久しぶりの投稿です。すみません、リアルが色々と忙しくて、それではどうぞ。
おっふろ♪ おっふろ♪と上条と山咲の間で、両手に洗面器を抱えたインデックスは歌っていた。
パジャマから安全ピンだらけの修道服に着替えている。
一体どんなマジックを使ったのか、血染の修道服はキッチリ洗濯されていた。
あれから三日経って、ようやくあちこち出歩けるようになったインデックスの願いは風呂だった。
子萌先生のアパートには風呂などという概念は存在しなかった。管理人室のモノを借りるか、アパート最寄りにあるボロッボロの銭湯へ行くという究極の二択しかなかった。
子萌先生は、相変わらず何の事情も聞かずに上条達の事をアパートに泊めてくれた。
敵にマークされた学生寮にのこのこ戻る訳にいかないので居候状態である。
「とうま、とうま」
人のシャツの二の腕を甘く噛みつつインデックスはややくぐもった声で言う。噛み癖のある彼女にとって、どうやらこれは服を引っ張ってこっち向かせる、ぐらいのジェスチャーらしい。
「・・・何だよ?」
上条は呆れたように答えた。
今度は山咲の方を向いて、
「ちから、ちから」
「どうしたの?インデックスちゃん?」
少し恥ずかしそうに答える山咲。
「む。ちゃん付けはやめてほしいかも」
「私は子どもじゃないもん」
少し頬を膨らませ、目を細めながら言うインデックス。
「わ、わかったよ。・・・・インデックス」
「うん!」
「てか、さっきから何回俺達の名前言ってんだよ?」
「別に何でもない。用がないのに名前が呼べるって、なんかおもしろいかも」
たったそれだけで、インデックスはまるで初めて遊園地にきた子供みたいな顔をする。
「ジャパニーズ・セントーにはコーヒー牛乳があるって、こもえが言ってた。コーヒー牛乳って何?カプチーノみたいなもの?」
「そんなエレガントなものじゃないよ。コーヒーと牛乳を混ぜて日本人好みに甘くしたものだよ」
「だから、あんまり期待を膨らませない方がいいかな」
と山咲が言う。
「けどお前にゃデカい風呂は衝撃的かもな。イギリスってホテルにあるみたいな狭っ苦しいユニットバスがメジャーなんだろ?」
「んー?・・・・その辺は良く分かんないかも」
インデックスは本当に良く分からないという感じで小さく首を傾げた。
「どういうこと?」
「私、気がついたら日本にいたからね。向こうの事はちょっと分からないんだよ」
「ふうん。何だ、どうりで日本語ぺらぺらなはずだぜ。ガキの頃からこっちにいたんじゃ、お前ほとんど日本人じゃねーか」
「あ、ううん。そういう意味じゃないんだよ」
インデックスは長い銀髪を左右に流すように首を振って否定した。
「私、生まれはロンドンで聖ジョージ大聖堂の中で育ってきたらしいんだよ。どうも、こっちにきたのは一年ぐらい前から、らしいんだよね」
「?」
「らしい?」
上条と山咲が曖昧な言葉に思わず眉をひそめた所で、
「うん。こっちにきたときから、記憶がなくなっちゃってるからね」
インデックスは笑っていた。その笑顔からは裏にある焦りや辛さが見て取れた。
「最初に路地裏で目を覚ました時は、自分の事も分からなかった。だけど、とにかく逃げなきゃって思った。昨日の晩御飯も思い出せないのに、魔術とか禁書目録とか必要悪の教会とか、そんな知識ばっかりぐるぐる回ってて、本当に怖かった・・・」
「じゃあ、どうして記憶をなくしてしまったかも分からない訳だね」
「うん」
記憶喪失の原因なんて大体二つに限られている。
記憶を失うほど頭にダメージを受けたか、心の方が耐えられない記憶を封印しているか。
「くそったれが・・・・」
「上条・・・・」
上条は夜空を見上げて思わず呟いた。
魔術師に対する怒りもあるが、詮のない事とはいえ無力感が襲ってくる。
インデックスが異常に上条と山咲を庇ったり懐いたりする理由も分かってきた。何も分からずに世界に放り出されて一年、ようやく会えた最初の『知り合い』がたまたま、上条と山咲だっただけだ。
上条は、それを嬉しいとは思えなかった。
何故だか知らないが、そんな『答え』は上条をひどくイライラさせる。
「むむ?とうま、なんか怒ってる?」
「怒ってねーよ」
「なんか気に障ったなら謝るかも。とうま、なにキレてるの?思春期ちゃん?」
「そのからだにだきゃ思春期とか聞かれたくねーよな、ホント」
「む。何なのかなそれ。やっぱり怒ってるように見えるけど。それともあれなの、とうまは怒ってるふりして私を困らせてる?とうまのそういう所は嫌いかも」
「あのな、元から好きでもねーくせにそんな台詞吐くなよな。いくら何でもお前にそこまでラブコメイベントなんぞ期待しちゃいねーからさ」
「・・・・、」
「はぁー」
「て、アレ?何で上目遣いで黙ってしまわれるのですか、姫?」
「それと山咲さん、なぜに溜め息を?」
「とうま」
はい、と上条は返事を返してみる。とてつもなく不幸な予感がした。
「だいっきらい」
瞬間、上条は女の子に頭のてっぺんをまるかじりされ、レアな経験値を手に入れた。
インデックスは一人でさっさと銭湯へ向かってしまった。
「少しは言葉を選ぼうよ」
やれやれと言った感じで言う山咲。
「痛てて・・・・、てか、俺何か悪い事言ったけ?」
「まったく君ってやつは・・・・」
溜息まじりで言う山咲。
「それにしても英国式シスター、ねえ」
暗にい夜道を二人で歩きながら、上条がぼんやりと口の中で言った。
「分かっているとは思うけどインデックスを日本の『イギリス教会』に連れて行ったら、彼女はそのままロンドンの本部へ飛ぶ。」
「だから、もう俺達の出番はないと思うよ。」
「ああ、でも何か胸にチクリと刺さるものがあるんだよな」
「かと言って何か別案があるの?」
「それは・・・」
「インデックスを教会に保護してもらわなければ延々と魔術師に追われ続ける事になるし、インデックスの後を追ってイギリスまで飛ぶっていうのも非現実的だよ」
「わかってるよ」
「わかっているけど、何かイライラするんだよな・・・」
「上条・・・・」
「あれ?」
と、会話が途切れる。
何かがおかしい。山咲はデパートの電光掲示板の時計を見る。
午後八時ジャスト。
「ねえ、上条。この通りってこんな無人だったけ?」
隣にいる上条に聞く山咲。
「そう言えば、まだまだ人が寝る時間でもないはずなのにおかしいな」
何だか辺りが夜の森みたいにひどく静まり返っている。
妙な違和感。
「インデックスと一緒に歩いていた時から、誰ともすれ違っていないよね」
「ああ」
そして、大通りに出た時、違和感は明確な異常にシフトした。
誰もいない。
大手デパートには誰も出入りしていない。いつも狭いと感じる歩道は広く感じられ、車道には車の一台も走っていない。
まるでひどい田舎の農道でも見ているようだった。
「ステイルが人払いのルーンを刻んでいるだけですよ」
ゾン、と。いきなり顔の真ん中に日本刀でも突き刺されたような、女の声。
(気づけなかった。)
その女は物陰に隠れていた訳でも背後から忍び寄った訳でもない。
二人の行く手を遮るように、一〇メートルぐらい先の、滑走路のように広い三車線の車道の真ん中に立っていた。
たった一度瞬きした瞬間、そこに女は立っていたのだ。
「この一帯にいる人に『何故かここに近づこうとは思わない』ように集中を逸らしているだけです。多くの人は建物の中でしょう。ご心配はなさらずに」
女はTシャツに片脚だけ大胆に切ったジーンズという、まぁ普通の範囲の服装ではあった。ただし、腰から拳銃のようにぶら下げた長さ二メートル以上もの日本刀が凍える殺意を振りまいていた。
「・・・・、あなたは?」
「神裂火織、と申します。できれば、もう一つの名は語りたくないのですが」
「もう一つ?」
「魔法名、ですよ」
ある程度予想していたとはいえ、二人は思わず一歩後ろへ下がった。
魔法名、ステイルが魔術を使って上条を襲った時に名乗った『殺し名』だ。
「素直に言って」
神裂は片目を閉じて、
「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」
ゾッとした。
「・・・嫌だ、と言ったら?」
上条は言った。退く理由は何処にもなかったから。
「仕方ありません」
神裂はもう片方の目も閉じて、
「名乗ってから、彼女を保護するまで」
ドン!!という衝撃が地震のように足元を震わせた。
視界の隅で、夜空の向こうが夕焼けのようなオレンジ色に焼けている。何処か遠く、何百メートルも先で、巨大な炎が炎が燃え広がっているのだ。
「インデックス!!」
「くそっ!!」
二人が反射的に炎の塊が爆発した方角へ目を向けようとして、
瞬間、神裂火織の斬撃が襲いかかってきた。
「上条、危ない!!!」
異常にいち早く気づいた山咲は上条の学生服の襟首部分を掴み横に移動する。
次の瞬間、巨大なレーザーでも振り回したようにさっきいた上条の場所の空気が引き裂かれた。
驚愕に凍る二人の後ろにある風力発電のプロペラが、まるでバターでも切り裂くように音もなく斜めに切断されていく。
「やめてください」
一〇メートル先で、声。
「私から注意を逸らせば、辿る道は絶命のみです」
あまりに速すぎて刀身が空気に触れた所さえ見る事ができなかった。
ドズン、と音を立てて後ろで切り裂かれた風力発電のプロペラが地面に落ちた。
神裂は、閉じていた片目をもう一度開いて、
「もう一度、問います」
神裂はわずかに両の目を細め、「魔法名を名乗る前に、彼女を保護したいのですが」
神裂の声には、よどみがない。
「・・・・ッ、テメェを相手に降参する理由なんざ・・・」
「何度でも、問います」
瞬、とほんの一瞬だけ、何かのバグみたいに神裂の右手がブレて、消える。
轟!という風の唸りと共に、恐るべき速度で何かが襲いかかってきた。
「「!?」」
まるで、四方八方から巨大なレーザー銃を振り回されるような錯覚。
地面が、街灯が、一定の間隔で並ぶ街路樹が、まとめて工事用の水圧カッターで切断されるように切り裂かれた。
辺りを見回すと一本。二本、三本四本五本六本七本・・・・七つもの直線的な『刀傷』が平たい地面の上を何十メートルに渡って走り回っていた。
「私は、魔法名を名乗る前に彼女を保護したいのですが」
「くっ・・・」
「上条、ここは俺が引き受けるよ。だから君は早くインデックスの所へ」
一歩前を出て、両脚をガクガク震わせながら言う山咲。
「な、何を言ってんだよ!!! 相手は見えもしない速さで仕掛けてくるんだぞ!!!」
「だけど、このままじゃインデックスが危ない!!!」
「俺はかろうじてあの速さについていける。だから俺に任せて」
「・・・だけど」
「俺を信じて」
「くそっ!!」
上条はオレンジ色に焼けている方向へ勢いよく走り出した。
「させると思いますか?」
神裂は両目を閉じて言った。
そして、またも神裂の右手がブレて、七つの斬撃が上条に襲いかかろうとした。
しかし、それは頬や服をかすめる形でスカを喰った。
なぜなら、山咲が勢いよく刀ごと腕を蹴り飛ばしたからだ。
間一髪で蹴りによって軌道がズレ、神裂の攻撃は逸れた。
「行けェェェェェェェェェ、上条ォォォォォォォ!!!!」
上条は振り向きもせずに暗闇の中に消えていった。
「いい覚悟ですね。少年」
神裂は表情を変えずに口を開いた。
(ッ!)
今の一連の流れで再確認する。目の前にいるこの女性が、途方も無いレベルの強敵であ
ると。
山咲は今、身体ごと後ろに蹴り倒すつもりで蹴りを放った。だが、それでも腕の軌道
を僅かに逸らす事しかできなかったのである。
物凄い体感バランスと、頑強な足腰を持っているのだろう。
地元にいた頃、格闘技をやっているという者が山咲に挑んできたときの近い感覚
を覚えている。
だが、方向性は近いが、手応えはまるで違う。
地元で襲いかかって来た自称拳法家はすぐに壊れてしまったが、目の前の女性は、何
度蹴りつけても壊れそうにない。
山咲の中で先ほどから警報が鳴り響いている。
それは、削板軍覇と相対したときとよく似ていた。
(怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い、怖い)
(こわ・・・い・・・コワイ)
(同じだ)
(軍覇の時と同じだ)
(強い・・・強い強い強い)
(目の前のコノ人は、俺を殺せるかもしれない)」
そう認識した瞬間、恐怖が全身を支配する。
殺される前に、仕留めなければならない。
そんな、久方ぶりの感覚が臓腑の奥から止めどなく沸き起こった。
一歩間違えれば全てが終わる。
そう思うと、山咲は次の一撃を繰り出した。
神裂の喉のあたりに向かって、鋭い手刀を突き入れようとする山咲。
だが、それをバク転で躱し、そのまま数メートルの距離を開ける神裂。
「やりますね。」
「先程の私の『七閃』を逸らすといい、我流ですか?」
しかし、山咲は神裂の問いに答えず次のことを考えていた。
(ああ、逃げたい、逃げたい)
臆病な彼は考える。
ここで走って逃げだして、布団を被って寝ていればどれだけ安堵できるだろうかと。
安心がそこに待っている。
(だけど、ここで逃げたら・・・)
山咲はギリ、と歯を嚙みしめ、足を前と踏み出した。
(上条やインデックスや子萌先生が)
(いや、みんなで逃げたとしても・・・・次は誰か、俺の大事な人がやられるかもしれ
ない)
(それは、もっともっと怖い事じゃないか)」
自分の中で踏ん切りを付け、一瞬で頭のネジを絞め直す。
そして、跳んだ。
相手の虚を突く形で、アスファルトを力強く踏み抜き、身体を一気に加速させる。
体液が背中の方に流れるのを感じながら、山咲はそのまま路上を駆け抜け、そのま
ま斜めに跳躍した。
ガードレールを駆けあがるかのように蹴りつけ、そのまま三メートル程の高さまで跳躍する。
そのまま相手に向かって跳躍し、頭頂部をサッカーボールのように蹴ろうとした。
だが、一瞬早く神裂は身を屈め、その蹴りを躱す。
頭頂部に山咲の靴が僅かに擦れ、チリチリと焦げながら髪の毛が何本か宙を舞っ
た。
今度は神裂が刀を鞘に納めたまま振るって、山咲に当てようとするが片方の足で刀を蹴られて防がれてしまう。
そして、山咲は動きを止める事のないまま勢いのままに神裂へと挑みかかる。
拳の連撃。
肘や足技を交えた怒涛の攻勢を前に、神裂は何度も体勢を崩した。
(中々やりますね。全力ではないといえ私の速さに付いてきますか。し
かし、ここまでです。)
だが、すんでの所で踏み止まり、スピードをあげて流れるような動きで山咲に反撃
を仕掛けてくる。
山咲はそれを経験から来る勘と鍛え抜いた反射神経であしらってきた。
(なっ!?なら、これでどうです!!)
さらにスピードを上げてきた神裂だが、それでも付いてくる山咲。段々とスピードを上げていった神裂はついに全力のスピードを出してしまっていた。
お互いに拮抗状態が続いているように見えるが、山咲はギリギリの攻防だった。
一瞬でも気が抜けば、自分の意識などを簡単に刈り取られてしまうだろう。
そのまま力尽くで刈り取られたのが数カ月前の削板との戦いだ。
しかし、目の前の女性からは軍覇ほどの膂力は感じ無い。
代わりに、格闘技経験によるものか、尋常ならざる当て勘と捌き手でこちらの連撃を
いなし、時に反撃を繰り出して来た。
(考えろ 考えろ考えろ)」
(この人の強さは軍覇程じゃないかもしれない、だけど、それに近い何かだ!)
命の危機すら感じる攻防。
ましてや、相手は二メートル程の刀を持っている。いつ鞘を抜いて使ってくるかわからない。下手な一撃を食らえば致命傷になる。
(こいつの動きを止めなきゃ)
そんな攻防の中、山咲は不思議と冷静だった。
(こいつの足を止めろ)
(こいつの腕を止めろ)
(こいつの思考を止めろ)
(こいつの五感を止めろ)
(こいつの呼吸を止めろ)
(こいつの●●を止めろ)
時間がゆっくりと感じられる。
(こいつの●●を止めろ)
地元でチンピラ達と喧嘩していた時には、味わえなかった感覚だ。
(こいつの●●を止めろ)
(こいつの心臓を止めろ)
攻防を繰り返す内に一瞬だけ、敵意が完全なる殺意へと変わった。
刹那、山咲の攻撃が鋭さを増し、相手の顔面に拳による一撃がヒットする。
拳の一撃を受けた神裂は口元から血を流しながら驚愕の表情で山咲を睨みつけていた。
「驚きました。『聖人』としての力を出していないとはいえ私に一撃を入れるとは」
神裂は口元の血を腕で拭って言う。
「『聖人』?」
「しかし、遊びはここまでです。少々本気でいきます。」
神裂がさっきとは比べられないスピードで突っ込んできた。
(ッ、速い!!)
神裂の鋭さを増した拳が山咲に襲いかかる。
辛うじて、避ける山咲だが頬をかすめたのか切り傷が出来ていた。
「七閃。」
そして、七つの斬撃が山咲に迫ってきて、全身にめり込んできた。
「がああああああああああ!!!!」
肉を引き裂く水っぽい音が聞こえた。
山咲はその場でヒザを折って屈んでいた。そして、頭上を見上げる。
真円の青い月を背負う神裂の目の前に、何か赤い糸のようなモノがあった。
七本の鋼糸(ワイヤー)。
「なるほど、道理で見えないわけだ。」
「上条対策ですか?」
「ええ、彼が魔術を無効化する事はステイルから報告で知っていますからね。」
「それでも、私には関係ありませんが」
神裂はつまらなそうに言う。
「それに何より、私はまだ魔法名を名乗ってすらいません」
「もう一度問います。彼女を保護したいのですが?」
「もう、良いでしょう?あなたが彼女にそこまでする理由はないはずです。」
「ロンドンでも十指に入る魔術師を相手に二分も生き残れれば上等です、それだけやれば彼女もあなたを責める事はしないでしょう。」
「・・・、何でですか?」
ヒザを折って屈みながら小さく呟いた。
「あなた、すごくつまんなそうだ。あのステイルって人とは違いますよね。敵を殺すのためらっている。その気になれば俺を殺す事ができたくせに、殺せなかった。あなたはまだためらってくれるだけの『常識』がある人間だ。」
神裂は、何度も何度も聞いてきた。
魔法名を名乗る前に全てを終わらせたい、と。
ステイル=マグヌスは、そんなためらいなど微塵も見せなかった。
「・・・・、」
神裂は黙り込んだ。
「なら、分かってますよね?寄ってたかって女の子を追い回して、刀で背中を斬って、その事がインデックスにとってどんなに恐怖だったか。」
血を吐くような言葉に、神裂は何もできずに耳を傾け続ける。
「知ってますか。あの子、あなた達のせいで一年ぐらい前から記憶が無い事を?一体どこまで追い詰めてしまえばそこまでひどくなってしまうんですか」
返事は、ない。
「何で、ですか?」
「そんな力があれば、誰だって何だって守れるのに、何だって誰だって救えるのに」
「何で、そんな事しかできないんですか」
許せなかった。
そんなにも圧倒的に強い人間が、女の子一人を追い詰める事にしか力を使えない事が。
悔しかった。
まるで、今の自分はそれ以下の人間だと言われているみたいで。
「・・・・、」
沈黙に、沈黙を重ねた沈黙。
山咲は驚いていた。
「・・・・、私。だって」
追い詰められていたのは、神裂の方だった。
言葉だけで、ロンドンで十本の指に入る魔術師は追いつめられていた。
「私だって、本当は彼女の背中を斬るつもりはなかった。あれは彼女の修道服『歩く教会』の結界が生きていると思ったから・・・・絶対傷つくとはずがないから斬っただけ、なのに・・・」
山咲は神裂の言っている言葉の意味がわからない。
「私だって、好きでこんな事をしている訳ではありません」
「けど、こうしないと彼女は生きていけないんです。・・・・死んで、しまうんですよ」
「分かって、いただけましたか」
それから、山咲は神裂から自分がインデックスと同じ『必要悪の教会』の一員である事と完全記憶能力について聞いた。
「・・・・・、」
山咲は言葉の意味が分からないでいた。
(八五%?、十五%?おかしい、完全記憶能力にそんなデメリットはないはずだ。)
(演技をしているようには見えない、一体どういう事だ?)
(けれど、今はそんな事を考えるよりも・・・)
山咲は拳を握りしめ、
「何ですか。それ」
ガソリンに火を放つように爆発した。
「ふざけているんですか!あの子が覚えてるか覚えてないかなんて関係ない!分からないようなら一つだけ教えます。俺達はインデックスの仲間です、今までもこれからもあの子の味方であり続けるって決めたんだ!これだけは絶対です!」
生まれて初めてだった。自分の怒りがこんなに爆発したのは
「・・・・、」
「変だと思っていましたよ、単にあの娘が『忘れてる』だけなら、全部説明して誤解を解けばいいだけの話だ。何で誤解のままにしているんですか、何で敵として追い回しているんですか!あなた達は、なに勝手に見限っているんですか!あの娘の気持ちを何だと」
「うるっせえんだよ、ド素人が!!」
山咲の怒りが、真上から襲いかかってきた神裂の咆哮によって押しつぶされた。
「知ったような口を利くな!!私たちが今までどんな気持ちであの子の気持ちであの子の記憶を奪っていったと思ってるんですか!?分かるんですか、あなた達なんかに一体何が!ステイルが一体どんな気持ちであの子とあなた達を見てたと思ってるんですか!?一体どれほど苦しんで!どれほどの決意の下に敵を名乗っているのか!大切な仲間のために泥を被り続けるステイルの気持ちが、あなたなんかに分かるんですか!!」
あまりの豹変ぶりに驚いて声をあげる前に、山咲の脇腹に神裂の蹴りが入る。
「ぐッ!」
しかし、足が当たる直前に自分の両手で掴み防ぐ山咲。
「私達だって、頑張ったんですよ!春を過ごし夏を過ごし秋を過ごし冬を過ごし!思い出を作って忘れないようにたった一つの約束をして日記やアルバムを胸に抱かせて!」
「それでも、ダメだったんですよ」
ギリ、と奥歯を噛み締める音が聞こえた。
「日記を見ても、アルバムの写真を眺めても・・・あの子はね、ゴメンなさいって言うんですよ。それでも、一から思い出を作り直しても、何度繰り返しても、全てゼロに還る」
「私達は・・・・もう耐えられません。これ以上、彼女の笑顔を見続けるなんて、不可能です」
「・・・・、」
「ふざけないでください・・・・、」
次の瞬間、山咲は掴んでいた神裂の足首を思いっきり回した。
ゴキリ、と鈍い音が聞こえた。
「痛っ!!!」
体勢の崩れた神裂に山咲の鋭い蹴りが神裂の水月に突き刺さった。肺に溜め込んだ空気が全て口から吐き出されると同時に地面に倒れる。
そして、追い討ちをかけるように顔面を的確に狙って、爪先を使い少しも躊躇う事無く蹴り続けた。
「ぐッ、がッ」
徐々に神裂の顔が血まみれになっていく。
(こ・・・の、七・・・閃!)
神裂が七閃をくり出そうと指を動かした瞬間、山咲が神裂がの指を思いっきり、踏みつけた。
「ッ!!!」
「そんなものは、アナタ達の勝手な理屈です。インデックスの事なんて一瞬も考えてないじゃないですか!ふざけないでください、アナタ達は諦めた理由をインデックスのせいにしているだけだ!」
「じゃあ・・・・、他に、どんな道があったと言うんですか・・・」
神裂は自分の顔を両手で覆いながら泣きそうな声で呟く。
もう、こんな魔術師には恐怖も緊張もない。
「アナタ達がもう少し強ければ・・・」
山咲は、歯を食いしばり、
「一年の記憶を失うのが怖かったら、次の一年にもっと幸せな記憶を与えてやれば!記憶を失うのが怖くないぐらいの幸せが待ってるって分かっていれば、もう誰も逃げ出す必要がなんてない!たったそれだけの事でしょ!!」
「アナタ達には力がある。なのに何でこんなに無能なんですか」
「そこまでにしてもらおうか」
山咲が声の聞こえた方を振り向くと、赤髪に咥えタバコのステイル=マグヌスが立っていた。
そして、その足元にはボロ雑巾のように親友の上条当麻が横たわっていた。
全身の至る所が火傷状態だった。
「上条!!!!」
「安心したまえ、まだ死んじゃあいない」
「ただし、」
ステイルは横たわっている上条に炎剣を近づけた。
「こいつの命を助けて欲しければ、インデックスをここに連れてくるんだ」
「ッ!!!」
「おっと、少しでもおかしな動きをすれば君のお友達は道路のシミになってしまうよ」
ステイルはタバコを咥えながらにやけて呟いた。
しかし、
「ステイル、今回は退きましょう」
地面に倒れている神裂がステイルの方を向き答えた。
「な、正気なのか神裂!?」
「申し訳ありません。今回だけは退かせてください。」
何処か覇気のない神裂の声に驚くステイル。
「わかったよ」
ステイルはしかたがないと言いそうな顔をして神裂に近づき、肩を貸し立ち上がらせる。
神裂は退く寸前に、
「次こそはインデックスを保護させてもらいます。」
ステイルと一緒に闇夜の道路に消えて行った。
少し無理矢理の所があるかもしれませんが楽しめて頂いたのなら幸いです。