「……………………」
少女は弱っている訳ではなさそうだが、ミナモシティのポケモンセンターに緊急輸送する。
ポケモンの治療・回復は無料で三百六十五日、二十四時間、年中無休で営業するシフト制の公共施設だ。
どの街にも必ず建てられており、ポケモンと共存するトレーナーの職業として憧れられている、最重要施設と言ってもいいだろう。
ボールに入れたポケモンを預ければ、短時間で全回復するマシンが在る受付ロビーはご存じの通り。
だが個別に分かれた病室にはトレーナーはあまりお世話にならない。
大半のポケモンセンターの二階には、身寄りの無いポケモンを一時的に面倒を見たり、酷くダメージを受けているポケモンを救出し、回復まで療養してもらう為の環境も整えられている。
それ以外にも簡単な勉強スペース、飲食スペース、復帰訓練スペース、オペ室、各種最新式治療システムの導入……など、そのポケモンの特徴やタイプに応じてさらに枝分かれしているので、外観からの予想よりずっとド肝を抜かれる規模が凝縮されているのだ。
何時目覚めるかは分からないけど、十四時頃にお見舞いに行くことにしよう。この子がどうするのか、何故こんな場所で眠っていたのかなど、事情聴取はしたいが教えてくれるかはこの子次第。
耐性が全タイプ中最大数を誇る鋼嫌いすら、心変わりさせコレクターが「一度でイイから所有したいポケモンランキング」で、トップクラスを長年維持するメタグロスは、とてもレアで強力なポケモン。持っているだけでステータスになってしまう。
センターに預けるまではいいけど、この子はトレーナーに捕まえられてない野生、貰い手として挙手する列が遊園地のアトラクションの如く、群を作るアイアント並の人波になるのは想像に難くない。
(出来れば俺が保護してあげたい気持ちはあるが……)
自慢したいとか邪な想いはないけど、ピンッと来たポケモンを仲間にしたくなるのはトレーナーを志した者の本能だ。そうでなくとも居場所を探してあげなくては、この子を見つけた責任感がジックにはある。
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「ジック様、メコン様ですね、こちらにどうぞ」
昼食を食べている時も、メタグロスで気が気でなかった。
十五時に面会する予定を桃色髪の女性と、助手でありパートナーでもある寸分違わぬナース服&ニーソックスを着用した安産体型の、人化タブンネに伝えていたが、一時間もフライングし迷惑にならないよう、メコンだけを連れて〝三百七十八号室〟へ案内された。
(ポケセン来る度に思うけど、看護師がニーソックスって不味いんじゃないか……ナニがとは言えないが)
季節や行事によってコスチュームを変化させるセンターも、この世界の何処かにあるのだとか。 ソレに比べれば可愛い物だが、医療崩壊しかねないキワドイミニ丈……政府のお偉いさんが許可しているので規制はされない。
「悪夢を見ている訳ではありません、心地よくも深い眠りについているだけで、体調や神経などに異常は見当たりませんでした。間も無く目覚めると思いますよ、タブンネ~!」
ハイ、お決まりのセリフでした
一礼してから各部屋前に備え付けられている、透明で電話ボックスと瓜二つな機械に入り込み、煙に包み込まれれば一秒で全身消毒を完了させた。
ポケモン/人間両用の高速消毒装置は、ホウエンの科学技術都市であるカナズミが設計・開発し、各センターに配備された代物だ。
何日間も風呂に入ってない者や、あくしゅう特性のダストダスだって、この装置を使えば一秒で僅かな汚れすら許さない姑みたいなチラーミィにすら、完全無欠なキレイキレイの称号を捧げれる事例があった。
……なのでベトベトンやらマタドガスやら、汚いが命であるポケモンに関しては消毒不要だったりする。清潔こそ病気を悪化させる原因だの、これはこれで扱いが難しいポケモン達だ。
「失礼します」
「失礼します~」
堅苦しく威圧感のある、灰色コンクリートの外壁とタイルは、鋼タイプが使用する病室であるとの証。そのタイプ毎に本能で好む材質や色彩で演出されているらしい。
メコンは病室に入るのが初めてなので、地下牢に閉じ込められていると思い違えてしまったが、人もポケモンもあくびを誘い、松果体からメラトニンを分泌させる優しい日差しが入り込んでいるので、「そういえば二階でした」と少し恥ずかしがってテヘペロ。このポーズを取っただけで胸がたゆんっ!
他のタイプの病室内装も興味あるが、なるべくお世話にならないに超したことはない。
「起きた……? ここはポケモンセンターだよ」
室内を見渡している内に、あの子が眼を覚ました。
深紅に開く瞳は怯えた様子はなく、ジックの言葉への返答もない。
精巧な人形を思わせる羞花閉月な顔立ちだが、メタグロスらしい無機質さとは別の無表情で無感情。
「俺はジックていうポケモントレーナー、こっちはランターンのメコン、キミは?」
名を呼ばれ会釈するメコンだったが、メタグロスの少女は視線を向けることもなかった。
というよりも、メコンの存在に気がついてないのか、深紅の瞳を横一線したジト眼で、正面に居るジックを見続ける。
……そのまま時計の秒針が動く「チクタク音」しか聞こえぬまま三分と四十秒が経過。
その間に視線をズラせばメタグロスの少女も後を追い、ジックが上を向いたら彼女もシンクロし、ジト眼のまま天井を見つめる真似をした。
ちょっと面白いかも……
「…………人間」
漸く聞こえた彼女の大一声は、あまりに抽象的な名詞だった。
熱伝導など感じない、凍てついたニッケルのように冷たい言葉だが、とうめいなすずと似たクリアな声質。
「わたし、何故ここで寝ていたのですか?」
先程の和みの一面を見てしまったからなのか、別のセリフを聞けたからなのか、節々にアニメ声優を演じているかのように、ロリ甘な音源が混じり室内に響く。
耳を通り越し、心に直接呟かれているみたいでゾワゾワってした……妙に恥ずかしくなったメコンは、にっこり顔のまま後ろに下がってしまう。
「キミは別の場所で横たわっていた、俺達が見つけて保護としてポケモンセンターの一室に泊めさせて貰った。俺らこそ何であの場所に居たのか分からないんだけど」
大部屋じゃなくて良かった、民宿跡地の地下空間の存在は恐らく、自分とこの子、手持ちの四匹と後付けしたであろう制作者にしか、認知されていないハズ。
依頼人である木の実を分けてくれるジェントルマンには、〝異変は見つけられなかった〟と、心苦しい表情で報告した。
(あの空間、確証なんて切れっ端も無い、俺の直感で独断に過ぎないけど、あのままにしておいた方がいい)
なんせメタグロスの少女が生息……とは違うけど、見つかってしまう異質な迷宮だ。
もしも政府へ報告すれば世界中へ情報が発信され、ポケモン政府専属の仕事人や、レアで強いポケモンを求めるトレーナー、異空間の解析に鼻息荒くする研究者がミナモに殺到するのは、考えなくたって分かる、大パニックに陥るのが。
他にポケモンの気配はしなかったけど、万一がある。
仮にあの場所がメタグロス達の住処だったならば、喉から手が出るほどゲット欲を刺激するポケモンだ、本来の姿や人化問わず乱獲、バトルに次ぐバトルでグチャグチャだ。
……そっとしておこう。ジックも冒険心と探究心がそそられたが、それでもだ。
なのでジェントルマンへ嘘を付いてしまった形となり、政府へ提出する資料はそれっぽく細工を施す事に。
二重の罪悪感で申し訳なるジックへと、ミッション失敗に等しいのに「異常が無ければそれでいい、それを判明してくれたジック君は見返りを求めてもいいのだよ」と、ギフト券袋を手渡してくれた。
成功の有無に関わらず、老人の見間違いかもしれないのに引き受けてくれた、ジックへは渡すつもりだったらしい。縁がある者からの祝い品らしいが、数ヶ月前にゼニガメとホエルコと宿泊したばかりなので……有効活用してくれるだろうし、ちょっとゴージャスな休暇にもなるだろうと、遠慮無く頂いてしまった。
その宿泊券の話題はまた今度に……クリアでクールでロリ、拒否反応を引き起こさず整合性を生み出し、見事に調和させたのがこの子の声。
「今度は俺からの質問に答えて欲しい、キミの名前は?」
「な、まえ……」
野生のポケモンだとすれば、種族名で統一されて呼ばれる。彼女の場合は言うまでも無くメタグロス。
家族や仲間が居るのならば、独自のネームを持っているポケモンも居るが、種族名があるから名前など必要ないとするポケモンも多い。
また、トレーナーの手持ちになったからと言って、必ずニックネームを与えないといけない訳でも無い。その辺りは意思の尊重や拘りとしか補足出来ない。
「種族名……メタグロス……ですが名前はありません……わたしは、どうしてそのような場所に居たのか……分かりません……」
記憶喪失……か?
戸惑う訳でも無く、絶望に打ちひしがれる訳でも無く、対岸の火事のよう淡々とした口調で述べる蒼き少女。
年齢は人間に変換すれば十三か十四か、余計なバイアスをかけず現実を直視できる、れいせいな性格とジックは培ってきた経験と勘で推測したが、小さなボディで世界を何周も旅してきたと比喩できそうな揺らぎの無さ。
いや、最初からルーチンを埋め込まれて、コチラに応じたパターンを選び出したに過ぎない、それほどまでに生き物としての温度を感じさせない。
「他に覚えてる事はあるかな……?」
室内をキョロキョロ、見渡し始めた少女はやっと青いメイド服を着たランターンに気がつく。
「…………」
あっ、もう一人居たんだ。とでも雰囲気で語るもやはり表情変化はゼロ。
メコンは軽く笑みを浮かべたが、その意味が分からず少女は小首をかしげた。クールでありながらその仕草は、リトルカップに参加可能な小ポケモンチック。
「覚えている事……固有名詞なのか不明ですが、数少ない情報として【Valestein】……このワードは覚えています。どの様な意味があるのか……分かりませんが」
私が覚えている範囲は以上となります。
クールに告げた少女は微動だにせず、深紅の瞳をジックへと定め続けている。
もしかして、おっぱいが背中に当たっていた云々の件で、相当怒ってたりするのか?
彼女は完全に呼吸以外の機能を停止させていたので、それは無いし不測の事態だったが悪いことをしてしまった。
……それを直接謝罪するのもどうかと思うので、黙っておくが。とりあえず怒りどころか感情変化が見られないので困る。
「ヴァレスタイン、キミの名前じゃないのかな?」
「違います、名前ではありません。仮定するとなればシリアルコード、または暗号の類いかと思われます」
やたらキッパリ言い放つ辺り、そこだけは本当に覚えており間違いはないのだろう。
スタイリッシュな英名を与えるだなんて、この子の家族や仲間はハイセンスだ。
「なかま? かぞく……? そのような記憶はございません。トレーナーを持たない野生です。人間……、その腰に付けているのがモンスターボール、わたし達ポケモンを捕獲するアイテムですね?」
「人間じゃ無くて〝ジック〟だよ。ん、確かにトレーナーの管理下に置かれていれば、ゲットサインは点滅しないから、野生ポケモンなんだね」
人間と呼ばれる事自体は、野生が相手であれば特別珍しくは無い。こちらだって種族名を叫んでいる訳だし。
今回は自己紹介済みなのだが、無遠慮にスルーしてくる少女。名前に興味が無いのか、同じく自己紹介したメコンにまで「そこのランターン」と、言い放ったのは自分が馬鹿にされるのは我慢するが、仲間を馬鹿にされるのは寛容できないジックなので、良い気分では無かったが……
空のモンスターボールを取り出せば、中心部が赤く点滅し「このメタグロスゲット可能です」と教えてくれている。
トレーナーが捕獲済みのポケモンには、如何に捕獲率に優れたボールを投げようが絶対に捕まえられない。
気の知れた相手同士がジョークで投げるのは許容範囲だが、捕まえられないと言え真剣なバトルを求めているトレーナーのポケモン相手には、笑いの一つも起きずに速やかに政府に一報され、謝罪だけで収まればマシな方だろう。
なのでボールの開閉スイッチが点滅した、つまりメタグロスは小数点以下の確立かもしれないけど、ボールを投げさえすれば捕獲は出来る状態にあるのだ。
その捕獲率を高める為に、状態異常にしたり体力のギリギリまで弱らせたり……これも常識だ。
「俺は投げない、キミに〝仲間になりたい〟意思があるなら兎も角ね。まだ聞きたいことは山のようにあるけど、キミはこれからどうするつもりだ?」
「どう……する……?」
「重傷を負っているポケモンを誰かが見つけたとしよう。救出して、預けられて、手厚い処置は行われるけど、完治するまでしか面倒は見れない。その先は野生に帰って元通り暮らすか、おやとなるトレーナーを探すか……」
特にこの子は瀕死の状態でもなく、深い眠りについていただけなので、遅くても二十四時間以内に目覚めてはいた。結果論ではあるが。
肢体が動かないなどの後遺症があれば、話は変わるが五体満足の状態でポケモン独自の異能力、わざも使える。
「どうすれば、いいんでしょうか……?」
この子を見つけた電脳空間、あの場所は生活できる環境ではない。
言葉では発さないが、家族も仲間も居ないのならば戻る必要性は無いはず。
だからと言って草むらへ逃がせば、レアで強力なてつあしポケモンだ。
嗅ぎつけてしまう地元民、報道するテレビ局のレポーター、辺鄙の地からでも彼女を捕獲するために続出するトレーナー。
「……俺の意見を聞いてくれ。俺は暫くの間キミを保護したい、ゲットするんじゃない、一時的な保護だ。嫌になったら逃げ出しても構わない……キミの今後が定まるまでは、俺の家に住めば良いよ」
「ジックさん……!」
ご主人様ならそう言ってくれると思っていた。
他の地方を旅している時にも、似たような出来事があり、その助けられたポケモンも結構な希少種。
野生に戻るよりも、他のトレーナーに捕まるよりも、ジックの下に居た方が安全だし、楽しいし、別の感情も混じっていた気もするが……そのポケモンの意思でジックの手持ちとなったのだ。
ある程度の選択肢は提示する、それはヒントのような物でありジックからは決して強制をしない。
選ぶのはメタグロスの少女自身、最適解は誰も教えてくれない、エスパータイプに未来予知して貰って選ぶ物でも無い、一つ一つの心に宿る意思で決定せよ。
「……………………」
スーパーコンピューターをも超える演算処理性能を持つ頭脳は、四匹のダンバルが合体したので脳も四つ所有している事になるが、人化したら一体どうなっているのだろう?
そのままの姿勢、目線、表情のまま数秒で導いた自らに合理的な判定結果とは。
「暫く人間、あなたの下で保護されることを、わたしは希望します」
安全対策、種族:メタグロスを取り巻いている境遇、メコンが話してくれている環境設備などを考慮し、この選択肢が最も自分に不利益が無く、防衛に適していると判断した。
「分かった! トレーナーである俺、手持ち用の部屋、合計で七つあるし必要な物品は、明日にでも買ってきてあげるよ。キミの今後が纏まるまで、暫くよろし……の前に、そろそろ俺の事はジックと呼んでくれないかな? こっちのランターンもメコンて呼んでやってくれ。そうじゃなきゃこの話は折る」
なんでもかんでも優しくすれば、イイってモンじゃない。
一時的にだがジックが建てたマイハウス、そこへ住まう事になるのだからある程度、規則は守って頂けないと困る。同じ屋根の下暮らす手持ちの皆だって守っているのだから、この子だって例外には出来ない。
「了解しました……ジックさん……メコンさん……よろしく、です」
折られてしまったら面倒、ここは従おう。
立場を理解し敬語のまま、お望み通り名前で二人を呼びツインテールごと頭を下げ、頼み込む。
全く誠意を感じない形だけ、眉をミリ単位も動かしていない無表情ではあるが……そこまで細かい事は言うまい。
ネリは「絶対手持ちに加えるニャ~!」とか、軽く申していたが名も無き少女の今後が決まるまでは〝半分手持ち〟
正式なトレーナーとして扱われていないので、様々な制限に引っかかる。
わざマシンの使用不可、公認大会の参加不可、一部施設の利用不可など、預かるトレーナーにとっては〝ボールに入れられない〟はデメリットでしかない。
謎に包まれたメタグロス、あの場にずっと居たのか、それとも……なのか、保護すると決めたからには責任を持つ。