外角低め 115km/hのストレート【完結】   作:GT(EW版)

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予定調和の番狂わせ

 

 親指と小指でボールを真横から挟み、残りの指を上から突き立てる。

 通常の投球フォームではリリースポイントが安定しない為、下半身は体重移動の小さい立ち投げの形から、上半身は大きく振りかぶらずに左腕を振るう。そしてボールを指から離す際、固定した手首からボールを突き立てた指で弾いて回転を殺すことが出来れば、現代の魔球「ナックル」の完成である。

 

「おお! こんな球なのか、おもしれぇ!」

 

 ボールは風に揺られながら不規則な軌道でキャッチャーミットへと収まっていき、一連の流れを打席上で見送った波輪が驚嘆の声を上げる。間近で見たナックルボールは、やはり映像で見るそれとは感じ方が違うようだ。

 

「……私のは、ナックルもどきなんですけどね」

 

 彼のような反応を見せてもらえるのは投手として嬉しいものがあるが、自分では阿畑やすしの投球を完全に再現を出来ないことを申し訳なく思う。その感情を誤魔化すように、星菜はふっと苦笑を浮かべた。

 投手をピッチャー返しから防護するグリーンネットから身を乗り出すと、星菜は15.44(・・・・・)メートル前に座る六道明から返球を受け捕った。

 そう、今星菜が立っている場所は本来のプレートの位置である18.44メートルよりも3メートル近くにある。星菜は捕手に対し、規定にそぐわない距離で投げていたのだ。

 その理由は実に単純で、単に規定通りの距離ではナックルが捕手まで届かないからである。

 それこそが、星菜が先日の恋々高校戦でナックルを使わなかった理由の一つでもある。練習ならばこのように投げる位置を近くすれば良いだけが、実戦ではそうはいかない。たった今投じたように一応の変化こそ見せるが、ホームベースにすら届かないボールでは全く使い物にならないのだ。

 

(……でも、この球がチームに役立つなら嬉しいな。今までは完全に覚え損だったし)

 

 元々このナックルは中学時代、星園渚の記憶を手にする以前の星菜が独学で習得した変化球である。

 当時、星菜は男女間の体格差に対抗する一手としてナックルを練習し続けていた。そして自在に無回転のボールを投げれるところまでは出来たのが、前述した「ボールが届かない」という致命的な欠陥を克服することが出来ず、今までは一度として日の目を見ることはなかったものだ。

 しかしこの機会に投げることで竹ノ子ナインの阿畑やすしへのささやかな対抗策となるのなら、星菜は思う存分に投げ込みたいと思う。

 数年のブランクがあるとは言え、一度習得した変化球の投げ方は忘れない。距離が三メートル近いとは言え無回転のボールをストライクゾーンに投げ続けられるのは、単に星菜の野球センスの高さによるものだった。

 

「うしっ!」

「ナイスバッティングです、先輩」

 

 押し込まれた波輪のバットが白球をライト方向へと運び、その行方を見届けた星菜がグラブで拍手しながら賞賛の声を上げる。

 星菜はそれから十球ほど続けてナックルを投げ込んだが、その内打たれたヒット性の当たりは四本ほど。波輪は最初こそ不規則な軌道を辿る未知の変化球に手こずっていた様子だが、流石の順応性かほんの数球で対応してみせた。

 このボールを打てれば阿畑のナックルも打てるという簡単な話ではないが、このボールすら打てなければ阿畑やすしの攻略は土台無理であろう。少なくとも星菜は、近距離で投じていても尚自分のナックルが彼のそれには到底及ばないと思っている。

 

(投げられると言っても、私のはあの人のナックルとは比べ物にならない。だから、あまりこれに慣れすぎてもらっても困るけど……)

 

 だが事前知識の有無は、あるとないとでは優位性が段違いだ。星菜はこの機会に、是非とも彼らにナックル使いの厄介さを知ってもらいたかった。

 

 特に阿畑やすしが厄介なのは、状況に応じて球種を使い分けることが出来るという投球テクニックにある。通常、ナックルを投げる際は先ほどの星菜のように独特な投法を強制される為、打者から球種の判別がされやすくなってしまう。故に他の球種との併用が難しいことからナックルボーラーは必然的にナックルを連投し続け、それ以外の球種を投げることはほとんどない。

 しかし、阿畑やすしは違う。

 星菜や数多のナックルボーラー達が変則フォームからでしかナックルを投げられないことに対して、阿畑やすしは何の変哲もないオーソドックスな投球フォームからナックルを投げることが出来るのだ。

 通常の投球スタイルを持つ投手が、まるでストレートの合間にカーブを挟むようにナックルを投げてくる。阿畑には球速が100キロも出ないナックルを見せた後に、140キロ弱のストレートで緩急を付けるという投球も出来るのだ。打者からしてみれば堪ったものではなく、山ノ宮高校の打線がノーヒットノーランを喰らったのもまたそれが最大の要因だった。

 

(そればかりは私には真似出来ない……。ナックルとストレートを同じリリースで投げ分けるピッチャーなんて、日本中を捜してもあの人しか居ないと思う)

 

 ナックルを投げることが出来ても、星菜には「仮想阿畑」になることは出来ない。

 彼が自らのナックルに「アバタボール」という自身の名を付けているのも、そのように他者が真似できない彼オリジナルの高等技術に対する誇りがあるからなのだろうと星菜は思う。

 そう言った感情から来る優越感はさぞや心地良いのだろうと察すると、星菜はふとかつて自身にもあった恥ずかしい過去を思い出してしまった。

 

(……私も小学校時代とか、中学校時代とかに考えたなぁ。スライダーの抜け球を意図的に投げればジャイロ回転してホップするボールになるんじゃないかとか、なんとか習得したその球に「スターライジング」とか名付けて意気揚々と小波先輩に挑んだり……見事に打たれたけど)

 

 自分専用のオリジナル変化球というものには、言葉では表現しきれないロマンがある。幼い頃から投手をやっている者がそれに憧れた経験があるのも、そう珍しい話ではないと星菜は思っている。尤もそのような願望が叶うことなどほとんどなく、星菜もかつては新魔球を思いつく度に玉砕してきたものだ。

 

(このナックルにも、ヴァルキュリアボールとか大層な名前を付けてたっけな。例によって小波先輩から生暖かい目で見られたけど……ああ、私はなんであんなことをしたんだろう……?)

 

 誰にでも――中学生ぐらいの年代の少年少女には誰にでもある経験だ。故に頭では恥じる必要は無いと思っているが、今更思い出す必要も無い。星菜はその小さな思い出を記憶の引き出しの中に再度封印すると、無心に戻って打撃投手を再開する。

 その際、波輪の姿は打席に無く、入れ替わって「次は俺が打ちたい」と池ノ川貴宏が入っていた。

 捕手までの距離が近いとは言え流石にこちらの肩も無限では無いので、100球以上ナックルを続けるのは不可能だ。しかし試合が始まる前までには出来るだけ多くのナックルを投げ、多くの打者に球筋を見てもらいたいものだと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふう……」

 

 数時間後。試合があった翌日ということもあって早めに一日の練習が終わると、星菜はただ一人女子更衣室に入って練習着を脱ぎ払った。普段は川星ほむらもこの更衣室に来る為ある程度は上品に着替えるのだが、この日は彼女が練習に参加していない為、その行動は日頃の星菜の学校生活を知る者には想像も付かないほど荒々しかった。

 せめて誰の目も届かない更衣室内ぐらいは、自宅のようにリラックスしていたいと――今回の練習で最も疲労と心労が多かった星菜の、切実な思いだった。

 持参のフェイスタオルで汗を拭いながら一日の練習を振り返り、その手応えを確かめるように左手を開いて見つめる。

 

「まったく、何が「参考になる」だよ……」

 

 そして一言、星菜は自嘲の笑みを浮かべてそう独語する。

 今回の練習はチームメイトにナックルの球筋を体験してもらう為、星菜が提案したものだ。監督の茂木からも承認が下りており、実際に体験してもらった波輪達は口を揃えて有意義な練習だったと言っている。

 確かに、事前知識無しで阿畑やすしに挑むよりは幾らか効果があったかもしれない。しかし実のところ、星菜が今回の練習を提案した理由は他にあった。

 

「単に、自分が投げたかっただけのくせにさ……」

 

 どれほど上手く建前を取り繕おうとしても、自分の心まで欺くことは出来ない。星菜はこの時、改めてそう思った。投球を行っている間に、この気持ちに気付いてしまった。今回の練習を提案したのは言葉通りチームの為にという思いもあったが、その根底にある気持ちは自分本位のものだったのだと。

 

 ――試合に出られなかった鬱憤を晴らしたかったという、自分本位の気持ち――。

 

 入部する前から覚悟しておきながら、いざその事態に直面してみればコレである。同じことで悩み続けている自身の進歩の無さには、ほとほと呆れるばかりだった。

 

 一頻り涼んだ後、夏用の白い制服に着替えると、星菜はグラブやスパイクをショルダーバッグに収め、鍵を持って更衣室を立とうとする。

 その時、ピピピッとスカートのポケットに入れていた携帯電話が鳴り響いた。

 

「川星先輩から?」

 

 その着信元は先輩のマネージャー――この日はわけあって部の練習に参加していない、川星ほむらであった。

 ほむらはこの日、部活動の時間になるなりそそくさと学校を離れ、他の高校が試合を行っている球場へと偵察に出掛けていたのだ。

 時間の都合上試合の途中からの観戦になり、その目で観ることが出来るのは精々が五イニングと言うところだろう。しかしその対戦カードには、ほむらがそうまでしても偵察しに行く理由があったのだ。

 

「……もしもし」

 

 電話を取り、星菜はほむらの言葉を待つ。彼女の用件は、間違いなく偵察した二校の結果報告であろう。

 

 

 恋々高校と、白鳥学園高校の試合の――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 白鳥学園高校――過去には甲子園優勝を三回達成しており、当時は地区内外で名の知れた甲子園常連校であった。

 プロ野球にも数多の名選手を輩出しており、野球以外に限らずサッカーや陸上競技など、多方面のスポーツで結果を出している。偏差値も国内トップレベルに高く、非の打ち所が無いエリート校と評判の高校である。

 しかし近年は昨年の王者あかつき大附属高校を始めとする他強豪校に有望な人材が拡散している為か、その戦力は年々衰えており、現在では「昔は強かった」中堅校として数えられている。今年の白鳥学園があかつき大附属や海東学院のように優勝候補の一角に入っていないのも、そのように世間から落ち目の高校だと見られているからであった。

 しかし全盛期より弱体化したとは言え依然一流の練習環境に身を置く選手達のレベルは高く、そうそう時代遅れと侮られるような高校でもない。あかつき大附属の猪狩守や海東学院の樽本のような突出した実力者こそ居ないが、その実力は竹ノ子高校の野手陣などと比べれば雲泥の差があった。

 

「なんやて!? 白鳥が負けた!?」

 

 ――だからこそ、一回戦で恋々高校などというどことも知れない無名校に敗退したという報告は、他校の選手達を大いに驚かせるものだった。

 この「そよ風高校」の主将「阿畑やすし」もまた、今しがたマネージャーから寄せられたその報告に目を見開いていた。

 

《そや、8対2で恋々高校の圧勝。でもあたしの見たところまぐれって感じはしなかったし、ナインの顔ぶれを見れば納得の行く結果やったよ? なんたって小波大也や奥居がおったからなぁ》

「んん? ああ、アイツらが居るんか。それでも8点ってなぁ……白鳥の先発は誰やったんや? 戸井やなかったんか?」

《んー、山田ってピッチャーや。130キロそこそこの左ピッチャーで、まあ良くも悪くもそこそこのピッチャーやったな》

「あれ? なんや、戸井の奴は投げんかったんか。まあ詳しい話は後にして、偵察ご苦労さん」

《マネージャーの仕事やからねー。ほなお疲れ》

「おう、帰り道は気を付けろよ」

 

 通話を切り、ズボンのポケットに携帯電話をしまう。

 何の特色も無いそよ風高校の制服を着崩して身に纏う阿畑は、少し残念そうな表情を浮かべながら帰路を進めた。

 九イニングを投げ抜いた昨日の疲労を癒す為、この日の練習は軽めに終わらせた阿畑だが、その分執拗なマスコミへの対応に追われることになり、身体こそ問題無いが少々気疲れする一日であった。そして最後は恋人兼野球部のマネージャーから寄せられた報告に驚かされることになり、気の安らぐ時間は居眠りに没頭していた授業中ぐらいだったなと振り返る。

 

「怪我でもしてたんかいな、アイツは。勿体無いなぁ……」

 

 白鳥学園に所属する一人の二年生のことを考え、まあアイツには来年があるかと苦笑を浮かべる。願わくば彼とは阿畑最後の高校野球で投げ合いたかったところだが、敗退となってしまった以上は仕方が無い。他人事ではなく、明日は我が身と思い、阿畑の所属するそよ風高校にもまたそうなる可能性があることを深く頭に入れた。

 

「まあ次の試合は波輪と戦えて、その次は上手くいけば九十九や樽本とも決着がつけられるんや。これ以上は贅沢やな」

 

 三年生であり、人よりも社交性に優れた阿畑には他所の高校にも絆を深めてきた友人達や、ライバルが居る。トーナメントという巡り合わせ上その多くが自分と対峙出来ないまま夏を終えていくものだが、阿畑はそれを寂しいとは感じても悲しいとまでは感じなかった。

 勝負の世界に居る以上、そんなことで思い悩んでも仕方が無い。

 哀れむことは相手に対する侮辱も同じだ。そんなことをするぐらいなら、自分達のこれからを心配しておく方がよっぽど建設的だった。

 

(波輪とは一点二点の勝負になるやろな……猪狩と言い戸井と言い、ほんま、おっかない二年ばかりやで)

 

 二回戦に当たる竹ノ子高校は、そよ風高校と同じく主将中心のチームである。四番波輪の豪快な打撃でもぎ取った得点を、エース波輪の圧倒的な投球で守って勝利を収める。不安要素としては下位打線の貧弱さと全体的な層の薄さ――良くも悪くも全て波輪次第という点だろう。そして最高学年が二年生であり、三年生が不在というところも弱点である。

 一方で阿畑のそよ風高校もまた世間からは阿畑のワンマンチームと評されているが、それでも竹ノ子高校と違って「三年間」という豊富な経験を培った人間が何人も居るのは大きい。

 そよ風高校には、波輪風郎のような「天才」と呼べる選手は居ない。それは、昨日ノーヒットノーランを達成してみせた阿畑やすしも同じだった。

 

(正直、ワイの昨日のピッチングは出来すぎやったからな。二回戦までにはなんとか新魔球を物にしてかんと、この先きついで……)

 

 阿畑は自分のことを才能ある特別な投手だとは、思っていない。

 樽本有太やあかつき大附属に所属する同級生のライバル達と比べれば寧ろ出来の悪い方であり、切り札(アバタボール)を習得するまではプロから声が掛かるなどとは考えもしなかった。

 しかし、幼い頃からいかなる過酷な状況にも屈しなかったこの不屈の精神力だけは、唯一他人に自慢出来る長所だと思っている。

 

「まあ、最後に勝つのはワイらやけどな」

 

 正直言って、フィジカル面では波輪や猪狩のような天才投手には勝てる気がしない。しかし阿畑は彼ら他校の者に優勝旗を譲る気など、欠片も持ち合わせていなかった。

 

 最後に勝つのは自分達そよ風高校だと――阿畑の双眸は自信に満ち溢れていた。

 

 





 投稿が遅れたのは、贔屓チームが交流戦で沈んだからだZE
 次回は二回戦開始。
 因みに本作の阿畑さんのスペックはこんな感じです。

右投右打
球速142km/h
コントロールC
スタミナB
球種 スライダー1 カーブ1 シュート2 オリジナル5

回復4 リリース ピンチ4 打たれ強さ4 キレ4 闘志 根性 変化球中心


 もちろん高校野球基準ですが。

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