下着とセクハラ騒動の翌日。
ログハウスのリビングには、メタグロスの少女とかたくりこが、対面する位置に座っておりかたや無表情、かたやヌボッとしながら、牽制し合うように呼吸回数すら軽減させていた。
メコンはお昼ご飯の材料を買いに出かけ。
ネリは喫茶店のアルバイトへ。
爽羽佳は運び屋の仕事で空を舞っている最中。
午前中のジックは活動実績を記載したホームページを更新、午後はサファリゾーンで依頼を遂行させる。
募集サイトに登録だけしても、中々お仕事の話は回ってこない。お仕事したければ積極的に呼びかけたり、認知度を上げる為の宣伝や工夫を怠らない、情報発信規模の大きいフリーの仕事人、それがジック。
将来的なビジョンを明確に描けるまではフリー、彼が本当に「やりたいこと」が見つかった時、一つの物語は終焉を告げて、新しい物語は生誕するのかもしれない。
「…………じっ…………」
「…………ミノッ…………?」
朝バトルが終わり個人的な鍛錬も終了したので、お昼ご飯までやることが無い。
人化したから必ず働かなくてはいけない労働法は無い。本人の意思によりけりだ。
その点を人間は「いいなぁ」と思ったり、思わなかったりするのだが。
「……………………」
「ノ…………」
だからと言って、ミノムシと黙り大会をしているのは、少女も時間が勿体ないと感じている。
間も無くメコンが帰宅して、昼食を作るだろうが、今回のバトルをベースとした新たなる戦況シミュレートでもし直そうか?
(開始……初手をコメットパンチとして設定……)
「…………ミノホォォッ♪」
目を瞑る彼女のブレインコンピューター内に、盤上が構築された二秒後、前方数㎝の距離からの刺客。
「…………ぺしっ、セクハラです」
「ミノォォォ~~ン!」
おなごの胸の谷間に入ることが好きな、かたくりこが種族的素早さを考慮すればありえない速度で、少女のブレザー目掛けて猛進!
鉄壁ガードの少女は、目を瞑ったまま胸を最高に際立たせ、幾千の不合理意見に抗ったまま邪道を往く、お肉が分散されてない乳溜まりに突っ込む間際で、冷静に左手をなぎ払って対応した。
しかもご丁重に手甲まで出現させたので、ぺしっ、なんて擬音とは似ても似つかぬ威力だったりする。
それでも彼は只者では無いので、土を固めて作ったミノで衝撃を最小限に抑えながら、壁とバウンドして元の位置に戻る芸当を魅せた。こんな事が出来るミノムッチは、確実にこの子だけである……
「皆様こんにちは、私はデボンコーポレーションの研究開発部門に勤めております【レオネ】です。シルフカンパニー様との共同で取りかかっております、新規プロジェクトのプレリリースにお集まり頂き、誠に光栄に存じます」
各メディアに所属しているプロカメラマンが、撮影器具をひらいしんに吸われた電気技のように、一斉にシャッターを切りマイクを近付けメモを取る。
自然と科学の融合を目指す、カナズミシティはデボンコーポレーション正面玄関口前での生放送。
壮大なプロジェクトメンバーに選抜された、レオネと言う女性は一瞥しただけでも、頭が良さそうな人!……だけど地味で、製品を目立たせることを優先させた控えめな風貌と、暗めな色合いの服装だ。
ブラックメタルフレームで製作された、シャープな形状の眼鏡。あまり笑わない人物なので初見では少し近寄り辛い印象を持ってしまうが、無愛想で人を遠ざける雰囲気は醸し出さないので、撮影時の対応やアドリブなどの手腕の良さも含めて、プレリリースの総司会役を任せられているのだ。
ワインレッドのタートルネック、丈の長いタイトスカート、ブラウンのカーディガンを羽織り、温暖の地であるホウエンの七月にしては中々に着込んでいるが、風通しが良く蒸れないリネン生地なので快適に動けるのだとか。
黒髪はバレッタで纏められているが、凝ったアレンジなどは無い一つ結びだ。
年齢は二十代後半~三十代前半か。
「こちらが試作品です。そうです、まだ実用化には遠く正式に完成するまで数年は掛かってしまうでしょう。極々小範囲ですがパソコン通信システムの原理を応用し……」
シルフカンパニーとデボンコーポレーション。
世界屈指の開発生産性、どちらかが潰れればポケモン界は衰退間違いなし、有益なアイテムを生み出して〝ポケモンと関わる生活〟をアシストしてくれる大企業の双璧が技術の粋を結集させた――あくまでも試作品が――
「昔こんな携帯ゲーム機見たことありますねぇ……本当に大丈夫なんですか?」
「ご心配はいりません。一億にのぼる実験を繰り返し、私自身やデボンの社員が総出して体感致しましたので、発表に辿り着けました次第であります。じゃあトロメイン? そちらのスイッチの操作をお願いするわね」
全長二メートルほどの物体が二つ、手誘導するレオネの右側には赤、左側には緑色の長方形がカバーが外され出現すれば、懐古な過ぎし日を振り返る者も居れば、旧友と再会し郷愁感で胸が熱くなる者まで反応は様々だが 何処か懐かしい は共通していた。
正方形の上部にはモニターが、下部には十字キーとそれぞれ「A」「B」と描かれた丸形のボタンと、「SELECT」「START」と描かれた小さな円筒状ボタンがそれぞれ備わっている。
プロジェクトの一片、試作品とは一体何なのか?
レオネの解説が終わり、「体感してみたい」と最初に挙手したのは報道レポーターの男性、手持ちポケモンで本来の姿であるクルミル。
炎の様に赤く塗装された長方形に入り込み、草のような緑に塗装された長方形にはまだ何も無い。
まるで人体切断マジックボックス、失敗なんてあれば信頼を大きく失って男やクルミルも、生還する保証が出来ない事態に陥るかもしれない。
以前、ドリームワールドでサーバーダウン大混乱事件が起こった前例はあるが、世界一の技術力を持つシルフ、世界一の発想力を持つデボン共同製品だ。
怖い物見たさが先行しいつもの癖で考えるより先に挙手してしまったが、愛しのクルミルちゃんを抱きしめながら、成功しろ成功しろ、ギュッと一匹と一人は祈り続けている……
「では、作動しますね」
角張りの一切無い曲線と円形のみで、構成された小型軽量のボディは濃いピンクとブルー、ビビッドな色調は「シルフの技術力を世界へ発信させる、とにかく目を引くカラーリングにした」と製作責任者は熱く語っていた。
シルフカンパニーの、最新技術を積み込んだバーチャルポケモン、ポリゴンをアップグレードさせたポリゴン2はレオネの研究補佐兼手持ち。
デボンの社員であるのにシルフで製造されたポケモンを持つ、二つの企業が如何に友好的かを表している。
ポリゴンのままでは実装されず仕舞いだった和やかな笑顔を向けて、水飲み鳥にそっくりな嘴でボタンを操作していく、トロメインなるニックネームを与えられたポリゴン2。
固唾を飲んで見守る……目の離せない歴史的な一ページを刻む瞬間になり得るのか?
男とクルミルを閉じ込めた赤の箱から、レオネとトロメインが同タイミングで「START」ボタンを押し込むと――
「~~~~おおお゙お゙ッ゙!! わっ、私は今っ!クルミルちゃんと物質的には存在しない、仮想空間にダイビングしておりますゥ! 信じられないと思いますが本当です! お~いお~~い!」
赤と緑箱、二つの画面にはデータ領域のグリッド面がタイルのように広がり、クルミルちゃんと一緒に跳ねては抱きついては、前人未踏の地へ一足早く入り込めてしまった感動を身体全体で表現している。
ポケモンのみならず、人間までパソコン転送システムの仕組みを応用し、肉体と精神をスキャンしデータとして送り込まれるとは……報道機関の者達が画面に向かって手を振ると、クルミルと入り込んだ男もこちら側が見えているようで、モニター越しに握手する仕草をも披露し、男達のエンターテイメント性に何処からか笑い声が零れた。
「まだまだ実用段階ではありません。極僅かでデボンが作り上げた安全路でしか移動も活動も出来ません。〝空間の歪み〟を制御しなければ皆様に楽しんで頂く事は出来ません」
緑色の箱から生還した男性とクルミル。
予めデボンの研究員が定め、製作した細くて短い通路内での出来事であったらしい。
そこから先は一歩でも踏み入ってしまえば、空間を制御しきれていないので、裂け目に飲み込まれて命の保証は出来ず、延々と仮想空間を彷徨うハメになっていたかもしれない。
空間の繋がりを操るなど、因果律に抗う行為なのでデボンとシルフが総力を上げて開発・研究をしても簡単ではないのだ。
「あなたとクルミルさんは、先程までこの場所に降りました。この場所でなら自由に行動する事が出来るようになったのです」
自らも起動実験に参加し、危険を承知で調査隊員にもなり試作ルートを設計担当したレオネは、山にも谷にもならなず一定トーンのまま、二つの箱の端子を繋ぐ形で伸びている、銀色のケーブルについて解説する。
トロメインが嘴で指し示したケーブルこそ、レオネが語る安全路。
まだこのケーブル内でしか空間制御は終えていないが、現在別ルートを開発中で数ヶ月後には、意外な形で皆様の前に登場するかもしれない……
「この先はまだ極秘なので大変申し訳ありませんが、続報をお待ちください。皆様のご期待に添えるであろう長きに渡る発明です、必ず完成させますので暖かく見守ってくだされば嬉しいです」
レオネとトロメインが頭を下げれば、通りがかった野次馬や左右マンションのベランダからも拍手を受けながら、一旦コマーシャルが挟まれる。
特別な用途とデザインを持ったモンスターボール、子供から大人まで冒険に欠かせないランニングシューズ、コミカルな人形劇風に化石復元のエキスパート達が、蘇った古代ポケモン達と友達になるまでの過程を描いた三十秒ストーリーなど、デボンに関連する物ばかりで構成される気合いの入りっぷり。
「……………………」
「……………………」
不思議な事に、興味なんて無いはずの空間移動体験の特集を、かたくりこが頭に乗った事にも気がつかず、彼女のみ時間が停止したかのようにピクリッともせず、コマーシャルが流されるまで見続けてしまっていた。
頭に乗ったかたくりこも、少女へちょっかい掛ける訳でも、この隙に胸に入り込む事もせずに、少女と同じ感情を殺された不変な表情となっており、テレビの向こう側すら覗けそうな熟視具合であった。
そういえば……かたくりこは、シンオウの育て屋老夫婦から譲り受けたタマゴから誕生したミノムッチなのだが――
(パソコンから突然転送されて来たんじゃよ、ミノマダムやガーメイルは預かっていなかったんじゃが……)
特異な能力を持つ彼もまた、この物語のテーマに深くリンクする存在たるのかもしれない――
「ミッ!? ノホォォ~~ン!!」
「セクハラですっ、二度目ですよ」
……いや、そうでもないかも。
一週間に一回ペースが理想だったんですが、それよりも早く投稿できてますね!