し終えた楠の表情が死んだ。

 

 お見合いの経験が全くないと言っていい楠にも分かる。いろいろとおかしなことがあり過ぎて、どこからツッコメばいいのか分からない。これだったら一枚だけにしろ、とか。盗撮じゃないのか、とか。言いたいことはいろいろあるが楠の取る行動はたったのひとつ。紫の顔を楠は真正面から見据えて、紫が聞き間違えたりしないようにゆっくりと大きく口を動かす。

 

「帰る」

「もう、またすぐそうやって帰ろうとして、霊夢はもう来てるのよ?」

「だと思ったわ! 霊夢にする? じゃねえんだよ! 巫女さんしかいねえじゃねえか! 初めからそのつもりだったろ! 一択だけなのに選択肢あるようにひけらかしやがって! 詐欺だよ!」

「あら輝夜のもあったじゃない」

「今さっきあんな感じで別れたのに選ぶわけねえだろう⁉︎ 選ぶやつはドMとかもうそういう次元じゃねえから!」

 

 元気が有り余っているようでよろしいと紫は手の中にポンと扇子落とし、隣の部屋に向けて扇子の先を向ける。楠の取れる選択肢は帰るか行くかだが、これに関しても行く以外に選択肢がない。一人目の相手だった輝夜と同じく、なにを言われて霊夢が来ているのか分かったものではない。ここで楠が有無を言わせず帰った場合、最も確実な金さえ払えば帰れる手段が、また一段と遠のく可能性が高かった。紫の頼みに楠が腰を下ろした時点で既に全ては紫の手のひらの上、これだから頭脳なんて呼ばれてる奴はと歯軋りしながら楠は渋々襖へと手を掛けた。

 

 襖の先には人影はなく、楠が顔を出して辺りを見回せば縁側に座り茶を啜っている霊夢の背中が目に入った。襖が開いたことに気付いているのかいないのか、微動だにせず湯飲みを傾ける霊夢の背に足を向ければ、部屋に入ったと同時に勝手に襖が閉じる。

 

 トンッとカチ鳴った襖の音に小さく肩を跳ねさせるも霊夢は振り向かない。永遠にただ突っ立っているわけにもいかず、襖を開けようにもビクともしないため恐る恐る楠は霊夢の横へ足を進めると腰を下ろす。空になった湯飲みに再び霊夢は茶を淹れ、楠の分も淹れると縁側の上に二つの湯飲みを並べた。

 

「……──意外ね、あんたが私とお見合いしたいだなんて」

「いやそれは……」

 

 やっぱりそうなってんだろうなぁ‼︎ と叫びそうになるのを堪えて、楠は心の中で拳を握る。この言いようのない感情を拳として握り紫にぶつけなければ気が済まない。次紫の顔を見たら一発お見舞いしようと心に決める楠の横で、霊夢は細くため息を吐きだす。

 

「どうせ紫がなにかしたんでしょ、あんたが自分から言うようには見えないし」

「まあその通りだけど……、分かってたならなんで来たんだ?」

「美味しいものどれだけ食べてもいいって言うから」

 

 巫女さんらしい、と呆れた楠のジト目を完全にスルーして霊夢は再び茶を啜る。ため息を零す楠を横目に見ながら、霊夢は湯飲みを置いて軽く自分の手を握った。別になにもないならそれでいいと、ボーっと赤らんできた外の景色へ顔を向けている楠の目が霊夢の方へ動き、目が合わないように霊夢は目を外らす。

 

「あんたはなんで来たわけ? 本当にお見合いしたいの?」

「まあ興味はなくはないけどアレだな、知り合いはイヤだなこういうのは」

「そりゃそうでしょ、私だってイヤよ」

「イヤなのに食べ物欲しさに来たのか? 食い気に倒れすぎだろそれは、別に貧乏なわけじゃないだろうに」

「うっさい、節約できるものはできる時にしとくもんなのよ」

 

 そういうもんかねえ、と唸る楠を見て霊夢は再び手を緩く握った。どうにも手のひらが痒くてしょうがない。不機嫌な表情を浮かべる霊夢に、「どうした?」と楠が聞けば、霊夢はたっぷりと時間を使って口を開けたり閉じたりしながらも言葉は口に出さず、おずおずと右の手のひらを楠へと向ける。

 

「なんだよ」

「…………あんたは、今の私に触れる?」

 

 そう言って動きを止めた霊夢と差し出されている霊夢の手のひらを交互に見て、首を傾げた楠が手のひらへと手を伸ばせば、少女の暖かさを感じることもなく楠の手はなにも触れず少女の手をすり抜ける。そこに確かにあるのに触れない。すり抜けた楠の手を見て僅かに落胆の色を滲ませる霊夢に楠は眉を顰めると、ちょっと待ったと学ランの袖をたくし上げる。

 

 そうして楠はただ触るのではなく、壁を透り抜けるつもりで手を伸ばした。不確かな壁は不確かになっても透り抜けることは叶わない。だが、不確かなものは不確かなもの同士結びつく。いつものように透り抜けることなく楠の指先が霊夢の手のひらにぴとりと当たり、楠は得意げに笑みを浮かべた。

 

「どうよ、触ったぞ」

「…………うん

「どうした?」

「……帰る、……またね楠」

 

 楠がなにを言うより早く霊夢は立ち上がると飛んで行ってしまう。わけもわからず固まる楠の肩にポンっとどこからともなく現れたスキマ妖怪の手が置かれ、紫は夕日のせいか顔を赤くした霊夢を見つめ困ったように小さく笑った。

 

「霊夢もまだ若いわね、そう思わない?」

「……さてな、それより出て来たなスキマ妖怪さんよう‼︎」

 

 振りかぶられた楠の拳に片目を瞑りながら焦ることなくスキマを開く。スッと空間に線が入り開いた不思議な空間に舌を打ちつつ、楠はスキマを透り抜けるつもりで殴り飛ばす。砕け散ったスキマの破片が顔の横を通り過ぎるのを眺め紫は堪らず噴き出した。

 

「ちょ⁉︎ スキマを殴るなんてデタラメな」

「一発ぶっ飛ばしてやるこのスキマ野郎! なにが頼みだ! アンタどれだけの奴に俺がお見合いしたいとか吹いたんだくそッ!」

「いや、まあ、はいこれ」

 

 紫が指を弾くのと同時に開いたスキマからひらひらと一枚の紙が舞い落ちた。それを手に掴んだ楠が紙を見てみれば、文々。新聞の号外、その中央に大きく載っている見出しを見て楠の歯がギリギリと擦り合った。

 

 

『平城十傑の北条楠が見合い相手を募集中』

 

 

 破り捨てられた新聞の間を縫って紫に楠の拳が迫る。楠の拳なんて受けたらどうなるか分からないと焦った紫は躊躇なく楠の足元にスキマを開き、落ちてゆく楠の拳が鼻先を掠め紫は割と本気で冷や汗を掻いた。

 

「はぁ……、霊夢も楠も困ったものだわ、まあ見ている分には面白いけれど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ってなことがあったんだよ。……思い出したらイラついて来た!」

「ふーん、そういうわけだったのね」

 

 号外をひらひら手で振って意地悪く笑う妹紅の顔を手を振って追いやり、楠は鼻を鳴らして少し歩く速度を上げる。ただでさえ紫のせいで夕餉前の売り時を逃したというのに、天狗まで巻き込んだ記事のせいで、来る客来る客からかわれて仕方ない。「嫁は決まったか?」と笑いながらやって来た魔理沙の言葉を最後に、「本日は閉店‼︎」と半ば無理矢理店を閉めた楠に妹紅は大いに呆れた。不機嫌を隠すことなく迷いの竹林を歩く楠に妹紅は笑い、歩く速度を上げて護衛役の隣に並ぶ。

 

「お見合いなら私に言ってくれればよかったのに」

「……なんで?」

「私を誰だと思ってるのよ、輝夜ほどじゃなくても経験ぐらいあるわ」

 

 胸を張る妹紅の爪先から頭の天辺までを楠は見回し鼻で笑った。モンペにサスペンダーにカッターシャツ。元貴族だということを知っていても、どこをどう見ても貴族の娘には見えない。笑う楠の頭を妹紅は小突き、「悪かったわね」とそっぽを向いた。

 

「で? お見合いしてどうだった?」

「どうもなにもアレをお見合いって言っていいのか? 少なくとも俺には愛だの恋だのは早いってことが分かったよ。普通は遠いな……、それに幻想郷(こんなところ)にいたんじゃな」

幻想郷(ここ)は嫌い?」

 

 妹紅の顔をしばらく見つめ、楠は細く息を吐き出した。月軍と戦うために幻想郷で動いたおよそ十日間。それからまだ一ヶ月も経っていないというのに、これまでの十数年よりも随分と濃い日々を送っている。気に入らないことも多いが、それを悪いとも思わない。外の世界では少し浮いてしまっても、幻想郷ではそうではない。それに九人の仲間と新たな友人も幻想郷にいる。悪くないと思っていてもわざわざ口に出すのは気恥ずかしく、頭を掻いてより歩く速度を上げる楠に妹紅はくすくすと静かに笑った。

 

 そんな楠の目の前に一枚の小さな紙が舞い落ちる。楠が上に目を向ければ丁度閉じたスキマの姿。地に落ちた紙に書いてある『領収書』の文字を見下ろし楠は固まる。動かない楠の代わりに妹紅が紙を拾い、ずらずら書き綴られている食べ物と飲み物の料金に肩を竦めた。

 

「輝夜も霊夢も遠慮ないわね、貴方にツケられてるけど」

「……ふくく、うっほっは! ふざっけんなよスキマ妖怪! やっぱり幻想郷なんて大っ嫌いだくそったれ!!!!」

 

 迷いの竹林に木霊する楠の叫び声から逃げるように妹紅は楠を追い抜いていち早く我が家に避難する。叫び声の残響は聞けば聞くほど虚しくなるばかり、大きく深いため息を吐いて家へと入って来た楠に妹紅はにんまり笑う。楠より早く家に入るために妹紅は楠の相手をせず置いて来た。嫌いだなんだと言いながら、結局楠は未だに幻想郷からも妹紅の家からも出て行かない。今日もまたそれを確認するために妹紅は耳を澄ます。どうにもむず痒い心の発散の仕方が分からず、楠はムニムニと唇を動かしてまた今日も言い慣れない言葉を口に出す。

 

「────ただいま」

「おかえり、楠」

 

 少女の柔らかい笑みから顔を背け、楠は玄関の戸をゆっくり閉める。残念ながら楠のこの生活はまだしばらく続きそうだ。

 

 

 




外伝は一、二週間に一度ぐらいで更新します。
平城十傑はまたどこかで使おうと思うのでキャラを忘れないためです。
ただ本編より外伝の話数が超えることはないでしょう。
外伝はオマケとしてお楽しみくださると幸いです。

実はまだもう少し外伝は考えていたのですが、アンケートを二つ載せられないので、その二です

  • 百六十五代目 黴藤の日常編
  • 櫟VS天子 恋する盲目編
  • 菖と小町の説教日和編
  • 地底で鬼と酒盛り編
  • 梍とこころ、幻想郷でネタ探し編
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