外角低め 115km/hのストレート【完結】   作:GT(EW版)

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金色の野球少女の最期

 

 一日の練習が終わり、帰宅しようとバス停まで向かおうとした矢先のことである。

 ピリリッと携帯電話の音が鳴り響き、星菜は発信先の人物の名を確認した上で通話ボタンを押した。

 着信元の名前は小山雅。先日に連絡先を交換し合った、金髪の友人からの電話だった。

 

「引退試合?」

 

 そして、星菜は聞いた。

 星菜の身にも関わる、彼女の今後の話を。

 

《そう。そっちの監督が断らなければ、明後日、私の居るときめき青春高校が君達と試合をすることになる》

 

 野球部の予定である。

 行うのは九月の始まり。丁度、夏休み最後の日だ。

 雅が言うには彼女が所属していたときめき青春高校が、竹ノ子高校に対して練習試合を申し込んだとの話だった。

 

《私にとっては、それが最後の試合になるね》

「……そっか」

 

 そして、彼女は語った。

 雅はときめき青春高校からの転校が決まっており、既に野球部からも退部している身だが、今回だけは特別に練習試合に帯同することを許されたのだそうだ。

 言うならばこれは、彼女にとっての引退試合。小山雅が野球人生の最後の相手として、星菜達竹ノ子高校野球部を指名したというわけだ。

 

《でも君達は、ただの練習試合の一つと思ってくれればいい。引退試合だと思ってやるのは、私だけだから》

 

 かつての友の引退試合と言うと星菜は何とも気を張ってしまうが、雅からしてみれば普段通りで構わないとのことだ。

 彼女はただ自分の野球人生の終わりに、星菜と正々堂々、本気で勝負をしたいのだということだけを告げてきた。

 

「気を遣わずに、本気で来いと?」

《うん。まあ、嫌でも私が君を本気にさせるんだけどね》

 

 急な話ではあるが、星菜には今の彼女の心境に対して、理解することも納得することも出来た。

 彼女は既に野球をやめたと言っていたが、まだ心のどこかには執着心が残っているのだろう。だから最後に自分の望んだ相手と試合をすることによって、心の中から思い残すことを完全に無くしておきたいのであろう。

 ……引退試合一つでそれが出来るとは星菜には思えないが、星菜も友人として、少しでも彼女の助けになるのならば彼女との勝負を歓迎したいと思った。

 

「……わかった。万全な状態で待っているよ。まあ、出番があるかはわからないけど」

《あるさ。なくても、私が無理にでも引きずり出す》

 

 尤も彼女側の申し出を竹ノ子高校監督の茂木が引き受けてくれるかはわからないが、もしも渋るようならば自分の方からも頼んでおくと、星菜は雅に伝える。

 しかし星菜は、茂木がときめき青春高校との練習試合を断るとは思っていない。合宿の際に試合をしたことがあるからこそ思うが、朱雀南赤、青葉真人の二人の好投手を擁するときめき青春高校との試合からは、こちらもまた間違いなく得られるものは大きいと感じていたからだ。

 竹ノ子高校からしても、ときめき青春高校との試合は何度やっても美味しい経験になるのである。あくまでも理屈としては、試合をすることに関しては何の問題もないのだ。

 

《じゃあ、また明後日》

「うん、またね」

 

 雅はただそれだけを言って、通話を切った。

 電話中の彼女は話の内容は至って簡潔であったが、どこか引っかかる態度をしていたと星菜は思った。

 

「雅ちゃん……」

 

 彼女の声が、冷たかった。

 淡々としていたと表現するよりも、冷たいと感じたのだ。

 電話から聴こえてくる声にはまるで能面のように感情が篭っておらず、感情豊かな本来の彼女の姿を知っているからこそ、星菜は通話中の彼女に違和感を覚えた。

 

(緊張しているのかな? 何だか、様子がおかしかった気がする……)

 

 予定通り行けば、明後日は彼女にとって最後の試合――引退試合になる一戦だ。それ故に、彼女の頭では思うことが多すぎて混沌としているのかもしれない。いずれにせよ、先ほど自分が話した相手は小山雅であって、星菜の知っている彼女ではないように感じた。

 しかし一つ言えるのは、彼女は明後日の練習試合に対して並々ならぬ思いでぶつかってくるということだ。

 

「ときめき青春か……」

 

 星菜は合宿で一度試合をした、ときめき青春高校というチームのことを思い出す。

 竹ノ子高校と同様に部の活動歴が浅いという事情も含めて、どこか竹ノ子高校と似た雰囲気のあるチームだった。しかし個々の選手が秘めているポテンシャルは明らかに竹ノ子高校のそれを凌駕しているように感じ、特に二枚看板の青葉、朱雀の実力は現時点でドラフト候補に名を連ねるレベルのものと思えた。

 投手力は既に名門校レベルであり、実際竹ノ子高校の打線が手も足も出なかったのも無理はないだろう。欠点を言えば打線がまだまだ発展途上と言ったところであり、個人のセンスはあるがチームとしてそれを生かしきれていないというのが実際に対戦をした星菜からの評価だった。

 もう一度彼らと勝負をしても、星菜には抑える自信はある。しかしあの打線に小山雅が加わると考えると話は変わり――久しぶりに、星菜は武者震いを覚えた。

 

「何の電話だったんだ?」

 

 そんな星菜を隣に見て、不思議がった鈴姫が訊ねてくる。

 遺恨を断ち切って以降は元々家が近いこともあり、星菜は彼とこうして一緒に帰ることが多く、近頃はかつてもそうであったように星菜の中では彼が隣に居ることがごく自然になっていた。

 友人の奥居亜美を始めとするクラスメイト達からはそんな光景を見るなり二人が付き合い始めたのだと誤解されたこともあったが、鈴姫の方からは一切否定しないものだから質が悪かった。

 閑話休題。携帯電話を懐にしまった後、特に隠す必要もなかった為、星菜は彼の質問に正直に答えた。

 

「明後日、ときめき青春高校と練習試合をするかもしれないってさ」

「ああ、またあそことやるのか……さっきの電話、川星先輩だったのか?」

「違うよ。ときめき青春高校の選手からの電話」

「は?」

 

 ときめき青春高校のことは彼も合宿を通して知っている為、今更説明する必要はない。

 しかしかの学校の選手達の風貌を知っているからこそ、鈴姫は眉間にしわを寄せて、怪訝そうな表情で問い詰めてきた。

 

「……誰だ? あのチャラい奴か? そう言えば試合が終わった後、奴に何か声を掛けられていたな」

「え? あー……ときめきはときめきでも、()ときめき青春高校の生徒だよ」

「元?」

 

 彼としては、自分の知らないところで星菜が他校の男と連絡先を交換していたことが面白くないのだろう。実際には違うのだが、執拗にこちらの通話相手の素性を知りたがる様子はどうにも滑稽で、星菜には可笑しく思えた。

 

「おいおい、お前の反応、なんかドラマに出てくる面倒くさい彼氏役みたいなことになってるよ?」

 

 彼をそのように嫉妬深く、不器用な男にしてしまった責任の一端は星菜にもあるが、正直言って見苦しい。

 しかし言い換えればそれだけ彼がこちらのことを想っている証でもあり、悪い気はしなかった。

 そんな心情の星菜に心外な揶揄をされた鈴姫はと言うと、一つ溜め息をついて言った。

 

「……そうにもなるさ。君は警戒心が強い方だけど、一度身内に入れた相手には甘いところがあるからな。まあ、俺はそれに助けられたんだけど」

 

 その言葉に、星菜は立ち止まって考えてみる。

 星菜としては特別そう意識しているわけではないが、確かに客観的に見ると自分にはそんなところがあるのかもしれないと思った。修復するまでに多くの時間は掛かったが、身内への甘さゆえに何だかんだで鈴姫との友情を捨てきれなかったのもまた事実である。

 しかし、それではまるで……

 

「……それ、私がまるで人見知りの猫みたいじゃないか」

「言い得て妙だな。まさにそんな感じだ」

 

 自分は猫と一緒か……と星菜にとっては不本意な分析に微妙な表情を浮かべる。

 いつぞやの早川あおいからも同じように例えられたことを思い出し、さらにげんなりする。

 

「まあ、そんなことよりもさっきの電話は誰からだったんだ?」

「……さっき私が話していたのは、可愛い可愛い女の子だよ。前に話したでしょ? 小山雅っていう、昔からの友達なんだ」

 

 話を戻し、星菜は先ほどの通話相手の素性を述べる。

 彼女のことは、一応前に鈴姫にも話している。故に鈴姫も合点がいったようで、納得の表情を浮かべた。

 

「君が俺と出会う前の、向こうの小学校に居た頃の友達だって言っていたな」

「うん、仲良かったよ。よく二人で遊んだ」

 

 そう、小山雅は星菜にとって昔からの友達だ。

 一つ歳上ではあるが家が隣同士だったことからいつも一緒に居て、勝手に遊びに連れ出しては彼女の親に怒られていた記憶がある。

 星菜としては、今でも彼女のことは友達だと思っている。彼女との友情は、時間の経った今でも忘れたことはない。

 

 ……忘れていない、筈である。

 

 しかし何かが、この心に引っ掛かっているような気がした。

 覚えている筈なのに、大切な何かを忘れているような気が――。

 

 

 

 

 

 

 そして、翌日。

 練習の開始時刻にグラウンドに現れた茂木林太郎が部員達一同を集合させると、彼はいつにも増して気だるげに言い放った。

 

「明日、またときめき青春高校と練習試合をすることになった。んで、場所はここでやる」

「またでやんすか。オイラとしてはいい加減もっと弱いところとやりたいでやんす……」

「弱気なこと言うなよ。でも、確かにあそこのピッチャーは反則だぜ……」

「フハハ! リベンジの機会ですね! あの時は力の差を感じましたが、その差は埋める価値のあるものだと思っています」

 

 ときめき青春高校との二度目の練習試合の話は、星菜の予想通りトントン拍子に運んでいったようだ。

 夏の大会が終わり、秋の大会が近づいている今、練習試合は何度行ってもこちらに損は無い。それが手の内を知られても然程問題のない他県の高校が相手となれば尚更のことである。

 監督の茂木からしても、ここで夏休みの修めとして試合の予定を組むことに異存はなかったようだ。

 しかしやはり急な話だった為か、彼個人の準備としては少々問題があったらしい。

 やや申し訳なさそうに、茂木が頭を掻きながら一同に言った。

 

「試合をすることになったんだが、俺にはちょっと外せない用事があってな。明日は帯同してやれない」

 

 そう言い放った茂木を責める者は、おそらくこの場には居ないだろう。

 そもそも夏休みの終わりになって、急に練習試合の申請が来たのだ。野球部の監督であり、社会科教師でもある茂木にもまた外せない用事があることは、至極まともな話だった。

 

「……それって、何が問題なんでやんすか?」

「お前、明日ベンチな」

「じょ、冗談でやんすっ! 監督が居ないとオイラ達超困るでやんす!」

 

 監督が明日の不在を宣言したことによって六道明や鈴姫等の真面目な部員達が渋い表情を浮かべ、副主将の矢部明雄や池ノ川貴宏らが俄かに笑みを浮かべていたのは、きっと星菜の気のせいではないだろう。

 だが練習試合の一試合程度ならば彼が居なくても行えるという意見も、あながち間違いとは言い切れない。

 幸いにして竹ノ子高校野球部には川星ほむらというどこに出しても優秀なマネージャーが居り、星菜自身もある程度の補佐を務めることは出来る。そして何よりも、試合中はこのチームのことをよく理解している上で、確定的に暇を持て余している人物が一人居ることが大きかった。

 

「……俺の顔になんか付いてる?」

「いえ、気のせいでした」

 

 怪我の状態が悪く、初めから試合に出る予定の無い野球部主将の顔から視線を外すと、星菜は再度茂木の方へと目を移す。

 監督の代行は、彼に任せれば問題無いだろう。茂木もまた、星菜と同じことを考えているようだった。

 

「そんなわけだから、明日は頼んだわ、キャプテン。必要事項のメモはマネージャーに渡しておくから、後はお前が勝手にやっといてくれ」

「あ、はい!」

 

 それは本人の実力もさることながら、日頃の練習態度も評価されているからこそだろう。

 茂木は特に悩む素振りも無く、波輪風郎に対して自身の代役を任命した。

 命じられた側である波輪と言えば、こちらは予想以上に乗り気な様子だった。

 

「よっしゃ、プレイングマネージャーだ! 一度やってみたかったんだよなこれ!」

「……言っておくが、試合には出るんじゃないぞ? ギプスは外れたって言っても、まだリハビリメニューの途中なんだからな」

「わかってますって。怪我人は大人しくしてますよ」

「どうだか……六道、ないとは思いたいが、コイツが率先して変なことしたら副キャプテンのお前が止めるんだぞ?」

「勿論、そのつもりです」

「あれ? 副キャプテンってオイラじゃ……」

「矢部君が一番心配ッスからねぇ」

 

 優秀なキャプテンと、マネージャー様々である。

 監督の不在という予定外はあったが、とりあえずは練習試合を拒否されるという事態にはならなかったようで、星菜は安堵の息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――ときめき青春高校。

 

 甲子園の常連校である強豪校、激闘第一高校と地区を同じくするその学校のグラウンドには、七月以来登校を拒否していた一人の野球部員が初めて姿を見せていた。

 小山雅――七月までは男子生徒としてこの学校に通っていた、野球部所属の「少女」である。

 夏休みも残り僅かとなった今になって唐突に部に帰ってきた彼女のことを、部員達は皆戸惑いながらも受け入れてくれた。

 ときめき青春高校の野球部員達は誰も彼も人相の悪い者ばかりであるが、こと身内に関しては熱い信頼を寄せ合っている。その校名の通り、彼らは明日へときめく高校球児達であった。

 

「ありがとね。わざわざ私のわがままに付き合ってもらっちゃって」

 

 日が暮れて、一日の練習時間が終えた後、雅は改めて彼らに礼を言った。

 雅としては彼らの人柄からこうなることは始めから予想していたが、自身の「引退試合」に快く付き合ってくれることに対する感謝の気持ちは確かに存在していた。

 本当の性別が女だと知れ渡った今でさえ、彼らはかつての仲間として雅のことを認めてくれる。彼らの懐の広さにもっと早く気づいていれば、もっと色々と、他にすることが出来たのかもしれない。しかしそう考えたところで、雅にとっては全てが後の祭りだった。

 

「まっ、気にすんなよ。お前には世話になったしな」

「臣下が有終の美を飾りたいと言っているのだ。応えてやらねば王の器が知れるというものよ」

 

 雅の礼を受け取り、そう返すのは主将の青葉真人と副主将の朱雀南赤だ。雅と彼らは、ときめき青春高校に野球部を復活させようとした一年生の頃からの仲間――友達だった。

 ……恐らくは、他の誰よりも雅のことを心配していたのも彼らであろう。決して口には出していないが、雅には何となくその気持ちが伝わっていた。

 

「にしても雅ちゃんも冷たいッスよ~。黙って居なくなっちゃうなんて、俺っちもう会えないと思ったッスよ!」

「悪かったよ。ごめんね茶来君。私にも、色々と思うことがあったんだ」

「ふふーん?」

 

 雅が久しぶりに部の練習に混ざって思ったことだが、誰よりも以前との変化が見えないのがこの茶来元気という男である。

 その名の通り「チャラい」風貌の彼は、雅に対して以前と変わらない気安い口調で話しかけてくると、本人の自覚は定かではないが雅と他の部員達との関係を上手いこと取り持ってくれたのである。

 尤も雅としては野球部の仲間が自身の復帰を受け入れようと受け入れまいと関係なく、我が物顔で試合に出るつもりであったが。

 

「なんだい? 珍妙な顔して」

「いや、雅ちゃんが自分のことを私って言うの、案外違和感無いなぁって思ってさ」

「こっちの方が素だからね。別に私だって、好きで僕っ娘をしていたわけじゃないよ」

「ふぅん……でも今だから言えるケド、別に演技なんかしなくても良かったッスよ? 俺っちやミヨちゃん、鬼力っちなんかは雅ちゃんが女の子だってこと、とっくに気づいてたし」

「ああ、やっぱりバレてたんだ」

「ま、バレバレっしょ。今だから言えるけど、どう考えても君の男装には無理があったし」

 

 今日一日における茶来の態度には、あまりの変わらなさに違和感すら感じたものだが、やはりそういうことかと雅は納得する。

 何人かは雅が女の子であるという事実に動揺したりそわそわした反応を見せたものだが、彼は以前からこちらの男装に気づいていたのだ。

 今でなければその事実に雅は慌てていたことだろうが、全てがバレてしまった今となってはもはやどうでも良いことだ。ただ雅の心に反省として残るのは、男装などという無理なことは始めからするものではなかったという教訓ぐらいである。

 

「朱雀、お前は気づいてたか?」

「……黙秘する。貴様こそどうなのだ青葉よ」

「俺、全然気づかなかったぜ。単純だな、俺ら」

「貴様と一緒にするでない」

 

 そんな小声に、雅は思わず噴き出しそうになる。我ながら拙い男装であったが、部員達の中で最も付き合いの長い二人には隠し通せていたようだと妙な安堵を覚えた。

 しかし彼らのようにこちらの言葉を疑わずに信じてくれる仲間が居てくれたからこそ、短い間であったが夏の大会まで野球を続けることが出来たのかもしれない。

 そう思うと、純粋な彼らを騙し続けてきた自分自身への嫌悪感と罪悪感に苛まれる。雅には到底、感傷を抱かずには居られなかった。

 

「ま、まあ、みんな何だかんだでお前のことはこれからも仲間だと思ってるからさ。明日は気負わず楽しんでいけよ」

 

 照れ臭そうに鼻先を掻きながら、青葉が雅に言った。

 ……心の温まる、何とも優しい言葉だ。

 それはきっと、今の今までずっと欲しかった言葉なのかもしれない。 

 

(……本当に、相変わらずだ)

 

 ……だが。

 

「それは、出来ないよ」

「ん?」

 

 彼らが自分のことを今でも野球部の仲間として受け入れようとしてくれても。

 雅自身には、そんな自分を受け入れることが出来なかった。

 諦めたがっているのだ。この心は。

 しかしそれでも完全に燃え尽きていない自分に満足出来ないから、いつまでもしがみついている。

 

「宿命のライバルっていうのかな? 竹ノ子高校には、どうしても勝ちたいピッチャーが居るんだ。波輪風郎よりも、ずっとね」

 

 それが、雅の執着の理由だった。

 

「それってもしかして、泉星菜って子か?」

「あのヤバめっちゃ可愛い女子投手のことッスね! 合宿で試合をしたからよく覚えてるッスよ」

「……なるほどな」

 

 この執着を断ち切らない限り、きっと雅は前に進めない。

 そして断ち切る機会を、彼女との再会が与えてくれたのだ。

 

「そうだよ。実は私が野球を始めたのも、その子がきっかけなんだ」

 

 ――何よりも重い執着の原因となった、他でもない彼女が。

 

(……全ての元凶は、君だった。ああ、早くやりたいな……私をこんな女にした責任を取ってもらうよ、泉星菜)

 

 彼女を倒す。

 完膚なきまでに。

 たったそれだけのことでこの醜い執着は完全に消え去るのだと、雅はその心に信じて疑わなかった。

 

 

 

 ――そして次の日、小山雅の最後の野球人生が始まった。

 

 

 

 


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