「あっぢい……」
低く呻く声と共に、炎のように熱い吐息と、背中を覆っていた体が離れました。
私はノロノロと肘をつき、体を半分だけ起こします。
最中も、呼吸を整え余韻に浸っていたついさっきも、彼の汗が私の背中や顔に雨のように──は、言いすぎですが、適切な言葉が見つからないです──滴っていました。
体を重ねて幾度か。
彼がここまで汗をかくことはなかったので、様子を見ようと思ったのです。
「凄い汗」
あぐらをかいて座る彼の砂嵐のような濃い肌は、左半身に無惨に残る火傷痕を除いて汗が吹き出し流れていて、日差しを照りつけたような白に近い砂色の髪も、汗でしっとりと濡れていました。
目元を覆う髪を掻き上げる彼に、私は声をかけます。
「大丈夫ですか?」
「ああ」
体を起こすと、サイドテーブルに備えてあるタオルを手にとって彼に渡しました。
「悪い」
「いえ」
受け取ったタオルで、彼は顔と頭を拭き始めました。
私はといえば、体を起こしたついでにトイレに行って用を済ませ、サイドテーブルにおいてあるポットのお水を、備え付けのカップに注いで彼に渡しました。
もちろん、私の分も用意してベッドに戻ります。
彼は、首にタオルをかけて水を一口飲むと、一息つけたようでした。
「空調のあるこの部屋で良かったわ。いつもの下層の部屋だったら熱中症でロストしてたぞ絶対」
「空調があるとはいえ暑い中、わざわざやらなければいいだけの話では?」
「気分転換と排泄欲求は抑えられんかったわ」
「それで命の危機になるのは、どうかと思うんですけど」
「……何かもう、それもありじゃね」
ありじゃねじゃありませんよ、何言ってるんだか。
このヒト、私よりも年上の大人で、社会経験が裏表共に豊富で、頭も私より良いはずなのに、ごくごく稀にアホっぽい言動をします。
こんなこと、死んでも言えませんけどね。
彼とは昔、こことは別のモザイク街の最下層で、同じストリートギャングに所属していた昔馴染みです。
しかし現在は、彼は債権者で、私は債務者。
おまけに債権者は、世界にネットワークを張り巡らせる悪名高いフラタニティにお勤めです。
ですから、私の現在の立場は大変に弱く、借金をキチンと完済するまでは、彼と彼の組織の地雷を踏まぬよう、忍耐と努力の日々を送っているのが現状だったりします。
この状況も、その一環です。
「こんな暑い日は、涼しいお部屋でお昼寝するのが一番ですよ。あのPTですら、日没までは不要な外出は控えるようにってお触れを出すくらいだし」
お水を飲みながら言うと、彼はこちらを見ました。
「ここだけじゃなくて、この周辺のPTも軒並みそんな感じだって聞いたわ」
「ライズさんの所も、そうなってるってフェローカードで言っていました」
「あの連中とまだ繋がってんの」
「今でも定期的にやり取りしていますよ」
「ふーん。いいんじゃない」
彼は右腕をベッドにつき、体重を乗せます。
「信頼できる人脈(コネ)は、資源と同じくらい大事な財産だ。持ち物の少ないお前にとっちゃ資源度八クラスのレア物と同等。大切にしろよ」
そう言って彼は再び水を飲みました。
今年の夏は、超古代でいう『酷暑』だそうで、私が所属するPT周辺の気温は、連日五十度を越える日々が続いておりました。
酷暑の影響で熱中症のヒトが続出する中、PTの上層部は人的資源を守るべく、昼の屋外の活動を自粛するお触れをだし、貢献活動も正午から日没までは基本禁止、午前中と日没から夜の十一時までとしました。
もちろん、モザイク街にも影響は出ていて、比較的日当たりのよい上層や中層はもちろん、ほぼ日陰の下層や最下層ですらも、あまりの暑さに太陽が出ている時間帯は店を閉めている所も多く、空調がない家では外で寝ている人もいるのだとか。
「街中の気温が、例年より十度以上上回っている時点で異常だからな。ぶっちゃけ昼間は商売にならんよ」
再び吹き出す汗を拭いながら彼は言います。新陳代謝は良いものの、左半身の火傷のせいで発汗が限られる彼にとって、この夏は中々しんどいものになっているようです。
「さて、持ってきた仕事を片しますかねと」
「お昼寝しないんですか?」
「終わってからにする」
水を飲み干して体を起こす彼に、私は座っている場所を譲る形で壁際へと移動します。
私は、彼がフラタニティでどんな仕事をしているか知りません。
一度聞いたことはありますが、素っ気なく断られ教えてくれませんでした。
「それよりいいのか?」
「何がですか?」
ベッドの端へ移動しつつ彼は目線をテーブルに、私の端末に向けます。
「鳴ってたろ」
あ!
最中に着信が来ていたことを思い出したのです。
思わず身を乗り出す私に、彼は手で制すると、テーブルから私の端末を取り上げて渡しました。
「ありがとうございます」
仕事以外では滅多に鳴らない着信音。
緊急の呼び出しだったら大変です。
しかし、着信履歴をみてホッと息を吐き出しました。
「良かった。呼び出しじゃなかったです」
「そ」
「オンシャからの迷惑インフォでした」
「何だよそれ。……ああそうか、今日は『運動』の告知日か」
「そうです」
私はカップをサイドテーブルに置くと、うつ伏せにゴロリと寝転がりました。
枕を胸元に当て、両肘をついて端末を操作します。
何となく、彼の勤め先からの『運動』の告知文を読み上げてみました。
「「貢献促進運動 其ノ五」開催」
続きを読み上げようとして、早速読めない文字に突き当たりました。
いえ、何となく予想はできるのですが、自信がイマイチありません。
「トト」
仕事用でない彼の名前を呼びます。
「何」
「これ」
体を捻ってこちらを向く彼に、私は端末の画面を見せて指を差します。
「読み、ケイサツ、でいいんですか?」
「ああ。それに続く警官は赤服と思って問題ない」
「何で赤服にしないんでしょう」
「知らんよ」
彼は素っ気なく言って、体の向きを戻しました。
「警察力を行使するとき、幸福を感じない警官がいるだろうか?」
……次のこれ、何て読むんでしょう。
彼の腰を軽くつつきます。
「何だよ」
「これです」
再び体を捻ってこちらを向く彼に、私は端末の画面を見せて指を差します。
彼は目を細め、そして体勢を戻しました。
「りゃくだつしゃ」
「これで?」
「ああ。お前の思う略奪と意味合いは同じだ」
「ありがとうございます。でも、何でこの字を使ってるんでしょう」
「んなの後で自分で調べろよ」
それもそうですね。
自力で調べるのも、また勉強です。
「わかりました。……掠奪者は、諸君の幸福に捧げられた、ニエ?」
「ああ」
「贄である。
法と武力で掠奪者を撲滅する、幸福の警官たれ」
言いつつ首をかしげます。
……幸福の警官って、何?
足をパタパタ動かして続きを読みます。
「フラタニティは、咎人たちに問う。
アブダクターが奪っていくのは、市民だけか。
否。
彼らは奪う、我らPTの正義を、名誉を、正しきウィルオーを」
電気っぽいと言われているウィルオーに、正しいとか間違いとかいう基準があるとは。
私の咎人歴は八年ほどになりますが、まだまだ知らないことがいっぱいです。
どうにか最後まで読み上げ、パタパタ動かしていた足を止めました。
体を拭き終え、タオルをたらいに放り投げる彼の背を見ます。
「あの」
「ん?」
「この文章書いたヒト、書いている最中おクスリか何かをキメていたんですか?」
「は?」
「そうでなかったら、よほどお疲れで変な脳内麻薬が出ていたとしか考えられない文章なんですけど」
彼は視線をこちらに向けることなく、下着を履きました。
「知らねーよ。まあもしかしたら、徹夜明けでハイになっていた可能性はあるかもだけどな」
「ふーん」
「何だよ。ヘイシャの広報が作成した渾身の檄文に、何かもの申したいわけ?」
「うーん。あ、でも、今回は褒賞は豪華だなって思ってますよ。前回はしょっぱ過ぎましたからね」
そう言うと、彼はこちらに体ごと向けて、寝転ぶ私を見下ろしました。
「債務者のくせに何で上から目線なんだよ。それで、今回の褒賞って」
「超電導廃コイル:超精度です」
「ほお。資源度八、GDPP八十のレア物じゃん。良かったな、頑張って数稼いで借金の足しにしてくれ」
言われずともそうしますとも。
「それで、もの申したいことって何」
「……えっと」
私は説明をします。
毎度毎度、一番大事な情報を後回しにして、難しい言葉と難しい言い回しの文章を書いてくるフラタニティ主催のイベント告知。
もちろん、この文章を書く理由はわかっていました。
これはイベント告知であると同時に、ゲキブンも兼ねているから。
別のPTに所属する、チュウニ病な知人の言葉を借りるなら、皆をアビキョーカンのいさかいへと駆り立てる卑劣でジャアク極まりないジュモンなのです。
そして、私はそれを見るたびに冷めた気持ちになっていました。
上から目線の、小難しい言い回しの言葉の羅列に良い感情など浮かぶはずもなく。
「ぶっちゃけ、前の文章いらないですよね」
「それがないと檄文にならないだろ」
「そうですけど、もっとこう、私がすんなり読めるくらいの分かりやすい文章だといいなって」
すると、彼はため息をつきました。
「どんだけレベル下げなきゃなんないの。外に要求する前に、お前自身も勉強しなさいよ」
私に背を向け、ズボンを手に取って言う彼の正論に、思わず黙りました。
いつものことですが、痛いところを突いてきます。
「そうだ」
ズボンを履く彼がふと、こちらを見ました。
「だったらお前の言う、わかりやすい檄文とやらを書いて見せてくれよ」
「え。何でですか?」
「何でですかじゃねえよ。言うだけ言って代案出せないの?」
すると、彼の作り物じみた顔──ただしキズモノです──が動き、とても分かりやすく軽蔑の表情が浮かびました。
「サイテーだな」
こ、このっ!
その表情と声に、私の中の負けず嫌いに火がつきました。
「わかりましたよ!」
思わず体を起こし、立場を忘れて声を上げました。
「書けばいいんでしょ、書けば──」
彼の冷たく刃物のような眼光に見据えられ、私の負けず嫌いと自棄っぱちな気持ちは一気に沈静化。
キチンと正座をし、両手をベッドについて、丁寧に頭を下げます。
「是非書かせてください。お願いします」
「はい、じゃあ頑張って。俺はやりかけの仕事片すから、それまでに書いとけよ」
「……書けなかった時は?」
「その叩き甲斐のある尻をひっぱたく」
彼は派手なシャツを肩に羽織って立ち上がり、思わずお尻を庇う私を無表情で見ます。
「泣くまでやめないからな」
そう言うと椅子に腰を下ろし、テーブルに向かって仕事の準備を始めました。
大変なことになりました。
私もすぐに文章を考えなければ。
そうして、数文字書いては消し、書いては消しを繰り返し。
中々良い文章が思い浮かばず、正座を崩して座りかたを変えてみたり、寝そべってみたり、ゴロゴロしてみたりしましたが全く思い浮かびません。
マズイです。
頭を悩ませつつ、ふと気づきます。
きっと彼の勤務先の広報さんも、こんな苦しみを味わっているのだと。
確かに、思い詰めておクスリをキメたくなるでしょうし、考え抜いた末に徹夜明けでハイにもなりましょう。
でも、誰にもわかりやすくて、イベントに参加したくなる文章って──。
『ミーティ』
深い深い記憶の底からの声。
その声が、私の意識を記憶の世界へと誘います。
私に呼び掛けるその声は、私が生活していたストリートギャングのリーダーの情婦にして、ギャングの家を守る女主人。
そして、私の命の恩人にして、今なお憧れの女性の一人、ロッテです。
「ミーティ。貴方もいずれこの仕事をすることになると思うから、今から内容とやり方を教えるね」
彼女は私を横に座らせて、濃い砂嵐の色の肌に映える、鮮やかなウィルオー色の目を私に向けました。
「覚えられるかな?」
「今日はどんな仕事か見ているだけでいいわ。今後もあるから、お手伝いをしながら少しずつ覚えてちょうだい」
不安を訴える私に、安心させるように彼女は笑いました。
顔にかかった夜空の色をした髪を耳にかけ、その人差し指をピッと立てます。
「いいことミーティ。ここに住んでいるヒトたちはね、生まれも育った環境も知識も、みんなバラバラなの。どちらかと言えば、文字の読み書きを満足にできないヒトが多いわ。そんなヒトたちに本当に何かを伝えたいのなら、そんなヒトたちに寄り添う、分かりやすい言葉で文章を書くのよ」
そう言ってキーボードで文章を打つ彼女。
何もない空間に明るく表示される、彼女の書いていた文章は──。
私の脳裏に閃光が走り、記憶の縁から一気に現実へと戻りました。
これ、これですよ!
ロッテの書いていた文章こそが、私の求める文章です。
彼女の書いていた文章をどうにか思い出しながら、私は端末に文字を打ち始めるのでした。
◆
「できましたよ!」
私は端末をお仕事中の彼に見せ、胸を張ります。
ついに完成しました!
しかも我ながら会心のできばえ。
ええ、きっと彼も驚くはずです。
そんな彼はと言えば、目線だけをこちらに向け私を無表情に見ました。
「何突然、マッパで喚いてんの」
「乗せるだけ乗せて、梯子はずすのやめて下さい」
誰のせいでこんなことになったと思ってるんですか。
確かに、半分くらいは私のせいですけど、けど! それはそれです。
彼は面倒臭そうにはいはいと言いながら、片手を差し出します。
「これ終わったら見るから、体拭いて着替えろ。体冷やすぞ」
「わかりました」
彼に端末を手渡し、さっそく体を拭く準備を始めます。
今でこそ丁度良いくらいの体感温度ですが、空調がガンガンに効いているわけですから、体が冷えるのも時間の問題でしょう。
体を拭き終えたと同じくらいに、彼も仕事を終わらせ、私の端末を手にとっていました。
「……ロックか」
「あ、じゃあはずします」
「いい。こっちではずす。さっさとパンツぐらい履け」
はずすって、どうやって?
彼はフラタニティの皆さんが着けている手袋を右手にはめ、画面に指を滑らせます。
取り急ぎ、パンツを履いてタンクトップを来て、改めて彼に顔をむけました。
「あの、ロックをはずすってどうやって──」
「あのおから蒸しパンに、ミルククリームがぎっしりつまったクリーム蒸しパン、個数限定で絶賛発売中」
え。
「濃厚なミルクの風味とバニラの豊かな香り。そして、歯に染みわたる強烈な甘さは、甘党さんの舌と心をギュッと掴んで離しません。甘党女子なら是非、レッツチャレンジしてみて」
ちょっ!
「何見てんですか!」
「ブラウザ履歴から、お前が直近で見たサイト」
ぬけぬけと即答する彼に、思わず絶句。
どんな手段かは知りませんが、彼はロックを解除したどころか、勝手に操作して私のプライバシーを覗き見ていたのです。
すると、彼は小バカにしたような吐息をひとつつきました。
「歯に染みわたる甘さって何だよ。知覚過敏かよ」
「見る気ないなら返してください!」
恥ずかしくなって端末を取り返そうと、身を乗り出し手を伸ばしますが、彼はすかさず右腕を伸ばして端末を私から引き離し、左手は私の胸を鷲掴みました。
「わかったわかった。見るよ見る見る。今すぐな」
「お願いします。それと、手を離してください」
すると、彼は自分の左手に視線を向け、そして再び私に視線を戻しました。
「ワザとじゃねえからな。お前の動きを止めようとして──」
「だったら揉んでないで、さっさと離してくださいよ」
「はいはい」
彼はあっさり手を離しました。
全く。
彼に背を向け、半ズボンを手に取ろうとして、
「寝たら一口、起きたら揉めるお手頃サイズ」
呟く彼を勇気をもって睨みつけ、睨み返される前に背を向けました。
蹴りたいな、ああ蹴りたいな、蹴りたいな。
でも、実行に移すのはやめました。
彼は幸運です。
私が、優しくて善良な、借金持ちの二級市民でなかったらどうなっていたことやら。
ええ、本当にやったら何十倍にもなって返ってくるからとか、私が泣くまで嬉々としていじめ抜くからとか、怒った彼が洒落にならないほど怖いからとか、そんな理由ではありませんからね。
半ズボンを履き、濡れたタオルとたらいを片付けようとした時でした。
「ミーティさんよ」
「はい、何ですか」
愛称で呼ぶ彼に、さっきの怒りと呆れを混ぜた声で応えます。
「こりゃ何だ」
「何って、私の会心のゲキブンですよ」
振り向き腰に手を当てます。
ええ、無い知恵絞って頑張って書きましたとも。
すると、彼はおもむろに立ち上がり、ベッドにやって来て腰を下ろしました。
そして、右手でベッドを軽く叩きます。
「座れ」
「え」
「いいから座れ」
逆らう理由もないので、とりあえず彼の右隣に座ります。
と、彼は私の端末を差し出しました。
「読んで」
「はい?」
「お前の書いた会心の檄文を声に出して読めと言っている」
静かながら有無を言わさぬ声の調子に戸惑いつつ、私は画面に表示された文章を読み上げ始めました。
「えー、「貢献活動促進運動 其ノ五」開催のお知らせ。
暑さますます厳しき折から、お変わりなくお過ごしでしょうか。
日頃、咎人、二級市民の皆様には通商信託結社フラタニティへのご理解、ご協力を賜り心より御礼申し上げます。
さて、今回も灼熱の太陽の下「貢献活動促進運動 其ノ五」を開催いたします。
前回にも増して楽しいイベントになっております。
また、今月の褒賞は皆様お待ちかね「ダンパー:αT型中制動」をご用意させていただきました!
「どなたでも気軽に参加できる貢献活動」です。
ご友人、仲間の皆さんとお誘いあわせの上、多くの方のご参加をお待ちしております!」
最後までちゃんと読み上げ、自信をもって彼を見ます。
「どうです? 読みも言い回しも小難しいゲキブンより、よっぽど親しみがあって分かりやすいでしょう」
「ダメだろう」
「え?」
「え、じゃねえよ。この地区会イベントの告知っぽいテキストは何だ」
おお。
私は思わず端末をギュッと握りしめます。
「鋭いですね。そうです、その通り。子供の頃、ロッテが地区のイベント担当になった時にお手伝いしたことを思い出しまして。あの告知の文章って、誰にでも分かりやすい文章を意識したものだから、これだ! ってあいたっ!」
私は額を押さえて俯きました。
あろうことか、彼は私の端末を即座にとりあげると、その角で額を小突いたのです。
「痛いじゃないですか」
「このバカ。ゴ近所のミナサマとの交流を兼ねたボッカテキなイベントじゃねーんだぞ。戦争だぞ。奪い合いの殺し合いだぞ。ビビって腰の引けてる連中を、高みから危機感と正義感煽って行動を促してなんぼだろうが」
「煽れませんか?」
「じゃあ聞くけど、これを見て煽られるやついると思うか?」
ちょっと考え、そして頷きます。
「私は行きますよ。ダンパー欲しいですしっ!」
彼は表情なく再び端末の角で、私の額を小突きました。
またしても!
額を押さえ、非難をこめて彼を見つめましたが、全然堪えた様子はありませんでした。
「意地汚いやつめ。しかも何勝手に褒賞変えてんだよ。図々しい」
「本当はWill'Oエンジン:RR乙型にしたかっあいた!」
「そんなのこっちが欲しいわ。むしろよこせ」
一生懸命考えたのに、この扱いです。
酷い話じゃありませんか。
理不尽じゃありませんか。
痛みと嘆きは拗ねへと変換し、
「ど、どーせね」
ささくれた気持ちが口からこぼれました。
「どーせ、何をどう書こうが、行く人は言わなくても勝手に行くし、行かない人は何を言っても行かなっ!」
無言で再び小突いた彼は、体を私の方に向けました。
「その狭間にいる大多数の中間層をその気にさせて、ドンパチやらせて、資源を回してウィルオーを大量獲得させるのが目的なんだよ。なけなしの理想と義憤と、有り余る帰属意識と承認欲求をつついて、いかに多くの連中をその気にさせるかが肝なの。適当な褒賞と言葉ひとつで命懸けの危険な仕事してくれるんだ。チョロいもんだろ?」
そして私の端末を持ったまま腕を組みます。
「何事もコストは低くパフォーマンスは高く。せっかくだから覚えて帰れ」
「……はい」
額を撫でつつ私は頷き、そして顔を上げます。
「じゃあ今回はともかく、今までの褒賞がしょっぱかったのは認めるんですね」
「……まあな」
彼は腕をほどき、肩を落としました。
「一番最初の褒賞がスラスターボードの時は、さすがに上司も含めて皆で同情したよ。中には勇気を奮って本部に上申しようか悩んでいたやつもいたくらいだし」
「はあ」
頭を掻きつつ、彼は言葉を続けます。
「くっせぇ檄文もそうだけど、あのボスとオッパイの茶番を見届けて、テキストと画像起こして広報打つ連中も大変だと思うよ。お勤めとはいえ、ホントよーやるわ」
そう言いますが、私には彼の職場の状況がさっぱり想像つきませんでした。
ただわかっていることは、
「大変ならやめればいいのに。PTと違って、そこら辺は融通がきくんじゃありませんか?」
すると、彼は再びため息をつきました。
「それを幹部連中に進言できる勇者、ヘイシャにはいねーよ。引退した大幹部にすら頭上がらねーんだから」
「契約だけは一人前の、上下関係とメンツにこだわるタイイクカイケー組織の限界ってやつですか」
「……お前、それ意味わかって言ってんの?」
疑わしげに眉をひそめる彼に、大人しくしていた私の中の負けず嫌いが、むくりと頭をもたげました。
「もちろん!」
途端、薄い黄色の目に睨まれて、負けず嫌いと見栄は一瞬にして粉微塵に。
居たたまれなくなってうつむき、正直に答えました。
「何となくです」
「何となくかよ。ノリと負けず嫌いで物言うのやめろ」
彼は呆れた口調で言い、端末を私に返しました。
そして彼は大きく欠伸をし、ベッドの奥へと移動します。
「お昼寝ですか」
「ああ。まだ時間あるしな」
言いながら、彼は後ろから私の体を抱き込んで横になりました。
もちろん、私も横にならざるを得ません。
さらには足すらも絡ませてきたので、密着度が半端ないです。
「あの、暑いし重いんですけど」
「ああ、確かにお前の言うとおり、涼しい部屋での昼寝はいいもんだな。最高だな」
私の言葉を無視し、語尾に欠伸をつけて言う彼。
あーそうですか、それは良かったですねー。
だったら大人しく寝ればいいのに、何故か彼の手は、私のタンクトップの中に滑り込んで体を触り始めます。
「寝るんじゃないんですか」
「寝るよ」
「だったら何で胸揉んでるんですか。大人しくさっさと寝てくださいよ」
「寝たら大人しくする」
ご自分でアホなこと言ってるってわかってるんですかね。
耳元で返す言葉も大分眠そうで、頭の回転もほとんど止まりかけているのでしょう。
私は小さくため息をつき、私を枕か毛布がわりにしている彼に声をかけます。
「じゃあ、おやすみなさい」
「おやすみ」
そう言ってからも、彼の手はしばらく私の体をまさぐっていましたが、やがてその動きは緩慢になり、そして止まりました。
抱える腕の力が弱まり、静かに寝息をたてる彼に、私はようやく一息つけました。
やっと寝ましたか、全く。
昔馴染みの彼は、子供の頃から睡眠障害を患っています。
そして、おクスリに頼れない彼は、私を枕か毛布代わりにすることで安眠を得ていました。
私が最下層を去り、十年ぶりにこのモザイク街で偶然再会し、諸々あってこんな関係になっていますが、私の役割は、欲求の捌け口としての役割が追加されただけで、どうやら変わっていないようです。
彼は本当に怖くて酷いヒトで、でもなんやかんやで絆されている私自身が一番酷いと思います。
本当に何やってるんだろう。
自己嫌悪に駆られ、それを振り切るように目を閉じます。
彼が一人でも安心して眠れるようになりますようにと、子供の頃から願っています。
それが叶わないのなら、せめて、私以外に枕や毛布のかわりになるヒトと出会えるといいなと思っています。
もしかしたら、私が知らないだけで代わりのヒトはもういるのかもしれません。
そうでなければ、私がいなかった十年をどのように乗り越えたのか説明がつきませんから。
そう思って、正体不明の身を切られるような寂しさと、胸をえぐるような辛さに身が縮こまります。
でも、それでもいいと断言できます。
そうしなければ、私が死んだ時、彼はこの厳しく冷たい世界で、どこにも安心して眠れる場所がなくなってしまうから。
私は生きて帰ることを最優先に戦っていますが、それでも、どんなに頑張っても死ぬときは死ぬのだと、物心ついたときから今までの経験でわかっているからです。
私の中にあるわずかなウィルオーは、私の願いを届けているのでしょうか。
仮に届けているとしたら、誰に。
暗闇のなか、私の問いかけに答えてくれる存在は誰もいないのでした。
◆
二ヶ月後、酷暑はすっかり過去のものとなり、朝晩は防寒具が必要なほど冷え込む時期となりました。
そしてこの地域では、一年を通して曇り、もしくは雨が降る日が一番多い時期でもあります。
今日もそうで、雨が降ったりやんだりの不安定な天気となっていました。
「すいません。離れてくださいな」
あの酷暑以降、すっかり定番となったこのお部屋。
ベッドの上、私に突っ伏したまま動かない彼に声をかけます。
「何で」
「さっき端末鳴っていたから確認しないと」
「……どーせ、何かの告知だろ。お前に呼び出しかかるような動き、最近はないし、お前を呼び出すようなオトコもオトモダチもいないし」
耳元で囁くように言う彼に、思わず口がへの字に曲がりました。
事実その通りですが、改めて言われるとムカつきます。
余計なお世話というものです。
ともかく、PTからの呼び出しの可能性は否定できません。
私は無理やり体を動かします。
「いいからどいてください」
無言で動く濃い色の体を抜け出し、ベッドから体を起こすと、椅子に放り投げた状態の上着に手を伸ばしました。
「あー、このまま寝たい」
「寝ればいいじゃないですか。持ち込んだ仕事あるんですか」
「ない」
「それじゃ、おやすみなさい」
背後の彼に顔を向けることなく、上着の内ポケットから端末を取り出してロックをはずし、着信履歴を確認します。
わかってはいましたが、やはり呼び出しではなく、フラタニティのいつもの運動の告知でした。
まずは一安心。
続けて内容を確認するため項目をタッチします。
さてさて、今日はどんな煽り文句を書いているのでしょう。
貢献促進運動 其ノ八
褒賞:純Will'O:十K
対象:「個人戦闘技術序列[総合]」TOP十位入賞者が所属するPTの咎人全員
期間:十月十六日十二時 ~ 十月二十九日十一時まで
……あれ?
あまりの短さに面食らいます。
読み込み、できていないのでしょうか。
再読み込みのアイコンを押すと、一瞬黒い画面になり、再び先程の文章が出てきました。
思わず画面を見つめます。
どこをどう見ても、このシンプルすぎる文章です。
いつもの、あの謎の上から目線の文章はどこへ行ってしまったのでしょう。
「なあ」
「何ですか。寝ないんですか」
「寝るよ。ヘイシャ主催の運動の告知だったろ」
「ええ、そうですよ。ちょっかい出してないで寝てください」
私のお尻を、指でつついたり撫でたりする彼に適当に応えます。
今は彼のことはどうでもよくて、彼のお勤め先に思いを馳せます。
何があったのでしょう。
まさか、音に聞く『粛清』というものでしょうか。
フラタニティは、致命的な失敗や裏切りをした際、何故かその関係者が事故死したり、突然急病で亡くなったりすることが多いと、噂レベルで聞くことが度々あります。
……広報のヒト、何かやらかしちゃったんでしょうか。
真実を知る術は当然なく、背後で性懲りもなくちょっかいを出す彼に聞く気にもなれず。
私の所属するPTは、言うまでもなくえげつない組織ですが、フラタニティもまた、ろくでもない組織のようです。
本当に嫌な世の中ですね。
と、背後でヒトの動く気配がしたと思った瞬間、私の背中にヒトがのし掛かりました。
「あの、重いんですけど」
「俺は楽だ」
そんなことは聞いていませんよ。
私の左肩に顔を乗せて言う彼は、背後から手を回して私の右手を掴むと、端末の画面を自分の方に向けました。
「……おっと、ずいぶんと景気良くいったな。スッキリしたもんだ。余計なものカットするだけで、印象って変わるんだな」
髪の毛を切ったヒトへの感想のようなことをいう彼に、念のためたずねることにしました。
「何で突然こんなのことになったので?」
「んなこと知らん」
やっぱり知りませんか。
「実用と合理の結晶のようなテキストじゃん。俺はこっちのがいい」
「……何か、素っ気ないですけどね」
「ゆとりとムダを省くとこうなるわな。けどお前、前に檄文いらねえって言ってたろ」
「そうですけど」
確かに以前はそう言いました。
しかし、実際に無くなるとは思っていなかったし、そしてなくなったものを見て、ちょっと残念と思ったのです。
「何気にあの文章に色々突っ込むの、楽しみにしていたんですけどね」
「性格の悪い楽しみ方してたのな」
自覚はしていましたが、このヒトにだけは言われたくはありませんでした。
もちろん、口に出すようなことはしません。
彼は大きく欠伸をしました。
「ま、頑張れ。前にも言ったが、純Will'Oは借金返済の対象外資源だ。別のものでキチンと払ってくれや」
そう言うやいなや、彼は私の端末を取り上げてテーブルへ放り投げると、私を押し倒しました。
そしてあっという間に布団が被さり、彼の腕と足が絡まって、私はいつもの抱き枕状態になりました。
「あの」
「何」
再び欠伸をしながら答える彼に、私は半ば諦めた気持ちで声をかけます。
「一人で寝れるようになろうとは思いませんか」
「思ってるよ。いつかなるって」
子供の頃からそう言ってきて、何年経ったことでしょう。
私の思いを知らない彼は、しばらく私の体の形をなぞるように触り、やがて大きく息を吐き出しました。
「おやすみ」
「……おやすみなさい」
私が死ぬのが先か、彼が一人で寝れるようになるのが先か。
薄暗い中に見える質素な天井に向かって、私は小さくため息をつくのでした。
<酷暑の日の二人 終わり>
最後までご覧頂きまして、ありがとうございます。
いつものことではありますが、誤字、脱字、言い回し等に変更があった場合は、都度手を入れさせていただきます。
痛恨のミスをしました。
なんと、このお話に次の話を上書き保存してしまい、さらに後書きすらも消してしまうというミスをしてしまいました。
本文自体は手元にあったバックアップから復帰させましたが、後書きが見当たらず、改めて書き直しました。
何と言うか、申し訳ありません。
そのため、手短ではありますが、今回の作品に当たっての捕捉を記しておきます。
まず、この物語において酷暑という気候と、それに伴う貢献活動の自粛については、この物語のための捏造です。
もしかしたら、この世界の人々は、五十度や六十度の気温でも、元気一杯動ける心と体をお持ちかもしれませんが、この物語においては普通の人間レベルとして扱っています。
そして、作品中に出てきましたフラタニティの『運動』の告知文につきましては、以下のサイトから文章を抜粋させて頂きました。
tps://www.jp.playstation.com/op/freedomwars/playersinfo/2014/08/campaign017.html
tps://www.jp.playstation.com/op/freedomwars/playersinfo/2014/10/campaign034.html
問題がある場合は、都度対応させていただきます。
フリーダムウォーズという世界観を借りつつ、他愛のない男女の話で文章を書く練習をしよう、というのが目的のこのシリーズ、短編を書くつもりが何故か中編となってしまっており、しかも次回は前後編となっている始末。
短編、書くの難しいですね。
こんな感じのお話でよろしければ、また時間のある時に覗きに来ていただければと思います。
それでは、また。
小栗チカ