とある臆病者の化物譚   作:tunagi

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皆さん、初めまして、素人ですがよろしくお願いします。


序章
プロローグ1


「化け物!!」

 

中学を卒業するまでの間に、幾度なく、そう言われ続けてきた少年がいた。

中国地方の山奥の村にある、人里離れた温泉卿。

その村の中にあるとある温泉宿の入り口に生まれたばかりの少年は捨てられていた。

その後、その宿のオーナーである老婆に引き取られ、彼女の娘夫婦の養子として育てられた。

彼女らはまるで実の子のように赤ん坊を育てていった。

しかし、周囲からの横やりが入り始める。

村の有力者に育てられている少年をやっかみ、危害を加えようとする輩が現れたのだ。

そして、村は少年の特異性に気付く。

小学校に入ったばかりの時、六年生の有名なガキ大将が喧嘩を売ってきた。当時、自分が養子という事実を知らなかった彼は、自分が何を言われているのか解らず、首を傾げるだけだった。

ついに苛立った上級生が一発殴り、よろけた少年の胸倉を掴み上げた。誰もが一方的な虐めになると予感した。その喧嘩は一方的なものとして終わる。ただし、勝敗は皆の予想と逆だった。

それが、彼が「才能」を最初に発揮した瞬間だった。

少年は小学校にあがるまでに、特に何かを鍛えていたわけではない。体質的にも普通で、大岩を持つほどの怪力も手から電気や炎を出せたわけではない。

ただひとつ、「センス」と言うべきものがあるだけだった。

少年は襟首を掴まれた次の瞬間、彼は、上級生にやりかえす事にした。

相手の耳を掴み、勢いおく引きずり落とす。

耳を千切られると本能的に察した上級生が、手を放して思わず身を屈めた瞬間だった。

その鼻柱に、齢六歳の少年の頭突きが叩き込まれた。

 

「があああっ!?」

 

当然ながら、何か知識があったわけではない。

ただ、自分の硬い所を手っ取り早く相手にぶつけようと思っただけだ。

もっとも、入学したての小学生がそう考える自体が異常だった。

そした、まだ幼い少年には「容赦」や「手加減」という概念がなかった。

敢えて、この少年の性格を一つあげるなら  「臆病」  全てがこの言葉に集約される。

少年は臆病が故に、恐怖を嫌った。ただ、それだけの事なのだ。

人一倍恐怖に対して敏感であり、それを人一倍恐れる。

結果として、その臆病さと「才能」が組み合わさった事で、一つの「化け物」が生まれた。

わけの解らないことを言いながら自分を攻撃してきた上級生は、少年にとって恐怖の対象となり得る。

 

恐怖は遠ざけなければならない。自分の前から、消し去らなければならない。

 

少年は本能に従って蹲った上級生を蹴り続けた。

顔面を的確に狙って。爪先を使い、顔を覆う指ごと折り潰すように。指の間から地面に滴る血を見ても、少しも躊躇う事無く。何度も、何度もいつまでも。

その事件を切っ掛けとして周囲から恐れられることになる。

殴り掛かったのは上級生だと言うこともあり、大ごとにはならなかったが少年の人生が捻じれることになる。

数日後、今度は上級生の仲間たちが少年に喧嘩を仕掛けてきた。復讐とは聞こえはいいが、実際は生意気な下級生をとっちめようととしただけだった。中には中学生が混じっていた。

そうした集団に袋叩きにされては、流石に手も足も出ない。そう思われたが…

少年は、最初の一人に殴られ、馬乗りになられた瞬間になんの迷いもなく、相手の目に指を突き入れた。

 

「あああああっ!!」

 

抉れこそしなかったが、目から血を流して叫び喚く仲間を前に、上級生達は一瞬にして恐怖に飲まれた。

悲鳴を上げて転がる仲間に、手近にあった。石を持って追い打ちを掛けようとしている、わずか六歳の少年。

鬼気迫る様子に、彼らは一斉に同じ事を感じた。

目の前にいるのは、自分たちとは違う何かだ。

 

自分たちより頭一つ以上小さい、成長前の子供。

それにもかかわらず、まるでその大きさの狼が熊でも相手にしているかのような感覚だった。すぐに気を取り直して、数人がかりで少年を袋叩きにすれば勝機はあったかもしれない。だが、かれらは少し悪ぶった小、中学生だ。それを求めるのは酷だった。石で歯を叩き折られる仲間を見て、彼らは完全に足が竦んでしまう。

流石にその事件は過剰防衛となり、警察沙汰となった。後に児童相談所に連絡される事態になった。しばらく、彼に手を出すものはいなかったが小学校の卒業間近に彼の噂を聞きつけた不良少年達がちょっかいをかけ始めた。理由は当時の上級生達が成長し、行動範囲を広げていき、交友関係を築き少年の名を口にしてしまったのだ。

そして、面白半分でちょっかいを出した不良達は思い知ることになる。噂の少年は禍々しい成長をとげていた。

十数人の不良たちをたった一人で半殺しにしたのだ。なかには骨が折れて泣き叫ぶ高校生がいた。不良のひとりが彼に向って叫ぶのだった。

 

「化け物!!」

 

中学一年の冬休みのときには、二十歳前後の秋田で有名な暴走族の集団が襲ってきた。怪力自慢の総長らしき男が最初に喧嘩を仕掛けてきた。彼は怪力自慢なのか100キロ近くもあるハンマーを振り回してきたのだった。これが当たってはさすがの少年もひとたまりもない。しかし、少年はそのハンマーの攻撃を尋常じゃないフットワークで次々とよけていった。そして、総長らしき男が次にハンマーを振り上げた瞬間、少年は男の懐に飛び込み彼の膝関節に思いっきり蹴りを入れた。その瞬間男の膝がグシャリと砕けた。

 

「ぐあああああああ!?」

 

彼がよろめいた瞬間、少年はこめかみに一撃を与えて顎にも残りの手で一撃を叩き込んだ。男は泡を吹きながら倒れた。しかし、少年の攻撃はやまなかった。倒れた男の手足を必要以上に踏み続けた。暴走族のみんなが思った、何だあいつは、あのフットワークは人間技じゃない。どうしてあんな動きができる?そして、気絶した相手に躊躇もなく追い打ちを何故掛けられる?本当に人間かあいつは? そして誰かが叫んだ。

 

 

「化け物!!」

 

そして、中学二年の夏休みのころには拳法の達人の二十代の男性が勝負を挑んできた。その場所には少年に喧嘩を仕掛けて負けた不良などが次々と集まってきた。皆が思った。今度こそあいつの負ける姿が拝める。さすがの奴でも勝てないだろう。

その拳法家は数々の大会に優勝してきた本物の実力者だった。少年の噂を聞きつけ勝負を挑んで来たのだ。彼には自信があった。経験もあるし、誰よりも努力をしてきた。負けるはずがない。しかし、また皆の予想は裏切られることになる。

拳法家は即座に仕掛けてきた。少年に強烈な足払いをかけてきた。

 

「ッ!?」

 

地面に倒れた瞬間に顔面に一撃を入れる。

それで、勝負が決まる。拳法家はがっかりした。所詮は噂か、期待外れもいいところだ。しかし、地面に倒れそうになった瞬間に少年は片手で地面を押さえる。そして、片腕の力だけで全身を支え、逆立ちに近い体勢を整えながら胴体を捻った。流れるような動きで足を開き、そのまま身体を回転しながら、足を拳法家の首に絡ませる。

 

「おっ!」

 

足技格闘技であるカポエラのような、逆立ちからの横蹴りが来ると想像していた拳法家にとって、その動きは予想外だった。正しく首を刈るような動きで足を絡められ、そのまま横に倒れそうになる。しかし、すんでの所で抜け出し、バランスを立て直す為に慌てて一歩離れた。一方の少年は」、その、振り払われた動きすら逆に利用し、既に立ち上がっている。間髪入れずに走り出し、猛禽を思わせる眼光で拳法家を睨み付けたまま、体勢を低くしてアスファルトの上を走り抜ける。

クラウチングスタートさながらのダッシュだったが、拳法家はその顔面に膝蹴りを合わせようとした。

しかし、それを読んでいたのか、あるいは相手の動きを見てから常人離れした反射神経を発揮したのか、直前でその身体を起こし、跳躍する。ダン、と拳法家の膝に右足を乗せ、少年はそれを踏み台として身体を上に持ち上げた。

狙いは相手の顔面。

強烈な膝が、拳法家の鼻柱へと向かって放たれたが  拳法家は間一髪で身体を捩じり、その膝を避ける事ができた。

 

「・・・くッ!」

 

少年はそのまま空中で体勢を変え、相手の首に手を伸ばす。

・まれれば、そのまま絞め落とされるだろう。それどころか、落下の勢いを合わせられれば一瞬で脛骨を折られかねない。

 

「うおおッ!」

 

自らの横に転ぶことで、少年の手から逃れる拳法家。

慌てて起き上がるが、その時にはもう眼前に少年が迫っている。

 

「・・・ッ!?」

 

斜め下砲から、アゴに向かって迫る掌底。

それを間一髪で躱した瞬間、斜め上から眉間を狙って、拳下部による鉄槌が振り下ろされるのが見えた。

 

「ちょっ・・・!?」

 

すんでの所で躱す拳法家。相手の攻撃を悉くいなしている為、もしかしたら傍目には拳法家が強いように映っているかもしれないが…

拳法家は、実際必死だった。最初の不意打ちを防がれて以降、彼は防戦一方となっている。

反撃の糸口を掴もうにも、反撃の隙がない。

こ、こいつ…。

しかも、ただ力任せにこちらを殴りつけているわけではない。

掌底や拳を使い分けている時点で、単なる力自慢ではないことが解る。距離を開けようとする拳法家に対し、少年は更に距離を詰めた。

互いの拳も満足に振り回せなく距離、ボクシングならリンチになろうかとうい位置まで密着したところで、少年は身体を捻る。

そして、綺麗に畳まれた肘が、拳法家の顎目がけて差し向けられた。

刃物と同じレベルの脅威を感じた拳法家は、スウェーでそれを躱すが

それを待っていたかのように、反対側の腕が拳法家の喉へと伸びる。

右手でそれを打ち払うも、拳法家は生きた心地がしなかった。

先刻から少年の攻撃は常に全力のものだと思われる。

容赦も躊躇いもなく、こちらの急所などを的確に狙ってきていた。

それでいながら、連撃を繰り出しているというのにまったく疲れた様子が無い。

 

(こいつ、まちがえない!強い!噂は本当だったんだ!)

 

いったいどんなスタミナをしているのだろう。相手の強さを分析しようとしても、その隙すら与えてくれない。

 

(数多の不良や暴走族に勝ってきたなんて話半分だと思っていたが…。これなら、納得がいく…!しかし、変わった小僧だ。)

 

拳法家が見たのは少年の目だった。

鋭く細められたその瞳の中に浮かぶ感情を見透かし、拳法家の中に疑念が浮かぶ。

 

(なんで…俺を圧倒としているお前のほうが、そんなにビビった目をしているんだ?)

 

防戦一方の最中だというのに、思わず笑みがこぼれた。

そして、それは致命的な隙となった。

開いた足の間、股間を蹴り上げに来る少年の足が見えた。

 

(やばッ!?)

 

両手でそれを押さえ込み、寸前で蹴りを止める。

だが、それは少年のフェイントだった。

前屈みになった所で、少年の両手が拳法家の後頭部と顎をガシリと掴む。そして、そのまま首を捻りつつ、地面に押し倒そうとした。

下手に逆らえば、首を骨折しかねない。本能が抵抗を無視させ、拳法家は首を折られぬよう、なすがままに地面に倒された。

即座に顔から手を離され、少年の踵が持ち上がるのが見えた。

 

(ッ、やばい!!)

 

その踵の踏み下ろされる先が自分の顔面だと気づき、全身の毛が逆立った。

 

(これ、死ッッッ・・・!!)

 

 

ゴシャッア

 

観戦していた不良達の顔が青く染まった。

「やっぱあいつは化け物だ!!人間じゃねえ!?」

「化け物!!」

 

もう、何回言われてきたことだろうか。最初に言われた瞬間の事を、少年はもう覚えていない。

仲間の仇討ちの為に。あるいは自分の力を周囲に見せつける武勇伝の一部とする為に。腕に覚えのある荒くれものが、次から次へと周囲の土地からやってきた。少年は、その全てを迎え撃つ。

ただ、少年は怖かっただけなのだ。正しく生きているつもりなのに、自分に理不尽な敵意が向かってくることが、何よりも恐ろしかった。

少年は体を鍛え始める。理不尽な恐怖から身を守る為に。

そうしている間にも噂は広まり続け、とうとう他県から喧嘩を売りにくるものまで現れた。

喧嘩に明け暮れる日々。その恐怖を打ち払う為の鍛錬。

こうして、生まれながらの「才能」に、「鍛錬」と「努力」が積み重ねられたのであ

る。

 

 


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