黒衣の二人組との交戦から一夜明けた昼食の時間。
ジックハウスのキッチンでは2時間も前から新たなる試みが行われており、まだ本人は納得していないけど……時間なのでテーブルに置いてみるしかない。
「マスター…………こ、これっ、わたしが作ってみました…………チャーハン? だと想いますッ……食べてみてくださいっ…………」
語尾に自分から ? を付けたり、自分で作ったのに地球外の食事を取り寄せたかの誇りや自尊感情の見られないヴィヴィの発言要因は『メコンに教わりながら初めての手料理を作ってみた』
溝の様な線が迷路のを描き丁度ヴィヴィの心臓――――動力コア――――に位置する部分がゴールとなり、蒼いグリッドが点滅するエフェクトを刺繍したエプロンはミナモデパート開店と共にダッシュで購入して来たらしい。
Fカップなので『バインッ!』と自信無いのに胸を突起させてしまうから、到達すべきゴール地点は直ぐにロックオンされる事となる。
「見た目はそのっ…………メコンさんには遠く及びません…………不格好です、美しくもないです…………でっ、でもっ! あじ、味は……! なんとか……食べれる……様にがんば…………つもり…………す…………」
卵をメインとした食材入れて、ご飯を入れて、炒めるだけ!
誰でも手軽に作れて美味しい中華料理のチャーハン。
それでも初めてフライパンを握ったので握力調節を――――恐らく気合いが入りすぎて――――ミスり持ち手を折ってしまったり、卵を割るのも初めてだらけで殻を入れてしまったり、2時間で何度失敗してしまった事か。
卵、青葱、豚肉、極力素材を減らし初心者用のレシピでもヴィヴィは大苦戦。メコンが傍でアシストしようとするも『自分の力だけでやってみたいです!』と、瞳の深紅が頬に少しだけ落とし込まれたのかIHヒーターよりも加熱させながらカチャカチャ、お玉を教わった通りに動かしていた。
(私は口頭でお伝えして1回だけお手本を作って見せただけです。食材を切ったのもヴィヴィさんが全て行いました。大丈夫です、貴女の真心はジックさんに伝わっておりますよ! だって――――)
盛り付けだけは寸法を計算しピンセットまで使って一粒一粒積み上げた。
それでも食材の大きさがバラバラであったり、豚肉の一部を焦がしてしまったり、精密に積み上げようがあまり食欲を誘われる外形ではない。
「………………………………」
(ぁ……ぅ…………『マズイ』って言われちゃうのかなっ……メコンさんの方がずっと美味しいですもんね……同じ食材と作り方なのにっ……引き立て役にもわたしはなれませんでした……ッ)
ジックの料理だけはヴィヴィが作ると予め伝えておいた。
レンゲを掴む前に言おうとした事、あったけど口にしてから言うって変更した。
(やだなぁ……マスターに嫌われたら……メコンさんのお料理食べられると思っていたらわたしのお料理出て来たんですもん……マスターの楽しみを1つ減らしてしまった……承知の上でしたがお料理……難しくって……何で出来ないんだろうっ…………)
平静を装えない、右を向いたり下を向いたり、挙動不審にジックの隣に座っているヴィヴィは酷く不安な気持ちで感想を心待ちにしている――――けど聴きたくないとも思っている。
クアッドブレインが正常に機能しない、もし不味いと言われて怒られたら……何でこんな仕事を奪う様な振る舞いをしてしまった。喧嘩はしてないけどメコンには謝った、次はメコンには『仕事を奪った!』と嫌われてしまうかもしれない。
笑顔で手料理を教えていたのだから嫌われる訳が無いのに、ネガティブな思想ばかり生み出されていく。
(マスターにもメコンさんにも嫌われたくない、嫌だ嫌だ嫌だ嫌われるのヤダヤダヤダヤダ――――)
強くなる、それだけが行動理論だった少女。
他人にどんな想いを抱かれても、感受するに値する出来事ではないと我を崩さなかった少女が他人に嫌われる事を酷く恐れている。
「……………………ヴィヴィ! 美味しいよっ! 濃い味付け俺は好き! 箸が、いやレンゲが進んじゃうからさぁ~、一皿だけじゃ足りないや! おかわり欲しいな、作ってくれる?」
「~~~~~~!!(あぁ…………やったぁ…………!)えぅッ゙!? えぅ゙あ゙ああッ…………しょしょしょ、しょうがないマスターですねっ、プシュッ、シュシュッ~~…………つつつ、次も味の保証はしませんので、目覚めたら病院のベッドでもわたしはしぇき、責任取らなひェン!」
焦げが混ざっているので彩りは……ヴィヴィの予想を裏切り、ジックには『黒が入っているから引き締まって見える』と願ってもない嬉しい感想を頂いてしまって、皿ごと口に付けて食べるちょっとお行儀の悪い彼へ。
また不要な毒言葉を付け足してしまうけどツインテールから煙が上がっているわ、隠すのも忘れてすっっっごく口輪筋をピクらせているので喜んでいるヴィヴィをちゃんと知って貰えている!
(見栄えはまぁ、あんまり褒められニャいけど味の方は結構なモンニャあ! 女よりも男が好きそうな味~~♪)
「初めてでこんなに出来たのは凄いよヴィヴィちゃん! 見た目で落ち込んでそうだけど、いっぱい作れば自然と覚えてくれるって~! ヴィヴィちゃんは納得してないかもだけどご主人は嬉しそうだよぉ~~?」
「ミノホッ、ミノッホ! ミノミノッ♪」
同じ食材、同じ手順でおかわりの作成。
やっぱり要所要所で失敗はあったけど、ネリが(心の中だけで)命名した『ごり押しライス』は焦がし醤油風味になっているからヴィヴィは味と見た目の追求だけで気がつかなかった様だが、鉄鍋に垂らされた〝じゅッ~~〟と鼻を塞いでも食欲を旺盛にさせてくる〝音〟 蒸発と同時にリビングへ伝搬する香り、そして黄金2、焦げ1の比率が見ようによっては『暗闇を割って出てくる光』っぽくて、厨二心を擽られる!…………と、悪タイプの彼女は心の中で料理漫画のやたらリアクションが大きい審査員並のコメントを残していた。
ドジっ娘属性はコンテスト限定だったから、砂糖と塩を間違えたり最後の最後でひっくり返すヴィヴィではない。
(マスターの好む味付け…………メコンさんからリサーチしておいて良かったぁ…………!)
実は花嫁修業の一環として『薬膳料理を作れたりする』爽羽佳。
ヴィヴィがどれだけ頭が良くても、完璧を求めたって初めてなのだから失敗は恥ずかしい事ではない。ご主人はちゃんと食べてくれたから大成功と、後ろからヴィヴィを抱きしめ褒めちぎる!
今回は〝偶然〟上手く出来ただけかもしれないけど、それだっていいじゃない。
〝偶然〟の重なり合いで世の中は成り立っているのだから! ヴィヴィとジックの出逢いだって…………
ヴィヴィよりも謎がミノを呼ぶ、かたくりこだって『見た目は30点だけど味は……91点だなっ!』と料理の評価にゃシビアな彼だって、合格のフリップを掲げてくれている!
空気読めやとドリル娘にポイ捨てされなかったのは、彼の言語(ミノ語?)を皆はイマイチ理解が出来ないからだセーフ!
「明日の昼飯もお願いしていい? ヴィヴィの料理をもっと食べたいな!」
「………………………………ハイッ、いいですよっ……マスターが喜んでくれるなら…………」
お世話になりっぱなしのメコンからは無言で『ジックさん専属の料理人になっちゃいますか?』と冗談なのか真剣なのか、彼女にしては曖昧な語調であったが紛れもなくヴィヴィの初料理は大成功だと、尾をフリフリさせながら微笑んでくれた。
(わたしでも……マスターに喜んで貰う……出来たんだ…………!)
メコンの料理を食べている彼を見て『自分も作って彼に喜んで貰いたい』から始まって、実家の件で嫉妬してからは『やっぱり料理なんて……』と実行には移さず仕舞いでフェードアウトするかもしれなかったけど――――
(わたしが欲しかった言葉、マスター……いっぱいくれる…………)
心も身体も、自分が知らない艶っぽい声を発してしまうくらいに気持ちの良かったマッサージの『御礼の御礼』と言う建前で急遽、お料理思想を立て直したけど…………作ってみて良かった。
コアが暖かい、点滅を繰り返して構成物質の循環伝送速度がハイとなり、処理と解読が極めて困難なソースコードを感受していく。
彼が食べる瞬間、嚥下の瞬間、聴きたかったセリフを述べた瞬間、全てメモリに刻ませて貰った…………
彼との絆を確実に深めていくヴィヴィは論理の通用しない〝気持ち〟に困惑しながら、次のフェーズへ以降させていく――――なつきどが あがった!