とっくにお忘れだったであろう、アイツが再登場です。
たった一週間。それがタイムリミット。
自己顕示欲の強すぎる、脳中区まで矢を立て続けに打ち出された振動が、キンキンに五月蠅すぎるオスは、居場所をメスに知らせる為に命ある限り、その身と羽を震わせて泣き続ける。
……は、昆虫のセミの生態。
ポケモンのテッカニンは、他の種族よりも短命ではあるが、一週間一ヶ月でポクリと急死する木の枝にかろうじて残る、枯れ葉の様な一触即発、毎日が危急存亡とまではなってない。
「予定通りに進めば、スタジアムの完成は一月か…………」
トレーナーの腕が試されるリトマス紙、上手に育てられなければ、セミの鳴き声すら埋没させる大音声は、トレーナーをも頭痛に悩ます。
そんなポケモンが残像を散らしながら、動き回るのだからテッカニンを所持するトレーナーは、予めご近所さんへ断りを入れておくか、メインストリートや公共施設とは、距離をおいた場所に住む法律が定められている。完全にテッカニンを操るだけの腕があるのなら、話はまた違ってくるのだが……
「〝アレ〟の完成も十二月末から一月中旬を、目処にしていたな……スタジアム完成記念として開かれる、ポケモンバトルトーナメント、その第一回大会の優勝賞品になるであろうな……」
テッカニンの鳴き声も沈黙し、明るく輝く楽しい大都会。
ホウエン地方の中心部に位置するキンセツシティも、丑三つ時ともなれば、ぼうおんのポケモンへ放たれたハイパーボイスの如く、無音無人無光。
……やや膨張した表現にしてしまったが、ラスターパージ以上の眩しさが嘘みたいに、暗晦した蚊帳で包装された大都市。
今夜に限ってはゲームコーナーも、キンセツヒルズも照明が落とされており、街全体が深い眠りの縁に突き落とされた様な静寂。
「直接奪っても良いのだが、デボン本社のセキリティは私でも突破は困難だ。失敗する訳にはいかぬ、確実に手に入る一月を待――――」
大都市から少し離れた南部、百十番道路には巨大なジオフロントとして開発予定であった、ニューキンセツ。
開発中止となり手つかずとなっていた、跡地を政府が買い取り《ニューキンセツスタジアム》なる、大規模なポケモン競技施設の制作プロジェクトを数年前に始動。
着実に、何の問題も無く完成へと歩を進めている。
なみのりを使わなければ辿り着けなかった、隔離された小島の様な場所だったのに、百十番道路から継ぎ足される形で道を新設し、なみのりを使わずともニューキンセツへ入れる様にもなった。
漆黒の内側から伸びる、キンセツ周辺での唯一の光は複数のサーチライト。
警備用として取り付けられ、スタジアム上空を投射し続ける人工光。
その狭間を「光を避けるゲーム」と馬鹿にしているのか、合気道よりも華麗に捌き、ダンスよりも身軽な動きで避ける人影。
異常発達した四肢は、リングマよりも強靱、この者こそがポケモンとして戦えてしまう……生身とは思えぬボスゴドラ並の鎧を纏っているが、さらに解読不能の古代文字を思わせる、謎の電子記号を内側に走らせ、悪タイプよりも〝悪〝らしい、奈落からの死神。
あの時ミナモシティの民宿跡地に姿を現した、黒衣の片割れだ……!
鼻に目、耳など顔を構成する上で必要となっているパーツが何も無い。
日本の伝記に語られるもののふ……妖怪のっぺらぼうな風貌……
ネリだったらこう尋ねるだろう、「そんな服着て暑くないのかニャ?」
気温など感じないのかもしれない、人間かポケモンかも不明瞭で性別すらも判断不能な、怪談絵巻から飛び出して来たバケモノ。
夏と言ったらお化け……だが、ゴーストポケモンすら身体も声帯も金縛りになってしまうであろう、ホウエンへ不正侵略しに来たクラッカーなどご勘弁だ……いや、この者こそがサイバーウイルス感染源なのかもしれない。
この球体仮面がミナモシティに続いて、キンセツに出現した理由とは――――
「動くなッ! 立ち入り許可を得ていない不審者めっ! 俺達はホウエン警察本部の者だっ、最新式の赤外線スキャナーに反応があって駆け付けてみれば、のっぺらぼう! お前はどんな目的があってスタジアムの屋根に昇っていやがるっ! スタジアムを壊すつもりだったのかッ!?」
(……………………ほぅ、これはこれは……懐かしい顔だな……老けたな、ハウゼンよ……)
新規投入されたのはサーチライトよりも高性能、ホウエン警察本部に配属された即ち、政府に認められたエリートの手持ちである、遥か遠くまでその光は届き、迷い人の道しるべとなるデンリュウの尾から発せられた光を浴びせられても、黒衣の者は動きを止めただけで内心は焦りも動揺も生まれない。
部下を二十名程引き連れて、隊長自ら後出動。偉そうに椅子に座って判子を押すだけの仕事がしたいから、警察の道を選んだのではない。
聞き込みも部下からの報告を待つだけでなく、自分の脚で行うアクティブな四十五歳、平和を乱す者は徹底的に討ち滅ぼす!
『あなたとポケモンの治安を守ります』をスローガンに掲げるのは、ポケモンリーグ・ミドルエイジクラスの優勝者《ハウゼン隊長》
彼は若い頃から警察機関に所属していたのではない。ミドルクラスで優勝し、実力を買われて政府からスカウトされたのだ。
なので組織からすれば入隊して数年しか経過していない新人。
だが極めて忠実に職務を全うし、どんな事件も諦めず粘り強い捜査で解決に導く忍耐力、凶悪犯も手持ちとのチームワークで捕獲してしまうが場面によっては、単独で突撃し無事に生還を果たす身体能力を兼ね備える警視庁の荒武者。
異例の速さで出世して行く彼へ「遅咲きだがまるで、悪を懲らしめる為に産まれた男」と、部下達は理想の上司であると憧れを抱く。
どくタイプが好きと言う、警察としては意外性のある好みもまた魅力的。最初から警察を目指していた人物ではないので当たり前なのだが……
購入してそれ程年月は経過していないが、草臥れたトレンチコートに中折れ帽、長く伸ばしたもみ上げは顎髭と一体化している。
ボサボサで不潔な無精髭とは混同してはならない、毎日手入れは一時間以上も欠かさない、ダンディズム溢れた容貌に奥様方からも指示は厚い!
「一歩でも動いてみろ、俺のクロバット、マジュラムがお前の首に羽を当てているのが分かるだろう? 二分割してやるつもりは無いが、お前の行動次第で血を流さない約束は出来ん! お前の目的は身柄を拘束してからその仮面を外し、刑務所で洗いざらいしてやるっ!」
「…………ふっ、ステルス機能を備えていたのだがな、見破れるとはデボンの科学力には脱帽してしまうよ」
観念したかの様に両手を夜空へと伸ばす球体仮面。
デボンが機密事項で開発を進めていた、犯罪を取り締まる為に有意義に役立てて欲しいと、ホウエン警察本部へ提供した最新式のスキャナーは、スタジアムの四方に乱立されている、クレーン内部へ搭載されていた。
数日前、キンセツシティの南部で人影……? の様な物体が屋根から屋根へと飛び乗ったり、何かに捕まって浮かび上がる光景をスキャナーを持った部下の一人が発見。
アレはどう考えても不審者に違いない!
スタジアム建設に関わっている者だとすれば、あんな格好をする必要性は無い!
憶測も多大に含まれているが、万が一を起こされてしまったら遅い……張り込みを開始した甲斐があったという物だ、再び現れてくれたのだから。
「袋のコラッタ、まな板のコイキング、警察のポケモンであるマジュ達は、容疑者確保の為ならば『多少』、手荒な真似をしても良い許可が特別に下りているのは、ご存じですわよね? はぁ~、ディンブラが冷めてしまう前にのっぺらぼうさんを、確保出来て良かったですわぁ~!」
張り詰めた緊張が走る状況であるのに、少々……いやかなりKYとも言えるお嬢様口調。
人化したこうもりポケモン、クロバットのマジュラムはハウゼン隊長の手持ちであり、一人称を「マジュ」と呼ぶ、真紫のゴスロリ衣装で着飾った少女。
ゴルバットから進化を果たし、四枚に増えた音速の翼は、隣を通っても気がつかれないので、隠密行動には打って付け。
内股になりながらスカートを抑える仕草すらロイヤルに、上側二枚の羽をサイレントのまま羽ばたかせ、下側の一枚は球体仮面の首元へ、もう一枚にはティーカップを乗せている。それでいながら、デフォルメされたズバット模様が並ぶ、日傘を抱えているのも淑女の成せる余技なのだろう。
くどくない程度、カールさせた毛先はお約束か。
超高速で飛ぶ事が得意になった代償として、休むのが下手になってしまうクロバットが、制止したままバラに似た高貴な香りと、たっぷり入れたミルクの風味を楽しんでいるのだから、普通のクロバット何かではない。
球体仮面が妙な動きを見せるのならば、つばさでうつ攻撃をする! 真夜中のティータイム中でも一切油断はしていない。
トレーナーへのダイレクトアタックは、どんな事情があっても禁止され悪意があるならば、生涯免許を剥奪されてしまうのだが、警察のみ唯一の例外。
先述の通り、マジュラムは『多少ならば』平和を脅かす種になるであろう、このインベーダーの様な生物を傷つけても許されるのだ。
力加減を見誤ってしまい、そのまま犯人を亡き者にする事態など発生すれば、逆におやである警察官とそのポケモンが独房行きになってしまうのだが……特殊な訓練を終えたポケモンでなければ、攻撃許可は与えられないので今のところ、その様な悲しい事件は起きてない。決して命を奪うために攻撃するのではないのだ。
さらに、身動きの取れない球体仮面の背後には、これまたハウゼン隊長の手持ちである、あしながポケモンのアリアドスがクレーンからつり下がっている。
暗闇と言う条件も味方しているが、何らかのアイテムの力を借りなければ視認不可能な極細糸で、クモのすを張っており仮に背後へ逃げたとしても、ムショ行きの未来は覆せずに、もう 逃げられない!
前門の蝙蝠、後門の蜘蛛、気配を感じさせず粘着性と抜群の強度を誇る糸で、不審者確保の準備を終えていたアリアドス、ドルーガーは人化しておらず本来の姿のままである。
人語を発する事は出来なくなってしまうが、コミュニケーションは取れるし本来の姿の方が、裏工作を行うスピードが早かったのだとか。
論理的な事情であるが、ドルーガーもまた警察のポケモンなので、任務に私情は持ち込まず球体仮面への攻撃も辞さない、不届き者を絡め取らんとした激甚とした表情を見せている。
凄腕トレーナーの手持ちに挟撃されているが、これだけで包囲戦法は留まらない!
不審者確保が優先なので、相手がポケモンをボールから出していなくとも、大群で制圧する! 実に効率的な手段も政府から許可されているからだ。
いつの間にか上空へ現れていたのは、部下達の手持ちであるケンホロウ、ココロモリ、フワライドなどのひこうポケモン。
中にはテッカニンの姿もあり、喚く事はせずトレーナーの指示に従って球体仮面の周りを飛び続けている。
クロバットすら超過する速度を持つので、全くその姿は捉えられず完全に、闇夜にすら同化しない「透明」となっているが。
テッカニンを上手に扱えている部下達も、相当な手練れであるとお分かり頂けただろうか?
スタジアム~百十番道路のルートを結ぶ、復路には正面からの攻撃は如何なる物でもはじき返すトリデプス達がバリケードを作る!
これだけ念を押しても用意周到なハウゼン隊長は、バリヤードも導入し空気を固めて作ったバリアーで、スタジアム外周を完全に覆わせている。
三百六十度に透明な檻とも呼べる強力な壁、上空にはマジュラムとドルーガーを始めとした空戦部隊、デンリュウの探照灯に照らされながら、誤算に備えた防壁……
「身柄を確保しろッ! 奴はポケモンを繰り出していないが所持しているのは確実だ、ボールを全て取り除き――――」
「ポケモンを……? 繰り出していない……? ハハッ、ハハハッ……的外れだな隊長」
――私のポケモンは既に出ているのだがな――
これだけの精鋭部隊に囲まれて、孤立無援となった仮面は気が狂ったのか、男の様な低音と女の様な高音が入り交じる、心底気味の悪いエフェクトが掛かった声で笑い出した。
どうやら……倒れ込む程度の傷を負わせてしまう必要性があるらしい……!
ティーカップをソーサーへ置くよりも先に、マジュラムが使い方次第ではテーブルにも、鋭い刃物にも展開出来る翼で――――
「――――キャッ、ああぁあ゙ッ゙!?――ヒャッ……カ……ッ゙……たいちょ……?……?」
それは黒。
それは鬼神。
この星へ流れ落ちたもう一匹のインベーダー。
「!? マッ! マジュラムッ! ドルーガーッ!」
空戦部隊……よりも遥かに上、大気圏外からの攻撃……?
手首に切り傷を入れるつもりであった、クロバットの少女が背後から襲撃され撃沈。
一瞬だけ気後れしてしまったが、お尻からだけでなく口からも糸を吐き出せるドルーガーは、マジュラムを攻撃した対象が居るであろう、星見えず願いを月に託せない常夜のスクリーンへ、ハウゼン隊長からの指示を得ずとも直感と経験を頼りに応戦!
「……………………」
額に金色の単眼を刻んだフード、黒衣のローブで全身を覆う非物質ながら、規格外れのオーラ漂わせる存在感。
あの時、球体仮面と行動を共にして、民宿跡地の地下、電脳空間に入り込んでいた者だ……!
伝説でもなければ、幻のポケモンでもありませんよ