外角低め 115km/hのストレート【完結】   作:GT(EW版)

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ムテキング

 

 二回の裏。竹ノ子高校のマウンドに佇む波輪風郎は、この日最初のピンチを迎えていた。

 この回の先頭打者は四番の阿畑やすし。波輪が彼を相手に投じた球種は、その全球がストレートであった。初回から全開に飛ばしている豪腕は152キロ、153キロとギアを上げていき、最後は154キロのストレートを外角一杯に決め、見逃しの三振に仕留めてみせた。

 驚きに眼を見開きながらベンチへと引き下がっていく阿畑の姿に、波輪は唇をつり上げる。波輪はこの時、自身の右腕が最高の状態であることを実感していた。

 しかしそこで気を緩めた――と言えば語弊があるが、単調な攻めになってしまったのが反省点である。阿畑の次を打つ五番木崎に対する初球では続けて投じた外角のストレートを見事に狙い打たれ、ライト前へと運ばれてしまった。

 

「アイツ、やるなぁ」

 

 単調に行き過ぎたとは言え、狙っていたからとそう簡単に打てる球ではない。波輪はこの試合許した初の被安打に苦虫を噛み潰す一方で、今しがた見事な右打ちを披露した五番打者の打撃センスを賞賛した。

 あの打者の名は木崎彰――守備ではここまで捕手として阿畑をリードしている彼は、竹ノ子高校野球部が誇る二大マネージャーの情報によれば今年入学した一年生らしく、中学時代は強肩豪打の捕手として有名だった選手らしい。波輪は今のヒットでその噂に違わぬ実力を感じ取り、将来的な成長が末恐ろしいものだと思った。

 

 この試合初の出塁を許した波輪がワンアウト一塁で迎えた六番打者は、すかさず送りバントを敢行してきた。

 打者の体格は木崎と比べれば一回り以上小柄ではあったが、波輪の150キロのストレートに怯むことなく、敵ながら見事に三塁線へと転がしてきた。猛ダッシュでボールを拾ったサードの池ノ川が一瞬だけ一塁走者に目を向けたものの、二塁への送球は間に合わないと判断し手堅く一塁へと投げた。

 打者走者はアウトとなり、これでツーアウト二塁である。ワンアウトであったにも拘らず初球からバントを仕掛けてきたことから、とにかく走者を得点圏に進めたいというそよ風高校ベンチの思惑が窺える。

 

「二塁まではくれてやるさ」

 

 二塁ベースに先制の走者を置いた波輪だが、その状況にプレッシャーは感じていない。

 寧ろ波輪には、自分はピンチであればあるほど力を発揮するタイプであるという自負があった。

 好きなだけ進塁してくれて構わないが、決してホームベースは渡さない。ボールにより気迫を込めると、波輪は続く七番打者と相対した。

 

 

 

「ストライク! バッターアウトッ!」

 

 球審の判定に応援席が沸き上がり、喝采の大拍手がグラウンド内へと送られていく。

 二回の裏、竹ノ子高校が初めて迎えたピンチは、全く胃を痛めることなくあっさりと幕を下ろした。それまでほぼストレートしか投げていなかったところにキレのあるスライダーを織り交ぜ、最後は低めに落としたフォークボールで空振り三振。そよ風高校の七番打者に一度もバットを当てさせない、完璧な投球だった。

 

「……絶好調だな」

 

 星菜は周りの歓声にかき消される声量でそう呟いた。愕然とまではいかないものの、その表情には驚きが隠せない。

 今までマネージャーとして数ヶ月間波輪風郎のことを見てきた星菜であるが、今日ほどボールが走っている彼は見たことがない。阿畑やすしという好投手と投げ合うことで、より力が引き出されているということなのだろうか。初回から150キロ台を連発している彼の投球は、技巧派投手を好む星菜をしてもいつまでも見ていたいと思わせる快投であった。

 

 そしてそんな波輪に対抗するように、三回表は阿畑やすしが魅せてくれた。

 回先頭の七番青山をアバタボールで空振り三振に打ち取ると、続く八番石田を外角一杯のスライダーで見逃し三振。九番小島には内角高め(インハイ)に決めた142キロのストレートで鮮やかに空振り三振を奪ってみせた。

 

 呆気なく終了した三回表の竹ノ子高校の攻撃であったが、裏のそよ風高校の攻撃もまたあっという間に終わった。

 八番山本、140キロのスライダーで空振り三振。

 九番渡辺、高めの釣り球の152キロのストレートを空振り三振

 一巡して回ってきた一番の鈴木は138キロのフォークに手を出してしまい、空振り三振。

 三回の攻防は両陣とも三者連続三振という、二人のエースが球場を支配する奪三振ショーであった。

 

(どっちも流石だ……)

 

 お互いに高校球児のレベルを超えている。近い将来では二人ともプロの舞台で投げ合っているのだろうなと、他人事ながら遠くを見るような目で星菜は思った。

 そう、全くの他人事である。

 彼らの投げ合いに、自分が入り込める余地などどこにもない。二人のエースが戦っている世界は、星菜にとってどこまでも遠いものだった。

 

(……他人を煽っておいて、自分はこんな風に拗ねているだけじゃダメか……)

 

 楽しそうに投げ合う二人の姿に嫉妬めいた感情が沸き上がってきたことを自覚した星菜は、苦笑を浮かべながらそれを心の奥へと閉じ込める。

 今自分がすべきことは波輪達竹ノ子高校の勝利を信じて応援することだけだと、星菜は周りの空気に乗って彼らに声援を送った。

 

 イニングは四回の表へと移り変わる。この回になってようやく打順が一巡した竹ノ子高校は、遂に初ヒットが生まれた。

 一番の矢部、二番の六道が立て続けにセカンドゴロに打ち取られ、簡単にツーアウトを献上した直後のことである。三番の鈴姫がツーエンドワンへと追い込まれてから投じられた外角低めのアバタボールを巧みにすくい上げ、引き手一本でセンター前へと運んだのである。

 

「キャアアアアアアアアアアアアッ!!」

 

 技ありの一打に星菜が喜ぶよりも早く、耳を塞ぎたくなるような黄色い歓声が周囲の女子生徒達から上がった。それにはチーム初ヒットによる盛り上がりもあるのだろうが、何より打ったのが鈴姫健太郎というのが大きいのだろう。少女達にとって美少年は正義であり、目に見える活躍があれば盛大に喜ぶのは道理であった。

 

(……アイツはこの先プロになったら、いろんなファンに追っかけられそうだなぁ……)

 

 ルックスが良く、野球に対し真摯に打ち込む生真面目さも持ち合わせている。将来的にプロの世界でデビューするとなれば、多くの女性ファンを獲得する選手になるであろうことが容易に想像出来る。

 しかしその一方で彼は異性の扱いにぶっきらぼうな面があり、何かトラブルを起こすこともありそうだなと少々不安に思った。

 

(……って、私が心配してどうするんだか)

 

 自分にとっては気にする必要の無いことである。何かを諦めるように一塁上の鈴姫の姿から目を離すと、星菜は右打席に入った四番波輪の打撃に注目する。

 

 ――初球であった。

 

 阿畑が投じた初球、ストレートと同じリリースから放たれたスライダーを捉え、金属バットから鼓膜を揺らす快音が響く。

 左方向に引っ張った打球は痛烈な勢いのまま瞬く間に内野の頭上を越えていき――数歩後退したレフトのグラブへと収まった。

 

「ああっ! 正面か……」

「惜しいなあくそっ!」

 

 当たりは間違いなく長打性だったが、飛んだ場所が悪かった。沸き上がった応援団の歓声は一瞬で落胆の声へと替わり、四回表の竹ノ子高校の攻撃が終わった。

 

 そして面白いことに、裏のそよ風高校もまた同じような攻撃内容であった。

 まず二番田中が空振り三振に打ち取られると、三番佐藤がちょこんと当てただけの打撃でボテボテのセカンドゴロに打ち取られる。

 容易くツーアウトを献上したそよ風高校だがそのまま三者凡退とは行かず、四番阿畑が意地を見せ、内角高めのストレートを詰まらせながらもレフト前に運ぶテキサスヒットを放った。

 そして回ってきた、五番木崎の打席。内側からストライクゾーンに入ってきたスライダーを上手く捉え、センター方向へと鋭い当たりを放った。

 

「ああっ……おおおおお!?」

「おおお! ナイス!」

 

 連打を浴び消沈しそうになった竹ノ子応援団が、歓喜の叫びを上げる。

 センター前に抜けるヒットかと思われた打球は横合いから飛び込んできたショート鈴姫のグラブに収まり、素早く二塁へとバックハンドトス。一塁走者阿畑がフォースアウトとなるショートゴロに終わったのである。

 スリーアウトチェンジとなり、竹ノ子ナインが鈴姫に賞賛の声を掛けながら自軍ベンチへと駆けていく。しかし一打席目のヒットと言い、星菜は波輪に最もタイミングが合っている打者として四番の阿畑以上に五番木崎のことを強く警戒した。

 ……尤もベンチに居ない人間が相手選手の打撃を警戒したところで、チームに影響は無かったが。

 

 

 

 

 

 試合は滞りなく中盤の五回へと差し掛かり、先頭の五番外川が打席に入る。

 しかし阿畑の癖の無いリリースから投じられるアバタボールにバッティングを崩され、自分のスイングが出来ないでいた。持ち前のミートの上手さで五球ほど粘ったものの、最終的には内角のシュートを引っ掛けてしまい、あえなくサードゴロを打たされた。

 

「ここまで来ると打ち取られて嬉しいね。サッカー部では味わえなかったドーンときて、ガシャーンとやられる感覚。あんな投手を打たなければいけないと思うと、わくわくする」

「ああ、気持ちはわかるな」

 

 凡打を打ちながらも言葉通り嬉しそうな表情を浮かべてベンチへと帰ってきた外川に、波輪は共感を覚える。

 大会きっての好投手である阿畑やすしは竹ノ子高校にとって厄介な強敵だが、選手個人としては戦っていて非常に楽しい相手なのだ。

 

「でもそんなこと言っておいて負けたらカッコ悪いッスよ」

「まあ今はとにかく粘って、我慢の時だろーな。粘って食らいついて、終盤ピッチャーが疲れてきたところが勝負だろう」

 

 波輪の言葉へのマネージャーほむらの尤もな意見に対し、監督の茂木が常と変わらない気だるげな表情を浮かべながら言う。

 

「いくらドラフト候補ったって、全くノーチャンスってことはないさ」

 

 相手も同じ高校生。精密な機械でも妖怪でもないのだから、と茂木は続ける。いかに阿畑やすしと言えど全てのボールが狙ったところへ完璧に決まるわけではなく、こちらも必死に食らいついていけばいつかは隙を見せる筈だとも。

 そして五番外川の後を打つ六番池ノ川の打席――阿畑はこの試合、初めてその隙を見せた。

 

「ボールフォア」

 

 池ノ川はタイミングを崩されながらもフルカウントまで粘ると、低めに外れたアバタボールを見極め四球(フォアボール)を選んだのである。

 

「いいぞ池ノ川ー!」

「ナイス選ナイス選!」

 

 ストライクゾーンを外れた低さは非常に際どくストライクを取られてもおかしくなかったのだが、寸でのところでバットを止めることが出来た池ノ川の粘り勝ちである。マウンド上の阿畑はその高校生らしからぬ老け顔に苦々しげな表情を浮かべていた。

 

《七番ライト、青山君》

「フハハ! 僕が試合を決めてみせますよ」

 

 ワンアウトながら、貴重な走者を出すことが出来たのは大きい。場内アナウンスに名を告げられた青山は大振りな素振りをしながら、意気揚々と打席に向かう。

 しかしその態度とは裏腹に、彼が次に起こした行動は謙虚なものだった。

 

「バントのサインは出してないんだけどなぁ」

「でも監督が出してたのは「好きにしろ」ってサインですから、今のはサイン無視じゃないっすよ」

「まあそうだけどな……なんつーかお前ら自由だよな」

 

 送りバント。二回裏のイニングにそよ風高校がワンアウトからも走者を送ってきたように、青山は手堅く一塁走者を進塁させることを選んだのだ。

 悪く言えば消極的だが、連打が難しい竹ノ子高校の下位打線が阿畑やすしを相手に移す行動としては最良の選択かもしれない。一塁線へと転がした送りバントは一球で成功し、竹ノ子高校はツーアウト二塁とチャンスを作った。

 

「お! ナイスバントゥー!」

「石田君! ここで打てばヒーローでやんす!」

「おう! スタンドの星菜ちゃんにホームランボールをプレゼントしてやるぜ!」

「……いや、それは無理だろ」

 

 五イニングス目にしてようやく得た得点のチャンスにベンチの熱気が増し、個性の強い面々がはしゃぐように声援を送る。それに対し鈴姫一人だけが妙に冷めた言葉を吐くという自軍の試合では見慣れた光景に、波輪は苦笑を浮かべる。

 良くも悪くもムードメイカーが多いというのが、竹ノ子高校の特色だった。

 

 そしてその盛り上がりは、八番石田の打撃結果でさらにヒートアップする。

 

 打ったのは外角のストライクゾーン一杯に決められた140キロのストレート。タイミングは振り遅れ、当たったのは芯を大きく外れたバットの先。打球は力の無いボテボテのショートゴロとなり、内容では完全に負けていた。

 しかし、打球が死にすぎたのが幸いした。

 力の無い打球はショートが前進して捕球するまでに時間を要し、素早く送られた送球がファーストミットまで到達する頃には、既にヘッドスライディングした石田の両手が一塁ベースに触れていたのである。

 

「出たー! 石田先輩のインチキヒットだあーっ!」

「俊足を生かした内野安打って言ってやれよ……」

 

 元々石田は、波輪と矢部が野球部に引き込むまでは陸上部に所属していた選手である。お世辞にも打撃が上手いとは言えないが、その走力だけは声を大にしても誇れる長所だった。加えて右打者よりも一塁ベースに近い左打者だったというのも、今回の幸運を呼んだ要因であろう。

 一方で完全に打ち取った打球をヒットにされた阿畑は、微々たる変化ではあったが不服そうに表情を歪めていた。

 

「これでランナー一三塁のチャンスだ。頼むぞ小島!」

 

 練習試合や一回戦では今一つチームに貢献できなかった下位打線だが、ここに来て意地を見せている。ここで九番打者である小島にタイムリーヒットが飛び出そうものなら、この先他校に「竹ノ子高校は波輪のワンマンチームではない」と認識させることが出来るかもしれない。そうなれば非常に美味しく、また主将の波輪にとって気分が良い話だった。

 元来波輪は自分の個人技による得点よりも、全員野球で繋ぎ得た一点の方こそを尊重したいと思う人間なのだ。

 

 しかし現実として目の前に映るのは、このチャンスで一段ギアを上げてきた阿畑を相手に手も足も出ず三振を喫する小島の姿であった。

 

「うわ、えげつねぇ……」

「ド、ドンマイドンマイ! しまっていこう!」

 

 走者を一塁と三塁に置いたピンチで阿畑が投じてきたのは、これまで以上に精度もキレも高まったアバタボールであった。石田は泉星菜のナックルよりも遥かに上を行くその変化に翻弄され、最後は捕手の手前でワンバウンドしたボールに手を出し空振り三振に終わったのである。

 

(小島の打席に打てる球は来なかったな。今のはしょうがない)

 

 これでスリーアウトチェンジ。結局二者残塁に終わったイニングではあるが、次が一番の矢部から始まる好打順というのは大きい。波輪はこの回で打順を調整出来た点では下位打線の攻撃を批難する気は全く無かった。

 尤も本人達にはそれで満足してほしくはないが、彼らは現状最低限の仕事はしてくれたと思っている。

 

「今度は、俺が自分の仕事をしなきゃな……」

 

 だがエース投手である波輪風郎には、下位打線よりも求められるものは厳しい。彼にとっての最低限の仕事とは、「試合に勝てる投球」をすることなのだ。

 そして阿畑やすしを相手にするこの試合において、勝てる投球とは即ち「無失点」に抑えることだと考えている。

 

 座右の銘は有言実行である。

 

 五回の裏、波輪は球場に詰めかけた者全てにエースが何たるかを見せつけるように、そよ風高校の六番から八番までの打者をこの試合三度目の三者連続三振に切り伏せてみせた。球速は自己最速を更新する155キロを計測し、僅か五イニングで早くも十二個目となる三振を奪ったのである。

 その圧倒的な投球に訪れていたプロ野球のスカウト全員が熱視線を向けていたことは、もはや語るまでもない。

 

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