月軍死すべし   作:生崎

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楠と桐 新たな刀を手に入れろ編

 かっちかっちと音を刻む機械仕掛けの音。

 

 時計の音ではない。

 

 かっちかっちかちかちと話し合っているかのように打ち鳴るのは歯車の音。壁一面に並んだ機械たちが、各々の時間を刻んでいる。そんな機械たちに囲まれて、楠と桐は二人並び死んだような顔で椅子に座っていた。

 

「クズノキとギリ、久しぶりやねー」

「名前間違ってんよ……」

 

 あれぇ? と首を傾げる絡繰人形。玄武の沢、にとりの(ラボ)に我が物顔で居座る一人の男。ぱっと見人間に見えなくもないが、首や指の関節部分から多くの細かな歯車が見え隠れしている。三つ分の湯呑みに水を注ぎながらキチキチと音を立てて動く姿からは以前の滑らかさを感じることはできないが、より妖しげな雰囲気を纏ってはいる。「楠と桐な」と思い出したかのように菫は手を打って、湯呑みに並々注いだ水を煽る。

 

「いやぁ、物忘れが激しくて困ったもんや」

「まあ元気そうで良いけどよ、なんで客に出すのが水なんだ。普通茶だろ」

「これが今のぼくの燃料だからや」

「私たちにとってはただの水なんですけどね」

 

 充電! と叫び水を飲む菫は冗談のつもりなのかなんなのか、どうにも少し頭のネジが外れてしまっているらしい友人に楠は大きく口角を落とし、仕方なく出された水を舐める。玄武の沢湧き水百パーセントの水は口当たりがよく、思いの外美味しいことがちょっぴり悔しい。楠は湯呑みから口を離すと、少しの間考えた挙句、しょうがないと膝を叩いた。

 

「……なるほど味は悪くねえ。今度うちの屋台で出そう、リットルいくら?」

「……楠、貴方なにしに来たんです?」

「そやった、二人ともなにしに来たん?」

「いや、菫が呼んだんでしょうに」

 

 ああそやったとあやふやな記憶で生きている菫に桐は頭を痛め、「亡霊でも頭痛持ちになるんですか?」とくだらないことを口にして楠には肩を竦められる始末。放っておけば再び「なにしに来たん?」と壊れたレコードのように菫が口にすることは確実であり、前髪を弄りながら桐が仕方なく話を進める。

 

「私と楠の問題を解決してやるから来いと文を寄越したのは菫でしょうに。それで? なんの用なんですか? さっさとして下さい、私は早く姫様のところに帰りたいです」

「桐……アンタなんで来たの?」

「なにかは分かりませんが“問題”を解決してくれると言うので、楠もでしょう?」

 

 そう言いながらふやけた笑みを浮かべる桐に、楠はほうっと息を吐き出すと、ギザギザした歯を噛み合わせて弧を描く。『問題』、楠と桐が抱える問題など一つしかない。それを解決してくれると菫が言うからわざわざ玄武の沢まで楠と桐はやって来たのだ。楠と桐、二人の頭の中に重く腰を下ろしている問題を取り払ってくれるなら是非もないと、「そうだった」と楠は間を置いて、二人は思い思いの問題を口に出す。

 

「上手い五十両の返済方法があるわけだ!」

「姫様を上手いことデートに誘う方法があるわけですね!」

「ぼくは君らが心配や……」

 

 二人で依姫に立ち向かった時の気迫は何処へやら、すっかり借金持ちと恋にうつつを抜かしている剣客二人に菫の口からはため息しか出ない。二人顔を見合わせて『それは問題じゃないだろう』と眉を顰め合っている楠と桐の意識を引き戻すため、菫は一度強く机の上に湯呑みを置く。

 

「いやぁそんな庶民的な悩みはどうだってよくてな」

「どうだっていい⁉︎ どうだってよくないから困ってるんです! 白玉楼でいつも一緒だからこそこう切り出しずらいなぁ、なんてことがあるでしょう! それに誘うって言ってもどこに誘えばいいんですか⁉︎ 幻想郷じゃあほとんど行く場所ないんですよ! 楠の屋台に行くとか絶対やですもん!」

「いやそこは来いやあ‼︎ なんで隣に店員が居んのに行かない宣言してんだアンタ! 帰りてえのに日々雀の涙みたいな給金しか貰えない俺の悲しみが分かるか! ツケを払え! 妹紅との晩酌ぐらいしか楽しみがないんだよ!」

「いいじゃないですか美人さんと飲めるなら! この幸せ者! 自慢屋! 死んで下さい!」

「亡霊の姫さんのとこにいる亡霊が死を願うんじゃねえ! 縁起悪りぃッ‼︎」

「あの、もうほんとそんなのどうでもええんやけど……それにそんな話ならぼくまだにとりちゃんに上手いことお礼できてなくてなぁ、なにかあげたくてもあんまり他人に深く関わってこんかったしなにを送ればいいやら……、なにがええと思う?」

「知るか!」「知りません!」

「君ら酷いな⁉︎」

 

 誰の問題の解決にもならない不毛な争いに終わりはなく、『五十両』、『デート』、『プレゼント』と必要のない要素だけが積み上がってゆく。学生服を着ているだけに、その部分だけ切り取れば男子高校生たちのどうだっていい話で決着がつくのだが、残念ながら彼らは千年以上続く一族の当主たち。そんな彼らの問題は当然『五十両』でも、『デートのお誘い』でもなく、もっと一族に関わるものだ。

 

 しかしそんなことすっかり頭から抜け落ちた三人の話は全く進まず、密室の中で巻き起こる話に終止符は打たれない。それを打開するようににとりの家の扉が音を立てて開き、一匹の河童が不毛な密室へと足を踏み入れた。

 

「おー、ほんとに来たんだ。よく来たね英雄たち」

「つまりあれでしょう? 二人のは惚気かなにかでしょう? 男の惚気とかいらないのでお引き取り下さい!」

「違えんだわ! ってかいつも惚気てしかいねえアンタに言われたくねえよ!」

「なあ普段合わないぼくの話もう少し聞いてもええかなとか思わんの? 終いには泣くよ? まあぼく涙腺あらへんけどねー」

「うん、見事に聞いてないね。なんで私の家に来たのさ……」

 

 にとりの家は平城十傑の団欒場ではなく、ラボである。力任せに追い出すこともできない疫病神が二人家に居座っている現状に大きく肩を落とした。しかしそんな不毛な会話を延々と家で繰り広げられても困るので、にとりは背負ったリュックを背負い直しロボットアームを強く打ち合う。その音にギラリと差し向けられる六つの瞳ににとりは内心引くが、なんとか逃げ出すことなく頼れるボディーガードに目配せし、「おかえりー」と菫が椅子を引いてくれるので腰を下ろしようやく場は少しの落ち着いた。

 

「全くもう、他人の家でなにしてるのさ盟友たち。ここは私のラボなんだから暴れないでよ、そんなことしたら菫に追い出して貰うからね!」

「仰せの通りにやー、にとりちゃん」

「ふふーん、いまの菫は私の技術で生まれ変わったver.2! 元のヒヒイロカネの歯車と他の材質との相性が悪いから足りない部分は水をツナギに水圧で動かしてね、光学迷彩完備で更にウォーターカッタープラス! 最新式のロボットアームの隠し腕を二本搭載した最高傑作なんだよ! 更に更に」

「いやアンタもなにしに来たんだ? 自慢?」

 

 急に菫を自慢しだすにとりに楠は呆れ、そんな客人の姿におっといけないとにとりは帽子を被り直す。今宵楠と桐を呼んだのは、菫だけでなくにとりの案でもある。訝しむ楠と桐の顔を見比べて、それじゃあ早速と言うようににとりは手を合わせた。

 

「二人に来てもらったのは、他でもない困ってるだろう二人の問題を私と菫で解決してあげようと思ってね!」

「上手い五十両の返済方法な!」

「姫様をデートに誘う方法ですね!」

「いや、そういうのは私ちょっと……」

「うん、そういうのはもうええから」

 

 目を輝かせる二人の願いを菫はばっさり切り捨てて立ち上がると、部屋の一角にある大きく布を被っている場所まで歩みその布を取り払う。布に覆われた下にあったものは、周りのガラクタたちと異なり無骨という言葉が似合っていた。鞘に入った多くの刀剣類。それも大きさや形など様々で、刀の展覧会場のようにずらりと並んでいる。

 

 目を瞬く下さいと桐の顔をにとりは満足気に眺めた後、偉そうに腕を組み椅子の背もたれに寄り掛かった。

 

「二人の問題、月軍との戦いで二人とも刀が折れちゃったでしょ? だから新しい刀が必要なんじゃないかと思ってさ」

 

 桐の大太刀は月夜見まで保ってはくれたが。その時も万全ではなかった。依姫一人との戦いで、楠も桐も刀を壊された。それ以来碌な刀を持っていない。困ったことに刀というものにも等級がある。ただでさえなにかを斬ればその度に斬れ味の落ちるのが刀。出来の悪い刀ならすぐに斬れなくなり、なにより楠と桐の技に耐えられるだけの刀となると、そもそもそれなりの業物でなければ話にならない。

 

 月軍が去って以来多くの刀を下さいも桐も試しはしたがどれも手には馴染まず、使い捨てコンタクトレンズのように使い捨てる日々。それを聞き付け河童が動いた。技術屋のにとりに武器屋の菫。二人が揃えば生み出せぬ武器などこの世にない。楠と桐の驚いた顔を思い浮かべて二人に顔を向けたにとりだったが、そこに並んでいたのは表情のない真顔が二つ。

 

「刀かぁ……」「刀ですかぁ……」となんでもないような台詞を口遊む剣客二人の姿に、にとりの方が面食らう。

 

「あ、あれ? あんまり嬉しくない?」

「いや、もう鍛錬なんかは癖になってて剣は振ってるがよ、戦闘で使うのなんて依姫が来た時ぐらいだし」

「私は妖夢さんとの鍛錬で木刀を振るうぐらいですからねぇ、あんまり新しい刀のことは考えてませんでした」

「あれぇ〜? じゃあひょっとしてあんまり困ってない?」

 

 にとりの嫌な予感は待ったなしで速攻で的中し、縦に揺れる頭が二つ。そんなぁ⁉︎ とにとりが頭を抱えるより速く、菫の目が光り待ったを掛けた。

 

「まあ待ちいお二人さん。結論を出すのはちょっと早いんやないかな? あんまり必要やないと言っても使いはするんやろ? ならどうせならいい刀を持ちたいんとちゃう?」

「そりゃあ……」「まあ……」

「せやろ? だからちょっとぐらい手にとってみれば分かるって」

 

 そう言い菫はにとりに向けてウィンクし、パッとにとりは笑顔を浮かべて楠と桐の見えないところで親指を立て菫に向けた。技術屋としては作ったものを無視されることほど悲しいことはない。やる気になったなら早速と言うように、にとりも席を立ち刀たちのところまで足を進めると剣客たちを手招きする。顔を見合わせて立ち上がると楠も桐も刀たちの前に歩み寄った。

 

「さあさあどれでも手にとってみてや、どれもこれもぼくとにとりちゃんの技術の結晶や」

「河童の技術と菫の技術! 更に私が得た月の技術まで使った自慢の子たちさ! 絶対気にいる刀があるよ!」

 

 言われて楠と桐は刀たちに目を向けて、二人揃って首を傾げた。

 

 刀。鞘があり、鍔があり、柄がある。そう言われれば刀であろうが、形状が様々過ぎてなんとも言えない。幅が広いものや刃が三つ付いている鉤爪のようなものまで。バラエティーに富み過ぎていて選び辛いと手が伸びない。そんな中渋々と楠は手を伸ばし一本の刀を手に取ると、得意気ににとりが説明をしてくれる。

 

「お目が高い! 三十三番を選んだね! それは一見普通の刀に見えるけど、凄い機能が付いてるのさ!」

「凄い機能?」

「その柄のところにボタンがあるやろ? 押してみい」

 

 言われるがまま楠がボタンを押し込めば、かちゃりとなにかが嵌る音が響き柄が引き出しのように伸び開き、柄の中にあったものを露わにする。ツヤツヤに光った緑色の野菜。それはものの見事に美味しそうな胡瓜であった。

 

「…………おい」

「戦場で小腹が空いてもこれで安心! しかも柄の中にある限り腐らないときたもんだ!」

「しかも玄武の沢のだから美味しいんや、あ、胡瓜は別売りな」

 

 楠は無言で胡瓜を掴むと、あらん限りの力で壁に向かって叩きつける。弾け飛ぶ胡瓜に、なんてもったいない! と肩を跳ねさせるにとりと菫にクッソいらねえ! と言葉を差し出すのも馬鹿らしく、ゴミを捨てるように刀を元の場所にほっぽった。

 

 縁日でハズレくじを引かされているような状況に、少しだけ気分の上がっていた楠と桐のテンションが死んだ。それでもまだ一つしか手にとっていないと桐が刀を取ればまたにとりが口を開いた。

 

「五十二番を選んだね! それもまた良い子だよ! それも前のに負けず凄い機能が付いてるのさ!」

「あんまり聞きたくないんですけども……」

「そう言わんと、刀を抜いてみ?」

 

 桐が刀を抜けば、待っているには刀身のない刃。柄と鍔だけの刀に眉を寄せる桐に笑顔を送り、菫がボタンを押せとジェスチャーする。そうして桐がボタンを押せば、水の刃が勢いよく伸びた。

 

「これぞ正しく水の剣や! 斬れ味も保証するよ? 鉄だって斬れる」

「へー、これはなかなか良さそうですね」

「でしょ! ただ柄にある水の分だけだから十数秒しか持たないけどね!」

「え?」

 

 桐の間の抜けた一言がタイムリミットの合図となって、勢いのない水鉄砲のようにみるみる刀身は縮み刃の姿は消え去った。振ってもボタンを押してもうんともすんとも言わない刀に、桐は無言で鞘に収め直すと握り壊す。

 

「あー! なにするのさー!」

「なにじゃねえ! ガラクタしか今のとこねえぞ!」

「これなら人里で売ってる粗悪品を使った方がまだマシです。ふざけてるんですか?」

「ひゅい⁉︎ そ、そんなわけないじゃん! 他にもこれなんかカメラ機能が付いてたり、これなんかなんとボタンを押すと刀身が飛ぶ!」

「なんでそんな一発芸持ちの刀ばっかなんだよ⁉︎」

 

「ガラクタァ‼︎」と叫び楠は歯を擦り合わせ、桐は前髪を弄りながら心の篭っていない笑みを浮かべる。全ての刀に返品の判子を押しそうな二人に、やれやれと菫は肩を竦めた。

 

「なにが不満なん? 斬れ味は全部ぼくが保証するのに」

「斬れ味以外の要素がいらねえ! 付加価値のせいで価値が下がってるんだよ!」

「名画に墨をぶちまけていると言いますか、見事なオーケストラの中に一人尋常じゃない下手っぴがいると言いますか。その一人が気になり過ぎてまるで頭に入ってきません」

 

 良かれと思ってやったことが裏目にでるなどということはしばしばある。技術が素晴らしく品質が良かろうと、使えない機能ならばゴミと同じ。言外にそう言う二人の言葉に、遂に河童が立ち上がった。

 

「仕方ない、こうなったらとっておきを出そうじゃないか」

「最初に作ったふた振りやな。ぶっちゃけ他のは蛇足や」

「最初にそれを出せよ……」

「もったいぶりたかったの!」

 

 ツインテールを振りながら零すにとりの言葉に、ああそうですかと楠と桐は肩を落とす。そんな二人を見て菫とにとりは笑いながら、奥から大きな二つの箱を引っ張ってきた。箱には無駄に達筆な字で『北条』、『五辻』と名が刻まれており、触れ辛い空気を放っている。菫とにとりは二つの箱の両脇に並ぶと、どうだと言わんばかりに胸を張った。

 

「いや、そんな得意気にされてもよ、まだ箱しか見てねえんだが」

「それにしてもどちらも大きな箱ですね。本当にこれ刀なんですか?」

「ふっふっふ、見たら驚くこと請け合いや」

「見たらにとりさんすごーい、菫すごーいって絶対言うよ」

「お、おう」

 

 これまで以上に自信に溢れている二人に楠は少々面食らう。なにが出るのでしょうねと手を合わせる桐たちの前で、菫とにとりは腕を組み含み笑いをし続ける。

 

 十秒、二十秒、三十秒、と笑い続けるにとりたちに合わせて、楠は次第に歯を擦り合わせ、桐はくるくると前髪を弄り出す。一分が経とうというところで、流石に限界を迎えた。

 

「いや、さっさと開けてくれよ」

「もう帰っていいですか?」

「待った待った! もう、そこは合いの手とか入れてよー。なにが出るんだ⁉︎ とか、気になるぜ! みたいなさぁ」

「マジで帰るぞ」

「分かった分かった、せっかちさんやなー、じゃあまずは楠からなー」

 

 唇をとんがらせ、渋々と言うように菫が『北条』と書かれた五尺程の長さの箱を前に出しその蓋を開けた。カパッと空気の抜けたような軽い音に反して、箱の中で光る黒々とした柄と鞘。アクセントと言うように、鍔だけが碧く塗られている。ただ、見た目明らかにおかしな形状に、楠は大きく首を傾げた。

 

「な、なんだこれ、黒い背骨? キモいんだけど」

「失礼な! これぞ菫とにとり印のその名も『百足刀(むかでとう)』だよ!」

「む、百足刀?」

 

 全体の長さおよそ三尺。幅がおよそ二尺。爆竹のように並んだ九つの鞘の両端にそれぞれ一本づつ一尺ばかりの短刀が収まっている。手に持ちぶら下げれば、かちゃかちゃと打ちなる鞘の音が鬱陶しい。全部で十八本の短刀。呆けた顔で楠は百足刀をしばらく眺め、胸を張るにとりと菫に目を移した。

 

「こう背負う感じで背中にぶら下げて横から刀を引き抜く感じで、手で抜く以外にはどんなに動いても外れないよ!」

「そりゃいいんだけどよ、こんなに刀あっても使わねえよ」

「いやいや、楠は刀あってこそやろ? それなら一本や二本壊れても関係あらへん」

「ふっふーん! それにこの刀にも凄い機能がついてるんだよ!」

「そうか、聞きたくねえ」

「じゃあ説明するね!」

「アンタ聞いてねえな……」

 

 半目になる楠の相手をせず、にとりは楠に近寄ると百足刀の鞘から一本刀を引き抜き、離れてゆく。三メートル程離れたところで、「いいよ〜菫ー!」とにとりが手を振れば、菫もにとりに手を振り返し、もう片方の手に持っている小さなボタンをカチリッ、と押した。

 

 それと同時ににとりの持つ刀が独りでに小さく震えると、宙をかっ飛び元の鞘に音を立てて収まる。

 

「月の加重銃の応用でね、鍔と鞘に細工がしてあって手元から刀が離れてもボタンを押せば刀が鞘に落ちるって仕組みさ!」

「このボタンはベルトにでもつけといてな。一本だろうと十八本だろうとこれを押せば鞘に戻ってくるんやー」

「え……、マジで凄え、最初からこれ出せよ」

「へっへーん! もっと褒めて褒めて!」

 

 胸を張る菫とにとりに惜しみなく楠は賞賛の拍手を送り、百足刀から刀を一本引き抜くとくるりと回して机に向けて力いっぱい投げつけた。空を裂き飛ぶ短刀は、ずるりと机をすり抜けて床に突き刺さる。ボタンを押せば机の下に何度か当たりながら鞘へと短刀は戻り、楠は満足そうに深い笑みを浮かべた。

 

「悪くねえ……、これなら何本か投げても問題ねえな」

「…………ねえ菫、平城十傑ってやっぱり頭おかしいね」

「それぼくに言わんといてくれる? それより次は桐の番やでー」

 

 百足刀が入っていた箱よりも五尺ばかり長い『五辻』と刻まれた箱。なにが入っているのかは予想せずともすぐに分かる。菫が箱を開ければ姿を現わす白い鞘。全長九尺に及ぶ大太刀。刃の長さだけで六尺近い。桐の身長以上の大太刀に、それを見た楠は口端を痙攣らせ、桐は小さく笑みを深めた。

 

「さあさあこれぞ菫とにとり印の二本目の刃! 大太刀『尺取虫(しゃくとりむし)』さ!」

「尺取虫? なんなんでしょうかその銘の虫繋がりは……」

「まあまあ抜いてみ?」

 

 長い刀を引っ掛けることなくするりと抜いて刃を上に向け桐は刃に目を這わす。痩身の桐が三メートル近い大太刀をなぜ片手で持てるとにとりがドン引きする中、尺取虫の波紋がその名の通りゆっくりと本当に波打っているのを見て桐は眉を寄せる。

 

「ナノマシンが散布してあるんよ、斬れ味落とさんようにな。百足刀と違い尺取虫は一本の大太刀やからなー、鞘にナノマシン散布機能がついてるんや」

「ちょっと欠けたぐらいじゃ自動で治るよ!」

「ほう……」

 

 笑みを深めた桐がくるりと刃を振るえば、炎の線が空に引かれ炎の輪を描く。「危ねえッ⁉︎」と楠は床に飛び込み、菫もにとりを抱え込むように床に屈む。炎の軌跡が消え去るのを眺めて桐は緩やかに大太刀を鞘に収める。

 

「悪くないですね」

「変なテンションの上げ方をするな! 斬られるかと思ったわ!」

「危ないわー、にとりちゃん平気やった?」

「あはは、ありがと菫。でも気に入ってくれて良かったよ」

「まあこれなら使ってもいいな、ありがとよ」

「ええ、ありがとうございますにとりさん、菫」

「うん、はいじゃあこれ!」

 

 笑顔を浮かべたにとりに楠も桐も白い紙を渡されて目を丸くする。いくつもの丸が並んだその紙を見て、みるみる楠と桐の肩が落ちがっくりと両腕が下がる。

 

「分かりやすいように外の料金で書いてあげたよ!」

「おい……おいッ⁉︎」

「いやはやこれは……、いやはやいやはや⁉︎」

 

 二本の刀の合計が一億円を超えている。二度見どころか三度見しても書かれた丸の数が減ることなどあるわけなく、そっと刀を置こうとする楠と桐の手を強く手を突き出しにとりが制した。

 

「あっ、返品は受け付けないよ」

「ふざっけんな‼︎ そんな押し売りあるかッ⁉︎ 払えるわきゃねえだろうがッ‼︎ 横暴だッ‼︎」

「そんな……、楠と揃って借金塗れなんて絶対嫌です⁉︎ 借金なんてこさえたら姫様と妖夢さんにどんな顔されるか‼︎ あぁぁぁぁイヤですぅ〜‼︎ 姫様そんな目をしないで下さい⁉︎ げふぉッ⁉︎」

「ぶっ⁉︎ 桐が血吐きよった⁉︎ そんなイヤなん⁉︎」

「嫌に決まってんだろ! アンタ借金舐めんなよ! 洒落になんねえんだぞ!」

「わわわ⁉︎ 菫ぇ⁉︎」

 

 にとりに詰め寄ろうとする楠と桐の前にするりと菫が体を滑らす。キリキリという歯車の音に合わせて菫の両の前腕から滑り出る刃。水に濡れたような刃は細かく振動しており、軽く振られた腕を追って刃から水の刃が形を変えて小さく伸びた。

 

「ヒヒイロカネの刃と、それに追随し形を変えて蠢く水の刃。ぼくとにとりちゃんの合作一号、絡繰刀『飴坊(あめんぼ)』。この斬れ味試してみるか?」

「上等だボケ! アンタぶっ飛ばしてぜってえ返品してやる!」

「借金は! 借金は嫌ですぅ⁉︎ 菫ぇ‼︎ いくら私でも許さんぞッ‼︎」

「ちょ、待っ⁉︎ やめ⁉︎」

 

 その日、玄武の沢の一角が吹き飛んだ。水と炎が大地や家屋を細切れにし、刃の壁をすり抜けて短刀が縦横無尽に宙を飛ぶ。にとりの家は木っ端微塵に消失し、しばらく菫とにとりは各地を転々とする羽目になった。平城十傑に新たな武器を与えるために。

 

「あーん⁉︎ 上手いこと儲けられると思ったのにい⁉︎ なんでこうなるの⁉︎」

「因果応報言うやつかなぁ? 次はもっと上手くやろなにとりちゃん!」

「うん! 次は上手くぼったくろう! 目指せ二人で億万長者‼︎」

 

 菫とにとりが懲りることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




*百足刀と尺取虫の代金は後日梓と藤が払った。

次回、レミリア、さとり、椹、たった一度の盗賊編。

次次回

  • 頑張れ男性陣、女湯を覗け‼︎ 編
  • 使われなかったとっておき編
  • 特別編 山の四天王、四人目の鬼 編
  • 楠、約束果たせ魔理沙とデート編
  • 梓と藤と菖、平城十傑年長組 編

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