連れ込み宿の一室にて   作:小栗チカ

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■前回のあらすじ
借金持ちで、人生が上手くいっていない感じの二級市民が、髪の毛が無精に伸びてしまった黒服の借金取りに、昔習っていた理髪のスキルを見込まれ、彼の頭を丸刈りにすることになりました。
万が一失敗して虎刈りにしてしまった場合、彼女には屈辱のイベントが待ち受けています。
彼女は無事に彼の頭をキレイな丸刈りにし、屈辱のイベントを回避することが出来るのでしょうか。



雨の日の二人 後編

一週間後。

天気は、久しぶりの清々しい快晴。

外でのんびりと、つかの間の平和な一時を過ごしたくなるような陽気です。

なのに私ときたら、午前中の貢献活動を終えた後、モザイク街で昼食を食べ、その足で太陽の光とは無縁の、いつもの憂鬱なお宿へと向かう有り様。

自分の立場の弱さが切ないです。

 

時間通りについたお宿には、既に彼がいました。

私服かと思いきや、いつもの黒服。

何でも、飛び込みで仕事が入ったとかで、午前中のお休みは潰れたそうです。

いつもの仕打ちを考えれば、内心で笑ってやるところですが、睡眠障害を抱える彼にはしっかり休んで欲しいと思う昔馴染み心。

……ホントに何とかなりませんかね。

 

「一通り用意した」

 

そう言って彼は、テーブルに理髪道具を並べました。

モノと状態の良さから新品の高級品かと思いきや、彼のツテとコネとカネと目利きの賜物である中古品とのこと。

その中で私の目を引いたのは、今時珍しい直刃の肉厚なカミソリでした。

手入れも扱いも楽な電動がほぼ主流。

何事も手間のかかる、鋼材で直刃のカミソリは珍しい品物です。

思わず手に取り眺めます。

 

「これは電気じゃないんですね」

「ああ。さすがにバリカンは電動にしたけど、お前、ウィルオー製品よりコテン的なモノの方が相性良いだろ」

 

顔をあげると、こちらを表情なく見ている彼と視線が合いました。

 

「刃物の扱い自体、種類問わず得意だったしな」

「最近は触ってませんけどね」

 

火と刃物を正しく取り扱えて一人前。

子供の頃にそのように言われた私は、一人前の響きに憧れて熱心に勉強したものです。

その習慣から、体は勝手に刃の状態をすかさずチェック。

あ、研ぎ師さんにやってもらったようですね。

完璧な研ぎ具合。

 

「叔父がこんな感じのを使ってました」

「そういや、叔父貴殿は髭面だったな。直刃使いだったのか」

「ええ。何か道具にも異様にこだわってましたよ」

「その手の愛好家がいると聞いたことはあるけど、お高い道楽だ」

 

髭剃り道具を含めた叔父遺品は、全てPTに回収され、私の手元に残ったのは叔父のアクセサリだけでした。

そのアクセサリも一年以上前に回収され、叔父が世界(ここ)にいた証は、最早ユートペディアに残されたデータと、叔父と関わった今生きているヒトたちの記憶のみです。

しんみりしそうになったその時、テーブルの上で、小さな体をピカリと光らせ自己主張する毛抜きの姿を発見しました。

見なかったことにしました。

 

「さて、時間も限られている。さっさと始めるとしよう」

「ええ」

 

毛抜きを手にしてカチカチ動かしながら言う彼に、私は頷いてそれを取り上げテーブルに置きました。

嫌なヒトです。

シートを床に敷き、上着を脱いで椅子に座る彼にタオルとケープを着け、髪と頭の状態を確認します。

そして、櫛とアタッチメントを装着したバリカンを手に持ちスイッチオン。

静かな、しかし刈る気満々のモーター音と振動が頼もしいです。

そして、彼に向き直りました。

 

「ではいきますよ」

「はい、よろしくね」

 

彼の前髪を一房持ち上げ、バリカンを地肌にあてます。

トラ刈りにならないためのコツは、ゆっくり少しずつこまめにやること。

セルガーデンでちゃんと復習してきましたとも。

動画と過去の記憶を元に、少しずつ慎重に丁寧に作業を進め、第一段階である九ミリの丸刈りができました。

トラ刈りになることなく、中々の仕上がり。

ここまでの工程は順調と言えましょう。

 

「トト、とりあえず九ミリまで」

 

顔をのぞきこみながら声をかけましたが、彼は寝ていました。

どうりで作業中静かだったわけです。

しかしですよ。

ヒトって、本当に髪型で印象って変わるものなのですね。

さっきまでの女性に受けそうな印象から一転、男性的な側面が強くなり活動的な雰囲気に。

それに、火傷痕やら整った顔の輪郭やら造りやらがはっきりしたことで、威圧感と凄味が増したような気がします。

……何かもう、この辺でいいのでは?

彼の意見を聞こうと、彼を起こそうとした時でした。

 

『ミーティ』

 

深い深い記憶の底からの声。

その声が、私の意識を記憶の世界へと誘います。

私に呼び掛けるその声は、ブレイズにした髪を一つにまとめ、カラフルなヘアバンドと服を着たウーゴのものです。

 

「いいか、ミーティ。理髪師は見た目と心を整える仕事だ」

 

腰に手をあて、元気で陽気な表情を絶やさない日焼けした顔を、生真面目にして言いました。

 

「見た目は他人だけじゃなく、自分自身にも影響を与える。例えばコイツ」

 

そう言って見るのは、練習台になっているトトです。

彼自身は、昼の仕事で疲れていたのか、椅子に座ったまま眠っていました。

 

「この火傷痕、消すには上層(うえ)に行って信頼できる技師を探して、たくさんのカネかモノが必要になる。でも、ここに住んでいる連中にそんなもんはねえ。じゃあどうするか」

「……隠す?」

「それが普通だよな」

 

私の言葉に彼は頷き、そして腕を組みます。

 

「でもな、隠すってことは、それが負い目になってるってことだ。悪いことしてねぇのに、人目気にしてコソコソすんのは息苦しいだろ。そういう気持ちは外面にもはっきり出る。俺はコイツもそうだけど、他のそういった連中にそんな思いはさせたくねーんだよ」

 

そして、彼は腕を持ち上げてパシリと叩きます。

 

「だから、この道具と腕で、俺らが自信を与えてやるんだ。キズを越える個性の強い髪型、キズを活かした髪型、キズすらも自信に変えるチョーイカした髪型を作ってやるんだよ」

 

腕を下ろすと、明るい茶色の目をグッと細め、歯を見せていつもの笑顔を浮かべました。

 

「そんでさ、ソイツらが元気に自信を持ってくれたら、俺らも嬉しいじゃん」

 

その笑顔はとても良いもので、私もつられて笑顔になって頷きました。

 

「うん! ウーゴのくせに良いこと言うね!」

「くせには余計だ」

 

彼は私の頭を軽く叩くと、ハサミとカミソリを手にしてトトに体を向けます。

 

「んじゃ始めっぞ。今日はな、俺の一番得意な技を見せてやっからな」

「あいさー」

 

そう言って彼が作った髪型とは──。

 

……どんなにステキな理想を持っていても、現実の力はあまりにも圧倒的に、容赦なくそれを押し潰していきます。

でも、ウーゴはめげることなく、その理想と家族の思い出を大事にしていました。

そして、いつか一人前になって家族を探しに行きたいと語っていた彼は、子供なのにとても強かったのだと今にして思います。

フラフラでグズグズな、今の私の情けなさときたら。

頭を小さく振り、ジメジメした気持ちを振り払って、トトの頭を改めて見ました。

あの髪型、あそこまで複雑なのは無理だけど、シンプルなのだったらできるかな。

でも、シンプルなのは逆に難しいとも言っていたような。

悩んだ末、やっぱり彼を起こそうとした時、

 

『やっちゃえよ』

 

脳裏にウーゴセンセーのお声が。

 

『大丈夫だって。失敗したら一番短い丸刈りにしちゃえばいいじゃん。それに上手くいけば、トトも驚くし喜ぶと思うぜ』

 

や、彼を喜ばせるつもりはなくてですね──。

 

『トトで遊べるチャンスだよ』

 

そこに追い討ちをかけるのは、子供の私。

 

『今までのこと考えたら、ちょっとぐらい遊んだってバチ当たらないと思うけどなー』

『そうだそうだ。それにな、お前自身の勘を取り戻す良い機会だぞ。踏み台にしろ。利用してやれ!』

『いっちゃえー、やっちゃえー』

『やーれ! やーれ!』

 

…………。

……………………。

やっちゃいましょうかねっ!

脳裏で喝采をする二人の声を背に、私はテーブルのカミソリを手に彼に向き直りました。

今の自分の腕を確認し、どこまでできるのか試したい気持ちがあります。

ヒトやモノを傷つけ殺す以外で、刃物を扱うことができる喜びもあります。

しかし、それらと同じくらい沸き上がる気持ちもありました。

 

「クフッ」

 

居眠りしている彼の姿を見て、思わず喉から声が出てしまい、手の甲で口を塞ぎます。

これまでされてきた数々の仕打ち。

忍耐と屈辱の日々。

ええ、今こそ、それらを晴らす時!

目と口の端がつり上がるのを隠すことなく、肉厚のカミソリを彼に向けると、室内灯の灯りを受け、それはギラリと輝きました。

それでは! 始めましょうか。

 

 

格闘すること恐らくは二時間以上。

カミソリとハサミをテーブルに置き、彼の頭を改めて見ました。

完成しましたよ!

全体を六ミリまで短くし、右サイドから後頭部にかけて、Plus社製の槍、エクソダスの形を簡略化した剃り込みを描いてみたのです。

バリカンでやったらバリアート。

カミソリでやったらレザーアート。

今回はハサミとカミソリの複合技ですから、普通にラインアート、ですかね。

頭の火傷痕よりも、剃り込みの方に目が行くであろう、中々の迫力です。

ちょっぴりガタついたり、形が崩れているところもありますが、十年のブランクを思えば上々の出来だと思うのです。

やりましたよセンセー、昔の私。

達成感と満足感で、自分でもわかるくらいに笑顔になりました。

そして、完全に眠っている彼の顔を上機嫌でのぞきこんだ瞬間、そんな気分は一気に吹き飛びました。

怖っ!!

思わず後退り、両手で口元を覆います。

髪の短さと剃り込みが、彼の男性らしい鋭く重い持ち味をさらに強調し、威圧感と凄味が先程よりも倍増しに。

モザイク街最下層にお住まいの、ヤンチャでタフネスなお子様たちもすぐ路地裏に逃げ込み、周辺住民の皆様に物影でヒソヒソされること間違いなしでしょう。

無我夢中でやって、顔を含めた全体像を見なかった私のミスです。

……三ミリの丸刈りにして消しましょうそうしましょう。

あ、でも、せっかくだから画像に残してから──。

 

「う……ううん」

 

マズイ!!

自覚できるほど、はっきりと顔がひきつります。

 

「……あー、寝てたのか」

 

瞬きを繰り返し、そして私に寝起きの視線を向けました。

 

「はよう。終わったのか」

 

私は一瞬だけ悩み、正直に伝えることにしました。

 

「終わったような、終わっていないような?」

「何だよそれ」

 

そう言って彼は右腕を持ち上げると、私が止める間もなく自分の頭を触りました。

彼から体ごと視線をそらします。

終わりました。

万事休すです。

寝起きから一変、獰猛な視線と雰囲気が自分に突き刺さっているのを感じましたが、全力でシカトしました。

しかし。

 

「おい」

「はい」

「端末」

「かしこまりました」

 

そんな恐ろしい雰囲気の彼に逆らう術はなく、彼の上着から端末を取り出し、頭を下げつつ両手で丁寧に差し出します。

 

「どうぞ」

 

彼は無言で端末を受け取ると、サイド部分をカメラで撮り、画面を見ました。

そして、極めて珍しいことなのですが、その両目を見開き、画面を食い入るように見つめました。

 

「あ、あの」

 

私は言い訳を開始すべく、再び彼から目を逸らしながら口を開きます。

 

「そのような髪型になりましたのには、ちゃんとした理由がございまして」

「すげえな」

「え」

 

逸らした視線を戻すと、顔に表情はないものの、薄い黄色の目には紛れもない賞賛が浮かんでいました。

 

「ホントに十年振りなのか。よくできてんなあ。予想外すぎて久しぶりに驚いたわ」

 

あ、あれ?

まさかの、もしかしたら彼と再会して初めてのお褒めの言葉に、私は嬉しく思う反面怖くなりました。

このノリできて、最後にひっくり返されるオチがあるのではないか。

内心身構える私ですが、彼は撮った画像を見ながら言葉を続けます。

 

「これ、何かどっかで見たことのある意匠だが」

「えと、槍のエクソダスを簡略化したもので」

「へえ。ちと甘いところもあるけど、やりゃあできんじゃん。……でもなあ」

 

言いながら、彼は顔を上げました。

 

「さすがにこれはマズイだろ。仕事の内容次第では、ごく稀にヘルメット取る時もあるし」

「ですよね」

「好みではあるんだけどなあ」

「そういうの好きなんですか」

「ああ」

 

驚いて思わずたずねると、彼はあっさり頷きました。

 

「手入れ一瞬で終わるから」

「……そうですか」

 

こういうところ、昔と本当に変わっていません。

 

「あの」

「ん?」

「私がさっき言ったことなんですけど」

「……ああ、そういうこと」

「ええ」

 

私は頷きます。

 

「自分の力を確認したくてやりましたけど、お勤め先のこともあるから、マズかったら消そうと思っていました」

 

さすがに、彼に対するささやかな復讐の件は伏せておきました。

先代アクセサリから教わったことわざで言うなら、ヤブからヘビをわざわざ出す必要はないのです。

彼は頭を撫でると、小さくため息を吐きました。

 

「しゃーねえ。もったいないし悪いが消してくれ」

「了解です」

 

こうなることは想定済みでした。

ですから素直に頷き、彼に背を向けテーブルのバリカンを手にして、

 

「待て」

 

止められました。

 

「やっぱいい。指摘されるまでこのままでいく」

「いいんですか」

「ああ。この方が、次の仕事で都合がいい」

 

髪型に左右される仕事って何?

しかしそれよりも、彼の雰囲気がかなり不穏なものになっていることが気がかりでした。

何か良からぬことを企んでいるに違いありません。

彼はケープと襟元に巻いていたタオルを外すと、私を無言で手招きしました。

私は身を強ばらせます。

まさか、イベントですか? イベントが始まっちゃうんですか?

ここまで頑張ったのに、やっぱり悲しいオチになっちゃうんですか。

 

「ミーティ」

「はい」

 

観念して座る彼へ近づくと、あっという間に抱き寄せられました。

しかし、彼の足と椅子のせいで、不自然かつ不安定な体勢に。

 

「跨いで」

 

や、待ってくださいよ。

それやったら、結構恥ずかしい体勢になるんですけど。

当然従うことができずいると、腰に回っていた彼の手が、お尻と太ももをひと撫で。

そして、お尻を一発叩かれました。

……急かされています。

恥ずかしさとそれに伴う怒りを覚えた時、私は自分の立場を思い出しました。

諸々の葛藤を苦渋の思いで潰し、ギクシャクと彼と椅子を跨いで、出来る限り彼と距離をおいて座ります。

事の最中は、これに似た体勢でやることもありますが、こんな状況は当然初めてで恥ずかしくてなりません。

逃げたい。

反射的に腕を振りきって離れようとした時、その腕がガッチリと腰に回って引き寄せられました。

両腕はフリーですが、完全に密着状態。

私をしっかりと抱き込んだ彼の雰囲気が、先程以上に怖いものになっていて、さっきとは別の意味で逃げたくなりました。

 

「ハハッ」

 

私の胸元に顔を埋め、珍しく、本当に珍しく笑い声を上げる彼に、背筋に冷たいものが走りました。

それは、彼と十年ぶりに再会してから経験した『再教育』の一週間を思い出させる笑いです。

しかも、何がおかしいのかサッパリ不明なのが恐怖を煽ります。

わかっているのは、彼のテンションが常よりも上がっていることです。

 

「アハハハハハハハハ」

 

笑いながら、私を抱き込む力がただ事じゃないレベルになり、痛くて苦しくて身をよじりますが、全く動けません。

痛い痛い痛い痛い痛い苦しい怖い!

 

「痛いですよ!」

「痛っ」

 

動く右手で彼の後頭部を平手で強めに叩くと、腕の力が緩み、呼吸が楽になりました。

丸刈りなので、平手のダメージが上がっているのはありがたいです。

腰を抱えたまま、彼は体を少し離して私に目線を合わせます。

 

「すまん。テンションが上がって、つい」

「何を企んでいるのか知りませんけど、テンション上がると凶悪になるの、本当に止めて下さい」

 

ため息を吐きつつ窘めると、彼はスッと私に顔を近づけました。

 

「どっち優先すりゃいい」

「え?」

 

何が?

 

「お前、俺に一人で寝れるようになれって言ってるだろ」

「言ってますね」

 

私の彼に対する悲願です。

 

「そこに今、新規の案件が舞い込んできたわけだ。どっちに優先かけりゃいい」

 

私は頑張って顔を動かして笑顔を作り、努めて優しく声をかけました。

 

「どっちもなるはやですよー」

「無理。マルチタスクできね」

 

即答して再び私の胸元に顔を埋める彼に、思わず歯を食いしばります。

 

「わかりきった嘘吐かないで下さい」

「嘘じゃねえよ。俺使えねえからさ。悪いな」

 

あああもおおおああ!

 

「大丈夫だって。そのうちできるようになるから」

「お尻を触りながら言っても説得力がないんですよ」

 

気力を総動員して、お腹の底から沸き上がるものを抑え込みます。

ふ、ふふふふふ。

全くやる気ないですね、このヒト。

お尻を触り続ける手を退けつつ、私は決意を固めます。

……諦めませんよ。

彼をちゃんと一人で寝れるようにします。

絶っ対に諦めませんからね!

グダりそう、という心の声は即座に叩き潰しました。

 

「あーあ」

 

私を抱き直し、彼はため息を吐きました。

再び腕に力が入るのを感じて、再び警戒します。

 

「明日の仕事、メッチャ楽しみだわ。ハハハ、ハハハハハハハハ」

 

まるで小さな子供がはしゃいでいるかのようなのに、声音も雰囲気も剣呑すぎて、ヒトでもモノでもない、異様な存在に抱きつかれているかのよう。

体の芯が底冷えするような、未知と不安と恐怖に言葉を無くします。

……このヒト、一体何なんだろう。

と、彼の腕が再び私の体を締め上げ、痛みが恐怖を飛び越えました。

空いている右手のひらで、かなり強めに後頭部を叩きます。

 

「痛えよ」

 

再び体を離して表情なく私を見る彼に、目に力を込めて言います。

 

「私はもっと痛かったですよ」

「……悪かった。詫びに頭撫でていいから」

「はい!?」

 

何をどうしたらそのお詫びに至るのか。

 

「面白い手触りだぞ。癒されるぞ」

「いりませんよ」

 

そんなもん。

すると、彼はヒタリと私に目線を合わせました。

先程とは違った目の色で私を見据えながら、派手なシャツの胸元に指をかけ、ボタンを外し始めます。

 

「じゃあ体で詫びを」

「片付けを手伝ってください」

 

冷静に言うと、彼のテンションが目に見えて落ちたのがわかりました。

実際、部屋は作業をした状態で放置され、床はケープとタオルと彼の髪の毛で散らかった状態。

彼のシャツのボタンを閉め直しながら、言葉を続けます。

 

「そろそろ片付けないと、時間に間に合わなくて延長料金取られますからね」

「そうだな」

 

彼は頷きました。

 

「んじゃ、やりますかねっと」

 

そう言って私のお尻をガッチリと掴んで抱え込むと、ひょいと立ち上がりました。

驚く間もなく、彼は私を下ろすとあっさりと離れ、私たちは黙々と片付けを始めました。

昔から整理整頓が得意な上に、お金が絡んでいるせいか、彼は恐ろしい手際のよさで片付けを進めていきます。

それでも散らかった髪の片付けに時間がかかり、片付けを終えてお部屋を出たのは、時間ギリギリでした。

 

 

そして数日後。

この日も小雨がパラついている天気。

モザイク街の中層にあちこち設置されている電光(ウィルオー)掲示板には、

 

『転倒、滑落事故多発。足元注意』

 

の文字が出ていました。

足場や通路は主に鋼材でできている上に、滑り止めを完備しているわけでもないので、濡れた通路を滑って転ぶだけならまだしも、そのまま滑落する事故が度々起こるのです。

日頃、移動技術を使ってモザイク街を移動する私も、雨の日は普通に通路を使います。

いつもより時間をかけてお宿に到着すると、坊主頭の黒服が待っていました。

内心ビクついたのは、本人には秘密です。

お勤め開始かと思いきや、彼は首を振るとおもむろに理髪道具をテーブルに置きました。

 

「ボスに怒られた」

「え」

「その頭ないわー、って」

 

彼は小さく息を吐きました。

 

「確かによく似合っているし、ロックでイカしていると思うよ。けどないわー。だってさ、ボクたち一応社会人だよ、ないわー、それないわー、って言われてな」

「はあ」

「今日中に普通の丸刈りにしてこいって。そうしないと、お前のことを『ボブ』って呼ぶよう全構成員に通達するからな、ってさ」

「それはまた何と言うか」

「別にどう呼ぼうが、俺は気にせんけど」

「さすがにそれは気にしましょう」

 

彼は肩をすくめました。

 

「ボス直々のお達しだ。下っ端構成員は粛々と従うまで。てなわけでやっちゃってくれ」

「わかりました」

 

ささっと準備をして、丸刈り開始です。

 

「楽しみにしていたお仕事はどうだったんですか」

「仕事自体は上手くいった。いきすぎてこんなことになったわけだが」

 

意味がさっぱりわかりません。

 

「それって本当に上手くいったんですよね?」

「ああ、上手くいったよ。結果オーライだ」

「ならいいですけど」

 

きっとロクでもない内容なのでしょう。

関係者の方々には、御愁傷様としか言いようがありません。

こんな彼です。

端から見たら、心配する価値もないヒトかもしれませんが、私にとってはやっぱり心配するに値するヒトなのです。

話している間にも、小まめにバリカンを動かしていき、せっかくの剃り込みも、うっすらとわかる程度になりました。

ちょっと惜しいですが仕方ありません。

 

「そう言えば」

「何」

「例のイベントは中止ってことでいいんですよね?」

「いや、延期なだけだ。今後もお前に頼もうと思っているから」

「……そですか」

 

道具を購入した時点で、そうなるだろうとは予想していました。

しかし、おぞましいイベントは回避できたと思いきや、勢力を保ったまま停滞する気満々だったようです。

 

「理髪の腕上げれば、いざという時の稼ぎの足しになるだろ。稼ぐ手立てはいくらでも作っておいた方がいいと思うがね」

「まあ、そうですけど」

 

いいように乗せられている気はしましたが、反面、彼の言うことはもっともで。

モザイク街で、咎人や二級市民が稼ぐ手段はどんなものがあるのでしょう。

そして、私にできることは何があるのでしょう。

自分の持っているモノの棚卸しが必要なようです。

 

「俺に良しお前に良しのいい取引だ。さて、次はどうしようかな」

 

彼はそんな私に構うことなく、嫌な感じで楽しげに言います。

 

「ああ、これからが本当に楽しみだ」

 

そうして椅子から私を見上げる彼の顔は──。

……本当にアナタ、ただのチンピラ構成員ですか?

イベント以外に何か企んでいるんじゃないんですか?

彼に聞きたいことも言いたいこともありましたが、私はそれらを全て飲み込み、彼の頭をグイっと正面に向けました。

 

「はいはい、動かない、よそ見しない。いいですね」

「仰せのままに」

 

彼に振り回される日々は、当分続きそうです。

 

<雨の日の二人 終わり>

 




最後までご覧頂きまして、ありがとうございます。
いつものことではありますが、誤字、脱字、言い回し等に変更があった場合は、都度手を入れさせていただきます。

今回は、男女のやり取りという基本はしっかり押さえた上で、それぞれのキャラの側面に少しだけ触れてみました。
こういう番外編のような物語の場で、本筋の物語の進行上触れることのない、必要のないキャラの側面を書いてみたくて書いた、前回同様の実験的かつ自己満足作品です。
黒服の頭が、今回丸刈りとなったのもその一つです。
ゲームでは、ハもとい、薄毛の方はいるものの、坊主頭のキャラはもちろん、身体形成でもなかったような記憶があります。
二次元でカッコいい坊主頭キャラどころか、坊主頭のキャラ自体が少ないように思えます。
なので、好き勝手できるこの物語でやってみることにしましたw
元々テキストな上、容姿の描写自体にさほど力を入れていないため、大したインパクトはないかとは思いますが、しばらく間のイメージチェンジということで、お付き合いいただければと思います。

ここからは、今回の物語についての補足というか、言い訳などをさせていただきたく。
ゲームの世界観において、雨は降ることは確認できています。
しかし、この世界の気象環境がどのような状態であるのかは不明です。
そのため、主人公の所属するPTとその周辺においては雨期と乾期があり、今回の話は雨期──前回の話は乾期──としています。
主人公のPT、及びモザイク街では、この雨期に水資源を確保している設定です。
また、下層や最下層にいると設定している理髪師の存在も、この物語のための捏造ですので、あらかじめご了承下さい。

しかし、昔の欧州の理髪師(理容師)さんは、外科医や歯科医もしていたというから驚きです。
理由は、紀元前にまで遡るほどのもののようですが、中々に乱暴なお話ではあります。
でも昔は、それは至極当たり前のことだったわけで。
今の私達の常識的なことが、遠い未来では粗野で野蛮な行為として見られることも、きっとあるのでしょうね。

前回に引き続き、自分が書きたかったし読みたかった話が書けて満足しております。
この男女の話はさらに続きますが、次回の投稿は恐らく来年になるのではないかと思われます。
年末年始のドタバタが落ち着いた頃に、ふらっと覗きに来ていただければ幸いです。

次回があることを願いつつ、それではまた。

小栗チカ
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