投稿します。
火災報知器を鳴らしたのか、消防車と野次馬で学生寮はあっという間に人だらけになった。
山咲と血まみれのインデックスを抱えた上条は学生寮を出て人気がない路地裏にいた。
「インデックスちゃんを救急車に乗せる事は出来ないね・・・」
そう呟いたのは先ほどの赤髪神父に止めをさし、上条から簡単にインデックスの説明を受けた臆病者山咲。
学園都市の科学技術や能力開発等の情報は極秘機密に当たるため、警備体制は非常に厳重である。基本的に都市内外は自由に出入りできず、内部の学生でも外出許可を受け取るには申請書類や発信機付きナノデバイスの注射など様々な条件が必要であり、外部の人間は厳重な審査を通った関係業者や学生の肉親にしか許可証が発行されない。
さらに、学園都市外周は高い壁で囲まれ、外壁上部は常に警備ロボットが巡回し、内部も人工衛星や監視カメラなどによって監視されている。コンビニに入るトラック一台にしたって、専用のIDがなければ話にならない。
そんな所に、IDを持たないインデックスが入院したとなれば、あっという間に情報は漏れてしまう。
「・・・けど、だからってこのままほっとく訳にもいかねえよ」
「だい、じょうぶ。だよ?とにかく、血を止める事ができれば・・・」
インデックスの口調は弱々しく、今にも力尽きそうだった。彼女の怪我は包帯を巻いて済む素人レベルを超えている。喧嘩慣れしている二人は大抵自分達で応急処置してしまう。そんな二人でさえ取り乱してしまうぐらい、背中の傷は酷い。
そうなると、頼りになるのはもはや一つしかない。
未だに信じられないが、
「おい、オイ! 聞こえるか?」
上条はインデックスの頬を軽く叩く。
「お前の一〇万三〇〇〇冊の中に、傷を治すような魔術はねーのかよ?」
上条にとって魔術のイメージなんてRPGに出てくる攻撃魔法と回復魔法しかない。
インデックス自身には『魔力』を扱う素質がないから魔術を使う事はできない。
だけど、インデックスから知識を聞き出せば、あるいは・・・。
激痛よりも失血のせいで浅く呼吸を繰り返すインデックスは蒼ざめた唇を震わせ、
「・・・・ある、けど」
一瞬喜びかけた上条。
「君には・・・・無理」
インデックスは、小さく息を吐き、
「たとえ、私が術式を教えて・・・・、君が完全にそれを真似した所で・・・・痛っ、君の、能力がきっと邪魔をする」
上条は愕然と自分の右手を見た。
幻想殺し。
そこに宿る力は、ステイルの炎を完全に打ち消していた。なら、同じようにインデックスの回復魔術を打ち消してしまう。
「くそ!! またかよ!またこの右手が悪いのかよ!!」
「・・・・だったら、俺が!!」
今まで上条とインデックスの会話を黙って聞いていた山咲が口を開いた。
「俺は上条が持っているような特別な右手は持ってないから、打ち消される事はないよ」
「だから俺がやるよ」
「・・・・・?」
インデックスはちょっとだけ黙って、
「あ、ううん。そういう意味じゃないよ」
「「?」」
「君の右手じゃなくて、『超能力者』っていうのが、もうダメなの」
熱帯夜の中、真冬の雪山のように体を震わせて、
「魔術っていうのは、君達みたいに『才能ある人間』が使うためのモノじゃないんだよ。『才能ない人間』が、それでも『才能ある人間』と同じ事がしたいからって、生み出された術式と儀式の名前が、魔術」
「こんなときにナニ説明してんだ!」
「・・・まさか?」
上条が叫んだとき、山咲が何かに気付いた。
「そ、君の考えている通りだよ・・・」
「どういうことだ?」
「分からない?『才能ある人間』と『才能ない人間』は・・・・、回路が違うの・・・。『才能ある人間』では『才能ない人間』のために作られた魔術を使うことはできない」
「なっ・・・、」
「くっ・・・」
二人は絶句した。確かに山咲達『超能力者』は見た目にわからなくても『時間割』を受けている。薬や電極を使い、普通の人間とは違う脳の回路を無理やりに拡張している。体の作りが違うと言われれば、確かに違う。
つまり。この街にいる人間では、彼女を唯一教える『魔術』を使うことはできない。
「ち、くしょう・・・、」
上条は、獣のように犬歯を剥き出しにして、
「そんなのって、あるか。」
「そんなのってあるかよ!ちくしょう、何なんだよ!何で、こんな・・・ッ!!」
「・・・・・・・ッ!!」
山咲は歯を嚙みしめ、拳を握りしめながら、上条の叫びを黙って聞いていた。
(何か・・・、何か方法は!)
(この街には二三〇万もの人々が住んでいるんだ。何かあるはずなんだ!!)
「・・・・あ」
「ねえ、上条 学園都市に住んでいる人々の八割が学生で、二割が大人だよね」
「なんだよ、そんなのあたり・・・・ッ!?」
上条は何かに気付いて、
「おい、確か魔術ってのは『才能のない』一般人なら誰でも使えるんだったな?」
「大丈夫、だけど・・・。方法と準備さえできれば、あの程度、中学生だってできると思う」
インデックスはちょっと考えて、
「・・・確かに、手順を踏み違えれば脳内回路と神経回線の全てを焼き切る事になるけど・・・・、私の名は禁書目録だから、へいき。問題ない」
互いに顔を合わせて、上条と山咲は笑った。
確かに、学園都市には二三〇万人が住んでいる。しかし、超能力開発を受けている学生は八割で、残りの二割は開発を受けていない大人だ。
「・・・あの先生、この時間でもう眠ってるなんて言わねーだろうな」
「確か、夜は遅い方だって言ってたけど・・・」
上条と山咲は一人の教師の顔を顔を思い浮かべる。
クラスの担任、身長一三五センチ、教師のくせに赤いランドセルがよく似合う一人の先生、月詠子萌の顔を。
山咲の携帯電話で青髪ピアスから住所を聞き出すと(青髪ピアスが何で先生の住所知ってたかは謎。ストーカー疑惑あり)、山咲がぐったりしているインデックスを背負って、二人は歩き出した。
「ここだね」
先ほどの路地裏から歩いて十五分という所に、それはあった。
なんて言うか、東京大空襲も乗り切りましたという感じの超ボロい木造二階建てのアパートだった。
一つずつドアの表札を確かめ、ボロボロに錆びた鉄の階段を上がり、二階の一番奥のドアまで歩いて、ようやく『つくよみこもえ』というひらがなのドアプレートを見つけた。
二回チャイムを鳴らして上条は思いっきりドアを蹴破る事にした。
ドゴン!
と上条の足がドア板に激突して凄まじい音を立てる。
「ちょっと!上条!!」
だが、ドアはびくともしなかった。律儀にもこんなときまで上条は『不幸』らしく、足の親指の辺りでグキリと嫌な音が鳴り響いた。
「~~~~ッ!!」
「はいはーい、対新聞屋さん用にドアだけ頑丈なんです―。今開けますよー?」
(素直に待ってればいいのに)
と山咲が心の中で思っていると、
ドアががちゃりと開いて緑のぶかぶかパジャマを着た小萌先生が顔を出した。
「うわ、上条ちゃんと山咲ちゃん。新聞屋さんのアルバイト始めたんですか?」
「シスターさん背負って勧誘する新聞屋さんがどこにいるんです?」
上条は不機嫌そうに、
「ちょっと、色々困ってるんで入りますね先生。」
「ちょっ、ちょちょちょちょちょっとーっ!」
ぐいぐい横に押される子萌先生は慌てて上条と山咲の前に立ち塞がるように、
「せ、先生困ります、いきなり部屋に上がられるというのは。いえそのっ、部屋がすごい事になってるとか、ビールの空き缶が床に散らばってるとか灰皿の煙草が山盛りになってるとか、そういう事ではなくてですね!」
「先生」
「はいー?」
「俺が今背中に抱えている娘をみてください」
「うん?・・・・って、ぎゃああああ!?」
「今気づいたんかよ!」
「山咲ちゃんの背中が大っきく怪我してるって所まで見えなかったんです!」
突然の血の色にあわあわ言ってる小萌先生をぐいぐい横に押して上条と山咲は勝手に部屋へ入る。
なんていうか、競馬好きのオッサンが住んでそうな部屋だった。
ボロボロの畳の上にはビールの缶がいくつも転がり、銀色の灰皿には煙草の吸殻が山盛りにされている。
一体何の冗談か、部屋の真ん中にはガンコ親父がひっくり返しそうなちゃぶ台まであった。
「なんていうか。凄いですね先生・・・」
「こんな状況で言うのは何ですけど、煙草を吸う女の人は嫌いなんですー?」
「別にそんな事はないですよ」
「お前も何真面目に答えてるんだよ」
山咲は床に散らばるビール缶を適当に蹴飛ばして場所を開ける。背中の傷が床に触れないように、山咲はインデックスをうつ伏せに寝かせた。
「き、救急車は呼ばなくって良いんですか?電話そこにあるんですよ?」
子萌先生が震えながら部屋の隅を指差す。何故か黒いダイヤル式の電話だった。
「出血に伴い、血液中にある生命力が流失しつつあります」
ギクン、と。山咲と上条と子萌先生は反射的にインデックスの顔を見た。
インデックスは倒れたまま、まるで壊れた人形みたいに顔を横倒しにしたまま、インデックスは静かに目を開けている。
それは月の光より冷たく、時を刻む時計の歯車よりも静かな、人間としてありえないほど完璧な、冷静な瞳だった。
(これがインデックスちゃん?)
始めてみるインデックスの姿に山咲は驚いていた。
「警告、第二章第六節。出血による生命力の流出が一定を超えたため、強制的に『自動書記』で覚醒します。・・・現状を維持すれば、ロンドンの時計塔が示す国際標準時間に検算して、およそ十五分後に私の身体は必要最低限の生命力を失い、絶命します。これから私の行う指示に従って、適当な処置を施していただければ幸いです」
子萌先生はぎょっとしたようにインデックスの顔を見た。
「さて・・・、」
「先生」
「へ?ひゃい」
「今から救急車、呼んできます。先生はその間、この子の話を聞いて、お願いを聞いて、とにかく絶対、意識が飛ばないように。この子、服装通り宗教やってるんで、よろしくです」
子萌先生は顔面蒼白なまま、超真剣にこくこく頷いている。
「なあ、インデックス」
上条は、倒れたままのインデックスにそっと話しかける。
「なんか、俺にやれる事ってないのか?」
「ありえません。この場における最良の選択肢は、あなたがここから立ち去る事です。」
上条は思わず右手の拳を痛くなるほど握り締めた。
上条に、やれる事なんて何もない。
この部屋にいればそれだけで魔術を打ち消してしまう『右手』があるから。
「・・・・じゃ、先生。俺、ちょっとそこの公衆電話まで走ってきます」
「え?電話ならそこに・・・・・」
上条は子萌先生の言葉を無視してドアを開け、部屋を出て行く。
「あっ、上条!!!」
「先生!よろしくお願いしますね!!」
山咲は子萌先生に頭を下げて、上条を追いかけて行った。
山咲は夜の街を走っていた。
「上条・・・、一体どこに」
先ほど勢いよく部屋から出て行った上条を探していた。
「あ・・・、いた」
上条は第七学区にある小さな公園のベンチにポツンと座っていた。
山咲に気が付くと、
「情けねえよな」
「神様の奇跡でも打ち消せるくせに、誰一人救える事もできないなんてよ」
上条は自分の右手を見ながら弱々しく口を開いた。
「結局さ。俺は壊すだけなんだよ」
「目の前に傷ついた女の子がいたのに、この右手のせいで助ける事ができないなんて・・・・」
「そんなことない!!!」
山咲は公園全体に響き渡るような声で叫んだ。
そして、上条の顔を真っすぐ見て、
「少なくとも、俺はあのとき上条に救われた。」
「初めてだったんだ」
「家族以外で俺の事本気で心配してくれて、怒ってくれて、励ましてくれて、認めてくれたのは」
「俺は凄くうれしかった。」
「・・・・・・・」
上条は黙って聞いていた。
「この世界もまだまだ捨てたものじゃないって、本気で感じた」
「君が俺の幻想を壊してくれたおかげで変わる事が出来たんだ」
「だから、胸を張れよ! 君のその右手は、幻想を壊すことで誰かを救える事ができるって!!!!」
上条は、短めの息を吐き、
「そうだよな、何こんな事でへこたれてんだ上条当麻!」
「こんな事、いつものことじゃねえか」
「なに弱気になってんだよ、ちくしょう」
先ほどの弱々しい感じから、一変して覇気が戻る上条
「ありがとうな・・・」
頬を軽く掻きながら、少し照れくさそうに言う上条
「そ、そんなことないよ・・・」
先ほどの、自分が珍しく熱い言葉を言ってたいた事を思い出した山咲も少し照れくさそうに返す。
「話が変わるけど、お前よく魔術なんてもん信じたな」
「え?」
「いや、超能力があるのなら、魔術もあるのかなあなんて・・・」
「なんだそりゃ、そんな事言うのこの学園都市の中じゃお前だけだぜ」
「かもね」
互いに顔を合わせて、笑う二人であった。
一夜開けると
インデックスは高熱と頭痛に襲われて、布団の中でぶっ倒れていた。
ウィルスによるものではなく、足りない体力を補おうとしているだけらしい。
「・・・で?何だって下ぱんつなんだお前」
「たぶん、熱いからじゃないの?」
淡い緑色のパジャマを着て、おでこに濡れタオルを載っけたインデックスは布団の中の蒸し暑さが許せないのか、片足を布団の横から、でろっと飛び出させている。
子萌先生はおでこの上の生ぬるくなったタオルを水を張った洗面器にじゃぶじゃぶ突っ込みながら、上条の顔を半目で睨みつつ言った。
「・・・上条ちゃん。先生は、いくら何でもあの服はあんまりだと思いました。」
「そうですか?俺的には斬新なデザインでありかと思いましたけど」
今度は山咲の顔を睨みつける子萌先生。
「山咲ちゃん?」
「いや、何でもないです。ごめんなさい」
急に縮こまる山咲。
「てか、何だってビール好きで愛煙家の大人な子萌先生のパジャマがインデックスがピッタリ合っちまうんだ?年齢差、一体いくつなんだか」
「さあ?何十年も離れているとか」
なっ、と子萌先生(年齢不詳)は絶句しかけたが、インデックスが追い討ちをかけるように、
「・・・・みくびらないでほしい。私も、流石にこのパジャマはちょっと胸が苦しいかも」
「なん・・・・、馬鹿な!バグってるです、いくら何でもその発言は舐めすぎです!」
「ていうかその体で苦しくなる胸なんかあったんか!?」
「女性なんだから少しくらいあると思うよ」
「「・・・・・、」」
「?」
レディ二人に睨まれた。上条、反射的に魂の土下座モードへ移行。対する山咲は、何で怒っているの、という不思議な顔をしていた。
「とこで上条ちゃん、山咲ちゃん、結局この子は二人の何様なんですう?」
「妹」
「従妹」
「大嘘にもほどがあるですモロ銀髪碧眼の外国人少女です!」
「義理なんです」
「同じく」
「変態さんです?」
「ジョークです!」
「山咲ちゃん、上条ちゃん」
と、いきなり先生モードの口調で言い直された。
上条と山咲は二人とも黙り込む。まぁ、子萌先生が聞きたがるのも無理はない。ただでさえ得体のしれない外国人を連れ込んで、しかも背中には明らかに事件性を匂わせる刀傷、挙句の果てには『魔術』などという訳の分からないモノの片棒を担がされたのだ。
これで黙って目を瞑ってろと言う方が無理難題というものだろう。
「先生、一つだけ聞いても良いですか?」
「ですー?」
「事情を聞きたいのは、この事を警察や学園都市の理事会へ伝えるためですか?」
子萌先生はあっさり首を縦に振った。何のためらいもなく、人を売り渡すと、自分の生徒に向かって言い捨てた。
「上条ちゃん達が一体どんな問題に巻き込まれてるか分からないですけど」
子萌先生はにっこり笑顔で、
「それが学園都市の中で起きた以上、解決するのは私達教師の役目です。子供の責任を取るのが大人の義務です、上条ちゃん達が危ない橋を渡っていると知って、黙っているほど先生は子供ではないのです」
月詠子萌はそう言った。
何の能力もなく、何の腕力もなく、何の責任もないのに。
ただ真っすぐに、あるべき所へあるべき一刀を通す名刀のような『正しさ』で、言った。
「本当に・・・・、」
「うん」
この人には敵わないと、上条と山咲は口の中だけで呟いた。
こんなドラマに出てくるような、映画の中でも見なくなったような『先生』なんて、二人は十数年を生きてたそれなりに長い人生の中でもたった一人しか見当たらない。
「先生が赤の他人だったら遠慮なく巻き込んでるけど、先生には『魔術』の借りがあるんで巻き込みたくないです」
上条は真っすぐと告げた。
「だから、後は俺達に任せておいてください」
山咲も微笑んで告げた。
もう、無償で誰かの盾になるような人間が、目の前で傷つく所なんて、見たくなかった。
子萌先生はちょっとだけ、黙った。
「むう。何気にかっこいい台詞を吐いてごまかそうったって先生は許さないんですよー?」
「先生?立ち上がってどこに行くんです?」
「執行猶予です。先生スーパー行ってご飯のお買い物してくるです。上条ちゃんと山咲ちゃんはそれまでに何をどう話すべきか、きっちりかっちり整理しておくんですよ?それと、」
「それと?」
「先生、お買い物に夢中になってると忘れるかもしれません。帰ってきたらズルしないで二人から話してくれなくっちゃダメなんですからねー?」
そう言った子萌先生は、笑っていたと思う。
パタン、とアパートのドアが開閉する音が響き、部屋には上条と山咲とインデックスの三人だけが取り残された。
「・・・・気を遣わせちまったかな」
「うん。そうだね・・・」
何となく。あの企んだ子供みたいな笑顔を見ると、もう『スーパーから帰ってきた』子萌先生は『全部忘れていた』事にしてしまうような気がする。
それでいて、後からやっぱり相談したとしても『どうして早く言わなかったんですか!?先生キレイに忘れてました!』とかぷりぷり怒りながら嬉しそうに相談に乗ってくれるんだろう。
その後、上条と山咲は、インデックスから『必要悪の教会』や『一〇万三〇〇〇冊の魔道書』について聞いた。
「ふぅん。大体わかってきた」
「つまり、あの人たちは君の頭の中にある爆弾を手に入れたい訳なんだね」
世界中にある一〇万三〇〇〇冊もの原典、それを記憶の中で完全に複製した図書館。
それを手にする事は、つまり世界中の魔術の全てを手に入れる、という意味だ。
「・・・、うん」
死にそうな、声だった。
「一〇万三〇〇〇冊は、全て使えば世界の全てを例外なくねじ曲げる事ができる。私達は、それを魔神と呼んでるの」
魔界の神、という意味ではなく、魔術を極めすぎて、神様の領域にまで足を突っ込んでしまった人間という意味の、魔神。
「・・・ふざけやがって」
「・・・・・・・・・・」
上条は奥歯を噛み締めていた。対する山咲は拳を握り締めていた。
インデックスの様子を見れば分かる、彼女だって何も好き好んで一〇三〇〇〇冊を頭に叩き込んだ訳ではない。彼女は少しでも犠牲者を減らすために、ただそれだけのために生きてたっていうのに。
その気持ちを逆手に取る魔術師も気に食わなければ、そんな彼女を『汚れ』と呼ぶ教会も気に食わなかった。どいつもこいつも人間をモノみたいに扱って、インデックスはそんな人間ばっかり見てきたはずなのに。
「・・・、ごめんね」
山咲がインデックスの頭に手を置く。
「なに謝っているの?」
優しく微笑みながら話しかける山咲。
「え?」
「だって。痛い思いをさせちゃったし、怖い思いもさせちゃったし、その・・・・あの、」
予想外の山咲の言葉にインデックスの言葉はどんどん小さくなっていき、最後の方はほとんど聞こえなかった。
それでも、迷惑をかけちゃったから、という言葉を聞いた。
「別に俺達は迷惑だなんて思っちゃいないよ」
「そりゃ確かに教会の秘密や一〇万三〇〇〇冊の魔道書の事は驚いたよ。それに魔術師に殺されかけて、怖い思いもしたよ」
でも、と山咲はそこで一拍置いて
「たった、それだけなんでしょ?」
インデックスの両目が見開かれた。
その小さな唇は何かを呟こうと必死に動くが、言葉は何も出てこない。
「たかが一〇万三〇〇〇冊の魔道書を覚えたぐらいで気持ち悪いとか言うと思った?
魔術師がやってきたら君を見捨ててさっさと逃げ出すとでも考えた?その程度の覚悟なら最初から拾ったりしてないよ」
山咲は真っすぐインデックスを見ながら口を動かした。
山咲と上条は単にインデックスの役に立ちたかった。インデックスがこれ以上傷つくのを見たくなかった。それだけだった。なのに、彼女は山咲と上条の身を庇おうとしても、決して二人に守ってもらおうとはしない。
たったの一度さえ、インデックスから『助けてくれ』という言葉を聞いた事がない。
それは、悔しい。
とてもとても、悔しい。
「山咲の言う通りだ。ちったぁ俺達を信用しやがれ、人を勝手に値踏みしてんじゃねーぞ」
たったそれだけの事。たとえ特別な右手や力がなくても、ただの一般人でも、二人には退く理由がない。
そんなもの、あるはずがない。
インデックスはしばらく呆けたように山咲と上条の顔を見上げていたが、
ふぇ、と。いきなり、目元にじわりと涙が浮かんだ。
まるで氷が溶けたようだった。
嗚咽を殺そうと引き結んだ唇が耐えられないようにむずむず動いて、口元まで引き上げた布団にインデックスは小さく噛み付いた。
そうでもしなければ幼稚園児みたいに大声で泣き出すと思うほど、インデックスの目元に浮かんだ涙がみるみる巨大になっていく。
今の今までそんな程度の言葉さえかけてもらえなかったのか、と痛ましく思うと同時に、二人はようやくインデックスの『弱さ』を見たような気がして、少し嬉しい。
だが、女の子の涙をいつまで見ていては超気まずい。
「あ、あーっ、あれだ。ほら、俺ってば右手があるから魔術師なんざ敵じゃねーし!」
「けど、ひっく。夏休みの、補習があるって言った」
「言ったんだ」
「言ったっけ?」
「絶対言った」
「いいんだよ補習なんて。学校側だって進んで退学者を出したいわけじゃねぇ、夏休みの補習をサボりゃあ補習の補習が待ってるだけなんだ、いくらでも後回しにしてもオッケーなんだってば」
「子萌先生が聞いたら修羅場になりそうな台詞だね」
「うるせいやい」
インデックスは目に涙を溜めたまま、黙って上条の顔を見上げた。
「じゃあ、何だって早く補習に行かなきゃとか言ってたの?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・、あー」
山咲は危険を察知して、部屋の隅に移動した。
「山咲さん。何で部屋の隅に移動しているのでせうか?」
「予定があるから、日常があると思ったから、邪魔しちゃ悪いなって気持ちもあったのに」
「・・・あ、あっ。あーっ!!!」
「私がいると・・・居心地、悪かったんだ」
「・・・・、」
「悪かったんだ」
「ごめんなさい!!!!!!」
と上条当麻は勢い良く土下座モードへ移行。
インデックスは病人みたいに布団からのろのろ身を起こすと、両手で上条の頭を掴み、巨大なおにぎりにでもかぶりつくように頭のてっぺんに思いっきり噛み付いた。
(あまり、怒らせないようにしよう)
六〇〇メートルほど離れた、雑いビルの屋上で、二人の男女がインデックス達を確認していた。
「楽しそうだよね」
「僕達は、一体いつまでアレを引き裂き続ければ良いのかな」
「複雑な気持ちですか?」
「かつて、あの場所にいたあなたとしては」
「・・・・、いつもの事だよ」
次回、ねーちんとの戦闘です。