下ネタの成分が濃い箇所があります。
そして、悪趣味です。
苦手な方は、十分にご注意下さい。
「今日は、クリスマスイブだってな」
「みたいですね」
詳しいことは知りませんが、クリスマスとは、カミサマという不思議でお偉い方のお子様が生まれた日のことで、超古代からの代表的なお祝い事です。
今日はその前日。
モザイク街の商店や通りは、数週間前から赤や緑を中心に、様々な色の装飾で飾り付けられ、売られる商品もそれにちなんだモノが売られていました。
街の雰囲気は、活気に満ちている上に常よりは浮かれ気味。
借金持ちで懐事情に余裕のない私には、雰囲気を味わうだけです。
そして今日も、このお宿で借金取りの彼とやることをやり、安全保障局から突然発行された今夜の貢献活動に備えて、仮眠をとろうとしていた時でした。
「肉が食いたい。無性に食いたい。貪りたい」
仕事の持ち込みがなければ、すぐに寝てしまう彼ですが、今日は眠気の到来か遅れているようで、うつ伏せで寝そべって呟きました。
私は仰向けのまま、寝そべる彼を見ます。
「周りにあてられましたか?」
味がそこそこ良くて、必須栄養素が取れれば基本OKの彼が、何かを食べたいと要求すること自体、中々珍しいことです。
「これ見よがしに肉売っているところ多すぎだろ」
「年に一度か二度の機会ですからね」
「だろうけど、最近の蛋白質の主な取得源はずーっと大豆だったからクるわ」
資源が豊富にあり、私たちヒト以外の生物も多く存在していた超古代では、それらの生き物の肉を食べていたそうですが、資源が枯渇し、生物は私たちヒトのみなったこの時代、蛋白質を取る主な方法は大豆製品です。
大豆製品といえばおトーフですが、お肉の食感とはほど遠いもの。
お肉の食感を求めて出来上がったものが、大豆と科学薬品が混合比不明でコラボレーションした疑似肉、なのだそうです。
しかし、それも結局は大豆の加工品。
大豆フリーの本当のお肉を求めた結果、素材不明の科学技術の結晶である合成蛋白質や、超古代の動物の遺伝子情報から作られたと言われる培養肉が誕生したのだとか。
当然、それらのお肉は割高な食べ物。
そして、お金持ち? な彼が言っているのは、大豆フリーの後者の方です。
「大豆は持続力はあるんだが、瞬間的な爆発力はねえんだよなあ。このクソ忙しい時期に大豆じゃ力が入らん」
「確かに、お肉を食べるとテンション上がりますし、お腹から気合いが入るような気がしますね」
「だろ。あの繊維を前歯で噛みきって、奥歯で咀嚼した時の繊維のほどけ方。脂と肉とが混ざった独特の旨味。歯ごたえ。のど越し。あー、食いてえ」
「この後、食べに行けばよろしいのでは」
ぼやく彼に言うと、彼は私の方をチラリと見て、
「……そうすっかねえ」
そう言って彼は枕に顔を埋めました。
羨ましいお話です。
今週のどこかで、奮発してお肉食べに行こうかな。
と、ふと疑問が頭の片隅に宿り、話題に出してみることにしました。
「お肉といえばなんですけど」
「何」
「人肉って、本当に世間に出ていて食べられているんですかね」
PTでもモザイク街でも、昔からまことしやか囁かれる人肉食のこと。
超古代では、人肉を食べることは最大のご法度とされていたとか。
生理的なことや道徳、倫理的な問題もそうですが、数多の食べ物があったとされる時代において、同族を殺してわざわざ口にする必要のないものです。
でも今は?
もしかしたら、知らず知らずのうちに口にしているではないか。
人肉を原料に、合成蛋白質は作られているのではないか。
仮に人肉が使われていたとしたら、それを知ってなお食べることができるのか。
尽きぬ疑問であり話題です。
すると、彼は少しだけ顔を動かし、目線を私に向けました。
「よりによって、今日この場でその話題を出すのかね」
「一応、お肉の話題ですよ」
「そうかもしれんけどさ」
小さくため息をつく彼に、思わず口がへの字になります。
「だって、疑問に思ったから──」
「あーわかってるよ」
彼は面倒臭そうに片手を上げてヒラヒラと振りました。
そして、ごろりと体を動かして私に体を向けると、脇に枕を挟んで肘をつき、その手に頭を乗せました。
「お前はどう思ってんだ」
「私ですか」
「そうだよ。まずは言い出しっぺのご高説を聞こうじゃないか。人肉を使ってると思うか。人肉と知って食うことはできるか」
上からのぞきこむようにして問われ、私は彼から視線をそらし、ちょっと考えて、また彼に視線を戻しました。
「使っている可能性の方が高いような気がします」
「何で」
「資源の確保に注力しているPTが、人体そのものを無駄にするとは思えないです。アクセサリの素材の一部になるくらいには、人体そのものが資源として優秀ですし」
「咎人や市民の遺体は腐らんって話だが、それって食えるもんなの?」
「話だけで、実際にはわかりませんよ。それに、モザイク街のヒトたちのことには触れていません」
「そうだな。で、お前はそれを知って食うことはできんの?」
「できますね」
「ふーん」
私は頷きました。
「間違いなく躊躇はしますよ。でも、本当にお腹が空いていて、それを食べなきゃ生きていけないのなら、そして人の肉を使っているのならなおのこと、大切に食べると思います」
「お前らしいね」
「たまに酷く疲れていると夢に見るんですよ、飢えて死にかけた時のこと。もう二十年も前のことなんですけどね」
「そうか」
どこまでも淡々と答える彼。
当然、何を思っているのかはさっぱり不明です。
彼の話を聞こうとして、喉が渇きを覚えました。
お部屋が暖房で乾燥しているせいです。
私は体を起こします。
「お水飲みたいのですが」
「どうぞ。ついでに、上着の内ポケットにコーヒーのタブレットあるから、それでコーヒーくれ」
「目、覚めちゃいません?」
「カフェイン効かん」
そうして白湯とコーヒーを淹れて、彼に手渡しつつたずねました。
「トトはどうなんですか?」
「モザイク街のことは除外するとして、PTにいる連中の肉は使っていないと思っている」
「何故ですか」
「コストがかかる。この一点に尽きる」
ベッドに座った私に、彼は人差し指を立てて言いました。
「PTは、資源の無駄遣いと浪費を必要最低限にするため、徹底したコストカットを行っている。ヒトを食肉にしたとして、食糧が確保されるメリット以上に、加工、保管、流通するまでのコストがかかるデメリットを絶対に見逃さん」
彼はコーヒーを口にしながら、話を続けます。
「そもそも、ヒトを食肉にして安定供給するためには、ヒトの数にかなりの余裕がなきゃできない。そしてPTは、人口調整を行っている。人口調整は、例えがアレかもだが、家族計画に近い。あらゆる面での状況把握を行い、将来に渡って安定した生活が送れるよう計画を立て、育てる子供の数を決める。PTもそうやって、所属させるヒトの数を調整してんのさ。ある程度、計画的に余裕は作っているだろうが、不必要に増減させることは絶対にしない」
彼も、私にわかるように言葉を選んでくれているのでしょう。
お陰さまで、とりあえずついていけてます。
「さらに、PTは食に対してのこだわりがない。コストをかけず、PTに貢献できる適切な量と必要栄養素が取れれば、何でもOKなんだよ」
「なら、不必要と判断したヒトを肉を使っている可能性は」
「肉の主な栄養素は、蛋白質と脂質とビタミンだ。それらはヒトの肉を使わなくても摂取可能で、コストをかけてまですることじゃない」
彼は丸刈りの頭を撫でました。
「ユートペディアの情報では、死んだ咎人は使えるところだけを取り出して、最終的にはどこかに放置されているらしい。廃棄にもコストがかかるからな。使えるところは徹底して使い、それ以外のコストは一切かけない。らしいっちゃらしいだろ」
「でも、空っぽになった後、どうなるか書かれていませんよ」
口を挟むと、彼は頷きました。
「そうだな。もしかしたら、コストをかけずに食肉に加工して流通する技術があるかもしれん。だが、そんな記述はどこにもない。誰も見たことはないし、誰にもわかる証拠もない。だから、本当にヒトを食肉しているとは断言できない」
「そうですけど」
「ま、ユートペディア自体が嘘も本当も入り交じる情報の集合体だ。結局その情報を元にした俺の主張も、憶測でしかないよ」
「真相は不明ですか」
「仕方ねえ。真相を知るのは、いつの時代も選ばれしモノのみ。木っ端な俺たちは、嘘と本当の狭間で右往左往しているのがお似合いだ」
それはそれで面白い時もある、彼はそう付け足しました。
「それじゃ、ヒトのお肉だと知って食べることは?」
「食える。でも積極的には食いたくない」
彼はあっさり答えましたが、ちょっと意外な答えです。
「やっぱり共食いは躊躇いますか」
「違う。所詮、水と蛋白質とその他諸々の塊を食うことは何とも思わん。でも、モザイク街の連中もそうだが、PTの連中ですらも、何を食ってるのか怪しい連中が多すぎる」
薄い黄色の目に、嫌悪の色が浮かびました。
「モザイク街の連中は言うに及ばず。てか、仕方のない一面はあるが、知識のあるPTの連中ですらも、機械のチップ食ってる市民がいるんだぞ。舌バカ極まりすぎだろ。そんな連中の肉を食えってどんな罰ゲームだ。非常時以外は絶対食いたくねえよ」
彼は冷たく吐き捨て、コーヒーを飲みました。
彼の言い方や言葉はともかく、その気持ちはよく理解できました。
モザイク街の食に対するモラルの低さは、解決の難しい慢性的な問題ではあります。
私も彼も、子供の頃に度々酷い目に遭って、時にそれがケンカの種になったりしましたから。
しかし、安全と謳われるPTのご飯にも、味がないことでの弊害がありました。
それは、PTのご飯には味がないので、そればかり食べてきたヒトの多くが味覚が発達しておらず、味覚自体が怪しいヒト多いのです。
おまけに、食に対する知識も必要最低限しかないようで、どう考えてもアウトなものも口にするヒトがいるらしく。
当然、体に良い影響を与えるものばかりではない上に、排泄されずに蓄積されるものもあるはずです。
そう考えると、人のお肉って、意外とリスクの高い食べ物なのかも。
白湯を飲みながら、そんなことを考えていて、再び疑問が浮かびました。
正確には好奇心、なのかもしれません。
白湯を飲み干し、カップをテーブルに置いてたずねました。
「では、トトは非常時、ヒトのお肉を食べることを選択できるんですよね」
「ああ」
「では、仮にですよ。仮に」
私は念押しをして、言葉を続けます。
「例えば、何らかの事情で私が一足先に死んじゃって、トトが飢えて死にそうになった時、私を食べれば、生きながらえることできる。そうなった時、どこのお肉を食べたいですか?」
口に出して気づきます。
その質問どうなの? 色んな意味でおかしくない? 恥ずかしくない?
内心ツッコミが入りまくりです。
「お前の?」
「はい」
案の定、怪訝そうに眉を寄せて問いかける彼に、私は頷きます。
でも、彼の性格からして、
『ハ。お前の肉って。食いたい場所なんてねえよ』
『そうかもですけど、腿はいかがですか。体積ありますし』
『そ。じゃ、それで』
という会話の流れになって、この話題は終了、めでたしめでたしになるはず。
「尻と腿」
「え」
「尻と腿」
まさかの即答、断言。
「尻と腿」
「わかりました。もういいです」
「尻と」
「もういいって言いましたよ」
何なんでしょう、このヒト。
すると、彼はコーヒーをサイドテーブルに置くと、私の腕をつかんで抱き寄せました。
「あの」
「安心しろよ、ミーティ」
彼は耳元で囁くと、体を少し離し、右手を動かして私の目元にかかった前髪を指で横に流し、そして私の頬に触れました。
その手つきは、いつになく優しく繊細なもので、妙に落ち着きません。
心臓とか、気持ちとか。
しかし、彼の表情はいつも通りの淡々としたものです。
「……何がですか」
頬に手をあてがいながら、指で耳を触る彼に尋ねると、彼はしっかりと私の目を見据えました。
「お前の尻と腿だけは、絶っ対に誰にも渡さないから」
……ええ、何となく予感はしていましたとも。
「その発言のどこに安心を見出だせと」
「仮にその場に仲間がいたとしても、目をつけたら全員皆殺しにして」
「殺しちゃダメですよ! 皆で仲良く分けあってくださいよ」
「何で」
そこで何でと聞くんですか。
「一人よりも仲間がいた方がいいじゃないですか。というか、一人じゃ食べきれないでしょうに」
「塩漬けか燻製か天日干しにする」
ああ言えばここ言う。
そもそも、知っている言葉の数も、頭の良さも彼には敵いません。
「とにかく」
無理やり話の方向を変えることにしました。
「目の付け所は間違ってはいないとかと思います。腿は、人体の中でも一番大きな筋肉ですし」
「超古代の食肉でも、腿肉は一番メジャーな場所だったそうだからな」
「ああ、ちょっとわかるかも」
腿は、運動、特に移動に極めて重要な働きをする筋肉の集合体。
そんな働きモノの筋肉が大きく発達するのは、想像するには容易いことです。
彼は腕をほどくと、
「大腿四頭筋、ハムストリング」
私の太腿を撫でながら言い、不意にガッチリと内腿を掴みました。
「内転筋群。ここは絶対に譲れない」
「揉まないでください」
「いいじゃねえか。さっきまで散々」
「それ以上言わなくてよし! ですよ」
語気をちょっぴり強めて言うと、彼は揉む手を止めました。
全く。
「下腿三頭筋も捨てがたいんだがなあ」
そう言って、彼の手はふくらはぎに移動。
人体の中で、二番目に大きな体積を持つのがふくらはぎの筋肉です。
立ち居、特に足首から下の足の動作に極めて重要な筋肉だそうです。
「欲張りすぎなのでは」
「ああ。ここも絶対譲れないから候補から外した」
「掴まない撫でない揉まない」
「はいはい」
「返事したなら手を離す」
「はいはい」
なのに、好き放題しまくる彼。
彼のお気に入りらしいお尻。
その大部分を占める大臀筋は、腿やふくらはぎのような複合筋ではない単一の筋肉。
人体では三番目、単一筋の中では最大の体積を誇ります。
腿同様、姿勢の維持や下半身の可動に欠かすことのできない、とても重要な筋肉です。
飽きることなくお尻を触る手を退けると、一つ息を吐きました。
「下半身に集中した感じですね」
「ぶっちゃけ、頭も含めた上半身を支える下半身の方が肉は付くからな」
彼は表情なく私を見て言葉を続けます。
「お前は脂身少なそうだし、火を通したら固くなりそうだけど、確実に食いごたえはありそうだ。ご立派な骨も含めて煮込み料理向きかね」
「そうですか」
タンクトップ越しに胸を揉む彼の手を、やんわりと外しました。
「万が一のことがありましたら、お仲間さんと仲良く分けあって、ちゃんと残さず食べて生き延びてくださいね」
そう言うと、彼は表情なく私を見つめ、口を開きました。
「お前はどうなんだ」
私を見て尋ねる彼に、私は内容がわからず首を傾げます。
「何がですか?」
「立場が逆になった場合だよ。俺を食えば、お前は生き延びることができる。どこを食いたい?」
「え」
全然考えていませんでした。
というか、彼を食べるシーンが全く想像できなくて。
すると、彼のまとう雰囲気がガラリと変わりました。
「え、じゃねえよ。何、俺の肉は食えないと」
「いえ、あのですね」
「食うほどの魅力はないと」
「ですから」
「まあ、ほぼ半分キズモノですからなー。……あ、そうか」
言葉と雰囲気にトゲをドンドン生やす彼ですが、不意にそれが消え去りました。
「そりゃダメだよな。すまん」
「勝手に話を完結されても困るんですけど」
「キズモノや旬を過ぎたモノは安値になるか、そもそも売り物にすらならず弾かれるだろ」
「……まあ、そうですけど」
「使えるところだけ使うにしても、それでも一人前の商品と一緒に店頭に並べることはできんわな。なんで悪かった。だからどうっすか、キズモノ、ワケアリの可愛そうな人肉一つ、いかが?」
両手を広げ、首をかしげる彼。
アプローチを自虐風にしたようですが、わからないヒトです。
「安くしとくっすよ」
「いえ、だからですね」
「アナタ、いかにもヒトとカネとモノに縁のない哀れな面構えしてるし、ピッタリだと思うんすけどねえ」
「……こんな失礼なヒトから買いたくありませんので、他をあたってください」
「ウソッスヨー、ウソウソ冗談。本当に売れ残って処分にマジ困ってるんすよお。ヒト助けだと思って引き取ってえー」
彼から離れて布団を被ろうとする私を、彼はとっさに腕を掴んで引き留めました。
何なんですか、この茶番は。
私は色々なものを我慢したり、諦めたりしながら座って、改めて彼を見ました。
「話をまず聞いてください」
「はい。どうぞ」
仕事モードをオフにして彼は頷きました。
「食べたくないとか魅力云々とかじゃなくて、単純に想像ができなかったんです」
「何が」
「貴方が先に死んで、私が生き残る様です」
「は? どう考えても俺の方が先だろ」
「そうかもですけど、でも、何だかんだで上手いこと切り抜けて長生きしそうな気がしますよ」
彼の弱点は、睡眠障害を抱えていることと、テンションが上がると凶暴になることですが、それさえ克服できれば、したたかな彼のこと、この世界にしっかりと適応して長生きしそうだと私は思っています。
「ほら。憎まれっ子、世に憚るって言いますし」
「お前も何気に失礼だよな」
「貴方にだけは言われたくないですよー」
頑張って笑顔をつくって言い返しました。
「それに、私はお仕事柄、死に近いところにいますので」
「でも頑張って生き残ろうとしてんだろ」
「もちろんですとも。でも、どんなに頑張っても、死ぬときは死にますから」
生き残るために頑張っているのは、紛れもない事実。
しかしそれは、敵に回っている皆さんも同じことです。
そんな頑張る両者が同じ地平で武器を手にするとき、死は遠ざかるどころかとても身近な存在になります。
極めて身近に自然に、その傍らに。
『いつでも貴方のお側に』
それがいいから戦場にいる、という剛毅なヒトも存在しますが、それはまた別のお話。
ともあれ、死を身近に感じることの多い私には、生きて当たり前を前提とした遠い未来の出来事は、どうにも想像しにくく描きにくいことなのです。
こんな感じのことを話すと、彼は小さく息を吐き出しました。
「傷、未だ癒えずか」
「え」
表情なく言う彼に思わず聞き返します。
「傷って」
「ああ。どうしたもんかねえ」
私を見つめながら問いかける彼ですが、話を理解できない私に、答えなり提案なりを出せるはずもなく。
「一応怪我も病気なく健康体ですよ、私」
「一応もなにも、それがアナタの数少ない取り柄でしょ。まあいい。出来るところから始めて、根気よく取り組むまでだ」
淡々と勝手に話を進める彼。
傷の内容がとても気になりますが、彼のことです、絶対に教えてくれません。
ちょっとぐらい話してくれてもいいのに。
そしたら、私も頑張れるのに。
「何の傷かはわかりませんけど、治せるなら治しますよ。努力します」
「そうか。なら手始めに」
思わず両手をグッと握りしめます。
どんとこいですよ!
「俺を食え。売れ残ることは確実だが、今なら好きな場所、食い放題だ。どこを食いたい?」
彼は再び両手を広げ、首をかしげました。
意気込んで握った拳を下ろし、膝にのせます。
話を強引に元に戻しただけでした。
さて、どうしたものでしょう。
頭を悩ませたその時、脳裏に閃く言葉がありました。
あ、これですよ! これ!
私は早速その言葉を口にしました。
「『オススメは?』」
「オススメ?」
「はい」
聞き返す彼に、私は頷きます。
この言葉を使うことで、
『そうだな、やっぱ腿じゃね?』
『そうですかー。じゃあ、それで』
という流れになるはず。
腿でなくとも、何かしらの無難な部位になるはずですから、話は上手いことまとまって、彼も満足、めでたしめでたし。
まさに魔法の言葉と言えましょう。
すると、彼は口を歪めました。
「俺のオススメは、この股ぐらにある」
「ストオオオップ!」
「うまい棒と、伝説の希少金属、金の名がつく玉二つ」
「ストップって言ったのにいっ!」
思わず顔を両手で覆います。
「ネタにしてよし、舐めてよし、しゃぶってよし、しごいてよし、穴に突っ込んでよし。しかも興奮すると蛋白質を出す可愛いオマケ付き。老若男女問わず、みんな大好きうまい棒、マジオススメ」
「いりませんよ、そんなゲテモノ」
立場を忘れて言った途端、彼に強引に押し倒されました。
「お前、ついさっきまでそのゲテモノを突っ込まれてメチャメチャ」
「聞こえません! きーこーえーまーせーんー!」
抵抗する私を押さえつけ、顔を私に近づけると、低く獰猛に囁きました。
「もう一度試食するか? ん? 俺は大歓迎だぞ」
「私が食べたいのはお肉です!」
抵抗しつつキッパリ言いきると、彼の押さえつける力が弱まりました。
「じゃあどこ食いたい」
「……えっと」
「オッケー。じゃあやっぱうまい棒ってことで」
タンクトップをまくりあげ、パンツを脱がそうとする彼に抵抗しようと肩を掴んだ時、とっさに口が開きました。
「三角筋!」
「その心は」
「上半身では最大、人体では四番目の体積をもつ筋肉です。何かちょっと固そうだけど、食べごたえはバッチリありそうだからです!」
三角筋は肩の筋肉です。
肩の全ての動きに関与し、腕の動作にも重要な働きをします。
働き者の筋肉が大きくなるのは、下半身の筋肉と同じです。
「また無難なところを選びましたな」
そう言って彼は、私の背中に腕を回すと、自分が起き上がるついでに私も抱き起こします。
抱き起こされた私は、身なりを整えながら答えました。
「腕の肉も含めれば、十分にお腹一杯になりますよ」
「上腕二頭筋と上腕三頭筋ね。左は肩同様、キズモノだがいいのか」
「構いませんよ」
「そう」
彼はふと、小さく息を吐きました。
「超古代、ニワトリっていう食肉の代表格の生物がいたらしいけど、それに当てはめるのならテバモトになるのかね」
「よく知ってますね」
「好奇心でちょっと調べた時期があったんだよ」
なるほど。
昔から勉強が得意で大好きだった彼。
ギャングにいた頃も、大人たちに積極的に読み書きを教わっていたことを思い出しました。
「他には」
「他?」
「例えばここ」
そう言って彼は私の手つかむと自分の胸にあてました。
「トリならムネ肉だ。腿同様、メジャーな場所だったそうだぞ」
「男女問わず好きなヒトが多そうですね」
胸の筋肉、大胸筋は、三角筋に次いで大きな体積の筋肉で、腕を持ち上げ、モノを押したり引いたり、前にモノを抱えるときに活躍する筋肉です。
比較的鍛えやすくて効果も出やすい上に、男性にとっては見栄えにも関わってくる場所。
この筋肉がしっかりついていると、男性らしさがわかりやすく、しかも強く出る上に、服をかっこよく着こなせるようになるとか。
ていうか、さっきからこのヒト、何で触らせて揉ませようとしているのかな。
「お前は?」
「どっちかと言えば、その下の腹斜筋が好きです」
「ほお、お目が高い」
「そうなんですか?」
「ニワトリと並んで超古代の食肉の代表には、ウシとブタっていう生き物がいたそうだ。そいつらのアバラ肉はカルビって呼ばれていて、人気の場所だったらしい」
「へー」
彼は私の手を、滑るようにして肋骨付近に移動させます。
脇と肋骨を覆うように存在する筋肉、腹斜筋。
主に体幹を安定させ、その動作に大きな影響をもっているとか。
そして、見栄えの点でも男女問わず重要な筋肉で、ここが引き締まると、くびれが生まれ、腹筋が映えるのです。
彼のそれは、しっかりと鍛えているのがわかりました。
よしよし、ちゃんとここも鍛えているんですね、偉いぞー。
と、彼はついと顔を近づけるとチューをしました。
「……どうしました?」
「……何となく?」
「はあ」
全くもって意味不明です。
「下半身はいいのか?」
「もうお腹いっぱいです。お仲間さんがいたら、皆で分け合います」
「そうか。俺のオススメはちゃんとお前が」
「そこはお肉じゃないですよね」
脇腹にあてがった手が、彼のオススメの場所に移動することを察して手を引きました。
「どっちかと言えば、そこは珍味──」
あ。
思わず彼を見れば、凶悪としか表現のしようのない笑顔を見せました。
「お前も言うねえ。珍味にチン」
「それ以上言わない!」
瞬時に顔が熱く火照り、慌てて言葉を遮る私に、彼は凶悪な笑顔のまま続けます。
「今さら何恥じらってんの。そのゲテモノ珍味を」
「わざわざ口に出す必要ないでしょう!」
「言葉にしなきゃ伝わらんだろうが」
「伝える必要のないことじゃないですか」
「ミーティ」
彼は凶悪な表情を消すと肩に手を回すし、空いている手で私の顎をガッチリと掴みました。
「俺は、お前に是非とも伝えて、二人で共有をしたいんだよ」
「そんな共有はいらないんですよおっ!」
熱く優しげに言いながらも、顎を掴むその手は凶悪なままで、私は必死の思いでその手から逃れ、再び顔を両手で覆いました。
もーヤダ、このヒト。
「ま、珍味はともかく、アナタにはもっと欲しい場所があるでしょ」
「え?」
覆っていた手をはずして彼を見れば、先程の雰囲気はどこへやら、通常運転に戻った彼が腕を組んでこちらを見ていました。
「この体内にあって、ウィルオーを蓄積することで発達すると言われている器官だよ。正式な名称はわからんから、ここではウィルオー器官とでも呼んでおこうか」
それは、ユートペディアに記載されている情報で、私たちの人体にはその器官があって、私たちの死後、より多くのウィルオーを取り扱う市民の材料になるとも言われているモノです。
この体のどこかにあるようですが、その場所も正式な名前も不明。
超古代の人類にはなかった器官のようです。
「お前も自覚しているだろうが、お前の最大の弱点は、このウィルオー器官の働きが鈍いことだ。それは、ウィルオーの生成と蓄積、そして取り扱える量が少ないことを意味する。
だからお前は、対症療法的に、比較的恵まれているフィジカル面でそれを補おうとしてるわけだが」
彼の冷淡な視線と言葉に、暖まっていた体がみるみる冷え込んでくるのがわかりました。
「しかし、この世界はウィルオーが全てだ。ウィルオーをより多く取り扱えるモノこそが、この世界においては絶対的な強者であり、世界もそれを求めている。
意志と思いの力が全てとは、心底気色の悪い話ではあるが、それがこの世界の厳然たるルールで、決して覆せない」
彼はさらに言葉を重ねます。
「それがダメなやつは、ぶっちゃけこの世界では、本当の意味での資源の無駄遣い、穀潰しになる。さっさと使い潰してウィルオーの肥やしになりゃいいって、この世界を作った連中はそう思っているかもしれんよ」
私は言葉をなくします。
痛みすら伴う彼の容赦のない指摘は、しかし、紛れもない事実の欠片の一つです。
私の思いを知ってか知らずか、そもそもお構いなしか、彼はさらに続けます。
「だが、その器官は再利用ができて、少なくとも俺は、お前よりはマシな器官を持っているだろう。なら、俺が死んだ、いや、この場合はロストか? どっちでもいいか。事象そのものは何一つとして変わらんのに、意味付けなぞ無駄の極みだ。ともかく、俺がそうなったら、その器官をお前が再利用すればいい」
そして、彼は両手を広げました。
「実際にお前が手にできるかは知らんが、もしできるとしたら、どうよ? 欲しい?」
私はしばし彼を見つめました。
私のこの欠陥が、私がこの世界に対しての息苦しさの原因の一つになっていることは、薄々と気づいていましたが、見て見ぬふりをしていました。
私は、この世界に必要のない存在。
それを認めて受け入れるのが、とても悲しくて辛かったから。
でも、彼の言うそのウィルオー器官を受け取ることができれば、もう少し楽に生きることができると思うのです。
本当に?
本当にそれで、この息苦しさが消えるの?
その時、過去の記憶の扉が音をたてて開き、私の脳裏に大人達と一体が現れました。
余裕のない中で私を助け、衣食住を提供してくれた、ギャングの女主人。
私に生きるための術を教えてくれた、ギャングのリーダー。
最後の最後まで私を励まし、生きろと言ってくれた叔父と、そのアクセサリだったエイノさん。
一人ぼっちの私に手を差し伸べ、様々なヒト達との交流のきっかけを作ってくれたライズさん。
今はここにはいない彼らの面影が、言葉が、記憶が、冷たい現実に凍えそうになる私に、熱を与えてくれました。
溶けてほどけて、涙ぐみそうになるのを懸命にこらえ、私は首を横に振ります。
「いりませんよ。お気持ちだけ、受け取っておきます」
「いいのか?」
「ええ。例え世界が私をいらないと言っても、それでも私は生きますから」
彼らの確かな思いが、この不毛な地と現実に足をつけ、歩いていく力を与えているのです。
過去の彼らの思いにすがらなければ、グラついてしまう今の自分が情けないですけど。
ええ、でも必ず、自分の力だけで立てるようになります。
そして、いつか必ず死ぬその日まで、穀潰しらしく世界の脛をかじって生きてやりますとも。
その脛は、どんな味がするのでしょうね。
私は小さく笑いました。
「それに、そんな訳のわからないモノより、貴方が一人で寝れるようになってくれた方が、ずっと嬉しいですよ」
「そうきたか」
彼は小さくため息をつきました。
「ま、そう言うなら、是非とも五体満足で生き残って下さいよ。そして万が一、俺が死んだその時は、俺の全てを食らって生きてくれ」
素っ気のない物言いに、ちょっとだけ寂しさを覚えました。
我ながら勝手なことです。
そんな私を、彼はのぞきこみました。
「どうだ? お前がさっき言ったのを真似してみたけど、どんな気持ちだ?」
「……嫌なヒト」
「褒め言葉として受け取っておくよ」
彼は表情なく言うと、腕を伸ばして私を抱き寄せ、ゴロリと横になりました。
そして、足で布団を引き寄せて、寝る準備は完了です。
「さあ寝よう。お前、今日夜戦なんだろ。運動したからしっかり寝ないとな」
「そう言うなら寝るだけにしてくれてもいいのに」
「先にこの日に予定を入れたのは俺。その後に、こうなることを知って夜戦の予定を入れたのはお前だ」
「ソーデスネー」
相手をするのも面倒になって、会話の切り上げることにしました。
「じゃあ、寝ます。おやすみなさい」
「おやすみ」
抱きつかれたまま私は目を閉じます。
そうして、眠りに沈むのを待っているのに。
「あの」
「何」
「ちょっかいは勘弁してくださいよ」
「……わかったよ」
「もう」
相変わらずな私と彼。
変わっていくのは借金の数字だけ。
無理のない堅実な返済で、今日の時点で残り半分を切っています。
借金の返済が終わったら、私達の関係はどうなるのか。
考え始めたら眠れるものも眠れなくなりそうで、私は考えるのを止めました。
今は生きて、借金を返しながら着実に前に進むことに専念することにしましょう。
<クリスマスイブの日の二人 終わり>
最後までご覧頂きまして、ありがとうございます。
いつものことではありますが、誤字、脱字、言い回し等に変更があった場合は、都度手を入れさせていただきます。
前回の話が今年ラストの投稿と思いきや、とりあえず形にはできたので、今度こそ今年最後の投稿になりました。
男女のやりとりを押さえつつ、SFでたまに見かける人肉食のことを柱にして、PT社会のこと、体のこと、食べること、生きることについて軽く触れてみました。
思い(ウィルオー)だけがクローズアップされ勝ちな世界観において、ヒトをかたどる肉体がいかに私たちの思いに影響を与えているのか、もし悪影響を与えているのなら、その肉体さえなければ私たちは本当に自由に幸せになれるのか。
そんなことをたまに思いながら書いた、前回同様の自己満足作品です。
おまけに、クリスマスイブに間に合わせようと書いたので、いつも以上に練り込みが足りないことが心残りではあります。
次回以降の作品では、もう少し落ち着いて書きたいです。
ここからは、今回の物語についての補足というか、言い訳などをさせていただきたく。
今回の物語にて触れた肉や人肉食、PT社会のあれそれは全て、この物語のための捏造ですので、あらかじめご了承下さい。
そして、下ネタの成分が多めで、悪趣味な話になりました。
苦手な方や不愉快になった方がいらっしゃいましたら、ごめんなさい。
この盛り上がりに欠ける男女の話は、後もう少し続きます。
よろしければ、お時間のあるときに覗きに来ていただければ幸いです。
次回があることを願いつつ、それではまた。
小栗チカ