長めですがどうぞ。
上条の足元に倒れているシスターのインデックスは背中の腰に近い辺りが真横に一閃されている。
まるで、定規を使って鉛筆で線を引いたように。
「一体!?これは!!!!・・・」
状況についていけず、困惑する山咲。殺人現場を見たような気持ちであった。足が震える。
「ッ!?」
「来るな!!山咲!!」
上条が『家の名に隠れてろ』と言わんばかりに吠える。
「目撃者が一人増えたか・・・、まあ、いいさ」
「どのみちやることは変わらないからね」
赤髪の咥えタバコをした神父が面倒くさそうに呟いた。
「テメェ・・・・何様だ!!」
怒りに呼応するように拳を握りしめ、上条は地面に縫い留められていた二本の脚を動かす。目の前の神父を殴り飛ばすために。
「ッ!?ダメだ!!上条!!」
目の前の男は危険だ。今までの喧嘩の経験なのか、山咲には本能で分かる。
静止を無視して、走り出す上条を後ろから追いかける山咲。
「ステイル=マグヌスと名乗りたい所だけど、ここはFortis931と言っておこうかな」
ステイルは口の端を歪めてタバコを揺らしながら呟いた後、まるで自慢のペットでも紹介するように二人に告げる。
「魔法名だよ、聞きなれないかな?僕達魔術師って生き物は、何でも魔術を使うときには真名を名乗ってはいけないそうだ。」
三人の距離は十五メートル。
上条はたった三歩でその距離を半分に縮める。
「Fortis・・・・日本語では強者か。ま、語源はどうでも良い。重要なのはこの名を名乗りあげた事でね、魔術を使う魔法名というよりも・・・・」
さらに二歩、上条は勢いよく通路を駆け抜ける。それを、山咲が後ろから追いかける。
それでもステイルは笑みを崩さない。
「・・・・・・殺し名、かな?」
ステイルは口のタバコを手に取ると、指で弾いて横合いに投げ捨てた。火のついたタバコは水平に飛んで、オレンジ色の軌跡を残す。
「炎よ」
(Kenaz)
ステイルが呟いた瞬間、オレンジの軌跡が轟と爆発した。
まるで消火ホースの中にガソリンを詰めて噴いたように、一直線に炎の剣が生み出される。
触れてもないのに、それを見ただけで目を焼かれるような気がして、二人は思わず足を止めて両手で顔を庇っていた。
「「ッく!?」」
「発火能力者(パイロキネシスト)!!いや!!・・・・」
山咲は相手が炎を出してきたので、すぐに発火能力者だと思った。しかし、発火能力者(パイロキネシスト)と喧嘩した事がある山咲は、何か違和感を覚えた。
(何か・・・、超能力とは違う!)
「巨人に苦痛の贈り物を」
(PurisazNaupizGebo)
ステイルは笑いながら、灼熱の炎剣を横殴りに二人へ叩きつけた。
それは触れた瞬間に形を失って、火山の奔流のように辺り全てを爆破した。
熱波と閃光と爆音と黒煙が吹き荒れる。
「やりすぎたかな?」
ステイルはぼりぼりと頭を掻いた。
眼前は黒煙と火炎のスクリーンに覆われている。
ステイルの作り出す炎剣は摂氏三〇〇〇度もある。人肉は二〇〇〇度以上の高熱で『溶ける』ので二人とも学生寮の壁にべっとりこびりついているだろう。
あの少年達をインデックスから引きはがして正解だったとステイルは内心息を吐く。
しかし、これでは炎の壁が邪魔をしてインデックスを回収できない。
ステイルはやれやれと、首を振りながら、もう一度煙の中を見ながら言った。
「ご苦労様、残念だったね。ま、そんな程度じゃ一〇〇〇回やっても勝てないよ」
「誰が、何回やっても勝てねえって?」
「ッ!?」
ギクリ、と。炎の中から聞こえてきた声に、ステイルの動きが凍結する。
轟!と辺り一面の火炎と黒煙が渦を巻いて吹き飛ばされた。
無傷の上条がそこにいた。
その瞬間、
「がッ!?」
山咲の拳がステイルの鼻柱に叩き込まれノーバウンドで後方へ吹き飛ばされた。
「・・・ったく、そうだよ、何をビビッてやがんだ」
「インデックスの『歩く教会』をぶち壊したのだって、この右手だったじゃねーか」
上条は口の端を歪めて本当につまらなそうに呟く。
「相変わらずその右手は、凄いね」
上条の右手に宿る幻想殺し(イマジンブレイカー)について知っている山咲は改めて称賛する。
「こんなときにしか、役に立たねえけどな」
「つうか、煙が晴れた瞬間に殴りかかるお前も大したもんだけどな」
「はははは・・」
頭の後ろを軽く掻きながら苦笑いする山咲。
「調子に乗るなよ!!」
ステイルは炎剣を生み出しながらこちらを睨みつける。ステイルの鼻からはポタポタと血が地面に滴り落ちる。
腕の袖を使って、鼻の部分を拭うと二人に向かって勢いよく脚を動かし通路を走り抜ける。
二人に近づき勢いよく炎剣を縦に振るう。
今度は爆発さえ起きなかった。
上条が羽虫でも振り払うように右手で炎剣を叩いた瞬間、ガラスが砕けるように粉々になり、虚空に消えていった。
「!!!・・・、あ」
唐突に、ステイルの脳裏に何かが浮かぶ。
インデックスの『歩く教会』を完膚なきまで破壊したのは一体、誰が、どうやって?
そう思い浮かんでいるときだった。
山咲が勢いよくステイルの鳩尾に向かって飛び蹴りをしてきた。
「ッは!?」
肺の中の酸素が一気に排出された。
後方へ吹き飛び大の字に倒れたステイルは何とか意識を保っていた。
山咲が追い打ちをかけようと走り出したときだった。
「世界を構築する五大元素の一つ、偉大なる始まりの炎よ」
(MTWOTFFTOIIGOIIOF)
「それは生命を育む恵みの光にして、邪悪を罰する裁きの光なり」
(IIBOLAIIAOE)
「それは穏やかな幸福を満たすと同時、冷たき闇を滅する凍える不幸なり」
(IIMHAIIBOD)
「その名は炎、その役は剣」
(IINFIIMS)
「顕現せよ、我が身を喰らいて力と為せ」
(ICRMMBGP)
ステイルの修道服の胸元が大きく膨らんだ瞬間、服の内側から、轟!という炎が酸素を吸い込む音と同時に、服の内側から巨大な炎の塊が飛び出した。
真紅に燃え盛る炎の中で、重油のような黒くドロドロしたモノが『芯』になっている。それは人間のカタチをしていた。
真っ黒な重油でドロドロに汚れたような・・・
そんなイメージを植え付けるモノが永遠に燃え続けている。
その名は魔女狩りの王(イノケンティウス)。その意味は『必ず殺す』。
必殺の意味を背負う炎の巨人は両手を広げ、砲弾のように山咲へ突き進む。
「邪魔だ」
ボン!!
山咲の後ろから上条が拳を突き出し、魔女狩りの王(イノケンティウス)を吹き飛ばした。
重油の人型が飛沫となって一面に飛び散った。
しかし、切り札を潰されたステイルは笑っていた。
粘性の液体が飛び跳ねる音が四方八方から響き渡る。
「「!?」」
驚いて二人が一歩下がった瞬間、戻ってきた黒い飛沫が空中で寄り集まり、再び人のカタチを作り上げた。
「・・・再生した!?」
上条が右手を使って消滅させたはずの魔女狩りの王(イノケンティウス)が再び現れ、驚愕する山咲。
炎の中の重油はのたくり、カタチを変え、まるで両手に剣を持っているような形になる。
いや、それは剣ではない。人間でも磔にするような、二メートル以上の巨大な十字架だ。
魔女狩りの王(イノケンティウス)は大きく両腕を振り上げると、ツルハシでも振り下ろすように二人に襲い掛かる。
「ッ!!」
「危ない!!上条!!!」
山咲はとっさに上条を後ろに突き飛ばした。
「あ・・・、山咲~!!!!!!」
次の瞬間、山咲のいる場所に巨大な十字架が轟!と振り下ろされ、爆発した。
熱波と閃光と爆音と黒煙が吹き荒れ、上条は後方へ吹き飛ばされた。
「がああああああああああ!!」
「・・・・・、う」
上条は起き上がり、目の前を見る。
炎と煙が晴れてみれば、辺り一面は地獄だった。金属の手すりは飴細工のようにひしゃげ、床のタイルさえも接着剤のように溶け出している。
壁の塗装は剥がれてコンクリートが剥きだしになっている。
山咲の姿はどこにもなかった。
「おい・・・、山咲、山咲ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!!!」
「嘘だろ・・・・」
名前を呼んでも、返事が返ってこないことに顔面が蒼白する上条。
「残念だったね。御覧の通り君の友人は跡型もなく消し飛んだようだ。」
ステイルは再びタバコを咥えながら、そっと微笑む。
「ッ!!・・・・、テメエ!!!」
上条は奥歯を砕くように嚙みしめ、拳を血が出るまで握りしめステイルをギロリ!と睨みつけた。
「馬鹿な男だよ。あのとき、大人しく自分の部屋に戻れば見逃してあげたのに・・・」
口の端を歪めながら言う。
「さて、次は君の番だ。お友達の所に送ってあげるから、そこで大人しくしていたまえ」
ステイルは、面倒くさそうに呟く。
そして、魔女狩りの王(イノケンティウス)に命令する。
『殺せ』と。
「はぁ、はぁ、はぁ」
「本当に死ぬかと思った・・・・」
山咲は一階下の通路に心臓をバクバクさせながら座り込んでいた。
山咲は魔女狩りの王(イノケンティウス)の十字架が振り下ろされた瞬間、持ち前の異常な反射神経で手すりを飛び越えて一階下に逃げ延びていた。
(早く上条を助けに行かないと・・・)
山咲は乱れた呼吸を整え、立ち上がる。
しかし、ガクガクと脚が震える。
「くそっ!!」
(今でも、上条は命がけで戦っているって言うのに、俺は・・・)
山咲は自分の震える脚を両手で抑えながら唇を嚙みしめる。
(でも、どうやって?)
(恐らくあの炎の巨人は破壊しても何度でも再生する)
(どんなカラクリかわからないけど)
そんなことを考えながら震える脚を動かしたときだった。
(何だろう?これ?)
山咲は床の上に、ドアの前に、消火器の腹等にテレホンカードぐらいの紙切れが貼り付けられていた。
コピー機でも使ったのか、それが何万枚も大量生産されていた。
そして、怪しげな記号が書かれていた。
(そう言えば、あの人魔術や魔術師がどうのこうのって・・・)
山咲は先ほどの会話を思い出していた。
(もしかして、これがカラクリ?)
おそらく建物全体に貼り付けてあるのだろう。
「こんなの、一枚一枚剥がしていたら時間がかかる!!!」
(どうしたら・・・・)
「・・・、なんであんなに炎が噴き出しているのに火災報知器が動かないんだろう」
何気に呟いて、山咲の動きが止まった。
「くそッ」
上条は膝をついていた。制服の所々が焦げていて、全身の至る所に火傷をしていた。
「そろそろ、諦めたらどうなんだい?」
「君じゃあどう足掻いても、僕には勝てない」
ステイルはやれやれと言った感じで呟く。
「うるせえ!俺はお前をぶっ飛ばさないと気が済まないんだよ!!」
「インデックスや山咲のためにもな!!」
ステイルの顔を激しい形相で睨みつけながら吠える上条。
「そうかい」
つまらなそうにステイルは返す。
(それにしても、どうする!!)
(さっき、インデックスが言っていたルーンなんてどこにあるか見当もつかねえぞ!!)
上条は、血まみれで機械的に話すインデックスの助言を思い出していた。『ルーン』
を消せば魔女狩りの王(イノケンティウス)は消滅するらしい。
(そんなもん探す暇はねえ、一体どうすりゃいいんだよ!!!)
既に満身創痍であり、焦る上条。
「そろそろ終わりだ」
ステイルが上条に止めを刺そうと魔女狩りの王(イノケンティウス)に命令しようとした。
その時、
建物中に設置された火災報知器のベルが、一斉に鳴り響いた。
「「!?」」
ステイルと上条は思わず天井を見上げる。
取り付けられたスプリンクラーが大量の人工の雨を撒き散らした。
魔女狩りの王(イノケンティウス)には警報装置に触れないように命令文を書いてある。
一体、誰が?
エレベータの開く音が鳴り響き、ステイルは振り返る。
そこには消し飛んだはずの山咲がいた。
「山咲!!!」
上条は嬉しそうに声を上げる。
「驚いたね、まさか生きていたとはね」
「なんとかね」
山咲はステイルを真っすぐ見ながら答える。
「これは、君の仕業かな?」
ステイルは自分の頭上を指で指しながら答えた。
「だとしたら」
「・・・、まさか。三〇〇〇度もの炎の塊が、こんな程度で鎮火すると本気で思っているのか!!!」
ステイルは怒りで頭の血管が破けそうになった。
「違うよ。君は学生寮に何ベタベタ貼り付けているの?」
ステイルは思い出す。仕掛けてある『ルーン』はコピー用紙だった事を。紙は水に弱い。子供でも分かる理屈だ。
しかし、後ろにいる魔女狩りの王(イノケンティウス)には何の変化もない。
「は、はは。あははははは!すごいよ君ってば戦闘センスの天才だね!だけど経験が足りないかな、コピー用紙ってのはトイレットペーパーじゃないんだよ。たかが水に濡れた程度で完全にとけてしまうほど弱くないのさ!」
両手を広げて爆発するように笑いながら、ステイルは『殺せ』と叫んだ。
魔女狩りの王(イノケンティウス)は山咲の方へ向き、勢いよく通路を駆け抜ける。
しかし、突然、魔女狩りの王(イノケンティウス)のカタチが崩れ始めた。
「な!?」
その瞬間、ステイルの心臓が一瞬だけ驚きで止まった。
そして、魔女狩りの王(イノケンティウス)は重油のように溶けていった。
「ば、か・・・・な。何故!」
「インクは?」
「コピー用紙は破けなくても、インクは落ちるんじゃないのかな?」
と山咲は驚いているステイルに少し大きな声で答えた。
ついにもぞもぞ動く重油の塊は完全に消えていった。
「い、のけんてぃうす・・・・・魔女狩りの王(イノケンティウス)!」
ステイルの言葉は、まるで一方的に切られた電話の受話器に叫ぶような声だった。
山咲の足が一歩、ステイルの元へと踏み出される。
「い、の・・・けんてぃうす」
魔術師は告げる。けれど、世界は何も応答しない。
山咲の足がさらに歩き出す。
「いのけんてぃうす・・・・イノケンティウス、魔女狩りの王(イノケンティウス)!」
世界は何も変化しない。
山咲の足がついに、ステイル=マグヌスの元へ弾丸のように駆け抜ける。
「灰は灰に
(AshToAsh)
塵は塵に
(DustToDust)
吸血殺しの紅十字!!」
(SqueamishBloody Rood)
ステイルは吠えるが何も起こらない。
「後ろに気を付けた方がいいよ。」
山咲は走りながら、ステイルに向かって呟いた。
「!?」
ステイルが勢いよく振り向いた瞬間、上条のクソ野郎を殴るための拳が突き刺さる。ノーバウンドで後方へ吹き飛ぶ。
そして、山咲の拳がハンマーを振り下ろすようにステイルの顔面に上から下へ突き刺さり、勢いよく頭を床にぶつけ、ステイルは白目をむいて動かなくなった。