それは見るに堪えない、悲惨な惨状であった。
「キングドラァ! 参った……! 降参するっ! 俺の負けを認めるからっ……!」
マントを身につけている青年、ドラゴンつかいの基本コスチュームだろう。
りゅうせいのたき内部で、勝負を仕掛けてきたトレーナーは、殆どがドラゴンつかいであった。
トレーナーランクも上位に位置する存在、扱いが難しく、捕まえる事すら困難な種族がドラゴンタイプ。
ジムリーダーには劣るが、一般トレーナーの一つの憧れ対象として、子共に夢を与えるトレーナー達でもある。
「…………はぁ、そちらからバトルを挑んできたから、どれ程の強さかと思ったのに……はぁ……! 期待外れ、私をイラつかせるだけに終わったわ、やりなさい……レイカ!」
「下等種は高位種には触れる事も出来ないっ、それでもダメージを与えようと抗った、褒めてあげるわよ! 結果は下等種! アンタの敗北だけれど……ねェ!」
青年のキングドラは、既に体力の尽きる寸前、赤ゲージ。
戦えない事は無いかもしれないが、立ち上がったところで勝利はない。
ドラゴンvsドラゴン、己のタイプが弱点となるので、一撃でケリがつくのは珍しくない。
だが、青年の相棒であるドラゴンポケモン、キングドラは一撃で倒れる事は無かった。
相手のポケモンがそれをせず、散々に虐め倒し一手一手の火力を、最低限まで落とし遊んでいたからだ……
つまり、相手のポケモンの方がレベルが高く、指示をするトレーナーのスキルも青年より格段と上をマークするに他ならない。
キングドラの悲痛な叫びが響く……青年が降参しても相手のポケモンは、爪を身体に食い込ませ、牙で噛みつき、ヒレで背を叩く。
タイマンであるのにリンチ、公認のレフェリーも居ないので、判定は互いのモラルに任せるしかないのだ。
「なら、さっさとボールへ戻しなさい、その雑魚ポケモンを」
「うううっ…………! お前らぁ……! 畜生ッ!!」
青年はHP〝1〟を意図的に残された、相棒をボールへ戻してから、あなぬけのひもを使用し脱出した。その目には涙を流しながら……
「チッ……弱いポケモンに弱いトレーナー……! はぁぁ! イラつきが収まらないわ! アンタらじゃダメなのよっ、私が会いたいトレーナーは――――」
一部終始を目撃していたジック一同は、ドラゴンつかいの青年と、キングドラの心情を察したら気が気でなかった。
あの女性トレーナーは、関わってはいけない者だ。そして――
「……ミノリ、次の相手は少しはマシかもしれないわよ? ホラッ、あのメタグロス……」
現在発見されている、一般カテゴリーのポケモンで『最強』と、謳われるポケモンとは?
恐らくこのポケモンの名を、答える者が大半であろう。
マッハポケモン、ガブリアスであると
生まれながらにして、ポケモンの創造神に愛されている種族。
一切の無駄のない、それでいながら全ての能力が高水準、ドラゴン&じめんの技範囲、このポケモンだけであらゆるポケモンへ、対応が可能となってしまう。
もしこの世界が〝ゲーム〟であるならば、ガブリアスはバランスブレイカー。誰が使っても一定以上の成果は約束される……それが一線級トレーナーであれば、敗北は皆無となる。
背ビレに切れ込みが無いので、あのガブリアス……レイカはメスである。
スラッとした体格で、レディーススーツを着用しており、フレームレスの眼鏡をかけている。ベースはロングだが、横髪の一部が左右へ張り出しており、本来の姿の形状が反映されているのだろう。
「へぇ……! そのメタグロス! 全ての個体値が最高値じゃないッ!? やるじゃない少年……!」
(なんだこの人っ、ヴィヴィを見ただけで潜在能力が分かるのかっ……!?)
トレーナーであるミノリが、警戒心を崩さない顔つきのヴィヴィに対し、品定めする視線で近づいて来た。
ジックは皆を連れて引き返そうとするつもりだったが、その言葉に歩を止めざるを得なかった。
……確かに、ヴィヴィの〝個体値〟はトレーナーメモで確認させて貰った。その結果がなんと! 全ての能力値が最高、専門用語で『6V』
10歳で免許を取得したトレーナーが、毎日タマゴを孵化させて90年……100歳になっても、6Vのポケモンと巡り会えるか? その確立は日常で使う数字とは、桁が違いすぎる。
一生分の運を注ぎ込もうが、会える保証は出来ない。会えたら間違いなく勝ち組である。
「私の手持ちポケモン、残りの5匹をあげるから、そのメタグロス……交換して貰えないかしら?」
「…………はい?」
(あの女、馬鹿ニャのか? ご主人が応じる訳ね~のにニャ)
ポケモンのトレード交渉。この世界で暮らしていれば一回くらいは経験する。
レートが明らかに釣り合っていなければ、当然断る権利がある。
メタグロスを欲しがるトレーナーは、大勢居る。ポケモン+100万円を上乗せされても、メタグロスのトレーナーは決して応じないだろう……「そんなんじゃレート釣り合いません」だ。
ミノリがジックへ提示してきた、5つのボール……
(この人みたいに精緻までは、分からないけど……どれも強力なオーラを持ってる……それは分かるぞ……)
ジックくらいの実績を持つならば、ある程度までならどんな育成を、施されているのかぼんやりとだが推測出来てしまえる。
ミノリのポケモンを5匹、手に入れたら間違いなく戦力は向上するだろう。それだけのポケモンを交換材料としてまで、ヴィヴィを求めているのだ。
「いえっ、ヴィヴィは交換出来ません。申し訳ありません」
(マスター…………!)
手放すなんて出来っこない。
ヴィヴィと出逢ってまだ数ヶ月だけど、簡単に千切れない絆が芽生えているのだから……他の子達だって同じ、この子達は交換には出せない!
「そう……残念よ、そのメタグロスはもっと強くなれるのだけれど、あなたの下に居るのであれば、それも叶わないわね」
「…………それはどういう意味でしょうか?」
ジックは純粋なる疑問として、尋ねたのであったが……
次の言葉は、想像だにしない内容だった。
「個体値は最高の6V、だけど『努力値』が適切に振られていないわ。強いポケモンの育て方を、ご存じで無いようね……? 現れたポケモンを無差別に倒していたら、折角の6Vも本来の力を発揮出来ない……宝の持ち腐れ。私の下へ来れば、努力値を振り直して最強のメタグロスにしてあげるのに……ふふっ」
謎のトレーナー、ミノリは『既にメタグロスを持っている』のだが、自分が持つメタグロスよりも、ヴィヴィの方が高い個体値であったので、スカウトに成功したら努力値を下げる、特殊な成分を含んだ木の実を服用させ、一から努力値を振り直す。
既に所有しているメタグロスは、ヴィヴィに座を奪われるので逃がす。
ガブリアスのレイカだってそう、卵から孵化した栄光の6V。ここまで辿り着くのは大変であった……運の良さもトレーナーの質。
厳選し、育て上げ、技を揃える。より強い個体を手にしたら、親として交配するか逃がす。そうして彼女はエリートメンバーを揃えて来た。
「そのメタグロスが可愛そうに想ったのよ。デタラメに努力値を振られて……氷とドラゴンに耐性があるから、レイカの良いパートナーにしてあげるのに……」
まるでポケモンを戦いの道具としか、認識していない言葉……であるが、孵化からの厳選行為は政府も公認しているれっきとした育成。
ジックはそのような行為を、遠慮しているだけで、大多数のトレーナーがミノリと同じ行為を繰り返している。そうやって強いポケモンは手にできる……人化を果たしたポケモンが相手だろうが、孵化厳選自体は何年も昔から行われている……ボックスに預けて『にがす』スイッチを押せばバイバイできるのだから。
「ミノリ、あのメタグロス以外は眼中になかったけれど、全くもってその通りだったわ……! あのランターンも、オニドリルも、個体値は最低に近いわよ! 努力値だってバラバラ、あぁ、そうか、メタグロスはあの連中を相手すれば絶対に負けないから、小山の大将気取りが出来なくなってしまうものね! ミノリの下へ来たならば!」
主人の影響を強く受けているからなのか、レイカもポケモンが生まれながらに持った能力を、見分けられるのだろう。
そう、今の今まで言及していなかった、メコンと爽羽佳は各能力値が、平均以下……強さだけを求めるのならば、彼女らが採用される事は無かったのかもしれない。
「ッッ!!………………」
(はぁ……!? 個体値がなんだっつーの! アンタの言う〝クソ個体〟でも、ご主人は私らを勝たせてくれるんだからっ!!)
当然、ポケモン本人は気がついている。
『私は他のランターン、他のオニドリルよりも、個体値が低い』のだと。
「そろそろ止めてくれないか? それ以上の物言いは、あなたの道徳意識と品格に疑問を持たれてしまうぞ」
この場から去ろう、主人よりも先に長い袖が割って入る。
が、レイカとミノリの評論――重なるイラつきから来る暴言――は鎮まらなかった。
「へぇ! アンタも仲良く低個体値じゃない。攻撃と素早さに優れたコジョンド種、その長所が死んでるわよ!」
「そうか…………お目に合わず済まないな」
類い希な才能が在るに想われるインフィス。彼女も元主との修行の末に、無名無形を手にしたが、個体値自体は最低クラスであるのだ。
ネリ以外の者は驚愕の声を上げてしまう、あのインフィスが低個体値……? それを感じさせない強さを持つが……レイカの洞察眼に濁りは無い。インフィスがそう肯定付けたのだから…………
「そこのマニューラは、この中ではマシな部類ね。攻撃と素早さはV、その他は悲惨だけれど、きあいのタスキを持たせる前提なら……って感じかしら?」
天敵である筈の氷タイプすら、怯えも謙虚も見せず、真実のみを列挙していくレイカ。
最強のドラゴンタイプの彼女は、氷の手裏剣を片手でジャグリングするネリとヤリあっても、負ける気がしないのだろう。
当事者のネリは、ジャグリングするのみで言葉は発さない。口笛吹きながら戯けている。
(あぁーー、やっぱりネリちゃんは〝そういう出生〟なんニャ~ね? 生まれた時からまもるが使えるから、野生のポケモンじゃニャいのは分かってたんニャ)
野生の♂と♀の間で生まれたポケモンは、レベルアップで修得出来る技しか使えない。
レベル100まで上げようと、ニューラとマニューラは、まもるの技は覚えない。
技マシンはトレーナーが、アンロックを外さなければ例え、ネリが技マシンを盗んでも扱えぬ物。
「…………? あははっ! 何のポケモンか分からなかったわ! あぁ、ミノムッチだったかしら? 進化もしていない虫タイプ、そんなポケモンを採用しているだなんて……トレーナーの器も底が見えてしまっているわね」
「………………Zzz」
ミノリからすれば憂さ晴らし。
20年前からずっと探しているトレーナー、 探しても探しても、そのトレーナーの足取りは掴めない。
世界中を探し歩き、かつて対決したりゅうせいのたきまで辿り着く。
そこで待っていたのは、弱いトレーナーだらけ。
ここまで探しているのに、見つからないなんて……たった一人、ライバルと認めた少女も、今では大人になっている。
息を引き取っているだなんて思わない、ミノリの勘だが、あのトレーナーはホウエンに居る! 全てのダンジョンや街、隅々まで探してやるつもりで、りゅうせいのたきを探索していたのだ。
腹いせにジックらを煽り、対戦の土壌に移ったらゆっくり虐めてやる。そうでなければこの苛立ちは晴れない。
6Vメタグロスの取引に失敗してしまったが、まぁ成功するとは最初から期待していない。
6Vメタグロスを使っても『あの氷ポケモン』に勝てる保証は無い…………タイプ相性など無視をする、想像を絶する戦闘力は、伝説級であろう。
(あの強さなら、何処の地方へ居ても噂になっている筈なのに……っ! 何処へ居るのよっ…………私が戦いたいのは貴女なのよっ、私ともう一度戦いなさい……――)
シエラ……っ!
確かに、ガブだけでは『あの氷ポケモン』には勝てませんね