外角低め 115km/hのストレート【完結】   作:GT(EW版)

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内心毒舌解説

 

 リーダー同士のジャンケンによって、白組が後攻、紅組が先攻となった。

 白組の九人(ナイン)は矢部の指示に従って各々の守備位置に着くと、内野と外野とでボール回しを行う。その中心では白組先発の青山才人がマウンドに上がり、投球練習を始めていた。

 

「星菜ちゃんはどっちが勝つと思うッスか?」

 

 今まさに紅白戦が始まろうとしているグラウンドを見つめ、スコアブックを膝に置いたほむらが星菜にそう訊いてきた。

 この紅白戦で重要なのは、現状の選手達がどれほどのパフォーマンスを発揮出来るかにある。故に勝敗など二の次ではあるのだが、試合をするとなれば何だかんだでそちらにも目が向いてしまうものだ。

 

「わかりません」

 

 だが、星菜はほむらにとって最もつまらないと思われる答えを返した。昨日マネージャーに加入したばかりの新入りに過ぎない星菜には、両チームの戦力差など精々が学年とビッグネームぐらいでしか把握出来ていない。その程度の情報量で勝敗を予測しては、試合をする選手達に失礼だと思ったのである。

 

「ただ、イニングは五回までですからね。やはり両投手の出来次第になるのではないでしょうか」

 

 個人的な感情で勝手なことを喋るのも拙い気がするので、星菜は特に当たり障りのない言葉を選んだ。

 今回の紅白戦は登板する二人の投手に配慮している為か、イニングは五回制と極めて少ない。加えて、初対戦では持ち玉の球種がわからない分、打者よりも投手の方が有利である。順調に抑えれば打順が二巡することもないので、ある程度はロースコアになるだろうと予想していた。

 

「ほむらちゃん、星菜ちゃん、教えてあげるよ」

 

 その時、これまで素振りをしながらベンチの付近に立っていた白組ナインの一人――波輪風郎が二人の会話に割り込んできた。

 

「この試合、竹ノ子高校が勝つ!」

 

 どこか得意げな――所謂「ドヤ顔」を浮かべて、波輪が言った。

 そして、数秒の沈黙が訪れる。

 

 ……この人は、うまいことを言ったつもりなのだろうか。

 

 彼の意図が読めなかった星菜は、どういうことかと隣に座るほむらへと目配せする。

 ほむらは短く溜め息をつくだけで、何も言わない。だが、呆れの滲んだその瞳は雄弁に語っていた。

 

 何も聞かなかったことにしよう――と。

 

「おーい、何かツッコんでくれよー、虚しくなるじゃないかー」

「……やっぱり、私は白組が勝つと思います。一年生主体と二年生主体のメンバーでは、少々守備力に差があると思いますので。その点、紅組よりも多くの二年生がバックに居る青山さんが有利かと」

「何より白組のセンターラインには鈴姫君が居るッスからねぇ。ほむらもさっきまでは紅組かなって思ってたんスけど、今は白組が勝つ気がするッス」

「おーい」

「波輪、始まるぞ。前来い」

「……へーい」

 

 波輪風郎――このような無名校に居るのがあまりにも場違いな実力者には違いないのだが、なんだか真面目なのか不真面目なのかわからない男である。星菜は彼に対する印象を、そっと心の中に追加しておいた。

 

 グラウンドでは、既にボール回しも投球練習も終わっていた。

 白組の先頭バッターは数少ない二年生の一人、遊撃手(ショート)を守る左バッターの石田である。野球選手らしくない細身な体型だが、元々は陸上部に居たところを引き抜いてきたのだとほむらが解説してくれた。

 

「頑張れ石田!」

「お前に言われんでもわかっとる!」

 

 ベンチの波輪から熱い声援を受けながら、石田が左のバッターボックスに立つ。そして、球審の茂木監督が試合開始を告げた。

 

 ――その瞬間、場の空気が切り替わる。

 

 それまでの和やかな空気は一転し、打席の石田はもちろん、波輪らベンチに居る全員が頬を引き締めていた。

 紅白戦とは言え、その空気はまさに試合中のベンチのものだ。その光景を見て、星菜は内心で安堵の息をつく。

 流石に、彼らも遊び感覚でいるわけではないようだ。野球部として在るべき正しい雰囲気に、当たり前だと思いつつも星菜は感心した。

 

「ストライク!」

 

 そして白組先発の青山が上手から投じた一球目のボールが、何の障害もなくキャッチャーミットへと突き刺さった。

 目測したところ、球速は110キロ台後半といったところか。彼が入部したての一年生であることと今はまだ春先であることを考えれば、悪くないストレートだと星菜は思った。

 キャッチャーからの返球を受け取ると、青山はすぐにグラブを胸の前まで移動させ、ノーワインドアップから二球目のボールを投じる。

 

(……でも、フォームが悪い。左脚が突っ張っているし、リリースが早すぎる)

 

 そのぎこちない投球フォームに難癖をつけたくなったのは、星菜もまたかつては投手だったからであろう。そうやって今の己の身分もわきまえずに、相変わらず偉そうな奴だなと星菜は自嘲する。だが、思わずにはいられないのだ。

 青山の右手から放たれたボールは、鈍い金属音と共にグラウンドを転がっていった。

 威力のない打球――平凡なゴロである。その打球は白組二塁手(セカンド)の小島に捕球されると、危なげない送球によって一塁へと送られた。

 バッターランナー石田も懸命に走ってこそいたがタイミングは特に惜しくもなく、球審の茂木が覇気のない声で「アウト」と唱え、ワンアウトとなった。

 

「フハハ!」

 

 続く紅組二番の浅生も、石田と同じく左バッターである。彼は青山の投球にカウントツーエンドツーから二球粘ったが、内角低めに外れるスライダーを空振りし、あえなく三振した。

 グラブを叩き、歓喜の声を上げる青山。その投球を、白組ナイン達がナイスピッチと称える。

 だがベンチからそれを眺めている星菜の目は、決して彼らのように暖かいものではなかった。

 

(アウトコースに投げきれているところを見るとコントロールはそう悪くなさそうだけど、あの球で他校の二年生に通用するとは思えない。入ったばかりの新入生に何を期待してるんだと言われれば、それまでだけど……)

 

 解説者気取りだなとは、星菜自身も思っている。その癖やっていることと言えば内心でネチネチと酷評しているだけなのだから、つくづく情けないものである。

 

 ツーアウトとなり、三番の六道明が右打席に立つ。

 彼はチーム内で主力と言われている選手の一人だ。この対決は見物だな、と星菜は注目する。尤も、その「見物」と言うのは仮にもレギュラーを張っている選手がこの程度の投手を打てなければチームの底が知れるものだ――という意味での、非常にひねくれた見方ではあるが。

 だがその打席は、星菜を落胆させるものではなかった。

 キィンッ! と甲高い金属音が響くと、地を這う打球が猛スピードで青山の右横を抜けていく。

 文句なしに、ヒット性の当たりである。打球はそのまま二遊間を抜け、センターの前に到達する――筈だった。

 

「おお!」

 

 ほむらが歓声を上げる。

 センター前ヒットになる筈だったその打球は突如現れた白組遊撃手(ショート)の鈴姫によって捌かれ、すかさず横手から放たれた送球が勢い良くファーストミットへと叩き込まれた。バッターランナー六道は一塁ベースに到達出来ずにアウト、スリーアウトになった。

 

「凄いッス! やっぱり鈴姫君の動きは違うッスね!」

「……位置取りが良かったですね」

 

 今のは、バッターの六道に否は無い。強いて言うなら守備の名手の守備範囲に打球を飛ばしてしまったことであろうが、これは白組のショート鈴姫を褒めるしかなかった。

 

「ナイスプレーだ鈴姫!」

「別に、あのぐらいわけないですけど」

「青山君も良い球投げてるでやんすよ!」

「フハハ! ミスター・ゼロと呼んでください」

 

 初回の守りを三者凡退に終わらせた白組ナイン達が、投手と遊撃手を労いつつ星菜達の居るベンチへと走ってくる。

 両チームともベンチは同じ物を共用する。攻守交替となったことで、今度は今までベンチに居た波輪ら紅組ナインがそれぞれの守備位置へと散っていった。

 

「さあ先制するでやんす! 一番オイラが塁に出て二番小島君が送りバント、三番外川君がタイムリーで四番鈴姫君がホームランでやんす!」

「目標に向かっていくって、こんなに楽しいことなのか! サッカー部では味わえなかった感覚だ」

「……俺、ホームランバッターじゃないんですけどね」

「フハハ! 援護は一点あれば十分ですよ!」

 

 白組のナインは、紅組よりも随分と賑やかである。とは言っても実際に賑やかなのは約二名の二年生と一名の一年生だけなのだが、彼らだけでその場が騒がしくなっているのだ。

 星菜がそんな彼らの様子を横目にしていると、ふと一人の男と目が合った。だがすぐに、星菜はそれを外した。

 

(私も、まだしばらくは馴染めそうにないかな……)

 

 難しい表情を浮かべながら、星菜は視線の先をマウンドに立つ紅組先発、池ノ川貴宏の方へと移す。

 投球練習を行っている彼の球は、想像以上に速かった。流石に強肩を自慢するだけのことはあるようで、彼のストレートは青山のそれよりも数段上の威力があり、六道のキャッチャーミットを重く揺らしていた。

 だが、彼の投球フォームには青山以上に多くの欠陥があった。

 踏み出した左脚がつっかえ棒のようになっている上に、上半身の開きが早く、ボールが見やすい。腕の振りは鋭いが肘の動きがあまりにも固く、彼の投球フォームは典型的な「野手投げ」であった。

 汚すぎて見ていられないフォーム――それが、星菜が内心に抱いた池ノ川への感想だった。

 

 池ノ川が十球程度の投球練習を終えると、白組先頭打者の一番矢部明雄が打席に立つ。

 しかし構えに入る前に、矢部は左手に持ったバットの先端をレフトスタンドに相当する遠方へと突き出す「予告ホームラン」のポーズを取った。

 

「花は桜木、漢は矢部でやんす!」

「なっ、テメー舐めやがって!」

「ふん、猪狩コンツェルン本社の向こう側まで飛ばしてやるでやんす!」

「いいからさっさと構えろよ……」

 

 何とも派手な演出である。と言うか、先ほど彼は「オイラは塁に出る」と言っていた気がするのだが、ならばあの予告ホームランは何なのだろうか――もしやホームランを狙うフリをしてセーフティーバントを敢行するつもりなのだろうか。それならばアレは意味のある行動ではあるが――彼の奇行に星菜が熟考して思考を巡らせていると、隣からその肩にポンッと手を置かれた。

 その方向に目を向けると、呆れ顔で首を左右に振っているほむらの姿が見えた。

 

「深く考えなくて良いッスよ。だって矢部君だし」

「そう……なんですか」

 

 その一言に、星菜は何故だか重い説得力を感じた。星菜はまだ矢部明雄という男のことをほとんど知らないのだが、きっとそういうものなのだろうと納得することにした。

 

 後に、星菜は知ることになる。

 

 矢部明雄――一年生の頃は波輪風郎と共に校舎中を奔走し、野球部復興へと尽力した功労者の一人である。そして野球部副主将も務めるその男は――野球部随一の、お笑い担当であると――。

 

 

 

 その打席、矢部はレフトへのポップフライに終わった。

 

 


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