月軍死すべし   作:生崎

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第三夜 夕

「クソが! いったいどんだけいるんだこいつら!」

「ちょっと楠! 無茶しないで!」

 

  斬っても斬っても数が減らない。妹紅と共に永遠亭へ向けて走る中で、竹林から湧いて来ているんじゃないかと思うほど月兎たちで溢れている。飛んでくる重い銃弾の壁を妹紅の炎で溶かしながら楠が盾となり進んでいくが、その歩みは早くはない。

 

  何枚もの壁が前を遮り、飛んでくる弾丸が妹紅に当たらないようになんとか弾くが、透かすこともなく、斬り払うのではてきの手数が多過ぎた。百を超える弾丸のいくつかは楠の肌を削る。だが、血濡れの楠は赤い色に染まりすげているせいで、どこまで怪我をしているのかも見ているだけでは分からない。

 

  変わらぬ竹林のせいでどれだけ目的に近づいているのかも分からず、ただ増えていく月兎に楠は歯を擦り合わせた。進んでいても全てを斬り殺せるわけではない。雑草抜きのように全てを片付けていてはいつになれば辿り着けるのか分からない。壁に穴を開けるように進んでいくが、そのまま進み続けては包囲されているのと変わらないのだ。妹紅の炎を目眩しに、その隙を縫って更に奥へと突き進むが、それでもある程度の場所が月兎には分かるらしく弾丸が飛んでくる。

 

  また一つ弾丸が肩を擦るのに顔を顰めながら、楠は目の前の月兎の首を落とし足を踏み出す。後ろについて来ている妹紅の熱を感じながら、振り返らずに手に持った刀を握り直す。

 

「まだなのか! あとどれだけ進めば辿り着く! こんなことなら来るんじゃなかったよ!くそったれ‼︎」

「もう少しよ! もう少しで竹林を抜ける!」

「それさっきも聞いたぞおい!」

「楠が少し前にも同じこと聞くからでしょうが!」

 

  軽口が聞けるならまだ問題ないだろうと、周りに目を向けながら妹紅は炎の翼を振り撒く。どういうわけか飛ぶことも叶わず、地上戦を想定して来ている月軍は鬱陶しい。楠のおかげである程度安心して状況を見れる妹紅は、周りの竹を見て舌を打つ。永遠亭に近いのは本当だ。だが、その短い距離がなかなか縮まらない。それも無数に揺れている月兎の耳のせい。この量では既に月軍は永遠亭についているだろうことが分かる。もうすぐ見えるだろう永遠亭の屋根がある方へと妹紅は目を向けて、聞こえてくる聞きなれない音に眉を顰めた。

 

「楠!」

「なんだ! もう着くのか!」

「この月兎たちの壁を抜ければね! それよりも、この先で誰かが戦ってる!」

 

  妹紅の言葉に楠は耳を澄ませる。止まずに響き続ける発砲音に混じり、風に乗って運ばれて来るのは金属同士のぶつかる音。その弾け削れるような鉄の音が、何がぶつかり合っているのかを楠に予測させた。鋭く擦るような音は長物に弾丸が滑る音。滑る音の長さから長物の正体を思い描き楠はより前に強引に足を出す。

 

「ちょっと楠!」

「静かにしろ! ……飛脚屋の野郎、さすが足が速えな」

 

  ふやけた顔の友人を思い出し小さく笑うが、すぐに歯を食い縛る。桐がいるのなら、そこにいったい誰がいるのか、そんなことは深く考えなくても楠には分かる。強く握った拳にチキチキと刀の柄が震える。歯を擦り合わせる必要もない。心の中で渦巻くものをぶつける先がすぐそこにいる。

 

 

 

 

 

 

 

「桐⁉︎」

 

  てゐの叫びは数多の音に袋叩きにされてすぐに四散し飛び散ってしまう。津波のように押し寄せて来る月軍の鉄礫を長物一本で全て弾くことは叶わない。永遠亭の雅な外装は、紙に画鋲を打ち込むが如く簡単に穴を開けられ、既に崩れた玩具の城へと変わってしまった。

 

  てゐは輝夜に引っ付き、盾となる桐の背後にいた。大太刀を割り箸を振るように軽く振り回している桐だが、付き合いの短いてゐにも分かるほどに桐の動きは精彩を欠いている。怪我のせいではない。いくつも弾丸に体を舐められ赤色が服に広がっているが、致命傷ではない。だが、どうにも動きに滑らかさがない。

 

  燃え尽き症候群ではないが、急に消え去った重さに体が追いつかない。ふわふわとした体を持て余し、いつも以上に軽い大太刀に桐の体は振り回される。大太刀で受けた弾丸の重さも利用し加速しようと試みるが、予想以上に力が入り過ぎ鉄の礫を大きく飛ばし過ぎてしまう。その隙に滑り込んで来た弾丸に太腿を擦られ、全てを覆い隠す桐の笑みに歪みが混じった。

 

「姫様どうにかならないの! ねえって!」

 

  輝夜に向けててゐは顔を上げるが、輝夜の顔色もよくはない。これまで隠れていた竹林に月軍が大挙して押し寄せていることもあるが、他にも数多くのままならないが重なり、奥歯を噛み締めるだけで精一杯だ。どこかにいるはずの永琳はどこにいるのか姿を現さず、すっかり忘れていた平城十傑がどういうわけかひょっこり現れ、自分を守り、また殺そうとしに来ている。それだけでも気に入らないのに、なによりも自分の能力がまるで使えないことがなによりも輝夜を苛立たせた。

 

  『永遠と須臾を操る程度の能力』。

 

  永遠とは不変。終わりのない歴史。須臾とは刹那。一瞬に満たない一瞬。この相反する二つを操れる輝夜は、本来なら誰が相手であろうとも、無数の手札を有しているに等しい。敵が知覚できない時間の中で敵を永遠に殴り続けてもいいし、地球の裏側まで逃げてもいい。固まっている相手の顔を飽きるまで眺めたとしてもお釣りがくる。だが、その能力がまるで機能しない。その現実に顔を歪め、「ねえ!」と見上げて来るてゐに目を落とす。

 

「……できたらやってるわよ」

「え?」

「多分これは……、時間を固定されたのよ、クソ忌々しいわ」

 

  遥か昔に帝が聞けば「姫……」と固まってしまうような口汚い輝夜の台詞に、てゐもまた固まった。それは輝夜の態度からではなく、零した言葉によって。時間固定結界装置、世界に流れている時の流れを固定する。これが作動している限り、内にいる全てのものに流れる時は平等となる。巻き戻しも許されず、また加速も許されない。時は止まらず、再生はまだしも、肉体の巻き戻しは作用しない。

 

  永遠を閉じ込める監獄。この中で一度死ねば、この結界が作用している限り蓬莱人も死んだまま。結界の外に魂が出るまで肉体の巻き戻しは行えない。

 

  近づいて来る久々の死に輝夜は冷や汗を流し桐の背中を見つめた。千三百年経ち、なぜかやって来た遥か昔の護衛役。五辻。平城十傑という平城京最強の十の一族の一人が今目の前にいる。なぜ今なのか。なぜ今もいる。千三百年前は何もできずに地面に転がっていたはずの一人が、今大太刀を手に、月の軍の銃雨を弾いている。

 

  人間だ。それは目に見えるものからも、目に見えないものからもよく分かった。その人間が妖怪でも厳しい相手を無数に相手をして未だに死んでいない現実に、輝夜は夢でも見ているんじゃないかと錯覚する。

 

  『私は貴女を愛していた』。そんな一言を運んで来た人間、それも帝の遺言だと。遠い昔に既にこの世を去った人間の言葉を本当に運んで来たのなら、それは狂気だ。イかれている。それも意味不明な技術を培って。

 

  目の前で大太刀を潜り抜けた弾丸が、遂に桐の肩を貫通する。穴の空いた肩と飛び散った血肉にてゐは顔から血の気が失せ、膝をついた桐を見て一度弾丸の雨が止む。

 

  肩に弾丸の形で空いた穴へ桐は目を落とすと、より笑みを深めて立ち上がろうと大太刀をぼろぼろに崩れてしまっている縁側へと突きつけた。

 

「桐!」

「……弾が重いおかげで、その通り、肉が抉れただけで、済みました。致命傷じゃ、ない。まだ、動ける」

 

  何が桐を立たせているのか。それがてゐにも輝夜にも分からない。桐はもう限界が近い。それが目に見えて分かってしまう。すぐそばに永遠となる死が待っているのに、桐はなぜか立ち上がる。

 

「貴方は、なぜ立つの」

 

  輝夜の小さな呟きは、静寂のせいで桐の耳に届いてしまった。肩を一瞬跳ねさせた桐はゆっくりと振り返り、笑顔の桐を見て輝夜とてゐは顔を引攣らせた。死が迫る前にする顔ではない。

 

「……私の、仕事は終えましたが。死ぬ時は前のめりに……。私は五辻なのですから」

「……意味が分からない、意味が分からないわ」

「そうでしょうとも、分かっているのは私だけで結構です」

「貴方は……何言ってるのよ!」

 

  桐の背に輝夜の叫びが叩きつけられる。珍しい輝夜の檄に、桐ではなくてゐの方が驚いた。

 

  五辻だからなんだと言うのか。輝夜も望んでいない骨董品がなぜ命を賭ける。輝夜は今の五辻 桐のことなど欠片も知らない。勝手に命を掛けられて、勝手に守って、なぜ自分を大切にしない。命の限られた人のくせに。

 

「私なんて死んだって貴方には関係ないでしょう! 勝手に命を賭して、私は喜んだりしないわよ! なのになぜ立つの! 五辻なんて、平城十傑なんて、私なんて、そんなものは! ……捨ててしまえばいいのに!」

 

  輝夜の言葉に桐は小さく、次第に大きく笑った。桐は別に輝夜のために命を賭けているわけではない。ここまで来たのは、結局にところ全て自分の意思なのだ。誰がなんと言おうとも、桐は自分のためにしか動いていない。それが輝夜にとって重しになったとしても、それぐらいは許してほしいと、一人完結して大きく笑う。

 

「私は、死ぬのは怖くない。待ってて、初めて待っててくれる人がいるみたいですから。それが同情からなのだとしても、私は嬉しかった」

「なによそれ……むしろ私のことなんて、殺しに来てくれた方が納得できるのに……。なんで、私なんて見捨ててよ」

 

  立ち上がった桐の笑顔が輝夜に向く。桐の後ろで構えられた百に近い銃口が、不死身と見間違うような男を蜂の巣にしようと一斉に火を噴いた。迫る弾丸の壁に振り返ることもなく、桐は輝夜にふにゃりと崩れた笑みを与えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「妹紅! やれ!」

「ったく! 私に命令するな楠‼︎」

 

  燃え盛る炎の翼が大地を焼く。飛来する殺意の壁を焼き切って、薄暗い夕焼けの中に、より赤く熱い光を灯す。命の炎に照らされた桐と輝夜とてゐの顔が、血濡れの男ともう一人の蓬莱人へと向く。「楠」と呟いた桐の顔に、右手から刀を縁側へと放り投げた血濡れの拳がめり込み輝夜の横へと転がった。桐の引いた赤い跡に目を落としながら、目の前に持ち上げた右拳を楠は骨の音が軋むほどに握り締める。

 

「く、楠。な、なにするんですか、死ぬかと思った」

「うるせえこの能天気野郎‼︎ なに一人満足気に笑ってんだアホ! こんなとこで死んでたまるか! クソッ! かぐや姫より先に桐を殴っちまった!」

 

  顔を抑えてふらふらと立ち上がる桐から目を外し、楠の顔がかぐや姫へと向いていく。人相の悪い男の怒気を孕んだ目を受けて、輝夜の肩がびくりと跳ねる。そんな姿に楠は思い切り顔を歪めると、大きく足音を立てて輝夜に寄り遠慮も躊躇もなく輝夜の顔へと向けて拳を振り抜いた。てゐの手から剥がれて床に転がった輝夜に、てゐは息を詰まらせ、桐は笑顔のまま固まった。あまりに遠慮がなかったため、妹紅さえも苦笑いのまま口端を引攣らせて楠を見る。

 

「……あ、貴方、なんなのよいったい⁉︎」

「うるせえな! なよ竹の腐れ姫様よお! 恨んでくれても怒ってくれても構わねえ、俺は、俺たちはずっとこの時を待ってたぜ!」

「は、はあ? 貴方誰よ⁉︎ 私を殺しに来たの⁉︎」

「殺すかあほう! アンタには死んでもらっちゃ困るんだよ! 俺たちが守ってやるから、そこで縮こまってろ!」

 

  言っていることが滅茶苦茶だ! とてゐも輝夜もわけが分からず両手を上げる。自分勝手な桐と同等、いやそれ以上の暴虐無人さに輝夜は拳を握りしめて楠に向けて振り抜くが、カウンターを食らって床に再びひっくり返った。顔を抑えた輝夜を見下ろして、ほっと楠は息を吐く。

 

「アンタ俺を誰だと聞いたな。俺は楠、北条楠」

「……北条? ……ああそ、妹紅のために私を殴りに来たわけね」

「はぁ? なんで俺があんな野郎のためにアンタを殴らにゃならないんだ? 馬鹿かアンタ」

「は、はあ?」

「ちょっと、あんな野郎に聞こえてるんだけど」

 

  藤原の護衛役にあるまじき発言に輝夜は目を白黒させて妹紅と楠を見比べる。そんな輝夜の目の前に楠の顔が突きつけられ、つい振るった拳は楠に今度は避けられずに右の頬に突き刺さった。口に溜まった血を床に吐き、口を拭った楠のギザギザした歯が炎に煌めきカチ鳴った。

 

「俺はな、俺は北条家第百三十七代目当主、北条 楠。さっきの拳は分かってるだけでも十代目と二十三代目と四十五代目と、それからまあたくさんからの分だ。二発で許してやる」

「なによそれ、十代目って、そんな奴知らないわよ。貴方なにしに来たのよ!」

「ああ、ああそうだろうとも。知ってるよ。北条家の当主のことは俺だけが知ってる。それでなにしにって? アンタを殴りに俺は来た。守りにもな」

「だからそれが分からないって」

 

  ため息を吐き楠は歩き出す。向かう先は床に突き刺さっている己の刀。それを引き抜き調子を見るように軽く振るった。独特の空気を裂く音が響き、炎のカーテンの向こうへ楠は顔を向ける。

 

「何年も、何人も」

「なに?」

「顔も知らない女のために、一生を棒に振るった奴が何人もいる。何年も何年もただ刀を振り続け、それを誰も知らないんだ。ただ、刀を振り続けて死んでいく。使うかも分からない技を鍛えるために。御伽噺に出てくるような女のために」

 

  したいこともあっただろう。やりたいことがたくさんあった。膨大な当主の手記に書かれていた夢の話を見て、楠はいつも思っていた。遊園地に行ってみたいと先代の当主は手記に残した。怖い顔の爺の残していたささやかな夢に楠はつい笑ってしまった。洋風のホテルができたから泊まってみたいと七代前の当主が手記に書き綴っていた。その先に泊まってみたという記述は終ぞ出てこない。恋人が欲しいと三十五代前の当主は、夢小説のようなものを書いていた。むず痒くなり最後まで読むのに苦労した。

 

  誰にもやりたいことがあった。もしかぐや姫に会ったなら、蹴鞠を一緒にしてみたい。もし妹紅に会ったなら今度は旅について行こう。たまには平城十傑で旅行なんてしてみたい。かぐや姫を一発殴ってやる。この技を存分に振るう時が欲しい。いくつも、いくつも、それも百三十六人分。

 

  夢は叶わず、ささやかな願いも気に留めず、毎日刀を振り続ける。刀を振って、振り続け、一度も日の目を見ることなく生涯を終える。そんなことがあっていいのか。あっていいはずがない。たった一人の女のために無意味な人生を送ったなどと、それを楠は許さない。

 

「先代は俺だ。先先代も、その前も、その前もその前も、俺と同じなんだ。先代たちの人生を、百三十六人の人生を無駄だったなんて言わせねえ! 無意味なんて言わせねえ! 意味を与えることは俺にしかできないんだ! 俺が、俺が当主になっちまったから! 俺がやらなきゃ、やる奴がいねえ、俺がやらなきゃ、俺がやらなきゃ誰がやるんだ!」

 

  楠の叫びを輝夜は静かに聞いていた。桐も妹紅も黙り口を開くことはない。

 

「だから俺が全部やる。当主たちがやりたかったこと全部やって、それで死んだら話してやるのさ! 北条の当主はやりたかったことを全部やったんだってな! だからこんなところで死ぬわけにはいかないんだ! こんなくだらないことで、桐! だからお前も死なせねえ! 百代目は五辻と旅してみたかったんだってよ! まだ俺はしてねえ! アンタもだ妹紅! 二代目は親友ともっと遊びたかったってよ! かぐや姫も、……五十三代目はアンタとデートしてみたいって、俺はしたくねえけど仕方ねえからしてやる!」

 

  なんだそれはと桐は笑う。子供染みた我儘を恥ずかしげもなくずらずら並べる友人に、桐はなにも言えずに笑うことしかできない。かぐや姫にデートをしてやるなんて言う男が今までいたのか。しかも仕方ないときた。あまりに身勝手に好き勝手言い過ぎる。ぽかんとした顔の輝夜を見て桐はまた笑い、膝を叩いて楠の隣に並ぶ。

 

「ふくく、良いですねそれ、私もしてみたいことはまだあります」

「ほー、なんだそりゃ」

「そうですねえ……例えばそう、姫様と口吸いとか」

「不純だ! 馬鹿じゃねえの!」

「ば、馬鹿とはなんですか⁉︎ 楠に言われたくないです! この愛の素晴らしさが分かりませんか!」

「アンタのはなんか違う! 怖ええんだよ! こっち寄んな! しっしっ!」

「ああ! そういうこと言うんならむしろ近ずいちゃいますからね! 私が! 愛を! 教えてあげます!」

 

  二人でわちゃわちゃしている楠と桐に呆れて肩を落とした妹紅の背の炎が消える。妹紅が消したのではない。突然飛来した二つの弾丸が炎のカーテンに穴を開けた。炎の先に控えた二つの長銃を視界に収めて楠と桐は飛んできた銃弾へ刀を振り切ったが、弾丸を弾くも二人も大きく後ずさる。その合間を縫って一発の弾丸が輝夜に走った。

 

  時間が足りない。足の止まった桐では追いつかず、楠の技では届かない。

 

  炎を燻らせた妹紅の手も届かずに、耳を抑えたてゐの目の先で白い三つ編みがふわりと揺れた。

 

  輝夜の目の前に手を突き出し、開いた手のひらからは銃弾が落ちる。ことりと落ちた血濡れの銃弾に目を落として腕を振りながら、人をイらつかせるような笑みを浮かべて不敵に笑う。

 

「悪いなかぐや姫、お前の命はオレが奪った」

 

  踊るように月軍へ向けて振り返る男の頭に落ちる拳が二つ分。まるで遠慮なく振り落とされた拳に床が抜けて椹が落ちる。「ぐぇ」と情けない声を穴から響かせ這い出てきた男は、頭を掻きながら拳を落とした楠と桐を睨みつける。

 

「痛ってえな! なにしやがんだ、オレの頭脳が!」

「うるせえんだよ泥棒野郎! アンタのせいで人里で白い目向けられてんだぞ!」

「これも世の女性たちのためです仕方ない」

「意味わかんねえやな! だいたい楠、オメエ声がでけえんだよ! まあおかげでこの場所が分かったがよお、で? どうするかや? 駄弁ってる時間はなさそうだがよ」

 

  振り返った椹に合わせて、楠と桐も永遠亭の外へと目を向ける。ずらりと並んだ兎の耳に反吐が出そうだった。桐は大太刀を肩に担ぎ、楠は大きく両腕を揺らし、椹は両手の拳を鳴らす。

 

「はっは、ここは、盗賊たるもの名乗らなきゃよ! 子分たちにも示しがつかねえ!」

「子分? 勘弁しろよクソ、また面倒そうなことを。おい桐、どさくさに紛れてコイツ斬ろうぜ」

「それは大大大賛成ですけど、私斬るのは苦手なもので」

 

  輝夜の前に三人の背が揺れる。それはまるで千三百年前の光景の焼き写し。あの時は地に転がり寝息を立てていた者たちが、血に体を染めながら立っている。千年越しの技を持ち、月軍を撃滅せんと立つ武士。かつて平城京で最強と謳われた十人のうち三人が、月の登った大地に立つ。

 

「貴方たちは」

 

  輝夜の呟きは幻想郷の総意。招かれざる来訪者。てゐも妹紅も同じ疑問を持ってその背を見る。三人の男が足を出すごとに月兎の足が僅かに下がった。

 

  ──何者だ?

 

  その答えはすぐに分かる。

 

「平城十傑、北条家第百三十七代目当主、北条(ほうじょう) (くすのき)

「平城十傑、五辻家第七十八代目当主、五辻(いつつじ) (きり)

「平城十傑、袴垂家第九十二代目当主、袴垂(はかまだれ) (さわら)

 

  長い長い夜が幕を開ける。竹取物語の続きが始まった。

 

 

 

 




北条 五辻 袴垂 足利 坊門 第三夜 夜に続く。

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