外角低め 115km/hのストレート【完結】 作:GT(EW版)
実況パワフルプロ野球――通称パワプロ。
子供から大人まで多くのユーザーを抱えたそれは、おそらく日本で最も有名な野球ゲームと言っていいだろう。
シリーズの累計売上は2016年時点で2140万本に達しており、今もなお売れ続けている。ソーシャルゲーム全盛時代である現代こそ据え置きソフトでの勢いこそ多少衰えたものの、ソシャゲはソシャゲの方できっちりとシリーズを展開しており、寧ろ販売側からしてみればそちらの方が主力となっているほどである。
時代が変われば方針も変わる。野球界がフライボール革命やオープナーなど積極的に新しい戦術を取り入れてきたように、ゲーム会社もまた時代のニーズに合わせて変化し続けているのだ。
しかしただ一つ変わらないのは、巷の野球少年たちにとってこの「パワプロ」というゲームが今も変わらず人気であり、野球そのものを始めるきっかけになることも多いということだ。
世代的に直撃していたこともあってか近年では現役のプロ野球選手の間でもパワプロに親しみを持つ者は多く、パワプロ内での自分のステータスを上げていくことをモチベーションに練習に励む選手もいるのだとか。
……これは、その「パワプロ」と関わることになったプロ野球選手の――やがてそう遠くない将来に訪れたかもしれない、「もしも」の世界の物語である。
『ストライク! バッターアウト!』
「ああーーっ!? ひっどい! なんでそこでチェンジアップ投げるのよー!」
とあるスタジオの中、悔しさを露わにした若い女性の声が響く。
穏やかな笑い声に包まれた会場の中で長椅子に腰掛けた緑色の髪の女性が天井を仰げば、右隣に座る黒髪の女性がしたり顔でほくそ笑んでいた。
「もう、あおい先輩は追い込まれるとなんでも振り回すんだから!」
「こ、こういうゲームは苦手なの! 大体ボクピッチャーだし! 配球とか読めないし!」
緑髪の女性の後ろでは同じ方向を見つめていた水色の髪の女性が呆れたように溜め息を吐き、そんな後輩の態度にむぅっと唸りながら緑髪の女性――早川あおいが開き直ったように叫ぶ。その姿は二十歳を過ぎた女性とは思えないほど子供らしく見えた。
実際、今この時の彼女は童心に返った気持ちで目の前のそれと向き合っていた。悔しがるあおいがワイヤレスのコントローラーをチームメイトである「橘みずき」に手渡すと、バトンタッチを受けた水色の髪の彼女が今度は座席に座る。
「あたしに任せなさい! ピッチャー交代、あおい先輩を投げさせるわ!」
「ええっ、この展開でボク? 自分を使いなよ自分を」
「あたし、来年はクローザーやるから」
「ボクだって先発だよ!」
「オリンピックでは中継ぎやったでしょ。あたしの采配は完璧よ」
彼女らが今行っているのは「実況パワフルプロ野球」の新作である。
スポーツ選手である彼女らが何故こうしてオフシーズンに集まってテレビゲームをしているのかと言うと、この日は件のゲーム会社とあるネット放送番組が主催する「18球団プロ野球選手パワプロ大会」という一大イベントに参加し、現在
そんな彼女らがその身に着ているのは私服ではなく、共に所属しているプロ野球チーム、「まったりキャットハンズ」のユニフォームである。
共にチームを代表する人気選手である二人は同じ女性選手ということもあってか多少の年齢差はあるものの、まるで姉妹のように掛け合いながら観戦者を飽きさせないプレイを交互に行っていた。
そんな猫の手チームに挑む対戦相手もまた、同じくプロ野球界に所属する女性選手だった。
「む……早川さんが出て来るのか」
「じゃ、聖さん次の回よろしく」
「むぅ……私に打てるだろうか」
プロ野球チームであり、昨年度は惜しくも猪狩カイザースに敗れレリーグ制覇を逃した強豪「シャイニングバスターズ」。
そのユニフォームに身を包む一人は、昨季高卒一年目にしてゴールデングラブ賞獲得、激戦区の中で新人王に輝いたチームの若き正捕手「六道聖」。そしてもう一人は先ほどまであおいの相手としてコントローラーを握っていたチームの左腕エース、「泉星菜」だった。
プロ野球選手が集まっていると言うよりも、女性アイドルが集まっているかのように見える華やかなスタジオの中で、彼女ら女性選手たちの熱き火花がゲーム機を通して飛び散っている。
そんな彼女らを見守るエキストラの席には同じくこのイベントに参加している頑張パワフルズのムードメーカー「矢部明雄」やタイガースの二刀流クローザー「波輪風郎」の姿もあり、豪華なスタジオはちょっとした同窓会になっていた。
「ここまでの展開、解説の矢部さんはどう思われますか?」
「うーん、四人とも非常に可愛らしいでやんすね!」
ゲームの対戦カードは当然プレイヤーと同じく、バスターズ対キャットハンズだ。
昨シーズンはクライマックスシリーズで相まみえた両チームのゲームは、現在五回表のバスターズの攻撃である。
試合展開はここまでバスターズがリードの3対2。時間の都合上イニング設定は五回までとなっている為、この回がラストイニングである。
青春時代は常にリアルな野球と共にあった四人の野球少女のパワプロ歴は、やはり極めて浅い。聖に至ってはテレビゲーム自体今までやったことがなかったほどだ。
その事実に対しては全くもってイメージ通りだというのが、後に放送されることになる番組を見た視聴者たちの感想だった。
――因みにこの後、大会は軒並みゲームに不慣れな出場選手たちの中で最もテレビゲームに精通している矢部が空気を読まずに無双しながらパワフルズチームが勝ち上がり、しかし決勝戦では矢部自身が操作するセンター矢部明雄がスリーアウト目のイージーフライを落球して敗北するという取れ高的に美味しい展開が待っている(その際、何故かバスターズチームの星菜が謎の頭痛を催し、キャットハンズチームのあおいが彼女の頭を優しく撫でて慰める不思議な一幕が見られる)のだが、それはさておくとして――
お互いに初心者も同然な状態である四人の試合は終始微笑ましい雰囲気のまま進み、二回までは守備操作のミスもあり両チーム共に点を取り合う展開となった。
しかし操作に慣れるのはバスターズチームの二人の方が早く、三回からは星菜の操作する「泉星菜」のピッチングによってあおいたちキャットハンズの打線はきりきり舞いにされていた。
つい先ほどもあおいの操作するパワー自慢の四番打者が三振に倒れスリーアウトになったところであり、攻守が替わった五回の表に、あおいから操作を交代したみずきがマウンドにあおいをリリーフに送り出すという字面にしてみるとなんともややこしいプレイ画面になっていた。
対するバスターズチームもまたプレイヤーが星菜から六道聖へと代わり、聖は礼儀正しくあおいに一礼した後、プレイ画面を見つめながらコントローラーを握る。
現実の野球で見せるような圧倒的な集中力はゲームにおいてまだ発揮されていないものの、彼女も彼女なりにパワフルプロ野球を楽しんでいた。
ふとその時、ゲームのマウンドにパワプロ頭身でデフォルメされた「早川あおい」が上がったことで星菜がキャットハンズサイドに呼び掛けた。
「みずき、みずき、あおいさんの能力見せて」
「む、私も見たいぞ」
「ん、いいわよ。見よ、この強性能!」
「……なんか恥ずかしいんだけど」
パワフルプロ野球と言えば、現役選手の成績に基づいた特徴的な能力査定である。
野手能力ではミート、パワー、走力、肩力、守備力、捕球と言った項目がそれぞれS~Gというランクに格付けされており、投手能力もまたコントロールとスタミナが同じように分けられ、変化球に関してはそれぞれ1~7段階までの変化量が設定されている。
特殊能力もまたプラスに働くものとマイナスに働く多種類なものがあり、時には残酷にも思える査定が全球団の選手に対して容赦なく取り行われていた。
もちろん、それはこの場に集まった四人の女性陣も例外ではない。
「おお、流石です、あおいさん。マリンボールが4で、
「スライダーは、あんまり投げてないんだけどね……」
「オリジナル球種が二つもあるのはこの人の特別仕様よ!」
「得能も青ばっかりですね。あっ、でも短気ついてる」
昨年度、早川あおいは先発ローテーションの柱として活躍し、シーズン13勝5敗というエース級の働きを見せた。惜しくもタイトル獲得こそ逃したものの、勝率ランキングは僅差の二位と言う成績であり、ゲームでの好待遇も納得の実績を残したと言えるだろう。
特に、昨年度のレリーグはどのチームも例年より得点の多い「打高」なシーズンだったこともあり、彼女のような投手はより目立った存在だったと言えるだろう。
そんな彼女の能力を細かく分析した能力をスタジオの一同がほうほうと眺め、張本人たるあおいが気恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「み、みんなのも見せてよ。スタッフさんもいいですよね?」
「いいですよー、編集はこちらでやるので、皆さんはご自由にやっちゃってください!」
できるだけプライベートに近い選手の自然体な姿を見せたい、というのが番組の方針らしく、放送はあくまでもネット配信に留まる予定であることもあってかスタジオ内の雰囲気は豪華な顔ぶれに反していい意味で緩いものだった。
そこに感謝しながら四人は一旦プレイを止めてポーズ画面を開き、投手データのところからシャイニングバスターズの「泉星菜」の情報を開いた。
「星菜ちゃんは……うわっ、球種多っ」
「いや、七球種もあるっていくらなんでも多すぎるでしょ!」
「でも、星菜ちゃん実際も十球種ぐらい持ってるよね?」
「試合で使えるのはこの七つですよ。ね、聖さん」
「ええ、大体この七つが泉さんの球種ですね」
「誰もコントロールSには突っ込まないんでやんすね」
「まあSでしょ。高校時代よりも凄くなってるし」
矢部を始めとするエキストラ席に待機中の選手たちがうんうんと頷きながら見据えている泉星菜の投手データは、控えめに言って贅沢なページだった。
コントロールは最大のS、スタミナはBに近いC。
何よりも凄まじいのは変化球の豊富さだ。シンカー方向以外は全て搭載しており、第二球種まで完備している。
内、下方向の変化量は最大の7と、総変化量はあおいをも上回っていた。
「スライダーにスローカーブ、カットに縦スラ、ツーシーム、高速シュートにオリジナル変化球のブルーウェーブか。……ふむ、どう見ても鈴本さんより強いな。実際上だが」
「聖ちゃんって、いつも鈴本君に厳しいよね……」
「っていうか、沢村賞投手より強いでしょこれ! 猪狩さん見たら絶対怒るわよ!」
「いや、私だってタイトルホルダーだからね? 猪狩さんも納得してくれる……筈。それに、私の場合は球速が遅いから、このぐらい強くしないとバランスが取れないんじゃない?」
大盤振る舞いと言ってもいいほどにインフレしている星菜の変化球査定には多くの者が目を見開いたが、しかし実際の星菜の球を見たことがある選手たちからしてみれば決してやりすぎな査定ではなかった。
加えて星菜自身が考察したゲーム的なバランス調整説が割と的を射ていた大人の事情もあり、この場においては不満そうな顔をしている者はいなかった。
そうしてエキストラ席からちらほらと上がる賞賛の声には表面上涼しげな顔で、内面では若干の気恥ずかしさを感じながら星菜は微笑みの愛想笑いを返す。
次、得能行こう得能! あおいにそう促されながら、みずきが表示した画面を次のページに切り替えると、そこには多数の青と一つの金、少数の赤が映し出された。
そしてそれを見た瞬間、エキストラ席の矢部が歓声を上げた。
「おお、星菜ちゃんは金得持ちでやんすか!」
「金得って?」
「青よりも上! 特別な能力でやんす!」
金色に輝く特殊能力――「精密機械」。
低めの制球力が抜群に良くなる、星菜自身の信条を具現化したような能力だった。
そのような偉大な能力を付けてもらったことに、彼女の球をシーズン一年間受け続けてきた六道聖が頷く。
「精密機械、か……確かにその通りだ」
「いいなー、あたしも欲しいわね、そういう奴」
嫉妬の色はなく、素直に羨ましがるみずきの姿には気持ちのいいものを感じ、星菜は思わず頬を緩める。
彼女と会ったのはこうしてプロになってからだが、二人は意外なほど相性が良く、お互いに先輩後輩としてリスペクトし合う関係になっていた。
そして高校時代から付き合いのあるあおいが、画面に映る星菜の特殊能力を感慨深げに見やる。
「キレやノビ、球持ち、緩急……やっぱり、ボクたちの色んなところを見てくれてるんだね」
「こういう査定をしてくれると、やっぱり嬉しいですよね。その分期待に応えなきゃ、って思うけど」
このゲームをプレイした子供達が、泉星菜はこんなに凄いんだぞ、と思ってくれるのはプロ野球選手冥利に尽きるところだ。
あの時、プロ志望届を出して良かったと――高校最後の夏が終わった時には進路に対して大いに悩んだものだが……このような形でも自分自身の存在を確かめることができることを、星菜は嬉しく思った。
「でも、これ……」
だが、ただ一つ。
ただ一つだけ、泉星菜の選手データには欠点があった。
それは、いかんともしがたいマイナスの特殊能力――いわゆる「赤得」のことである。
――ただ一点の援護もなく。
――ただ一つの勝利もない。
泉星菜の登板試合を見た者は、誰もがそれをこう呼んだ。
「……負け運ってなに?」
特殊能力――「負け運」。
登板すると何故か打線の能力が低下する能力。身も蓋もない三文字に、星菜はおっとりした世間知らずのお姫様のような顔で首を傾げ、心から困惑した。
【泉星菜 20XX年シーズン
投球回 162
防御率 1.94
勝利数 8
敗戦数 13
奪三振 152
最優秀防御率 ゴールデングラブ賞】
「……来年はちゃんと援護します」
「いや、私も援護吐き出したりしてたし……あっ、ここ放送しないでくださいね?」
「善処します」
――パワフルプロ野球の能力査定は、やはり残酷である。
最近、久しぶりにパワプロ2018を起動しました。
そしてふと思い出したように、LIVEパワプロで検索をかけてみたのです。「名前・泉」「左・投手」という感じで。
いわゆるエゴサーチみたいなものですが、もしかしたらあるかなーあったら嬉しいなーという気持ちでした。
そしたら、驚きました。
いたのです。泉星菜が。
それも一人だけではなく、二人も、三人も……
感動しました。初めて感想を貰った時のような嬉しさでした。
最近は色々あって何か自分の中で創作のモチベーションが薄れているのを感じていましたが、やっぱりそのようなことがあって、皆さんへの感謝の気持ちを忘れたらいかんのですと改めて身に染みます。